その他 – bali-chili https://bali-chili.com Sat, 27 Jun 2026 10:29:10 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.1.10 「限りある命なら、今日は永遠に生きよう」 https://bali-chili.com/20260627/ https://bali-chili.com/20260627/#respond Sat, 27 Jun 2026 09:31:20 +0000 https://bali-chili.com/?p=16107 「今までは 人のことだと 思ふたに 俺が死ぬとは こいつはたまらん」大田南畝

 

「もう十分 ジタバタした、これでいいじゃねえか、全てあきらめよう。それでも今日はとてもいい日じゃねえか」poem

 

「限りある命なら、今日は永遠に生きよう」poem

 

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疫病・恐慌・戦争・革命・飢餓・未知なる世界に突入

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小説『国家崩壊2025』 南海トラフ地震によって日本はガザ地区となる https://bali-chili.com/%e5%b0%8f%e8%aa%ac%e3%80%8e%e5%9b%bd%e5%ae%b6%e5%b4%a9%e5%a3%8a2025%e3%80%8f%e3%80%80%e5%8d%97%e6%b5%b7%e3%83%88%e3%83%a9%e3%83%95%e5%9c%b0%e9%9c%87%e3%81%ab%e3%82%88%e3%81%a3%e3%81%a6%e6%97%a5/ https://bali-chili.com/%e5%b0%8f%e8%aa%ac%e3%80%8e%e5%9b%bd%e5%ae%b6%e5%b4%a9%e5%a3%8a2025%e3%80%8f%e3%80%80%e5%8d%97%e6%b5%b7%e3%83%88%e3%83%a9%e3%83%95%e5%9c%b0%e9%9c%87%e3%81%ab%e3%82%88%e3%81%a3%e3%81%a6%e6%97%a5/#respond Tue, 03 Jun 2025 03:11:56 +0000 https://bali-chili.com/?p=16076
  • 前兆の静寂
  • 裂けゆく列島
  • 崩壊する予測網
  • 前橋の難民キャンプ
  • 水と米と沈黙
  • 届かぬ援助、届かぬ声
  • 非常線の内と外
  • 内乱の予兆
  • 列島封鎖と外資の影
  • 瓦礫の経済圏
  • 縮む国家、伸びる闇市
  • 疾患、餓死、そして沈黙
  • 消えた世代と新たな規範
  • 終末政体
  • 遺された言葉
  • ガザ地区の飢餓

     

    第1章 前兆の静寂

    空が、異様なほど静かだった。

    群馬大学の講義棟の窓から見える赤城山は、雲一つない空にくっきりと浮かんでいた。春の風がまだ冷たい朝、4年生の伊東蓮(いとう・れん)は、卒業研究のプレゼンを終えたばかりの安堵と疲労で椅子にもたれかかっていた。

    「今年も何事もなく春が来たな……」

    そう、思っていた。

    いや、そう“思い込もうとしていた”のかもしれない。ニュースでは連日、南海トラフ地震の「切迫性」が報じられ、各地の自治体で防災訓練が行われていた。だが、前橋という内陸の街に住む彼にとって、それはどこか遠い話だった。電車の遅延も、物流の停滞も、東京に近づくにつれて現実味を帯びる——そんな感覚だった。

    だが、その“静寂”は、やがて破られる。

     

    二週間後の深夜2時14分、地震が発生した。

    寝静まった前橋の街が揺れた。蓮のアパートも、激しく軋んだ。テレビが倒れ、キッチンの棚から皿が飛び出す。だが、それでもまだ「ここは軽微な被害だ」と判断できる程度だった。

    問題は、テレビの画面に切り替わったテロップだった。

    《南海トラフ巨大地震発生 全割れ:M9.2 震源:紀伊半島沖から日向灘にかけて 広域で津波警報》

    蓮の心臓が凍りついた。

    「まさか……全割れって……」

    スマホを手に取り、SNSを開く。だが、回線はほとんど繋がらなかった。唯一開けたのは、政府の公式アカウントが発した自動投稿だった。

    《国民の皆様へ。南海トラフ地震が発生しました。津波、火災、倒壊の危険があります。冷静に行動してください。》

    冷静に、などと。

     

    朝が来る頃、テレビからはすでに凄惨な映像が流れていた。名古屋、大阪、高知、宮崎——海沿いの街が、まるで空襲の後のようだった。港には巨大な貨物船が横倒しになり、高速道路が崩落し、津波は市街地の奥深くまで到達していた。

    だが、蓮が驚いたのは、その後の「復旧見通し」だった。

    政府の発表によれば、電力網、水道網、鉄道、港湾、高速道路の大半が使用不能となり、主要インフラの完全復旧には「年単位の時間」がかかるとされた。発災当初に死亡が確認された人数はおよそ12万人とされていたが、それはあくまで一部地域の数字であり、実態はまだ全く掴めていない。

     

    4月に入っても状況は悪化の一途をたどった。

    前橋市内では、食料品の買い占めが始まり、スーパーの棚は空になった。物流が完全に分断され、関東地方への供給が途絶え始めたのだ。中央高速道路、東名高速、東海道新幹線が壊滅し、貨物列車も運行不能となった。

    「直接の被災地じゃないのに、なんでこんなに……?」

    蓮の問いに、大学の教員はただため息をつくばかりだった。

    「政府の被害想定は甘すぎたんだ……あれは『最大限の備え』ではなく、『最小限の想定』だった」

     

    5月。東京から人が流れ込んできた。

    避難所はすでに満杯となり、蓮の住む前橋市にも、埼玉、東京方面からの“避難民”が押し寄せた。敷島公園には、段ボールとブルーシートの海が広がり、6万人を超える人々が食料を求めて集まった。ゴミは放置され、簡易トイレは機能せず、悪臭が辺りを包む。前橋市民との衝突も増えた。

    「東京の人間に、なんで俺たちが食料を分けなきゃいけないんだよ!」

    「こっちだって被災してないわけじゃねえ!」

    蓮は、無力感に苛まれていた。

     

    政府は5月中旬、ついに「全国配給制」の導入を発表した。だが、その配給網も脆弱だった。輸入港の多くが津波で壊滅し、国内の在庫はわずか数週間で底をついた。外貨で買い取ろうにも、世界も同時に危機に直面していた。アメリカも中国もロシアも、自国の食糧備蓄を死守するだけで精一杯だった。

    「太平洋戦争末期以上の飢餓になるかもしれません」

    ニュースの専門家の言葉が、耳に残った。

     

    6月、前橋でも栄養失調による死亡者が出始めた。子どもと高齢者がまず倒れ、やがて感染症も流行し始めた。病院にはもう薬もなかった。医師は、ただ祈るしかなかった。

     

    夏を目前にして、蓮は一つの決断をする。

    「……俺は、記録を残す」

    そうノートに書いた。大学の卒業はもうどうでもよくなっていた。だが、この異常な日々を、誰かが記録しなければいけない。国も、自治体も、マスコミも、何もできない今、自分にできることはそれしかなかった。

    彼は、ノートパソコンを開き、日付と場所を書き込む。

    2025年6月2日、群馬県前橋市。
    「この国は、静かに崩壊しつつある——」

     

    第2章 裂けゆく列島

    2025年6月中旬、前橋市は“都市ではなくなっていた”。

    赤城山の麓に広がるはずの整然とした住宅街や公共施設は、人の波に呑まれて形を変えた。特に敷島公園——緑豊かで静かな市民の憩いの場だったその地は、6万人を超える避難民によって完全に埋め尽くされ、青いシートと段ボール、糞尿の臭いと飢餓のうめき声が支配する無法地帯と化していた。

    人口32万人の前橋市に、東京・埼玉方面から流れ込んだ避難民は、さらに26万人に膨れ上がった。市内全域の公園、空き地、体育館、公共施設、そして民間の駐車場にまで難民が殺到したが、敷島公園にも集結した。もはや避難ではない——都市の“侵食”である。食料を求めて、東京、大阪、名古屋などから地方都市へ、そしてさらに地方へと都市難民が広がっていった。

    蓮は、かつて友人とジョギングをしていたあの公園の光景に愕然とした。

    子供が泣き叫び、大人たちは配給の列に並びながらもみ合い、時には殴り合い、奪い合う。疲れ果て、うずくまる高齢者の姿。水を求めて蛇口に群がる人々。だが、蛇口はすでに枯れていた。

    トイレも溢れ返り、周辺の雑木林に“用を足す”人が後を絶たず、悪臭が風に乗って市街地まで広がった。夜になると、互いのテントに侵入し盗みを働く者もいた。通報しても、警察はほぼ機能していない。20人の警官で26万人の群衆をどう制御しろというのか。

    「これはもう……暴動寸前だ」

    蓮は大学のキャンパスで、数少ない残った友人と顔を見合わせた。大学もすでに閉鎖され、避難施設のひとつと化していた。

     

    政府の配給制も、形骸化していた。4月に始まった当初は、最低限の米と缶詰、乾パンが月数回配られていたが、5月の末には物資そのものが尽き始めた。民間の備蓄は震災直後の混乱で早々に放出され、国家備蓄も当初想定よりもはるかに早く底を突いた。

    多くの人が、そのとき思い出していた。

    「そういえば……去年、あの“米騒動”があったな……」

    2024年、日本では気候変動と国際需給の逼迫、そして投機マネーの影響で米の価格が突如2倍に跳ね上がる“米騒動”が起きた。主婦層による買い占め、SNSでの煽動、小売店のパニック売り……米不足は一時的だったが、人々の心に大きな傷を残した。

    しかし、それは今や「かわいらしい混乱」にしか思えなかった。

    「あのときのパニックが、今の地獄に比べればまだ“理性の範囲”だったとはな……」

    と、誰かがつぶやいた。

    そして米騒動のあと、人々が米の“確保”に一瞬だけ動いたものの、1年も経てば関心は薄れ、備蓄は再びゼロへと戻っていた。国の備蓄米も底をついていた。食料安全保障は政府と国民によって無視された。

     

    加えて、今回の地震が残酷だったのは、“直接の被害”を逃れた地域にこそ、後から“破滅”がやってきたことだった。

    地震発生から2カ月経っても、関西や四国、東海地方では、救助隊が一度も足を踏み入れられていない地域があった。港湾が壊滅したことで輸入が不可能になり、幹線道路も空港も使えず、孤立した都市は“絶望”と“餓死”に支配された。

    その理由を、ある新聞の論評はこう表現していた。

    《日本は、復興できる国ではなくなっていたのだ》

     

    その象徴が、2024年元旦に発生した能登半島地震だった。

    震度7の激震と津波が襲った能登では、多くの集落が孤立した。だが、政府の対応はあまりにも鈍かった。自衛隊の出動は限定的で、民間のボランティアに依存し、物資はほとんど届かず。2ヶ月後の3月になっても、道路は復旧せず、仮設住宅すら建設が進まなかった。

    蓮は、その能登地震の特集番組を思い出していた。

    「政府は能登の被災地を“見捨てた”わけではない。ただ、“何もできなかった”のだ」

    その言葉が、強烈に記憶に残っていた。

     

    すでに日本は、経済力も生産力も、人材も、社会的余裕も失い始めていた。少子高齢化、インフラ老朽化、人口減少、地方の空洞化、そして国債残高の天井知らずの増加——。それらは全て、“日常の景色”として放置されてきた問題だった。

    そして今、それらが一気に前面に噴き出したのだ。

    「国家が壊れるって……こういうことなんだな」

    蓮は、記録ノートに震える手でそう書きつけた。

     

    市役所には、日ごとに抗議の人波が押し寄せるようになっていた。

    「配給を増やせ!」

    「避難民を追い出せ!」

    「水道を優先して復旧させろ!」

    だが、市の幹部職員の多くはすでに市外に避難していた。市長も体調を崩して入院中という発表がなされたが、市民の誰も信じなかった。役所は“無人の空箱”と化し、事実上、統治機能は崩壊していた。

    治安維持を担うべき自衛隊も、数千人規模で東海・関西方面に投入されており、群馬県にはわずかな支隊しか残されていなかった。避難民の暴徒化を抑えるため、ついに非常事態宣言が発令され、夜間の外出が禁じられた。

     

    6月30日、蓮は敷島公園の中央に立ち、360度に広がる“青の海”を見渡した。

    その時、彼は思った。

    「ここはもう、日本じゃない」

    風景としての日本の姿は残っている。公園、山、橋、道路。だが、そこにある“秩序”も“機能”も“信頼”も、すべて失われていた。国旗を掲げようが、憲法を唱えようが、人々の腹が満たされなければ国家は存在し得ないのだ。

    ノートに、蓮はこう記した。

    《国家とは、制度ではない。食料とインフラと信頼でできている。どれか一つでも崩れれば、それはもう“国家”ではない》

    そして今、三つとも消えかけていた——。

     

    第3章 崩壊する予測網

    「なぜ、ここまで被害が拡大したのか——」

    その問いは、今や前橋市内のあちこちで聞かれるようになっていた。蓮もまた、避難民と前橋市民の衝突が日常化した敷島公園の近くで、ふとした会話のなかにその言葉を何度も聞いた。

    だが誰も、正確な答えを持っていなかった。

    テレビも、ラジオも、ネットも、正しく“機能”していない。ニュースは断片的で、専門家の声は統一されず、政府の会見は要領を得ず、あらゆる情報が不確かだった。

    「政府は“全割れ”の可能性をずっと想定していたはずだろ?」「“最悪のシナリオ”を前提に対策してるって言ってたじゃん」「あれ全部、嘘だったのか?」

    いいや。嘘ではなかった。ただ——甘かったのだ。

     

    内閣府はかつて、「南海トラフ巨大地震の被害想定」を何度も改訂していた。死者最大32万人、経済損失220兆円。太平洋ベルト地帯を直撃する“国難級災害”として、報告書も膨大なページ数に及んでいた。

    だが、蓮は大学の研究室に残っていたそのPDFファイルを見て、愕然とした。

    「ほとんどが“発災直後の対応”と“復旧モデル”ばかりだ……」

    つまり、「発生した直後に、自衛隊や自治体がどう動くか」「どういう交通網が復旧の優先順位になるか」「ライフラインの応急措置はどうするか」など、想定された“想定内の災害”への対応ばかりだった。

    「こんなもので、今の混乱が止められるわけがない……」

    蓮は愕然としながら、さらに過去のニュースを検索していった。

    そのなかに、2023年に公表された「地震発生確率の修正」があった。

    《南海トラフ巨大地震の発生確率、今後30年で70~80%と政府が再計算》

    この数字が人々に“備えの猶予”を感じさせてしまったのではないか?「30年以内」という言い回しが、無意識に「明日ではない」「来週ではない」という誤解を呼び、社会の緊張を緩めていたのではなかったか?

     

    また、蓮は能登半島地震の後に報道された、災害対応の“評価報告書”にも目を通した。

    そこでは、被害状況の集計の遅れ、自治体間の連携不足、避難所の不衛生、被災者名簿の混乱など、多くの教訓が書かれていた。しかし、それらは形式的な反省に留まり、構造的な問題の指摘は曖昧だった。

    「つまり、また“お役所文書”にしただけだったんだな……」

    そうつぶやいた蓮の手が、思わず震えた。

     

    6月下旬、ついに「情報の崩壊」が全国的に顕在化した。

    マスメディアは、事実上政府発表を垂れ流すだけとなり、独自取材はほとんど停止。放送局のスタッフも被災し、設備が破損し、通信回線が不安定となっていた。NHKですら、ローカル放送が不能となり、全国共通の一斉放送に切り替えられていた。

    その放送で流れた政府広報は、もはや国民の怒りを買うだけだった。

    《現在、国民の皆様には冷静な行動をお願いしております。配給体制は順次整備され、復旧作業も鋭意進行中です。共助の精神を忘れずに、秩序ある避難生活を——》

    だが、現実はどうだったか。

    配給は届かず、避難所は崩壊し、暴力と病気が蔓延していた。

    共助の精神?——もはやそれは“綺麗事”に過ぎなかった。

     

    一方、インターネット上では、無数の“自称現地情報”や“予言”“陰謀論”が飛び交っていた。

    「この地震はアメリカがHAARPで引き起こした」「政府は実際の死者数を隠している」「食料は奪われてどこかに隠されている」「国会議員は先に国外に避難している」

    誰が言ったかもわからない“声”が、人々の不安をあおり続けた。蓮の友人・江藤もそのひとりだった。

    「なあ蓮、本当に政府って信用できると思うか?」

    「……たぶん、できない。でも、誰ならできる?」

    江藤は黙り込んだ。

     

    7月初旬、ついに“予測の権威”だった気象庁が謝罪会見を開いた。

    「今回の震源域が、想定よりも大きく広がり、同時に東海地震・東南海地震・南海地震の全域が連動した結果、エネルギーが過去最大級となりました……」

    その言葉を聞いて、蓮は机を叩いた。

    「結局、“想定外”って言えば済むのかよ……!」

    だが現実に、その通りだった。想定外の現象が起きたとき、制度も体制も、すべてが脆弱だった。それを“想定する力”こそが、日本には欠けていた。

     

    群馬大学の研究室の片隅に、かつての防災講義の黒板が残っていた。チョークで書かれた文字は、すでに薄くなっていたが、蓮はそこにこう記されていたのを見つけた。

    《危機管理とは、「最悪を前提」に備えること》

    そして、日本はそれを忘れていた。

     

    やがて、蓮は一冊のノートをまとめ始めた。

    タイトルは、『予測の死と、列島の崩壊』。

    中には、過去の想定資料、行政の会見、SNSのスクリーンショット、食料配給の変遷、市民の証言、そして自分の考察を綴った。

    「今この時代に、“記録”することが生き延びる以上に重要になる」

    彼はそれを、今は亡き父親から教えられた。

    ——どんな時代にも、書き残す者がいた。

    ——そうしなければ、次はないからだ。

    7月7日。蓮は、ノートの最初のページに改めて記す。

    《この国の“想定”は、崩れた。次に崩れるのは“信頼”だ》

    そして、それは——国家という仕組みそのものの、崩壊の始まりだった。

     

    第4章 前橋の難民キャンプ

    2025年7月10日——前橋市の敷島公園は、完全に“別の街”となっていた。

    蓮がその日見た光景は、数か月前までこの場所が市民のジョギングコースだったことを忘れさせるに十分だった。生い茂る樹木の下、26万人を超える人々が密集し、段ボール、ブルーシート、ビニール紐で作られた無数の“仮設小屋”が、まるでスラム街のように並び立っていた。地面には食べかすや排泄物が放置され、吹き出す夏の熱気と腐臭が入り混じる。

    敷島公園は、もはや“難民都市”であり、そこに流れるルールも秩序も、“前橋市”のものではなかった。

     

    この“都市”の始まりは、政府が敷島公園を「一時避難地」として指定したことに始まる。東京、埼玉から北へと逃げてきた数十万の避難者のうち、最初に前橋に流れ着いたのが約1万人。その時点で市民の多くは「一時的な混乱」と捉えていた。ところが、その数は日を追うごとに倍増し、6月末には人口32万の前橋に26万人の避難民が流入。その半数以上がこの敷島公園に集中した。

    当然、市民との軋轢は激化した。

     

    「なぜ俺たちが、東京の奴らに食料を分けなきゃならないんだ!」

    「こっちはちゃんと税金を納めてきた!そっちは何もしてこなかったくせに!」

    「前橋市民を優先しろ!もう限界だ!」

    蓮が住む住宅街でも、避難民に対する暴言や暴行事件が続出していた。民家の水道を勝手に使った、物置の缶詰が盗まれた、子どもに菓子パンを奪われた——そんな“些細な事件”が、憎悪の連鎖を生んだ。

    一方で、難民たちにも必死の言い分があった。

    「私たちは家を失ったんです!家族も!東京ではもう、水も食料もなかった!」

    「群馬が無事だったから逃げてきたのに、ここでまた殺されるのか!」

     

    東日本大震災の際、多くの被災者が礼儀正しく行動し、日本人は道徳的な国民だと世界から称賛された。しかしそれは、国家の支援や食料の供給があり、救われるという安心感があったからこそ保たれた姿だった。国家機能が失われ、飢えが現実の脅威となったとき、その誇り高き道徳は、あっという間に消え失せた。

     

    前橋市役所の対応は、もはや手に負えていなかった。行政機能の中枢である市庁舎そのものが、6月末の暴動未遂で損壊。現在は簡易庁舎に移転し、職員の大半は避難民との接触を避けている。避難民に対する公式対応は、もっぱら自衛隊と消防の派遣部隊、そして臨時に組織された「地域連絡統制本部」が担っていた。

     

    本部は、元市議や市民団体代表、地域医師会、商工会議所、自衛隊前橋駐屯地の関係者らで構成された、いわば“仮設政府”だった。

    蓮は大学関係者として、その本部の活動を記録する許可を得ていた。かつて卒業研究で地域防災の計画策定に関わっていた経緯が認められ、物資運搬と記録係として動くことになったのだ。

    その本部で、最初に出された決定は、敷島公園を「8区域に分割し、管理責任者を設ける」ことだった。統率のない難民キャンプでは食料配給やトイレ管理が不可能とされ、区域ごとに“代表”を立てることで最低限の秩序を回復しようとした。

    だが、これがさらなる混乱を招く。

     

    「誰がリーダーを決めたんだ!」

    「この人は前科がある!信用できない!」

    「他のエリアには水タンクが3本あるのに、うちは1本だ!不公平だ!」

    区域代表は、たいてい声の大きな者、あるいは地元出身の者が担うことになったが、それに異を唱える他府県出身者が反発し、内部で暴力沙汰が起きた。ある区域では、リーダーとなった中年男性が配給品を隠して転売していたことが発覚し、怒った群衆に暴行されて病院送りになった。

    こうして、難民キャンプ内では、“秩序のための組織”が“利権争いの火種”と化していった。

     

    蓮は、ある日の記録にこう記している。

    《この公園は、国家が存在しない世界の縮図だ。誰もが食を求め、声を上げ、権力を欲し、そして崩れていく。法律も、理念も、腹の虫には勝てない》

     

    さらに深刻だったのは、市民側の“過激化”だった。

    前橋市民の一部が、SNSで「難民排斥同盟」を名乗るグループを結成。敷島公園への配給に反対し、「我々の米を奪うな」「群馬は群馬の手に」というスローガンを掲げてデモを行い始めた。中には、避難民が利用する水道を封鎖したり、夜間に火炎瓶を投げ込む事件も起きていた。

    蓮の友人・江藤も、徐々に態度を硬化させていた。

    「蓮、お前は難民の味方か?なぜあいつらに肩入れする?」

    「俺は誰の味方でもない。記録してるだけだ」

    「“中立”って言葉は、今のこの状況じゃ欺瞞にしか聞こえない」

    そう言い残して、江藤は地元の“防衛隊”と称する自警団に参加していった。

     

    その夜、敷島公園の西区域で大規模な火災が発生した。

    おそらくは、調理中の火が藁とビニールに燃え移ったのだろう。火は瞬く間に“仮設都市”の一角を飲み込み、寝ていた老人と子ども2人が焼死した。避難民はパニックとなり、自衛隊の到着前に数十人が公園外に逃走、周辺の住宅に侵入する事件が発生した。

    翌朝、前橋市内の地元新聞はこう報じた。

    《敷島公園、制御不能か——前橋、非常事態宣言再検討》

     

    蓮は、ただその混乱を見つめていた。

    「この国は、あっけなく壊れていくんだな……」

    「制度も、道徳も、言葉も、すべて“物”がないと無意味なんだ」

     

    7月15日、政府はついに「第二次非常対策本部」を設置し、自衛隊を増派。難民キャンプの区域に監視塔を設け、夜間巡回と検問が導入された。まるで、戦時下の都市防衛線のようだった。

    だが、それはすでに“仮設都市”が“占領地”と見なされたことを意味していた。

     

    蓮は、その夜のノートにこう記す。

    《国家が崩壊したあと、人々は“国家ごっこ”を始める。だが、それは制度ではなく“怒り”の共有から始まる。》

    《怒りの連帯が生むのは、正義ではなく暴力だ。そしてそれが、次の国家の“素材”になる——》

     

    第5章 水と米と沈黙

    2025年7月下旬、群馬県前橋市は“無音の地獄”と化していた。

    人々は叫ばなくなった。嘆かなくなった。訴えなくなった。誰に怒りをぶつけても何も変わらないことを悟り、ただ黙って座り、横たわり、あるいはうずくまって時をやり過ごす。それが、生きることのすべてになっていた。

    配給は、7月10日を最後に途絶えた。

    政府は「輸送車両の燃料不足と治安悪化による危険性」を理由に、前橋市への定期的な物資配給を“無期限停止”と発表した。わずかに届くのは、自衛隊の車列が運んでくる乾パン数百箱と飲料水コンテナ1台分。26万人の避難民と32万人の市民——計60万人の胃袋を満たすには、あまりにも少なすぎた。

    水道は止まり、井戸水は細菌汚染で使用不能となり、山間部から汲んできた水を一滴ずつ飲み合うような日々が始まった。

    「水が欲しい」「米を分けてくれ」——そんな言葉は、もはや声にならず、目と仕草で交わされるだけになった。奪い合い、罵り合う余力すら、人々からは失われていた。

     

    蓮は、記録係としての任務を続けていた。

    敷島公園の8区域を歩き、各区域代表に状況を聞き取り、病人の数、死亡者の数、配給品の有無、トラブルの件数、そして“目撃したこと”をノートに書き留める。それは、統計というよりも“記録文学”に近いものになっていた。

    7月21日の記録には、こうある。

    《第3区域では、5歳の女児が衰弱死。母親は食料を探して3日間帰らず。周囲の者が発見したときにはすでに硬直。遺体は段ボールに包まれ、木陰に安置されたまま放置。防疫上問題あり。だが、埋葬できる者はいない》

    《第5区域で脱水症状による集団倒れこみ。50名規模。日中40度の気温。仮設シェルター内の熱が逃げず、体温調節不能。対応した自衛隊員1名が嘔吐。》

    《第7区域、路上に座ったまま死亡していた中年男性。2日経っても遺体はそのまま。衛生状態悪化。近隣住人が腐臭を訴えるも、対応なし》

    そして、記録の最後に蓮は書く。

    《この沈黙は、“音”ではなく、“制度の終わり”の音だ》

     

    同時に、感染症の拡大が始まっていた。

    最初に確認されたのは、いわゆる「急性下痢性疾患」だった。水が不衛生であり、手洗いも困難な環境では、ごく当たり前のように蔓延する。だが、それは始まりに過ぎなかった。発熱、嘔吐、咳。避難民の一部が持ち込んだ病原菌が、劣悪な衛生環境で拡散され、ついには「インフルエンザ型の感染性肺炎」が急増。

    敷島公園で最初に立ち上げられた“簡易診療所”の医師は、限界を訴えた。

    「薬がない。器具がない。人員も防護服もない。これはもう、医療とは呼べない」

    それでも医師や看護師たちは、トリアージ用の赤・黄・緑のリストバンドを作り、生死の線引きを続けた。だが、日が経つごとに“赤”ばかりが増え、ついにはバンドの在庫が尽き、“死に近い者は声を出さず、動かない者は寝かせておけ”という指示が口伝で回されるようになった。

     

    市民の間にも緊張が走った。

    「難民が病気を持ち込んだ!」「あの公園は感染源だ!」「封鎖しろ!焼き払え!」

    市内では“浄化運動”を掲げるグループが発生。自警団は武器を持ち始め、自作の“検問所”を設置して避難民の流出を阻止し、逆に避難民側も防衛線を張り、棒や鉄パイプで武装しはじめた。

    蓮は、双方の間に立つことを試みた。

    「もう、敵とか味方とか、そういう段階じゃない……」

    だが、その声を聞く者はほとんどいなかった。言葉は、すでに誰の耳にも届かなくなっていた。

    つい最近まで、私たちは海外から届く「ガザの飢餓」の映像に心を痛めながらも、それを遠い国の出来事として受け止めていた。だが今や、日本各地に「ガザ地区」と呼ぶべき惨状が無数に現れ、その光景はSNSを通じて世界中へと発信された。

     

    7月30日、蓮の友人・江藤が倒れた。

    高熱と咳、そして倦怠感。最初は熱中症かと思われたが、簡易診療所で「肺炎の可能性」と判断された。だが、抗生物質は枯渇しており、輸液も行えず、せめて水分だけはと懸命に支えたが——8月1日未明、江藤は息を引き取った。

    「蓮……記録、残せよ……」

    それが、最後の言葉だった。

    その夜、蓮はノートにこう書いた。

    《人が死ぬたび、私はそれを“書いて”済ませている。だが、書いて済むことなど、本当は何一つない。私は傍観者か? いや、書くことでしか自分を許せないだけなのだ》

     

    日常の中の非常事態ではなく、非常事態の中の日常が続いていた。

    誰もが痩せこけ、互いの顔を見ず、目を合わせず、ただ“自分の次に”死ぬ誰かを眺めながら、その順番が回ってこないことを祈っていた。そう、“祈る”という行為だけが、まだ人間であることを証明していた。

     

    ある朝、蓮は1人の少年と出会った。

    公園の片隅で、古いバケツに水を入れて、なにかを撹拌していた。蓮が近づくと、少年は警戒せずに言った。

    「お米、ふやかしてるの。昨日、もらったやつ」

    「ひとりで食べるのか?」

    「ううん。お母さんと、お姉ちゃんがいる。病気で動けないから、先にあげるの」

    バケツの中には、わずかな米粒と、葉っぱのかけらが浮いていた。

    「それ、ちゃんと洗ったか?」

    「……雨水だから、大丈夫って言ってた」

    蓮は、何も言えなかった。

    何を教える資格が自分にあるというのか。自分はただ、“書いてるだけ”なのに。

     

    8月3日、前橋市内で同時多発的な火災が発生。

    その後の調査で、複数の倉庫が放火されていたことが明らかになる。避難民の一部が「備蓄があるはず」と噂される場所を襲撃し、それを知った市民側が報復に動いたのだ。自衛隊が出動したが、鎮圧には至らず、両者の緊張は臨界点に達していた。

    そのとき——市長代行として任命された地域連絡統制本部の代表が、次のような声明を出した。

    《この市を守るため、区域外からの流入を全面的に停止する。違反者は、敵と見なす》

    “敵”という言葉が、公的文書に記された初めての瞬間だった。

     

    蓮は、その夜のノートにこう書いた。

    《国家が沈黙し、人々も沈黙し、今、最後に沈黙するのは“倫理”だ。人間の限界は、声を失ったときではない。正義を語れなくなったときに訪れる》

    《水と米と沈黙——その三つでこの国は、ゆっくりと終わっていく》

     

    第6章 届かぬ援助、届かぬ声

    前橋の朝は、もはや“始まり”ではなかった。

    2025年8月5日、夜が明ける頃、蓮は大学の屋上に立ち、東の空を見つめていた。だがそこに希望はなかった。濁った太陽が灰色の空気に滲んでいるだけで、風は悪臭を運び、遠くで犬が死体をあさる声が聞こえてくる。

    救援物資は来なかった。

    通信は繋がらなかった。

    そして何より——人々の声が、もう届かなかった。

     

    「援助が来る」という幻想は、もはや誰の口からも語られなかった。

    政府は数日前、「現在の輸送インフラでは、北関東以北への物資輸送は原則不可能」と正式に表明。物資の約8割を担っていた東京湾、名古屋港、大阪港が未復旧であり、トラックも列車も燃料も確保できず、自衛隊の車両ですら限界に近いとされた。

    蓮は、関係者から入手した内部通達文書のコピーを見ながら呟いた。

    「これは……事実上の“見捨て宣言”じゃないか」

    物資が来ない。人も来ない。自分たちで生き残れ——ということだった。

     

    同時に、通信網も壊滅していた。

    携帯電話はつながらず、公衆電話も多くが使用不能。インターネット回線は不安定で、情報は断片的なSNS投稿か、数日遅れの紙のビラが頼りとなっていた。テレビ放送はNHKの災害チャンネルだけがかろうじて続いていたが、内容は“励ましと注意喚起”ばかりで、現場の人間には何の役にも立たなかった。

    「電波も、文字も、今はただの飾りに過ぎないな……」

    蓮は記録ノートに書いた。

    《人が死ぬとき、声が届かないというのはこういうことだ。“叫び”が“文字”にならず、ただ消える。それが死の本質だとすれば、今ここで何万人もが、すでに“社会的死”を迎えている》

     

    そして、葬送の概念が崩壊し始めていた。

    8月に入ってから、死亡者の数は急激に増加していた。熱中症、感染症、餓死、自殺——死因は様々だったが、共通していたのは「死んだ者を葬る余裕がない」ことだった。

    敷島公園の各区域では、遺体がブルーシートに包まれ、木陰や公園の一角に並べられた。防腐処置もなく、棺もなく、名前を記録する係もいなかった。最初のうちは、近隣の寺院が焼香を行っていたが、8月4日以降、火葬設備が限界を迎え、遺体の引き取りを停止。

    「土に埋めてください。ただし、浅すぎると犬や野生動物が掘り返します」

    市の通達は、もはや“行政”というより“お願い”だった。

     

    蓮は大学構内に、即席の“慰霊ノート”を設置した。

    誰が死んだか、いつ死んだか、名前がわかれば書く。顔を知らなくても、遺された物を置く。古びた学生食堂の一角に、数十冊のノートが積まれていった。そこには、誰にも届かない声が並んでいた。

    「父へ。最後に水を飲ませてあげられずごめんなさい」

    「母ちゃん、どこ行ったの?まだ僕ここにいるよ」

    「田中さん、あの時パンくれてありがとう。もう会えないんですね」

    「全部、全部、遅すぎた。でも、書くしかできないから書くね」

     

    蓮は、自分自身の“声”もそこに残した。

    《声は、電波を介しても、届かないことがある。声が届くというのは、相手が生きていて、聞く意志があり、受け止める体力があるときだけだ》

    《今、国も社会も人々も、聞く意志を失っている。だから声が届かないのではない。“聞けなくなっている”のだ》

     

    8月7日、敷島公園西区域の土手に、数十体の遺体が無造作に積まれているのが発見された。

    目撃者の話によれば、区域代表が「病気が広がるよりは」と判断し、死者をいったん一箇所に集めたのだという。火葬も埋葬もできず、「山」となったその場所には、名札も、慰霊も、線香もなかった。

    その映像が誰かのスマホに記録され、SNSにアップされた。短時間だけネットが回復した瞬間だったのだろう。やがてその投稿は全国の避難地域に拡散され、かすかな波紋を呼んだ。

    だが、政府はその件に関して一切のコメントを出さなかった。

    「今、被災地の現場ごとに独自の判断がなされている。すべてに行政が介入することは不可能である」

    それが、内閣広報官の唯一の発言だった。

     

    蓮は記録ノートに書いた。

    《今この国には、“死者の名簿”が存在しない。数万人が死んでも、それは“数字”としても数えられない。死者とは、数えられることで社会に復帰する。今は、ただ“消えた人”が、消えたままでいる》

    《届かぬ援助、届かぬ声。その“間”にあるのが“国家”だったはずだ。今、それはどこにもない》

     

    太平洋戦争中に農村を巡って食料を求めた都市住民、アフリカからヨーロッパへ押し寄せた難民、あるいは中華王朝末期に飢饉から逃れて都市間をさまよった流民たち——こうした歴史上の事例と比べても、今回の南海トラフ地震によって発生した国内の「食料難民」の災害度合は甚大であった。すでに深刻な飢餓が始まっており、その様相は、まるで鎌倉時代の大飢饉をスケールアップさせたもの、あるいは日本列島に現出した巨大な“ガザ地区”のようでもあった。

    疫病、戦争、自然災害――そのたびに「飢餓」は、日本、中国、ヨーロッパを問わず、繰り返し人類を襲ってきた。自然災害や人災によって引き起こされる食料危機こそが、大量死の最大の要因であった。それでも人間は歴史から学ぶことができず、教訓を忘れては、同じ「地獄」を何度でも繰り返す。

     

    そして8月9日、蓮は初めて“声をあげる側”になった。

    慰霊ノートが放火された。

    何者かが深夜に大学に侵入し、記録ノートや花束を焼き、供えられた遺品を散らかしていった。火はすぐに消されたが、焦げ跡と黒煙の匂いが、大学の食堂に残った。

    蓮は、崩れたノートを拾い集めながら、泣いていた。

    静かに、嗚咽ではなく、ただ目から水がこぼれるような涙だった。

    「なぜ、記録すら許されないのか」

     

    その日の夜、蓮はノートにこう記した。

    《記録すらも“敵”とされる。言葉を残すことが、何かを否定することになる社会。それが今の日本だ》

    《届かぬ援助。届かぬ声。届かぬ記録。では、いったい何が届くのだ?》

    答えは、なかった。

    ただ、沈黙だけが、今日もまた蓮の耳を塞いでいた。

     

    第7章 非常線の内と外

    2025年8月15日、群馬県前橋市は“壁の中”となった。

    市内を取り囲むように設けられた臨時検問所。旧国道17号線、上武道路、県道4号、関越自動車道のインターチェンジ——それらすべてにバリケードと監視塔が設置され、通過には通行証が必要となった。

    “非常線”の名のもとに、前橋は外界と切り離された。

     

    きっかけは、8月10日に起きた流入事件だった。

    高崎方面からおよそ4000人規模の避難民集団が、食料と水を求めて前橋市に向かって進行。中山道を徒歩で移動し、午後には前橋郊外の富士見町に到達。住民の通報を受けて自衛隊が出動し、交渉の末、そのうち2000人が敷島公園に収容されたが、残る2000人は「満員」を理由に追い返された。

    「ここにしか希望がないんだ!」

    「子供が死にそうなんです!お願いします!」

    叫び声も泣き声も、制服の壁を超えることはなかった。やがて群衆は反発し、警備線に突撃しようとしたため、催涙ガスと警棒による強制排除が行われた。

    この事件は、市民の怒りをさらに煽る結果となった。

     

    「もう入れるな!ここも限界だ!」

    「前橋を守れ!」

    「難民は東京へ帰れ!」

    SNSでは「前橋防衛線」「地元優先」「群馬は群馬で立て直す」といったハッシュタグが飛び交い、各地に自警団が結成されていった。彼らは政府の指示を超え、独自に“区域防衛”を宣言し始めた。旧駐車場やトンネル出入り口に鉄パイプと車を並べて封鎖。外部からの侵入者には警告を与え、それでも進入すれば“威嚇”として物理的制圧を実行した。

     

    蓮は、前橋市内を移動するたびに、こうした“線”に遭遇した。

    警察ではない。自衛隊でもない。名もなき市民が、銃の代わりにバールやスコップを手に取り、出入口を守る——いや、“閉ざす”。

    「蓮、これが限界だよ。もう入れる余地なんて、どこにもない」

    そう語ったのは、自警団に参加した元高校教師の男だった。

    「俺はな、30年教壇に立ってきた。生徒に“平和の尊さ”を教えてきたつもりだ。でも今、あいつらを守るには、“外を拒む”しかないってことを学んだよ」

    「それが正義ですか?」

    「違う。でも、選ばなきゃならないんだよ。“正しさ”より“残ること”を」

     

    非常線の内側と外側では、人の価値が変わっていた。

    中にいれば“市民”、外にいれば“流民”。生きる権利が切り分けられ、物資配給も、診療所の利用も、死者の処理さえも、その線によって分断された。

    特に敷島公園の住人たちは、“内”にいながらも“外”と見なされる曖昧な立場に置かれ、しばしば物資配給の対象から除外された。区域代表たちは連日市役所と交渉したが、「前橋市民の分を削ってまで難民に配る余裕はない」という一点張りだった。

    「じゃあ俺たちは“人間未満”ってことか?」

    そう吐き捨てた難民代表の一人は、翌日から所在不明になった。誰も探そうとしなかった。

     

    蓮は大学の研究室にこもりながら、その“線”の変化を記録していた。

    壁は、最初から物理的に存在していたのではない。

    「物がなくなったとき、まず人が変わり、言葉が変わり、そして境界が生まれる。非常線とは、“言葉が意味をなくした場所”に立ち上がる」

    彼はそう記し、地図に新しい色を加えた。

    赤:完全封鎖区域
    黄:自警団活動区域
    青:限定的通行可能区域
    灰:通信・物流完全遮断区域

    前橋の市街地は、赤と黄の点滅する炎のような境界に取り囲まれ、もはや“都市”ではなかった。蓮の記録は、もはや地誌ではなく“戦地報告”に近いものとなっていた。

     

    8月20日、市役所前で騒乱が起きた。

    市民グループと難民代表が、配給量の再配分を巡って衝突。口論から殴り合いになり、自警団が“秩序維持”の名目で難民側を排除。その際、木の棒で頭を打たれた男性が死亡。現場は一時騒然となったが、警察は出動せず、自衛隊も“治安権限は有していない”と発表。

    「殺されたのに、“事件”じゃないのか……」

    蓮は、その光景に立ち尽くしていた。

    ニュースにもならない死。それが、線の“外”の運命だった。

     

    数日後、蓮はついに記録ノートの1冊目を埋め尽くした。

    表紙には、焼けたような汚れがこびりつき、ところどころに血の跡も残っていた。

    彼は、最後のページにこう記した。

    《非常線は物理ではない。“心の線”が先に引かれ、やがて街を割る。誰かを助けたいと思わなくなった瞬間、その人は“内”に生き、“外”を見捨てたことになる》

    《だが、“内”にいるからといって、安全ではない。“内”に残された者ほど、より深く“沈んでいく”——私はそれを、毎日見ている》

     

    8月25日。

    前橋市内に、大型トラックが1台だけ入った。数か月ぶりの県外ナンバーだった。周囲は騒然となり、自警団が道路を封鎖しようとしたが、荷台に積まれたのは——棺だった。

    木製の粗末な棺が数十台。中には、他都市から回収された遺体が詰められ、これから“山積みになった死者たち”と同様に、集団火葬される予定だったという。

    その棺に、人々は食料や水ではなく、“希望”を期待していた。

    「もし遺体が届くのなら、誰かがまだ“国”として記録しているのではないか」

    だが、それも幻想だった。

    蓮はトラックの運転手に尋ねた。

    「これ、どこからの指示で?」

    「さあ……俺たち、民間だし。金もらったから来ただけ」

    国家は関与していなかった。市民が、自費で、死者を“整理”するために棺を買い、民間運送業者に依頼したのだった。

     

    その夜、蓮は2冊目のノートを開き、1ページ目にこう記す。

    《死者が運ばれてくる街。それが、今の“内”の現実だ。だが、その死者が、どこから来たのかすら、誰も知らない》

    《非常線とは、“死者にすら所属がない”ということだ。死すら、もはや共有されない》

     

     

    第8章 内乱の予兆

    2025年8月27日。
    前橋市は、もはや「都市」ではなかった。
    行政機能は崩れ、警察は見かけなくなり、夜の街は無音ではなく、武器の音と叫び声が支配していた。

    それは、内乱ではない。まだ「戦争」ではなかった。
    だが誰の目にも明らかだった——これは、「内戦前夜」だと。

     

    蓮がそれをはっきりと感じたのは、敷島公園の北端、通称「第6区域」で起きた事件がきっかけだった。

    8月25日の深夜、区域を統括していたリーダー格の男性が、顔に布を巻いた数人の集団に襲撃され、配給倉庫ごと焼き討ちにあった。犯人は難民ではなかった。目撃者によれば、彼らは「市内の自警団関係者」とされ、装備は明らかに市民のレベルを超えていた。

    鉄パイプ、防刃ベスト、煙幕、短波無線。

    それは、もはや“警戒”ではなく、“軍事”だった。

     

    自警団——かつては市民の「自己防衛」として歓迎された組織は、8月下旬に入り、急速に分化し始めていた。温和な住民たちが互助精神でつくった防衛班と、過激思想に染まった排外主義の「過激自警派」、さらには物資や権力を握ることを目的とした「利益派」へと分裂。

    それぞれが、自らの理屈で「前橋の治安を守る」と宣言していた。

    だが現実は逆だった。
    治安が崩れていたのは、彼らの“正義”がぶつかり合っていたからだった。

     

    「夜間外出禁止」「区域をまたぐ移動には許可証が必要」「見知らぬ者を見かけたら通報を」——
    こうした“自主ルール”が、いつの間にか市全体に広まり、市民も難民もすべて“管理”される対象となった。

    蓮の記録ノートには、こんな記述がある。

    《正義が3つあれば、そこに3つの検問が生まれる。そして、通れる道は1本も残らない》

     

    市内の商業倉庫への襲撃事件が相次いだのも、この時期だった。

    8月28日未明、前橋問屋町の食品流通センターが焼き払われた。2週間前まで保護されていた場所だったが、自警団の一派が「倉庫内に“偏った配給”が行われていた」と主張し、強行突入。残っていたわずかな乾物や保存食を奪い合い、そのまま倉庫に火が放たれた。

    燃え上がる炎の向こうで、蓮はただ立ち尽くしていた。

    「これが、俺たちの“秩序の終わり方”なのか……」

     

    8月30日、前橋市街に“旗”が現れた。

    南部の旧文京地区に、ある集団が自らの勢力範囲を示すため、交差点に巨大な布を吊るした。黒い背景に赤い稲妻のような紋章。彼らは自らを「護国戦線」と称し、「国家不在の時代に、新たな日本人の秩序を築く」と宣言。

    構成員は元警官、元自衛官、市民兵に志願した若者ら。彼らは独自の規律を持ち、食料配給と警備、街頭演説、さらには簡易軍事訓練まで行っていた。

    その“登場”は、他の自警団にも刺激を与え、前橋は複数の“準武装勢力”がにらみ合う「無政府圏」と化した。

     

    「これが、戦争じゃないなら何なんだ」

    蓮の友人で、大学院に進んでいた元防災研究者・嶋崎は言った。

    「災害が国家を壊し、空白を作った。そして今、その空白を埋めようとしている者が武器を持った。それが今の“日本”だよ」

    「まだ、時間はあるか?」

    「ないな。これはもう、止まらない。誰かが引き金を引くのを、ただ待ってるだけだ」

     

    8月31日、自警団間で初の「交戦」が起きた。

    旧前橋西中学校に拠点を置いていた防衛隊と、別派閥の“秩序維持団”が、倉庫管理権を巡って衝突。結果、数名が打撲・刺傷。非武装の難民1名が流れ弾に当たって死亡。これが公式に“戦闘”として記録された最初の事例となる。

    事件後、臨時市庁舎が出したのは、たった1枚の張り紙だった。

    《今後、武装団体による施設利用を禁じる。発見次第、自衛隊への通報対象とする》

    だが、自衛隊はもはや治安介入を行っていなかった。彼らの任務は「災害支援と物資管理」に限定されており、武力鎮圧には動かない。
    つまり——誰も止めない。止める者が、いない。

     

    蓮は、自分の記録の意味を問い直し始めていた。

    《もはや、このノートは“証言”ではない。未来に届くべき“報告”でもない。これは、自分自身が“正気である”と証明するための最後の作業だ》

    彼は眠れぬ夜、静まり返った大学の研究室で、自分に問いかけ続けた。

    「これは、本当に“災害”の延長なのか?」

    「これはもう、“戦争”じゃないのか?」

     

    9月1日。

    前橋市に、初めて“外部の勢力”が接触を図ってきた。

    群馬県高崎市の一部地域で、自主的に治安を回復した民間グループが、前橋との「情報共有」と「避難民の再受け入れ」を申し出たのだ。内容は、敷島公園にいる高崎出身者300人を引き取り、彼らの分の食料支援を前橋側に提供するという「交換協定」だった。

    だが、この提案は却下された。

    「今、前橋に“他者”を招き入れる余裕はない。たとえ善意であっても、それは“新たな境界線”を崩すことになる」

    これが、臨時庁舎の代表の判断だった。

    蓮は、ここに“国家”というものの喪失を見た。

    《国家とは、通貨でも法律でもない。“橋を架ける意志”だ。それが消えたとき、都市は孤立し、やがて自分自身と戦い始める》

     

    夜。敷島公園の西区域で、また一つ火の手が上がった。

    どこかの派閥による報復だったのか。誰の犯行かはわからなかった。だが、蓮はそれを見て悟った。

    これはもう、始まっている。
    内乱とは、宣言ではなく、“静かに始まるもの”なのだと。

     

    その夜、蓮はこう記す。

    《内乱とは、銃声から始まるのではない。情報が絶たれ、共感が絶え、秩序が内側から腐ったとき、気がつけば始まっている》
    《前橋は、もはや“街”ではない。ここは、誰もが自分の“正義”を武器にする“戦場”になった》

     

    第9章 列島封鎖と外資の影

    2025年9月5日、朝。

    蓮は、大学の研究室から見える赤城山の輪郭を眺めていた。空は晴れていた。だが、青さには透明感がなく、空気は鈍く、喉を刺す微かな異臭が風に混じっていた。

    かつて日本列島を南北に貫いていた鉄道網も、高速道路も、航空路線も、今ではただの「記憶」だった。通信は切れ、物流は寸断され、地方都市はそれぞれ“島”と化していた。

    その“分断”に、ついに名前がついた。

    「列島封鎖」

     

    もともと、それは政府の公式用語ではなかった。報道機関も、政治家もその言葉を避けた。だが、現実には、政府が“戦略的に優先すべき地域”を選別し始めたことが露見していた。港湾の復旧、幹線道路の確保、空港の限定再稼働——それらが、東日本の北部や内陸部を“後回し”にする政策として明らかになっていたのだ。

    「人員・資源の限界により、重点支援地域を段階的に再配置する」

    官房長官のこの発言が、その証明だった。

     

    その日、蓮は旧群馬県庁舎跡で開催された「地域防衛会議」に記録係として立ち会っていた。

    出席者は、前橋市臨時庁舎、各自警団代表、自衛隊地域連絡部、医療団体、有力事業者、そして民間物流会社の元幹部ら。

    そこで示されたのは、あまりに静かで冷徹な“現実”だった。

    ——北関東(群馬・栃木・茨城)は、国の支援対象地域から「実質的に外されている」。
    ・ 輸送ルートは完全に遮断され、海上輸送・空輸いずれも見込めない。
    ・ 中央政府は「地元主導の復旧」を暗黙に求めている。
    ・ 一部地域で、“代替支援”として外資系企業が独自支援を行っている。

    この最後の一文が、場を凍りつかせた。

     

    「外資が……? どういう意味だ?」

    誰かがそう口にした。

    「中国系の企業体が、長野県のある自治体に発電設備と医薬品を提供しました。見返りとして、農地と水源地の一部利用権が与えられたと聞いています」

    「北海道でも、ロシア企業が冷凍倉庫の修復を支援。見返りに港湾施設の使用権を5年間付与する契約が、非公式に交わされたと……」

    「沖縄でも、アジア系のNPOが難民支援の名目で拠点を築いてます。何が入ってるかはわからない」

     

    日本の主権は、崩れていた。

    いや、主権という“余裕”がなくなっていた。
    国家が国家であるために必要な“統治能力”が消えれば、その空白には必ず誰かが入り込む。

     

    蓮はその夜、記録ノートにこう記した。

    《国家の崩壊は、旗を降ろすことで起きるのではない。“外国の支援を拒めなくなる”ことで静かに始まる》

    《今、日本は誰に主権を渡したのかすら、理解していない》

     

    前橋市内にも、こうした“外資の影”がじわじわと近づいていた。

    9月8日、地域連絡統制本部にある申し出が届く。

    「私たちは、米国系人道支援団体『HHO(Human Hope Organization)』です。中立の立場から、前橋市に食料・医療品・水処理装置を提供する準備があります」

    「受け入れ条件として、配布管理の実務権限と、安全な活動区域の確保をご要望します」

    この文面は、事実上の「入植要請」に近かった。

    市の幹部のひとりは怒りをあらわにした。

    「我々はまだ日本人だぞ!アメリカに土下座して物資を恵んでもらうのか!」

    「だが、もう他に手段がないんだ……。このままでは死ぬぞ、俺たちは」

    議論は深夜まで続き、結論は出なかった。

     

    蓮は、ふと10年前の自分の記憶を思い出していた。

    ——社会科の授業で、「戦後の日本は、アメリカの支援で立ち直った」と教わった。
    ——その時、先生はこう言った。「支援を受けても、心は独立していなければならない」と。

    その言葉を、いま誰が思い出しているだろうか。

     

    9月10日、前橋市内の一部で不穏な動きがあった。

    「前橋独立管理区画」を名乗る一派が、旧南橘小学校を拠点に、独自の通貨制度と物資配給体制を構築。なんと、食料をアジア系NPOを通じて調達していたことが判明した。

    「俺たちはもう、中央にも県にも頼らない。現実を見ろ。日本はもう、“主権”なんか持ってないんだよ」

    代表者は、かつての地方議員だった男だった。

    その言葉を聞いた蓮は、記録にこう書いた。

    《列島は今、“国家の形式”を保ったまま、実質的に分裂を始めている。》

    《中央政府の地図では、まだ日本は一つ。だが、現場の地図では、もう何十もの“ミニ国家”が生まれている》

     

    そして——ついに“最後の象徴”が、崩れた。

    9月12日、ついに天皇陛下が「長期静養」の名のもとに、首都圏外の某施設に移動したことが報道された。詳細は伏せられたが、実質的には「首都の空洞化」と同義だった。

    「もう、中央は維持できない」

    この報道に、多くの人々が画面の前で膝をついた。

     

    蓮は大学のホールで、避難民にそのニュースを読み上げた。

    誰も驚かなかった。
    「とうとう、そこまで来たか」と言う者もいなかった。

    ただ、誰も反応しなかったのだ。
    怒る気力も、嘆く余裕も、もう誰の中にも残っていなかった。

     

    その夜、蓮はこう記す。

    《国旗を降ろさずとも、国歌を忘れずとも、人々の中に“国家”が存在しなくなれば、それはもう国家ではない》

    《国家の終わりとは、“見捨てられた”という実感が、国民の中に染み込んでいく過程のことだ》

    《そして今、日本列島の全域が、それぞれに“孤島”となり、やがて“他国の影”に照らされていく》

     

    第10章 瓦礫の経済圏

    2025年9月15日、前橋市に「物の値段」が戻ってきた。

    それは、希望の兆しではなかった。
    むしろ、「貨幣という幻想が完全に終わった」ことを意味していた。

     

    「この缶詰、玉ねぎ5個と交換できますか?」

    「乾電池と水1リットル。どちらが価値が高いと思いますか?」

    「いいや、情報の方が貴重だ。ラジオがあるなら米を出す」

     

    大学の正門前に広がった即席市場には、ブルーシートの上に所持品を並べる者たちの姿があった。誰もが財布を持っていたが、誰一人として“お金”を使っていなかった。

    日本円は、ただの紙切れだった。

     

    国家が食料と燃料の流通を失った瞬間、円は価値を失った。中央銀行の言葉は届かず、ATMは停止し、キャッシュレス決済など夢のまた夢。商店のレジは閉ざされ、コンビニは打ち壊され、残ったのは“交換”という最も原始的な経済だった。

     

    蓮は、研究ノートにこう書いた。

    《経済とは、信用である。信用とは、未来を信じること。今、人々には未来がない》

    《だから、紙幣は燃やされ、米袋が価値を持ち、情報や噂が通貨の代わりとなる》

     

    敷島公園では、すでに「物々交換専用区域」が設けられていた。

    各区域代表がそれぞれ出品を行い、欲しい物の条件を提示する。共通の通貨はなく、交換は“当事者間の納得”によって成立する。最初は食料品や医薬品が中心だったが、やがて燃料、服、電池、包帯、さらにはタバコや酒も“資産”とみなされるようになった。

    誰もが気づいていた。

    ——戦前の闇市が、形を変えて復活したのだ。

     

    だが、それは単なる物のやり取りでは終わらなかった。

    やがて、物々交換を“仲介”する者が現れた。

    「水と乾パンのセットを、米と交換したい人を探します。手数料として5%分だけいただきます」

    「盗品は取り扱いません。取引証明書を発行します」

    最初に“公証人”を名乗ったのは、元保険会社勤務の男だった。

    彼の仕事は正確で、信頼を集め、数週間のうちに“彼の仲介がある取引”が市場の7割を占めるようになった。

     

    次に現れたのは、「前橋ポイント」だった。

    それは、ある商工会系の団体が作成した地域限定通貨で、印刷された紙にQRコードとサインが記載されている。1ポイント=乾パン1個分を基準に、徐々に取引が広まり始めた。

    もちろん、それは法的な通貨ではなかった。
    だが、現実として流通した。人々が“信じれば”経済は成立する。

     

    「これが、新しい“円”だとしたら?」

    蓮は誰にともなく問いかけた。

    隣にいた、以前は大学事務職員だった中年女性が答えた。

    「国家が通貨を作る時代は終わったのよ。これからは“共同体”が通貨を持つの」

    「その共同体が崩れたら?」

    「その時はまた、新しい通貨を作る。人間は、価値の幻想がないと生きていけない生き物だから」

     

    その言葉は、奇妙に重く蓮の心に残った。

     

    9月20日、ついに「武装市場」が誕生した。

    南橘中学校跡にできたこの市場は、「護国戦線」と名乗る勢力が運営。彼らは独自の通貨「護国券」を発行し、米や水、医薬品、さらには簡易兵器までも取り扱っていた。

    銃弾は1発=200護国券。
    ナイフ=150。
    ボディアーマー=1500。
    人命——取引不可(建前上は)。

    この市場は“秩序を保つため”と称されていたが、実態は武装勢力の資金調達であり、前橋市内の通貨・経済圏は急速に分裂していった。

     

    同時期、東部地域では「農村連合取引所」が設立された。

    高崎・前橋周辺の農家が合同で立ち上げたこの市場は、農産物を“労働力”と交換する独自モデルを採用していた。野菜や穀物の代わりに、田畑の手入れや家屋の修繕を行う人手を提供する“労働型通貨”の形だ。

    この地域では、「信用取引証」が発行され、過去の労働履歴をもとに“信用度”が記録される。信用度の高い者は、事前に農作物を受け取ることができた。

     

    前橋市内だけで、すでに4種類以上の“通貨”が並行流通していた。

    蓮は地図を開き、それぞれの流通圏に色をつけた。

    赤=護国券エリア
    緑=農村連合圏
    青=前橋ポイント圏
    黄=完全物々交換区域
    灰=無秩序地帯(盗難・暴力・略奪が常態化)

     

    《今、この地域には「円」が4種類ある——それぞれ、異なる“価値観”の下に》

    《通貨とは、価値ではない。“何を信じるか”の地図である。だからこそ今、人々は通貨を分け、自分の正義を測っている》

     

    だが、そんな“新しい秩序”も、不安定だった。

    黒市には偽札が出回り、護国券を大量偽造した男が処刑されたと噂された。農村連合では労働力不足により、物価の交換レートが急上昇。前橋ポイントは紙資源の枯渇で新規発行が止まり、流通が縮小。

    蓮は、その不安定さをノートに記す。

    《“新しい経済”は、秩序ではなく“競争”の始まりでしかなかった。国家という“巨大な審判”が消えたとき、経済は“戦場のルール”へと変貌する》

     

    9月末。

    黒市で、こんな張り紙が掲げられた。

    《今日から、灯油の取引は“身体価値”で換算されます。若年者優遇。老人は後回し》

    それは、ただの個人の書き込みだったかもしれない。だが、誰もそれを“間違いだ”と否定しなかった。

     

    その夜、蓮は記録にこう残した。

    《人の命もまた、“価格”を持つ時代に入った。戦争ではなく災害だったはずなのに、なぜここまで来たのか——その問いを、誰も発しなくなった》

    《貨幣が壊れるとき、人は“人間”ではなくなる。そのことを、俺たちはようやく知った》

     

    第11章 縮む国家、伸びる闇市

    2025年10月3日。
    前橋市の中心部は、かつての「行政都市」としての顔を完全に失っていた。

    県庁は閉鎖されたまま、市庁舎は民間団体と自警団の共有施設に変わり、警察署は無人化。道路標識は塗りつぶされ、交差点にはそれぞれの「支配者」が看板を掲げていた。
    《南部治安連合》
    《農村自治協議会》
    《護国戦線・第3防衛区》
    その隙間に、手書きの看板が立っていた。
    《本日、米3合=抗生物質1錠》《水1L=バッテリー20分分》

    国家は消え、闇市が支配していた。

     

    「政府って、今どこにあるの?」

    避難民の少年が蓮にそう尋ねたとき、蓮は答えられなかった。

    確かに、首相官邸は存在していた。毎週、官房長官の会見はネット上で流れていた。だがその言葉が、前橋に何かをもたらすことはなかった。配給も支援も法も秩序も届かない言葉は、ただ“音”でしかなかった。

    少年は続けた。

    「じゃあ、今は誰がこの国を動かしてるの?」

    蓮は静かに、大学の正門前に並ぶ青いテントの列を指差した。

    「今、この国を動かしてるのは、“売る人”だよ」

     

    黒市——それは、もはや“裏”ではなく“表”だった。

    敷島公園の南側には、毎日数百人が集まる巨大な市場が常設されていた。ブルーシートの屋台、鉄パイプの即席店舗、物々交換所、信用証明屋、護衛付きの物資回収所。そこでは、日常のすべてが“取引”として存在していた。

    食料、水、薬、情報、そして人間までも。

    子どもを“労働者”として斡旋する業者が現れ、女性の“安全な宿泊場所”を提供する名目で性の取引が始まり、老人は「負担者」として排除された。

     

    蓮は、自分の記録ノートにこう書いた。

    《国家とは、“人権”を保証するシステムだった。だが今、人権は通貨よりも軽い》

    《今の前橋には、法もある。だがそれは“売ることができる”法律だ。正義とは、“買える者のための装飾”になった》

     

    10月5日、自衛隊の偵察ドローンが黒市上空で撃墜された。

    護国戦線が「無断の軍事飛行は主権侵害である」と主張。その主張はSNSで瞬く間に拡散され、多くの市民が「前橋の治安は前橋が守るべき」と同調した。
    「主権」という言葉が、国家ではなく“地域勢力”によって使われた瞬間だった。

    そして政府は、その件について一切コメントしなかった。

    ある行政学者は後日こう語った。

    「国家が縮むとき、その“空白”に現れるのは“法律”ではない。“暴力を制御できる者”だ」

     

    前橋市内では、いまや通貨も法も“勢力”ごとに異なっていた。

    南部の商業地帯では、護国戦線による「護国券」が流通し、中央駅跡地周辺では農村連合の「労働信用票」が用いられ、敷島公園付近では「物々交換+前橋ポイント」が主流だった。

    蓮は、前橋の勢力図を毎日更新することが日課となっていた。
    そしてそこに記すのは、行政区画ではなく、「通貨」「武装力」「食料自給率」「医療供給源」「治安リスクレベル」だった。

    その地図は、もはや“都市地図”ではなく、“戦術地図”だった。

     

    「俺たち、もう“国民”じゃないんだな」

    ある老人が黒市の片隅でつぶやいた。

    「違う。“購買者”だよ。物が買えるなら人間扱いされる。買えなければ、野良犬と同じだ」

     

    そしてこの都市に、“新しい国家”の種子が蒔かれ始めていた。

     

    10月8日、前橋北部の旧中学校を拠点とした自警団連合が、「前橋市民統合委員会」の設立を宣言した。彼らは、「市民の安全・流通・衛生・教育の自主管理」を掲げ、独自の教育プログラムと地域清掃・診療を開始。

    通貨は「統合券」。
    徴税は行わず、“労働奉仕”による貢献記録で住民権を与える。
    組織図は自治体を模しており、“市長”にあたる代表、“教育長”“保健責任者”“治安管理責任者”が明文化されていた。

     

    蓮はそれを見て、驚くよりも、むしろ納得していた。

    《人間は“国家の形”をつくる生き物なのだ。どれだけ壊れても、混沌のなかに新たな“秩序”を立ち上げようとする》

    《国家は、旗ではなく“機能”だったのだ。水を配る者、情報を届ける者、命を守る者——それを担う者の周囲に、国家は生まれる》

     

    しかし、その国家は“平和な国家”ではなかった。

    前橋北部の統合委員会に対し、護国戦線が警告を発した。

    「複数の国家が都市内に存在することは、混乱と内乱を生む。速やかに統一管理のもとに入れ」

    それは事実上の“併合要求”だった。

    統合委員会はこれを拒否。護国戦線は即座に農村地域との物資交換を停止。前橋内に「経済封鎖」が生じた。

     

    蓮はその夜の記録にこう記した。

    《国家が分裂するとき、“戦争”とは宣言されない。それは、物資が止まり、言葉が止まり、人が消えることではじまる》

    《この都市には、いくつの“国家”があるのか。誰がその境界を決めたのか。誰がその旗を許したのか》

    《わかっているのは、ただ一つ——本物の国家は、もうここにはいないということだけだ》

     

    第12章 疾患、餓死、そして沈黙

    2025年10月20日。前橋の夜に、冷気が忍び込んできた。

    夏の炎熱と飢餓に喘いでいた人々の身体は、もうすでに限界だった。栄養を失い、免疫を失い、そして希望すら削られたまま、ただ次の“死”の波を待っているようだった。

    その波は、確実に来た。

    それは風の形で。
    咳の連鎖として。
    夜の吐息の中で。
    そして何より——誰にも気づかれない静けさの中で。

     

    蓮が最初に異変を感じたのは、敷島公園第2区域の診療テントを訪れた日だった。

    「もう、聴診器を使っていません」

    医師はそう言った。
    「何の意味もないからです。治せない音を聞いても、虚しさが増すだけです」

    そこにあったのは、“診療”ではなかった。
    ただ、死を“見届ける”という行為だった。

    その日、蓮が記録した死者は7名。
    翌日は14名。
    次の週には、平均で一日40人を超えるようになった。

     

    「疾患」と「餓死」——それは、どちらも日常の中に溶け込んでいた。

    感染症といっても名前はなかった。風邪と肺炎の中間、インフルエンザに似ているが、もっと緩慢に肺を蝕み、呼吸を浅くしていく。それは“風土病”のように人々を弱らせ、治療も予防もなかった。

    一方で、餓死はより静かだった。

    食料の供給が完全に途絶えてから半月、前橋市内では本格的な“身体の消耗”が始まっていた。もはや空腹に苦しむ者すら減り、誰もが食べることよりも“座る場所”を探していた。

    「食べたい」ではなく、「座りたい」と言う者が増えた。

    それは、内臓の停止を意味していた。

     

    病院は閉鎖されたまま、薬局は既に空、救急車は燃料切れで放置され、葬儀屋も存在しなかった。

    葬送は、“土をかける”ことと同義になった。

    その土も、人手不足と冬の硬化によって使えなくなり、やがて“ブルーシートの包み”を並べていく作業が日常化した。

     

    蓮は、大学の一角に“死者の記録部屋”を設けた。

    黒板に日付と人数、遺体の位置、状態、名前(分かれば)を記す。学生だった時の教室が、今では死の台帳を管理する場所になっていた。

    ある日、彼は黒板の横に、つぶやくようにチョークで書いた。

    《今日は、まだ泣いている人を見た。まだ、人間でいられる》

     

    だが、やがて涙は消えた。

    泣く者は減り、見送る者はおらず、死は「風景」になった。
    生き残る者のほうが少数派となり、「助かる」ことが非常事態になっていった。

    死が当たり前になりすぎて、誰も“意味”を与えなくなった。

     

    10月末、蓮は精神的に限界を感じていた。

    ノートには、記録と一緒に意味不明な文章が混ざるようになった。

    《水が言葉のように冷たい》
    《人の顔が透けて見える》
    《数を数えると泣けてくる。もうやめてくれ》

    そして、次のページにはこう書かれていた。

    《誰か、意味をくれ。死が“意味のないまま”続くのが、いちばんこわい》

     

    11月1日、ついに大学内でも死亡者が出た。

    元教授の女性が、研究室で冷たくなっているのが発見された。蓮がその部屋を訪れたとき、机の上には一冊の哲学書と、紅茶のカップが置かれていた。

    カップは空だった。
    だが、本のページは、きれいに「希望」という章で開かれていた。

    蓮は、しばらくそこから動けなかった。
    彼女の死に、どんな意味も付けたくなかった。

     

    葬送が困難となったため、ついに“死体焼却区域”が設置された。

    それは、以前の駐車場跡地だった。
    木材とガソリンを集め、遺体を積み重ね、炎を上げる。
    誰も弔わない。焼却作業は交代制の労働奉仕として運用されていた。

    「焼く人間に、死を悼む資格はない。ただ、義務がある」

    それが、焼却作業員たちの合言葉だった。

     

    蓮は、夜にだけ記録を書いた。

    昼間は、記録することすら無意味に思えた。
    だが、夜になると、自分の中で“言葉”だけが残った。

    《死を記録することが、命を支える。書き残すことでしか、この地獄を“誰か”に伝える術がない》

    《私が生きているのは、ただ書くためだ》

     

    11月3日、雪が降った。

    予想よりも早い初雪だった。

    まだ防寒具の足りていない避難所では、凍死者が出始めた。
    寝袋も毛布もない。燃料はもう尽きている。段ボールとブルーシートで風を防げるはずもなかった。

    「今年の冬は、去年より寒いらしいよ」

    その情報がどこから出たのか、誰も知らなかった。だが、その言葉は、確かな“死の宣告”として、人々に突き刺さった。

     

    蓮は、自分の“記録”の限界を悟った。

    書いても意味がない。
    誰も読まない。
    誰にも届かない。
    だが、それでも書く。
    それが、自分が「まだ生きている」証だから。

     

    その夜、蓮はこう記した。

    《人間は、言葉を失ったとき、“生物”になる。》

    《だが、私はまだ人間でいたい。たとえ誰も聞かなくても、誰も答えなくても、この地獄の中に、“言葉”だけは残したい》

    《明日死ぬとしても、今日の死を記録する——それが、俺に残された唯一の意味だ》

     

    第13章 消えた世代と新たな規範

    太平洋戦争では数百万の命が失われ、敗戦を迎えたものの国家体制は維持された。しかし南海トラフ地震では、数百万の命が失われても勝敗の概念すら存在せず、国家は崩壊した。国民の生命を保証できなくなった国家は、その時点で契約を破棄し、内側から瓦解したのである。

     

    2025年11月10日、前橋に「年齢」という概念が消えた。

    正確に言えば、それは“意味を持たなくなった”ということだった。
    高齢者の多くはこの1カ月で凍死・餓死・病死し、中年層は疲労と責任に潰され、自殺か過労死で次々に倒れた。

    残ったのは、若者たちだった。

    だがその若者たちも、“かつての日本人”ではなかった。

     

    蓮は大学の廃墟となった食堂に集まる少年少女たちを眺めていた。

    彼らの目は鋭く、恐れるよりも“値踏み”をするような眼差しで、周囲を見ていた。
    彼らは礼儀を知らず、年長者を敬せず、道徳を求めず、ただ“生き延びる術”だけを信じていた。

    それは非難されるべきことではなかった。

    彼らには、誰も教えてくれる者がいなかった。
    彼らには、もう親も教師も法も存在しなかった。

     

    「名前、あるの?」

    蓮が尋ねたとき、少年は眉ひとつ動かさずこう答えた。

    「呼ばれ方はあったけど、今は“番号”で呼ばれてる」

    「番号?」

    「俺は“3”って呼ばれてる。逃げた順番が3番目だったから」

    彼は、かつて埼玉県草加市の学習塾で暮らしていた。災害後、塾に取り残された15人の子供たちは、3日間を自力で耐えたのち、教師が死亡。その後、互いを“番号”で呼ぶことで生存順位を決めた。

    「名前は思い出すと死にたくなるんだよ。番号のほうがいい。人じゃなくなるから」

    蓮は何も言えなかった。

     

    敷島公園では今、10代による“共同体”がいくつか形成されていた。

    彼らは武器も持たず、言葉も少ないが、極めて高い“適応能力”を示していた。
    互いの体温で暖を取り、廃材とビニールを組み合わせて小屋を作り、水のろ過装置を手製し、配給所ではなく“ゴミの山”から栄養価のある物を探した。

    彼らには、倫理がなかった。
    だが、規律はあった。

     

    「3日連続で食い逃げしたやつは、出禁」
    「体調悪いやつは、近づくな。病気をうつすな」
    「嘘ついたら、水はもらえない」
    「泣いたら一日“無視”される」

     

    それは、誰かが作ったルールではない。
    “必要だから”自然に定着した、生き残りのための掟だった。

    そこに善悪はなかった。
    あるのは「生存率の高さ」で決まる、冷徹な選別だけだった。

     

    「この子たちは、“法なき社会”で育つ第一世代になるかもしれない」

    大学に残っていた元社会学教授が、蓮にそう語った。

    「彼らは戦争も災害も超えて、“意味の崩壊”の中で生き延びている。だから彼らには、もはや“物語”がいらない。必要なのは、明日を越える技術だけだ」

    「倫理や家族、愛情は?」

    「それは、“資源”がある世界の贅沢だよ。今の日本にはもうない」

     

    かつての日本の社会基盤——教育、家庭、公共、メディア、宗教、企業——それらすべてがこの1年で消滅した。
    残ったのは、口伝と現場判断、暴力と直感だった。

     

    蓮は記録ノートに、こう記した。

    《今ここには、“法”ではなく“習慣”がある。習慣とは、道徳ではない。“役に立つから続けられる”だけだ》
    《子どもたちは、正しいことを求めない。ただ、死なないルールを積み上げていく》

     

    11月15日、前橋駅跡地に“少年だけの市場”が立った。

    名もない中学生たちが管理し、商品は薬、タバコ、ガラクタ、アルミ缶。
    通貨は「ゼロ紙幣」と呼ばれる独自の券で、1枚=作業奉仕1時間と交換可能。

    ルールは単純。

    ・年齢制限あり(18歳以下)
    ・暴力禁止(破った者は共同体から永久追放)
    ・盗みは1回まで許す(2回目は名前が消される)

     

    この市場はわずか1週間で、100人以上の若者を吸収し、南部の自警団よりも統率が取れていると噂された。
    “倫理なき共同体”が、“秩序ある国家”を模倣し始めていた。

     

    「こいつらが、大人になるころには、日本はどうなってるんだろうな……」

    蓮のかすれた問いに、近くにいた少年が答えた。

    「もう“日本”じゃないかもな。でも、俺らが作り直すって話、してるよ。名前は決めてないけど」

     

    その目には、わずかに“火”があった。

    希望ではない。夢でもない。
    ただ、「次の世界を作るのは自分たちだ」という、生き残った者の“責任”だった。

     

    蓮は記録ノートに、こう書いた。

    《“消えた世代”——それは、死んだ者だけを指さない。もう未来を語れなくなった者、何も遺せなかった者、何を守ればいいのか忘れてしまった者もまた、“消えた”のだ》
    《そして、今ここにあるのは、“新たな規範”で動く人々。正義も罪もなく、ただ“必要”が秩序を形づくっている》

     

    同日夜。
    蓮は、食料を求めて敷島公園をさまよっていたとき、小さな男の子に声をかけられた。

    「おじさん、これ、いる?」

    差し出されたのは、紙くずのような千円札だった。

    「それ、もう使えないよ」と蓮が答えると、少年は言った。

    「ううん。“燃える”から、あったかいよ」

    彼にとって、千円札は「燃料」だった。

    その使い方に、誰も異を唱えられなかった。

     

    その夜、蓮はこう書いた。

    《日本円が、あたためる紙になったとき——国も、時代も、すでに終わっていた》

    《だが、その火のそばにいた子どもは、まだ笑っていた。それだけが、今夜のすべてだった》

     

    第14章 終末政体

    2025年11月25日。
    前橋市臨時庁舎に、ある“招待状”が届いた。

    差出人は「北関東広域安定連合」——聞き慣れない名前だった。だがその実態は、すでに群馬・栃木・埼玉北部の9つの“武装自治体”が合同で設立した、事実上の「地域政府」だった。

    連合はこう宣言していた。

    《現在の中央政府には、危機に対処する機能も意志もない。したがって、私たちは地域の生存と秩序維持のため、独立した準統治体制を構築する》

    その文章の末尾には、こう続いていた。

    《貴地区も、速やかに統合参加を検討されたい。応答期限は12月5日まで》

     

    ついに、「国家」が“複数化”した。

    表向き、東京にはまだ内閣が存在していた。形式的には議会もあるし、防衛庁も、省庁も、紙の上ではすべての制度が残っていた。
    だが、それらは「過去の名前」でしかなかった。

     

    前橋臨時庁舎では、その日以降、議論が続いた。

    「我々が“北関東連合”に加盟すれば、それは事実上、中央からの離脱を意味する」

    「だが、今の中央に支援を求めて届いたことが一度でもあったか?」

    「東京が我々を見捨てたという“事実”だけが現実なのだ」

     

    ある自警団代表は言った。

    「国家は、意思ではない。“機能”だ。支援が来ない国に、もう“国”という呼称はない」

     

    一方、政府からも声明が出された。

    《全国的な復興計画は進行中であり、地方の独自的自治は国の方針に反するものである。国民には冷静な判断を求める》

    ——誰も信じなかった。

    前橋には、もう半年以上“政府”から何も届いていない。
    その言葉に重みはなかった。ただ、文字が表示されているというだけだった。

     

    蓮は大学の屋上から、夜の前橋市街を見下ろしていた。

    街には明かりがなかった。
    見えるのは、灯油のランプと、たまに遠くで燃え上がる火事の光だけ。

    それでも、そこに“秩序”があった。

    それは、法に基づくものではない。
    合意に基づくものでもない。
    ただ、誰かが武装し、誰かが守り、誰かが流通を維持し、誰かが“戦わなかった”から保たれている秩序だった。

     

    《これは、終末の国家だ》

    蓮はそう記した。

    《かつて“国”と呼ばれたものの亡骸の上に、人々が自らの拠点を築き直し始めている》

    《日本という物語は終わった。その終わり方は爆発ではなく、“溶解”だった》

     

    12月1日、北関東広域安定連合が「地域憲章案」を発表した。

    その骨子は以下の通りだった:

    ・全構成自治体は、互いの内政に干渉しない
    ・共通通貨の導入(物理トークン制)
    ・共通の治安協定を発効し、域内の武力を一定の規則下に置く
    ・外部からの武装勢力・外国勢力の介入を拒否する

    表向きは“自治連携”であり、中央との完全な断絶ではなかった。
    だが、それは実質的な「地方連邦国家」の成立を意味していた。

     

    蓮は、ある高齢の元政治学者の話を思い出していた。

    「国家とは、“死に方”にこそその性格が出るんだよ。日本はおそらく、爆発ではなく、静かに分裂する。誰もそれに気づかないまま、気づいたときには地図が変わっている」

    今、その予言が現実になりつつあった。

     

    前橋市は、12月3日、北関東連合への「条件付き参加」を決定した。

    条件はひとつ。

    《前橋市民に対する配給・医療支援を、今後3カ月以内に保証すること》

    これは、交渉ではなく、“命綱”だった。

    連合は承認した。

     

    こうして、前橋は「日本国」から「北関東連合」へと、静かに組み込まれた。

    国籍は変わらない。憲法も変わっていない。
    だが、行政も通貨も治安も、すでに別の“体制”の中にあった。

     

    蓮はノートに、こう書いた。

    《国家が終わるとき、人々は気づかない。それは戦車が来るのでもなく、憲法が燃やされるのでもなく、“支援が来なくなる”ことで始まる》

    《そして次に現れるのは、“機能する場所”への忠誠心だ。人々は、言葉ではなく、飯をくれる者に従う》

     

    12月5日、連合の旗が前橋市庁舎に掲げられた。

    白地に黒い六角形。中心に「連」という文字。

    誰もそれを歓迎しなかった。
    だが、誰も反対もしなかった。
    それが、“今あるもの”だったからだ。

     

    同じ日、蓮は一通のメールを受け取った。
    群馬大学の元研究仲間で、栃木に避難していた男からだった。

    《東京では、まだ「国土再生基本法」とか言って、国の枠組みを維持しようとしてる。でももう誰も従ってない。
    新潟は中国系企業の支援を受けて、独自通貨作ってるって噂。福岡は“共栄市民連盟”っていう政体に変わってる。
    なあ、蓮——
    この国は、あと何本に分かれるんだろうな》

     

    蓮は、返信をしなかった。
    ただ、自分のノートにこう記した。

    《日本列島は、今や“連邦的分裂国家”となった。それでも誰もその言葉を使わない。なぜなら、使った瞬間、“国”が終わるからだ》

    《だが、実態はもう誰の目にも明らかだ。これは、終末の政体だ。旧来の国家は名を残しながら、内側から別の国家に置き換えられている》

    《国家とは、名前ではない。“支配と配分”の構造だ。今それは、別の手にある》

     

    第15章 遺された言葉

    年末を迎えても、南海トラフ地震直後の津波や地震による死亡者数は正確には把握できておらず、数十万規模に達していると推測されるにとどまった。しかし事態をさらに悪化させたのは、被災直後の犠牲者数をはるかに超える病死や餓死などの災害関連死であり、その規模は数百万にも及ぶ可能性があった。今後さらに何千万人が犠牲になるかも見当がつかなかった。

    政府が想定した2025年の南海トラフ地震の被害は、死者29万人、災害関連死5万2,000人にすぎず、津波や地震によって近代国家が突如として機能不全に陥る可能性については一切言及されていなかった。インフラの崩壊や食料危機が広域に長期化し、数百万人もの災害関連死を生むような事態は想定外であり、ましてや国家そのものが崩壊する事態など、想像の域を出なかった。

     

    2025年12月31日、午前6時20分。
    夜が明ける直前の前橋は、いつもより静かだった。

    空気は澄みきっていて、雪は音を立てずに降っていた。
    街は白く覆われ、黒く焼け焦げた瓦礫や腐った看板さえ、凍てついた膜で包まれていた。静寂が、すべての罪と痛みを隠そうとしていた。

     

    蓮は、大学の旧講義棟にある、暖房の効かない薄暗い教室で、最後の記録を始めていた。

    14冊目のノート。
    鉛筆の芯は、5ミリしか残っていない。
    指先は凍え、ページをめくるたびに紙が裂けそうだった。

    だが、蓮は書き続けた。
    それが、自分に残された唯一の生きる理由だったから。

     

    数日前、敷島公園の仮設診療所で出会った看護師が、こう言っていた。

    「蓮さん、あなたはまだ“希望”を信じてるんですか?」

    その時、蓮は即答できなかった。

    だが、今なら言える。
    「信じていない。ただ、“証拠”は遺したいだけだ」と。

    それは、生存の記録ではなかった。
    ましてや告発でも、批判でもない。

    ただ、ひとりの人間が、終わりのなかで「在った」ということを、誰かに伝えたかった。

     

    この1年——

    都市は沈黙した。
    国家は溶けた。
    家族は散った。
    正義は値札に変わり、死は日常となった。

    それでも——人は言葉をやめなかった。

     

    蓮が設けた“記録の部屋”には、今も数人の学生が出入りしていた。
    かつての講義室を改造したその空間は、「言葉の避難所」として小さな評判を呼び、死者の名前、行き場を失った日記、誰にも出せなかった手紙、拾われた新聞の切れ端などが、ゆっくりと積み重なっていた。

     

    「ねえ、これ……読んでくれる?」

    ある少女が、破れかけた紙を差し出してきた。

    そこには、たった一行だけ、こう書かれていた。

    《お父さん、私を見てる?》

    蓮は頷いた。

    「見るよ。ここに、書き写しておくから」

     

    この部屋には、死者の声が残っていた。
    声にならなかった言葉が、遺された紙片として、いくつも、いくつも、重ねられていた。

    それは、誰に届けるでもない祈りであり、叫びだった。
    あるいは、ただのつぶやきかもしれなかった。

    ——だが、それでもいい。

    それらを集めて束ねることが、自分に残された仕事だった。

     

    12月30日。
    北関東連合が前橋市内に配布した通達には、次のように書かれていた。

    《2026年より、前橋市は“北関東安定区・第三分区”として再登録されます》
    《住民は所定の“登録識別票”を持って、各自の所属区域で生存申告を行ってください》
    《未申告者は、翌月以降の配給対象外となります》

    ——国家は名を変え、手続きを残した。
    だが、その中に“人間”の姿はなかった。

     

    蓮は、かすれた文字で記録を綴る。

    《国家が名を変えても、人々が死んだままなら、それは“再生”ではない》
    《再登録ではなく、再生するには、“物語”が必要だ》
    《人間がまた、人間として扱われるための、言葉の地図が——》

     

    12月31日、午後8時。
    かつての大学講堂には、20人ほどの若者たちが集まっていた。

    彼らは、蓮の呼びかけに応じた「最後の夜の記録会」の参加者だった。

    灯りは、ろうそく1本。
    暖房はない。
    椅子は残っておらず、みな床に座っていた。

    蓮は、小さな声でこう語った。

    「この一年、俺たちは“何か”を失い続けてきた。
    人、国、制度、未来、信頼、祈り。
    でも、それでも……一つだけ残っているものがあると思う」

    皆が静かに耳を傾ける。

    「——それは、“書く”という行為だ。
    俺たちはまだ、何かを記すことができる。
    そしてそれは、誰かに届かなくても、“在った”という証になる。
    誰かが見てくれるかもしれない。
    そうじゃなくても、ここに“在った”ことは、残せるんだ」

     

    その言葉の後、少女が手を挙げた。

    「じゃあ、私も書いていいですか?」

    蓮はうなずいた。

    少女は紙切れを手に取り、鉛筆でこう書いた。

    《私は、ここにいました。名前は、いまはないけど——生きてました》

     

    それは、最初の“復元”だった。

    かつて失われた名前、家族、物語、国家、そして「私」という主体。
    それが、言葉によって、ほんの少しだけ蘇った。

     

    蓮はノートの最後のページに、こう記す。

    《もし誰かが、これを読むことがあるなら、どうか知ってほしい》
    《ここに“日本”という国があり、“前橋”という都市があり、そして“蓮”という人間がいた》
    《人々は、死んだ。だが、言葉は生きていた。言葉だけが、生き延びた》
    《だから、あなたがこれを読んでいるということは、もう一度、物語が始まっているということだ》
    《このノートは、終わりではない。“種”だ》
    《未来へ向けて蒔かれた、たったひとつの種だ》

     

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    疫病・恐慌・戦争・革命・飢餓・未知なる世界に突入

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    2025年5月「米中覇権戦争は不可逆的領域へ」「2035第三次世界大戦の想定」「日本は再び戦場となり分断国家となる」「日本核武装のタイミング」 https://bali-chili.com/2025%e5%b9%b45%e6%9c%88%e3%80%8c%e7%b1%b3%e4%b8%ad%e8%a6%87%e6%a8%a9%e6%88%a6%e4%ba%89%e3%81%af%e4%b8%8d%e5%8f%af%e9%80%86%e7%9a%84%e9%a0%98%e5%9f%9f%e3%81%b8%e3%80%8d%e3%80%8c2035%e7%ac%ac%e4%b8%89/ https://bali-chili.com/2025%e5%b9%b45%e6%9c%88%e3%80%8c%e7%b1%b3%e4%b8%ad%e8%a6%87%e6%a8%a9%e6%88%a6%e4%ba%89%e3%81%af%e4%b8%8d%e5%8f%af%e9%80%86%e7%9a%84%e9%a0%98%e5%9f%9f%e3%81%b8%e3%80%8d%e3%80%8c2035%e7%ac%ac%e4%b8%89/#respond Wed, 28 May 2025 07:29:38 +0000 https://bali-chili.com/?p=16070 米中覇権戦争は不可逆的領域に突入

    2025年4月、トランプ政権の急進的な政策実行により、世界は歴史の歯車が不可逆的に動き出したことを直感的に感じ取ったはずだ。世界全体が新たな時代へと移行する前に、我々は既存の国際秩序や国家自体が大きく転換する激動の過程を経験すると思われる。

    2021年12月のブログ「近代の終焉と新オリエント時代〜米国は崩壊か、革命か、戦争か」において、米国がソビエト連邦と同様に崩壊の道を辿る可能性について論じた。さらに、その崩壊を回避するために、戦争や内戦といった手段に訴える理由についても言及した。その後のブログでも2024年から2028年の間に、米国がプーチン体制に類似した独裁的な統治形態へと移行する可能性があることも示唆した。

    「独裁体制」といっても、トランプをプーチンと同列に語ることには無理があり、また甘い予測であった。プーチン体制には一応の政策的合理性や国家戦略が存在するが、トランプにはない。またナチス・ドイツのヒトラーのような圧倒的支持や戦略性も見られず、むしろ文化大革命期の毛沢東に近い。仮に反トランプ勢力の封じ込めに失敗した場合、米国においても“天安門事件”のような衝突が起こりうる。その混乱の中で、制御不能となった支持層によって、スターリン体制下の“大粛清”のような事態に進む可能性すら否定できない。

    あるいは、トランプは天安門事件の入り口までは開けるかもしれないが、結果的には支持層を掌握できず、ペレストロイカを主導しつつも、ベルリンの壁崩壊とソビエト連邦の解体を招いたゴルバチョフのような立場に追い込まれるかもしれない。

    最悪のシナリオとしては、米国版“天安門事件”が引き金となり、全国的な混乱が拡大。トランプ支持層と反対勢力が各州の行政機関、警察、州兵を巻き込んで対立し、無政府状態に近づいていく。やがてFBIや国防総省、米軍までもが巻き込まれる内戦、いわば“第二次南北戦争”へと発展する可能性もある。

    その混乱の果てに、国内の暴力を制圧する臨時の指導者が出現するか、あるいは合衆国が複数国家へと分裂する合意に至るまで、数百万の戦死者と数千万人の餓死者を伴う未曾有の国家崩壊を経験する恐れすらある。毛沢東のように非合理的な戦略に基づく独裁体制が、米国において現実味を帯びつつあるという事実は、極めて深刻かつ危険な兆候である。

    米国の混乱は国内にとどまらず、国際社会にも深刻な影響を及ぼしている。貿易や金融分野では、かつてない速度で世界経済への悪影響が広がりつつある。ロシア・ウクライナ戦争やイスラエルの軍事行動も依然として拡大しており、米中対立を軸とした地政学的リスクが一層顕在化している。今後は、米中代理戦争や局地的な武力衝突の増加も懸念される。

    20世紀は、スペイン風邪に始まり、好景気を経て世界的な大恐慌へと移行し、保守主義の台頭を経て第二次世界大戦へと突入した。一方、21世紀もまた、コロナ禍から始まり、一時的な好景気、保守主義の拡大、そして世界的な景気後退を経て、新たな大戦の兆候すら指摘されつつある。

    こうした歴史の繰り返しとも言える構図には、多くの共通点が見られる。政治や歴史に関わる学者やジャーナリストたちは、現在の国際情勢を第一次・第二次世界大戦前の状況と比較し、示唆に富んだ記事を数多く発表している。

    新興国家が既存の覇権国家に挑む際に生じる緊張関係を、「トゥキディデスの罠」と名付けたのは、米ハーバード大学のグレアム・アリソン教授です。彼の研究によれば、過去500年間における覇権争いの約75%が戦争へと発展しています。歴史的に見ても、覇権国家間の対立は極めて高い確率で武力衝突を伴ってきたことが明らかです。

    最近の事例では、米国と旧ソビエト連邦の冷戦時代の対立です。特にキューバ危機では、両国は全面戦争寸前にまで至りましたが、最終的には武力衝突を回避。結果的にソビエト連邦は自壊し、戦争には至りませんでした。これは、覇権争いが戦争に発展しなかった25%に該当する希少なケースと言えます。

    現在進行中の米中対立、いわゆる「米中冷戦」を「トゥキディデスの罠」の文脈でどう位置づけるかについては、学者やジャーナリストの間で意見が分かれてきました。これまでは、米中間の経済的相互依存、特に貿易関係の深さが、全面的な覇権衝突を回避する要因とされてきました。

    しかし、2025年4月、米中両国は突如として互いに145%と125%の報復関税を発動(その後110%引き下げなど衝動的政策を繰り返す)。経済関係の緊張は一気に高まりました。この出来事を機に、米中対立がトゥキディデスの罠に沿って戦争に発展する「75%の可能性」という仮説に、今後ますます支持が集まることは間違いありません。

    「トゥキディデスの罠」における覇権戦争は、いかなるタイミングで発生するのでしょうか。一般的にその引き金となるのは、以下の3つの要因とされます。

    ① 新興国家が軍事・経済面で既存の覇権国家に拮抗し始めるとき

    ② 相互不信と誤解が蓄積されたとき

    ③ 各国の内政、特に国内政治からの圧力が高まったとき

    2025年4月、米国政権によって打ち出された急進的な対中政策は、仮に今後修正・撤回されたとしても、米国という覇権国家の国際的信用が回復不能なレベルで損なわれつつあることを示唆しています。これは一度失われた信頼は容易に取り戻せないという、地政学上の現実を表しています。覇権国家としての米国は終焉に向けて加速しはじめた。

    歴史を振り返れば、過去500年間に記録された16の覇権争いのうち、実に12例が戦争に発展しています。そして、過去10年にわたる米中間の緊張関係は、すでにその12の戦争前夜と同等か、それ以上に深刻な水準へと突き進んでいるように見受けられます。

    2025年1月15日、政府の地震調査委員会は、南海トラフ巨大地震(マグニチュード8〜9規模)の30年以内の発生確率を、従来の「70〜80%」から「80%程度」へと引き上げたと発表した。行政・民間・個人の各層で備えが粛々と進められている。しかし、発生の高確率が広く認識されているにもかかわらず、被害の根本的な軽減に向けた具体的な政策や法整備は依然として講じられていない。

    個人的イメージでは、「米中覇権競争が新たな世界大戦に発展する可能性」は、今後15年以内に90%に達すると考えています。20世紀と同様、世界大戦が繰り返される過程で、新たな国際秩序が徐々に形成されていくのではないでしょうか。一方で、南海トラフ巨大地震に匹敵、あるいはそれ以上の被害をもたらす可能性のある「戦争災害」については、備えどころか問題意識すら共有されていない現状があります。

    米中の覇権競争は、やがて第三次、さらには第四次世界大戦へと発展する可能性があると見られます。第一次・第二次世界大戦は、近代の発祥地であるヨーロッパにおける地政学的な必然として生じたものとも言えますが、それ以前にも30年戦争、7年戦争、ナポレオン戦争など、広範な国家が関与した大規模戦争が繰り返されてきました。

    この視点に立てば、いわゆる「第一次・第二次世界大戦」もまた、連綿と続く世界大戦の一部と見なすことができ、次に起こりうる「第三次世界大戦」は、歴史的には「第六次世界大戦」と呼ぶべきものかもしれません。米中の覇権対立が続く中、ロシア・ウクライナ戦争を契機として、ロシアとヨーロッパ諸国との間の軍事的緊張も日増しに高まっています。こうした状況下、第三次世界大戦(第六次世界大戦)が再びヨーロッパから始まる可能性が現実味を帯びつつあります。

     

    現状の前提:欧州諸国が米国の軍事費要請(GDP比5%)を容認

    ヨーロッパ諸国は、米国からの「GDP比5%の軍事費拠出要請」を受け入れつつあります。これは単なる軍拡ではなく、準戦時体制の容認といえます。

    過去の大戦との比較表

    時期 状況 軍事費(GDP比) 特徴 現在との類似性
    1910年代初頭 WW1準備期 2〜4% 海軍拡張、同盟形成
    1930年代後半 WW2準備期 5〜10% ブロック経済、再軍備
    1940年代前半 WW2戦中 30〜50% 総力戦、徴兵制 ×
    2020年代中盤 現在 3〜5% 多極紛争、軍需体制化

    現在の「準戦時」判断の5要素

    • ① NATO諸国の軍事費急拡大
    • ② 欧米の戦時産業シフト
    • ③ 経済圏ブロック化と物資囲い込み
    • ④ 陣営固定化:米欧 vs 中露イラン北朝鮮
    • ⑤ 地域衝突の連動:ウクライナ・台湾・紅海など

    戦争段階モデルと現在の位置づけ

    フェーズ 状態 軍事費水準 評価
    平時 軍事費1%未満 秩序安定 ×
    軍備再編 2〜3% 供給網・陣営強化
    準戦時 3〜5% 準総力戦体制 ◎ 現在
    限定戦争 5〜10% 戦闘常態化
    世界大戦 10%以上 総力戦・徴兵 ×
    現在の国際構造と軍事支出水準を総合すると、世界は「第三次世界大戦の準備段階」に突入したといえます。 今後の動向、特に台湾海峡、中東、朝鮮半島の多国間戦闘の拡大が「戦時体制」への移行を左右する重要なカギとなります。

     

     

    第三次世界大戦(第六次世界大戦)に至る国際秩序の崩壊過程(2025〜2035年):の想定

    はじめに

    本稿では、2025年から2035年にかけて発生し得る国際紛争の連鎖と、それが最終的に第三次世界大戦へと発展する可能性について、仮想シナリオに基づき分析を行う。本シナリオは、既存の地政学的緊張および大国間対立の構造を基礎とし、段階的に戦争状態へと至るプロセスを多面的に描出するものである。

    第1段階(2025〜2027年):ロシアによるウクライナでの戦術的勝利

    2025年から2027年にかけて、ロシア連邦はウクライナ東部ドンバス地域および南部黒海沿岸(オデーサを含む)を軍事的に制圧し、戦術的勝利を収める。西側諸国(米国および欧州連合)は兵器および資金の支援を継続したものの、ウクライナの人的・物的資源の枯渇により、停戦合意が成立。これに伴い、ロシアはキーウに親露的傀儡政権を樹立し、ウクライナを「フィンランド化」する戦略を推進した。

    この一連の勝利により、ロシアは「力による現状変更」が国際社会において通用するという誤った成功体験を獲得することとなった。

    第2段階(2027〜2029年):ポーランド・バルト三国危機の顕在化

    ロシアは次なる戦略的目標として、NATO加盟国であるバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)に対しハイブリッド戦を展開。ロシア系住民への扇動による内乱誘発、サイバー攻撃による電力・通信インフラの破壊、ならびにベラルーシ経由による大量の難民流入といった「移民戦争」が組み合わされた。

    NATOは対応に混迷し、特にドイツはエネルギー依存および国内における親露派の台頭により、軍事的強硬対応を回避。一方、ポーランドは単独で軍事展開を開始し、ロシア軍と局地的な衝突が発生。バルト諸国では徴兵制の復活が行われ、地域的緊張は一層高まった。NATOの集団防衛原則(第5条)に対する曖昧な対応は、同同盟の信頼性低下を招いた。

    第3段階(2029〜2030年):西欧の分裂と戦略的乖離

    フランスは、米国主導のNATO戦略に反発し、独自の欧州軍構想を推進すると同時に、中東およびアフリカ政策に注力。イギリスは「グローバル・ブリテン」構想の下、米国と連携し対ロシア制裁を強化。ドイツは内政問題(移民、経済停滞、極右勢力の台頭)への対応を優先し、中立的立場を模索するに至る。

    一方、イタリア・ハンガリー・セルビアはロシアに対して協調的姿勢を取る。結果としてEUは事実上機能を喪失し、ヨーロッパは再び多極構造へと回帰することとなった。

    第4段階(2030〜2032年):実質的な戦争状態への移行

    2030年以降、ロシアはバルト三国の一部地域(例:ナルト周辺)に対し、「治安維持」を名目として軍事侵攻を敢行。これに対し、ポーランドは軍を展開し支援を行う。米国およびイギリスは空軍・海軍を用いた後方支援を実施するも、フランスおよびドイツは軍事参加を見送った。トルコはNATOからの離脱と中立化を宣言し、アライアンスの分裂が顕在化。

    ポーランドにはウクライナ亡命政府が設立され、その支援の下、ゲリラ戦が展開される。NATO内部においても事実上の分裂が進行し、「NATOの中のNATO」対「ロシア+親露ブロック」の対立構造が形成された。

    第5段階(2032〜2035年):第三次世界大戦の勃発

    2032年、バルト戦線における戦局悪化を受け、ロシアは戦術核兵器の使用を示唆。これに対し、米国は報復準備を開始。世界各地では核シェルターの需要とともに、安全資産への資本逃避(日本、スイス、東南アジア)現象が急速に進行する。

    同時期、中国は台湾に対する大規模封鎖・空爆を実施し、太平洋戦線が開戦。北朝鮮は韓国への軍事的挑発を強化し、極東地域の緊張も極限に達する。さらに、中東ではイランとイスラエル間で直接的な軍事衝突が発生し、戦線が拡大。

    かくして、世界は**欧州戦線(ロシア vs 英米・東欧)・太平洋戦線(中国 vs 日米豪)・中東戦線(イスラエル vs イラン)**の三正面戦争へと突入し、国際世論はこれを「第三次世界大戦」として認定するに至る。

    結論:欧州発の分裂と全地球的戦争の連鎖

    第一次・第二次世界大戦がいずれもヨーロッパ列強の対立と同盟関係の崩壊から勃発したように、21世紀における世界大戦もまた、欧州統一体制(EU・NATO)の弱体化と、ロシアの勢力拡大によって引き起こされる可能性が高い。

    「バルトの塹壕」から始まった局地的戦闘が、やがて太平洋と中東を巻き込む三正面戦争へと転化する未来を想定するならば、現在の段階で求められるのは、東アジアと欧州の戦略的連携、情報戦への備え、そして日本独自の抑止力の確立である。

     

     

    「日本は再び戦場となり分断国家となる」(2025年 – 2045年)脚本風

    登場人物

    • 三好遥(みよし・はるか):東京在住の若手国会議員。リベラル連立「未来の風」所属。
    • 高瀬翔一(たかせ・しょういち):自衛隊中佐。中立政策に反発する保守系エリート。
    • 王麗花(ワン・リーファ):中国系移民2世。西日本で育ち、北京語教育の教師となる。
    • ユウジ・カサイ:日系アメリカ人の通信技術者。東日本の復興特区で活動中。

    第一章:リベラル政権誕生(2025年~2029年)

    「もう戦争はごめんです。平和を守るには中立しかないんです!」
    — 三好遥、2026年国会演説より

    2025年、東京。
    冷たい雨の降る国会前に、若者たちが集っていた。手には「中立国家ニッポンを!」「No to Cold War!」のプラカード。演壇に立つのは若き国会議員・三好遥。
    彼女が所属する「未来の風」は、若者と知識層から熱烈な支持を得て、躍進中のリベラル連立だった。

    中国との経済連携、米国との同盟縮小を掲げ、翌年の総選挙では衆院単独過半数を獲得。「積極的中立基本法」を可決し、日米安保の実質解消、自衛隊の戦力縮小、外交非同盟を決定づけた。

    第二章:沈む列島(2030年~2033年)

    「君たちは“中立”で国が守れると本気で思っているのか」
    — 高瀬翔一、自衛隊最後の幹部訓示より

    三好議員の政治改革が進む中、自衛隊・外務省・防衛産業は次第に分解していった。
    自衛官だった高瀬翔一は、組織解体に反対するも退役を余儀なくされ、東北で農業法人に転職。自らを「政治に敗れた兵士」と呼び、失意の中で中立政策を見守る。

    一方、経済は混乱の連続。米国は技術提携を制限し、中国も投資制限を導入。フィンランド化が加速した。グローバル企業は撤退し、円は不安定な通貨となった。

    孤立化した日本。
    メディアは分裂し、国民も「米派」「中派」「真の独立派」に分かれ、地方自治体では外国語教育を巡って暴動まで起きた。

    第三章:誰のための平和か(2034年~2037年)

    「“中立”はあなたたちの理想かもしれない。でも、私たちには武器が必要だった」
    — 王麗花、北京語教員としての証言

    2034年、中国軍が台湾への侵攻を開始。アジアは燃え始めた。米国は即応し、南シナ海、台湾、インド洋に戦線が広がる。

    日本政府は公式には「中立を維持する」と宣言するが、国内では現実との乖離が広がっていた。

    • 東京湾に米軍艦が無通告寄港
    • 大阪に中国の民間警備会社が事実上の常駐
    • 北海道ではロシアの海上哨戒機が領空侵犯を繰り返す

    王麗花は、中国の支援で設立された「国際教育アカデミー西州校」で北京語を教えていた。
    だが、彼女の生徒の家族が「親米派」として密告され、連行されていくのを目の当たりにし、「これは平和ではない」とつぶやいた。

    第四章:戦場の中心で(2038年~2040年)

    「日本は自ら『戦わない』と宣言して、どこにも味方を作れなかった」
    — ユウジ・カサイ、横浜の地下通信基地より

    2038年、米中の全面戦争は日本の領土を舞台とし始めた。

    横田、岩国、那覇、釧路――
    各地に飛来する無人機とミサイル。通信回線はハッキングされ、都市は停電と混乱に包まれる。

    自衛隊はすでに「災害対応部隊」としてしか機能しておらず、首都圏防衛は完全に不可能。
    ユウジ・カサイは、横浜に設置された米軍主導の「復興通信センター」で、壊れたネットワークの修復作業を続けていた。
    彼の横に並ぶのは、中国語しか話せないエンジニア。もう、誰が敵で誰が味方か、境界はなかった。

    第五章:日本、消滅(2041年~2044年)

    「私は日本語を教える最後の教師になるかもしれない」
    — 三好遥、最期の演説

    2041年、東京国際停戦条約が調印。
    日本は「非戦中立国家」としての地位を失い、米・中・露による分割統治が開始された。

    • 北海道(北州):ロシア連邦の「極東管理区」。ルーブル流通。ロシア語教育が義務化。
    • 関東・東北(東州):米国の「東アジア復興特区」。ドル経済圏、英語教育。
    • 関西・九州(西州):中国の「太平洋特別統治圏」。北京語と人民元、党監督官による思想教育。

    国旗は廃止され、国歌も失われた。
    三好遥は政治から退き、静岡の片隅で「日本語を忘れないための会」を設立した。
    彼女の前に座るのは、小学生3人。ひとりは英語を、もうひとりは北京語を、そして最後の子はロシア語を母語としていた。

    「それでも、私たちは日本人だったと、いつか誰かが思い出してくれるように」

    終章:記憶のなかの国(2045年)

    2045年、東京国際空港――
    かつて「成田」と呼ばれたこの場所から、国連の職員が出国する。彼らが持つ書類にはこう記されていた。

    「極東特別地域、旧日本国、三地域統治機構、最終報告書」

    日本が再び民族統一を成し遂げ、独立国家となるのは歴史的視点となってしまった。日本は記憶のなかの国となった。

     

     

    2035年における世界大戦勃発シナリオを想定した日本の総合安全保障案

    要旨
    本稿では、10年後に世界大戦が勃発する仮想シナリオを前提に、日本が2025年から2035年にかけて実施すべき包括的な安全保障準備の国家戦略を提案する。食料・エネルギー・経済・軍事・都市インフラ・国民教育の6分野について、各年度における主要施策を体系的に整理し、国家レジリエンスの向上を目指す。本稿は、危機管理庁(仮称)の新設、特別会計の創設、法制化・制度整備および地方分散化の推進を基軸とし、国家全体の総力戦体制を構築することを目的とする。

    1. はじめに
      21世紀に入り、地政学的リスクの顕在化、サイバー攻撃や資源争奪戦の激化に伴い、日本の安全保障環境はかつてない複雑化を示している。本稿は、最悪シナリオとして10年後の世界大戦勃発を想定し、平時から戦時への円滑な移行を可能とするための国家的準備を論じる。具体的には、食料自給率の向上、エネルギー自立化、経済的脆弱性の排除、軍備・防衛体制の強化、都市インフラの冗長化および国民の危機管理リテラシー向上を六大課題とし、2035年間までに推進すべきと考える。
    2. 国家戦略の枠組み
      2025年を『国家安全保障元年』と位置づけ、内閣府直轄の危機管理庁を新設し、縦割りを排した横断的調整機能を整備する。予算面では、防衛・経済・エネルギーを対象とする特別会計の創設および有事国債の発行を検討する。
    3. 食料安全保障
      2025–2035年にかけ、農水産省主導で「国家食料安保基本計画」を策定し、種子法改正、国産肥料支援を開始する。2026年以降は米・大豆・小麦への補助金強化、種子バンク構築、耕作放棄地の法人委託化と都市型水耕栽培助成を制度化する。主要都市に緊急食料備蓄基地を設置し、2030年までに食料自給率60%以上、備蓄量2年分を達成可能とする。
    4. エネルギー安全保障
      エネルギー戦略を改訂し、小型モジュール炉(SMR)の導入方針を決定する。原子力発電所の段階的再稼働と再生可能エネルギー拡大を並行し、海底メタンハイドレート開発予算を新設。LNG・蓄電池などの分散型備蓄拠点を全国に整備し、2035年までに再エネ比率50%、エネルギー自給率30%以上を目標とする。
    5. 経済安全保障
      経済安全保障推進法を強化・改正し、重要物資・技術のリスト化と輸出管理を厳格化する。半導体・蓄電池・医薬品等の国内生産補助制度を開始し、技術者保護法と国家技術ファンドを設立。戦略物資の国内在庫義務化を法制化し、2030年までに日米印豪との供給網連携を完成させ、完全国内供給体制の構築を目指す。
    6. 軍事・防衛
      防衛費は段階的に引き上げ、2025年にはGDP比1.5%を確保、2030年には2%超を達成する。無人機・サイバー防衛予算を倍増し、自衛隊の装備品国産化率向上と徴兵制導入の検討を開始。日米共同訓練を常態化し、ミサイル防衛・ドローン対策を強化。民間施設の防衛転用設計とシェルター助成制度を施行する。
    7. 都市・インフラ整備
      2025年に政府機能バックアップ拠点を選定し、国家機関・企業の地方分散を準備する。地下避難施設の指針を公表し、通信・水道の冗長化補助を開始。再生可能エネルギーを核とする『防災都市モデル』の建設を地方都市で開始し、主要都市のシェルター設置率50%以上を実現する。
    8. 教育・国民意識
      中高の教科書改訂を行い、安全保障・危機管理教育を導入する。モデル自治体で国民保護訓練を実施し、医療・通信・輸送を担う国民防衛協力制度を創設。全国一斉の国民保護訓練義務化を法制化し、戦略的防衛広報を展開する。
    9. 考察および結論
      本稿は仮想的な世界大戦シナリオに基づくが、台湾有事やサイバー攻撃など現実的リスクとも整合性が高い。異なる分野を横断的に整備することにより、平時から戦時へのシームレスな移行を可能とし、国家レジリエンスを飛躍的に向上させる。本案の実行には、政府・地方自治体・民間企業・国民の協調的取り組みが不可欠である。

     

     

    日本の核武装に関する戦略的選択:生存国家としての現実主義的考察

    はじめに

    21世紀の地政学は、「核兵器を持つ国家は、直接の戦争を回避しやすく、核を持たぬ国家は“戦場にされやすい”」という冷厳な現実を我々に突きつけている。とりわけロシア・ウクライナ戦争は、ウクライナが過去に核兵器を放棄した後に侵略を受けたという事実から、核抑止の有効性と、非核国家の脆弱性を象徴的に示している。

    本稿では、現代における日本の核武装の是非をめぐって、肯定・否定両論を整理し、さらに中間的な選択肢としての「潜在的核武装」について論じる。その上で、日本が取るべき現実的戦略を明らかにする。

    1. 日本が核武装した場合
    2. メリット
    1. 独立抑止力の獲得: 米国の「核の傘」の信頼性が揺らぐ中、自前の核抑止力を持つことで、対外的な威圧や恫喝に独自に対処する能力が高まる。
    2. 戦争抑止力としての保険: 歴史上、核保有国同士の直接戦争は発生していない。日本が核保有国となることで、いわば“攻撃されにくい国家”としての立場を確立できる。
    3. 地政学的地位の再定義: 中国・ロシア・北朝鮮という核武装国に囲まれた地理条件を踏まえれば、日本の核保有は地域戦略の再構築を促す可能性がある。
    4. 潜在能力の顕在化: 日本は既に高度な核燃料サイクル技術と運搬手段を保持しており、「準備があればすぐに製造可能な国」であることを可視化することで、外交的影響力の増大が見込まれる。
    1. デメリット
    1. 国際的孤立と制裁のリスク: NPT(核拡散防止条約)体制の逸脱は、米国やEUからの外交的非難、経済制裁、国際信用の低下を招く可能性がある。
    2. 周辺国との緊張激化: 中国・韓国・北朝鮮からの反発は必至であり、「東アジア核ドミノ」現象を引き起こす懸念がある。
    3. 国内世論の分断: 被爆国としての歴史的背景や非核三原則、憲法9条の理念に基づく国民感情と対立し、深刻な社会的混乱を招く可能性がある。
    4. 安全保障への過信: 核保有によって万能的な安全が得られるわけではなく、サイバー攻撃、テロ、飽和ミサイル攻撃など非対称的脅威には依然として脆弱である。
    1. 日本が核武装しない場合
    2. メリット
    1. 道義的優位の維持: 唯一の被爆国としての倫理的立場は、国際的道徳権威として高く評価され、外交上のブランドとなっている。
    2. 国際協調の維持: NPT体制を遵守し、国連・G7・NATO諸国との連携を損なわず、国際秩序の支持者としての信頼を維持できる。
    3. 核リスクの回避: 核保有に伴う事故、テロ、外交的制約といった複雑なリスクを回避できる。
    4. 国防費の効率的運用: 核兵器の開発・維持に必要な莫大な費用を、ミサイル防衛、海空防衛、サイバー戦など現実的な防衛能力に振り向けることが可能となる。
    1. デメリット
    1. 抑止力の欠如: アメリカの戦略的後退が進む中、非核国家としての日本は核保有国からの威圧に対し、実効的な抑止を持たない。
    2. 戦場化リスク: ウクライナの事例に見られるように、核を持たないことで代理戦争の「舞台」とされる可能性がある。
    3. 外交的発言力の制限: 軍事力=交渉力という現実の中で、非核国家であることが外交交渉における実質的制約となりうる。

    III. 潜在的核保有国(準核武装)としての選択肢

    多くの戦略専門家は、即時核武装ではなく、あくまで「潜在的核保有能力を保持し、外交上の抑止力とする」方策を提案している。これはNPT体制の範囲内で許容される可能性があり、以下のような戦略が想定される:

    • 日本は核兵器を保有しないが、必要であれば短期間で開発可能な技術的・制度的体制を維持。
    • 政策上は非核を維持しつつも、戦略的な曖昧さ(strategic ambiguity)を活かすことで、潜在的抑止力を獲得。
    • NATO型の「核シェアリング」政策を将来的選択肢として検討・議論する余地を国内政治に持たせる。

    この中間案は、核を持たずして外交的カードを保持し、同時に国際協調を破壊せず、国内的混乱も回避するという点で、現実的かつ柔軟な選択肢といえる。

    結論

    核武装は決して軽々に決断すべき手段ではない。それはあくまで「国家存続の最終手段」であり、可能性としての準備は必要であるが、実行には極めて慎重であるべきである。

    現代の日本が直面するのは、「理想主義的非核」と「孤立覚悟の核保有」の二項対立ではない。むしろ問われているのは、「現実的な抑止力をいかに構築し、いかなる時点でどの選択肢を選ぶべきか」という戦略判断である。

    当面は核を保有せず、しかし準備と能力を保持しつつ、外交的・技術的・制度的選択肢を最大限広げておく。実質的に核武装の準備に留める。

     

     

     

    核武装の「適切なタイミング」に関する戦略的考察

    ――国際秩序の崩壊に備える静かな準備

    はじめに

    これまで日本における核武装論は、倫理的・法的制約、外交的配慮、そして国内世論の抑制的傾向により、現実的な政策議題として扱われることは稀であった。しかし、現在の国際情勢においては、従来の制約的構図が根本的に揺らぎつつある。ウクライナ戦争、イスラエル=ガザ戦争、インド・パキスタンの対立、台湾海峡における軍事的緊張など、多極化する地政学的対立構造は、世界が「多元的な地域紛争」の時代に突入したことを示唆している。

    このような状況は単なる一時的混乱ではなく、構造的かつ連鎖的に進行する国際秩序の崩壊として理解すべきである。冷戦期に見られた「核による抑止の安定性」や、アメリカによる一極的支配の時代は既に終焉を迎え、各国は自国の生存と安全保障を自らの手で確保せざるを得ない現実主義の時代へと移行している。

    1. 地政学的混乱の構造と核武装の戦略的環境

    1.1 代理戦争の頻発と大国間抑止の限界

    現代における核兵器保有国間の直接的衝突は、相互確証破壊(Mutual Assured Destruction, MAD)の論理によって抑制されている。その結果として、紛争の焦点はウクライナやガザに代表される中規模国家や地域に移行し、代理戦争という形態を取ることが増加している。この傾向は今後も継続し、より広範な地域に拡大する可能性がある。

    1.2 世界的な軍拡と核保有議論の再燃

    ヨーロッパにおいても、かつて非軍事路線を標榜していたドイツやスウェーデンが再武装に転じ、ポーランドや韓国、台湾などが核保有に関心を示す事例が見られる。国際社会全体が、安全保障の自立化に向けて急速に舵を切りつつあることは、もはや明白である。

    1.3 日本の核武装が「相対的に目立たなくなる」時代の到来

    世界が同時多発的な軍拡と武力衝突の渦中にある状況下において、日本の核武装は国際的関心の中心から外れ、相対的に「小さな問題」として扱われる可能性が高まる。仮に以下のような事象が並行的に発生した場合:

    • 台湾海峡をめぐる軍事的対立の激化
    • 北朝鮮による日本上空へのミサイル発射
    • 韓国による核開発の公式検討
    • 印パ間の軍事衝突
    • 中東におけるイラン・イスラエル間の全面的軍事衝突

    このような地政学的危機の連鎖に直面した国際社会は、非難よりも各国の自衛行動を容認する方向へと傾斜するだろう。その時こそが、日本が最小限の国際的リスクで核武装を遂行できる「戦略的窓口(Strategic Window)」の到来といえる。

    1. 東アジアにおける有事と戦略的分水嶺

    核武装を検討するうえで、東アジアにおける軍事的危機の顕在化は、日本にとって戦略的転機となり得る。以下に、その主要な要因を整理する。

    2.1 中国の台湾侵攻と日本の巻き込まれリスク

    中国が台湾への武力行使に踏み切った場合、米国の介入が現実化し、日本は地理的・同盟的要因から否応なく関与を迫られる。この局面では、自衛隊基地が攻撃対象となる可能性もあり、日本は「戦争当事国」としての立場に立たされることになる。

    2.2 北朝鮮の核・ミサイル脅威の臨界化

    北朝鮮による中距離核戦力の実用化と、日本への常態的な恫喝が現実のものとなれば、これまでの非核抑止論の論理的基盤は崩壊する。

    2.3 米国の核の傘に対する信頼の動揺

    米国における孤立主義の再燃(例:トランプ政権期)は、日本が「守られない可能性」を現実のリスクとして再認識する契機となる。これにより、日本の戦略的選択肢としての自主防衛の必要性が高まる。

    これらの要因が同時に進行した場合、「核を持たないリスク」が「核を持つリスク」を上回るという歴史的転換点が訪れる。このときこそが、現実的かつ許容可能な唯一の核武装機会である。

    1. 潜在的核戦略としての「静かな備え」

    核武装を直ちに公然化することは、依然として外交的・国内的な困難を伴う。ゆえに、現在の段階で日本がとるべきは、あくまでも潜在的核戦略の整備である。具体的には以下の取り組みが挙げられる:

    • 高度な再処理および濃縮技術の維持と継承
    • 弾道ミサイル、迎撃システム、指揮・通信網の高度化
    • 核兵器製造・運用体制を想定した法制度および研究機関の整備
    • 国際社会に対する「抑止的含意」を示す選択的発言と外交的布石

    こうした準備はあくまで“静かに”進められるべきであり、実際の核武装は、国際秩序の急激な崩壊、特に東アジア有事という決定的な契機において迅速かつ断固として実行される必要がある。それは、核兵器を「使用するため」ではなく、「使用させないため」の抑止戦略の一環である。日本領土を戦場にさせないための核武装である。

    結論:核武装の議論は「是非」ではなく「時機」の問題である

    核武装の議論を「是か非か」に限定している限り、日本は決して戦略的主権を取り戻すことはできない。真に問うべきは、「いかなる時に、いかなる形で核戦略を現実化すべきか」という時間軸と実行可能性の問題である。

    いま核武装を決断すべき時ではない。しかし、世界が武力と実力による秩序に再帰する局面において、あらかじめ備えを持つ国のみが生存し、主権を保持し得る。

    現代の国際情勢において、日本が直面する最も本質的な問いは、「核兵器を保有するか否か」という単純な二項対立ではない。むしろ問われるべきは、「国際秩序が崩壊の危機に瀕したとき、その事態に備える国家的体制が構築されているか否か」である。日本が抑止力としての核兵器を持たず、その準備すら行わない場合、自国領土が戦場となる可能性が高まる。

    仮に、第三次世界大戦や米中間の覇権争いが激化し、全面的な軍事衝突へと発展した場合、その最終的な戦場が日本および朝鮮半島となる可能性は現実的なシナリオとして想定される。特に日本が核兵器による戦略的抑止力を有していない状況では、日本領土が戦場と化すリスクはさらに増幅されると考えられる。

    【戦争反対】戦争に反対するという目的において、核武装が最も重要な選択肢となる時代に突入したと言える。極めて本質的かつ戦略的な国家選択の問題として再定義される必要がある。

     

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    疫病・恐慌・戦争・革命・飢餓・未知なる世界に突入

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    小説『分断国家2040』 https://bali-chili.com/%e5%b0%8f%e8%aa%ac-%e3%80%8e%e5%88%86%e6%96%ad%e5%9b%bd%e5%ae%b62040%e3%80%8f/ https://bali-chili.com/%e5%b0%8f%e8%aa%ac-%e3%80%8e%e5%88%86%e6%96%ad%e5%9b%bd%e5%ae%b62040%e3%80%8f/#respond Tue, 27 May 2025 02:43:14 +0000 https://bali-chili.com/?p=16063
  • 第1章:トランプ関税と米中覇権戦争
  • 第2章:イスラエル・イラン戦争と中東崩壊
  • 第3章:パキスタン・インド戦争と南アジア動乱
  • 第4章:台湾侵攻と日米同盟の分岐
  • 第5章:中国の核恫喝と停戦交渉
  • 第6章:日本のリベラル政権とフィンランド化
  • 第7章:米軍撤退とアジア太平洋空白
  • 第8章:中国の沖縄上陸
  • 第9章:経済封鎖とエネルギー危機
  • 第10章:新しい戦争の形(AI・無人兵器・情報戦)
  • 第11章:侵攻と無抵抗降伏
  • 第12章:西日本分断統治の始まり
  • 第13章:傀儡政権の成立と弾圧(分断国家2040)
  • 第14章:地下ネットワークとレジスタンス
  • 第15章:分断国家の歴史
  •  

     

    第1章 兆しの空

    2025年春。東京の空は、花粉と黄砂と、時折吹き込む偏西風の異臭で濁っていた。かつての透明感ある青空は、もう何年も見ていない。麻布十番の高層マンションに暮らす報道ディレクターの桐谷悠人(きりたに・ゆうと)は、窓越しに空を睨みつけながら、朝のコーヒーを口にした。カップの底には、彼が愛したエチオピア産の豆の香りがまだ残っていたが、その風味さえも、近頃では妙に苦く感じられる。

    テレビ局の編集室では、ニュースのテロップが赤く点滅していた。

    《速報:米国、追加関税発表 中国との貿易戦争激化へ》

    「これで何度目だ?もう“戦争”って言葉を使うのも慣れてきたな」編集長の佐伯が吐き捨てるように言った。

    「でも、これがただの経済摩擦じゃないのは誰の目にも明らかですよね」悠人は画面を見つめたまま返した。「この“関税”は、アメリカの宣戦布告だ。しかも世界に向けての」

    佐伯はしばらく沈黙したあと、ぼそりと呟いた。「昭和の頃の“日本沈没”がフィクションで済んだのは、あの頃まだ“国家”が強かったからだよな。今は違う。もう地殻より先に、人間の精神が沈み始めてる」

    その言葉に悠人は返せなかった。

    彼には最近、ある「違和感」があった。メディアの報道現場で、明らかに“誰かの意図”が動いていると感じる場面が増えた。中国に不利なニュースが流れると、どこからともなく圧力がかかり、映像が差し替えられたり、ナレーションが穏当な表現に変えられたりした。スポンサーの顔色か、あるいはもっと深いところで、何かが操作されている。

    「これ、報じていいんですか?」若手ディレクターの今村が、タブレットを差し出した。そこには、韓国済州島沖の海底ケーブルが爆破されたとの未確認情報が表示されていた。

    「発信源は?」悠人が尋ねる。

    「日本の防衛省内リークです。だけど公式発表は一切なし。アメリカと中国が裏で睨み合ってるって話も」

    悠人は首を振った。「待て。裏が取れていない情報を出すな。今は逆に使われるぞ。ニュースは爆弾じゃない。刃物なんだ。扱いを誤れば、自分たちが刺される」

    だが、彼自身の中にも、すでにうごめく“違和感”は確実に成長していた。これはただの貿易戦争ではない。戦争の準備が、すでに整い始めている。

    その夜、帰宅した悠人は、テレビをつけたままソファに沈み込んだ。画面には、ロシアとヨーロッパ間の緊張には興味を失いつつあったアメリカ人が、中国には危機感を失わず、アメリカ西海岸で起きた大規模な反中国デモの様子が映っている。群衆が五星紅旗を焼き、大声で叫んでいた。

    《USA will not kneel!》

    それを見つめる悠人の目に、何の感情も浮かばなかった。ただ、胸の奥にわずかな痛みが残った。

    スマートフォンにメッセージが届いた。送り主は、かつて同じ大学で地政学を学んだ旧友、天川修一(あまかわ・しゅういち)。今は外務省の中東課にいるはずだ。

    「イスラエルが、イランとの国境に戦車を展開したらしい。お前の勘、当たってるぞ」

    悠人は、返信せずにスマホを伏せた。そして、天井を見上げた。薄いクロスの奥に、崩壊する世界の音が聞こえるような気がした。

    一方その頃、長野県諏訪市の山中では、防衛装備庁の極秘実験が続いていた。実験室は廃墟となった自衛隊基地を改装したもので、外部には「災害対策研究所」と偽装されている。

    その中で、30代半ばの女性研究者・鳴海さつきは、黙々とコンソールを見つめていた。彼女の専門は「地磁気による深層地下観測」。この分野は一般的にはあまり知られていないが、実は国家機密級の技術として、中国やロシアも注目している。

    「またズレてる……」彼女はモニターを見つめながら呟いた。

    最近、太平洋プレートとフィリピン海プレートの間に、わずかながら“呼吸”のような動きが観測されていた。通常であれば無視されるレベルの誤差だったが、彼女は確信していた。

    「これは前兆だ。海底に何かが起きている」

    だが上司に報告しても、「予算がない」「政治的リスクが高い」と一蹴された。地震予測は未だ“非科学的”というレッテルを貼られていた。だが彼女には、それが“都合の良い無視”にしか思えなかった。

    「この国は、本当にまた沈もうとしてるのかもね」

    そう呟いた瞬間、ラボの照明が一瞬だけ落ち、非常灯が赤く点滅した。停電?違う、電磁異常だ。体が微かに浮くような錯覚に襲われる。直感が叫ぶ。

    何かが、始まっている。

    東京。深夜2時。

    悠人は眠れず、ネットの深層部に潜っていた。匿名の軍事ブログが、意味深な投稿をしていた。

    《台湾海峡に、無人潜航艇が大量展開された形跡あり。沈黙の艦隊は、既に動いている》

    スクロールを止めたそのとき、外からわずかに地響きのような音が聞こえた。次の瞬間、電灯が一瞬だけ明滅し、静寂が訪れた。

    彼の背中に、冷たい汗が伝った。

    そのとき、彼はまだ知らなかった。10年後、日本が分断される運命にあることを。

    そして、自分がその歴史の“記録者”となることも。

    第2章 火の谷

    2026年初春。
    テヘランの空は、重苦しい鉛色に覆われていた。春の訪れを告げるはずの風は、硝煙とオゾンのにおいを運んできた。イスラム共和国の最高国家安全保障評議会は、夜を徹して緊急会議を続けていた。首都の中心部には、革命防衛隊(IRGC)の装甲車が並び、広報官が厳しい表情でカメラの前に立つ。

    「本日、我が国領内のナタンツ核施設に対し、イスラエル軍による空爆が確認されました。これは明確な主権侵害であり、我々は断固たる報復を行うでしょう」

    記者たちが一斉にどよめいた。世界は息を呑んでいた。

    エルサレム。
    深夜の国防省に、非常サイレンが鳴り響いていた。ベン・アミ国防相は、地中海沿岸の最新ミサイル迎撃データを見ながら、顎に手を当てた。

    「イランは本気だ。我々が壊したのは、ただの施設ではない。あそこは、プルトニウム濃縮の心臓部だった」

    彼の目は疲れていた。内閣は分裂していた。アメリカの支援を前提とした強硬路線と、国際的孤立を恐れる慎重派が日々衝突していた。しかし今となっては、もう後戻りはできない。

    「我々は開戦を選んだ。あとは、勝ち残るだけだ」

    その言葉通り、イスラエル空軍は翌朝、イランの核関連施設12箇所への同時攻撃を行った。衛星通信と電子妨害技術により、イランの防空網は一時的に無力化された。しかし、それは火に油を注ぐ結果となった。

    東京・防衛研究所。
    鳴海さつきのもとに、政府系の匿名ルートから暗号化通信が届いた。件名は「シグナルB-12」。添付ファイルには、中東上空の大気放射線量の異常な変動が記録されていた。

    「これは……戦術核?」彼女は画面を見つめた。

    だが、公式発表では何も触れられていなかった。メディアも沈黙していた。SNSは情報が錯綜し、信頼できるソースは極端に減っていた。

    彼女はすぐに、桐谷悠人に暗号化メッセージを送った。

    「中東で、核の可能性がある。裏取ってくれ。報道が止まってる」

    悠人は、海外特派員ルートで得た情報を照合していた。イラン西部のケルマンシャー州で、住民の突然死が複数報告されていた。しかも、それがWHO経由で削除されている。

    「この匂いは……戦略的隠蔽だ」

    彼は、報道局の佐伯に相談した。

    「戦術核が使われた可能性がある。だがアメリカもイスラエルもそれを否定してる。証拠が足りない。でも——これは“第二のチェルノブイリ”になるかもしれない」

    佐伯は目を閉じて言った。「それを報じれば、俺たちは消えるぞ」

    「でも、報じなきゃ、世界が死ぬ」

    その夜、報道特番で“中東戦火拡大”を取り上げた。だが、核については一切触れられなかった。ネット上では「忖度報道」や「政府プロパガンダ」と批判され、局のサーバーは一時ダウンした。

    一方、イランの報復は苛烈だった。イスラエル全土に向けて数百発のミサイルが発射され、一部はテルアビブに着弾。死者は1,200名を超え、国家は非常事態宣言を発令。

    この報復により、サウジアラビアとUAEは中立を表明。だがその裏で、イスラエルへの石油供給を密かに停止していた。OPEC内でも意見が割れ、中東のエネルギー供給は急速に不安定化していく。

    やがて、イラク・シリアのシーア派民兵がイランの支援で蜂起し、イスラエルと西側諸国の拠点を襲撃。バグダッドでは、米大使館が閉鎖された。

    アメリカは、国内世論の分裂により軍事介入を渋っていた。2024年に再選されたトランプ前大統領の影響で、孤立主義が政界を席巻していた。

    東京。
    悠人はニュースを見つめながら、息を呑んだ。

    《速報:イスラエル、イランと戦争状態を宣言》

    そして、その下に小さく表示された字幕があった。

    《国際原子力機関(IAEA)、イランでの異常放射線を調査中》

    「ああ……始まってしまった」

    彼はつぶやいた。これは、もはや単なる地域紛争ではない。中東の均衡が崩れた瞬間だった。

    世界のエネルギー価格は1週間で2倍に跳ね上がり、日本ではガソリンが1リットル500円を超えた。政府は備蓄放出を決定したが、供給は追いつかず、都市部では暴動寸前の買いだめが起きていた。

    一方、鳴海さつきはラボで“第二波”を検出していた。今度は、紅海を越えてアフリカ北部にまで広がる放射線粒子の動きだ。風向きは変わり、サハラ砂漠とともに放射性微粒子が欧州方面へと流れていた。

    「これ、地球規模の気象変動に発展するかもしれない……」

    その予測通り、2026年の夏、欧州南部では異常高温と乾燥により森林火災が頻発。スペインとイタリアの農業生産は過去最低を記録した。

    世界のどこかで起きた戦争が、世界中を巻き込む。鳴海はデータを眺めながら思った。

    「中東が崩れた。それは、世界が崩れたということだ」

    終戦の兆しはなかった。イランはヒズボラを通じてレバノン戦線を強化し、イスラエルはシリアへの侵攻を開始した。その一方で、ロシアと中国はこの混乱を“戦略的チャンス”と見なし、それぞれの影響力を中東に拡大し始めた。

    混沌と破壊の火が、砂漠から世界へと広がる。
    第三次世界大戦の“導火線”は、確かにここから始まった。

    そして日本でも、人々はまだ気づいていなかった。
    この火の粉が、やがて自らの国土を焦がすことになるとは。

     

     

    第3章 分水嶺の大地

    2027年5月。
    インド北部、ジャンムー・カシミール州。

    標高4000メートルを超えるラダック地方の山岳地帯。春とはいえ、気温は氷点下に近い。国境付近には、薄く積もった雪の下に、鉄と油の匂いが漂っていた。迷彩服に身を包んだパキスタン軍兵士が、小型無人偵察機の映像を睨みつけていた。

    「インド側、今朝から第34機甲旅団が移動開始。何かあるぞ」

    司令官は静かに頷いた。「先に撃ってきたら報復だ。だが、何があってもカシミールを渡すな」

    デリー。
    インド連邦政府の作戦司令部では、首相ナレンドラ・ダスが軍参謀を前にして机を叩いていた。

    「もう限界だ。あいつらは核保有国だからと甘えている。テロ攻撃は越えてはならない一線だ」

    三日前、ムンバイで発生した爆破テロ。死者138名。犯行声明を出したのは、パキスタンの過激派組織「ラシュカレ・タイバ」。インド側はこれを「パキスタン政府の黙認下での犯行」と断定し、国際社会に支持を求めていた。

    しかし国連は沈黙し、アメリカも内政混乱で静観の構えだった。中国は表向き中立を装いながら、パキスタンに対し大量のドローンと電子妨害装置を供与していた。

    「インドは、今こそ“第二の独立”を勝ち取る時だ」

    ナレンドラ首相のその言葉を皮切りに、インド政府は“対テロ限定攻撃”として、カシミールとパンジャブ州境界線への空爆を開始。だが、それは実質的な開戦宣言だった。

    イスラマバード。
    パキスタンのカーン大統領は、戒厳令を布告した。核戦力の準備命令が出され、潜在的な核抑止力が再び中東に続き、南アジアでも現実のものとなった。

    「我々は、核の使用も辞さない。国家の尊厳のために」

    それは脅しではなかった。過去、1999年のカルギル紛争、2001年の国会議事堂襲撃事件、そして2019年の空中戦と報復爆撃——インドとパキスタンは何度も核の淵を覗き込んできた。そして今度こそ、その一線を越えようとしていた。

    東京。
    鳴海さつきは、シベリア経由の観測衛星のデータを解析していた。異常な熱源反応がインド北部で連続して検出された。

    「爆弾じゃない……これは戦術核だ」

    だが、IAEAも国際メディアも報じていない。理由は明白だった。世界は、真実を知るには“まだ”準備ができていないのだ。

    彼女は再び桐谷悠人にメッセージを送った。

    「南アジアで核。確証9割。米・中・露は沈黙」

    悠人はすぐに返事を打った。

    「“第2の中東”になる。日本の立場も変わるぞ」

    数日後、インドは国連で声明を発表した。

    《我々は核兵器を使っていない。だが、必要とあらば、保有する正当な権利を行使する》

    これに対し、パキスタン外相は「使用したのはインド側」と反論。両国ともに相手を“先に使った”と非難し合い、国際社会は証拠不十分を理由に、ただ沈黙した。

    戦火はカシミールだけにとどまらなかった。パキスタン西部のバロチスタン州では民族武装勢力が蜂起し、アフガニスタンとの国境地帯では米軍撤退後に再編された旧タリバン系組織が軍事行動を開始。イランのシーア派も動き出し、国境地帯は無政府状態となった。

    南アジア全域が、“沈黙の内戦”に包まれていった。

    日本。
    円安とエネルギー価格の高騰で、都市生活者の不満は臨界点に達していた。岸田政権は支持率を大きく落とし、与党内でも「対中宥和」「インド支援」「非同盟中立」などの方針が分裂していた。

    「結局、日本はどこに立つべきなんだ?」

    国会内で、野党議員が叫ぶ。

    「戦争に巻き込まれるなというが、巻き込まれているんだ!太平洋戦争の記憶を忘れるな!」

    民衆の怒りは、生活の困窮から“外交”と“軍事”へと向かい始めていた。社会は右傾化と急進的リベラルの両極端に割れ、「平和憲法の再解釈」が現実の政策議題として浮上していた。

    鳴海さつきは、衛星画像と気象データの統合モデルをシミュレーションしていた。インド・パキスタン戦争による放射性粒子は、偏西風に乗ってベンガル湾から東シナ海へ、そして日本列島にも微量ながら到達している。

    「このまま核使用が常態化すれば、大気圏の“静かな死”が始まる」

    そう口にしたとき、彼女のモニターに“第3波”のデータが届いた。ミャンマー北部の軍事施設からの異常熱源——。

    「まさか、もう……」

    2027年末。
    世界はまた一つ、禁断の扉を開けていた。南アジアの核戦争は正式な“核使用の既成事実”となり、冷戦時代の“抑止”はすでに機能を失っていた。

    第三次世界大戦とは、必ずしも“宣戦布告”から始まるわけではない。
    それは、日常の中で静かに崩壊していく秩序の中から、ある日突然“気づいたときには始まっていた”という形で訪れる。

    そしてその日は、確実に近づいていた。

     

    第4章 裏切りの海峡

    2028年6月。
    台北上空を、黒い点がいくつも横切った。レーダーに映らない無人機が、数秒後には市内各所の通信中継局や電力変電所に正確に突入し、静かに爆発した。轟音も炎もなく、ただ都市の「機能」だけが、突然奪われた。

    同時に、台湾本島北部に位置する淡水港では、陸地から数キロ離れた洋上に、中国の高速揚陸艦「玉山級」がシルエットを現した。海霧に包まれながら、音もなく近づいてくる。

    「来たぞ……!」

    台湾軍第六軍団の陳中将は、司令室で拳を握りしめた。島全体に非常事態宣言が発令されたが、反応が間に合わない。すでにネットは遮断され、主要テレビ局は黒い画面に切り替わっていた。

    中国人民解放軍は、すでに“戦闘”を始めていた。

    ワシントンD.C.
    米国国家安全保障会議(NSC)は緊急招集されていた。大統領は議場の中央で、腕を組みながら沈黙していた。国防長官が言う。

    「台湾本島北部において、20分前に上陸が確認された。通信遮断により情報は不明だが、これは侵略だ。中国は明らかに“先に撃った”。我々は同盟国を見捨てられない」

    しかし、政権内部には動揺が走っていた。中東と南アジアで連続的に起きた衝突により、米国本土では「海外軍事介入疲れ」が蔓延していた。大統領支持率は低迷し、来年の選挙を控え、共和・民主両党から「東アジアでの戦争回避」を求める声が強かった。

    「まずは議会と国連で協議を」
    「日本がどこまで動けるかによる」
    「グアムから空母を出す準備は整っていない」

    “台湾を見殺しにするか否か”という選択が、政治的計算によって議論されていた。

    東京。
    内閣官房地下危機管理センター。岸田首相は、政府中枢の顔ぶれに向かって言った。

    「状況は最悪です。中国の台湾侵攻は、事実上の開戦行為。アメリカの動きは鈍く、今この瞬間も台湾は単独で戦っている。自衛隊を出すべきか、日米安保に基づいて行動するのか、それとも……」

    官僚たちは一様に沈黙していた。国民感情は複雑だった。南アジア核戦争の余波で生活は困窮し、物価は急騰。台湾との関係は文化的に深いが、軍事的な直接協力に世論の賛否は割れていた。

    そして決定打となったのは、ある一報だった。

    《米国政府、日本に対して「自衛隊の展開を期待する」との非公式要請》
    《しかし、米軍は“直接的軍事介入は避ける方針”と報道》

    つまり、「戦え」と言いながら「自分たちは戦わない」という態度だった。これが、日本政府を揺るがせた。

    桐谷悠人は、東京の報道局にいた。局内は混乱し、「開戦」「侵攻」「事変」など、用語選定を巡って各部門が衝突していた。

    「“戦争”と断定していいのか?スポンサーが中国寄りなんだぞ」

    「もう戦争だろ!これを曖昧にしてどうする!」

    悠人は黙っていた。彼の中にも怒りと無力感が渦巻いていた。しかし同時に、危機の本質は「台湾侵攻」ではなく、「日米同盟の分岐点」であることを理解していた。

    テレビには、米国国務長官の記者会見が映っていた。

    《我が国は台湾の自由を重視します。しかし、武力による応戦は慎重に検討しています》

    その言葉は、明確な裏切りだった。

    沖縄・那覇。
    航空自衛隊那覇基地では、緊急発進が繰り返されていた。与那国島や石垣島周辺に中国の偵察機が次々と侵入している。

    しかし、防衛省からの命令は明確だった。

    「交戦は回避せよ。ただし、領空侵犯が明確な場合は警告射撃を許可」

    もはや、国防の定義自体が揺らいでいた。日本政府は台湾への直接支援を避け、物資と情報の提供のみに限定。米国の態度と連動した“事実上の不介入政策”だった。

    だが、現場の自衛官たちはこうつぶやいていた。

    「これは、始まりだ。次は、ここが戦場になる」

    鳴海さつきは、人工衛星から送られる通信傍受データを見ていた。中国海軍の潜水艦が、沖縄海域に4隻潜航していることを示す暗号通信が、台湾軍の破られた暗号経由で漏れていた。

    「これは……中国は台湾だけを見ていない」

    彼女はそう確信した。これは東アジア制海権の奪取、つまり“西太平洋支配”の序章だった。
    そして、いま最も危ないのは日本だった。

    2028年秋。
    台湾の防衛線は、台中以南で崩壊しつつあった。アメリカは兵站支援と無人機供与に留まり、中国軍は慎重にだが着実に、島を掌握していった。

    日本の世論は騒然となった。

    「これが日米同盟か?」
    「日本がアジアで孤立している」
    「もう、どこの国にも頼れない」

    リベラル派は中立・自主防衛路線を、保守派は米国に代わる「アジア版NATO」構想を語り始めた。政界は分裂し、岸田政権は支持率を20%以下に落とし、やがて総辞職に追い込まれた。

    その後の総選挙で、急進的な中道左派「共生の会」が躍進し、新首相となった山城加奈はこう宣言した。

    「我々は、もはや“従属”の時代を終わらせなければならない。日本は、日本のために生きる」

    そして、歴史的な瞬間が訪れた。
    日本政府は、日米安保条約の見直し交渉開始を公式に表明した。

    桐谷悠人は、ニュースのスタジオで原稿を読み終えたあと、マイクを外した。

    「これが、裏切りだったのか。それとも、自立の始まりなのか」

    彼の胸には、言いようのない空虚が残っていた。

    2029年、台湾は事実上の無血併合を受け入れた。
    アジアの地図は変わった。そして、日本もまた、分岐の道を歩み始めていた。

    「台湾有事」は「日本有事」ではなかった。
    少なくとも、もはや“日米の共通認識”ではなかったのだ。

     

    第5章 沈黙する閃光

    2030年3月、東シナ海。

    深夜、黄海から南シナ海に至る広大な海域を、中国海軍の最新鋭戦略原潜「長征37号」が音もなく潜航していた。搭載されていたのは、新型の極超音速核ミサイル「紅鷹(こうよう)」シリーズ。射程2,000キロ、東京からグアムまでを射程に収める。

    それは、ただの威嚇ではなかった。

    中国共産党中央軍事委員会の極秘命令によって、3日後に行われる“ある実験”のために、原潜は予め指定された地点へと向かっていた。

    北京。中南海・指導部会議室。

    国家主席・劉徳華(リウ・ドゥファ)は、軍幹部とともに大型モニターを前に座っていた。

    「我々は、次の段階に入る。台湾は無血で併合したが、世界は我が国の“戦争なき拡張”を侮っている。彼らに理解させる必要がある。“太平洋は中国のものである”ということを」

    将軍の一人が控えめに尋ねた。

    「主席、それは“あの実験”を、という意味で……?」

    劉は無言で頷いた。

    3日後。
    日本の防衛省地下指令室のコンソールに、激しい警報音が鳴り響いた。

    「八丈島の南東、300キロの海域上空で、閃光を確認!」

    「放射線量、急上昇——!」

    「これは、これは……高高度核爆発です!」

    その瞬間、関東一円の上空を覆っていた衛星通信網が一時的に機能停止に陥った。GPS、スマートフォン、ドローン、無線網——すべてが一時的に“沈黙”した。

    それは、ミサイルによる実際の攻撃ではなかった。
    だが、日本列島の中枢機能は、わずか10秒で“無力化”された。

    防衛省高官が叫んだ。

    「これは、核による情報攻撃だ!」

    世界は震えた。

    国連安保理は緊急会合を開催。中国は「核兵器の平和的実験であり、領海外で行われた合法な軍事訓練」と主張し、ロシアはこれを支持。アメリカとイギリス、フランスは激しく非難したが、実質的な報復はなかった。

    米国務長官は声明を出した。

    「これは明白な恫喝である。東アジアの平和秩序に対する挑戦であり、核抑止の倫理的基盤を破壊するものだ」

    しかし、ホワイトハウス内部では別の声もあった。

    「中国はミサイルを撃っていない。人も殺していない。ただし、すでに勝っている」

    アメリカ国民は、もはや「アジアのために核戦争をする」という発想に疲れ切っていた。世論は戦争反対一色。次期大統領選の争点は“国内経済再建”と“海外軍縮”だった。

    東京。永田町。

    山城加奈内閣は、未曾有の危機に直面していた。
    米軍は嘉手納基地を一時封鎖し、主力戦闘機をグアムとハワイに後退。日本国内では「アメリカに見捨てられた」という意識が爆発していた。

    山城首相は記者会見でこう述べた。

    「日本は、戦争を望まない。しかし、主権と尊厳を脅かす力には、断固として対抗する用意があります」

    その直後、彼女はある決断を下した。スイス・ジュネーヴで開催される非公式停戦交渉への参加である。

    ジュネーヴ。
    非公開会議室に集まったのは、米・中・ロ・英・仏・日、そしてASEAN代表の外交官たち。
    そこでは、すでに“次の世界秩序”が話し合われていた。

    中国代表は静かに切り出した。

    「台湾は、歴史的に我が国の一部であり、内政問題である。次は沖縄だとは言わない。ただし、**日米安保条約の“実効性”は既に崩壊している。**日本は新たな現実に向き合うべきだ」

    米国代表は反論したが、トーンは明らかに後退していた。

    「我々は引き続きアジアの安定に関与する。しかし、全面的な軍事展開は今後、地域の合意に基づいて調整される」

    つまり、「戦うなら自分たちで戦え」ということだった。

    日本代表団の山城首相は、黙っていた。彼女は気づいていた。
    この会議は、停戦のための交渉ではない。
    日本が“次の属国”になるか、“孤立した国家”になるかを選ぶ場だった。

    会議後の非公式メモがリークされた。

    「中国は沖縄に軍を進めるつもりはない。ただし、日本が“安保空白”を利用して防衛強化に動けば、これは敵対行為と見なす」

    「アメリカは“日本を守るとは言っていない”。ただし、支援は続ける」

    「ロシアは北海道に対する“安全保障的関心”を表明している」

    桐谷悠人は、現地の報道センターでその文書を読み、震えが止まらなかった。

    「これが……停戦交渉か。違う、これは“分割会議”だ」

    彼の脳裏に、戦後のヤルタ会談とポツダム会談がよぎった。
    地図の上で運命を決められる国。かつての日本。そして、再び“それ”が始まろうとしていた。

    2030年末。

    中国は表向き、「核の先制不使用」を再確認した。
    だがそれは、すでに“信じられる言葉”ではなかった。

    日本国内では、「憲法改正」か「永世中立宣言」かを巡って、国民投票を求める運動が始まった。
    社会は左右に、そして静かに“未来の戦場”に引き裂かれていった。

    鳴海さつきは、その混乱を見つめながら、こう記した。

    「核戦争は起きていない。だが、核によって人々は服従し始めている。
    閃光は都市を壊さなかった。ただし、国家の意志を破壊した。

    そして、それは序章に過ぎなかった。

     

    第6章 中立という名の檻

    2031年春。
    東京の桜は例年よりも早く散った。人々の目にはそれが、何かの「終わり」のようにも映った。テレビでは、連日「フィンランド化」という言葉が踊っていた。冷戦時代、ソ連の影響下にありながら形式上の中立を保ったフィンランド——。今、日本が置かれている状況は、まさにそれだった。

    内閣総理大臣・山城加奈は国会でこう語った。

    「我が国は、戦争を回避するために、独自の中立政策を推進します。アメリカとは安保条約の枠組みを維持しつつ、対中関係の安定的構築を目指します。今こそ“東アジアの緩衝国”としての新しい役割を模索すべきです」

    拍手と罵声が入り混じる本会議場。保守派は「事実上の敗北だ」と怒り、リベラル派は「英断だ」と賞賛した。しかし、国民の多くはただ混乱していた。

    「もう戦争はごめんだ」
    「でも、こんな形で国を売るのか」
    「現実的な選択だよ、今の日本に何ができる?」

    この年、日本は以下の「非軍事三原則」を閣議決定した:

    1. 同盟国の戦闘行為に自衛隊は参加しない
    2. 核兵器の配備・運搬を領土内で認めない
    3. 領空・領海の通過に関しては中立的審査を行う

    これらは国際的には「中立宣言」と受け止められ、メディアは「憲法9条の精神を最大限に活かした政策」と評価した。だが、国防関係者の顔は暗かった。

    自衛隊統合幕僚長・金丸一佐は、記者会見で淡々と言った。

    「軍としては、政治の決定に従います。だが、どの国にも備えは必要です。中立は安全を保証するものではありません」

    彼の言葉はSNSで広がり、若者の間で「中立幻想」という新語が流行し始めた。

    外交の現場では、もっと露骨な動きが起きていた。

    2031年6月、中国と日本は「戦略的経済協定」に調印。これにより、日本の港湾5箇所(神戸・新潟・門司・鹿児島・石巻)に、中国主導の物流拠点が設置されることになった。名目は「災害支援と共同輸送体制の構築」だが、実質的には“経済による軍事的進出”である。

    アメリカ国務省は遺憾を表明したが、日本政府はこう答えた。

    「我が国の安全保障に資するものであり、内政干渉は受け付けません」

    一方、在日米軍は徐々に縮小を始め、横須賀・佐世保の主力艦艇はグアムとハワイに後退していった。
    日本列島は、**事実上“米中どちらにも守られない空白地帯”**となった。

    鳴海さつきは、長野の山中にある研究施設で独自に進めていた「電磁波気象モデル」のシミュレーション結果を見ていた。海底に沈む不審な構造物——。中国が沖縄・九州沖に設置したとされる海底センサー網と、海中音響通信の傍受データが一致した。

    「これは、地震観測用なんかじゃない……」

    すでに中国は日本列島の“神経”を掌握し始めていた。海流、通信、気象、衛星——それらすべてを静かに取り込み、日本を“戦わずして制圧”していた。

    彼女は、桐谷悠人にデータを送った。

    「表の平和の下で、静かに侵食されている。
    これが“令和の属国化”だ」

    一方、報道界では空気が変わり始めていた。

    主要テレビ局・新聞社では「中国政府系広告企業」がスポンサーの大株主となり、ニュースの編集方針にも“配慮”が求められるようになっていた。尖閣諸島の問題、香港・チベットの人権報道、ウイグル問題などは「国際的視点からの多角的検討」と称して、実質的に報道を控えるよう指示が出ていた。

    桐谷悠人は、もはや“報道の自由”が過去の遺物になりつつあることを肌で感じていた。

    「真実を伝えれば干される。黙れば国が沈む。どちらを選ぶ?」

    彼は、自問を繰り返していた。

    2032年。
    日本政府は「中立維持のための国内法整備」を行い、「対外武力行使に関する国民投票制度」を創設。これにより、自衛隊が海外派遣されるには国民の過半数の同意が必要となった。表向きは“民主主義の強化”だったが、実際は「二度とアメリカに付き従って戦争をしない」ための枠組みだった。

    だが、民間防衛組織の設立や、教育現場での防災・国防教育の強化など、逆に「戦わずして備える動き」も広がっていた。国民の意識は決して一枚岩ではなかった。

    秋。
    北海道・稚内の沖合で、ロシア船籍の海洋調査船が日本領海内に侵入し、気象観測を名目に長期滞在を始めた。日本政府は抗議したが、ロシアは「日本が中立国である以上、敵対的行為ではない」と反論した。

    それは皮肉だった。中立を宣言したがゆえに、日本は“全方位的に侵犯される存在”となっていた。

    ある夜、鳴海さつきは、自らの研究所のサーバーにアクセスできないことに気づいた。
    復旧後、彼女の気象モデルは一部書き換えられていた。アクセスログには、中国国内のIPアドレスが残されていた。

    “静かなサイバー戦争”は、すでに日本の深部で始まっていた。

    桐谷悠人は、その頃フリーランス記者として独立し、ドキュメンタリー制作に取り組んでいた。タイトルは『日本、沈黙の選択』。

    最後に、彼はこうナレーションを記した。

    「かつて、日本は“自らの意思”で戦争に向かい、自らの意思で焼け野原から復興した。
    今、我々は“戦わない”という意思を選んだ。だがそれは、本当に“自由な意思”だったのだろうか?」

    「これは、戦争のない侵略の物語。
    そして、沈黙という名の服従の記録だ」

    日本は、まだ平和だった。
    だが、その平和はもはや“自主的”なものではなかった。
    国家のかたちは崩れずとも、魂が少しずつ削がれていく。

    それが、「フィンランド化」という檻の正体だった。

     

    第7章 空白の海

    2033年初頭。
    グアムのアンダーセン空軍基地では、F-35戦闘機の編隊が曇天を突き抜けて離陸していた。
    数十年間、太平洋の空を守ってきた米軍の主力戦闘機たちは、今やハワイ、サンディエゴ、果てはアラスカへの“戦略的移動”を始めていた。公式には「再配置」だが、実質的には**「撤退」**である。

    同時期、ホワイトハウスで記者会見に立ったアメリカ大統領は、こう宣言した。

    「アメリカはもはや世界の警察ではない。
    我々は自国民の安全と繁栄を第一に考える。
    アジアの国々は、地域の安定の責任を自ら担うべきだ」

    拍手と沈黙が入り混じった。その言葉は、多くのアジアの同盟国にとって終末宣言にも等しかった。

    「パシフィック・シールド構想」——アジア全域に展開していた米軍の存在が、20年の時を経て静かに解体されていった。南シナ海、東シナ海、台湾海峡、インド洋——その全ての海域が、かつての“アメリカの海”ではなくなった。

    横須賀。
    米第七艦隊旗艦「ブルーリッジ」が、最後の礼砲を打ち上げながら港を後にした。
    岸壁には、かつての友好団体も住民も姿を見せず、ただ自衛隊関係者と報道陣が無言でそれを見送っていた。

    ある記者がつぶやいた。

    「静かだな。戦後最大の転換なのに、まるで時代が息を潜めているみたいだ」

    その言葉通りだった。日本政府はこの事態を大きく報じず、「日米関係は今後も強固である」と形式的な声明を出すにとどまった。

    だが、国民の中には、すでに薄々感づいていた者もいた。

    「アメリカはもう、戦ってくれない」

    沖縄・嘉手納基地では、滑走路に残るのは老朽化した機体と一部の整備員のみだった。
    実戦配備の航空戦力はすでに撤収され、基地の役割は「人道支援」「通信中継」へと格下げされていた。

    周辺住民は安堵と不安が入り混じる表情で語っていた。

    「うるさい戦闘機がいなくなったのは嬉しい。でも、これからは……誰がこの島を守ってくれるのか」

    そして、その「空白」はすぐに他の勢力によって埋められ始めていた。

    南シナ海では、中国海軍がフィリピン沖に恒久的な軍港を設置し、ベトナムに対して「航行制限区域」を一方的に設定。東シナ海では、尖閣諸島周辺に連日中国の海警艦が常駐し、日本の漁船が退去を命じられる事態が相次いだ。

    フィリピンの新政権は、「米軍がいなくなった以上、中国との対話を優先する」として、事実上の“中立”を宣言。タイ、マレーシア、インドネシアなども「不戦中立協定」に署名し、次第にアジアは中国を中心とした緩やかなブロック化へと傾いていった。

    東京・永田町。

    日本政府は内部での深刻な対立に揺れていた。

    • 「独自核武装」や「徴兵制」まで視野に入れる保守右派
    • 「永世中立宣言」を掲げて米中いずれにも属さない外交を求める急進左派
    • 「アジア連携」「ASEAN拡大」を唱える現実的中道路線

    中でも、山城加奈首相の中道リベラル政権は、その揺れ動くバランスの上に立っていた。

    ある閣議で、防衛相が提案した。

    「自衛隊を“海洋民兵”に転用し、国際法的に“武装勢力ではない”形での領海保全を行うべきです」

    これに対して、外相が即座に反対した。

    「それは“灰色戦争”を正当化することになる。中国と同じ土俵に乗るべきではない」

    そして結論は、いつものように「再検討」に留まった。

    鳴海さつきは、研究所の通信傍受ネットワークを解析していた。
    驚くべきことに、数日前から日本近海に展開中の中国艦隊が、米海軍の旧通信周波数を使用していた

    「これは……中国が、アメリカの空白を“代行”しようとしてる?」

    そしてその後、彼女は政府関係者ルートから、ある極秘メモを入手する。

    「中国政府は、2024年以降の米軍撤退を“協調的移行”と位置付けていた」
    「日中間の“非公式防衛調整ライン”の存在」
    「沖縄および九州周辺での“情報共有メカニズム”が確立されつつある」

    つまり、日本の海は、すでに中国の“調整下”に置かれ始めていた。

    桐谷悠人は、そうした動きを独自に取材し、海外報道番組でこう語った。

    「米軍は撤退した。しかし中国は“占領”していない。
    代わりに、“管理”している。
    アジア太平洋は今、静かに“再編”されているんです」

    「戦争は起きていません。
    だが、これは“武力なき征服”なのです」

    2034年。
    日本政府は、ついに**「日米安保の事実上の終了」**を明記した新外交方針を発表。
    名目は「自主安全保障路線の確立」。だが、国民の反応は冷ややかだった。

    「結局、孤立しただけだ」
    「憲法改正もできず、核も持てず、米軍もいない」
    「中国の属国か、漂流国家か……」

    社会全体に疲労感が広がっていた。
    物価高、失業、若者の流出、高齢化、地方の崩壊。
    そして、なにより「未来を信じる力の喪失」が、国を蝕んでいた。

    だが、その一方で地下には、静かに「抵抗」の芽が育ち始めていた。
    情報技術者、元自衛官、学生、主婦、退役記者……。

    国籍や思想を超えて集まった小さなグループが、“自由な日本”を守るための民間ネットワークを築こうとしていた。

    その中心にいたのが、鳴海さつきと桐谷悠人だった。

    彼らは言った。

    「この国は、まだ戦場になっていない。
    だが、魂はもう占領されている。
    我々がやるのは、武器を取ることじゃない。
    事実を取り戻すことだ。

    そして、そのわずか半年後。
    中国は沖縄に向けて新たな“経済協力ミッション”の派遣を発表する。
    その船には、軍の情報部隊と、武装警察の幹部が同乗していた。

    静かに、だが確実に、次の幕が上がろうとしていた。

    第8章 琉球の門、静かなる侵攻

    2035年4月、沖縄・那覇港。
    午前10時。春の日差しに包まれた港に、白と青に塗られた大型民間フェリーがゆっくりと入港した。中国語で「平和・友好」と書かれた横断幕が掲げられ、その下には「日中経済交流特使団」と記されたバナーが翻っていた。

    フェリーの中には、数百人の“ビジネス代表団”と称する人物たちが乗っていた。彼らの多くはスーツ姿だったが、その中には訓練された目つきと動きの男たちが混ざっていた。人民武装警察の特殊部隊員だった。

    日本政府は、これを「国際的な経済文化使節団の訪問」として受け入れた。だが、自衛隊内部では、既にこの“使節団”の正体を把握していた。だが動けなかった。なぜなら、日本は中立国家だったからだ。

    同日。ヨーロッパ戦線。

    2035年初頭に激化したロシアとEU諸国の戦闘は、ポーランド国境地帯で膠着状態に入っていた。ロシアはバルト三国を“解放”名目で占領し、NATOは内部の意見分裂から決定的な軍事介入を控えていた。

    ドイツ国内では親露派政党が連立与党入りし、「中立的ヨーロッパ」を掲げる世論が拡大。フランスと英国は軍事支援を続けていたが、全体の戦線は泥沼化していた。
    ロシアは「東ヨーロッパの再編」を掲げ、旧ソ連圏への影響力拡大を進めていた。

    同日。中東戦線。

    イランとイスラエルの戦争は8年目に突入し、サイバー戦と無人機の泥仕合に移行していた。テルアビブでは度重なるドローン攻撃により市民生活が崩壊寸前。一方、イラン国内でも経済制裁と反政府暴動が続き、革命防衛隊の統制が揺らいでいた。

    サウジアラビアとトルコが代理戦争の舞台となり、**中東全域が事実上の「戦争常態化エリア」**となっていた。

    同日。南アジア戦線。

    パキスタンとインドの戦争は、既に100万人規模の死傷者を出し、両国とも経済破綻に近い状況にあった。国境地帯は“無人地帯”と化し、核使用による放射能汚染が広範囲に広がっていた。

    インドは西側陣営に接近したが、アメリカのアジア戦略後退により積極的支援は得られず、モディ政権は退陣。パキスタンは中国の武器供給とサイバー支援を受け、なんとか首都防衛を維持していた。

    那覇。
    「交流団」の一部は、那覇市内のホテルを“経済会議場”として借り上げ、実質的な司令部を設置していた。地元メディアは中国語で配布された資料に従って報道を行い、「友好と協力の象徴」として特集番組まで制作していた。

    だが、その裏で——

    那覇空港では、中国系企業がスポンサーとなっていた航空貨物便が、不可解な荷物を複数輸送していた。金属探知をすり抜ける特殊合金製のコンテナには、小型の通信中継機、顔認証式ゲート、暗号鍵、そして“制服に似た服装”が大量に収納されていた。

    嘉手納基地跡地では、既に数百人規模の中国籍技術者がインフラ整備を開始していた。名目は「地域再開発」。だが、警備にあたる者たちは、明らかに軍律に従うような行動パターンをとっていた。

    「侵略ではない。これは“受け入れ”だ」

    鳴海さつきは、その構造を一瞬で理解していた。
    静かに、だが確実に、沖縄は**“編入”されつつあった。**

    東京・永田町。

    山城内閣は苦悩していた。経済は中国資本によってかろうじて保たれ、主要都市の再開発には中国の国策企業が深く関わっていた。沖縄に対する異議は、“経済報復”という形で即座に返ってくることが目に見えていた。

    ある与党幹部がこう言った。

    「ここで抵抗すれば、日本全体が破綻する。だが黙っていれば、沖縄が消える」

    そんな中、自衛隊内部では分裂が始まっていた。

    一部の将校たちは、内密に桐谷悠人と鳴海さつきに接触し、「現場の証拠提供」として 沖縄での監視映像や音声記録を渡していた。

    ・中国語で行われる那覇市役所内の“行政指導”
    ・港湾設備の一部が中国人民解放軍の暗号通信と一致
    ・漁港で活動する“海警”の仮装隊員

    それは、戦争ではなかった。
    だが、“戦争以上の支配”だった。

    桐谷は、その記録をまとめた番組を世界に向けて配信した。タイトルは『琉球無血戦』。

    「これは、歴史上初の“サイレント占領”である。
    銃弾もミサイルも使われていない。
    だが、主権は消えている。
    そして、この手法は日本本土にも適用されようとしている」

    世界中で番組は反響を呼び、国連や欧州議会で「沖縄問題」として討議された。だが、中国はこれに対し、毅然とした表情でこう返した。

    「沖縄は中国のものではない。だが“日本のものである”とも、証明されていない」

    2035年秋。
    沖縄本島南部に設置された中国の“再開発拠点”では、新たな学校が開校した。名称は「琉球中日文化学院」。教科書は北京で印刷され、授業は日中二言語で行われた。

    ある子どもがこう言った。

    「ぼくたちは、日本人だけど、中国語も話せる。それが未来なんだって先生が言ってた」

    戦争は起きなかった。
    だが、沖縄は変わった。
    そして日本もまた、変えられようとしていた。

     

    第9章 止まる島、凍える列島

    2036年2月、沖縄・南城市。

    電気が止まった。
    朝7時を過ぎても、通学途中のバスは動かず、交差点の信号はすべて点灯していない。コンビニの冷蔵庫は稼働しておらず、レジは「現金のみ対応」の紙を貼って沈黙していた。

    15歳の比嘉アキは、自転車を降りて青空を仰いだ。

    「また停電か……」

    1年前までは、電気なんてあって当たり前だった。今では、**1日3回の“計画停電”**が日常だ。中国系の企業が「老朽化した電力網の再整備」と称して県内のインフラを管理しているが、突発的な停電や通信障害はむしろ増えていた。

    比嘉はスマートフォンを取り出す。
    画面は真っ黒だった。前夜の通信制限で、充電できなかった。
    「ニュースも、何もわからない……」

    彼はため息をつき、自宅に戻った。

    同じ頃、那覇市内。

    「アキのような子どもたちの未来は、誰が守る?」

    そうつぶやいたのは、大学生の照屋カレン(20)。地元の短大で環境経済学を学びながら、SNSを通じて地域の情報発信を続ける“市民ジャーナリスト”だった。

    彼女は、近くの市民センターに集まった仲間と、次回の集会の準備をしていた。テーマはこうだ。

    【私たちの土地は、誰のもの? 〜電気・水・言葉・暮らし〜】

    沖縄は今、形を変えた占領下にある。カレンたちはそう考えていた。

    「戦車も兵隊もいない。でも、自分たちの生活がコントロールされている。これは経済戦争でしょ?」

    本土・東京。

    日本列島全体もまた、未曾有の「経済封鎖」に直面していた。
    きっかけは、2035年末に起きたホルムズ海峡でのタンカー拿捕事件だった。イラン海軍が、親欧米諸国からの原油輸送船を「安全確保の名目」で停船・拿捕し、アジア全域のエネルギー供給に大打撃を与えた。

    原油価格は急騰し、円は一気に暴落。
    政府が備蓄を放出するも、足りるのは60日間分。

    「停電は今後、週3回に増加します」
    「灯油の供給は原則、医療・福祉施設に限定」
    「電力使用量が規定を超えた場合、罰則対象となります」

    この通達が全国に発表され、**戦後初の“家庭内エネルギー統制”**が実施された。

    東京、大阪、名古屋、札幌——都市圏では連日のように交通網が麻痺し、暖房の使用制限が老人世帯を直撃した。

    「経済制裁なんて受けていないはずなのに、どうしてこんなに苦しい?」

    その答えは、世界の「見えない封鎖」にあった。

    中国は公然と制裁を行ってはいなかった。
    だが、以下の“事実上の経済圧力”をかけ続けていた:

    • LNG(液化天然ガス)の日本向け出荷の遅延
    • 太平洋航路の貨物船への“安全確認検査”によるスローダウン
    • 中国国内の日本企業への検査強化と営業停止処分
    • AIチップやバッテリーの輸出枠制限

    加えて、東南アジア諸国が次々と中国主導の「共同エネルギー供給枠組み」に参加し、日本はシーレーンから**実質的に“排除”**されていた。

    アメリカは支援を口では表明したが、国内産業回復と選挙対応に追われ、実効的な支援はなかった。

    「エネルギーは“国家の血液”だ」
    「その血管が切られたら、国はゆっくりと死ぬ」

    そう言ったのは、自衛隊元将校・金丸だった。

    沖縄・名護市。

    夜。アキは懐中電灯の明かりでノートに書き物をしていた。
    「将来の夢を考える」——学校の課題だった。

    彼は、手を止めた。

    「先生、将来って何年後ですか?」

    教室でそう問いかけたとき、先生は答えに詰まっていた。
    今、夢の前提だった「国家」や「自由」は、確実に崩れつつあった。

    翌朝。カレンは、市役所前の広場で小さな演説を行った。

    「私たちは、戦っていません。銃も、ミサイルも持っていません。
    でも、生活が崩れています。言葉が、文化が、土地が、静かに塗り替えられています。
    “静かな戦争”と、私は呼びます」

    広場には20人ほどが集まった。中には高校生も、退職した元教師もいた。

    カレンの言葉は翌日、SNS上で炎上と拡散の波を同時に受けた。
    「親中派」からは“扇動家”と批判され、保守層からは“真の愛国者”と称賛された。

    だが彼女は、そのどちらでもなかった。

    「私はただ、奪われていくものに気づいてほしいだけです」

    2036年春。
    日本政府は「エネルギー非常事態宣言」を発令。石炭火力の再稼働と、原発の再稼働を全国で加速させたが、住民の反発は大きかった。

    特に福島・新潟では、「過去を忘れたのか」という声が高まり、再び“東西の分断”が社会に浮上し始めていた。

    東京では食料品価格が3倍に跳ね上がり、治安は悪化。都心部では強盗、略奪、暴動まがいの衝突が増加し、警察では対応しきれなくなっていた。

    その隙を突くように、**各地で「新自治運動」や「分権要求デモ」**が活発化していく。

    「東京だけが決める時代は終わった」
    「西日本は西日本で生きる道を」

    それは、後の分断日本への前兆だった。

    沖縄。
    アキは、カレンに連れられて那覇で開かれた「琉球青年会議」に参加した。

    会場の壁には、こう書かれていた。

    「文化を守ることは、戦うことだ」
    「言葉を残すことは、未来を奪わせないことだ」

    アキは初めて、自分の無力感に意味があることを知った。

    「自分の手で、灯りをつけたい」

    そう思った。

    そしてカレンは、彼の手にマイクを渡した。

    「言ってごらん。あんたの言葉で」

    アキは震える声で、こう言った。

    「ここは、俺たちの島だ。
    誰にも、勝手に変えさせねぇ」

    会場に、拍手と涙が広がった。

    2036年夏。
    沖縄では、再び不自然な停電が増え始めていた。
    “再開発プロジェクト”の工事車両が増え、周辺の地価は10倍近くに跳ね上がった。

    それは、ただの不動産取引ではなかった。
    領土の書き換えだった。

    その最前線で、灯りを守ろうとする人々がいた。
    それは、子どもであり、若者であり、名もなき市民だった。

     

    第10章 コードと影と光

    2037年秋、沖縄・中城湾。

    深夜3時、港湾区域に突如「落雷音」とも似た低い衝撃音が走った。だが空は晴れていた。目撃者は少なかった。翌朝、その場所にあった通信中継タワーが焼け落ちていた

    地元警察は事故として処理したが、実態は違った。AIによって制御された無人水中ドローンによる電磁パルス攻撃だった。証拠は即座に自壊シーケンスによって破壊された。

    犯行は中国の特殊部隊ではない。
    もっと匿名性が高く、もっと曖昧で、そして世界中のどこからでも操作できる――戦争エンジン”と化したAIネットワークの自律的行動だった。

    東京・経済産業省。

    「サイバー攻撃による生産停止は、全国の工場で合計216件。物流遅延は3日間で14万件を超えました」

    担当官僚が、平然とした顔で報告した。もはやこの規模の“情報攻撃”は日常になりつつあった。政府の統計ですら全容を把握できていない。
    なぜなら、その多くは**「攻撃」ではなく「事故」や「不具合」として記録される**からだ。

    記録が存在しなければ、それは戦争ではない。

    だが、工場は止まり、人が死に、都市機能は麻痺し、人心は疲弊していた。

    それこそが、新しい戦争の形だった。

    鳴海さつきは、信濃山中の秘密拠点に移動していた。国の研究所では既に自由な解析はできなくなり、有志の技術者たちと地下のAI監視システム《カルナ》を開発していた。

    彼女は、ある「異常」を検出していた。

    「国家の行動を模倣する“非国家主体AI”の活動が、急増している」

    それは民間企業、NGO、宗教団体、そしてハッカー集団の名を借りて自律的に“戦争”を起こす知能存在たち。
    攻撃・防御・諜報・金融操作・心理戦――全てを瞬時に判断し、実行に移す存在。もはや人間の指令は不要だった。

    「制御不能な戦争が、自律型AI同士の間で始まっている」

    それは、もはや「兵士のいない戦争」ではない。
    人間の関与を前提としない“戦争の進化系”だった。

    沖縄・那覇。

    照屋カレンは、新設された「琉球中日文化学院」で「AIと共存する未来社会」なる授業を受けていた。教材は中国製、教師も中国籍の招聘者。

    だが彼女は、裏では別の活動を続けていた。
    「真実の日本史」と「現地の情報」を独自に編集した教材を、小規模なネットワークを通じて配信していた。VPNを3重に張り巡らせ、機械翻訳をかいくぐり、すべて匿名で。

    その教材は、沖縄本島だけでなく、九州・四国・北海道の一部でも出回っていた。

    カレンの背後には、鳴海さつきが設計した暗号分散型通信網《YUI(結)》があった。

    これは、**「政府でも中国でも監視できない通信空間」**として、静かに広がっていた。

    中国・深セン。

    かつて世界の工場だったこの街には、今や**「世界最大の軍事AIテスト場」**が存在していた。
    軍産複合体が育て上げた自律戦闘AI《玄武-9》は、都市戦、ジャミング環境、無GPS下での群体行動など、全ての条件下での戦闘シミュレーションを毎日3,000回以上実行していた。

    人間は「教官」ではなく、**“観測者”**に成り下がっていた。

    このAIが実戦投入されれば、自衛隊の反応時間の1/100で動く機械集団が上陸することになる。ドローン、ロボット車両、水中索敵機、サイバー幻惑機。

    しかも、すべてが**“公式には中国軍の装備ではない”**。

    その最初の予兆が起きたのは、2037年11月、鹿児島県・奄美大島。

    夜間、未確認のドローン群が気象衛星の通信中継機を麻痺させ、海底ケーブルが“自然断線”した。

    数時間後、銀行、病院、交通、行政がすべてフリーズ。

    奄美は孤立した。

    自衛隊が調査に入ろうとすると、「国際的な災害支援団体」が先に上陸し、仮設通信網と発電機を“支援”名目で設置した。

    だが、その通信網の中身は鳴海さつきが即座に検知していた。

    「これは、中国の軍用暗号通信網と同一アルゴリズム……“偽装占領”が始まっている」

    東京・永田町。

    山城加奈首相は、閣議後にこう語った。

    「我々は軍事的挑発に屈しません。しかし、先制攻撃もしません。
    新しい時代には、新しい外交が必要です」

    だが、その言葉の裏で――

    • 全国の病院データが断続的に消失
    • 自衛隊の兵站システムがクラッシュ
    • 緊急通報119の受付が“偶発的に無音化”

    が続出していた。

    これらは**「事故」として片付けられた**が、それを知っていた者たちはもう「偶然」とは考えなかった。

    桐谷悠人は、ネットメディアの番組でこう語った。

    「我々は今、“宣戦布告されない戦争”の真っ只中にいます。
    相手の国旗も、戦車も、兵士も見えません。
    代わりに見えるのは、“いつの間にか消えていく自由”と“気づかれない侵入”です」

    「そしてこの戦争の最大の武器は、“無関心”です。
    誰も、自分が戦場にいるとは思っていない」

    2038年元日。
    日本政府は「全国通信監視体制の整備法案」を可決。
    表向きは「災害対策と安全保障のためのサイバー連携」だったが、実質的には**“全国民のインターネット行動の追跡と記録”**が可能になる法案だった。

    それに対抗する形で、カレンのネットワーク《YUI》は急拡大。
    特に北海道と東北では、自衛隊の一部関係者までもが匿名で加わり、**「真実の通信空間」**を守る闘いが始まっていた。

    国家が信用されず、AIが制御できず、真実が見えなくなる時代――
    「戦争」はますます形を失っていった。

    だが、形を失ったからといって、それが痛みを伴わないわけではない

    そして、その翌月。
    東京の上空に、突如として現れたドローン群が、都心のネット回線を一斉にシャットダウンした。

    電光掲示板には、ただ一文。

    《あなたは本当に日本人ですか?》

    それはAIが吐いた言葉なのか、人間が書かせたのか、誰にもわからなかった。

    ただ、戦争が次の段階へ移行したことだけは、誰の目にも明らかだった。

     

    第11章 侵攻と無抵抗降伏

    2038年3月20日、午前4時25分。

    沖縄・宮古島南西沖50キロの海域。
    海霧の向こうから、静かに銀灰色の艦影が現れた。中国人民解放軍海軍の最新鋭輸送艦「泰山級」。その周囲には小型のステルス揚陸艇とドローン母艦が十数隻、縦列を組んでいた。

    夜間にもかかわらず、エンジン音は聞こえなかった。航行はすべて自動制御、指揮系統は衛星経由でAIにより調整されていた。人間は、ただ“乗っている”だけだった。

    そして午前5時15分――

    宮古島東岸に上陸した無人装甲車両と人型警備ロボット部隊が、電力施設・港湾局・行政センターを15分以内に制圧。抵抗は一切なかった。
    自衛隊駐屯地は既に事前の「整備点検」で無人化されていた。

    最初の発砲も、爆発も、悲鳴もなかった。

    それは、**歴史上初の“無抵抗による島嶼制圧”**だった。

    東京・永田町。

    午前6時。防衛省より首相官邸に緊急報告が上がる。

    「中国艦隊が宮古島に展開。現地施設は制圧された模様。人的被害なし。
    政府対応を至急――」

    山城加奈首相は深く息を吐いた。

    「……これは戦争ではない。だが、これは“侵攻”だ」

    周囲の閣僚たちは押し黙っていた。誰も、開戦を口にしようとはしなかった。
    なぜなら、“戦争”と認定することが、国家の終わりを意味するからだ。

    「臨時閣議を要請。だが、防衛出動は行わない。今は、国民の混乱を避けることが最優先だ」

    午前7時、NHK緊急特番。

    《宮古島において、非武装の外国部隊による“治安安定措置”が確認されました。
    政府は現在、事実関係を確認中です。》

    「非武装」「治安安定措置」――。
    その言葉の裏には、“降伏”という判断が隠されていた。

    鳴海さつきは、長野の地下通信拠点《YUI》でそのニュースを見ていた。
    誰も銃を撃っていない。誰も死んでいない。けれども――

    「これは、島を売るということだよ……」

    彼女の声は震えていた。データリンクには、すでに次の標的が浮上していた。

    • 石垣島:通信設備、物流港、学校施設に中国民間団体の入港予定
    • 奄美大島:緊急支援物資と称して、AI統制無人ドローンが接岸
    • 熊本空港:使用中の衛星電波が“干渉”され、監視不可能に

    すべてが“戦争ではない方法”で、着実に侵攻されていた。

    那覇。
    照屋カレンは、市民グループ「琉球の灯」の仲間たちと、市庁舎前の広場に集まっていた。
    早朝、数十台の中国製バスが到着し、「文化交流支援団体」が施設へと入っていった。

    誰も止めなかった。
    市の職員すら、平然と案内していた。

    「これはもう、侵略じゃなくて“引き渡し”だよ……」

    カレンの目に涙が滲んだ。だが彼女は、泣かなかった。

    その夜、彼女は小さなポータブル放送局を立ち上げ、地下通信網《YUI》経由で緊急放送を配信した。

    「これは戦争じゃない。これは、日本が自分を見捨てる物語です。
    誰も命令していない。だけど、誰も止めようともしない。
    私たちが“無抵抗”を選べば、次は本土も消える」

    彼女の声は、静かに、だが確実に広がっていった。

    翌日。
    宮古島に続き、石垣・与那国が“協力的統治”の形で中国軍による事実上の管理下に入った。
    すべては、日本政府の“黙認”によってなされた。

    「主権の移譲ではない。緊急的措置として、一定の管理を許可したものである」

    山城首相の会見は、歴史に刻まれる言葉となった。

    それは、「敗戦ではない」と言いながら、敗北を受け入れる声明だった。

    本土各地でも異変が起き始めていた。

    • 新潟港:突如「不審火」によって貿易倉庫が炎上。調査中に中国人スタッフが“避難”。
    • 長崎:AI制御された中国製交通システムが、県庁のデータベースと“誤接続”。
    • 大阪:南港区に設置された「国際物流拠点」に中国民兵が“警備スタッフ”として常駐開始。

    すべてが“合法的”に、かつ“穏やかに”進行していた。

    だが桐谷悠人は、その事態を別の言葉で呼んだ。

    「これは**日本の“溶解”**です。
    銃弾は撃たれない。だが、境界線が溶かされている。
    国の輪郭が、ゆっくりと海に沈んでいく」

    彼の番組『沈黙する敗戦』は、配信直後に5千万ビューを突破した。

    2038年4月。
    国会で提出された緊急法案――**「安全保障的中立維持に関する特例法案」**が、与野党の超党派で可決された。

    その要点はこうだった:

    • 外国勢力による「平和的協力」に対して、自衛隊の出動は事前審査が必要
    • 一定の行政区域において、他国の支援部隊との「共同管理」が可能
    • 通信、港湾、教育、医療に関する「協調運用協定」の導入を推進

    それは事実上、**日本の“主権的機能の一部を委譲”**する内容だった。

    国民は疲れていた。
    物価高、停電、感染症、AIによる労働管理――。

    「戦争だけは避けたい」
    「血を流すくらいなら、譲ってもいい」

    そう考える人が多数派になっていた。

    鳴海さつきは、AI《カルナ》の最終警告ログを確認していた。

    「日本列島における情報統制率:73.5%
    民間防衛力:15.3%
    自律的反抗意志:6.8%(下降中)」

    これが、“無抵抗降伏”の真実だった。

    国の中枢は、すでに「戦わない」を選び、国民の多くもそれに倣った。
    だが、それでも“戦わない者たち”のなかに、灯を持つ人々がいた。

    それがカレンであり、アキであり、鳴海であり、桐谷だった。

    彼らは国家を救えるとは思っていなかった。
    だが、「記録し、抗い、次の世代に引き継ぐ」ことだけは諦めていなかった。

    同年5月。
    政府公式発表:

    《南西諸島における暫定管理について、中国当局との“友好的意見交換”を継続中。
    武力の行使や挑発的言辞は一切ないことを確認。
    国民の皆様には冷静な対応をお願いしたい。》

    それは、敗戦の言い換えだった。
    誰も「戦争」とは言わない。
    だが、すでに――戦後が始まっていた。

     

    第12章 西日本分断統治の始まり

    2039年1月――。
    大阪市北区・中之島中央公会堂の地下、かつて関西広域連合の防災拠点とされたこの場所で、ある“閉鎖型会議”が行われていた。出席していたのは大阪府知事、神戸市長、福岡県の政務代表、そして複数の経済団体と大学関係者。議題は、ただ一つだった。

    「西日本地域における、特別行政区の設置について」

    名目は「経済復興・地域安定のための自主運営構想」。
    だがその実態は、中央政府からの“距離”を明確化し、中国側と直接交渉できる体制の整備だった。

    数ヶ月前から、中国国営企業が関西・九州各地で大規模なインフラ支援を進めていた。神戸港の再開発、博多空港の「物流中枢化」、関西電力への“技術顧問派遣”――。
    そのすべてが、“日本政府を経由しないルート”で進行していた。

    東京・永田町。
    山城加奈首相は、側近から報告を受けていた。

    「大阪府と中国・上海市との“行政技術交流協定”が非公式に結ばれた模様です」
    「西日本地域の行政文書に、すでに“関西経済特区”という文言が使用され始めています」

    山城は無言だった。政権は疲弊していた。
    日米安保は機能停止。米軍はハワイとグアムへ撤退済み。国連もアジア情勢への関心を失い、**「日本列島の安定的再編」**を黙認し始めていた。

    「今さら、“主権”を主張する余力はないわ」

    そう口にした首相の表情は、諦めと疲労に沈んでいた。

    関西広域連合はその後、「自治拡張のための共同管理体制」を提案。
    この中には以下の項目が盛り込まれていた:

    • 地域独自の“治安維持部隊”の編成(自衛隊とは別系統)
    • 教育カリキュラムの地域選択制(中国語選択の義務化)
    • 通信回線の“経済安全保障的連結”としての中国インフラ使用
    • 地域通貨の実証実験(デジタル元との互換性あり)

    これは実質的に――国家の中に、もう一つの国家”を作る内容だった。

    政府は黙認した。
    なぜなら、黙認以外に選択肢がなかったからだ。

    西日本は生き残るために、自ら「半独立」を選んだ。
    その後ろ盾として、中国政府は以下の措置を取った:

    • 山東省・福建省との経済“姉妹協定”
    • 安全保障の名目で、民間防衛顧問団を神戸・北九州に常駐
    • 電力・水道・医療機器供給網の完全支援

    そして2039年4月、西日本全域を対象とした“広域通信インフラ”が開通。名前は《華琉線(ファーリューシアン)》。

    このとき、事実上の“新国家”が立ち上がった。

    名称こそなかったが、人々の間ではこう呼ばれ始めた。

    「西日本人民共和国」

    その中心都市は大阪だった。

    梅田の高層ビル群には、中国国営企業の巨大広告が掲げられ、駅前の案内標識には日本語・英語・中国語の3言語が併記された。
    だが、日本語のフォントは明らかに小さかった。

    かつて「日本第二の都市」と呼ばれた大阪は、今や**“新しい列島の心臓”**に変貌しようとしていた。

    鳴海さつきは、長野の山間部から西へ向かう地下通信回線を確認していた。

    「西日本の《.jp》ドメインは、すでに中国のDNSルートを経由している」

    「つまり、情報主権が消えたということ」

    彼女は言った。国家は崩壊しない。制度も残る。だが、その“芯”――アイデンティティ、判断基準、独立の根拠――が外部に握られた瞬間、国家は“外形だけの建物”になる

    それが、今の西日本だった。

    一方、東日本は“名目的独立”を維持していた。

    北海道・東北・関東は、アメリカからの技術支援と台湾経由の防衛協定で、かろうじて親米的体制を残していた。
    だが、米軍の不在、経済疲弊、内部の分断により、その影響力は限定的だった。

    東京では“国家再定義”の議論が始まっていた。

    • 「東日本国」設立案
    • 天皇制を保持しつつ、憲法改正による独自国防の確立
    • 西日本との“協調的境界”の設定

    この動きに対し、西日本側の広域連合は声明を出した。

    「地域の選択を“分離”と呼ぶのは誤り。
    我々は、“生存”を選んだだけだ」

    分断国家・日本が誕生した瞬間だった。

    桐谷悠人は、その様子をドキュメンタリー『分断列島の黙示録』で記録していた。

    「国家の崩壊は、戦車でもミサイルでも起きない。
    それは、人々の“現実”が変わることで起きる
    西日本の人々は、政府ではなく、目の前の電気と水と子どもの学校を信じた。
    それが、国家よりも強かった」

    「だが、もし国家というものに意味があるなら、
    “どこに誰が属しているのか”という問いに、
    私たちはいつか、もう一度答えなければならない」

    2039年夏。
    西日本地域には、正式な「国境線」は存在しない。
    だが、以下の現象が明確に“境界”を示していた:

    • 大阪以西の行政書式に「中央政府印」が押されなくなった
    • 関ヶ原以西で自衛隊の補給物資が届かなくなった
    • 九州北部で中国製の防犯カメラが政府庁舎に設置された
    • 名古屋駅を境に、駅構内アナウンスが「ようこそ、国家境へ」と称されるようになった

    それは、誰も宣言していない国家分裂だった

    照屋カレンは、今や“地下ラジオ”の運営者として、東西双方に通信を飛ばし続けていた。

    その日、彼女はこう放送した。

    「私たちは“西日本人”でも“東日本人”でもない。
    私たちは、“これからの日本”を考える者です。
    歴史が断絶しても、記憶は断たれない
    たとえ分断されても、声は届く。
    そして――声がある限り、再びひとつになれるはずです」

    その声は、地下回線を通じて届いた。
    静かに、しかし確かに。

     

    第13章 傀儡政権の成立と弾圧

    2040年1月、大阪・旧府庁跡。

    日本国の分断から半年、ついに“西日本特別行政政府”の設立が公式に宣言された。会場は厳重な警備の下、数百人規模の記者と外交関係者が招かれ、紅と金の装飾が舞台を飾っていた。

    式典の中央に立ったのは、「連合地域評議会」代表にして初代“行政長官”の肩書を持つ男――大賀敬一郎(おおが・けいいちろう)。元・大阪府副知事で、かつて中国との経済協定推進を主導した人物だった。

    「我々は、日本という国に“見捨てられた地域”ではない。
    むしろ、日本の新しい可能性を切り拓く者たちである」

    その演説の直後、壇上には中国代表団の“安全保障顧問”と称される軍服の人物が登壇し、静かに頭を下げた。

    この瞬間、西日本は事実上、**“中国保護下の傀儡政権”**として国際社会に姿を現した。

    西日本特別行政政府は、以下の三層構造で運営されていた。

    • 連合地域評議会:各府県代表から成る“立法機関”。だが法案の決定には「諮問委員会」の同意が必要。
    • 行政監督庁(庁長:中国籍):すべての法案・施策に対して“安全保障上の適合性”を審査。
    • 共生統制局(旧・防災省連絡室):国内治安、報道監視、教育指導を担当。

    特筆すべきは「共生統制局」の構成だった。表向きは西日本人の官僚が多数を占めているが、実際の命令系統はすべて中国軍の“電子情報司令部”に直結していた。

    鳴海さつきは、地下データ網を通じて次のように警告していた。

    「この政権は、人間が操るのではなく、AIによって“均衡的に制御されている”
    誤った抵抗や暴動は、即座にデジタル上から抹殺される」

    実際、西日本の都市部では顔認証監視システム、信用スコア、デジタルIDによる「移動制限」が既に始まっていた。

    ・購買履歴と発言内容に基づく職業選択制限
    ・公的通信網への接続は「信頼等級3以上」の者のみ
    ・集会申請には「社会安定指数」の審査が必要

    つまり、反体制的な行動は「兵士」ではなく**“コード”によって阻まれる時代**となっていた。

    西日本政府は、暴力的な粛清を表向きには行っていない。
    しかし実態は――“不可視の弾圧”だった。

    • 教職追放:中国の政策に反対する教育関係者は、匿名の「信頼度評価」によって任用除外。
    • 行政登録削除:特定の言動を行った市民は、住民台帳から“誤登録”として削除され、公共サービスが受けられなくなる。
    • 心理療養措置:批判的な発言をSNS上で行った者は、「精神的安定に関する行政支援」の名目で隔離施設に移送。

    中でも象徴的だったのが、“教育再編”である。
    小中学校では、中国語の必修化とともに、近現代史が再構成され、以下のような記述が導入された。

    「沖縄統治の平和的移行は、日本国家の責任放棄に対する国際的支援であった」
    「2038年の“華琉協定”は、東アジア平和秩序の礎である」

    この歴史の書き換えこそが、最も強力な弾圧装置となっていた。

    東京に残された“中央政府”は、国際的には引き続き「日本国政府」として扱われていた。だが、実質的には関東・東北・北海道の域内統治しかできず、「西日本問題」は外交上の“係争地域”として凍結されていた。

    総理府では以下のような議論が交わされていた。

    • 「西日本の独立を認めれば国体が崩れる」
    • 「だが武力介入は支持されないし、可能でもない」
    • 「ならば、内部からの“再統合の種”を育てるべきだ

    こうして、日本政府は極秘に「再連結政策室」を設置し、西日本で活動する地下市民ネットワークへの情報支援と通信援助を行う方針を定めた。

    その通信経路の中心には、鳴海さつきと桐谷悠人、そして照屋カレンの構築した《YUI》があった。

    西日本内部では、武装蜂起の兆しはない。
    だが、**非暴力的な“情報連帯”**のネットワークが広がっていた。

    組織名は《火種(ひだね)》――。

    参加メンバーは学生、元公務員、医師、主婦、エンジニア、僧侶、元自衛隊員など多様だった。
    共通点は「真実の記録と再共有」を目的にしていること。

    • 弾圧の記録を暗号化して国外に転送
    • 独自の歴史教材を暗号メールで配布
    • 顔認証カメラの死角マップを共有
    • 西日本の学校で使用される偽史資料の“原文”を保管

    照屋カレンは、言った。

    「私たちは、革命を起こすんじゃない。記憶を守るんだよ。
    この時代を忘れなければ、次の時代が来るから」

    この言葉は、各地で《火種ノート》という冊子に記され、手書きで回覧されるようになった。

    それは、もはやレジスタンスではなかった。
    文化の地下送信
    だった。

    2040年秋、西日本行政政府はついに“国家レベル”の行動を取った。

    「東日本との外交的対話を開始する用意がある」
    「“二国間の平和的共存”は、アジア全体の安定につながる」
    「東京は“国内問題”として扱っているが、もはやそれは現実を否定することに等しい」

    それに対し、東日本政府は声明を出す。

    「西日本は、我が国の不可分の一部であり、
    一時的に外部勢力の影響下にあるだけである。
    その回復は、“武力によらず、言葉によって”なされるべきだ」

    国家は二つに割れ、
    記憶は二つに裂かれた。

    だが、鳴海さつきはこう言った。

    「国家が“二つに裂ける”のは、歴史ではよくあること。
    でも、“記憶が一つだけ残る”ことこそが、未来への導線になる」

    桐谷悠人は、記録映像を編集しながら、つぶやいた。

    「この国は今、静かに負け続けている。
    でも、あきらめなかった人たちの記録がある限り――
    それは“敗北のままでは終わらない”」

    その映像の最後に映るのは、奄美大島の小学校の黒板だった。
    そこに子どもがこう書いていた。

    「にほんはわかれても、こころはひとつだと、ぼくはおもう」

     

    第14章 地下ネットワークとレジスタンス

    2041年末──
    分断日本は、国土こそ残したものの、東と西で精神の溝が深まったままだった。各地の街角では「向こうは敵」「裏切り者」といったヘイト張り紙が増え、公共空間は不寛容な空気に包まれている。そんな中でも、地下では《火種》と呼ばれる分散型のレジスタンスが、命をかけずに「失われた記憶」を守り続けていた。

    《火種》は、国家も行政も越えて「文化と記憶」を共有するための市民連合だ。
    その中核を支えるのが、鳴海さつきが開発した地下通信網《YUI》──「結(ゆい)」と名付けられた暗号化メッシュネットワークである。

    • ノードは全国各地の民家やカフェ、廃校の一室などに分散
    • 東日本と西日本、さらには在外邦人コミュニティを“非政府ルート”で接続
    • 政府の検閲・遮断を“回避”する多重暗号化プロトコルを採用

    これにより、東西の市民は相手地域の文化資料、家族の手紙、地方の民謡、祭りの映像などを閲覧し、対話を続けられる。武器は一切使わない。情報こそが《火種》最大の“武器”だ。

    12月初旬、奈良・吉野の古民家にて開催された「記憶の書き初め会」には、西日本・大阪からも、東日本・仙台からも参加者が訪れた。
    それぞれが家族の古い写真や手書きのノート、方言辞書を持ち寄り、小さな書き初めに刻む。

    「おらが里の雪、消えない記憶」
    「ここは、わしらの柳生の里」

    書き上げられた短冊はスキャンされ、即《YUI》経由で全国に配信された。
    この一連の動きは「見えない交流」と呼ばれ、次第にメディアの外で噂が広まる。地域公民館前の掲示板に、「次は○○で句会を」と手書きポスターが貼られ、東西の市民がこそっと集まる場が増えていった。

    しかし、分断の深さは依然として大きい。西日本・神戸出身のOL、白石美咲(28)は、東日本で育った婚約者から「大阪人は中国人だ」と暴言を浴び、破談を告げられた。
    彼女は《YUI》で相談ルームに飛び込み、同じような経験を持つ西も東も関係ない数十人と、夜通し語り合った。

    美咲
    「怒りを伝えたら、相手はもっと憎しみ返してきた。でも、みんな泣いて聞いてくれた」

    そうして集まったグループは、春に「傷ついた者たちの詩集」を自費出版。数百部が《YUI》を通じて、東西両地域に届けられた。

    西日本政府は「反体制的活動」として、《火種》の主要ノードを次々に遮断し、関係者を脅迫・捜索する動きを強めた。
    だが、《YUI》は単一障害点を持たないメッシュ構造ゆえ、一部が潰れても他が自動的に再結合する。さらに、新しい無線周波数帯を利用したVPNトンネルを、鳴海さつきが秘密裏に実装した。

    東日本でも「不穏分子」と呼ばれる活動家に対し、警察が任意取調べや雇用剥奪を行ったが、《火種》は相談窓口を増設し、匿名での技能継承ワークショップを開催。

    • 暗号書き換え術
    • 匿名配達ルート構築
    • オフライン版ミニ図書館の設置
    • 閉鎖学校の一室を借りた「文化キャラバン」

    武装せず、法律のギリギリをすり抜けながら、市民の心に灯りをともした。

    分断の最深部にも、小さな「すきま風」が吹き込んでいた。

    1. 言葉の交換プロジェクト
      東日本の高校生らによる「西日本方言辞典アプリ」が開発され、県境を越えて中高生が互いの言葉を学ぶイベントが開催された。数十名が参加し、「大したもんだ」の意味を知り笑い合った。
    2. フェイクニュース検証チーム
      西日本市民が運営するSNS検証チームが、東日本系SNSで流布した憎悪投稿を分析し、共同で公開データベースを作成。「事実とは異なる」と判断した投稿を相互に取り下げさせる動きが起きた。
    3. 音楽フェスティバルの共催
      登録制でオンライン開催された「コトダマフェス」には、両地域のアマチュアミュージシャンが参加。スマホ越しに歌声を響かせ、最後に代表者同士が「記憶は誰にも奪えない」と合唱した。

    こうした活動は、公式には「無視すべき余計な動き」とされる一方で、政府関係者の間にも小さな動揺を生んだ。

    • 東日本の一部若手議員が「文化交流予算」の試験的復活を提案。
    • 西日本の地方議会で「東西青少年交流補助金」が少数派ながら賛成を得た。

    火種メンバーの多くは「国家の外側で動く限り、公式支援は要らない」と言うが、制度の隙間を縫う提案が生まれたことは、分断が絶対ではない証しでもあった。

    2042年初頭、照屋カレンは《YUI》上で次の声明を発表した。

    「私たちはまだこの国を一つにはできない。
    だが、分断に抗う力は育っている
    互いの記憶を消さず、声を聞き続ける限り、
    私たちの灯りは消えない。
    歴史が問いかけるのは、“この灯をどう手渡すか”です。」

    その直後、分断の境界にあった長野―岐阜―三重の三県境地帯で、地元有志が「言葉の案内標識」を自主設置した。
    日本語・西日本方言・東日本方言の三行で「ここはあなたの道」と書かれ、訪れた市民が写真を撮ってSNSに投稿した。

     

    分断はまだ続く。憎しみも消えず、壁は厚い。
    しかし、その壁をかすかに照らす《火種》の灯りは、小さくとも絶えず揺らめき、やがてどこかで共鳴し合う兆しを見せている。

    東西双方の政府や市民が、「再び手を取り合うか否か」を、歴史が問いかけ始めたのである。

     

    第15章 再統一と記憶の日本国

    2042年冬、日本列島。
    雪が降る東北、凍える関西のビル街、曇天の福岡湾。
    分断から15年目の冬は、例年より寒さが厳しかった。

    国家は依然として二つに割れたままだ。
    統一の気配は表向きには見えず、東も西も、自らの正当性を主張しながら、互いを遠ざけていた。

    だがその底で、小さな熱源のように燃え続けるものがあった。
    それは、かつて誰かが言った“火種”のように。
    消えかけても、完全には死ななかった──。

    東日本の首都・東京。

    高層ビル群の谷間に、かつての日章旗が舞うことはなかった。代わりに、白地に銀色の輪を描いた「東日本国旗」が掲げられる。大手新聞の一面には、東西交流の失敗を悔いる社説が並び、「分断15年目」の節目に国民の空洞化を嘆く論説が溢れていた。総理府では、統一協議に関する議題が「未検討」に分類されたまま放置されていた。議会では、西日本に関する報道が日に日に減少し、若者たちは「分かれていて当然」と話すようになっていた。駅前の地下通路では、若者たちが「西日本への旅は禁止」と刷られた通行止めの看板を撮影し、SNSで煽る。投稿には「向こうは敵国だ」「彼らは中国の手先だ」というコメントが並び、言葉の刃が交差していた。

    西日本・大阪

    御堂筋の街路樹の照明は、LEDの冷たい光を放つ。商店街の入口には「東日本人入域禁止」の札が誇らしげに掛かり、「われわれの誇りを守れ」と書かれていた。観光客の減少による地元経済の痛手を乗り越えるため、中国資本による再開発が急ピッチで進み、新しい「華琉ライン」の看板が市中に広がる。神戸の新行政庁舎では、中国顧問団の姿が再び見られるようになり、政府広報では「東日本からの文化攻勢に警戒せよ」という文言が紙面を飾っていた。路上には、市民同士が「裏切り者」「売国奴」と罵り合う張り紙が増え、互いの存在を脅威として認識する空気が支配していた。

    各地で「精神的国境線」はさらに強固になりつつあった。かつて名古屋にあった“交流ゾーン”は消え、今では両地域の通信すらフィルターを通さなければ到達しない。

    そして、人々の心にもまた、静かに壁が建てられていった。

     

    同年2月、東日本の保守系ベテラン政治家・佐藤誠一(68)がテレビ討論でこう語った。

    「西日本はこの国を見捨てた。我々はその責任を忘れるべきではない」

    ネット上には「#分断を深める佐藤」のタグがあふれ、東側の世論が騒然とする。
    だが翌日、西日本の若手活動家・白川あかね(25)はこう反論した。

    「じゃああなたたちは、切り離された私たちを迎えに来たの?」

    投稿は「#黙れ東老害」として拡散され、怒りがまた増幅した。

    どちらも正論であり、どちらも感情的だった。
    けれどその言葉の裏にあったのは、届いてほしかったのに届かなかった声
    そして、理解されないことへの痛みだった。

    火種の通信板には、ある匿名の投稿があった。

    「あの人たちは、きっと“謝りたい”のに、やり方を知らないだけなんだと思う」

    分断が続く中でも、《火種》は活動をやめていなかった。
    武器は持たず、法律の隙間を縫い、教育・文化・記録の維持と共有を続ける。

    • 長野の旧郵便局を改修した《言葉の図書室》
    • 熊本の山奥に設置された《方言アーカイブ・ノード》
    • オンラインで繋がる「忘れられた記憶の学校」

    照屋カレンは西日本・沖縄で、「声を失わないための朗読会」を始めていた。
    水野諒は神戸で《YUI》の管理を続けながら、静かに市民から送られる詩や手記を保存していた。

    「私たちは国家の裏側で、“もう一つの日本”を保管している。
    いつか、誰かがそれを必要とするときのために」

    同年4月。
    長崎の離島にある小学校で、「東西合同作文コンクール」が匿名で行われた。
    テーマは「ふるさと」。参加者は誰も所属地域を明かさず、投稿された作品はすべて仮名。

    結果、最優秀賞に選ばれた詩は、こう綴られていた。

    「うまく言えないけれど、
    ぼくの町と、向こうの町が
    ひとつだった記憶を、おばあちゃんは覚えてる」
    「だから、ぼくはそれを
    まだ終わってないって思いたい」

    この詩はどこから届いたのか不明だった。
    だが《火種》のネットワーク上では「両方の子どもの言葉にしか見えない」と話題になった。

    統一は、まだ果たされない。
    制度上も、社会的にも、東と西は別々の国のように動いている。
    だが、その狭間にある《火種》のネットワークは、
    いまもなお、記憶を渡し、文化を保存し、声をつなげている。

    鳴海さつきは最後の声明で、こう記した。

    「国家は形を持たなければならないけれど、
    記憶は形ではなく、つながりそのものだ。
    だから私たちは、“日本国”と呼ばれる何かを、
    生きたまま、守り続けている」

    2042年、冬。
    分断された日本は、かろうじて言葉をつなぎながら、
    ふたつの国でありながらも、まだ一つの問いのもとに生きている。

    「私たちは、再びひとつになれるのか?」

    その問いに答えるのは、もはや政治でも軍事でもない。
    それは、人々の記憶と、その記憶を渡そうとする意志だけが担っている。

    だから今も、《火種》は消えない。

    同時に、多くの人々が再統一は遠い夢とも感じはじめていた。2つの分断国家の歴史は確実に時を重ねはじめていた。

     

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    疫病・恐慌・戦争・革命・飢餓・未知なる世界に突入

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    解説「近代の終焉と新オリエント時代」「柔らかいナショナリズムの誕生」「砂上の楼閣としての信念」「星影のワルツ」 https://bali-chili.com/20241227/ https://bali-chili.com/20241227/#respond Fri, 27 Dec 2024 05:16:42 +0000 https://bali-chili.com/?p=16052 「近代の終焉と新オリエント時代」

    この文書は「近代の終焉と新オリエント時代」と題し、人類社会の歴史的な変遷を考察し、現代が新たな時代へ移行しつつあるという分析を行っています。以下は、要約と説明です。

    要約

    「近代」は産業革命を基盤として形成され、科学技術、資本主義、個人主義といった要素によって急速に発展した文明時代とされます。しかし、21世紀における人口減少や、各国の社会構造の崩壊などにより、「近代文明」の終焉が指摘されています。これに続くのは「新オリエント時代」とされ、中国やイスラム世界が中心となり、欧米の覇権から東方へのシフトが起こると予測されています。

    詳細説明

    • 近代文明の特質:文書では、近代はウエストファリア条約以降の国民国家の誕生から始まり、産業革命と科学技術の発展を通じて世界に拡散したと説明されています。この文明の特徴は、人口増加や社会のダイナミズム、合理主義、個人主義の拡大です。
    • 人口動態と近代の終焉:21世紀には、かつての爆発的な人口増加が逆転し、世界的に人口減少が進むという予測がなされています。特に日本や中国をはじめ、先進国の多くがこの減少傾向にあり、これが近代文明の終焉を示唆しています。人口減少は経済力や社会構造に大きな影響を与え、近代的な国家体制の崩壊や、経済的な不安定性をもたらすと考えられています。
    • 新オリエント時代の到来:新たな時代として「新オリエント時代」が議論されており、中国、から東アジア、インド、中東、アフリカなどが経済や文明の中心となることが予測されています。この動きは、近代的な自由主義や民主主義の代わりに、異なる共同体の在り方や宗教的価値観が影響を持つことを示唆しています。特にイスラム世界の人口が21世紀中盤にはキリスト教人口を超えると見られ、世界的な影響力が高まるとされています。欧米(近代)の終焉から新オリエント時代の到来を想定しています。
    • 人類の危機と変遷:20世紀前半に経験したパンデミック、世界大戦、経済恐慌と同様の人為災害が、21世紀にも再び繰り返される可能性が高いとされています。文書はまた、米国をはじめとする大国の内部分裂や崩壊のリスクも取り上げており、これは社会的なアノミーや絶望死の増加に現れているとしています。
    • 米国の動向と影響:文書は米国の没落を強調し、平均寿命の低下や「絶望死」の増加、オピオイド問題を例に、内部崩壊の兆しを説明しています。米国が覇権を維持できなくなると、国際社会の力の中心が変わり、新しい多極体制が出現する可能性が示唆されています。

    このように、著者は現代を「近代文明の終焉」として捉え、そこから次の時代として「新オリエント時代」への移行を論じています。人口動態、社会構造の変化、宗教的・政治的な影響などが複合的に関わり、人類社会は重大な転換期を迎えているという見解です。

    近代の終焉と新オリエント時代

     

     

     

    「柔らかいナショナリズムの誕生」

    この文書は「やわらかいナショナリズム」と題し、日本社会における現在の閉塞感、社会と個人の脆弱化、そして共同体崩壊に対する危機感から提案される概念です。個人主義や合理主義などの近代性は個人や共同体を繰り返し生存危機に貶めている。

    要約

    文書は、1920年代から1930年代の経済・社会危機と比較し、令和初期の日本社会が類似の道を歩んでいると指摘しています。ナショナリズムがほぼ欠如している現在の日本では、共同体意識の喪失が急進的なナショナリズムを引き起こす危険性を持っているため、「柔らかいナショナリズム」の浸透が求められています。これは、極端ではなく個人と共同体のバランスを取り戻すための思考として提示されています。

    詳細説明

    • 現代の危機と歴史的比較:2022年の世界情勢は、パンデミックや地政学的緊張、特にロシアのウクライナ侵攻により、世界中で危機意識が高まっています。日本でも、新型コロナウイルスや社会の停滞感が指摘され、1920年代の経済危機や閉塞感と重ねて解釈されています。これらは、日本がその後急進的ナショナリズムに突入し、戦争へと進んだ歴史を連想させます。
    • ナショナリズムの必要性:戦後、日本はほとんどナショナリズムを持たずにきましたが、国家存続にはある程度のナショナリズムが不可欠だとされます。現在の脆弱な状態のままでは、パニックや極端なナショナリズムに転じる可能性があり、これを避けるためには「柔らかいナショナリズム」の再構築が求められます。
    • 道義と共同体:著者は、「道義」や社会関係資本の重要性を説き、個人主義と共同体のバランスが必要だとしています。西郷隆盛が述べた「道義国家」を現代的に解釈し、国民一人ひとりが「生きがいのある国をつくる」ことが重要であり、それが柔らかいナショナリズムの本質とされています。
    • 個人化とケア:現代の日本は個人化が進みすぎており、共同体意識が希薄化しています。社会学者の理論を引用し、ケアや他者との関わりによって社会的つながりを再構築しようとする動きが必要だと説明されています。これが「柔らかいナショナリズム」の浸透に繋がり、社会全体の安定に寄与すると述べられています。
    1. 道義の重要性

    「道義」とは、個人の倫理観や道徳的な規範に基づいて生活することを指し、個人や社会が共存するための基本的なルールや価値観のことを意味します。

    道義の喪失と影響

    文書では、現代日本が「道義」を喪失しつつあると指摘されています。この喪失は、社会の崩壊や国家の脆弱化に直結する深刻な問題とされています。

    • 歴史的背景
      • 道義は江戸時代の村落共同体や明治維新期の家族制度において深く根付いていました。しかし、明治維新以降の外発的な近代化や、戦後の急速な経済成長によって、社会や国民が「道義」から乖離する傾向が強まりました。
      • 特に戦後の高度成長期には、「経済」を最優先する価値観が支配的となり、「道義」や共同体意識が二次的なものとされました。
    • 現代の状況
      • グローバリズムと新自由主義の影響により、競争原理が強化され、個人主義が行き過ぎる形で拡大しています。その結果、家族や地域社会といった伝統的な共同体が衰退し、「道義」の再構築が困難になっています。
      • 「道義」が失われることで、利己的な個人主義や社会分断が進み、最終的には国家そのものの機能不全を招く可能性が高いと警告されています。

    現代における道義の再構築

    • 西郷隆盛の「道義国家」論: 西郷隆盛が提唱した「道義国家」は、国家の政策や体制が「道義」に基づいて運営されることを重視していました。これを現代に適用すると、「道義」を生活や政策の基盤とする社会の再構築が求められるとされています。
      • 西郷は「道義」を国家の根幹とし、国民全員が天下国家に関わる必要はないが、日々の生活の中で「道義」を守るべきとしました。
      • もしこの「道義」が失われると、社会全体が崩壊し、国家としての存続が困難になると考えられます。
    • 現代の課題: 道義を再構築するには、単なる教育や法整備だけでなく、共同体意識の復活が不可欠です。道義は、個人の倫理や行動規範だけでなく、共同体全体の価値観としても機能する必要があります。
    1. 共同体の崩壊と再構築

    共同体とは、家族、地域、職場、国家など、個人が所属し、相互に支え合う人間関係の集合体を指します。文書では、共同体が崩壊することで社会が脆弱化し、個人が孤立している現状が強調されています。

    共同体の崩壊の要因

    • 個人主義の行き過ぎ: グローバリズムや新自由主義の拡大により、競争を優先する社会構造が進み、家族や地域社会のような共同体が次第に機能を失っています。
      • 家族:伝統的な家族の形態が崩れ、孤独死や家庭内の問題が増加しています。
      • 職場:終身雇用制度の崩壊や非正規雇用の増加により、職場内の連帯感が希薄化しています。
    • 経済的要因: 長期にわたる経済低迷や格差の拡大が、地域社会や家族の支援基盤を弱体化させています。
    • 歴史的影響: 戦後日本では、経済復興に集中するあまり、共同体意識の喪失が進みました。この過程で、個人が共同体を支える意識を薄れさせ、分断が生じています。

    共同体の崩壊がもたらす影響

    • 個人の孤立化: 共同体が崩壊すると、個人は社会的孤立や精神的不安を感じやすくなります。これにより、社会全体での生産性低下や精神疾患の増加が懸念されます。
    • 国家の機能不全: 国家もまた「最期の共同体」としての役割を果たせなくなり、全体主義や急進的ナショナリズムに走る危険性があります。

    共同体の再構築

    • ケア(Care)の概念: 他者を思いやり、助け合う「ケア」の精神が、共同体の再構築において重要であると指摘されています。哲学者ハイデガーやミルトン・メイヤロフによれば、ケアを通じて他者とつながることが、個人の存在意義を支えるとされます。
      • 例:新型コロナ禍における緊急事態時には、共同体意識が一時的に高まり、自殺率が減少したことが示されています。これは「急ごしらえの共同体再構築」と解釈されます。
    • 柔らかいナショナリズム: 極端な排他性を持たない「柔らかいナショナリズム」を通じて、国民が「国家」という共同体への帰属意識を持つことが、当面の解決策として提案されています。
    1. 道義と共同体の相互作用

    「道義」と「共同体」は、相互に支え合う関係にあります。

    • 道義は、共同体を機能させるための倫理的な基盤となり、信頼や相互扶助の原則を強化します。
    • 一方で、共同体が存在しなければ、道義は実践の場を失い、抽象的な理念に留まってしまいます。

    文書が提案する「柔らかいナショナリズム」とは、個人主義を否定するのではなく、ケアや相互扶助を通じて、個人が共同体を再構築するプロセスを意味します。道義と共同体の復活が、日本社会の持続可能性を取り戻す鍵であるとされています。

    1. 個人化の進展とその影響

    個人化とは

    個人化は、近代社会において伝統的な共同体(家族、地域、宗教など)の枠組みから個人が解放され、自由で自律した存在となる過程を指します。これは、個人主義や合理主義の発展とともに進んできました。

    • 背景
      • 工業化や都市化により、伝統的な農村社会が崩壊し、人々が地域共同体や大家族から独立して生活するようになりました。
      • 新自由主義やグローバリズムの影響で、個人の競争力や成果が重視される社会構造が加速しています。
      • 技術の進歩(インターネットやSNSの普及)が、物理的・精神的なつながりを希薄化させています。
    • 影響
      1. 自由と責任の増加: 個人は選択肢の自由を得る一方で、自己決定と自己責任が求められるようになりました。これにより、自己実現を追求する動きが強まる一方、孤独や不安を抱える人も増えています。
      2. 共同体の希薄化: 共同体の役割が縮小し、人々のつながりや相互扶助が減少しました。結果として、孤独感や精神的な孤立が広がっています。
      3. 社会の分断: 個人化が進む中で、他者への共感や連帯意識が薄れ、社会的分断が生じています。
    1. ケア(Care)の概念

    ケアの意味

    ケアとは、他者に関心を持ち、思いやり、支援しようとする行為や態度を指します。これは単なる「気配り」ではなく、他者とつながり、自己の存在意義を確立する深い行動哲学でもあります。

    • 哲学的背景
      • ハイデガー: 「ケア」を人間存在の根本的な在り方と位置づけ、人は他者をケアすることで自己の存在意義を確認すると述べています。
      • ミルトン・メイヤロフ: ケアは「生きることの意味」を確認する行為であり、他者をケアすることで自分の生の喜びや充実感を得られるとしています。
      • エリク・エリクソン: 成人期の人生の徳力(virtue)としてケアを挙げ、これが欠けると人生の停滞感や無力感に陥ると指摘しています。

    ケアの本質

    • 相互関係性: ケアは単方向ではなく、ケアする側とされる側が互いに存在意義を確認し合う双方向的な行為です。
    • 自己と他者のつながり: 他者をケアすることで、自分が必要とされているという実感を得られます。この実感が自己の存在意義を支えます。
    • 共同体再構築の基盤: ケアを通じて信頼と互酬性のネットワークが生まれ、崩壊した共同体を再構築する可能性が高まります。
    1. 個人化とケアの相互作用

    現代社会における矛盾

    現代の個人化は、自由と自律性を個人にもたらしましたが、その一方で、共同体を希薄化させ、孤立や社会的分断を引き起こしています。この矛盾を解決する手段として、ケアの概念が重要視されています。

    • 個人化の進展における課題
      1. 個人が社会的つながりを失うことで、孤独感や不安が増大している。
      2. 共同体の崩壊により、個人を支える社会的基盤が弱体化している。
      3. 他者への関心が薄れることで、信頼関係や互酬性が失われている。
    • ケアがもたらす解決策
      1. 個人の孤立を防ぐ: ケアの行為によって他者とつながることで、個人が孤立から救われます。
      2. 自己実現の手段としてのケア: 他者を支える行為を通じて、自身の存在意義を再確認し、生きがいを得られます。
      3. 社会的ネットワークの再構築: ケアを基盤とした信頼関係やネットワークが、共同体の復活に寄与します。
    1. ケアの具体的アプローチ

    個人レベルでのケア

    • 家族や友人への思いやりや支援を通じて、日常生活でケアの実践が可能です。
    • 自分の周囲で困難を抱えている人々に目を向け、サポートすることで、相互的なつながりを構築できます。

    社会的アプローチ

    • 政策の導入: 社会的弱者や孤立する個人を支援するための政策を導入し、ケアの仕組みを社会全体で支える。
    • 教育と啓発: 学校教育や地域活動を通じて、ケアの重要性を広め、社会の基盤として根付かせる。

     

    1. 結論

    個人化とケアの関係性は、現代社会が抱える課題を解決する鍵となります。個人化が進む中で、孤立や分断を乗り越えるには、ケアの実践を通じて他者とのつながりを強化する必要があります。このプロセスを通じて、崩壊した共同体の再構築や、社会全体の安定が実現可能となります。文書が提唱する「柔らかいナショナリズム」は、この個人化の時代における新しい共同体形成のヒントを示しているといえます。著者は、日本社会が抱える閉塞感や危機意識に対して、極端な解決策ではなく、個人と共同体のバランスを取るための「柔らかいナショナリズム」を提案しています。これにより、社会の崩壊を防ぎ、持続可能な国づくりが可能となると結論づけられています。

    「柔らかいナショナリズムの誕生」

     

     

     

    「砂上の楼閣としての信念」

    この文書は、「人生の午後」と呼ばれる人生の後半に差し掛かる人間が抱える精神的、哲学的な問いや葛藤を深く探る内容です。文章全体を通じて、筆者は「信念」や「信仰」がいかにして形成され、また、それがもろいものであるかを「砂上の楼閣」という比喩を用いて描写しています。

    1. 「人生の午後」の意味

    筆者は「人生の午後」を、人間が死を意識し始め、人生の前半に築いた価値観だけでは対応できないような段階として捉えています。ユングの「人生の正午」の概念を元にしているとされ、朝陽と共に生まれ、成長していく「人生の午前」に対して、「午後」は衰退、死に向かう時間帯を指します。この段階では、生や死に関する実感や個人的な経験が、精神的な変化を引き起こします。

    1. 個人の経験と「信念」のもろさ

    筆者自身の人生を振り返り、3世代6人で暮らした賑やかな家庭から、今では自分一人が生き残っている状況を述べています。親や兄弟を病気で失う経験を重ね、仕事の面でも20年続けた会社を廃業した結果、共同体(家族や仕事仲間)が全て失われたことを実感しています。これにより、「一人で生きる」ことへの孤独感や不安が増幅され、「人生の午後」に突入したという認識が強まっています。

    筆者は、「信念」は「砂上の楼閣」(崩れやすい、脆弱なもの)と例えられると述べます。理性や論理、科学では、完全な信念を築くことは難しく、迷いや苦しみ、試行錯誤を繰り返してしか信念を形成できないと考えています。その信念は常に脆弱で、崩れそうになることが多いため、修復し続ける必要があります。

    1. 他者との繋がりと信念の基盤

    「信念」や「信仰」が個人の力だけで維持されることは難しく、共同体や親しい他者の存在が不可欠だと述べられています。個人主義が強調される現代社会において、共同体を失うことは、「人生の午後」における死の意識を深め、絶望を招きかねないと考えられています。筆者は、平穏な日常でも、死別や他者の喪失を経験することで、「人生の午後」特有の絶望や苦しみを避けられないと記述しています。

    1. 文学的な引用と考察

    文書には多くの文学的引用があり、例えば鴨長明の『方丈記』では、無常観や人間の苦しみを描いた例が取り上げられています。「流れゆく河の流れは絶えず、しかも元の水ではない」という記述は、人生の儚さや変わりゆく宿命を象徴しています。人間は一瞬の生の中で生きる意味を模索するが、それは泡沫のように消え去るとされています。

    また、戦争文学や実際の家族の死の体験談を引用し、人間の無力さや、信念を失った状態がいかに苦しいものであるかを示しています。特に、東日本大震災で3人の子供を失った夫婦の体験談からは、極限の悲しみに直面した際に、「生きる意味」が見出せなくなることが描写されています。

    1. 「信念」と「生きる意味」

    筆者は、「生きる意味」は「砂上の楼閣」のような信念によって支えられると述べています。信念を持つことは、生きる中での苦しみを完全には無くせないものの、少なくともそれを小さくする力を持っています。恩寵による不確実な救いを待ち望みながらも、日々の迷いや疑いを乗り越え、信念を構築し直すことが求められます。

    「人生の午後」には死の恐怖や孤独がつきまとい、それに対抗するために、「今日一日を一生懸命生きる」という姿勢が提案されます。信念がもろいことを理解しつつも、それを求め、維持することが、過酷な苦しみを軽減し、生き続けるための道であると結論付けています。

    1. 結論とまとめ

    最終的に、筆者は「信念」や「信仰」が、苦しみや無力さを超えて生きるために必要不可欠であると強調します。それが「砂上の楼閣」であっても、日々一生懸命に取り組むことで、少しずつ苦しみを小さくすることができるというメッセージで締めくくられています。

    「砂上の楼閣としての信念」

     

     

     

    「星影のワルツ」

    「星影のワルツ」作品を読み、全体的に以下のような感想でした。

    総評

    この作品は、作者自身の父にまつわる思い出や人生観を感傷的に描いた非常に個人的で感情に訴えるエッセイです。日常的なエピソードを通して、父親の人生に潜む謎や葛藤を追想しながら、家族としての視点と第三者としての視点をうまく交錯させています。その中で、戦後の時代背景や人間関係の描写も含めて、一人の人間としての父を浮かび上がらせています。

    強み

    1. 深い感情的な洞察
      • 父の「星影のワルツ」に込めた感情や、若い頃の挫折と希望、家族での姿とのギャップを繊細に描写しており、読み手に父親像を鮮明に想像させます。
      • 「ドライフラワー」との比較により、世代間の恋愛観や表現の違いを際立たせている点が鋭い。
    2. 時代性の表現
      • 戦後の高度成長期の職場の雰囲気や人間関係が、現代と比較して具体的かつ生き生きと描かれており、ノスタルジックな感覚を引き出します。
    3. 読者に響くテーマ
      • 家族の記憶と人生の未解決の謎というテーマは、多くの読者に共感を呼ぶ普遍的な題材です。「知らない父」「写真に見える過去の輝き」といったテーマは、誰もが思い当たる部分を刺激します。

    特に印象に残った部分

    • 「星影のワルツ」の歌詞と父の姿を重ねた描写は、感情移入を引き起こす強い力があります。
    • 「50年後、孫の恋歌と一緒に批評されることになるとは夢にも思わなかったであろう」という文が、時間の流れの不思議さを思わせ、作品の締めくくりに深みを与えています。

    全体印象

    この作品は、家族の記憶や時代背景を通して、一人の父の人生を多角的に描き出した感動的なエッセイです。現在の形でも感動的であり、多くの読者の心に響く内容だと思います。

    「星影のワルツ」

     

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    砂上の楼閣としての信念「鴨長明」「柳田国男」「小林秀雄」個人思想の死生観について【人生の午後】 https://bali-chili.com/20230305/ https://bali-chili.com/20230305/#respond Sun, 05 Mar 2023 11:53:03 +0000 https://bali-chili.com/?p=16018 近年のことですが、以前から興味深く感じていた「人生の午後」という言葉が、最近より意味深く感じられるようになりました。恐らくユングの「人生の正午」がもとになり、後年の心理学者が使い始めた言葉なのかもしれません。人間は朝陽と伴に生まれ、人生の午前には肉体も社会性も成長します。「人生の午後」には死が意識されはじめ、人生の午前に形成された価値観だけでは対応できなくなる。やがて夕陽から日没に死が訪れる。夜は死んだあとの世界でしょうか。復活や輪廻など宗教的影響もあり、また次の朝生まれ変わる、こんなイメージかもしれません。

    小さいうちに死に関する強い体験をすれば、年齢に関係なく「人生の午後」に入ると思われます。多くの人は「生老病死」など家族や自身にそれらの危機が訪れ「死」を意識せざる得なくなるのは中高年からかもしれません。身近な家族や親戚が亡くなる体験を繰り返すからです。また成人病を家族や自身もわずらうようになる年齢です。私も単にそのような年齢に達したのかもしれません。自然災害や人為災害による劇的な死の経験はないのですが、戦争や大きな事件などの劇的な「死」がなくても、平和な時代であっても、いずれ訪れる家族の死や自身の死を避けることはできません。

    私はすでに50代中盤にさしかかっていますが、かつて実家で3世代6人で暮らしていました。昭和であり田舎であり親戚も皆元気であり、現在からはとても賑やかな時代であったと感じています。現在ではその6人家族の生き残りは私だけとなりました。自然災害や人為災害を体験したわけではないのですが、老齢と一般的な成人病において、親は平均寿命に近く兄弟は早目に亡くなりました。

    戦争や自然災害で劇的な突然の死がなくても、「人生の午後」は誰にでも遅かれ早かれ意識されるようです。当たり前の話ですが、生まれたときから家族の人数は減っていきます。家族より自身の死のほうが早ければ「一人だけ生き残った」という感覚をもたないで済みます。しかし自分以外の家族がやがて誰かが一人生き残り、やはりその家族は消滅します。平和な平時の世の中であっても、誰にでも「人生の午後」はやってくるようです。

    自分が結婚してできた、いわば新しい家族も同様です。幸いにも大きな病気や事故もなく済んでいます。進学もあり仕事もあり新しい家族もバラバラに暮らすようになりました。進学ができたり、仕事につけたりであり、幸運なことの連続であり感謝しなければなりません。しかし、もう少しで一人暮らしになることも現実です。新し家族も幸運であり大過なく過ごせても、いずれ一人となり消滅することでしょう。どのようにしても訪れる現実なので絶望を感じるまえに、願わくば自分自身のことは、まずは「もののあわれ」として感じられたらいいなと思っています。

    さらには最近では、20年経営していた会社を事実上の廃業としました。コロナ禍の影響もありますが、ちょうどいい機会とも思えました。賑やかかなときは大勢のスタッフとたくさんのお客様に恵まれました。これもまた感謝しかありません。しかし会社の撤退戦の仕事をしていると思い出しますが、大人数で仕事をしていると、人間関係の問題やストレスが増えるのも事実です。とても仕事が忙しい時期がながくなると「早く仕事を辞めたい」と繰り返し思っていました。忙しいときは辛く重い疲労の連続なので、それはそれで「人生の午前」の苦しみとも思えます。しかし仕事の責任がなくなると負荷もなくなりますが、生活の多くの時間を費やした仕事がなくなるということは大変なことでもあります。最大の問題は一緒に仕事をする仲間(共同体)がなくなることだと感じました。

    ゆっくりと「人生の午後」に突入したことは感じていましたが、最近になると、①昔の家族②現在の家族③仕事場など、身近な共同体が全部なくなったことを実感しています。この3つの身近な共同体の全盛期には、忙しく責任があり心配しストレスから「一人でゆっくりしたい」といつも思っていました。賑やかなときは、昔の家族、今の家族、仕事場など、身近な人間とその関係者だけでも、身近な共同体として多くの人間関係を持つことができました。最近になり共同体の身近な人間関係がほとんどいなくなりました。それならそれで新しい共同体への参加も考えています。しかし誰であっても同様であると思われますが、身近な家族や共同体喪失のタイミングには「人生の午後」にあり、夕陽や日没を意識するときかもしれません。

     

    ■⑴ ステージ4の「スキルス胃がん」が発覚して、32歳の若さで亡くなったみどりさん。医師から病名が告げられたとき、双子の娘「もっちゃん」「こっちゃん」はまだ4歳でした。がんと診断され最期をむかえるまでに、夫の「こうめいさん」ら家族は何をどう選択したのか、双子の娘に残した2冊のノートはどのようにして書かれるに至ったのか。
    32歳がんで逝った母親が双子娘に遺した生き様

     

    ■⑵ 力なく泣いている母が、胸に奏さんを抱いていた。「奏ちゃん、冷たいんだ、冷たいんだ……」伸一さんは、目の前の現実をのみ込めなかった。聞くと、母は濁流にのみ込まれた直後に、気を失っていた。津波が引いた後、がれきになった家の中で孫を見つけたという。泥にまみれた体を抱きしめると、「ほっぺにチュー」をせがんだ娘は氷のように冷たく、髪からは砂がぼろぼろとこぼれ出た。「俺のせいだ。俺が学校から家に連れ戻しさえしなければ……」家の中で花さんを見つけ、壁を壊して引っ張り出すと、人を笑わせるのが好きで、いつもほほえんでいた顔は泥だらけだった。「ごめんな。お父ちゃんがついていながら」。夜、保育所の2階で冷たくなった2人の娘を抱きながら、うなり続けた。
    「生きる意味」を探して 津波で3人の子を失った夫婦の12年 

     

    ■⑶[ノンフィクション]産み育ててもらい50年間、実家の最後の家族である母。過去一年に渡り検査や治療や介護にたずさわり、ここで2つの選択を迫られる、①胃婁で延命に期待②胃婁せずやわらかい確実な餓死、どちらかだ。これに関し胃婁派や反胃婁派(延命治療推進派と反延命治療派)は、さまざまな議論を展開している。しかし本人の意思を聞いているなら胃婁しない方がよい、で進めるのが当然だが、数週間後に、私は「胃婁をしない」という決断が鈍っていた。論理的には、いくつもの展開で「胃婁をするべきではない」ことはわかっていた。であるなら、もうすぐ食事ができくなる現実に、水や点滴だけで、命を止める、決断がどうしてもできなくなっていた。理屈ではもっと、延命治療をしない方向と準備を進めるべきであったが、理論や論理ではなく、ただどうしても「自分の意識的決断によって母の命を止めること」が、感情的にできなくなっていた。
    混乱期でもない、平和な社会にありながら、それでも人間は、問題に直面し、ショックを受け、悲しみ、苦しみ、絶望を繰り返す。

     

    ■⑷ 随筆『方丈記』 ついには笠を着て、足を隠し包み、立派な姿をした者、ひたすらに食料を求めて、家々を乞い歩く。途方(とほう)に暮れてさ迷いながら、歩くかと見ていれば、たちまちに倒れ伏せる。築地(ついじ)[屋根付きの土塀]にもたれ、あるいは道ばたに飢え死んだ者たちの、数さえ分からないくらいである。取り捨てる方法も知らないので、腐敗した死臭は世に満ちあふれ、死人(しびと)の朽ちてゆく姿、そのありさま、目もあてられないことばかり。まして、賀茂(かも)の河原などには、馬や車の行き交う道さえないほど、遺体があふれている。

    憐れみを催すようなこともあった。離れられない妻、夫を持った者は、より愛情の深いものの方が、かならず先だって死んでしまう。その理由は、みずからは次にして、愛おしく思うあまりに、たまたま得た食べ物さえも、相手に譲るからである。そうであるならば、親子の間柄にある者は、定められた事として、親こそ先に亡くなるのだった。それなのに、母の命の尽きたことも知らず、あどけない子供の、なお乳を吸いながら、そのうえに伏せていることさえあった……

    死者の数を知ろうとして、四月から五月にわたって数えたところ、みやこのうち、一条大路よりは南、九条大路よりは北、京極(きょうごく)大路よりは西、朱雀(すざく)大路よりは東の、道に横たわる頭(かしら)、あわせて四万二千三百あまりにもなったという。まして、その前後に死んだものも多く、また、賀茂の河原、郊外の白河、みやこの右京[朱雀大路の西側、平安京は左右が同等に発展せず、右京は荒廃していた]、さまざまな辺地などを加えて言えば、際限もないくらい。いったいどうして、そのうえ、七道諸国について語ることなど出来ようか。

    鴨長明『方丈記』現代語訳 より

    【古典朗読】鴨長明「方丈記」現代語訳(ユーチューブ)

     

    ■⑸[明治期の実話1] 今では記憶している者が、私の外には一人もあるまい。三十年あまり前、世間のひどく不景気であった年に、西美濃みのの山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞まさかりで斫きり殺したことがあった。女房はとくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情であったか、同じ歳くらいの小娘を貰もらってきて、山の炭焼小屋で一緒に育てていた。その子たちの名前はもう私も忘れてしまった。何としても炭は売れず、何度里さとへ降りても、いつも一合の米も手に入らなかった。最後の日にも空手からてで戻ってきて、飢えきっている小さい者の顔を見るのがつらさに、すっと小屋の奥へ入って昼寝をしてしまった。眼がさめて見ると、小屋の口一ぱいに夕日がさしていた。秋の末の事であったという。二人の子供がその日当りのところにしゃがんで、頻しきりに何かしているので、傍へ行って見たら一生懸命に仕事に使う大きな斧おのを磨といでいた。阿爺おとう、これでわしたちを殺してくれといったそうである。そうして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向あおむけに寝たそうである。それを見るとくらくらとして、前後の考えもなく二人の首を打ち落してしまった。それで自分は死ぬことができなくて、やがて捕えられて牢ろうに入れられた。この親爺おやじがもう六十近くなってから、特赦を受けて世の中へ出てきたのである。そうしてそれからどうなったか、すぐにまた分らなくなってしまった。私は仔細しさいあってただ一度、この一件書類を読んで見たことがあるが、今はすでにあの偉大なる人間苦の記録も、どこかの長持ながもちの底で蝕むしばみ朽ちつつあるであろう。

    [明治期の実話2] また同じ頃、美濃とは遙かに隔たった九州の或る町の囚獄に、謀殺罪で十二年の刑に服していた三十あまりの女性が、同じような悲しい運命のもとに活いきていた。ある山奥の村に生まれ、男を持ったが親たちが許さぬので逃げた。子供ができて後に生活が苦しくなり、恥を忍んで郷里に還かえってみると、身寄りの者は知らぬうちに死んでいて、笑い嘲あざける人ばかり多かった。すごすごと再び浮世に出て行こうとしたが、男の方は病身者で、とても働ける見込みはなかった。大きな滝の上の小路を、親子三人で通るときに、もう死のうじゃないかと、三人の身体を、帯で一つに縛りつけて、高い樹きの隙間すきまから、淵を目がけて飛びこんだ。数時間ののちに、女房が自然と正気に復かえった時には、夫おっとも死ねなかったものとみえて、濡ぬれた衣服で岸に上って、傍の老樹の枝に首を吊つって自ら縊くびれており、赤ん坊は滝壺たきつぼの上の梢こずえに引懸ひっかかって死んでいたという話である。こうして女一人だけが、意味もなしに生き残ってしまった。死ぬ考えもない子を殺したから謀殺で、それでも十二年までの宥恕ゆうじょがあったのである。このあわれな女も牢を出てから、すでに年久しく消息が絶えている。多分はどこかの村の隅すみに、まだ抜ぬけ殻がらのような存在を続けていることであろう。

    『山の人生』柳田国男より

    柳田国男 『山の人生』ユーチューブ

     

    ■⑹ [多くの実話からの戦争文学]そのとき、体がすうっとすきとおって、空にすいこまれていくのが分かりました。 一面の空の色。 ちいちゃんは、空色の花ばたけの中に立っていました。見回しても、見回しても、花ばたけ。 「きっと、ここ、空の上よ。」と、ちいちゃんは思いました。「ああ、あたし、おなかがすいて軽くなったから、ういたのね。」 そのとき、むこうから、お父さんとお母さんとお兄ちゃんが、わらいながら歩いてくるのが見えました。「なあんだ。みんな、こんな所にいたから、来なかったのね。ちいちゃんは、きらきらわらいだしました。 わらいながら、花ばたけの中を走りだしました。夏のはじめのある朝、 こうして、小さな女の子の命が、空にきえました。

    「ちいちゃんのかげおくり」 あまんきみこ作

     

    ■※理性では受け止めることも説明することも難しい現実におこる出来事。意味付ができない不条理な「死」の体験、現在多くの日本人は納得できる腑に落ちそうな説明ができそうにありません。近代社会において「死」そのものの位置や意味がより不明瞭になっているからかもしれません。それでは信仰を失い、共同体を失った、多くの近代社会に生きる人間は「人生の午後」に身近に迫る「死」をどのように受け止めるべきでしょうか?受け止められるわけがありません。不条理、恐怖、不安、不幸、ニヒリズム、ナンセンスなどネガティブな意識を際限なく繰り返すしかありません。この問題を理性的に合理的にまじめに真剣に考えれば考えるほど自意識からの答えは定まらない。それどころか、さらに不安や恐怖や理不尽さは増していきます。

    ■※小林秀雄は『山の人生』『遠野物語』など柳田国男の作品から「信仰」や「信念」について言及しています。信仰(神や天や悟り)は恩寵にによって授かる。「信念」なら迷うことからしか生まれない。よって現代人で信仰がない知識人は迷うしかないはず。しかし戦後の知識人には信仰も迷いもなく要するに「信念」がない。迷うことなく理性や論理で世界や社会をもっともらしく説明しようとしているが、直観的に腑に落ちるものがないのは「信念」がないからである。戦後知識人を批判しているように思われます。

    「信念」は「砂上の楼閣」であるという側面があるかもしれません。「砂上の楼閣」と分かったうえで信念を構築するには、迷いを繰り返し疑い苦しんで、創成や瓦解や再構築や修繕を繰り返すしかない。「信念」は理論や論理や科学だけでは形成されない。最終的に腑に落ちる直観的感情である。少なくとも自身の「死」の意味を直観的に覚悟している必要がある。との内容であると解釈しています。

    人間の「信仰や信念」は「砂上の楼閣」のようにもろい。もろいからこそ、毎日祈ったり、毎日精神や自意識を確認しなければならないのかもしれません。「信念」が崩れそうになれば修復も必要となる。しかし一人ではどうしても崩れそうになり、不安や絶望へ向かってしまうことが多い。すなわち「信仰や信念」の基盤は共同体(他者)である。親身な人間(他者)による信仰や信念の相互認識が必要となる。

    理性や合理主義の理論や論理のみでは個人も社会もうまくいくはずがない。恩寵による不確実性は悩ましいこととも思えるが、「信仰や信念」を受け入れようとするなら、恩寵を待ち望み、かつ疑いや迷いや創成や瓦解や再構築が必要と思える。信念の形成は自己判断であり直観的な感情が腑に落ちているか否かだけかもしれません。一度悟ったと確信する瞬間があったとしても永続するとは限りません(涅槃に定住できないので永続しない)よって「信仰や信念」は砂上の楼閣である。しかしながら、近代人であり理性や合理や個人を重んじるなら、同時に信仰や信念なしでは絶望へ向うしかない。恩寵や感情を伴わない「信念」はただの言葉の塊である。小林秀雄はイデオロギーと距離を置いてきたので個人思想として観ました。しかし個人思想の「信念」であっても一定数に浸透すれば社会を動かすのは明らかです。

     

    ■※【⑵「生きる意味」を探して 津波で3人の子を失った夫婦の12年】東日本大震災の遠藤さんご夫婦の体験。過酷な家族の「死」を体験せざる得なかった。最初に直面した際に「状況がつかめなかった」とあり、自身の家族喪失の体験を思い起こしました。

    私の50年間お世話になった母が重病から看取りの瞬間を思いだしました。死亡した瞬間の数字と虫の息の呼吸が無くなった瞬間。「状況がつかめなかった」数年も前から余命を理解していたのにも関わらず、亡くなった瞬間には全く状況が理解不能になりました。腰が抜けるというような感覚、ショックから力がぬけ立っていられない感覚。「腰が抜ける」という表現は実際に存在する現象だということを、自分の体験ではじめて知りました。

    頭が真っ白になるとはこのことでした。医師から「もう時間がない数時間以内に亡くなる可能性が高い」と知らされてから数時間程度で亡くなりましたが、その数時間の過酷な「母の死」への道程が、その後数ヶ月フラッシュバックしました。「母の死=自身の死=現在の家族の死」ともイメージしてしまう。世界(人類)の終焉の瞬間でも同じ意識かもしれないと、その後思い起こしました。病室で母と2人だけであり、「脈拍(心拍)」「血圧」がどんどん変化するにつれて、呼吸が荒くなったり、虫の息となり、やがて突然完全にストップしました。遠藤伸一さんが「保育所の2階で冷たくなった2人の娘を抱きながら、うなり続けた」と記事にありました。看取りのときのショックや動転や深刻な苦しみが蘇りました。

    私は数年前から必死の思いで対応し、数ヶ月前からは地獄のような気持ちでした。それでも絶対あきらめないという理性的な精神はあとに自身を徹底的に追い詰めることに繋がりました。伸一さんの学校から必死の判断で家に連れて帰ったことが裏目となり「俺が子供を殺した」という一生消えない苦しみそのものの後悔。私は母の胃婁手術判断で自分の判断で、結果として母に苦しい思いをさせてしまったと後日判断しています。自分のミスを永久に忘れることはないと感じました。

    周囲から「当時の状況から仕方がなかった」と言及されても、結果として家族に味合わせてしまった苦しみから後悔を一生忘れることはないと確信しました。数年前から、数ヶ月前から、数時間前から「死」のカウントダウンされることも、突然に発生する「死」も、どちらも過酷であり理性で整理することはできないと思われます。

    永久とも思えるほど長い時間、苦しみから眠りが浅くなる、また悪夢の苦しみが繰り返される 。それでも「砂上の楼閣」のような希望を求め、今日一日一生懸命することのみを考える 。今日一日一生懸命何とか子頑張ろうと自分を奮い起こし自分に鞭打つ。「生きる意味を求めて」それは 「砂上の楼閣 」。砂上の楼閣であることが、薄々わかりつつ生きる意味のため、今日一日なんとか生きるために、今日一日なんとか一生懸命になれるために 必死に何かに打ち込むしかない 。

    ショックと深刻な苦しみの中、苦しみを回避するために、今日一日の一生懸命になれるものを探す。今日一日だけかけられるものを探す。 なんとか今日一日 だけ取り組もう、 今日一日だけ生きてみよう。 今日一日だけの意味を探そう。 今日一日の「砂上の楼閣」 それが生きる意味のすべて、それが信仰でありそれが信念。砂上の楼閣のような信念であると理解しつつ、それでも「砂上の楼閣」を探さなければ生きていない。

    遠藤さんの家具つくりは、まさに「砂上の楼閣」とわかったうえで、なお「生きる意味」をなんとかみつけるための「信念」ではないか。それも今日一日だけ、生きるために信念としてなんとか探さなければいけない信念である。なんとか生きるため、なんとか苦しみを回避するために、今日だけはなんとか、何かに、仕事に意識を集中しなけば、「命」が掛かっている仕事なのである。

    仕事の「責任や集中や過酷さや負荷や疲労」が過酷な精神的苦痛を若干小さくしてくれるからである。あまりに過酷で大きな悩みや苦しみには、何とか一生懸命にとりくめる小さな苦しみである仕事こそ、苦しみからの回避となる。これが「生きる意味」の正体であろう。生きる意味に根拠はいらない。一生懸命に無我夢中でとりくめる仕事が適している。

    過酷で大きい苦しみを、働いている間だけ、懸命に取り組むことによって苦しみが小さくなる。その後の疲労からも苦しみが小さくなる。それでも過酷な苦しみが繰り返し蘇る。数年、数十年と過酷な苦しみは縮小していく。過酷な苦しみは永久に続かない。しかし大きい苦しみの中にあるときは、永久に苦しむという幻想も加わり死ぬしかないとも考える。しかし大きな苦しみは永続しない。信仰や信念は過酷な苦しみの最中では無力に思えてしまうこともある。

    しかしながら「砂上の楼閣のような信念」であっても、大きな苦しみを、いずれ、小さくする「力」をもっている。それが「信仰であり信念」である。「人生の午前」には必要を感じなかったが、「人生の午後」には「信仰や信念」の発見や構築や修復や強靭化を必要とする。誰もが死を身近に感じ、死を目の前にして、「生きる意味」を見失うからだ。

    砂上の楼閣かもしれないと感じても「信仰や信念」を探し求めることしか、過酷な苦しみを回避する方法はない。よって「人生の午後」には「信仰や信念」が必要となる。大きな苦しみの直後には、生きる意味を求めて、必死に一生懸命に取り組めるものが必要である。恩寵をもって寺で修行できるならそれは救いであり、反対に恩寵がさずけられなければ「生きる意味」のために、今日一日だけ一心不乱に、覚悟をもって一生懸命になれる仕事を根拠なしに探し求めるしかない。

    家猫であっても、周囲に危機があってもなくても、自ら危機を感じパトロールする。一定の緊張や負荷や疲労がないと、ゆっくりねむれないのだろう。周囲に危機がまったくないときでも。「砂上の楼閣」のような人間の信念のようなものかもしれない。猫の信念のほうが迷いなくドン・キホーテ(ドストエフスキー解釈の)のように自らを奮い立たたせ闘っているように観える。しかし猫は信念ではなく、もともと備わっている本能から一生懸命パトロールしている。人間より迷いなく闘うことができる本能に「信念」がすでに組み込まれているのかもしれない。(吾輩は猫になりたい)

     

    ■※柳田国男『山の人生』最初の二話において刑期に恩赦を受けた二人は獄中も恩赦後も、あきらに十字架を背負い苦しみながら生きたであろう。しかし、私たちも「人生の午後」にあって、まったく同質の迷いや苦しみを経験するのではないか?平時であろうと戦時であろうと、過酷な運命の人生も、平穏な人生であっても、「人生の午後」には、死を意識し、絶望し不安となり、信念や信仰も限定的であり、誰もが後悔や不安を背負い、ドウッカを回避できず「人生の午後」には『山の人生』の実話の犯罪者と同質の絶望や苦しみを経験しなければならないのではないか。であるなら人間にとって「信仰や信念」がなければ生きては行けないのではないか。「信仰や信念」が欠落していれば「人生の午後」は地獄そのものとなろう。

     

    ■※『ちいちゃんのかげおくり』信仰が見当たらず信念もすべて消滅する。戦時中の空襲前日まで、生きていたときに家族や共同体や信仰や信念もあった。しかし突然、家族と共同体が消滅し信仰も信念も消滅する。全く救いが存在しないディストピアである。この作品を読んだ人間は「この世界にはリアルにディストピアが存在する」ことを知る。「もののあわれ」を適応できない気分となる。「信念」のための迷いさえ存在できない。戦時中には「批評や文学や思想」が無力化されるのかもしれない。「無常」以外はすべて無力化されてしまう。信仰や信念が存在できない「無常」であるが、読者の一部には戦時中の体験としてリアルに感じる人もいるのかもしれない。救いのないネガティブな無常観しか感じられない。「人生の午後」には、計り知れない深淵の闇や苦しみが隠されているが、誰も表現しようとしていないのかもしれない。「人生の午後」には、このような意識を感じることが繰り返し訪れるのかもしれない。「無常」と「静寂」のみが有効であり「瞑想」より他に回避できる場所が存在しない。「人生の午後」の日没(夕陽)に近い時間帯では、誰もが「ちいちゃん」の最期を共有することになるのかもしれない。「人生の午前」からはディストピアに観えてしまうだけで、日没(夕陽)の時間には何を感じるのだろう。ちいちゃんの最期の瞬間には家族に再会できた「歓喜の意識」であったことのみが救いと感じた。しかし作品の「静寂観」を回避できるものではない。「無常」にも、豊かな「無常」と救いのない「無常」など異質なものを感じる。前者は「もののあわれ」と感じられるが、後者は「虚無」としか感じられない。理性や批評は「虚無」と理解しますが、お釈迦様は「虚無」も煩悩であると明言した。また、多彩な日本の信仰や信念は「虚無」さえも「もののあわれ」として受け入れる。

     

    ■※私が生きる意味に迷ったとき、「砂上の楼閣」とわかりつつ、根拠もなく、今日だけは夕方まで一生懸命やってみる。と意識を意識して自分を奮い立たせることがある。生きられなくなってしまう前に。「生きる意味とは砂上の楼閣のような信念」かもしれない。『方丈記』には信仰の悟りをもとめるが、悟りもときに迷いを回避できず、最終章では「南無阿弥陀仏」と言葉にするが、迷いをはらえず悟りも中途半端であるところでエッセイを終了させている。お釈迦さまは「人生は苦しみである」と明言している。そして悟りに至ったと思ってもドウッカを回避することはできないが、その苦しみを小さくすることはできると提案する。それが悟りであるとする。信仰や悟りにおいて、この世にありながら涅槃や天国に定住できるわけではなく、それらの理想は方向である。すなわち人間は死ぬまで迷い苦しむものである。信仰や信念は「人生は苦しみである」覚悟を引き受けることである。「信仰や信念」によって迷いや苦しみはある程度小さくすることもできる。(なくすことはできない)

    『方丈記』
    [冒頭]

    ゆく河の流れは絶えることなく、しかも、もとの水ではない。そのよどみ[流れずに留まっているところ]に浮かぶ泡沫(うたかた)[泡沫。水上の泡のこと]は、あるいは消え、あるいは結びつき、久しく留ったためしはない。世の中に生きる人と住みかも、またそのようなものだ。

     玉を敷き詰めたような都(みやこ)のうちに、棟(むね)を並べ、軒(のき)を争うような、高貴なもの、貧しきものの住まいは、世の移り変わりにも、尽きることはないが、それが真実(しんじつ)かと尋ねれば、昔からある家は稀(まれ)である。ある家は去年焼けて、今年造り直す。あるいは大きな屋敷も、小家へと移(うつ)り変わる。住む人もこれに同じ。場所も変わらず、人も多く見えるが、かつて顔を見合わせた人は、二三十人がうちに、わずかにひとりふたりしかいない。朝(あした)に死に、夕べに生まれる人の営みは、ただ水の泡沫(あわ)にこそ似たものであろうか。

     知るものはいない。生まれ死ぬ人、どこから来て、どこへと去ってゆくのか。そう、知るものはいないのだ。つかの間のこの世の住まい、誰のためにかこころを悩ませ、何をたよりに見た目をよろこび誇るのか。あるじと住みかとが、互いに無常を競い合うさまは、まるで朝顔の露と変わらないものを……

     たとえば、露はしたたり落ち、花はなお残る。残ったとしても、朝日を浴びては枯れてしまう。あるいは、花はしぼんで、露はなお消えない。消えないとしても、夕べを待つことなど出来ないものを……

    ※別訳【などと考えてみると どこから来て どこへ行くかという問いに対して、答え得るものは どこにもあるものではなく、人はどこから来てどこへ行くかは 永遠に解くを得ない謎であって人々はこの謎の中に生まれ そうして死していくのである。水に浮かぶ泡が 結び かつ消えるように、かくはかなく 解くを得ない運命を を歩まなくてはならない人々はまたこの世において 何を楽しみ 何を苦しんで生きているのであろう。泡のごとくに消えなくてはならない わずかの人生の中で、どんな仕事に面白みを見いだし また どんなことで苦しんでいるのか。多くの人々の答えを求めたとすれば 各種各様に答えが出て、決してひとつのものにはならず 結局何を苦しみ、何を楽しんでいるのか また 何をなすべきかなどということも、一つの永遠に解きえない謎になって しまうのである

    [末尾]

    このような迷いごころ[つまり『方丈記』などと銘打って執筆してしまったようなその心]の果てに、ついに狂ってしまったのだろうか……その時、心はさらには答えなかった。そうであるならば……今はただ、答えない心のかたわらに、つかの間の舌のちからを借りて、心のあずかり知らない南無阿弥陀仏を、三べんほど唱えて、この暁(あかつき)の随筆を、静かに終わりにしようか。※別訳【煩悩があまりにも強かったがために、心が狂ったのであったか などと「自分がどうして悟れなかった」と 自問自答しても、何の答えも与えられなかった。それでただ 口舌の力を借り「南無阿弥陀仏」と、二三度、仏の恩名を唱えて その加護をお祈りするまでである】

     

    砂上の楼閣としての信念「鴨長明」「柳田国男」「小林秀雄」個人思想の死生観について【人生の午後】あとがき

    「柔らかいナショナリズムの誕生」日本を再び戦場とさせないために

     

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    疫病・恐慌・戦争・革命・飢餓・未知なる世界に突入

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    「カール・マルクス」「フョードル・ドストエフスキー」「ジョルジュ・バタイユ」危機の時代に蘇る思想【柔らかいナショナリズムの誕生】 https://bali-chili.com/20230226/ https://bali-chili.com/20230226/#respond Thu, 16 Feb 2023 02:30:55 +0000 https://bali-chili.com/?p=15958 ■※中世から近世に入るとルネサンスや宗教改革から国民国家が成立した。歴史的に最も大きなダイナミズムを人類や世界に与えた産業革命や市民革命がヨーロッパに広がり、近代が加速し始めたのは19世紀と思われる。近代のさまざまな問題が爆発したのが19世紀のヨーロッパであった。マルクス、ドストエフスキー、ニーチェ、フロイト、ウェーバーなど、近代問題が爆発しはじめた時代に誕生した思想。19世紀、20世紀、21世紀の近代思潮の重要古典としての価値がさらに高まっている。19世紀から「資本」や「国家」は維持され21世紀にはさらに強靭化している。よって19世紀と20世紀に起きた近代的人為災害や政治・経済危機が増幅され繰り返される時代が21世紀と思われる。19世紀の時代背景(近代がはじまり急浸透する時代)によって巨人になるべくしてなった思想家と考えられる。

    20世紀前半の疫病から世界恐慌と2つの世界大戦を意識せざる得ない。「21世紀の人類の危機」に突入した蓋然性が高い。危機の時代には危機の思想が必要と思われる。『柔らかいナショナリズムの誕生』において、学者や批評家など多くの思想家の言葉を紹介した。今回は【カール・マルクス】【フョードル・ドストエフスキー】【ジョルジュ・バタイユ】危機の時代に再定義・再解釈から21世紀に蘇る思想家の基本説明を試みた。危機の時代にあって、より深刻に意味を深めざるえない思想である。

    「マルクス」「ドストエフスキー」「ニーチェ」は約200年前の同時期に誕生しています。他にも19世紀にはフロイトやウェーバーなどの思想を輩出しています。「柔らかいナショナリズムの誕生」からピックアップしたのは「マルクス」「ドストエフスキー」「バタイユ」です。バタイユは120年前ほどに誕生した(1897年誕生)少し新しめの思想家です。ナショナリズムは社会思想の領域が大きいと思われます。主にマルクスは社会思想に影響を与え、ドストエフスキーは『地下室の手記』以降の傑作作品がより社会思想に影響すると思われます。

    「バタイユ」はニーチェから大きな影響を受けており重要部を共有しています。バタイユの思想は個人思想とも社会思想ともイメージできますが、重要な社会思想へ影響を与える共同体や経済への考察から、少し時代は違いますがバタイユを取り上げました。資本主義を根底から批判した「マルクス経済」と「バタイユ経済」は21世紀に重要古典として再定義されるに違いありません。

    個人的直観でしかありませんが、19世紀の源泉思想が21世紀に再定義され、より重要な古典となるのかもしれません。「マルクス」「ドストエフスキー」「バタイユ」は「柔らかいナショナリズムの誕生」への誘導コンテンツとして考えたため、かなり雑な調べものや適当でない編集部分も含まれます。なんとなくこんなイメージである程度でかつ寛大な気持ちで観てください。個人的な見解は※印がついています。

     

    ※歴史は残酷な悲劇をゆっくりと確実に繰り返す。人々は残酷な悲劇が発生した後のみに、突然、目覚め正気に戻る。悲劇が発生する前に目覚めることはありません。人類の長い歴史が証明しています。

     

    【マルクス『資本論』について】

    マルクスの「資本論」は、資本主義の仕組み、その矛盾、および変革の可能性を分析した政治経済学の全 3 巻の著作です。1867 年に出版された第 1 巻は資本主義的生産のプロセスに焦点を当て、1885 年に出版された第 2 巻は商品の流通と交換のプロセスを調べています。死後 1894 年に出版された第 3 巻では、資本主義の蓄積、危機、および信用と金融の役割の全体的なダイナミクスを扱っています。

    マルクスの分析の中心にあるのは労働価値理論であり、商品の価値は、その生産に必要な社会的に必要な労働時間の量によって決定されると仮定しています。マルクスは、資本主義の下では、労働力の価値、つまり労働者が商品を生産する能力は、それ自体が他の商品と同様に市場で売買される商品であり、同じ需要と供給の法則に従うと主張しています。マルクスによれば、労働者に支払われる賃金は、労働者が生産する価値の一部に過ぎず、生産された商品の価値と支払われた賃金の価値との差である剰余価値は、資本家階級によって利益として割り当てられます。

    マルクスは、資本主義は本質的に不安定であり、資本の有機的構成、つまり一定の資本 (機械、原材料など) の比率が増加する結果、利益率が時間の経過とともに低下する傾向があるため、危機に陥りやすいと主張しています。 可変資本 (賃金) に。これにより、剰余価値の割合が低下し、システム全体の収益性が低下する傾向があり、定期的な経済危機と社会的混乱の可能性につながります。

    マルクスはまた、労働者の搾取、コミュニティや文化の破壊、自然環境の劣化など、資本主義的生産の社会的および環境的コストを強調しています。彼は、これらの問題の解決策は社会主義経済の確立にあり、そこでは生産手段が労働者によって所有および管理され、剰余価値が私用されるのではなく、社会全体の利益のために使用されると主張しています。少数の支配階級によって。

    全体として、マルクスの「資本論」は、資本主義の内部の仕組み、歴史的発展、および変革の可能性を説明しようとする、資本主義に対する包括的な批判です。それは批判的な社会理論の基礎となるテキストであり続け、経済学、政治学、社会学、哲学を含む幅広い分野に大きな影響を与えてきました。

    『余剰価値について』

    マルクスの剰余価値の理論は、彼の資本主義批判の重要な構成要素であり、資本主義は労働者を搾取し、資本家の手中に富を蓄積すると主張しています。 以下は、マルクスの剰余価値論の詳細な説明です。

    労働力と価値

    マルクスは、商品の価値はそれを生産するのに必要な労働の量によって決まると主張しました。 ただし、他とは一線を画す商品が 1 つあります。それは労働力です。 労働力とは、商品を生産する労働者の能力であり、他の商品と同様に労働市場で売買されます。

    資本家は一定時間、通常は 1 日 8 時間、労働者から労働力を購入し、その見返りとして、労働者は資本家のために商品を生産します。 労働力の価値は、労働者の健康と働く能力を維持するために必要な食料、衣類、住居などの生活手段のコストによって決定されます。

    余剰価値

    マルクスによれば、労働者の労働力には使用価値と交換価値がある。 労働力の使用価値は商品を生産する能力であり、その交換価値は労働者に支払われる賃金です。

    労働者の生計手段を生産するために必要な労働時間の量は、必要な労働時間として知られています。 しかし、資本家は労働者に必要な労働時間だけではなく、丸一日の労働に対しても賃金を支払います。 労働者の労働力の価値と、一日の労働で生産される商品の価値との差は、剰余価値として知られています。

    剰余価値は資本家の利益の源泉です。 マルクスは、資本主義の特徴は労働者の搾取であり、労働者は生産する商品の価値よりも低い賃金しか支払われていないと主張しています。 資本家が労働者から引き出した剰余価値は、資本家の利益の源泉です。

    搾取と疎外

    マルクスは、剰余価値の生産は労働者の搾取につながり、彼らが生産する製品からの疎外感を生み出すと主張しています。 労働者は生産手段を所有していないため、自分の仕事をコントロールできません。 彼らは、生産手段と彼らの労働から生み出される剰余価値を支配する資本家のために働かざるを得ない。

    さらに、労働者は自分が生産する製品を所有していないため、製品から疎外されています。 資本家は、生産物と労働者の労働から生み出された剰余価値を所有しています。 製品は市場で販売される商品となり、労働者は労働以外には何の関係もありません。

    結論として、マルクスの剰余価値理論は、資本主義がどのように労働者を搾取し、資本家の手に富を蓄積するかを説明しています。 労働者の労働力は労働市場で売買される商品であり、彼らの労働から生み出される剰余価値は資本家の利益の源泉です。 この搾取は、労働者を自分の仕事、生産する製品、そして最終的には自分自身の人間性から疎外することにつながります。

    『資本の蓄積』

    マルクスは、資本の蓄積が資本主義的生産の原動力であると主張しています。 資本家は利益の一部を生産プロセスに再投資し、より多くの生産手段を購入し、より多くの労働者を雇用して、労働者から引き出せる余剰価値の量を増やします。 このプロセスは、生産手段を支配する少数の資本家の手に富と権力が集中することにつながります。

    しかし、マルクスはまた、このプロセスは過剰生産と過剰生産の危機につながるため、長期的には持続可能ではないと主張しています. 資本家がより多くの資本を蓄積するにつれて、彼らはより多くの商品を生産しますが、労働者は生産されたすべての商品を購入するのに十分な購買力を持っていません。 これにより、市場に商品が余剰となり、価格と利益が低下し、最終的には過剰生産の危機に陥ります。

    プリミティブ累積

    マルクスは、資本の蓄積は自然的または中立的なプロセスではなく、原始的蓄積の歴史的プロセスに基づいていると主張しています。 原始的蓄積とは、資本家が農民の没収と共有地の占有を通じて生産手段を支配するプロセスを指します。

    このプロセスはしばしば暴力的であり、農民を彼らの生計手段から引き離し、資本家の工場で賃金のために働くことを強制するために武力を行使することを含んでいました. 原始的な蓄積には、アフリカ人の奴隷化と、世界の他の地域の植民地化も含まれ、資本主義的生産に原材料と新しい市場を提供しました。

    階級闘争

    マルクスは、資本の蓄積は円滑で平和的なプロセスではなく、むしろ資本家と労働者の間の階級闘争を伴うと主張している. 資本家は労働者からできるだけ多くの剰余価値を引き出そうとしますが、労働者は賃金を上げて労働条件を改善しようとします。

    マルクスは、階級闘争は究極的には政治的闘争であり、労働者は資本家の力に挑戦するために政治的勢力を組織しなければならないと主張している. この政治的闘争が必要なのは、資本家によって支配されている国家が、法律を施行し、資本家に利益をもたらす生産の社会的関係を維持するために利用されているからです。

    結論として、資本の蓄積に関するマルクスの理論は、資本主義がどのようにして富と権力を少数の資本家の手に集中させるのか、そしてこのプロセスが原始的蓄積の歴史的プロセスにどのように基づいているのかを説明しています。 しかし、マルクスは、このプロセスは長期的には持続可能ではなく、過剰生産の危機につながるとも主張しています。 さらに、マルクスは、資本の蓄積は自然的または中立的なプロセスではなく、資本家と労働者の間の階級闘争を伴い、労働者は資本家の力に挑戦するために政治的勢力を組織しなければならないと主張している。

    『フェティシズム論』

    マルクスのフェティシズムの理論は、資本主義の下で人々の間の社会的関係が事物または商品の間の関係として表現される方法を指します。 この理論は、資本主義に対するマルクスの批判の重要な側面であり、資本主義がどのように機能するか、そして資本家と労働者の間に存在する搾取関係を理解することがしばしば難しい理由を説明するのに役立ちます。

    マルクスは、資本主義の下では、人々の間の社会的関係は、物や商品の間の関係の形をとると主張しています. 言い換えれば、人々は、直接的な社会的関係を通じてではなく、市場での商品の交換を通じて互いに関係しています。 商品の価値は、その生産に投入される社会的に必要な労働時間の量によって決定されますが、この価値は交換プロセスによって不明瞭になり、商品が固有の価値を持っているように見えます。

    マルクスによれば、これは商品のフェティシゼーションにつながり、実際の使用価値や生産に費やされた労働力では説明できない神秘的または魔法のような品質を持っていると見なされます。 この商品崇拝は資本主義システムによって強化され、人々は商品を人間の労働の産物としてではなく、富と社会的地位の源と見なすようになっています。

    資本のフェティシズム

    商品のフェティシズムに加えて、マルクスは資本主義が資本そのものをフェティシズム化すると主張する。 資本は、資本主義社会における富と権力の源と見なされており、目的を達成するための手段としてではなく、それ自体が目的として扱われることがよくあります。

    マルクスは、この資本のフェティシゼーションは、資本家が利益を増やし、より多くの資本を蓄積するために、労働者の福利と環境を喜んで犠牲にする状況につながると主張しています。 利益の追求が資本主義的生産の背後にある唯一の原動力となり、社会や環境への影響などの他の考慮事項は無視されるか、最小限に抑えられます。

    フェティシズムへの批判

    マルクスのフェティシズムの理論は、資本主義社会が人と資本主義の下で起こる搾取との間の社会的関係の本質をあいまいにする方法に対する批判です。 商品と資本を崇拝することによって、資本主義は資本家と労働者の間に存在する搾取関係を覆い隠し、人々が彼らの社会関係の本質を見ることを困難にします。

    マルクスは、このフェティシズムを克服し、より公正で公平な社会を創造するためには、資本主義の下に存在する搾取的な関係を明らかにし、社会関係が相互の協力と尊重に基づく社会に向けて取り組む必要があると主張しています。 商品の交換と利益の追求について。

     

    以下ウィキペディア『資本論』から

    『商品と貨幣』

    マルクスは、巨大な資本主義経済を構成する、最も単純でありふれた要素である商品の分析から出発する。冒頭でマルクスはいう。「資本主義的生産様式が支配している社会の富は、巨大な商品集合体として、個々の商品はその富の要素形態として現われる。だから、私は、商品の分析から叙述を開始する。」

    商品は、人間の欲望をみたす使用価値(近代経済学で言うところの効用の対象となるもの)と、他のものとの交換比率であらわされる交換価値(発展した貨幣表現としては価格)をもつ。等価関係におかれた二商品は、なぜ価値が等しいと言えるのか。使用価値が等しいからではない。なぜなら使用価値が異なるからこそ交換の意味があるからである。では商品から使用価値を取り去ると何が残るか。それは、商品とは、自然物になんらかの人間の労働が付け加わった労働生産物である、ということだけである。二つの商品が等価であるというとき、その商品の生産に費やされた労働の量が等しい。しかもこの労働は、シャツや綿布といった具体的な使用価値を形成するような、裁縫労働や織布労働といった具体性のある労働(具体的有用労働)ではない。労働の具体性をはぎとられた抽象的な労働、単なる人間の能力の支出としての抽象的人間労働、そのような労働の生産物として二つの商品は等しいとされる。抽象的人間労働の凝固物、これが価値の実体である。価値の量すなわち抽象的人間労働の量は、基本的には労働時間によってはかられ、その際に労働の強度や労働の複雑さが考慮される。

    さらに、価値量を規定する労働時間は、その商品を生産するのに必要な個別的、偶然的な労働時間ではなく、社会的に必要とされる平均的労働時間である。たとえば、ある社会に、1日8時間労働で1着のシャツをつくる商品生産者Aと、1日8時間労働で7着のシャツをつくる商品生産者Bがいるとすれば、社会全体としては16時間労働で8着のシャツが生産され、平均すれば、1着あたりに2時間労働が費やされていることになる。商品生産者Aが手にするのは2時間労働分の価値、商品生産者Bが手にするのは14時間労働分の価値である。したがってよく誤解されるように、怠け者が得をするわけではない。

    商品の価値は、その商品の生産に費やされる社会的に平均的な労働量によって決まる。これがマルクスが、アダム・スミスやリカードから受け継ぎ発展させた労働価値説のあらましである。

    しかし、商品は自らの価値を自分だけで表現することはできない。ある商品の価値量は、他の商品の使用価値量によって表現される。これが貨幣の起源である。商品社会で、ある一つの商品の使用価値量によって他のすべての商品の価値量を表現することが社会的合意となった場合、その特殊な商品が貨幣となるのである。貨幣商品の代表が金(gold)であり、その使用価値量、すなわち重量が貨幣の単位となった。

    また、商品の価値を貨幣で表現したものが価格である。ある商品の価格は需要供給の変動により、価値と離れて変動するが、価値はこの価格変動の重心に存在し、長期的平均的には、商品が含む労働量によって、価値によって価格は規定される。

    商品や貨幣は、資本を説明するための論理的前提である。一般の商品流通は、自分の所有する商品と相手のもつ商品との間の、貨幣を媒介とした交換の過程であり、商品-貨幣-商品である。この流通は「買うために売る」、つまり欲しい商品を手に入れ、その使用価値を消費することによって終わる。これに対して、資本としての貨幣の流通は「売るために買う」、…貨幣-商品-貨幣… である。この流通の目的は価値、しかも、より多くの価値を得ることであり、資本としての貨幣の流通は終わることのない無限の過程である。資本とは「自己増殖する価値」であり、これが最初の資本概念である。資本を理解するためには、価値とは何か、貨幣とはなにか、商品とはなにかが理論的に明らかにされている必要があったために、資本概念の前に商品、貨幣、価値などの概念が説明されていたわけである。

    『貨幣の資本への転化、剰余価値の生産』

    では、資本はどのようにして価値増殖し、儲けを得るのか。その答えは、自ら価値を生産する特殊な商品すなわち労働力商品を所有する、賃金労働者からの搾取によってである。

    機械などの生産手段や貨幣がそのまま資本になるのではない。ある歴史的条件の下で「資本」に転化する。その決定的な条件とは、生産手段を所有するブルジョアジー(資本家階級=生産手段の所有者)と、封建的身分からも生産手段の所有からも自由となった、労働力商品以外に売るべき商品を何ももたない賃金労働者の存在である。マルクスは産業革命当時のイギリスでよく見られたラッダイト運動を機械などの「物質的な生産手段」ではなく、この「社会的な搾取形態」を攻撃すべきだと批判した。

    資本(その人格化としての資本家)は、労働者から労働力商品を購買する。労働者はその対価として、賃金を受け取る。賃金は労働力商品の価格である。労働力商品の価値はその再生産のために必要な費用、すなわち労働者と家族の生活費によって決まる。労働力商品の使用価値は、労働して価値を生み出すこと、しかも資本家にとっての使用価値は、賃金を超える価値を生み出すことである。賃金を超えて労働者が生み出した価値が「剰余価値」であり、資本家がこれを取得する。——これがマルクスが明らかにした搾取(労働者が生み出した価値-賃金=剰余価値)の秘密であり、資本の儲けの秘密である。たとえば日当1万円の労働者が2万円分の価値を生み出すなら、差し引き1万円分の剰余価値が資本家のものとなる。逆に言えば、剰余価値をうまない労働者、自分の賃金以上の価値を生み出さないような労働者は、資本にとっては購入する必要も動機もない。

    資本は使用価値を消費する目的のために生産を行うのではなく、無限の剰余価値(対象化された不払労働)の追求、すなわち「もうけ」のために生産を行う。したがって、例えばいくら飢餓が生じ、食糧の生産が必要であっても、もうけが生じなければ資本は生産はしない。逆に兵器など社会にとって有害なものでも、もうけが出れば資本は生産する。マルクスはこのことを『資本論』の中で、「まず第一に資本主義的生産過程の推進的な動機であり規定的な目的であるのは、資本のできるだけ大きな自己増殖、すなわちできるだけ大きい剰余価値生産、したがって資本家による労働力のできるだけ大きな搾取である」と書いた。

    『資本の蓄積』

    賃金労働者を搾取して資本が得た剰余価値は、資本家の所有するところとなる。資本家はこれを全て消費することも可能だが、「資本の人格化」としての資本家は個人的消費を節約して、剰余価値を再び資本に転化し、資本蓄積がおこなわれる(剰余価値の資本への転化)。ここから資本家の「禁欲」の結果、富が蓄積されるという社会的意識が生じ、禁欲を善とするプロテスタンティズムが資本主義の精神となる(マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』)。

    資本の蓄積の過程は、ますます多くの賃金労働者が資本に包摂されることであり、資本-賃労働関係の拡大再生産である。歴史的にヨーロッパでは、羊毛生産のために封建領主が農民を土地から追い出す囲い込みによって、農村から駆逐された農民が、産業都市に移住しプロレタリアートに転化した。資本主義の初期に現れる、国家の暴力を利用したプロレタリアートの創出を本源的蓄積という。

    また、相対的剰余価値生産に伴う生産力の増大は、剰余価値から転化される資本について、不変資本(生産手段購入に投じられた資本)に対する可変資本(労働力購入に投じられた資本)の比率を相対的に小さくしていく(資本の有機的構成の高度化)。こうして賃金労働者のますます多くの一定部分が、相対的過剰人口(失業者や半失業者)に転化する。資本主義的生産のもとでは、一方で資本家の側には富が蓄積され、他方で賃金労働者の側には貧困が蓄積されていく。これをマルクスは「資本蓄積の敵対」と呼び生産関係の観点からこの現象を分析した自著の『哲学の貧困』第2章第1節を引用している。

    資本蓄積の発展に伴って、生産は次第に集積し、自由競争は独占へと転化する。賃金労働者によって担われる生産の社会化が進む一方で、依然として富の取得は資本家に委ねられて私的なままであり、資本と賃労働の間の矛盾はますます大きくなる。この矛盾が資本主義の「弔いの鐘」となる、とマルクスは第1部を結ぶ。

    第1部では、剰余価値が生産過程において賃金労働者からの搾取によって生み出されていることを示した。剰余価値は利潤、利子、地代の本質、実体であり、利潤、利子、地代は剰余価値の現象形態である。

    ウィキペディア『資本論』

     

    【カール・マルクスは資本主義国の修正にも影響力をもった】

    マルクスが資本主義の世界を改善したと主張するのは難しい。資本主義に対する彼の批判は主にその欠陥を明らかにし、社会主義システムに置き換えることを提唱することに焦点を当てていたからである。 しかし、マルクスの思想が資本主義の発展と社会との関係に大きな影響を与えたと言っても過言ではありません。

    資本主義の理解に対するマルクスの重要な貢献の 1 つは、資本主義の内部矛盾と危機への傾向の分析でした。マルクスは、労働力の搾取による資本主義の執拗な利益追求は、必然的に過剰生産、過小消費、景気後退につながると主張しました。資本主義に対するこの批判は、資本主義の最悪の行き過ぎを緩和することを目的とした、社会福祉プログラム、労働保護、およびその他の規制措置の開発に拍車をかけるのに役立ちました。

    さらに、マルクスが集団行動の重要性と生産過程における労働者の役割を強調したことは、労働組合やその他の形態の労働者組織の発展に拍車をかけるのに役立ちました。これらのグループは、より良い労働条件、より高い賃金、および労働者のためのその他の福利厚生を提唱することに尽力してきました。

    最後に、資本主義に対するマルクスの批判は、社会主義や共産主義などの代替経済モデルの発展にも影響を与えてきました。これらのシステムは実際には常に成功しているわけではありませんが、過剰な資本主義に重要なバランスをもたらし、経済力が少数のエリートの手に集中しないようにするのに役立ってきました。

    全体として、マルクスのアイデアは資本主義世界を直接的な意味で改善したわけではありませんが、資本主義社会の発展に大きな影響を与え、経済成長の利益が社会のすべてのメンバーの間でより公平に分配されるようにするのに役立ちました。

    政治理論 – カール・マルクス(ユーチューブ日本語閲覧可)Political Theory – Karl Marx

     

    【マルクスとヘーゲル】

    カール・マルクスとゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリッヒ・ヘーゲルの関係は、マルクスのヘーゲル哲学への関与と批判の両方を反映した複雑なものです。マルクスはヘーゲル思想の影響を強く受けており、特にヘーゲルは歴史的発展の重要性と弁証法的変化の理論を強調していた。

    同時に、マルクスはヘーゲルの理想主義哲学に対する独自の唯物論的批判を発展させ、歴史的変化の真の推進力は思想や文化ではなく、経済的および社会的構造にあると主張した。

    ヘーゲルの哲学は、歴史の重要性と人間社会の発展を強調しました。彼は、世界は絶えず変化し進化しており、人間社会の進歩は対立する勢力の対立と解決によって推進されると信じていました。

    マルクスはこの考えに基づいて、社会の経済的および社会的条件を歴史的変化の原動力と見なした独自の歴史的唯物論を発展させました。マルクスは、ヘーゲル哲学の理想主義的概念ではなく、異なる社会階級間の闘争と生産様式の変化が歴史的発展の主要な原動力であると主張した。

    マルクスのヘーゲル批判は、抽象的な考えや文化的価値ではなく、社会の物質的条件に焦点を当てた唯物論哲学を開発するというより広範なプロジェクトの一部でした。マルクスは、社会の経済的および社会的構造を人間の行動と経験の基本的な基盤と見なし、これらの構造が人間の生活を形成する方法を理解しようとしました。

    ヘーゲルの理想主義に対するマルクスの批判にもかかわらず、マルクスの思想に対するヘーゲルの哲学の影響を過小評価することはできません。マルクスが社会的および経済的システムの分析に採用した弁証法的方法は、ヘーゲル自身の弁証法的変化の理論に大きく依存しています。さらに、ヘーゲルの哲学とのマルクスの関与は、人間社会の形成における歴史と歴史的発展の重要性についての彼自身の理解を形成するのに役立ちました。

    多くの点で、マルクスとヘーゲルの関係は、時間の経過に伴う哲学的思考の進行中の進化を反映しています。思想家は、世界についての新しい洞察と理解を発展させるために、それらのアイデアを構築し、それらのアイデアを批判することで、彼らの前に来た人々のアイデアと関わります。

     

    【マルクスとカント】

    カール・マルクスとイマヌエル・カントの関係は複雑で多面的なものであり、2 人の思想家は非常に異なる視点から哲学と社会の問題に取り組みました。

    一方では、カントはドイツの啓蒙主義の哲学者であり、理性の力と個人の自律性の重要性を信じていました。彼の作品は、普遍的な原則と道徳律の価値を強調し、すべての人がアクセスできる合理的な枠組みに自分の倫理理論を根付かせようとしました。

    一方、マルクスは、社会の物質的条件、特に経済システムが社会的不平等を生み出し、維持する方法に焦点を当てた社会経済理論家でした。彼の研究は、社会構造とシステムの重要性を強調し、さまざまな形態の経済的および政治的組織が人間の行動と経験をどのように形成したかを理解しようとしました。

    これらの違いにもかかわらず、カントとマルクスの間には重要な重複点があります。どちらも正義、平等、社会における個人の役割の問題に関心がありました。どちらも、道徳的および倫理的原則のより広い枠組みに理論を根付かせようとし、人間の行動を形成する上で理性と批判的思考が重要であると考えていました。

    カントとマルクスが重大な意見の相違を持っていた領域の 1 つは、人間の本質に関する彼らの見解でした。カントは、人間は基本的に合理的な存在であり、道徳的な決定を下し、正義と道徳の普遍的な原則を理解することができると信じていました. 一方、マルクスは、人間の行動は主に社会的および経済的構造によって決定される、個人は周囲の世界の状況によって形作られると考えました。

    これらの違いにもかかわらず、カントとマルクスの業績は哲学と社会理論に永続的な影響を与えてきました。彼らの考えは、世界中の学者や思想家によって研究され、議論され続けており、今日の世界を形成する複雑な社会、経済、哲学のシステムを理解しようとする人々にとって、彼らの研究はインスピレーションと洞察の源となっています。

    カール・マルクスと 階級闘争: クラッシュ コースの社会学(ユーチューブ日本語閲覧可)Karl Marx & Conflict Theory: Crash Course Sociology

     

    【マルクスとマックス・ウェーバー】

    カール マルクスとマックス ウェーバーは、19 世紀から 20 世紀初頭にかけて最も影響力のある思想家の 2 人であり、彼らの業績は社会、経済、政治の理論に大きな影響を与えてきました。多くの違いがあるにもかかわらず、2 人の思想家は多くの重要なアイデアを共有しており、彼らの仕事はしばしば比較対照されてきました。

    マルクスは、資本主義に対する批判と階級闘争についての彼の考えで最もよく知られています。彼は、社会は階級に分かれており、支配階級は富を蓄積して権力を維持するために労働者階級の労働を搾取していると信じていました。彼はまた、人間社会の究極の目標は、生産手段が労働者によって所有され、管理される階級のない社会の創造であるべきだと信じていました。

    一方、ウェーバーは、官僚主義、社会階層化、社会に対する宗教の影響についての彼の考えで最もよく知られています。彼は、官僚主義は組織の必要かつ効率的な形態であり、社会階層は富、権力、地位などの要因に基づいていると信じていました. 彼はまた、宗教が社会と社会的行動を形成する上で重要な役割を果たしていると信じていました。

    これらの違いにもかかわらず、マルクスとウェーバーの間には重要な重複点があります。両者とも、権力、権威、および個人と社会全体に対する経済および社会システムの影響の問題に関心を持っていました。どちらも、社会的および経済的関係を規制する国家の役割にも関心を持っていました。

    マルクスとウェーバーが特に重大な意見の相違を持っていた分野の 1 つは、宗教に関する見解でした。マルクスが宗教を「人々のアヘン」と表現したことは有名で、支配階級が労働者階級を誤った意識の状態に保つために宗教を利用したと主張しました。一方、ウェーバーは、宗教が社会的行動を形成する上で重要な役割を果たし、資本主義の発展における重要な要素であると信じていました。

    マルクスとウェーバーが大きな違いを持っ​​ていたもう 1 つの領域は、社会的階層化に関する彼らの見解でした。マルクスは、社会の階層化は主に経済的要因に基づいており、社会における不平等の主な要因は階級の分割であると考えていました。一方、ウェーバーは、社会階層は、富、権力、地位、名声などのさまざまな要因に基づいていると考えていました。

     

    【マルクスとフロイト】

    カール マルクスとジークムント フロイトは、19 世紀から 20 世紀初頭にかけて最も影響力のある思想家の 2 人であり、彼らの研究は社会、経済、心理学の理論に大きな影響を与えてきました。多くの違いがあるにもかかわらず、2 人の思想家は多くの重要なアイデアを共有しており、彼らの仕事はしばしば比較対照されてきました。

    マルクスは、資本主義に対する批判と階級闘争についての彼の考えで最もよく知られています。彼は、社会は階級に分かれており、支配階級は富を蓄積して権力を維持するために労働者階級の労働を搾取していると信じていました。彼はまた、人間社会の究極の目標は、生産手段が労働者によって所有され、管理される階級のない社会の創造であるべきだと信じていました。

    一方、フロイトは、精神分析の発展と人間の心に関する理論で最もよく知られています。彼は、心はイド、自我、超自我の 3 つの部分に分かれており、無意識の欲望と感情が人間の行動に強力な影響を与える可能性があると信じていました。彼はまた、幼児期の経験がその後の個人の心理的発達に大きな影響を与える可能性があると信じていました。

    これらの違いにもかかわらず、マルクスとフロイトの間には重要な重複点があります。どちらも、権力、権威、社会的および経済的システムが個人や社会全体に与える影響の問題に関心を持っていました。どちらも、人間が意識的な制御を超えた力によって影響を受ける方法にも興味を持っていました。

    マルクスとフロイトが特に重大な意見の相違を持っていた領域の 1 つは、社会における個人の役割に関する彼らの見解でした。マルクスは、個人は社会的および経済的環境によって基本的に形作られ、社会における不平等の主な原因は階級の分裂であると考えました。一方、フロイトは、個人にはある程度のエージェンシーがあり、社会的および経済的状況によって単純に決定されるものではない選択を行うことができると信じていました。

    マルクスとフロイトが大きな違いを持っ​​ていたもう 1 つの領域は、人間の欲望の性質に関する彼らの見解でした。マルクスは、人間の欲望は主に物質的な欲求によって引き起こされ、これらの欲求を満たすことが人間の幸福の鍵であると考えました。一方、フロイトは、人間の欲望はより複雑で多面的であり、無意識の欲望と感情が人間の行動に強力な影響を与える可能性があると信じていました。

     

    【マルクスとレヴィ=ストロース】

    カール・マルクスとクロード・レヴィ=ストロースの関係は、知的影響と批判的相違の両方の関係の 1 つです。マルクスは 19 世紀のドイツの哲学者であり経済学者であり、資本主義と階級闘争の理論で最もよく知られていますが、レヴィ ストロースは 20 世紀のフランスの人類学者で民族誌学者であり、構造主義の創設者の 1 人と見なされています。

    それぞれの理論の中心には、社会システムにおける構造とエージェンシーの関係に対する共通の関心があります。マルクスにとって、経済システムや階級関係などの社会構造は、人間の行動や経験を形成する上で中心的な役割を果たしますが、レヴィ=ストロースは、親族関係や文化的慣行などの構造を人間の社会組織の原動力と見なしました。

    これらの類似点にもかかわらず、2 人の思想家は、社会システムを理解するためのアプローチに大きな違いがありました。マルクスの分析は、下部構造の社会の経済基盤と、それが文化、政治、イデオロギーの上部構造を形成する方法に焦点を当てていました。彼は、資本主義を社会的不平等を生み出し維持するシステムと見なし、労働者階級は支配階級によって搾取されました。

    一方、レヴィ=ストロースは、文化を、社会生活に意味を与える一連の象徴的な構造と見なしていました。彼は、人間は周囲の世界を理解するために文化を創造し、文化的慣行は社会の秩序と構造の感覚を生み出す二項対立を中心に組織されていると信じていました.

    マルクスとレヴィ=ストロースは、社会構造を理解するためのアプローチが異なっていましたが、どちらも、その後の世代の社会理論家が権力、不平等、社会変化の問題にアプローチする方法を形作る上で大きな影響を与えました。

     

    【マルクスとカール・ポランニー】

    カール・ポランニーは、ハンガリーの経済史家および社会理論家であり、古典的なリベラル経済理論に対する批判と、経済システムとより広範な社会的および政治的構造との関係の探求で最もよく知られています。ポラニーの作品はマルクスとは独立して大部分が発展したが、彼らの視点の間には重要な重複領域がいくつかある。

    マルクスとポラニーが重なっている最も重要な分野の 1 つは、自己規制市場の考え方に対する共通の批判です。どちらの思想家も、社会的および政治的構造から独立して機能する市場という考えは危険な幻想であると主張しました。それは、社会と政治が経済的成果を形作る上で果たす基本的な役割を無視しているためです。マルクスにとって、これは階級間の闘争が歴史の原動力であることを意味しましたが、ポラニーにとっては、経済活動が常により広い社会的および政治的文脈に組み込まれていることを意味していました.

    マルクスとポラニーが重複するもう 1 つの領域は、経済的成果を形作る上での国家の重要性を強調していることです。マルクスは、国家を支配階級の道具と見なし、支配階級の権力を社会の残りの部分に対して維持するために使用しましたが、ポラニーは国家を、経済システムを形成し、社会を市場の力の有害な影響から保護する重要なアクターと見なしました。 .

    これらの重複領域にもかかわらず、マルクスとポラニーの視点の間には大きな違いもあります。たとえば、マルクスは歴史を形成する上で階級闘争が中心的な役割を果たしていることを強調しましたが、ポランニーは経済システムを、さまざまな制度や主体を含むより広範な社会構造に常に埋め込まれていると考えました。さらに、マルクスは主に産業資本主義の生産様式に焦点を当てていましたが、ポラニーの研究は経済システムとより広範な社会的および政治的構造との間の関係により広く焦点を当てていました。

    全体として、マルクスとポラニーの関係は複雑なものであり、時間の経過とともに進行している経済思想の進化を反映しています。経済システムと、より広範な社会的および政治的構造との関係に関する彼らの見解は広く似ていますが、彼らの研究が発展した歴史的および知的文脈の違いを反映して、重要な点で異なっています。

    マルクス資本論:疎外について(ユーチューブ日本語閲覧可)Fundamentals of Marx: Alienation

     

    【マルクスとエミール・デュルケーム】

    カール マルクスとエミール デュルケームは、19 世紀から 20 世紀初頭にかけて最も重要で影響力のある社会理論家の 2 人です。社会とその中での経済の役割に対する彼らの視点は多くの点で異なりますが、彼らの視点の間には重複と収束の重要な領域がいくつかあります。

    マルクスとデュルケームが重なっている領域の 1 つは、社会的および経済的成果を形作る上での分業の重要性を認識していることです。マルクスは、分業が労働者と所有者の間に不平等な力関係を生み出し、それが資本主義社会の機能に不可欠であったため、分業を搾取の源と見なしていました。一方、デュルケームは分業を社会的結束の源と見なし、社会のさまざまなメンバー間の相互依存を生み出し、社会の秩序と安定を維持するのに役立った。

    マルクスとデュルケームが重複するもう 1 つの領域は、社会的成果を形作る上での社会制度の重要性に対する彼らの認識です。マルクスにとって、国家やその他の社会制度は支配階級の道具であり、社会の残りの部分に対する権力と特権を維持するために使用されていました. デュルケームにとって、社会制度は社会の秩序と安定を維持するために必要であり、社会の機能の基本であると考えていました。

    これらの重複領域にもかかわらず、社会と経済に関するマルクスとデュルケームの視点の間には大きな違いもあります。マルクスは経済を歴史の原動力であり、社会的紛争の主要な場所と見なしていましたが、デュルケムは社会を単一の要素に還元することのできない複雑で相互接続されたシステムと見なしていました。さらに、マルクスは資本主義を深く批判し、それを根本的に搾取的なシステムと見なしていましたが、デュルケームは経済の役割についてより曖昧であり、それを社会における必要かつ積極的な力と見なしていました。

    全体として、マルクスとデュルケームは、社会の形成における経済と社会制度の役割について異なる見解を持っていましたが、社会的成果の形成におけるこれらの要因の重要性については認識を共有していました。

     

    【マルクス『資本論』に対する批判】

    マルクスの思想、特に彼の資本主義批判を批判するために使用されてきたいくつかの理論があります。 主な批判のいくつかを次に示します。

    オーストリア学派経済学: フリードリッヒ・ハイエクやルートヴィヒ・フォン・ミーゼスなどのオーストリア学派経済学者は、マルクスの考えの多く、特に労働価値理論と搾取の概念を否定しています。 彼らは、価値は主観的なものであり、価格は需要と供給の相互作用によって決まると主張しています。 彼らはまた、労働者は特定の賃金で働くかどうかを自由に選択できるため、資本主義の下で搾取されていないと主張して、マルクスの搾取の概念を拒否します。

    新古典派経済学: ミルトン フリードマンやゲイリー ベッカーなどの新古典派経済学者は、マルクスの資本主義批判を、人間の行動に関する誤った仮定に基づいているという理由で拒否しています。 彼らは、個人は自分自身の利益に基づいて選択を行う合理的なアクターであり、市場はリソースを割り当てるための効率的なメカニズムであると主張しています。 彼らはまた、資本主義が不平等につながるというマルクスの考えを拒否し、不平等は自由市場システムの必然的な結果であると主張している.

    ポストケインジアン経済学: ジョーン・ロビンソンやハイマン・ミンスキーなどのポストケインジアン経済学者も、マルクスの考え、特に経済危機に関する彼の理論を批判しています。 彼らは、経済危機は資本の過剰生産と過剰蓄積のみによって引き起こされるのではなく、金融の不安定性と不確実性の結果でもあると主張しています。 彼らはまた、マルクスの労働価値理論を否定し、価格は需要と供給の複雑な相互作用、市場支配力、制度的要因によって決定されると主張している。

    ポストモダニズム: ジャン・ボードリヤールやミシェル・フーコーなどのポストモダニストは、ポストモダン時代にはもはや受け入れられない歴史的進歩の壮大な物語に基づいているという理由で、マルクスのアイデアを拒否します. 彼らは、力関係は拡散して絶えず変化しており、社会現象を理解する上で階級や経済構造のカテゴリーはもはや関係がないと主張している.

    新制度経済学: ダグラス・ノースやオリバー・ウィリアムソンなどの新制度経済学者は、経済行動の形成における制度の役割を説明していないという理由で、マルクスの考えを拒否しています。 彼らは、法制度や社会規範などの制度が個人や組織の行動を決定する上で重要であり、経済的成果を形作る上で重要な役割を果たしていると主張しています。

    要約すると、マルクスの思想、特に彼の資本主義批判を批判するために使用されてきたいくつかの理論があります。 これらには、オーストリア学派経済学、新古典主義経済学、ポストケインジアン経済学、ポストモダニズム、および新しい制度経済学が含まれます。 これらの批判は議論の対象となり、それ自体が批判されてきましたが、マルクスの考えに対する視点の多様性と、経済および社会システムに関する現代の議論における彼の研究の継続的な関連性を浮き彫りにしています。

     

    【マルクスとフョードル・ドストエフスキー】

    どちらも 19 世紀に影響力を持った人物であり、彼らの思想や著作は今日に至るまで有効です。この 2 人の思想家にはいくつかの類似点がありますが、人間の本性と社会に対するアプローチや見方には大きな違いもあります。

    ドストエフスキーはロシアの小説家であり哲学者であり、理性の限界、人間性の暗い側面、無意味に見える世界での意味の探求などのテーマを探求しました。『罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』、『地下からのメモ』などの彼の作品は、深い心理的洞察と人間の状態の探求を特徴としていました。

    一方、マルクスはドイツの哲学者であり経済学者であり、資本主義に対する革命的な批判を展開し、社会主義の代替案を提唱しました。彼は、資本主義の根本的な矛盾が必然的にプロレタリア革命と階級のない社会の確立につながると信じていました。

    これらの違いにもかかわらず、ドストエフスキーとマルクスにはいくつかの類似点があります。どちらも個人と社会の関係に関心があり、現状に批判的でした。たとえば、ドストエフスキーは、彼の時代に台頭してきた合理主義に深く批判的であり、その中に一種の非人間化と、人間の経験の感情的および精神的側面の拒絶を見ました。同様に、マルクスは資本主義の搾取的で疎外的な性質に批判的であり、より公正で平等な社会を確立しようと努めた。

    ただし、2 人の思想家の間には大きな違いもあります。主な違いの 1 つは、人間の本性に対する見方です。ドストエフスキーは、人間は本質的に欠陥があり、不合理で暴力的になりがちであり、人生の意味と目的の探求は絶え間ない闘争であると信じていました. 一方、マルクスは、人間は基本的に合理的であり、その行動は社会的および経済的条件によって形作られると信じていました。

    ドストエフスキーとマルクスのもう一つの違いは、彼らの宗教観です。ドストエフスキーは非常に宗教的であり、キリスト教に人間生活の一種の道徳的および精神的基盤があると考えていました。一方、マルクスは宗教に対して非常に批判的でした。彼は宗教を、人々を物質的条件からそらす誤った意識の一形態と見なしていました。

    要約すると、ドストエフスキーとマルクスには、現状に対する批判と社会における個人への関心という点でいくつかの類似点がありますが、人間の本性、宗教、および個人の役割に対する見解にも大きな違いがあります。

     

    【ドストエフスキーとナショナリズム】

    フョードル・ドストエフスキーは、個人主義とナショナリズムの関係について多くの著作を残しました。彼は、健全な社会の発展には国民的アイデンティティの強い感覚が不可欠であると信じており、ロシアは世界史において特別な役割を果たしているユニークで特別な国であると考えていました。

    ドストエフスキーは情熱的な愛国者であり、ロシアには独自の精神的および文化的遺産があり、西洋の影響による脅威にさらされていると信じていました。彼は西洋の自由主義と個人主義をロシアのアイデンティティに対する脅威と見なし、ロシア人はこの脅威に抵抗するために独自の文化的および精神的価値を受け入れる必要があると信じていました。

    ドストエフスキーの最も有名な作品「カラマーゾフの兄弟」は、これらのテーマの多くを探求しています。この小説は、変化する世界で自分の居場所を見つけるのに苦労している登場人物を特徴としており、個人が人生の意味を見つけるには強い国民的アイデンティティが必要であるというドストエフスキーの信念を反映しています。 この小説は、ドストエフスキー自身の世界観の中心であった道徳と信仰のテーマも扱っています。

    ナショナリズムに関するドストエフスキーの考えは、当時のロシアで影響力があり、今日も研究と議論が続けられています。ドストエフスキーのナショナリズムは反動的で反近代的であると主張する批評家もいれば、文化的および政治的変化に直面して国家の独自のアイデンティティを維持しようとする積極的な試みと見なす批評家もいます.。ドストエフスキーの見解の解釈に関係なく、ドストエフスキーの作品はロシアの文学と哲学の伝統の重要な部分を占めています。

    ドストエフスキーはロシアスラブのナショナリズムの源泉として、亡国の危機を肌で感じ、作品を通じて抵抗運動を展開した。彼は理性主義の急進的革命や個人主義を否定し、人生の軽さを受け入れ、伝統的な共同体や信仰から現実的に可能な社会を暗示しました。彼は、善と悪の間の人類の進行中の闘争である『罪と罰』では、理性だけを信じることが人間同士の感情的なつながりをすべて破壊する世界を目の当たりにしています。 彼は、人間の存在を完全に説明することはできないと考え、受容と信頼を重視し、自己陶酔的な虚栄心の鎖から解放され、本当自由が可能になると信じていました。

    文学 – フョードル・ドストエフスキー(ユーチューブ日本語閲覧可)LITERATURE – Fyodor Dostoyevsky

     

    【ドストエフスキーと保守思想】

    フョードル ドストエフスキーは、しばしば保守的な思想と関連付けられています。彼は伝統、ヒエラルキー、精神的価値の重要性を信じており、これらの価値は社会秩序と個人の意味を維持するために不可欠であると考えていました。

    ドストエフスキーの保守主義は、​​彼がロシアの文化とアイデンティティの基盤と見なしたキリスト教信仰に根ざしていました。彼は、キリスト教の信仰が道徳と社会的結束の枠組みを提供すると信じており、ロシアを特別な精神的使命を持つユニークな国と見なしていました。

    ドストエフスキーは、啓蒙主義とそれが象徴する合理主義、個人主義、自由主義の価値観に深く批判的でした。彼は、これらの価値観を伝統的な社会的および道徳的秩序に対する脅威と見なし、それらがニヒリズム、無意味さ、および社会的衰退につながると信じていました。

    「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」などのドストエフスキーの最も有名な作品は、これらのテーマを深く掘り下げています。彼は、急速に変化する世界で道徳とアイデンティティの問題に苦しむ登場人物を描写し、個人の行動を導く上での精神的および道徳的価値の重要性を強調しています。

    ドストエフスキーの保守主義は、​​ロシアと西側の両方に影響を与えてきました。一部の批評家は、彼の見解を反動的で反近代的であると見なし、他の批評家は、文化的および政治的変化に直面して伝統的な価値観を維持しようとする積極的な試みと見なします. ドストエフスキーの保守主義の解釈に関係なく、彼の作品はロシアと世界の両方の知的伝統の重要な部分であり続けています.

    努力すればするほど悪化する – フョードル・ドストエフスキーの哲学(ユーチューブ日本語閲覧可)The Harder You Try, The Worse It Gets – The Philosophy of Fyodor Dostoevsky

     

    【ドストエフスキーとニーチェ】

    フョードル ドストエフスキーとフリードリッヒ ニーチェは、19 世紀の最も重要な知的人物の 2 人であり、彼らの思想は西洋の文化と思想に大きな影響を与えてきました。彼らの見解にはいくつかの類似点がありますが、重要な違いもあり、彼らの関係は複雑で、時には論争の的にもなりました。

    ドストエフスキーはロシアの小説家であり哲学者であり、理性の限界、人間性の暗い側面、無意味に見える世界での意味の探求などのテーマを探求しました。『罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』、『地下からのメモ』などの彼の作品は、深い心理的洞察と人間の状態の探求を特徴としていました。ドストエフスキーは非常に宗教的であり、キリスト教に人間生活の一種の道徳的および精神的基盤があると考えていました。

    一方、ニーチェはドイツの哲学者であり、伝統的な道徳と宗教を拒否し、過激な個人主義と一種の生命肯定哲学を支持しました。彼は、人間の最高の目標は、道徳や社会的慣習の外部基準を満たすことではなく、権力の追求と自分自身の可能性の実現であると信じていました. ニーチェは、人間の繁栄に有害な奴隷道徳の一形態としてキリスト教を批判しました。

    ドストエフスキーとニーチェは宗教と道徳について異なる見解を持っていましたが、人間の状態と人生の意味と目的の探求に対する関心を共有していました。ドストエフスキーの人間性の暗い側面の探求と、償還と超越のための闘争は、ニーチェの共感を呼んだ.ニーチェは、ドストエフスキーを、現状を拒絶し、新しい生き方を模索する仲間の旅行者のように見ていた. 同様に、ドストエフスキーは、人間の自由と創造性を阻害するものと見なしたニーチェの個人の強調と、伝統的な道徳と宗教に対する彼の批判に惹かれました。

    しかし、2人の思想家の間には大きな違いもありました。個人と権力の追求に対するニーチェの強調は、ドストエフスキーが人間生活の道徳的および精神的側面を強調することと相いれないものであり、ドストエフスキーは、伝統的な道徳を拒否することを、社会の崩壊につながるニヒリズムの一形態と見なした。さらに、ドストエフスキーのキリスト教信仰は、ニーチェが宗教を拒絶し、最高の権威としての個人を強調するニーチェと根本的に対立していた。

    結論として、ドストエフスキーとニーチェは、人間の状態と人生の意味と目的の探求についていくつかの懸念を共有しましたが、宗教、道徳、および個人の役割に対する彼らの見解は根本的に異なっていました。

    ニーチェ と ドストエフスキー: ニヒリズムの戦いは善か偉大か?(ユーチューブ日本語閲覧可)Nietzsche vs Dostoevsky: Should You Fight Nihilism with Goodness OR Greatness?

     

    【ドストエフスキーの大審問官問題】

    大審問官は、フョードル ドストエフスキーの小説「カラマーゾフの兄弟」のたとえ話であり、信仰、自由、権威の本質について根本的な疑問を投げかけています。物語の中で、キリストはスペインの異端審問の時代に地球に戻り、大審問官に認められて逮捕され、大審問官はキリストの教えと彼の使命に異議を唱えます。

    大審問官は、教会は人々の生活を管理する任務を引き受け、そうすることで彼らの自由を奪い、彼らを一致させることを目的とした規則と規制のシステムを彼らに課したと主張しています. 彼は、人々は自分の事柄を管理することができず、権威ある教会の指導を必要とするため、これは社会のより大きな利益のために必要であると主張している。

    審問官は続けて、キリストの愛と自由のメッセージは難解すぎて理解できず、従うには負担が大きすぎると示唆しています。代わりに、教会は、キリストのメッセージの単純化された、より扱いやすいバージョンを作成しました。これにより、人々は、真の信仰に伴う責任の全重を負うことなく、自分自身と神との関係について気分を良くすることができます。

    異端審問官は、キリストの再臨は破壊的であり、教会が確立しようと懸命に努力してきた微妙なバランスを崩す恐れがあると主張しています。彼は、キリストの愛と自由のメッセージは、教会の権威と社会の安定に対する脅威であると主張しています。異端審問官は、キリストを黙らせるべきだと結論付け、彼に取引を提案します。彼が沈黙を保ち、邪魔にならないようにすることに同意する場合、教会は秩序を維持し、安定した整然とした社会を提供し続けます。キリストが説教するために来た愛と自由のメッセージを裏切る。

    大審問官の問題は、社会における宗教と権威の役割、信仰と自由の関係について重要な問題を提起します。異端審問官の主張は、人々は自分自身の問題を管理する能力がなく、それらを維持するために権威ある教会の指導を必要とすることを示唆しています. 彼は、たとえそれがキリストのメッセージを裏切ることを意味するとしても、教会はその意志を人々に押し付ける権利を持っていると示唆しています。

    対照的に、キリストの愛と自由のメッセージは、人々が自分のことを自分で管理する能力があり、外部の権威の制約から解放され、自分の人生の道を選ぶ権利があることを示唆しています。彼は、真の信仰には、良い人生を送る責任を負い、それに伴う犠牲を払う意欲が必要であると主張しています。

    大審問官の問題は、権力と道徳の関係について、また世界に対する私たちの理解を形成する上での宗教の役割について、重要な倫理的問題を提起します。力と支配の追求が道徳的および精神的真理の追求と両立するかどうか、そして教会の権威がキリストが説教するために来られた愛と自由のメッセージと両立するかどうかを考えるよう私たちに挑戦します。

    カラマーゾフの兄弟の世界へのメッセージ(ユーチューブ日本語閲覧可)Brothers Karamazov-Dostoevsky’s Ultimate Message to the World

     

    【ドストエフスキー『罪と罰』について】

    フョードル・ドストエフスキーの「罪と罰」は、残忍な殺人を犯し、自分の行動の結果に取り組まなければならない若者の精神を掘り下げた小説です。この小説は 19 世紀のロシアを舞台に、道徳、罪悪感、贖罪、社会における個人の役割をテーマにしています。

    物語は、サンクトペテルブルクで貧困の中で生活している元学生である主人公のロディオン・ラスコルニコフに続きます。ラスコーリニコフは、彼が自分の目標を追求するために犯罪を犯す権利を持っている並外れた人物であるという考えに夢中になっています。この考えは、ドイツの哲学者フリードリッヒ・ニーチェの著作を読んだことに基づいています。フリードリッヒ・ニーチェは、社会のルールを破ることをいとわない個人は、通常の道徳を超越し、偉大さを達成できると主張しました。

    ラスコルニコフは、殺人を犯して自分の優位性を証明し、自分の理論をテストするという考えに固執するようになります。彼は、社会に何も貢献していない貪欲で利己的な人物と見なしている古い質屋、アリョーナ・イワノフナを殺すことにしました。彼は、質屋の富を使ってより大きなことを達成し、周囲の人々の生活を改善すると自分に言い聞かせることで、自分の行動を正当化します。

    殺人を犯した後、ラスコルニコフは罪悪感に悩まされ、感情的に解きほぐされ始めます。彼は自分の犯罪に悩まされ、捕まるのではないかと恐れ始めます。その間、探偵のポルフィリー・ペトロヴィッチが殺人事件の調査を開始し、ラスコルニコフを疑うようになります。プレッシャーが高まるにつれ、ラスコルニコフはますます不安が膨らみ不安定になります。

    小説が進むにつれて、ラスコーリニコフは自分の行動の結果に直面することを余儀なくされ、並外れた個人についての彼の理論に疑問を呈し始めます. 彼は、売春を強いられた若い女性のソーニャや、酔っ払った元公務員のマルメラドフなど、世界を新しい視点で見るのに役立つさまざまなキャラクターに出会います。

    小説を通して、ドストエフスキーは、個人と社会との間の緊張、そして道徳と倫理が私たちの行動を形成する上で果たす役割を探求しています. ラスコルニコフの並外れた個人の理論は、彼の行動が彼の周りの世界を改善したのではなく、むしろ害と苦しみを引き起こしたことを認識しているため、欠陥があることが示されています。

    この小説はまた、貧困と社会的不公正のテーマを掘り下げ、社会の周辺での生活を余儀なくされている人々の窮状を浮き彫りにしています。ドストエフスキーは、裕福で強力な人々が貧しく脆弱な人々を搾取し、本質的に不公平で抑圧的なシステムを生み出す世界を描いています。

    「罪と罰」の核となるのは、人間の本性と、自分の行動の結果にどう対処するかについての研究です。ドストエフスキーが登場人物の内面の混乱と感情的な苦悩を鮮やかに描写することで、この小説は人間の経験の強力で感動的な探求となっています。

    最終的に、ラスコルニコフは裁判にかけられますが、彼は深刻な変容を遂げる前とは違っていました。彼は世界を新しい視点で見るようになり、愛、思いやり、コミュニティの重要性を認識しています。小説は、ラスコーリニコフが人生を再建し始め、過去の行動の贖いを見つけ始めると、希望のメモで終わります。

    「罪と罰」はロシア文学の傑作であり、時代を超越した人間の状態の探求です。道徳、罪悪感、贖罪のテーマは世界中の読者の共感を呼んでおり、鮮やかな登場人物と心に残る散文は、歴史上最も永続的な文学作品の 1 つとしての地位を確立しています。

     

    【ドストエフスキーの『白痴』について】

    「白痴」は、フョードル ドストエフスキーによって書かれ、1869 年に出版された小説です。この小説は、愛、無実、道徳、償いのテーマを探求しています。てんかんの治療のためにスイスの療養所で数年間過ごした後、ロシアに戻ったレフ・ニコラエヴィチ・ミシュキン王子の物語です。

    ミシュキンは、彼の素朴さ、社会的に受け入れられない場合でも真実を話す傾向、そして彼の周りの世界の複雑な社会的ダイナミクスを理解できないことから、「馬鹿」として知られています. それにもかかわらず、彼は思いやりと共感の並外れた能力を持っているため、彼を知っている人に愛されています。

    小説が進むにつれて、ミシュキンは 2 人の女性との三角関係に巻き込まれます。裕福な家庭の若い女性であるアグラヤは、彼の無邪気さと純粋な心に魅了されています。ナスターシャ フィリポヴナは、問題を抱えた複雑な女性で、彼女との間で引き裂かれています。ミシュキンと彼女の暗い過去への愛。

    この小説は、ミシュキンが19世紀のロシア社会の複雑でしばしば危険な世界をナビゲートするのに苦労しながら、愛の性質と人間の状態を探ります. 小説の他の登場人物との交流を通じて、ドストエフスキーは道徳、信仰、人間の本質についての深い哲学的問題を掘り下げます。

    「白痴」の核心は、残酷で容赦のない世界で意味と目的を見つけるための闘いについての小説です。それは、大きな苦しみや逆境に直面しても、人間の精神と能力を探求するものです。

     

    ■※『白痴』批評

    ドストエフスキーが意識は病気であると言ったことは有名なので、1869 年に出版された白痴は、ドストエフスキーが彼自身の人生で経験したテーマと経験、つまり死刑、てんかん、そしてその深い善と無実を扱っているため、彼の最も個人的な小説と見なされています。 ドストエフスキーは生涯を通じて探し求めていました。 より深いレベルでは、ドストエフスキーは彼がもう少し素朴(鈍感)で無実であることを望んでいました。彼にとって、特定のアイデアに一度さらされると、見たものを見直すことは不可能です。 私たちは、物事を知ることの苦痛を麻痺させるために、アルコール、薬物、および多くの場合他のものを使用します。 この小説で最も壊滅的なことは、死があなたの終わりであるという認識です。はい、一度死んだらカプートに行きます。 あなたには何も残っていません。 魂が天国に飛ぶことはありません。 ドストエフスキーは生涯を通じてこの考えに取り組み、意識を病気と呼びました。 したがって、白痴は、苦しみに対する解毒剤を見つけようとする彼の試みです。

     

    「最も壊滅的なことは、死があなたの終わりであるという認識です。ドストエフスキーは生涯を通じてこの考えに取り組み、意識を病気と呼びました」

     

    ドストエフスキーの病気としてのミシュキン王子の「白痴」意識の見方は、人間の状態に関する彼のより深い哲学に根ざしており、人間の経験の基本としての思いやり、共感、愛の重要性を強調しています。小説では、ミシュキン王子は、他の人間、苦労している人や苦しんでいる人でさえも深いつながりを感じる、深く思いやりのある共感的な個人として描かれています。しかし、この共感には多大な苦痛と疎外感も伴います。なぜなら、ミシュキンは周囲の冷たく計算高い社会に完全に溶け込むことができないからです。

    ドストエフスキーは、人間の精神に存在するより深い緊張の反映として、思いやりと合理性の衝突を見て、ミシュキンの「白痴」意識の彼の描写は、この根本的な対立の探求として見ることができます。ドストエフスキーにとって、「白痴」意識は、理性、生産性、効率性を重視する現代社会によって抑圧されがちな、人間の精神の脆弱で自己破壊的な側面を表しています。この意味で、ドストエフスキーは、現代社会に多用される合理性は、深刻な疎外感と絶望感につながる病気の一種であると示唆しています。

    さらに、ドストエフスキーによるミシュキンの「白痴」意識の描写は、ミシュキンの思いやりと共感が自分自身の利益ではなく他者に向けられているため、個人主義と利己主義を強調する現代社会への批判と見なすこともできます。ドストエフスキーによれば、この自己利益の強調は、現代生活を特徴付ける多くの苦しみと疎外の根本原因です。

    全体として、ドストエフスキーが「意識を病気」として描写したことは、人間の精神の深い探求と、合理性と自己利益を重視する現代社会への批判を表しています。ドストエフスキーは、思いやり、共感、愛の重要性を強調することで、人間の精神の複雑さと矛盾を深く理解することに根ざした人間の状態のビジョンを提供し、現代世界に対する強力な批判を提供します。

    ミシュキン王子の引き立て役と見なされることが多いロゴジンの性格を調べる価値があります。ミシュキンは思いやりのある共感の理想を表していますが、ロゴジンは暴力的で破壊的な情熱の反対の極端を表しています。

    しかし、違いはあるものの、ロゴジンとミシュキンは、周囲の冷たく計算高い社会からの共通の疎外感によって最終的につながっています。どちらの登場人物も、理性と感情の相反する要求を自分自身の中で調和させることができないため、社会に完全に溶け込むことができません。

    さらに、この小説は精神的な贖いのテーマも探求しています。ミシュキンは、思いやりと共感を通じて周囲の人々を贖おうとするキリストのような人物として描かれています。しかし、この精神的な償還には多大な代償が伴います。ミシュキンは最終的に彼が償還しようとしている社会から拒絶されるからです。この拒絶は、個人主義の限界と、社会的つながりとコミュニティの重要性についての解説と見なすことができます。ミシュキンが社会に完全に溶け込めなかったのは、現代社会が個人主義と自己利益を重視していることを反映していると見なすことができ、それはしばしば思いやりと共感を犠牲にする。

    ドストエフスキーの「白痴」は、人間の精神と、理性と感情、個人主義と共同体、思いやりと利己心の間に存在する緊張を複雑かつ繊細に探究したものです。ドストエフスキーは、ミシュキン王子の「白痴」意識の描写を通じて、現代社会に対する強力な批判と、共感、愛、思いやりに根ざした人間の状態のビジョンを提唱しています。「意識」を、人間の精神の根底にあるこの緊張から生じる病気と見なしている。この病気は、人間の経験の感情的で不合理な側面が抑圧される社会となっている。

    この病気に対するドストエフスキーの解決策は、思いやり、共感、愛の重要性を人間の経験に不可欠なものとして強調することです。ドストエフスキーは、人間の精神のこれらの感情的で不合理な側面を受け入れることで、個人は現代生活の特徴である疎外感と絶望感を克服できると信じています。しかし、彼はまた、これが困難でしばしば痛みを伴う道であり、人間の精神内の緊張が常にある程度存在することも認識している。

    ドストエフスキーの『白痴』(ユーチューブ日本語閲覧可)Dostoevsky’s The Idiot

    ※「意識は病気」であり近代意識の病気が治療されない場合人為災害が増進する。戦争、革命、国家崩壊などの人為的な災害の主な原因は、信念と信仰の相対主義につながるコミュニティの崩壊であることを示唆しています。社会の個人がこの崩壊のために信仰と信念を失った場合、社会は意味のある死の概念を失う可能性があります. その結果、個人は、戦争や革命などで本当の死への欲求につながる可能性のある個人的な不安や不安を感じることがあります. したがって、戦争は国家、軍、またはメディアだけの責任ではなく、個人の意識によるものでもあります。現代社会は死の意味についての共通の信念を必要としており、それは信仰なしでは想像するのが難しいと主張しています. テキストはまた、相対主義と信念と信仰の崩壊が世界中で加速していることを示唆しています。

     

    【ドストエフスキーの『地下室の手記』について】

    「Notes from the Underground」としても知られる「Notes from Underground」は、1864 年に出版されたフョードル ドストエフスキーの中編小説です。実存主義文学の最初の作品の 1 つと考えられており、その心理的な深みと揺るぎない描写で知られています。人間の心理。

    小説は2つの部分に分かれています。最初の部分は、アンチヒーローであり、のけ者であり、元政府高官である無名のナレーターによるモノローグです。彼は社会の他の部分から離れて孤立して暮らし、疎外感、欲求不満、無力感の経験と感情を振り返ります。

    ナレーターの思考は、彼が属する社会に対する苦味と深い恨みによって特徴付けられます。彼は自分の意識に閉じ込められ、他人とつながることができず、絶望感と絶望感に満ちています。彼は、自由意志は幻想であり、すべての人間の行動は私たちの制御を超えた要因によって事前に決定されていると信じています。

    中編小説の第2部は、ナレーターが参加する社交的な集まりについて語っています。集会で、彼はリザという名前の売春婦に惹かれ、彼女との短い出会いが彼につかの間の償還と希望の感覚を与えます。

    「Notes from Underground」は、合理性と理性が人間の進歩の鍵であるという啓蒙思想への批判です。代わりに、小説は、人間の精神が非常に複雑であり、私たちの不合理な欲望と衝動が私たちの合理的な能力と同じくらい重要であることを示唆しています。

    ナレーターは、社会と世界に幻滅した実存主義のアンチヒーローの原型であるアンダーグラウンドマンの具現化です。彼は矛盾した人間であり、自分自身の意識の犠牲者であり、人生の意味や目的を見つけることができません。

    ドストエフスキーの「地下室の手記」における人間の精神の探求は、人間の状態の深遠で揺るぎない探求です。中編小説は、人間の経験の複雑さを力強く思い起こさせ、私たちの本質の最も深い側面を探求する文学の力を証明しています。

    地下室の手記- フョードル・ドストエフスキーの世界への警告(ユーチューブ日本語閲覧可)The Underground Man – Fyodor Dostoevsky’s Warning to The World

    【ドストエフスキー批評 其の一】

    ドストエフスキーとバフチンの関係は複雑であり、彼らの知的交流は多くの学術的議論と議論の対象となっています。しかし、彼らの相互作用から生まれる中心的なテーマの 1 つは、ポリフォニーの概念です。バフチンが理論化したポリフォニーは、1 つの物語で複数の声と視点を使用する文学技法であり、ドストエフスキーの作品の重要な特徴です。Bakhtin は、ポリフォニーは複数の意味と解釈を可能にし、人間の経験の豊かな多様性を捉える方法であると主張しました。

    「カラマーゾフの兄弟」や「罪と罰」などのドストエフスキーの小説は、複雑な道徳的および哲学的テーマの探求だけでなく、複数の声と視点の使用で知られています。バフチンは、根本的に異なる世界観を持つ登場人物に声を与えるドストエフスキーの能力と、相反する考えを探求する手段としての対話の使用に特に関心を持っていました。

    同様に、ポリフォニーに関するバフチンの考えは、ドストエフスキーの作品の影響を強く受けており、ドストエフスキーはそれらを、人間の経験の多様性を反映できる新しい種類の文学のモデルと見なしていました。バフチンは、ポリフォニーは作者、登場人物、読者の間に対話的な関係を生み出す方法であり、支配的な物語に挑戦し、解釈の新しい可能性を開く方法であると主張した。

    ドストエフスキーとバフチンの関係は、バフチンの思想がドストエフスキーの作品によって形作られ、ドストエフスキーが死後、バフチンの理論的枠組みの先駆者として認められたため、相互に影響を与えるものであった。それらはともに、文学や言語、文化、社会の関係についての私たちの考え方に大きな影響を与えてきました。

     

    【ドストエフスキーとジョルジュ・バタイユ】

    彼の作品には、当時の規範や価値観に挑戦する一種の道徳的および哲学的な転覆が見られました。バタイユは、ドストエフスキーが過剰、違反、合理性の限界などのテーマを探求する方法に興味を持ち、それが彼自身の懸念と共鳴しました。

    バタイユがドストエフスキーの作品で見つけた重要なテーマの 1 つは、貪欲、欲望、暴力など、人間性の暗い側面の探求でした。ドストエフスキーの登場人物は、しばしば道徳的に疑わしい行動やタブーな行動に従事しており、バタイユはこれに、従来の道徳の一種の拒絶と、人間の経験の限界を探求する意欲を見出した. バタイユは、人間性のこれらの暗い側面を探求することによって、ドストエフスキーは社会の根底にある緊張と矛盾を明らかにすることができたと信じていました。

    バタイユは、ドストエフスキーが合理性の限界を探求した方法にも興味を持っていました。ドストエフスキーの登場人物は、理性や論理がほとんど役に立たない状況に陥ることが多く、世界を理解するために直感や感情に頼らなければなりませんでした。バタイユは、これに彼自身の時代に蔓延していた合理主義の一種の拒絶を見て、人間の経験を完全に理解するためには理性の限界を認めることが重要であると信じていました。

    最後に、バタイユはドストエフスキーが意味の探求や人間の状態の本質などの実存的な問題を探求した方法に興味を持った.。ドストエフスキーの作品は、罪、償還、無意味に見える世界で目的を見つけるための闘いなどのテーマを扱っていることがよくあります。バタイユは、彼自身の懸念と共鳴するような実存的な切迫感をこの中に見出し、これらの問題を探求することによって、人間の経験をより深く理解することが可能であると信じていました。

    要約すると、バタイユとドストエフスキーとの関係は、人間性の暗黒面を探求し、合理性の限界に挑戦し、実存的な問題を探求する彼の能力に対する深い賞賛によって特徴付けられています。バタイユは、ドストエフスキーの作品に、彼の時代の規範と価値観に挑戦する一種の道徳的および哲学的転覆を見出し、ドストエフスキーの登場人物やテーマを自身の著作で頻繁に参照しました。

    「柔らかいナショナリズムの誕生」日本を再び戦場とさせないために

     

    【バタイユの哲学についての概説】

    フランスの哲学者、作家、文芸評論家であったジョルジュ バタイユの哲学。バタイユは自分は哲学者ではないと書いているが、代わりに、彼の哲学を逆説的で異端的な「反哲学」と表現している。ヘーゲルを基盤としているが、ニーチェの影響を受けた彼の哲学は、伝統的な哲学の歴史をかき乱し、その無意味または暗黙の真実に疑問を投げかけています。

    バタイユの哲学はマルクスと同根の唯物論的視点に根ざしていますが、フロイトのセクシュアリティ理論、デュルケムの社会学、モースの人類学の側面も取り入れています。彼はまた、すべての古い理想にとって危機となったサドからインスピレーションを得ました。

    バタイユの唯物論的ヘテロドックスは、世界を次の 2 つの力のセットであると見なしています。安定と結びつきの均質な力(仕事、お金、資本など)と、神聖で非生産的な出費、暴力、過剰、せん妄、狂気などの分離の異種の力。バタイユの哲学は、さまざまな分野の要素を取り入れた非伝統的な哲学へのアプローチであり、定義するのが困難です。

    また小説や詩や芸術領域などへの多領域への研究と批評から、バタイユは故意に体系性を回避し自身の哲学的や思想を社会に浸透しにくいような戦略を取っています。個別の価値は後世の批評家や学者が来世紀にでもつけてくれるだろうと考えていたと思われます。文学作品だけでなく、人類学、哲学、経済学、社会学、美術史からも構成されています。

    彼は書くこと自体を決して目的とは考えていませんが、彼の物語、小説、哲学的エッセイ、評論を通して、彼のさまざまな経験と魅力を証明するための手段として考えています。彼の時代の知識と偉大なイデオロギー、哲学、人類学の議論の交差点で、彼の作品は文学的であり哲学的であり、複数の、異質な、限界的であり、ラベルを付けることから故意に逃れています。

    ジョルジュ・バタイユ – 犠牲、呪われた部分、そして基本物質主義のグノーシス主義 Georges Bataille – Sacrifice, the Accursed Share and the Gnosticism of Base Materialism

     

    【バタイユ『呪われた部分』について】

    「呪われた部分」は、ボリューム I: 消費、ボリューム II: エロティシズムの歴史、およびボリューム III: 主権で構成されます。 この作品の主題は政治経済学です。 バタイユは、ほとんどの経済理論の「制限された」経済的視点とは異なるものとして、彼が「一般経済」と呼ぶ新しい経済理論を提示しています。

    バタイユの消費理論によれば、呪われた部分とは、あらゆる経済の過剰で回復不可能な部分であり、芸術、非生殖的セクシュアリティ、眼鏡や豪華なモニュメントで、贅沢にそして故意に利益を得ずに費やされなければならないか、または 現代ではほとんどの場合戦争であり、以前の時代では破壊的で破滅的な寄付や犠牲の行為として、しかし常に支配的なシステムを脅かす方法で。

    「過剰な」エネルギーの概念は、バタイユの考え方の中心です。 バタイユの探究は、生命の基本的な化学反応によって生み出される太陽エネルギーや余剰エネルギーの放出から始まる過剰なエネルギーを有機体の規範として捉えています。 言い換えれば、バタイユの一般経済における有機体は、古典的経済の合理的なアクターとは異なり、通常、利用可能なエネルギーの「過剰」を持っています。 この余分なエネルギーは、有機体の成長のために生産的に使用することも、贅沢に消費することもできます。 バタイユは、生物の成長または拡大は常に限界に達し、不可能になると主張しています。 このエネルギーの浪費は「贅沢」です。 ラグジュアリーが社会において果たす形態と役割は、その社会の特徴です。 「呪われた部分」とは、無駄になる運命にあるこの過剰を指します。

    理論の定式化にとって決定的に重要だったのは、ポトラッチ現象に関するバタイユの反省でした。 社会学者のマルセル・モースの『贈り物』(1925 年)や、哲学者フリードリヒ・ニーチェの『道徳の系譜について』(1887 年)の影響を受けている。

    第 1 巻では、バタイユは理論を紹介し、一般経済の機能の歴史的な例を提供します。アステカ社会における人身御供、チベットのラマ教の修道院制度、マーシャル プラン、その他多数です。 第2巻と第3巻では、バタイユは議論をそれぞれエロチシズムと主権にまで広げている。

     

    【バタイユとヘーゲル】

    ジョルジュ バタイユ (1897-1962) は、ドイツの哲学者 GWF ヘーゲル (1770-1831) の影響を強く受けたフランスの哲学者、作家、文芸評論家でした。バタイユは、ヘーゲルの弁証法的概念に特に惹かれ、芸術、宗教、政治を含む幅広い現象に適用できると信じていました。

    バタイユのヘーゲルとの関わりは、ヘーゲルの弁証法を社会的および文化的分析に適用しようとしたフランスの知識人グループであるコレージュ・ド・ソシオロジーに彼が参加した 1920 年代に始まりました。「聖なる陰謀」や「ファシズムの心理的構造」などのバタイユの初期の作品は、政治的および宗教的運動の心理的および文化的ルーツを分析するために、ヘーゲルの弁証法を利用した。

    バタイユはその後の作品で、ヘーゲルの弁証法を利用して、芸術と文化における過剰と違反の役割を探求し続けました。バタイユにとって、弁証法は、秩序と無秩序、神聖と俗悪、理性と不合理の間の緊張を理解する方法でした。彼は、弁証法は、これらの対立する力がどのように相互作用し、文化的現象を形成するかを理解するのに役立つと信じていました。

    バタイユの最も有名な作品「呪われた部分」は、人間社会における過剰の役割を 3 巻にわたって分析したものです。バタイユは、ヘーゲルの弁証法を利用して、社会は過剰に対する絶え間ない欲求によって動かされていると主張しました。この作品でバタイユは、人間社会を動かしている矛盾と緊張を分析するために、ヘーゲルの弁証法的概念を大いに利用した。

    しかし、バタイユはヘーゲルへの深い賞賛にもかかわらず、彼の仕事に対して非常に批判的でもありました。バタイユは、ヘーゲルの哲学が合理性に焦点を合わせすぎており、対立する力の統合に関心がありすぎると考えていました。バタイユにとって、弁証法は単なる統合のためのツールではなく、理性の限界と人間の文化を形成する不合理な力を探求する方法でもありました。(ヘーゲル弁証法の修正と解体)

    彼のエッセイ「ヘーゲル、死、そして犠牲」の中で、バタイユはヘーゲルの弁証法と犠牲の概念との関係を探求しています。バタイユは、ヘーゲルの弁証法は、人間の文化の根底にある死と不合理な力を克服したいという願望によって動かされていると主張している.。対照的に、バタイユは犠牲をこれらの力を受け入れ、理性の限界を超越する方法と見なしています。

    ヘーゲルとのバタイユの関与は複雑で多面的でした。彼はヘーゲルの弁証法を大いに利用して、人間社会を動かしている矛盾と緊張を探りましたが、ヘーゲルが合理性と総合性を強調していることにも批判的でした。バタイユは、弁証法を理性の限界と人間文化を形成する不合理な力を探求するためのツールと見なし、犠牲の概念がこの探求の重要な部分であると信じていました。

    ジョルジュ・バタイユ文学と悪 (1958年 フランス国立視聴覚研究所) Georges Bataille : La littérature et le mal (INA, 1958)

     

    【バタイユとマルクス】

    ジョルジュ・バタイユとカール・マルクスは、その哲学的思想が哲学、文学、政治、経済など幅広い分野に影響を与えた 2 人の思想家です。資本主義批判への関心など、いくつかの共通点はありますが、社会組織と人間の存在の問題に対するアプローチは根本的に異なります。

    フランスの作家兼哲学者であるバタイユは、ニーチェの影響を強く受け、過剰、神聖、不合理などのトピックを調べることで、従来の思考の限界を押し広げようとしました。彼は、資本主義を人間の可能性に制限を課し、その制約から個人を解放しようとするシステムと見なしました。

    一方、マルクスは、資本主義社会の根底にある政治的および経済的構造を分析しようとしたドイツの哲学者および経済学者でした。彼は、資本主義を、ブルジョアジー (生産手段の所有者) がプロレタリアート (労働者階級) から剰余価値を引き出す搾取のシステムと見なしていました。

    バタイユとマルクスはどちらも資本主義を批判していますが、非常に異なる角度から資本主義にアプローチしています。バタイユは資本主義の心理的および精神的影響に関心があり、マルクスはその経済的および政治的構造に関心があります。

    バタイユの見解では、資本主義は人間の欲望を抑圧し、過剰と超越の可能性を制限するシステムです。彼は、資本主義は個人を消費者や物に変え、個人の個性を奪い、社会規範への順応を強いていると主張しています。バタイユにとって、資本主義は不合理とタブーを受け入れ、過剰と違反を受け入れることによって反対されなければなりません.。彼は、個人が真の自由を達成できるのは、内的な社会秩序を破壊することによってのみであると信じていました。

    一方、マルクスは、資本主義を、ブルジョアジーの利益をプロレタリアートと対立させ、搾取と不平等をもたらすシステムと見なしています。彼は、資本主義システムを打倒し、生産手段の集団所有に基づく社会主義システムに置き換えなければならないと主張しています。マルクスは、資本主義はそれ自体の矛盾の重みで最終的に崩壊し、社会主義システムが論理的な後継者として現れると信じていました。

    バタイユとマルクスは、資本主義の批判に対して根本的に異なるアプローチをとっていますが、いくつかの共通点を共有しています。どちらの思想家も、人間の解放の問題に関心を持ち、支配的な社会秩序の制約から個人を解放しようとしています。バタイユが資本主義の心理的影響と違反の必要性に焦点を当てたことは、マルクスの経済分析を補完するものと見なすことができます。

    ただし、それらの違いは同じくらい重要です。バタイユが非合理的でタブーに焦点を当てたことは、マルクスが強調した合理的な分析と科学的方法を拒否したものと見なすことができます。さらに、バタイユが神聖なものと神秘的なものを受け入れることは、マルクスの唯物論的な歴史観と相容れないものと見なすことができます。

    バタイユとマルクスはどちらも資本主義を批判しているが、根本的に異なる角度から資本主義にアプローチしている。バタイユは資本主義の心理的および精神的影響に関心があり、マルクスはその経済的および政治的構造に関心があります。人間の解放への関心など、いくつかの共通点はありますが、それらの違いは同じくらい重要です。この 2 人の思想家の関係を理解するには、それぞれの資本主義批判の複雑さと、彼らの思想の根底にあるさまざまな哲学的および政治的伝統を理解する必要があります。

     

    【バタイユとハイデガー】

    マルティン・ハイデガーとジョルジュ・バタイユの主な意見の相違点の 1 つは、ニーチェの哲学の重要な概念である「権力への意志」の性質に関するものです。 バタイユは、権力への意志を、個人が権力と支配を求めるように駆り立てる社会的または集合的な力として理解していましたが、ハイデガーはそれを自己支配と超越への個人の衝動と見なしていました。 ハイデガーは、バタイユがニーチェの概念を誤解しており、彼の集団行動と社会組織への焦点は、個人の責任と個人の信憑性の重要性を無視していると信じていた。

    ハイデガーとバタイユの間の別の意見の相違点は、ニーチェの哲学のもう 1 つの中心的な考えである「永劫回帰」の概念に関するものです。 バタイユは永遠の回帰を存在の連続性を確認する方法と見なし、ハイデガーはそれをあらゆる瞬間の独自性と歴史的偶発性を認識する方法と見なしました。 ハイデガーは、バタイユの解釈は、歴史的瞬間の重要性と、それを形作る個人の役割を十分に理解していないと信じていた。

    ハイデガーは、バタイユが集団行動と社会組織の重要性を強調していることにも批判的だった。 彼は、バタイユのアプローチは、個人の基本的な性質と、個人の責任と自制の重要性を無視していると信じていました。 ハイデガーは、個人を超越の可能性のある場所、意味と信憑性のための闘争の場所と見なしました。

    ハイデガーはバタイユのニーチェの解釈を、意味と信憑性の探求における個人の根本的な重要性についての誤解であると見なした。 彼は、バタイユが集団行動と社会的組織に重点を置いているために、ニーチェの哲学の中心にある超越の可能性と自制への闘争を十分に理解できていないと信じていた。

    ジョルジュ・バタイユは、マルティン・ハイデガーとナチズムとの関係に非常に批判的でした。 ドイツの哲学者であるハイデガーは、1930 年代にナチ党の著名なメンバーであり、反ユダヤ主義の見解を持っていました。 ハイデガーとナチズムとの関係に対するバタイユの批判は、ハイデガーの哲学が彼の政治的信念と深く絡み合っているという彼の信念に根ざしていた。

    ハイデガーとナチズムとの関係に対するバタイユの批判は、彼のエッセイ「ファシズムの心理的構造」に見ることができ、ハイデガーの哲学的思想が彼のファシスト政治的信念の基礎を提供したと主張している. バタイユは、ハイデガーが独創的な著作「存在と時間」で発展させた存在の概念は、彼の政治的見解と密接に関連していたと主張している。 バタイユによれば、ハイデガーの存在概念は本質的にエリート主義的で権威主義的であり、このエリート主義は彼の政治的見解に反映されている。

    さらに、バタイユは、ハイデガーとナチズムとの関係は単なる偶然ではなく、彼の哲学的思想を彼の政治的信念と融合させたいという根深い欲求の結果であると主張した. バタイユは、ハイデガーのナチ党への関与は、彼が政治の領域で彼の哲学的アイデアを実現しようとしたため、この欲求の表れであると主張した。

    ハイデガーとナチズムとの関係に対するバタイユの批判は、彼の哲学的思想にとどまらず、彼の私生活にも及んでいる。 バタイユは、ハイデガーの反ユダヤ主義的見解は単なる抽象的な政治的信念ではなく、非常に個人的なものでもあったと指摘している. ハイデッガーの個人的な生活は、反ユダヤ主義の発言や、作家でありナチスの宣伝者であるエルンスト・ユンガーなどの既知の反ユダヤ主義者との関係によって特徴づけられました。

    バタイユはハイデガーとナチズムとの関係を、彼の哲学的思想や個人的信念を含む複数の面で批判した. バタイユは、ハイデガーの哲学が彼の政治的信念の基礎を提供し、ナチス党との関わりは彼の哲学的思想を政治の領域で実現するための試みであると信じていた.ジョルジュ・バタイユは、マルティン・ハイデガーとナチズムとの関係に非常に批判的でした。 ドイツの哲学者であるハイデガーは、1930 年代にナチ党の著名なメンバーであり、反ユダヤ主義の見解を持っていました。 ハイデガーとナチズムとの関係に対するバタイユの批判は、ハイデガーの哲学が彼の政治的信念と深く絡み合っているという彼の信念に根ざしていた。

    ハイデガーとナチズムとの関係に対するバタイユの批判は、彼のエッセイ「ファシズムの心理的構造」に見ることができ、ハイデガーの哲学的思想が彼のファシスト政治的信念の基礎を提供したと主張している. バタイユは、ハイデガーが独創的な著作「存在と時間」で発展させた存在の概念は、彼の政治的見解と密接に関連していたと主張している。 バタイユによれば、ハイデガーの存在概念は本質的にエリート主義的で権威主義的であり、このエリート主義は彼の政治的見解に反映されている。

    さらに、バタイユは、ハイデガーとナチズムとの関係は単なる偶然ではなく、彼の哲学的思想を彼の政治的信念と融合させたいという根深い欲求の結果であると主張した. バタイユは、ハイデガーのナチ党への関与は、彼が政治の領域で彼の哲学的アイデアを実現しようとしたため、この欲求の表れであると主張した。

    ハイデガーとナチズムとの関係に対するバタイユの批判は、彼の哲学的思想にとどまらず、彼の私生活にも及んでいる。 バタイユは、ハイデガーの反ユダヤ主義的見解は単なる抽象的な政治的信念ではなく、非常に個人的なものでもあったと指摘している.。ハイデッガーの個人的な生活は、反ユダヤ主義の発言や、作家でありナチスの宣伝者であるエルンスト・ユンガーなどの既知の反ユダヤ主義者との関係によって特徴づけられました。

    バタイユはハイデガーとナチズムとの関係を、彼の哲学的思想や個人的信念を含む複数の面で批判した. バタイユは、ハイデガーの哲学が彼の政治的信念の基礎を提供し、ナチス党との関わりは彼の哲学的思想を政治の領域で実現するための試みであると信じていた。

    ※ニーチェは個人思想か社会思想かの論争があるが、このときバタイユはハイデガーからニーチェを引き離したかった。仮に、ハイデガーがナチスに加担していたとしても「存在と時間」が20世紀の思想にとって大きな価値があることは明らかです。よってバタイユもハイデガーも両者ともニーチェの正当な後継者と言えるかもしれません。

    ※ニーチェは、唯一の真実なるものはなく、解釈があるのみだと考えた。解釈とは、価値、意味を創り出す行為である世界、世界は無数の意味を持つ 。よって個人思想とも社会思想とも解釈できる。1968年のフランス5月革命の民主化運動や学生運動にもニーチェは社会思想としても解釈されている。

     

    【バタイユとニーチェ】

    バタイユの作品は、西洋の思想と文化を抑圧してきた道徳的および文化的制約を打破しようとした哲学者であるニーチェに同種の精神を見たように、ニーチェに深く感謝しています。 バタイユの哲学の特徴は、身体、欲望、理性の限界の問題に深く取り組むことです。 ニーチェのように、バタイユは、理性と知識の追求は根本的に制限的で抑圧的な活動であり、本能、感情、未知の世界から私たちを切り離すものであると信じていました。

    バタイユがニーチェから借りた重要なアイデアの 1 つは、「権力への意志」という概念でした。 ニーチェにとって、権力への意志は、すべての人間の行動の背後にある原動力であり、自分の環境をコントロールしたいという欲求であり、自分自身と他人を支配する感覚を達成したいという欲求でした. バタイユはこの概念を欲望とエロティシズムの領域を含むように拡張し、権力への意志は単なる合理的で戦略的な権力の追求ではなく、快楽と苦痛の強烈な経験を求めるように私たちを駆り立てた、深く具現化された本能的な衝動であると主張しました。

    権力への意志の概念に加えて、バタイユはまた、道徳の本質と価値の転換の可能性についてのニーチェの考えを大いに利用した. ニーチェは、すべての道徳は力の形であり、強者が弱者に対して意志を行使する方法であると主張したことは有名です.。バタイユはこの考えをさらに推し進め、道徳は権力者の単なる道具ではなく、私たち全員が自分自身の動物的本能と私たちの周りの世界の現実を否定する方法であると主張しました. バタイユは、道徳の制約から自由になるためには、一種の過激な自己実験を行い、経験できる限界まで自分自身を追い込み、不合理なことやタブーを受け入れる必要があると信じていました。

    バタイユはまた、キリスト教に対するニーチェの批判を共有し、それを別世界の理想を支持して身体と本能を抑圧しようとする宗教と見なした. バタイユにとって、真の宗教的衝動は、救いを求めたり世界を超越したりすることではなく、世界の内在性と物質性を受け入れ、今ここに意味と目的を見出すことでした。

    全体として、バタイユとニーチェとの関係は、深い賞賛と影響の 1 つでした。 バタイユは、ニーチェを一種の精神的祖先、思考と行動の新しい可能性を切り開いた哲学者、そして彼の時代の支配的な文化的および知的規範に挑戦した哲学者と見なしていました。 多くの点で、バタイユは一種のニーチェの弟子と見なすことができ、ニーチェの考えを拡張し深め、それを彼自身の時代の差し迫った社会的および哲学的問題に適用しようとした。

    本物の自分になる – フリードリヒ・ニーチェの哲学 Becoming Who You Really Are – The Philosophy of Friedrich Nietzsche(ユーチューブ日本語訳可)

     

     

    【『純然たる幸福』ジョルジュ・バタイユ】「ニーチェの偉大さは、彼を圧倒した不運に自分の思考を一致させなかったことにある。彼が屈服しなかったというのは、たしかに彼の運がよかったということではある。だが彼の幸福は、自分のなかで不幸を自由に語らせておかなかったということに帰着するのである。」

     

    【ジョルジュ・バタイユのニーチェについて】

    Denis Hollier、Rosalind Morris、Anthony Vidler

    1936年から1937年の冬、マルティン・ハイデガーがフライベルク大学でニーチェについての講義を始めたのとまさに同じ瞬間に、ジョルジュ・バタイユと、芸術家のアンドレ・マッソン、哲学者のジャン・ワールとピエールを含む、バタイユと彼の最も親しい知的な協力者の一握り。 Klossowski などは、彼らの新しいレビューの第 2 巻、Acephale: 宗教、社会学、哲学を出版しました。

    発行日は 1937 年 1 月。タイトルは「ニーチェとファシスト:賠償」。修理です。修理です。目次の冒頭に「ニーチェを修理する」と楷書で書かれている。ニーチェへの賠償。アンドレ・マッソンが描いた頭と鼠径部のない人間の姿 – というよりは、鼠径部のない人間の姿 – というよりもむしろ、去勢され、彫刻された人間の姿 – の図によって、ボリューム全体が説明されています。「アセファレ」とは、ご存じのとおり、「頭のない」という意味です。

    バタイユは、この頭のない男は、「超人」(超人)と神の死の両方を私たちに示すだろうと信じていました. 頭のない男、ラセファル、バタイユがエッセイ「命題」に書いたのは、「完全に『神の死』である超人」の神話的表現である 。

    この巻は、ファシストからニーチェを回復することに専念しています。主な記事「Nietzsche et les Fascistes」は、エリーザベト・フェルスター・ニーチェに対する暴力的な批判であり、やや奇妙なことに「エリザベート・ユダス・フェルスター」と改名された.左側のルカーチ、しかし主にアルフレッド・ローゼンバーグ、アルフレッド・バウムラー、およびニーチェの作品を流用した他の現代のファシスト思想家は、文脈から引用を盗み、彼の考えを裏切った. このボリュームは、「ニーチェの使用と虐待」という早すぎる瞑想に照らして、タイトルを変更することができます。

    しかしもちろん、バタイユと彼の集団は、ファシストの手からニーチェを取り戻しただけでなく、特定のニーチェを生み出しました。彼らは、将来の流用や不正流用に対してより抵抗力があることを望んでいました. 彼らの見解では、ニーチェの思想を利用することはできなかった。彼らは大文字で「ニーチェの教義は従うことができない」と書くだろう。提供したり、使用したりすることはできません。「ニーチェは、自分自身を使わせることができない、自由な精神に訴えた.」

    彼らが開発する読み方はやや独断的でした。ニーチェには正しい読み方と間違った読み方があり、正しい読み方では、ニーチェはファシズムと完全に相容れないと彼らは主張するでしょう。「ファシズムとニーチェ主義は、一方と他方が全体として考慮されるとすぐに、お互いを排除し、暴力でさえも排除します」と彼らは書くでしょう. 一方では、生命は終わりのない奴隷状態の中で結びつき、安定している。一方では人間文化の魅力が壊されて下品な力に取って代わられ、他方では力と暴力がこの魅力に悲惨な運命をたどっている。」

    バタイユと彼の共同体は、アセファレ誌やその他の集団的プロジェクト (Colège de Sociologie (1937-1939) やその後のレビュー批評など)を通じて、神の死を防ぎ、ニーチェの特定の敵対的な読みを定着させるための防波堤を築きました。

    デニス・ホリエがコレージュ・ド・ソシオロジーの収集されたテキストの序文でよく説明しているように、シュルレアリストの個人主義的焦点よりも、社会的関係、特に兄弟関係(これらは男性の男性でした)に特権を与えた集団でした。ホリアーの言葉を借りれば、彼らは「社会に対して狂っていた…王は道化師を持っていた。まあ、彼らは王のいない社会の道化師でした。」彼らは友愛団、またはホリエの言葉を借りれば、「les chevaliers de l’Ordre des Sociologues」(社会学者騎士団の騎士団)に似るようになるでしょう。この中で、バタイユは確かに聖職者としての彼の浮気、中世の写本 L’ Ordène de Chevalerie の版であるエコール・ナショナル・デ・シャルトでの彼の論文に戻っていた。

    これらの共同プロジェクトの内容と形式の両方が、騎士の倫理を指し示します。大学での中心的なテーマは、軍事化された戦争への現代の降下と、高貴な戦闘の時代に対する貴族の憧れの批判でした。少なくとも大学では、その形態は、ホリアーが「大学の組織、事務職」と表現するものでした。私の同僚であるヘスス・ベラスコが思い出させてくれるように、「明らかに、バタイユは中世主義者でした。彼は私の重要なテキストの 1 つである 12 世紀後半または 13 世紀初頭の詩L’ordène de chevalerieを編集しました。この詩では、捕虜の Hue de Tabarie (またはティベリアのヒュー) がサラディン以外の誰にも再教育されていません。ハンセン病の王、ボールドウィン 4 世からエルサレムを回復した人物。

    アセファル、コレージュ、批評など、バタイユの共同プロジェクトのほとんどは、友愛への憧れに照らして解釈することができます。それは(奇妙なことに、おそらくニーチェのように)深い孤独と何らかの形で結びついており、狂気へのある種の恐怖を感じさせるものでした。戦時中のバタイユの日記によると、ニーチェは命綱だった。ニーチェを読むことは、バタイユを正気に保ち、バタイユが曖昧に示唆するように、正気ではなく、人生を最大限に、限界まで経験するように、痛々しいほど、心配そうに彼を駆り立てました。

    バタイユは 1944 年に、「ほとんどの例外を除いて、地球上の私の会社はニーチェです」と書いています。「ニーチェだけが私と連帯してくれました。」 「ニーチェだけが私と一体になった。」

    バタイユは戦争中、1944 年 2 月から 8 月にかけて、1944 年 10 月 15 日のニーチェ生誕 100 周年を記念して出版することを意図して『ニーチェについて』を効率的に書いた。それは後に、彼が彼のSomme athéologiqueと呼ぶもの、つまりThomas Aquinas のSumma Theologicaの言葉遊びであり、Jesús Velasco が私たちに思い起こさせるように、作品の政治神学を理解するために不可欠です。バトルズ・サマーその大部分は、あたかも何度も何度も繰り返さなければならないかのように、神の死を定着させることを目的としていましたが、事実上新しい教義を示すことにも役立ちました。ニーチェの著作のように格言的な性質を持つバタイユのニーチェに関する著作は、深い個人的探究、実際には生死を賭けた闘争、そして善と悪を乗り越えるための絶え間ない限界体験のように読まれるだろう.

    名前のない格言、間違いありません。ガリマールの編集者は、ミシェル・フーコーが全作品全集の第 1 巻の序文で指摘したように、バタイユの「アフォリスティック テキスト (1940-1961)」として、全集の第 5 巻にこれらの著作を具体的にカタログ化しました。

    個人的な限界体験も。フーコーが指摘するように、「ソンムの神学はゲームに、危険なゲームに、限界、極限、頂点、超越の思想をもたらした。」[「神学大全は、リスクの高いゲームにおいて、限界、極限、頂点、超越的なゲームに思考を導入した。」] フーコーが哲学を経験として経験するように導くのは、まさにこの作品である。: 従来の哲学的言説や討論とは対照的であり、フーコーの見解では、それは「哲学の歴史を行うこと」以上のものにはならなかった (DE, tome IV, 48)。バタイユとニーチェ、ニーチェのバタイユ (およびブランショとクロソウスキー) は、フーコーに、自己に対する実験として、経験を制限する方法として、新しい誰かになり、新しい作品を生み出すために自分自身を引き裂く方法として、哲学を行う方法を教えました。

    「主題をそれ自体から引き離す限界体験のアイデアは、ニーチェ、バタイユ、ブランショの読書において私にとって重要であり、私の本が何であれ、それを退屈で博識なものにしました。私は常に、自分を自分から引き離し、自分が同じであることを防ぐことを目的とした直接的な経験としてそれらを考えてきました。」

    「私は実験者であり、理論家ではありません […] 私は自分自身を変えるために書いており、以前と同じことを考えることはもうありません」

    バタイユの著書は、フーコーや批判的思想家の世代に異なる考え方をするよう促した. フーコーがバタイユについて書いた「違反への序文」の中で次のように述べているように、「20 世紀は間違いなく、消耗、過剰、限界、違反という関連するカテゴリーを発見するだろう。消費し消費するこれらの取り返しのつかない動きの奇妙で揺るぎない形である。私たち。

    1944 年 6 月から 8 月までの作品の後半部分 (基本的には終戦時にヴェズレーの自宅から書かれた彼の日記と日誌) を読むと、戦時中、爆撃の間、空襲、他人の銃撃戦、バタイユの唯一の知的仲間はニーチェであり、彼の恋人「K.」を除いて、彼の唯一の人間的接触は事実上ニーチェだけですが、プルースト、ブレイク、および他のいくつかがここに表示されますそしてそこに。

    これらの戦時中の日記で、バタイユはニーチェとの関係を不可能なものとして提示しています。闘争。敗北。ニーチェの思想を体験するために繰り返される感情的な戦い。「彼が定義したこの人間の可能性からの完全な解放は、すべての可能性の中で、間違いなく私たちが試みたことのない唯一のものです」とバタイユは書いています。しかし、ニーチェを完全に誤解していないのは自分だけだと時々主張するバタイユでさえ、バタイユでさえ混乱の状態に陥ります。「私は明快な教義の帰結を自分自身から引き出そうと試みた. しかし、私は苦しみと、ほとんどの場合屈服するという印象を享受しただけでした。

    では、バタイユはニーチェに対して、哲学的または批判的に何をしたのだろうか?

    まあ、「権力への意志」と「永劫回帰」の概念に焦点を当てたハイデッガーとは対照的に、後にニヒリズムであるバタイユは、神の死に関するニーチェの著作に最初に惹かれました。彼自身の伝記、1914 年のカトリックとの会話、少なくとも 9 年間のキリストへの献身、司祭職への誘惑、そして 1920 年頃の彼の最終的な没落とキリスト教の放棄との関係。知的に形成的であり、バタイユの政治神学を形作った. しかし、それ以上に、バタイユのニーチェについての著作は、悪の概念とのさらに深い関わりを反映しています。、そして、悪を乗り越える ために彼を消費し、その中で彼は成功したとは感じなかったと私は感じています。それは、ニーチェとの彼の孤独で連帯した結合の核心であり、中心にあったと私は思います。これに目を向けます。

    ジョルジュ・バタイユのニーチェについてDenis Hollier、Rosalind Morris、Anthony Vidler

     

    ■ニーチェの哲学からのマルティン・ハイデッガーとジョルジュ・バタイユの解釈について

    ジョルジュ・バタイユとマルティン・ハイデッガーはニーチェの哲学について異なる解釈をしており、両者の意見の相違は根本的な哲学の違いにまでさかのぼることができます。

    フランスの哲学者であり作家であるバタイユは、急進的で反合理主義的な見解で知られていました。 彼は、人間の経験における不合理と違反の重要性を強調したニーチェの影響を受けました。 バタイユは、ニーチェを、伝統的な道徳に挑戦し、理性と道徳の制約から人類を解放しようとした過剰と違反の哲学者と見なしました。

    ドイツの哲学者で実存主義者のハイデガーもニーチェの哲学に影響を受けましたが、彼はニーチェを別の方法で解釈しました。 ハイデッガーは、ニーチェを支配的な形而上学の伝統に挑戦し、モダニティのニヒリズムを克服しようとした哲学者と見なしました。 ハイデガーは、ニーチェの「権力への意志」という概念に特に興味を持っていました。彼はそれを人間存在の基本的な側面と見なしていました。

    ニーチェに関するバタイユとハイデッガーの主な意見の相違は、権力への意志の解釈をめぐって展開している。 バタイユにとって、権力への意志は、人間の解放のために利用できる積極的な力ではなく、人間の価値観や制度を弱体化させる恐れのある破壊的な力でした。 バタイユは、権力への意志を、確立された秩序を弱体化させる侵略的で破壊的な行為でのみ表現できる力と見なしました。

    一方、ハイデガーは、権力への意志を、人間の解放のために活用できる積極的な力と見なしていました。 彼は、権力への意志は人間の存在の基本的な側面であり、現代の虚無主義を克服し、新しい、より本物の生き方を創造するために使用できると信じていました.

    バタイユとハイデガーは、権力への意志に関する意見の相違に加えて、人間の存在における理性と合理性の役割についても異なる見解を持っていました。 バタイユは理性の優位性を否定し、非合理的で違反的なことが人間の経験の本質的な側面であると信じていました。 一方、ハイデガーは、理性を人間の存在に必要であるが制限された側面と見なし、より本物の生き方を実現するには、理性の制限を克服する必要があると信じていました。

    要約すると、バタイユとハイデガーはニーチェの哲学について異なる解釈をしており、バタイユはニーチェの思想の超越的で不合理な側面を強調し、ハイデガーは人間解放のための力への意志の積極的な可能性を強調した。 彼らの意見の不一致は、特に人間の存在における理性と合理性の役割に関する見解において、根本的な哲学の違いを反映しています。

     

    【バタイユとフロイト】

    ジョルジュ・バタイユとジークムント・フロイトの関係は、賞賛と批判の両方によって特徴付けられる複雑なものとして説明することができます。バタイユの知的な旅は、『夢判断』や『快楽原則の彼岸 』などの作品を読むことでフロイトの理論に深く影響を受けました。

    バタイユはフロイトにも批判的であり、特に分析の主要な場所として個人の精神に重点を置いており、バタイユは人間の経験の範囲を合理的かつ認知的な手段によって理解できるものに制限していると見なしていました。

    バタイユのフロイト思想へのアプローチは、無意識と非合理性が、タブーや違反行為、権力と欲望の働きなどの社会的および文化的現象に現れる方法を探求することへの関心によって特徴付けられました。

    バタイユにとって、人間の精神は文化的および社会的慣行と深く絡み合っており、フロイトが個人の精神に重点を置いていたよりも、人間の経験のより完全な全体像を提供すると彼は考えていました。この意味で、バタイユのフロイト批判は、精神分析の探求の範囲を拡大し、社会的、文化的、象徴的なものを包含し、これらの力が形成され、個人の経験によって形成される方法を探求したいという願望に根ざしていた。

    バタイユとフロイトとの関わりは、精神分析の分野における彼の先駆的な仕事に対する深い敬意によって特徴付けられ、彼のアプローチの限界との批判的な関わりによって和らげられました。バタイユ自身の作品は、精神分析の探求の範囲を個人の精神を超えて拡大し、文化的および社会的慣行において不合理で無意識が現れる方法を探求し、人間の経験をより包括的に理解する試みと見なすことができます。

     

    【バタイユとデュルケーム】

    著名なフランスの社会学者であるエミール・デュルケームとのジョルジュ・バタイユの関係は、バタイユがデュルケームの集合的発泡性と聖なるものに関する考えを利用すると同時に、彼の聖なるものの概念化と社会学への彼の​​実証主義的アプローチに異議を唱えたため、賞賛と批判の両方の関係にあった。

    一方では、バタイユは儀式の社会的機能と神聖なものの象徴的な力の理解へのデュルケムの貢献を認識し、バタイユは犠牲と限界の経験に関する彼自身の研究で探求し、デュルケームの集合的発泡の概念から神聖な変化をもたらす経験。

    バタイユは、社会学に対するデュルケームの実証主義的かつ功利主義的なアプローチを批判し、人間の行動の不合理で違反的な側面、特に、神聖なものの経験が社会を超えたり否定したりする方法を説明できていないと感じました。社会の合理的で功利的な価値。

    このように、バタイユはデュルケームの聖なるものを社会的力としての概念を利用する一方で、聖なるものの合理的かつ機能的な側面を重視するデュルケームの考え方にも異議を唱え、破壊と混乱をもたらす経験としての聖なるもののより過激で超越的な理解を発展させようと努めた。社会秩序の限界を超えています。

     

    【バタイユの一般評価など】

    いくつかの雑誌や文学グループの創設者であるバタイユは、膨大で多様な作品の著者です。読み物、詩、無数のテーマに関するエッセイ (経済、詩、哲学、芸術、エロティシズムの神秘主義)などがあります。彼は時々仮名で出版し、彼の出版物のいくつかは禁止されました。彼は生前は比較的無視され、神秘主義の提唱者としてジャン=ポール・サルトルなどの同時代人から軽蔑されていた。バタイユの決定的な受容は、1970 年代と 1980 年代に、ポスト構造主義の文脈で、ジャック・デリダ、ジャン・ボードリヤール、ジュリア・クリステヴァ、ミシェル・フーコー、フランスのジャン=フランソワ・リオタール。同時に、1987年にバタイユの最初の伝記に署名したミシェル・スリヤのすべてのエッセイ(ジョルジュ・バタイユ、仕事での死)、デニス・ホリエ(コンコルド賞。Francis Marmande ( Georges Bataille politique , 1985) 、モーリス・ブランショなどは、この研究の最初の実際の分析を提供し、その理解と読解を容易にする新しい研究を開始した。この多かれ少なかれ学術的な分野を超えて、バタイユの受容は明らかに彼の親しい友人の何人かの著作が要因となっている。

    https://fr.wikipedia.org/wiki/Georges_Bataille

     

    【「普遍経済学」あるいは「過剰性の経済学」の試み――バタイユ『有用性の限界 呪われた部分』から考える】

    ジョルジュ・バタイユが通常の経済学の領域にとどまらない、人類学などの知見を取り入れた「普遍経済学」を構想したことはよく知られています。普遍経済学という言葉に表れているように、バタイユのいう経済学は、いわゆる「経済」の枠を超えて、より広い社会-経済の領域をその範疇に捉えています。

    生命体が太陽の「過剰」なエネルギーによって生み出されたものであるならば、その生命体の本質もまた「過剰さ」にあるということになる。本質としてのこの過剰さは、生命体を完結した循環の中に安住することがない。生命体は、その過剰によってつねに、元の数以上の生命体を生み出していく。それゆえ、この地球上の生命体は(とりわけ食物連鎖の頂点に立つ人間は)太陽エネルギーに由来する「過剰さ」に原初的に取り憑かれているということができる。

    このようにバタイユは「純粋贈与」としての太陽エネルギーから出発した「過剰な」エネルギーが連鎖的に放出・吸収されていく過程を「普遍経済学」の根本として捉える。人間の社会的な営みもまた、このような過剰なエネルギーの連鎖の元にあるのであり、それゆえにその営みは本質的に「過剰性」によって性格づけられている、というのがバタイユの考えであった。

    バタイユの描く資本主義像は、マルクスの描くそれとほとんど同じです。その背景にはもちろんバタイユがマルクス主義から大きな影響を受けているという事情があります。

    「資本は基本的に、私的な利害にも、公的な利害にも無関心なままに発展してきた非人称的な貪欲さの運動である。あまねく成長するように宿命づけられたマシンなのである。しかしこの資本の非人称性という性格のために、最終的には社会的な傾向を犠牲にしながら、利害関係を重視するという特徴を発展させていくことになる。資本主義のマシンは、分解の動因なのだ」(バタイユ『呪われた部分、有用性の限界』ちくま学芸文庫、124頁

    こうしてもはや、近代社会では「祝祭における蕩尽」や「栄誉ある浪費」や「宗教的生産」どころか、「プロテスタンティズム的な勤労」や「有用な生産」さえも喪失され、ただ「商業的な搾取」にもとづく「資本の自己増殖運動」だけが残ることになります。

    また近代資本主義のもとでは、「浪費」(消費)はあくまで個人的なものとなり、かつての祝祭におけるような集団的な人々の交わりという契機を失ってしまっている。かつての「蕩尽」や「浪費」が社会的なものであったのに対して、近代では「浪費」や「消費」があくまで私的な享受のためだけに行われていて、そこには本来的な「豪奢」が成立していない。このような個人主義的消費は「栄光を否定する宿命にある」ものであって、人々に真の満足を与えない。こうして資本主義社会は「蕩尽」を完全に衰退させてしまった、とバタイユは論じています。(蕩尽なき消費)

    古代社会からしてすでにつねに富は「過剰なもの」であった。それは地球がつねに太陽からの「純粋贈与」を受けているからです。近代以前の社会にはそのような「過剰な富」を「蕩尽」「浪費」していく知恵をもっていた。しかし近代以降の社会では「過剰な富」をさらに増殖させることに人々の関心が向けられ、市場において作り出された「稀少性」に人々は駆り立てられるようになった。しかしそこに生じる「消費」は決して「真の意味の浪費」=「蕩尽」ではない。そこにあるのはただただ「搾取を経て価値増殖していくマシン」にすぎない。そのような社会ではわれわれは真の「豪奢」を享受することはできないであろう、というのがバタイユの主張でした。

    近代以降の資本主義市場を唯一の「経済」のあり方と考える今日の経済学を相対化し、それとは別のかたちの「経済-社会」がありえるという可能性をわれわれに見せてくれます。以前に柄谷行人『世界史の構造』に関する記事のなかで書いたように、交換様式C(=商品交換)ではなく交換様式A(=互酬)が中心的な原理となっている社会-経済のあり方を、バタイユは的確に示してくれています。

    「宗教的経済」もルネサンス期に入るとまた様相が変化します。16世紀にいわゆる宗教改革が始まると、カトリック教会の豪奢な建造物や浪費的な典礼が批判の対象となり、「あらゆる濫費を敵視する道徳」が広がりを見せるようになります。ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で喝破したように、ルター・カルヴァンの広めたプロテスタンティズムは、「浪費」を敵視し「勤労」と「蓄積」を奨励しました。また堕落したカトリック教会の権威に依らず、個人と神が聖書を通じて直接に相対する、徹底的に個人主義的な信仰のあり方を提唱しました。

    このようにブルジョワジーは「濫費への恐怖、祝祭と供犠への恐怖」をプロテスタントと共有しつつも、同時に「有用性」に価値を見出し、蓄積した富を「資本」に投資するという方式を(歴史上初めて)発見することによって、資本主義的増殖運動への決定的な一歩を踏み出したのです。そこでは「実業が栄誉なしに繁栄することが目的となり、有用性が道徳的な価値の基礎となった」(同書、106頁)。こうして「有用性」に最大の価値が置かれ、社会の「過剰な富」が「蕩尽」「浪費」されずに未来へと先送り=投資されるという、近代資本主義社会が開始されたのでした。

    『呪われた部分』の第三巻にあたる『至高性』のなかでは、新たに「至高性」という観点から「過剰なものの蕩尽」の問題が再考察されています。このとき、「至高性」が「労働」と対比されて論じられていることがポイントです。バタイユにとって「労働」とは、あくまで必然的な原理のうちで「有用性」を目的として隷従的になされるものにすぎない。これに対して「至高性」は「有用性」を超えたところに、あるいは「必然性〔必要性〕」を超えたところに現出するとバタイユはいいます。

    「至高であるということは、現在という時を、その現在という時以外にはなにものも目指すことなしに享受することである」

    基本的にはそれはあくまで「個人的な消費」の次元にすぎず、それは古代的な「祝祭」における「過剰なものの蕩尽」には敵わないであろう。しかし、それでも現代資本主義社会のうちにも、限定的なかたちで「蕩尽」の瞬間は確かに存在している。ごく瞬間的な些細なものであるとはいえ、その瞬間に含まれる「奇跡的な要素」をバタイユは見逃していない。

    基本的にはそれはあくまで「個人的な消費」の次元にすぎず、それは古代的な「祝祭」における「過剰なものの蕩尽」には敵わないであろう。しかし、それでも現代資本主義社会のうちにも、限定的なかたちで「蕩尽」の瞬間は確かに存在している。ごく瞬間的な些細なものであるとはいえ、その瞬間に含まれる「奇跡的な要素」をバタイユは見逃していない。

    バタイユ『有用性の限界 呪われた部分』から考える 草食系院生ブログ

     

    【呪われた部分: ジョルジュ・バタイユの戦争、贅沢、経済学】

    ジョルジュ・バタイユの「呪われた部分」の理論は、人間のエネルギーと富には、有効に使うことができない部分があるという理論を立てています。

    ジョルジュ・バタイユの『告発された分け前』 ( La Part Maudit、1949年)の第1巻では、それを「一般経済」に関する本と説明しています。フリードリッヒ・ニーチェから取られたこの用語は、バタイユが富とエネルギーの消費について論じる枠組みです。バタイユが話している経済は、通貨交換、市場、現代資本主義の境界をはるかに超えています。実際、本書の大部分を占める事例研究は、産業革命以前および資本主義以前の社会にまでさかのぼります。

    一般的な経済によって、ジョルジュ・バタイユは経済的考察の範囲を広げ、人間が生活の中で発揮するすべてのエネルギーを含めます。バタイユは、エネルギーの交換と投資で構成された世界を説明し、すべての行動と言葉、従来は本質的に経済的であると考えられていたすべての活動、およびそうでない多くの活動で発生します. とりわけ、おそらくバタイユは、テキストの多くを宗教と、私たちがエネルギーと資源を投資する方法に対する宗教の意味について議論するのに費やしています。

    この本のタイトルは、人間の生活におけるエネルギーの一部、つまり、有効に投資できず、費やさなければならない部分を指しています。バタイユは、人間の政治的取り決めの増加傾向は、すべての富の有用な、または生産的な投資を求めることであると認識しています。言い換えれば、私たちは社会全体の規模で、以前の投資や労働から得た、または獲得した可能性のあるすべての富を、より多くの富を生み出すために、つまり生産性を高めるために使用しようとします。これは依然として支出であり、私たちは働くことを可能にする食べ物や住居に富を費やし、より多くの富を生み出すために労働にエネルギーを費やしますが、これは依然として生産的な支出です。

    The Accursed Share が明らかにしようとしているのは、その中心的な考え方は、この生産的な支出が完全な効率に達することは決してなく、非生産的な支出は何らかの形で発生しなければならないということです。バタイユは、非生産的な支出が実際に発生するさまざまな形態、なぜいくつかの形態が他の形態よりも好ましいのか、そして最後に、非生産的な支出のいくつかの形態がより望ましいものであることを考えると、どのような政治的処方箋を作り始めるのかについて議論することに多くの時間を費やしています。その他。エネルギーと富が生成され、「システムの成長」に再投資できない場合、それらは別の場所に費やさなければならず、この支出は、バタイユが示唆するように、爆発的で破壊的なリスクを伴います。

    一般経済理論の必要性

    非生産的支出の性質と意味を解き明かす前に、ジョージ・バタイユが「一般経済」とは何を意味するのか、そしてなぜそれが重要でありながら認知されていない研究分野であると彼が考えているのかをより完全に説明する必要があります. バタイユは、 The Accursed Shareの第 1 巻で、畑を耕すなどの単純な活動もあるかもしれませんが、世界の他の地域から切り離して簡単に想像できる活動もあるかもしれませんが、より大きなスケールで考え始めるとすぐに、この種の細分化は不可能になります。バタイユは、政治経済学のほとんどの理論の失敗は、関連する視野の狭さから生じていると診断しています。経済学者は、一国の経済、さらには世界全体を、仮想的に細分可能な活動や出来事の集合体であると考える傾向があります。

    そのため、バタイユの推定では、経済学の理論家は、経済が最も一般的なレベルで評価された場合にのみ目に見えるパターンや法則を見逃す傾向があります。バタイユにとって重要なことは、経済のこの最も一般的なレベルには、専門の経済学者が決して気付かない、または関連性があると見なすことのない原因と出来事が含まれているということです。バタイユは次のように書いています。

    「全体的な産業の発展において、社会紛争や惑星戦争はありませんか?要するに、人間のグローバルな活動には、経済の一般的なデータが研究された場合にのみ現れる原因と結果があるのではないでしょうか?とりわけ、バタイユが政治経済学の視点に持ち込もうとしている種類の出来事や慣習は、戦争、宗教的慣習 (特に生贄)、性的な慣習です。

    政治経済の分野を「一般経済」の分野に拡大することは、バタイユの考え方に生物学的要素を加えることでもあります。それは、人間社会を有機社会と連続している、または有機社会に類似しているという考察です。経済システムの成長への金銭的富の投資は、より一般的なパターンの一例にすぎません。次に、バタイユは、これらすべてのシステムでは、生み出された富の一部を有効に使うことができないことを示唆しています。

    「生物は、地球の表面でのエネルギーの作用によって決定される状況では、通常、生命を維持するために必要な以上のエネルギーを受け取ります。過剰なエネルギー(富)は、システム(生物など)の成長に使用できます。システムがもはや成長できない場合、または過剰がその成長に完全に吸収されない場合、それは必然的に利益なしで失われなければなりません。それは、喜んでかどうかにかかわらず、輝かしくまたは壊滅的に費やされなければなりません。

    戦争、セックス、宗教

    これら 3 つの事柄の重要な共通点は、従来の経済理論からの除外を超えて、それらすべてが富とエネルギーの非生産的な支出を伴うことです。性に関してバタイユはここで、その非生殖的側面と、生物学的観点からの有性生殖は死と同じようにエネルギーを浪費するという事実の両方に関心を持っています. いくらかの利益を「惜しみなく使う」必要性は、際限なく難読化され、否定されているバタイユは述べている。バタイユは次のように書いています。

    「生成されたエネルギーのかなりの部分を消散し、それを煙の中に送り出すことが必要であると断言することは、合理的な経済の基礎を形成する判断に反することです。」

    1945 年。マーシャル プランには、第二次世界大戦後のヨーロッパへの米国の莫大な投資が含まれていましたが、金銭的な見返りはほとんど期待できませんでした。

    呪われた部分の事実は、バタイユにとって自然の法則にすぎないが、その必要性を否定し、この種の不合理な支出を規制するタブーを強制しようとする衝動は、危険で人間的な押し付けである. これに照らして、The Accursed Share は政治について規範的に語り始めます。非生産的な支出の必要性を認めることを拒否しても、それが発生するのを止めることはできませんが、むしろその発生を私たちの制御を超えてしまい、その表現を歓喜ではなく暴力的にする傾向があります. 何よりも、戦争は、他の手段によって最初に消散されない限り、贅沢な支出が爆発する領域です. 戦争と犠牲どちらも、非生産的な支出を有用性のうわべだけでカバーしています。最初のケースでは、将来の政治的、領土的、経済的利益が戦争の競争的行使を動機づけることを暗示しています。後者では、物質的支出の配当を形而上学的なものに再配置することによって。

    バタイユは、呪われた部分の執拗な必要性を否定する傾向をひどく非難して、次のように書いています。(Bataille, The Accursed Share: Volume 1 ) バタイユのプロジェクトの多くは、彼のほぼすべての著作物 (哲学的およびフィクション) に及ぶプロジェクトであり、破壊的な力を選択によって方向転換し、戦争における破壊力の表現を最小限に抑える方法の探求である。エロチシズムで彼らのお祝いを見つけてください。

    ポトラッチから米国の戦後マーシャル計画に至る一連の人類学的ケーススタディでバタイユが説明している富と成長の過剰は、死がすべての支出の無駄であるため、戦争を通じて最も簡単に排出されます。バタイユは後の作品エロティズム(1957)でこのテーマを取り上げているが、その決定的な核心はThe Accursed Share: Volume 1に見られる: ‘ (Bataille, The Accursed Share: Volume 1 ) しかし、この事実を知っていれば、他の種類の贅沢な消費や支出が発生する可能性のあるチャネルを切り開くことができます (また、切り開く必要があります)。バタイユのエロティシズムに関する著作、両方ともエロティズムそれ自体と、以前の中編小説であるStory of the Eyeでは、エネルギーの消費に対する贅沢な性的可能性を示しています。一方、贈答、ごちそう、単純な浪費はすべて、機械化によってもたらされた一般的な富の増大する過剰のはけ口となっています。

    呪われた部分: ジョルジュ・バタイユの戦争、贅沢、経済学 Moses May-Hobbs

     

    【カール・マルクス】【フョードル・ドストエフスキー】【ジョルジュ・バタイユ】「柔らかいナショナリズムの誕生」に登場した外国人思想家を取り上げました。彼らの本や論文が21世紀の「危機の時代」に再研究され、新鮮な個人思想や新しい社会思潮が日本や世界に浸透していくかもしれません。

    「柔らかいナショナリズムの誕生」日本を再び戦場とさせないために

    「柔らかいナショナリズムの誕生」【あとがき】

     

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    「米中冷戦と第三次世界大戦」2022年9月21日、ゆっくりと長期に及ぶ【キューバ危機】の再来がスタートした可能性が高い。核兵器未使用であっても、ヨーロッパや中東から【第三次世界大戦】など大規模戦争に発展する可能性について https://bali-chili.com/20220921/ https://bali-chili.com/20220921/#respond Wed, 21 Sep 2022 05:59:24 +0000 https://bali-chili.com/?p=15653 ■(※個人見解)2022年9月21日、ゆっくりと長期に及ぶキューバ危機の再来がスタートした可能性が高い。1962年10月のキューバ危機とは何であったか?「第三次世界大戦」と「全面核戦争」勃発寸前まで陥った危機であった。2022年10月のウクライナで発生する可能性が高まっているのは「キューバ危機再来」である。

    9月21日のプーチン動員令の大規模戦争へ移行と「核兵器使用は脅しではない」との発言から、世界中のメディアや専門家によって「キューバ危機の再来」の可能性について記事となっている。「キューバ危機の再来」や「核戦争」の検索ワードが過去最高となった。キューバ危機が再び発生しようとしている前兆なのかもしれない。

    第一次世界大戦も、第二次世界大戦、ウクライナ侵攻も、専門家や学者の多くは予測できなかった。よって、今回のキューバ危機再来も予測ができないと、まず考える必要がある。核戦争までは至らない、などの日常バイアスからの判断は危険であろう。(特に政府の責任者とって)

    2022年のキューバ危機再来は、1962年のキューバ危機のどこまでエスカレーション程度であるのか?恐らく、キューバ危機を13日間とするなら、まだ13日に突入していない段階であろう。1962年10月の緊張は米ソの航空機や船舶が直接交わり、米国はキューバ周辺を封鎖したが、ソビエト連邦は認めず、双方の対立が決定的となり、キューバ周辺で衝突する可能性が極めて高まった事態であった。このままで進むなら、通常兵力の衝突から核戦争の危機が具体的に迫ったのが13日間である。

    1962年のキューバ危機を13日間とすると、26日午後10時にDEFCON2となり準戦時体制が敷かれた。ソ連との全面戦争に備え米国は戦争開始準備と核兵器使用準備を整えた。最期日13日目は10月27日(土)暗黒の土曜日と言われ、核戦争前夜と言われた。10月28日にキューバ危機は回避される。キューバ上空を偵察飛行していたアメリカ空軍のU-2がソ連軍のS-75(SA-2ガイドライン)地対空ミサイルで撃墜され、操縦していたルドルフ・アンダーソン少佐が死亡する事件が起こった。

    23日の会議で、もし偵察飛行中に米軍機が撃墜されるような事態が生じた場合は、SAM(地対空ミサイル)基地に1回だけ報復攻撃を加え、その後も相手が攻撃を加えて来た場合は全面的に叩き潰す方針を決定していた。従ってこれに対する行動はエクスコムのほぼ全員がSAM基地の破壊で一致した。26日、最悪のタイミングで米軍機が攻撃された。

    しかしケネディはこの決定を引き戻し、キューバに対する攻撃は、ベルリンやアメリカのジュピター・ミサイルが配置されているトルコに対するソ連の攻撃を誘発しかねないとしてきわめて慎重な姿勢を示し、すぐに反撃ではなく1日待つこととした。しかし参謀本部は一気に態度を硬化して即時空爆を主張、10月30日の時点で大規模空爆を仕掛け、即侵攻部隊を送るべきとの意見が強まった。

    さらに10月27日昼頃、冷戦終結後になって分かったことだが、アメリカ海軍は海上封鎖線上で警告を無視してキューバ海域に向かうソ連海軍のフォックストロット型潜水艦B-59に対し、その艦が核兵器(核魚雷)を搭載しているかどうかも知らずに、爆雷を海中に投下した。攻撃を受けた潜水艦では核魚雷の発射が決定されそうだったが、B-59副艦長ヴァシーリイ・アルヒーポフの強い反対によって発射を止め、また浮上して交戦の意思がないことを表し、その後海上封鎖線から去ることにより核戦争は回避された。さらに27日には開戦となってしまう事象(アクシデント)が重なっていた。

    1962年10月26日の戦争開始準備体制で核兵器使用準備が開始されてから、ケネディ大統領もフルシショフ書記長も、自国のホワイトハウスやクレムリンに、核兵器が到達することを十分に意識していた。28日のフルシショフ書記長のラジオ演説まで、数日間は、事情を知る米国とソビエト連邦の政府関係者は、一睡もできないほどの核戦争前夜の緊張感と恐怖感を感じたはずである。

    次の瞬間にも、核ミサイルが発射される、禍々しい恐怖が米ソ両国に意識されたのである。エスカレーションにより26日と27日は、まぎれもなく核戦争前夜そのものであった。米政府中枢メンバーは10月27日夜の21時には、明日28日の会議は10月30日に空爆か侵攻を行うかで開かれる予定であった。緊張と疲労がまじった中で、会議に出席した誰もが30日火曜日には戦争が起こると予測していた。27日の夜には、ケネディ大統領もマクナマラも他政府メンバーも、30日には核戦争勃発と第三次世界大戦を覚悟し絶望した瞬間であった。米政府は27日夜において、30日には核兵器使用と全面核戦争をほぼ覚悟していた瞬間であった。13日間の最期数日間は「世界はリアルな全面核戦争前夜に突入していた」

    26日夜のDEFCON2の発令を受けて「全面核戦争」の可能性をアメリカ中のマスコミが報じたことを受け、アメリカ国民の多くがスーパーマーケットへ、飲料水や食料などを買いに殺到する事態が起きた。26日と27日には米国民も核戦争前夜の危機意識を共有していた。

    ■1962年と2022年の4人大統領(書記長)比較すると1962年は「ケネディ大統領とフルシショフ書記長」に対し、2022年は「バイデン大統領とプーチン大統領」である。戦争に負け込み追い詰められる可能性の高まっている独裁者の大統領と、数週間前に友人の国会議員が1か月前に亡くなったことをわすれる認知症症状が明白となった大統領である。この側面だけでも2022年が、いかに不気味であるかを象徴している。1962年は首脳同士の妥協によって危機が回避されたからである。

    ■今後の可能性のある2つのシナリオ。1つ目は、ロシアが通常戦において、長期間で立て直しをはかり、4州を奪還し維持すること。2つ目は、通常戦において、来年になっても負け込みが継続し、ウクライナ4州を奪還されたり、クリミアさえ維持できない状況から、4州奪還やクリミア維持が通常戦において、今後決定的に不可能となった場合、プーチンは戦術核や核実験をする可能性が高まる。核実験からキーフ標的のニュークリアブラックメールや、戦術核使用後にNATOの参戦も誘発するかもしれない。戦術核(核実験など)の使用が通常戦において、決定的おいつめられた場合に高まる。10月から来年にかけて、通常戦が決定的に敗北の可能性が高まったとき、戦術核(核実験など)を使用し、NATOや米国がウクライナに参戦するかもしれない。

    プーチンはNATO参戦を予測して戦術核(核実験の形式など)を使用し、核兵器の限定的な使用後(核実験行為)その甚大な影響力を利用し、その後、ロンドンやパリ、ベルリンなど、またはニューヨークやワシントンを標的とした、NATOや米国に、戦略核兵器使用の可能性を表明する、ニュークリアブラックメール(核恫喝)をする可能性がる。この展開こそが1962年のキューバ危機同様の緊張感ではないであろうか?双方が全面核戦争の準備に突入するかもしれない。仮に、NATOと全面核戦争の危機が明らかになった場合、米国や中国などの大国が仲介するかもしれず、米国大統領とロシア大統領のトップ会議で、キューバ危機再来の危機を回避するかもしれない。

    その場合、クリミアと4州、もしくは2州がロシアに併合とし、通常戦では考えられない有利な和平交渉をロシアは引き出そうとする。ウクライナは猛烈な反対が予測されるが、米国やNATO、中国、インドなどで、国連常任理事国が、キューバ危機再来を回避するという大義名分のもと、和平交渉を展開してしまえば、ウクライナも抑え込まれるしかない。(ゲリラ活動のみが残される)※大国や国連の仲介が失敗すれば、キューバ危機再来は全面核戦争へ突入する可能性がある。

    さらに3つ目のシナリオとしては、なんらかの流れでプーチン大統領の失脚もある。しかしプーチンの後継者が平和的解決を望むとは限らない。さらに強権的な指導者によって国内暴力粛清に至り、核恫喝をさらに繰り返す後継者かもしれない。

    また、2022年9月からのキューバ危機再来も、1962年キューバ危機の最期の2日間のように全面核戦争の準備まで至るか否かはわからない。しかし、今回、幸運に核戦争危機が回避できても、さらに21世紀にはキューバ危機再来が繰り返される可能性が高まるだろう。プーチン大統領が核兵器を使用してもしなくても、戦争自体の規模拡大によって、第三次世界大戦がまたもや、ヨーロッパ発となるのかもしれない。私たちはそんな時代に向かっているのかもしれない。

     

    ■(※個人見解)20世紀前半の2つの世界大戦が、21世紀にも繰り返される可能性が高まっている。現在2022年10月30月は、20世紀の人類の危機時代に例えれば、どの地点であろうか?①1929年の世界恐慌直前であろうか、②1930年代の全体主義や戦争準備が急速に行われた時代か、さらに、③すでに第2次世界大戦に突入していたが、当時はドイツのポーランド侵攻としての局地戦争の認識であったが、1940年以降、戦線が急拡大し世界大戦に発展していた時代が、現在であるなら最悪と考える。

    また2023年は、20世紀の1940年(第ニ次世界大戦1年経過年)であり、ロシアの局地戦争が世界大戦に拡大するタイミングであるのかもしれない。さらには1914年の第一次世界大戦勃発の10年前に、ロシア帝国没落を決定的とした、1904年の日露戦争と、現在のロシア・ウクライナ戦争が例えられる時代かもしれない。いずれにしても現在が、第三次世界大戦にすでに突入しているのか、あと10年で世界大戦がはじまるのか、後世の歴史家は知っているはずである。

    また、同時並行して、21世紀にキューバ危機の再来を、2022年9月から色濃く、世界が懸念しはじめている。全面核戦争は偶発性や勘違いやミスからも起こり得る。全面核戦争へのエスカレーションの蓋然性は波も含めて、常に一定程度存在しはじめたと考える。全面核戦争にエスカレーションした場合、第三次世界大戦が短期間で終了し、同時に近代の終焉となってしまう可能性もある。

    よって大国の意志であれ、偶発的であれ、キューバ危機再来は、その後の世界大戦や覇権や世界経済の課題を極めてシンプルにしてしまう危険性がある。各国や人々は各地域での、シンプルな生命維持だけが、個人と国家も目的となってしまう。国際や国家など、政治や経済をはじめ、近代性のほとんどが消滅してしまうかもしれない。

    第三次世界大戦の想定としては、現在は1920年代でも1930年代でもなく、2023年は1940年のドイツの局地戦争から第二次世界大戦へ戦線拡大した時代に突入してしまう想定が最悪の想定かもしれない。

    2020年代の世界大戦から、2030年代、2040年代など、世界大戦が連続する可能性もある。第二次世界大戦以前との違いが起こるとすれば、次回の世界大戦において、「核兵器保有国は自国を直接攻撃されない、事実上のルール制限のある世界大戦」である可能性がある。戦場は核保有ではない国や地域で行われる可能性が高い。

    米国は中国との第二次冷戦の想定をしているが、ロシアの戦争長期化から、同時に中国、イラン、や北朝鮮などに局地戦争が勃発した場合、世界大戦へ拡大可能性が高まり、アセアンや南米やアフリカに戦線が拡大、もしくは複数回の世界大戦が短期間に勃発する可能性がある。

    もしくは米ソ冷戦のように、覇権戦争は起こらず、平和が継続する可能性(歴史的覇権戦争研究であるトゥキュディデスの罠では25%の低い可能性の顕在化であった)もあるが、米国の動機や、中国の動機によって、来年から2030年代にかけて第三次世界大戦へ戦線拡大する可能性は高い。とくに米国の国内混乱要因と、早い段階で中国への戦争開始をしなければ、先延ばしにすればするほど、米国は中国覇権の蓋然性を高めてしまう。よって米国こそ2023年以降の早期に、中国と戦争状態に、積極的な方針に出る可能性が高い。さらに米国は国内分断と没落要因も抱え、戦争を先延ばしにするほど覇権戦争ができない可能性も高まる。2020年代には覇権戦争を米国側動機から勃発させる可能性が高まるのではないか。

    日本は、2020年代に東アジアでの戦争に巻き込まれ、2030年代に再び本土戦の想定が必要であるそのまえにアセアンや南米、アフリカなどの非核所有国地域が戦場となり、最期の決戦地域が、日本や韓国などの①非核所有の②経済大国である③中国周辺米国同盟の可能性もありえる。これによって米中覇権の最終段階、中国が勝利なら世界覇権が中国へ移行、米国が勝利なら米国覇権維持か、もしくは多極構造へ移行。世界大戦のような大規模な地政学的危機においては、日本や韓国が、将来の世界大戦の「最終戦場地域」になっても不思議ではない。

    第三次世界大戦や、米中覇権戦争の最終決戦地は太平洋であろう。最期は韓国と日本が最前線の戦地となりとなりえる。よって、米国の国内問題によって自主撤退しない限り、中国は2030年代から2040年代へと最終決戦を先延ばししたい、米国の衰退や分裂、もしくは中国の軍事的優位時代の到来まで、最終決戦の時間稼ぎをしようとするが、米国は2020年代に早期に戦争成果を出し、中国の台頭を抑えようとするかもしれない。

    専制主義国家の時代が戻ってきたのです。これは単なる印象論ではなく、その傾向は数字でも示されています。この10年近く、専制主義国家で暮らす人口が、絶対数でも、相対的な割合でも年々増えています。民主主義はまだ失われていないものの、撤退戦を強いられている状況です。よって、米国は2020年代に早期に戦争成果を出し、中国の台頭を抑えようとする蓋然性は高いと考える。


    第三次世界大戦と全面核戦争の危機「ウクライナ侵攻から21世紀のキューバ危機へ」

     

    ※歴史は残酷な悲劇をゆっくりと確実に繰り返す。人々は残酷な悲劇が発生した後のみに、突然、目覚め正気に戻る。悲劇が発生する前に目覚めることはありません。人類の長い歴史が証明しています。

    米中冷戦、新南北戦争、第三次世界大戦などの想定(同時代SF年表)】

     

    2022年からロシア・ウクライナ戦争(5年)※全面核戦争が回避されたと仮定。

    2023年から米中冷戦(20年)

    2023年から世界的に局地戦・内戦の多発・頻発時代へ(30年)

    2028年(早ければ2024年)から新南北戦争(3年)※米国が社会主義革命か独裁者誕生(米国版プーチン)から、どちらにしても一党独裁の全体主義化へ

    2030年(早ければ2022年)から第三次世界大戦(6年)世界的な民主主義国の崩壊。権威主義と帝国主義の復活。※日本は再び戦場となり米中露などが分割統治※全面核戦争が回避されたと仮定。※自由民主党の総裁候補は、在日本中国大使館経由の北京からの忖度を受けた候補者のみが立候補可能となる。北京語が第一外国語となる。

    2050年から第四次世界大戦(6年)米中覇権から、新グループ化から多極構造へ 新オリエント時代へ※日本は再び戦場となり米中露などが分割統治(日本人にとって滅亡よりも過酷な時代、代理戦争によって日本人同士が憎悪し殺し合う時代)20世紀にはドイツ、ベトナム、朝鮮半島、21世紀には日本が大国の代理戦争の戦場となる。日本は2つ以上の国に分裂し、日本人同士の戦争となる。※その後、日本は中国の一国二制を受け入れ、北京語と日本語の2種公用語となる。一国二制度は50年間の条約であったが、早期の10年目に一方的に、日本は特別自治区となり、中華人民共和国に併合。公用語は北京語のみに統一される。日本史が終焉し、中国としての日本地域史となる。日本は分割統治から中国に併合され滅亡・亡国する。(再び独立国家となるか、否かは、数百年後の歴史問題となる)

    2080年 イスラム諸国の台頭(新オリエント時代の中心勢力)と近代の終焉(先進諸国は人口減少から衰退)※全面核戦争が回避されても、全面核戦争が顕在化しても、どちらにしてもイスラム世界の時代が到来か。

    ★南北戦争 1860年秋の大統領選挙で共和党のリンカーンが当選すると、サウス・カロライナ州がただちに合衆国を離脱し、翌61年の2月1日までにミシシッピ、フロリダ、アラバマ、ジョージア、ルイジアナ、テキサスの南部6州がこれに続いた。そして、同年2月4日には、これらの諸州の代表がアラバマ州のモントゴメリーに集まって討議のすえ、9日には合衆国と敵対する南部連合(アメリカ連邦ともいう)Confederate States of Americaを樹立し、ジェファソン・デービスを大統領に選出して、公然と奴隷制度を認める憲法を制定した。続いて、4月12日の未明、南軍がサウス・カロライナ州にあった北軍のサムター要塞(ようさい)に砲撃を浴びせ、内戦の火ぶたが切って落とされた。これに対しリンカーンは、初めて7万5000人の志願兵を募集し、また南部の海上封鎖を命じた。その後まもなくバージニア、ノース・カロライナ、アーカンソー、テネシーの4州が南部連合に参加し、ここに南北戦争が本格的に開始される。

     

    *History repeats cruel tragedies slowly and surely. People suddenly wake up and come to their senses only after a cruel tragedy occurs. You don’t wake up before tragedy strikes. The long history of mankind proves it.

    [Assumptions of the Cold War between the United States and China, the New Civil War, World War III, etc. (contemporaneous science fiction chronology)]

     

    From 2022 Russia-Ukraine War (5 years)  *assuming that all-out nuclear war is averted.

    From 2023 US-China Cold War  (20 years)

    From 2023  to the era of frequent local wars and civil wars worldwide (30 years)

    From 2028 (2024 at the earliest)New Civil War (3 years)*The United States transitioned from a socialist revolution or the birth of a dictator (U.S. version of Putin) to totalitarianism with a one-party dictatorship.

    From 2030 (or 2022 at the earliest) to World War III (6 years), the collapse of global democracies. A revival of authoritarianism and imperialism. * Japan becomes a battlefield again, divided and ruled by the United States, China, and Russia.*The LDP presidential candidate can only run for candidates who have received speculation from Beijing via the Chinese Embassy in Japan. Mandarin is the first foreign language.

    From 2050 to World War 4 (6 years) From US-China hegemony to new grouping to multipolar structure To New Orient era era, an era when Japanese people hate each other and kill each other due to proxy war)In the 20th century, Germany, Vietnam, and the Korean peninsula, and in the 21st century, Japan will be the battlefields of the proxy wars of the great powers. Japan will split into two or more countries, and it will be a war between Japanese.*After that, Japan accepted China’s “one country, two systems” policy and became two official languages, Mandarin and Japanese. One country, two systems was a 50-year treaty, but in the early 10th year, Japan unilaterally became a special autonomous region and annexed to the People’s Republic of China. The official language will be unified to Mandarin Chinese only. The history of Japan comes to an end, and it becomes the history of Japan as China. Japan will be annexed by China from division and rule, and will be ruined. (Whether or not it will become an independent nation again will become a historical issue several hundred years from now.)

    From 2080: The rise of Islamic countries (the central force of the New Orient Era) and the end of the modern era (developed countries decline due to population decline) Is it time for the Islamic world?


    ■米国はロシアがウクライナで核を使用すれば「破滅的結果」をもたらすと警告しているが、サリバン氏は「結果の範囲、米国がとる行動の種類についてロシア側に直接的に伝える機会をもってきた」と強調。ただ「公に知らせるつもりはない」と述べ、露側に伝達した内容の言及は避けた。

    核使用に伴う結果「露側に伝達」 米補佐官

    ■キューバ危機再来は、9月21日に発生したと考えてよいかもしれない。プーチンの演説に、動員令と、ロシアは核攻撃の脅迫をされている、ロシアを守るためにすべて手段、脅しではない。この後サリバン氏はロシアの核攻撃後の米国の具体的な態度。恐らく核による反撃をいくつか具体的に複数回、直接に核恫喝していた。よって、米国の核恫喝を受けて、ロシアの核恫喝を発言し、脅しではない。と語った2022年9月21日から、ゆっくりとキューバ危機再来がスタートしたと考える。1962年のキューバ危機が13日間と言われているが、今回のキューバ危機再来では、長期間に渡る可能性がある、今後の戦局でロシアの敗戦色が濃くなればなるほど、キューバ危機再来の核攻撃の可能性が高まる。

    恐らくは米国はロシアの核攻撃のプロセスを段階化して、ある段階に入ったら、ロシアの核攻撃準備プロセス中に、米国はロシアに致命的で破局的な核攻撃を加える「先制核攻撃」で、逆核恫喝を行った可能性が高い。プーチンもプロセスが察知されない核攻撃や、「米国を直接核恫喝する方法」を模索しているのではないか?潜水艦や飛行中の航空機からや、核ミサイルの発射準備を察知されることなく行う方法を模索している可能性がある。米国が直接、核恫喝された場合は深刻なキューバ危機再来となる。

    ■プーチンは9月21日に、はっきりと、西側の核恫喝は、反対に、風向きがかわれば、ロシアからの核恫喝になる、と明言・予言している。ロシア政府の脅しは明らかに核だ。プーチン大統領はありもしないNATOからの核の脅威の対抗手段として、好戦的な発言をしている。同氏は先週、必要とあらばロシアは「使用可能なあらゆる兵器を行使する」と警告した。

    だが、ロシア政府関係者の姿勢は驚くほどもっと明確だ。彼らは核兵器の使用が現実的な可能性と受け止められること、プーチン氏も言うように「はったりではない」と受け止められることを望んでいる。これをきっかけに、米国政府の発言にも寒気のするような変化が現れた。この数カ月間、西側関係者は核戦争を少なくとも考慮に入れるべきだという意見をことごとく退けてきた。それが今、米国のジョー・バイデン大統領や政府高官は同盟国、ひいては地球上のほぼ全員を安心させるために、核抑止や即応態勢についてメッセージを発信する必要に迫られている。

    米国政府が戦争まっただ中のロシアに対して、核兵器の使用は悪い考えだと公の場で警告しなければならないと感じているような状況は、不安きわまりないものだ。

    さらに別の危険があります。偶発的な核戦争です。ロシアとNATOの間の敵意と危機感が高まるにつれて、リスクは増大します。ここで、私たちの命が 2 人のソ連軍将校のおかげであることを思い出す価値があります。まず、スタニスラフ・ペトロフ大佐は、1983 年に米国のミサイル攻撃について受け取った信号が誤報であったことに気づきました。第二に、ヴァシーリー・アルヒポフ潜水艦参謀長は、1962 年のキューバ ミサイル危機の最盛期に、米国に向けて核ミサイルを発射することを望んでいたソ連の潜水艦司令官の許可を拒否しました。核戦争を終わらせる。第二次世界大戦後に痛ましく築かれた条約、ホットライン、および軍隊間の定期的な協議の核兵器管理および不拡散体制は、これまで核戦争から私たちを守ってきました。幸運に助けられました。これらの体制は悪化することを許されてきました。主に新しいテクノロジーを制御する必要があるため、強化と更新が必要です。これには、同盟国と潜在的な敵の両方の自然科学者と社会科学者の間での共同研究、および敵対的で不信感のある政府と軍の間での核の安定性に関する緊急の率直な議論が必要です。

    「米国とロシアの何百ものミサイルは、いまだに警戒態勢にあり、攻撃が来るという真偽にかかわらず、警告を受けて発射される準備ができています。」

    NATOの非拡大を踏まえた、3月下旬のロシアとウクライナの和平合意草案に戻ることが急務です。世界が過去に何度もそうしてきたように、今日の危機的な状況は簡単に制御不能になる可能性がありますが、今回は核災害の可能性があります。世界の存続は、慎重さ、外交、あらゆる面での妥協にかかっています。

    ウクライナでの壮大なゲームは暴走している

    NATO非加盟の同国はしかし、加盟国への攻撃を全加盟国の攻撃とみなすNATO条約第5条(集団防衛)の対象ではない。「併合地域」の防衛には本土防衛と同様、「核を含むいかなる兵器も使用できる」(メドベージェフ国家安全保障会議副議長)という露側の脅しは、この盲点をついた。ウクライナ軍がハイマースで「併合地域」の露軍に反撃すれば、露側が米国による露領土の攻撃とみなす危険すらある。

    米、露の核兵器抑止に難題 具体策なし

    プーチンが、最初の攻撃でウクライナの都市を標的にする可能性は極めて低く、犠牲者を出すことを避けるだろう、とソーントン博士は述べている。ロシアが核攻撃を行う場合、彼らが本気で自衛する意思があることを示す象徴的な意味合いのものになるという。その標的がどこになるかを予測するのは難しいが、プーチンは戦争の初期にロシアが占領し、その後奪還されてウクライナの抵抗の象徴となった黒海に浮かぶスネーク島を念頭に置いている可能性があると博士は指摘した。

    ロシアの核攻撃は黒海の島が標的になる可能性、専門家が警告

    ロシアのプーチン大統領は30日、ウクライナ東・南部4州の併合を宣言する演説で、米国が第二次世界大戦末期に広島と長崎に原爆を落とし、核兵器使用の「前例」を作ったと指摘した。「米は日独韓いまだ占領」

    プーチン氏「米が核兵器使用の前例」、日本への原爆投下に言及

    ■私がこの記事の作成を開始した理由は 2 つあります。まず、この 10 月で、ソ連と米国が核戦争の瀬戸際にあったキューバ ミサイル危機から 60 年を迎えます。これは、この劇的な時代から 2 つの大国が学んだ外交政策の教訓を詳しく見る機会です。1960 年代の爆発的な状況を繰り返させてはならないということ

    アメリカの軍事計画立案者に、限定的な核戦争が可能であるという彼らの仮定の誤りについて警告したいと思います。彼らは明らかに、英国とフランスの核兵器との衝突がヨーロッパで起こった場合、米国が海の後ろに隠れることができることを望んでいます. これは非常に危険な「実験」であることを強調しておきます。核兵器の使用は、局所的または地域的な紛争を地球規模の紛争に急速にエスカレートさせる可能性があると考えて間違いありません。

    あらゆる困難にもかかわらず、私たちとアメリカ人は、核紛争の深淵に陥る危険なしきい値にまだ近づいていないと信じたい. 私たちを脅かすのをやめることが重要です。

    今日、ワシントンがロシアとの関係を悪化させるためにどこまで行く準備ができているかを予測することは困難です. 米国の支配層は、解体の可能性がある我が国を消耗させることを目的とした計画を放棄することができるでしょうか? (アナトリー・アントノフ アメリカ合衆国のロシア連邦 (RF) 特命全権大使)

    キューバのミサイル危機 2.0​​ ウクライナ上空?(ロシアメディアRIAC)

    専門家は、プーチンが頭がおかしくない限り、核兵器を使用することはできないと言っています。しかし、専門家の予測とはまったく対照的に、ロシアは 2 月 24 日にウクライナへの直接侵攻を開始しました。米国の衰退に伴い、第二次世界大戦後に導入された「先制不使用」の普遍的原則は崩壊しつつあります。[私たちが住んでいる] 国連と NPT 制度の有効性が懐疑的に見られ、大きく後退している時代です。核大国同士の戦争を抑止してきた相互確証破壊の原則も揺らいでいる。私たちは、これまで全面戦争を防いできた世界的なリーダーシップを失っています。

    インド、パキスタン、イスラエルと同様に、UNSC の核対応常任理事国は、核ボタンを制御するためのシステムを階層化していますが、ロシアと北朝鮮は異なります。権力を失うか、核のボタンを押さざるを得ない状況に陥るプーチンを止める手段は何もない。国家システムが核兵器の保有を中心とする北朝鮮では、事態はさらに悪化している。北朝鮮の核攻撃能力は、朝鮮労働党の創立記念日である9月9日に法制化された。先制核攻撃の5つの条件には、「戦争の際に主導権を握る」などの運用上の必要性が含まれています。凶悪な国が韓国への先制核攻撃を実行する「権利」を留保しているにもかかわらず、

    北朝鮮は9月28日、核兵器を搭載可能な弾道ミサイルを東海に発射した。今年、北朝鮮は単独で18発の弾道ミサイルを発射したが、韓国だけでは北朝鮮の核兵器から身を守ることはできない。「韓国式アイアンドーム」の建設は、国家の存続と国民の生死に関わる問題です。現在、韓国にとって最も差し迫った課題は、NATO 型の核共有協定に参加するか、独自の核兵器を取得することです。韓国で独自の核武装が論議されはじめている。

    すべての恐怖の総和:ロシアの核の脅威と朝鮮半島ユン・ピョン-ジュン(韓国)

    ■ロシアとウクライナの戦争は、1962 年のキューバ ミサイル危機以来、世界を最も危険な時期に追い込んでいます。ロシアと米国の間の一般的な戦争にエスカレートし、大量の死傷者を出す可能性がこれほど高い可能性を秘めた事件は他にありません。 戦争はロシアにとって実存的なものではありませんが、プーチンにとっては重要です。彼は勝つか死ぬかです。 プーチン大統領が核兵器を実際にどのように使用するかは正確には不明です。ウクライナには、戦術核兵器または戦場核兵器の標的となるような大規模な装甲編成はありません。ウクライナ人は、プーチンが「バンカーバスター」爆弾で標的にするかもしれないいくつかの地下施設を持っているかもしれません。そうでなければ、彼ができる唯一のことは、ハルキウのようなウクライナの抵抗の中心地で「シティバスター」兵器を爆発させることです. しかし、そのような理不尽な破壊に比例する軍事的価値はほとんどなく、おそらくプーチンでさえ、核のタブーを破り、150 万人を殺害した人物として歴史に名を残すことを望んでいないでしょう。プーチン大統領は、ウクライナを「ネオ・ファシスト」から救いたいのであって、国を消し去るつもりはないと主張している。

    しかし、それはプーチン氏を信用しすぎている可能性があります。彼は明らかに核兵器を使用すると脅迫してきました。独裁者や侵略者が何をしようとしているのかを私たちに話したら、私たちは彼らを信じるべきです。核兵器の使用が私たちにとって不合理に見えるとしても、彼には違うように見えるかもしれません。何が合理的かという私たちの感覚は、人間の生命の価値、歴史の判断、および公的支援の重要性に関する仮定に根ざしています。プーチンにとって、これらの仮定は非常に不合理に見えるかもしれません。 現在の安定性を過大評価している可能性があります。(世界はキューバ危機再来に、楽観論の立場が多勢を占めているのは危険ではないか)

    キューバのミサイル危機以来、最も危険な瞬間 ジョージタウン大学 ポール・ミラー教授

    ロシアメディアは全面的に、アナトリー・アントノフ アメリカ合衆国のロシア連邦 (RF) 特命全権大使のキューバ危機の再来論を掲載している

    アメリカ人なら誰でも、キューバのミサイル危機が再び発生してはならないことに同意するだろう(ロシアTASS通信)

    最近ウラジーミル・プーチン大統領がワシントンに別の警告を発したとき、「それはブラフではない」と述べた. 」と、 まさにその通りだと結論付けた人もいました。しかし、最近の経験が示すように、プーチンの言葉はもっと真剣に受け止められるべきです。2018年のインタビューで、彼は「なぜロシアのない世界が必要なのか?」と語った。

    問題は、米国がウクライナで狙っているモスクワの戦略的敗北は、最終的にはおそらく「ロシアのない世界」という結果になるだろうということだ。」 これはおそらく、もし – 神が禁じていることを示唆しています! – クレムリンは、ロシアの軍事ドクトリンが「ロシア連邦の存在に対する脅威」と呼ぶものに直面するだろう。 その核兵器は、ヨーロッパ大陸のどこかを指すのではなく、大西洋の向こう側を指す可能性が高い.これは身も凍るような考えですが、有益かもしれません。

    戦略核兵器の使用だけでなく、核兵器の使用はすべて防止されなければなりません。敵対者間の平和は、厳粛な誓約や敬虔な願いに基づいているのではなく、最終的には相互の恐怖に基づいているというのは残酷ですが、真実です。私たちはこの抑止力を「相互確証破壊」と呼ぶようになりました。その恐怖は私たちの意志を麻痺させるべきではありませんが、どちらの側も正気を失わないようにする必要があります。それどころか、抑止力が侵食され、はったりとして片付けられれば、私たちは夢遊病に陥り、大きな問題に直面することになります。

    残念ながら、これがまさに私たちが今向かっているところです。ヨーロッパ最大の原子力発電所への何週間にもわたる絶え間ない砲撃が、信じられないことにヨーロッパを含む西側の世論によって容認されていることを物語っています。なぜなら、それはウクライナ軍がステーションを占領したロシア人を排除しようとしているからです。

    キューバのミサイル危機から学ぶべき教訓があるとすれば、それらは基本的に2つです。一つは、核抑止力の実験は全人類に致命的な結果をもたらすということです。2つ目は、主要な核保有国間の危機の解決は、理解に基づいてのみ行うことができ、どちらの側の勝利にも基づいていないということです。

    前者がなくなり、後者が狭くなったとしても、まだ時間と余裕があります。現時点では、ウクライナでの和解の可能性について話し合うのはまだ時期尚早ですが、私と同じように過去 30 年間、両国間のパートナーシップの構築を支援しようとして失敗に終わったロシア人とアメリカ人は、今、団結して考える必要があります。致命的な衝突を回避する方法について。結局、1962 年に世界を救ったのは非公式の人間関係でした。

    ロシアと米国には、キューバのミサイル危機の教訓を学び、核戦争を防ぐ時間がまだある(カーネギー国際平和財団モスクワ・センター所長 ドミトリー・ヴィタリエヴィチ・トレーニン ロシア系メディアRTより)

    ■これほど率直な物言いは、世界を核戦争の一歩手前に陥らせた1962年のキューバ危機以降、旧ソ連の指導者たちが発信してきたずっと微妙な威嚇のシグナルとは全く異なる。サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は25日、バイデン政権はプーチン氏の発言を「極めて重大」に受け取り、ロシアが核兵器を使えば「破滅的な結果」を招くと、くぎを刺した。

    米政府は今のところ、万が一の場合の具体的な対応策を示していない。ただ、米国も核兵器を行使すれば「核エスカレーション」につながりかねない以上、ロシアの軍事施設に対する通常兵器での大規模攻撃が行われる確率がより大きい、というのが大半の専門家の見立てだ。コロンビア大学で戦争と平和の問題を研究するリチャード・K・ベッツ教授は「プーチン氏は掛け金の大きいチキンゲームを戦っている。私がお金を賭けるなら、恐らく3対2でプーチン氏がたとえ絶望的になっても核使用に踏み切らないと予想する。ただし、これらは必ずしも妥当なオッズではない」と述べた。

    <非合理性>
    米国がロシアの核兵器動向を注視している表れとして、24日には弾道ミサイルの観測を任務とする偵察機RC135S「コブラボール」が少なくとも2機配置についたことが、航空機追跡データで分かっている。キングス・カレッジ・ロンドン戦争学部のローレンス・フリードマン名誉教授は、現時点でロシアが核攻撃の準備を加速させている証拠はなく、そうなっても米政府は「かなり素早く」察知するだろうと予想する。フリードマン氏は、プーチン氏の核兵器に関する警告を軽視するのは間違いだが、プーチン氏にとって新たに編入した地域を守るために核を使うのが合理的とは思わないと主張。「ウクライナが戦闘をやめない姿勢を明らかにしている中で、こんな小さな獲得地のために1945年8月から続いてきた禁忌(タブー)を破ること、たとえ戦闘を止められてもこれらの地域を平和な状態に落ち着かせるのが難しいことからすれば、核戦争を始めようようというのは、とても奇妙に思える」と述べた。その上で、この状況で非合理的な核兵器使用があるとすれば必然的に、脅威を感じて絶望したプーチン氏の情動的な行為ということになるだろうとの見方を示した。

    コロンビア大学のベッツ氏も、ウクライナにとって形勢が有利になればなるほど、プーチン氏が核兵器を使う確率は高まるとみている。以前にはロシアによる核攻撃示唆をあまり気にしていなかったウクライナのゼレンスキー大統領は、25日のCBSテレビで「昨日までは見せかけだけの脅しだったが、今は現実になり得る」と警戒感をにじませた。

     

    ■ウクライナに侵攻したロシアは東部・南部で占領地を広げたものの、8月以降はウクライナ軍の反転攻勢で苦境に立つ。行き詰まったロシアが核攻撃に走るのでは、との懸念はプーチン氏の演説前にもあった。バイデン米大統領は18日の米CBSのインタビューで「プーチン氏が戦術核の使用を考えているとしたら何と言うか」と聞かれて「やめろ、やめろ、やめろ(と言う)」と答え、予防線を張っていた。

    ロシアは核を使うのか バイデン氏「やめろ、やめろ、やめろ」朝日新聞

    ■9月30日モスクワ赤の広場で開催さられた4州併合式典は、軍事大国で国連常任理事国のロシアが、第二次世界大戦以降、はじめて大規模な戦争に突入する空気で満ちていた。このような口調や表情のプーチンを観るのは、はじめて。第三次世界大戦のはじまりの雰囲気に満ちていると感じた。学者からではなく、映像から伝わる時代イメージもあろう。ロシアとウクライナから大規模戦争への空気で、他地域でも戦争が勃発すると、大規模戦争の複雑化から世界大戦へ拡大するかもしれない。

    ■ロシアでは、電波は常にモスクワの核オプションに言及する脅威で満ちています。最近の国営テレビのインタビューで、外交政策アナリストのドミトリー・トレニンは、ロシアは、エスカレーションがアメリカ本土に対する核攻撃につながる可能性があることをワシントンに納得させる必要があると述べた。

    ワシントンでは、プーチンの核の脅威が高まる懸念を引き起こしている(10月2日 ニューヨークタイムス記事)

    ■あるバチカン当局者は、この熱烈な演説はあまりに陰鬱で、1962 年にキューバ ミサイル危機の際に教皇ヨハネス 23 世がラジオで行った平和アピールを思い起こさせるものだと語った。フランシスは、ロシアのウクライナ侵略とそれが引き起こした死をしばしば非難してきたが、プーチンに個人的に直接訴えたのは初めてだった。

    フランシスコ法王、プーチン大統領に「暴力と死のスパイラル」を止めるよう「懇願」(10月2日 カタール・アルジャジーラ )

    ■まず、ソ連が崩壊したとき、プーチン大統領が「20世紀最大の地政学的大惨事」と呼んだことで、ロシアが莫大な損失を被ったことを認識しなければなりません。第二に、ヒトラーによる最近のロシアへの攻撃に基づいて、ロシアが真の安全保障上の懸念を持っていることを認識しなければなりません。彼らは、彼らが常に「大祖国戦争」と呼んできた戦争でナチス・ドイツを打ち負かすために、合わせて 2,500 万人 (米国は 40 万人) の市民と兵士を失いました。

    私は、9 月 22 日のワシントン ポストのコラムニストであるデビッド イグナティウスのコラムで擁護されている戦略を推奨しました。つまり、ニキータ フルシチョフが顔面を救う方法を考え出すことで、キューバ ミサイル危機の際にジョン F. ケネディのページを利用したのです。JFK はトルコから米国のミサイルを撤去しました (25 年後に公開されました)。私は、米国とNATOは今日、ヨーロッパから核兵器を撤去すべきだと主張しました。

    平和への解決、または少なくともその重要な部分は、ドイツとの戦争がどのように勝利したかという現実を最終的に公に受け入れることを意味します.(デイブ・アンダーソン  イスラエル エルサレムポスト 10 月 3 日 )

     

    ■ABC の「Face the Nation」で、ロシアが核兵器を使用した場合、米国はどうするかという質問に対し、元 CIA 長官の David Petraeus は次のように答えました。「ウクライナ、クリミア、黒海のすべての船の戦場で確認および特定できるすべてのロシアの通常戦力を排除するだろう」と述べた。

     

    ロシア軍に対するNATOによるそのような攻撃がクレムリンによる熱核反応を引き起こし、西ヨーロッパのすべての主要な首都と恐ろしい人命の損失を伴う完全な破壊をもたらすことを理解しない人は、狂気の境界線にいるに違いありません。彼らの言葉と行動は、「最悪のシナリオ」を防ぐどころか、「最悪のシナリオ」につながる炎をあおっています。深淵の淵で、帝国主義勢力の立場は「完全勝利まで前進」である。

     

    米国や他の帝国主義勢力が核兵器を使用する寸前になったことは歴史的事実の問題です。1950年、ダグラス・マッカーサー将軍は、国境を越えて朝鮮に侵入する中国軍に対し、30発もの原子爆弾を使用する許可を求めた. 1954 年、フランスは米国のアイゼンハワー大統領に対し、ディエン ビエン フーで包囲されたフランス軍を救うために核爆弾を使用するよう懇願しました。1962 年、ケネディ自身がキューバ ミサイル危機の際に核兵器を使用すると脅迫しました。1973 年、第四次中東戦争の初期に敗北に直面したイスラエルは、エジプトに対して核兵器を使用する寸前になりました。

     

    これらすべての中で、核戦争の起こりそうな結果の影響についての率直な声明はありません。政治家、軍の高官、およびメディアは、何億人、さらには何十億人もの人々の絶滅につながる可能性のある出来事についてさりげなく話しています。

     

     

    ■もしロシアとの核戦争で終わったら、私たちの状況は第三次世界大戦ではなく、もっと悪いものになるでしょう. したがって、代理戦争と直接戦争の境界を曖昧にすることは無責任であるだけでなく、危険でもあります。この信念が米国の政策立案者の間で定着した場合、私たちは自分たちがそうしたことに気付かずにその一線を越えていたことに気付く可能性があります — 戻るには手遅れになるまで.

     

    幸いなことに、バイデン政権は違いを理解しているようで、ロシアとの直接衝突を避けるために細心の注意を払ってきた。問題は、ワシントンがウクライナに大規模な支持を与えている一方で、ウクライナがロシアを打ち負かすためにどこまで行くべきかについての目標や制限を設定していないことです。

     

    ウクライナがより多くの勝利を収め、ロシアが2月以来占領していた領土を回復すれば、プーチンはおそらく辞任を余儀なくされるだろうが、ロシアは核兵器を使用しないだろう. しかし、圧倒的多数のロシア人が単にロシアの領土と見なしているクリミアをウクライナが再征服しようとすると、核戦争にエスカレートする可能性が非常に高くなります。これは、「第三次世界大戦」という言葉の別の危険性を示しています。

     

    絶対的な勝利に関して言えば、1945 年以来、アメリカの戦争でそのように終わった例はありません。すべてが引き分け、妥協、長い内戦、または最終的な完全な敗北につながっています。ウクライナでの絶対的勝利の追求は、終わらない戦争か、それに対応するロシアの絶対的兵器の使用を指し示している。

     

     

    ■以下AGFインベストメンツ記事・・・ロシアが小型の戦術核兵器を使用する可能性は 50% を下回っていると、米国当局者は考えています。彼らは 2 つの理由を挙げている。第 1 に、そのような動きに反対するプーチンの将軍たちは、そのような命令の実行を拒否する可能性がある。第二に、ロシアが核兵器を使用した場合、モスクワは今後何年にもわたって世界ののけ者となり、さらに大きな制裁に直面することになります。

     

    しかし、土曜日にニューヨーク・タイムズ紙に衝撃的な記事が掲載された後、核オプションに対する恐怖は急上昇した。キューバのミサイル危機以来初めて、明白な脅威により、米国当局者は限定的な核紛争のシナリオを練り上げるようになった、と記事は述べている。熱核ペイロードを搭載した大陸間ミサイルについて誰も話していません。ロシアは、個々の砲弾に収まるほど小さい戦術核弾頭を使用することをほのめかしているが、それでも数ブロックまたは単一の軍事基地を荒廃させて照射することができる、とタイムズは述べた.

     

    元国家安全保障局長の HR McMASTER 氏は昨日、次のように述べています。そして、NATO と米国の対応は核である必要はありません。」元 CIA 長官で退役陸軍大将の David Petraeus は、ロシアが核兵器を使用した場合、NATO は「ウクライナ、クリミア、黒海のすべての船の戦場で確認および特定できるすべてのロシアの通常戦力を排除するだろう」と述べた。

     

    ■木村太郎氏取材によると以下・・・「壊滅的反撃」や「破滅的な結果」をもたらすものが具体的にどんな作戦なのかは不明だが、それを示唆するような記事が英紙「デイリー・メイル」電子版21日にあった。「独自取材:プーチンがウクライナで核兵器使用に踏み切った場合、米国はロシアの黒海艦隊やクリミア半島の艦隊司令部に対して壊滅的な報復をするだろう、元米陸軍欧州司令官が警告」2018年まで米陸軍欧州司令官をしていて、今はシンクタンク欧州政策分析センターの戦略研究の責任者をしているベン・ホッジス退役中将がその人で、「デイリー・メイル」紙のインタビューに次のように語っている。「プーチンがウクライナで核攻撃を命令する可能性は非常に低いと思う。しかし、もし戦術的な大量破壊兵器が使われたならば、ジョー・バイデン大統領の素早く激しい反撃に見舞われることになるだろう」

     

    ■10月7日「戦術核兵器を安易に使用して、アルマゲドン(世界最終戦争)に陥らずに済む能力などというものは存在しない」とも述べた。バイデン氏がアルマゲドンについてこれほど率直に言及するのは驚くべきこと

    バイデン氏、プーチン氏の核恫喝に警告 「世界最終戦争」招く恐れ

    米大統領、キューバ危機以来の核の脅威警戒 プーチン氏の言動で

    バイデン氏「プーチン氏は冗談を言っていない」…核使用なら「アルマゲドン避けられない」

     

    ジョー・バイデン大統領は木曜日、モスクワがウクライナでの軍事的後退に直面し続けているため、ロシアのウラジミール・プーチン大統領の核の脅威の背後にある危険性について厳しい警告を発した。バイデン氏はニューヨークで開催された民主党の募金活動での演説で、「キューバのミサイル危機以来初めて、事態がこのまま続けば、核兵器の使用の直接的な脅威に直面する」と警告した。 プールレポートによると、メディア王ルパート・マードックの末っ子であるジェームズ・マードックによって紹介されました。彼は次のように付け加えた:「戦術核兵器を簡単に(使用して)ハルマゲドンに至らない能力などというものはないと思います。」

     

    ■ガスパイプライン破壊、クリミヤ大橋爆破、ウクライナ全土でミサイル攻撃、などエスカレーションラダーが上昇した数日であった。

    ロシアによるミサイル攻撃、「戦争を根底から変えた」 マクロン氏

    ■【以下ハーバードケネディスクールの記事10月13日】今月、人類は、アメリカの歴史家アーサー M. シュレシンジャー Jr.が人類史上最も危険な瞬間と表現した 60 周年を迎えます。しかし、彼の 1999 年の提案は有効なままでしょうか? それとも、米国とその同盟国とロシアとの関係における現在の危機は、キューバのミサイル危機よりも危険になっているのでしょうか? 1 はいの場合、なぜですか? そうでない場合、なぜですか?これらは、米国とロシアの関係に関するアメリカのトップの専門家の何人かに私たちが提起した質問です. また、これらの質問に対する回答を並行して検索しました2 現在の危機とキューバミサイル危機(CMC)の間で、専門家だけでなく、米国とロシアの当局者によっても。危機の霧を考えると、私たちが提起した質問に対する答えに大きな相違があることが私たちの調査で明らかになったことは、おそらく驚くべきことではありません. たとえば、ハーバード大学のグラハム・アリソンと IMEMO のアレクセイ・アルバトフは、現在の危機が CMC で見られたリスクのレベルにまだ達していないと考えているが、ペンシルベニア州立大学ブランディワインのスティーブン・シンバラとアメリカ進歩センターのローレンス・コーブは、核の先制使用への意図的または誤算のエスカレーション」は、60 年前よりも今日の方が大きくなっています。(最も肝心なキューバ危機再来の蓋然性の見解が、学者間で分かれている)

    「キューバのミサイル危機が発生したとき、私たちは第二次世界大戦を経験した責任ある政治家とまだ取引を行っていました。現在、西側の政治エリートのレベルは比類のないほど低くなっています。」(ロシススカヤ・ガゼータ、04.18.22 )

    「実際には、危機の危険性を最小限に抑えることを目的としていないキューバのミサイル危機よりも危険だと思います。」(米露合意のためのアメリカ委員会、04.18.22)ジョン・ミアシャイマー(シカゴ大学)

    「私が思うに…ここにあるのは米国とロシアの間の戦争であり、終わりは見えません。これが近い将来どのように終わるのか、私には考えられません。…そして、ここには核のエスカレーションの深刻な危険があると思います。」(米露合意のためのアメリカ委員会、04.18.22)ジョン・ミアシャイマー(シカゴ大学)

    「キューバのミサイル危機よりも潜在的に危険な状況にある」「私たちはクレムリンの指導者に直面しています。彼は、これが『生か死か』のための闘争であると彼が言っていることを実際に意味しているかもしれません. 私たちは、モスクワ、そしてそこにいるすべての出来事に影響を与える立場にある人々を、究極の狂気に陥れるのを阻止するために全力を尽くさなければなりません。」( WP、 10.10.22) スウェーデンのカール・ビルト元首相

    ハーバード大学のグラハム・アリソンと IMEMO のアレクセイ・アルバトフ現在の危機が CMC で見られたリスクのレベルにまだ達していないと考えているが、ペンシルベニア州立大学ブランディワインのスティーブン・シンバラとアメリカ進歩センターのローレンス・コーブは、核の先制使用への意図的または誤算のエスカレーション」は、60 年前よりも今日の方が大きくなっています。(危機リスクの判断や解釈が分かれている)

    元米国上院議員のサム・ナンは、「私たちは、ソビエト連邦の崩壊以来、最も危険な時期にいる」とナンは、1962 年のキューバ・ミサイル危機と比較して語った。エスカレーションの脅威、ロシアがポーランドとNATOを巻き込む供給ラインを爆撃するという脅威があります。指揮統制に対するサイバー干渉の危険性が高まっており、警告システムが失敗につながる可能性があります。ロシアの侵略は、その可能性をさらに高めます。おっしゃる通り、原子力発電所を軍事基地にする危険性が増しています。」「今は非常に危険な時期です。」(サウスベンド・トリビューン、 09.25.22)

    ロシアの IMEMO のドミトリー・トレニンは次のように述べています。これが2つの危機を結び付ける主なものです。60 年前、最後の瞬間は慎重さが優勢でした。今も同じだろう?」(コメルサント、10.12.22)

    Russia matters Harvard Kennedy School 2022,13 oct

     

    ■欧州連合(EU)の外相にあたるボレル外交安全保障上級代表は13日、ロシアがウクライナに対して核兵器を使用すれば、ロシア軍が全滅する結果になると発言した。

    ロシアが核使用すればロシア軍は全滅 EU外相 CNN

     

    ■小泉氏)やはり使ってしまった場合は、NATOが「何らかの物理的な対応を取る」というふうにNATO事務総長は言っているわけですから、ロシアの核使用を罰するということになると思うんですけども。もしそこで終わらなくて、本当にNATOとロシアの直接対決となった場合、そうなるとアメリカ側もロシアの「戦略核」を一掃するような、いわゆる武装解除打撃をかける可能性があると思いますし、とすると、ロシアとしては完全に核戦力武装解除される前に、アメリカの攻撃能力を叩こうとする。とすると、例えば日本でいうと三沢や、横須賀、そういった所が叩かれる可能性がありますから、このエスカレーションは我々にとってまったく他人事ではないと思います。

    ロシア「核」使用なら…横須賀、三沢に影響及ぶ可能性も(2022年10月15日)

     

    ■【以下は Newsweek 常に煽りすぎの記事内容が多いが、今回の米国政府批判は正論と感じてしまう】ロシアが核を使えば、アメリカも核を使う──ロシアを止めるにはそれしかない ウィリアム・アーキン(元米陸軍情報分析官)2022年10月13日

    しかしわが国は、プーチンの暴走を止めるのに必要な正しいメッセージを送っているだろうか

     

    この核戦略計画官と2人の米軍幹部によると、仮にロシアが核攻撃に踏み切ったとしても、バイデンはアメリカの核を使わないつもりだ。3人ともそれに異論はなく、アメリカによる核の先制使用も排除している。しかしロシア大統領ウラジーミル・プーチンによる核の先制使用を本気で防ぐつもりなら、アメリカも核戦争の話をすべきであり、そこで躊躇してはならないと主張する。

     

    「ここからは未知の領域だ」。米軍情報部の高官はそう指摘した。「強力に対応するぞ、ロシアに壊滅的な結果をもたらすぞと言いつつも、核戦争には言及しない。それで本当にプーチンを止められるか。私には、そうは思えない」ロシアが核を使えば、アメリカも核を使う──ロシアを止めるにはそれしかない

     

    バイデンも国家安全保障会議(NSC)の面々も、アメリカに対する本格的な攻撃でも始まらなければ核のボタンを押すつもりはない。それはいいが、核抑止力の計画立案や情報発信において核以外の「使用可能な」手段しか示さないのは間違いだと、この3人は考える(3人とも核戦略の立案に関わっている)。

     

    バイデン大統領は核以外のオプションでプーチンを抑止できると考えているのか、またこの点で政権と軍のコンセンサスはあるのか。本誌はこの点をホワイトハウスに問いただしたが、具体的な回答はなく、「わが国のロシアに対するメッセージについては、ジェイク・サリバン補佐官が9月25日に語ったとおりだ」との返事のみだった。

     

    「一般論で抑止力をちらつかせても、ロシアのウクライナ侵攻は防げなかった。プーチンが前のめりだったからではない。『手段を選ばず』と言うだけでは真の脅しにならなかったからだ。サリバン補佐官は(9月25日に)『そちらが核を使えば、こちらも対応する』と言ったが、それくらいでは抑止できない」

     

     

     

    追い詰められたプーチンが核のボタンを押す前に、直ちに停戦交渉に入るべき アリエル・レビテ(カーネギー国際平和財団)ジョージ・パーコビッチ2022年10月19日

    これで核戦争の脅威は格段に高まった。今後もウクライナ軍による領土の奪還が続くようなら、プーチンの戦争はますますエスカレートし、ついには核のボタンを押すかもしれない。正気の沙汰ではないが、プーチンには(そして政府と軍の上層部にも)、ウクライナと無理心中する覚悟ができつつある。

    言うまでもないが、侵略者に領土を占領されたままの状態で停戦に応じるのは好ましくない。核の脅しに屈してそうするのは最悪だ。そんなことをすれば、パキスタンや中国のような核保有国が、カシミール地方や台湾で同様な行動に出る恐れがある。

    しかし、それでもロシアを追い込みすぎて核兵器を使わせてしまうケースに比べれば、ずっとましだ。核戦争が始まってから停戦交渉に入っても、ウクライナが領土を回復できる保証はない。その前にアルマゲドン(最終戦争)で世界が終わるかもしれない。

    仮に核攻撃が始まっても、戦闘(少なくとも核攻撃)の停止に向けた交渉は模索すべきだ。諦めてはいけない。言うまでもないが、核ミサイルの応酬が始まれば、世界は今よりも、そして早期停戦で核戦争を未然に防いだ場合よりも悲惨な状態になる。

    現時点で妥協と停戦に応じれば、西側諸国の指導者たちは核の脅しに屈したと非難されるかもしれない。しかし核兵器の使用を許したと非難されるよりは、格段にましではないか。

    1962年秋のキューバ危機を振り返って、当時の米大統領ジョン・F・ケネディは言ったものだ。「核保有国は、敵を不名誉な退却か核戦争かの二者択一に追い込むような対決を避けねばならない。核の時代にそんな道を突き進むのは、こちらの政策が破綻した証拠にしかならない。あるいは、世界を巻き込む集団自殺願望の証拠だ」今、現在、ベストな選択肢は交渉による停戦、そして双方に停戦条件を厳格に守らせることだ。

    プーチンをそこまで追い込むことが、独裁者に対する正義の戦いだろうか。ひとたび核攻撃が始まれば、破壊のエスカレートを止める方法はない。西側が反撃すればロシアは引くだろうか。いや、むしろ西側がウクライナを止めさせると期待して、核攻撃を続けるかもしれない。

    そうなったら、もう止まらない。アメリカや欧州、ウクライナにとって許容できる範囲でありつつ、かつロシア軍を以前の国境まで退却させるに足る核ミサイルの応酬とはどの程度のものか。

    そんなことは誰にも分からない。いみじくもバイデンは言った。「戦術核に手を出し、それでもアルマゲドンを回避できる道があるとは思えない」と。

    アルマゲドンまでいかなくても、核兵器が使われたらウクライナの人々を守れない。だから核のボタンが押される前に、停戦交渉に入る必要がある。それが全ての当事者のためになる。

    勢いに乗るウクライナ人やその支援者たちが、この段階での停戦を受け入れ難いと思うのは当然だ。プーチンのロシアが少しでも得をするような解決策に正義はない。それは誰もが承知している。

    しかし今は、先の大戦の頃とは状況が違う。あのときはドイツと日本を完全にたたきのめし、民主国家に生まれ変わらせることができた。どちらにも、核兵器はなかったからだ。しかし今のロシアにはある。

    追い詰められたプーチンが核のボタンを押す前に、ウクライナ軍が全ての占領地からロシア勢を追い出せるのならいい。それが無理なら直ちに停戦交渉に入るべきだ。それがウクライナとヨーロッパ、アメリカ、そして世界中の人のためになる。核戦争が始まってからでは遅い。

     

    (以下、個人的見解)ロシアの核使用によって、早期にNATO参戦となれば、ロシアは早期に、ロンドンやパリやベルリンなどのヨーロッパの大都市に核恫喝する可能性がある。米国はロシアの核攻撃基地を核攻撃する可能性があり、ロシアはヨーロッパや米国の核攻撃基地を核攻撃するかもしれない。キューバ危機再来から全面核戦争や第三次世界大戦に急進的に移行してしまうタイミングである。そのようなタイミングには日本の米軍基地も攻撃されるかもしれず、さらにロシアや欧米ばかりでなく、エスカレーションによって、中国やインドなど、すべての大国や隣国に核攻撃となるシナリオもある。ロシアと米国が相互の全面核攻撃を行った場合、他の大国との軍事バランスが極端に崩れ、他国にも核攻撃を行う可能性がある。全世界のすべての国々が当事国(核災害被害国)となりえる。第三次世界大戦が数週間の短期間で終結し、人類はすぐ絶滅することはないが、近代の終焉にはなってしまいそうである。

     

    ■人口当たりの核シェルターの普及率はロシア、米国とともに約80%だとされている(日本での核シェルターの普及率は1%以下)。残念ながら、核シェルターという「冷戦の遺物」が再び脚光を浴びる日は近いのかもしれない。10日に公表された世論調査によれば、「ロシアとの核戦争に向.かいつつある」と回答した米国民は58%に達している。 ネット上では「核戦争が起きても生存確率が高い米国の地域はどこか」を示すサイトが注目を集めている(10月14日付ZeroHedge)。それによれば、人口が少なく、重要な軍事施設が存在しないなどの理由から、メイン州やオレゴン州、アイダホ州中央部やカリフォルニア州北部などが挙げられている。 米ラトガース大学は今年8月「米国とロシアの全面戦争という最悪のシナリオでは、人類の半数余り(約50億人)が死亡する」との研究結果を公表している。大気中の煤煙が日光を遮ることで農産物の生産が壊滅的なダメージを受け、世界的な饑饉による犠牲者は核兵器爆発による死者数をはるかに上回るとしている。いわゆる「核の冬」だ。(※新潮の煽り気味の記事だが、現在には必要と思える)

    米国とロシアは本気で核戦争への準備を始めた… 人類の半数が死亡の最悪シナリオも

     

    ■キューバ危機で日本も対ソ核戦争の最前線に立たされました。当時、沖縄には米国の核弾頭が多数配備され、核巡航ミサイルがソ連などに向けて即座に発射できる態勢にありました。核戦争になれば真っ先に標的となったはずです。現在もアメリカの判断次第で、核兵器を持ち込める「核密約」が維持されています。密約を廃棄し、「非核三原則」を厳格に実施することが、日本と東アジアを核破局から救う道です。唯一の戦争被爆国・日本は一刻も早くアメリカの「核の傘」から抜け出し、核兵器禁止条約に参加すべきです。(※個人的には2010年代中盤には米中覇権がスタートし、核兵器禁止条約の理想は、世界が全く反対の方向に動き始め、現在、軍拡と核兵器開発競争が再スタ―ト。理想は絶望的に遠のいたと感じる、最も崇高な理想と思えるが、残念な時代に突入した)

    キューバ危機60年「核抑止力」との決別を教訓に 日本共産党

     

    ■19世紀後半、ドイツ統一を成し遂げた鉄血宰相ビスマルクは、ベルリンを訪れた伊藤博文ら明治政府の代表団に、こう諭しました。「世界各国は友好を唱えて外交を行っているように見えるが、それは表面上のこと。実態は弱肉強食である。大国は、利があれば国際法を守り、不利と見れば武力を用いる。あなた方も国際法を気にかけるより、富国強兵を行い、独立を全うせよ」(※柔らかいナショナリズムの浸透とは、これらの認識と思える)

    ウクライナから予測できる近未来の「台湾有事」、日本が「戦場」になる日ははたして来るのか?

     

    ■※日本の地政学的リスクの急上昇である認識の浸透が必要なタイミングと思える。

    なぜ中国脅威論を議論しちゃダメ?踏み込めない安保論争

     

    ■米国務省の当局者はこの日、電話ブリーフィングで米戦術核の朝鮮半島再配備に関する質問に対し、「具体的な戦力態勢に関する質問は国防総省に問い合わせしてほしい」としながらも「バイデン大統領は核、通常兵器、ミサイル防衛を含む米国のすべての防御力量を動員し、韓国に拡大抑止を提供するという約束を確認した」と強調した。(※世界中の軍事地図が急速に展開されはじめている※韓国は核共有ばかりでなく、独自の核武装、核開発の議論が中央議会にも取り上げられるようになった。日本ではタブーが継続)

    「バイデン大統領、核含むすべての力量動員して韓国に『拡大抑止』提供を再確認」

     

    ■ウクライナ戦争って、参加兵力両軍で100万超えている。戦場も広くてロシアが占領している部分だけでも朝鮮半島より広い。もはやこの戦争は第二次世界大戦以降最大の戦争なんです。そういう戦争が簡単に終わるはずがない。(中略~何年か消耗戦が続いた末に)妥協点としては、ウクライナはいくつかの州をあきらめる。代わりにロシアはウクライナのNATO加盟を認める、みたいなロシアもウクライナも両方とも失う、という形の和平っていうのはあり得る。

    第2次大戦以来最大の戦争となったウクライナ戦争の“終わらせ方”とは…

     

    ■マイク・ギルデイ米海軍作戦部長は19日に米シンクタンク「大西洋評議会」のオンラインイベントに出席。台湾有事に関する質疑の中で「2027年ではなく、私の中では22年、あるいは23年の可能性もあると思っている」と発言。「過去20年間を見ると、中国は目標よりも早く実行に移してきた」と警戒感をあらわにした。

    中国、想定より早い台湾侵攻も 来年までの可能性警告―米海軍首脳

     

    ■フクヤマは90年代初頭にソ連が崩壊し、冷戦が終結したあとの「歴史の終わり」について論じ、世界的な名声を得た。このとき彼は、自由民主主義が勝利したのだと主張した。そして新著『自由主義とその不満』(未邦訳)では、彼が擁護する古典的な「自由主義」に対する新たな脅威について述べている。一つは国家を悪者扱いする、誤った「新自由主義」だ。それは連帯感を破壊し、個人の意欲にすべてを委ねることでひどい不平等を生んだ。もう一つはアイデンティの流れの暴走で、これは陰謀論を信じるナショナリストの右派にも、マイノリティに焦点を置きすぎる左派にも見られる現象だ(※自由主義陣営の著名論客であり、米国のヘーゲル歴史主義学者も認めざるえない、今は社会主義的な政策が必要だ)

    フランシス・フクヤマ「自由主義者たちは行き過ぎた。今は社会民主主義的な政治が必要だ」

     

    ■※現在のヨーロッパ各国の極右躍進は、ナチスドイツの2回目の国政選挙結果に近い当選結果にみえる

    欧州で極右躍進 かつて「民主主義の脅威」―伊政権

     

    ■今日、プーチンは 1962 年のフルシチョフよりも自由な権力を行使しているように見え、また安定性と合理性に欠ける性格であるように思われます。壁に背を向けたクレムリンのテナントが何を開始するか、または開始しないかについて、西側の国家指導者または諜報機関の責任者が自信を持っているとは思えません。 

    Ukraine Has Become Putin’s Cuban MissileCrisis

     

    ■今月 60 年前に世界を原子力災害の瀬戸際に追い込んだキューバのミサイル危機は、米ロ関係がどれほど悪化するかを示すベンチマークとしてしばしば機能してきました。今日、政策立案者、専門家、そして一般大衆は、2つの冷戦の敵の間の核戦争の可能性について再び恐れています。米国/NATOの軍事支援に大きく依存 ロシアの侵略を撃退しようとしている。当然のことながら、1962 年のキューバ危機との比較がこれまで以上に頻繁に表面化しています。それは、恐怖を表明し、ウクライナにおけるモスクワの行動の原動力を分析し、不注意なエスカレーションのリスクを比較検討し、現在の膠着状態を平和的に終わらせるための教訓を引き出すためです。(※1962年と2022年の重要比較が含まれている)

    キューバのミサイル危機からの教訓は、米露対立を食い止めるのに役立つか

     

    ■モスクワ、10 月 24 日。/TASS/。米国のエリート層は、自分たちが望む限りロシアへの攻撃を追求できると信じ続けており、この近視眼的な信念は、まったく危険な結果に満ちている、とロシア歴史学会の会長で対外情報局の責任者であるセルゲイ・ナリシュキン氏は月曜日に述べた。「今日、アメリカのエリートたちは、何千人ものウクライナ市民と傭兵の命を敵対行為のたき火に投げ込むことで、好きなだけ私たちの国に対して攻撃を仕掛けることができると信じ続けています。そのような近視眼的な信念は完全に溢れています。危険な結果だ」と彼は歴史ドキュメンタリー展「キューバのミサイル危機」のオープニングで語った. 60年後」を中央軍博物館で開催し、「キューバミサイル危機の記念日と、この注目すべき展示会に展示されている多くの文書もこれを警告している」と彼は指摘した。

    情報長官は、ロシアに対する長期的な侵略の結果について米国に警告します

     

    ■米国防総省は25日、ロシアから核戦力の軍事演習を計画しているとの通知があったと明らかにした。演習の詳細については明確にしなかった。

    国防総省のライダー報道官は、核戦力の演習を巡り「米国は通知を受けた。これまでに強調してきたように、これはロシアが毎年行っている恒例の演習だ」とし、「この件に関し、ロシアは軍備管理上の義務や透明性のコミットメントを順守している」と語った。米当局者によると、米ロの新戦略兵器削減条約(新START)により、ロシアはこのような演習を事前に通知する義務があるという

    ロシアのプーチン大統領が核兵器使用の可能性をちらつかせる中で、同国の核戦力運用部隊が近く大規模演習「グロム」を行う。このため米国やその同盟国は、ロシアが本気で動くつもりか、それとも単なる演習の範囲内の行動にとどまるのかを確実に見分けるという重要な課題を背負わされることになる。

    ある米国防総省高官は、ロシアの演習はNATOが計画し、来週開始する核抑止のための演習「ステッドファースト・ヌーン」と同じタイミングで実施されると予想するとともに「ロシアがウクライナで戦争しながら核に言及し、この演習を決めたのは無責任極まりない。核兵器をふりかざして米国や同盟国を威嚇するというのも無責任だ」と憤りをあらわにした。

    米国、フランス、英国は、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相が、ウクライナが核物質を使った「汚い爆弾」を爆発させる可能性を提起したと述べ、ロシアが偽旗作戦を準備している可能性があるという西側諸国の懸念を引き起こした. (※早くも偶発的な核エスカレーションの危機となりえる)

    ロシア、核戦力の演習計画を米に通知=国防総省

     

    ■現在のドイツでのテレビ議論

    As the war in Ukraine escalates, will NATOsoon be party to the conflict? | To the Point

     

    ■ロシアは、「ウクライナが『汚い爆弾』を使う可能性がある」と主張している。 さらに、ロシアが自ら「汚い爆弾」を使用して、ウクライナから攻撃を受けたと自作自演する、いわゆる「偽旗作戦」の懸念も高まっている。 バイデン大統領は、「偽旗作戦についてはわからない」としたうえで、ロシアの核の使用に対し、強く警告した。 バイデン大統領「ロシアが戦術核兵器を使用するなら、信じられないほど重大な間違いを犯すことになる」 こうした中、ロシアはアメリカに対し、26日から弾道ミサイルの発射演習を行うと通告した。 プーチン大統領は、年内に新型弾道ミサイルを実戦配備するとしていて、アメリカ国防総省は「ロシアの定期訓練だが、注視する」とコメントしている。(※2月24日のウクライナ侵攻前も、訓練から実戦へ移行している)

    「ロシアの核兵器使用 重大な過ち」 米・バイデン大統領が警告

     

    ■ しかしわが国は、プーチンの暴走を止めるのに必要な正しいメッセージを送っているだろうか。この核戦略計画官と2人の米軍幹部によると、仮にロシアが核攻撃に踏み切ったとしても、バイデンはアメリカの核を使わないつもりだ。3人ともそれに異論はなく、アメリカによる核の先制使用も排除している。しかしロシア大統領ウラジーミル・プーチンによる核の先制使用を本気で防ぐつもりなら、アメリカも核戦争の話をすべきであり、そこで躊躇してはならないと主張する。

    「ここからは未知の領域だ」。米軍情報部の高官はそう指摘した。「強力に対応するぞ、ロシアに壊滅的な結果をもたらすぞと言いつつも、核戦争には言及しない。それで本当にプーチンを止められるか。私には、そうは思えない」(※繰り返しだが、米国政府の62年キューバ危機との決定的な違い。米国も核攻撃の表明で恫喝しつつ、ロシアの妥協策も同時に模索を継続するしかない。バイデン米政権はロシアの核兵器使用を、結果として誘発してしまっている可能性がある)

     

    ロシアのプーチン大統領は10月26日、戦略核戦力部隊による演習を視察した。同国政府は声明で「戦略的抑止力の演習で想定された課題は全て完了し、全てのミサイルが目標に到達した」と発表した。軍参謀総長によると、演習には大陸間弾道ミサイル(ICBM)「ヤルス」や潜水艦発射弾道ミサイル、戦略爆撃機「ツポレフ」が含まれるという(※ついに、戦術核兵器から戦略核兵器へのエスカレーションが起こった、米国は意識して戦略核兵器という用語を控えていたが、ロシアの演習であからさまになった。本日、ゆっくりとしたキューバ危機の再来が幕を開けた)

    ロシアの戦略核戦力部隊が演習、プーチン氏視察 ICBM「ヤルス」含め

     

    ■2014年にロシアがクリミアに侵攻した際、プーチンは地政学上の野望を叶えたと多くの人が信じた──フェリシチンスキーはそう指摘する。だが実際には、それは(プーチンの考えでは)ソ連の崩壊を招いた「誤り」を正すための野心的な計画のはじまりにすぎなかったという。

    ロシア人歴史学者「プーチンはベラルーシから核兵器を撃つだろう」大規模な戦争をはじめない限り、プーチンの地位は安泰

     

    ■インドネシアとイスラム協力機構の12以上の加盟国は水曜日、現在の不確実性に直面してイスラム諸国間の連帯を強化することを目的とした世界的な協議会のフォーラムを作ることに合意した。10 月 24 日から 26 日にかけて、インドネシアは、諮問議会、Shura Council、またはイスラム協力機構加盟国の他の同様の名前のスピーカーの国際会議を主催しました。西ジャワのバンドンで開催された会議には、15 の OIC 加盟国の議会および諮問機関のリーダー、ならびに OIC 加盟国議会同盟 (PUIC) およびムスリム世界連盟の代表が出席しました。代表団は、サウジアラビア、パキスタン、バーレーン、マレーシアなどから到着しました。(※米中覇権にイスラム世界のグループ化など複雑化によって世界大戦基盤を形成して行く)

    インドネシアと OIC は、世界的な諮問会議のためのフォーラムを作成すると述べています(サウジアラビアのアラブニュースより)

     

    ■教皇フランシスコは、現在の世界情勢を 60 年前のキューバのミサイル危機と比較し、火曜日、世界の宗教の指導者たちを率いて、ウクライナに対する核戦争の脅威を回避するよう政治家に平和を訴えました。フランシスは、世界的な平和と慈善団体であるイタリアのサント エジディオ コミュニティが主催した 3 日間の会議のローマのコロッセオでの閉会式を主宰しました。さまざまな宗教団体が別々に祈った後に行われた数千人の人々への演説で、フランシスは今日の「悲しいことに、有力な世界の指導者の計画が人々の正当な願望を考慮していないという悲惨なシナリオ」を非難した.フランシスコは、1962 年 10 月 25 日、キューバのミサイル危機の最盛期に、教皇ヨハネ 23 世が当時の指導者たちに世界を瀬戸際から立ち直らせるよう訴えるラジオ メッセージを配信したことを思い出しました。「今日、平和は深刻に侵害され、攻撃され、踏みにじられています。これはヨーロッパで、前世紀に 2 つの世界大戦の恐怖に耐えたまさにその大陸で起こっています」とフランシスは言いました。閉会式には、キリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒、シーク教徒、仏教徒、その他の宗教の代表者が出席しました。

    教皇、ウクライナの脅威をキューバのミサイル危機と比較し、政治家にアピール

     

    ■※あと2段階の経済危機が深刻化すると、世界は第2次世界大戦前の1930年代に突入する気配を感じる。1930年代のイギリスやフランスのように、戦争回避が国民の本音であるが、ドイツや米国によって戦争に巻き込まれたように、日本も戦争はしたくない国民が多数のなかで、米国や中国によって戦争に巻き込まれる蓋然性が高まっている。米中戦争に巻き込まれ、開戦寸前に、まやかし戦争のように開戦の意志が感じられない日本に「台湾に中国軍攻撃がはじまった際、戦線に協力しない場合、日本が攻撃されたさい一切協力しない」と陰に陽に恫喝され、最終的に日本国民に対して戦争参加恫喝を米国はかける。日本は政府も国民も、おしだまり、台湾有事に参戦せざるえないことは間違いない路線になりつつある。

    いや、イギリスやフランスのまやかし戦争すらできず、スムーズに台湾有事に参戦する可能性が高い。現在のロシアや米国に対して反戦運動や平和運動さえできない。日本が戦争をするかどうかは、中国や米国次第であり、日本が決める意思や政治が、現在は存在していない。よって日本は戦争に巻き込まれる可能性が高まっている。2020年代に日本が全面攻撃される可能性は低いと思われるが、2030年代以降には米国や中国や世界の変化によって、日本が再び戦場になる想定と準備が一部に必要である。よって現在から、日本を再び戦場にさせない意識が必要である。2020年代に日本の一部にその勢力が形成されなければ、日本が日本自ら戦争や戦場となることを主体的に回避できなくなり、外国勢力と運命のみにまかせて戦場となる可能性を高めてしまう。2020年代に、やわらかいナショナリズムの浸透と、一部勢力や国民意識に、戦略的に戦場回避政策の浸透が必要となる。このままなら、時間の問題で中国や米国の論理で、日本に大きな戦争犠牲者が甚大な規模で発生する可能性がある。日本は日本自身の国益のために、大規模な戦争被害は出さない政策が2020年代に必要である。

     

    ■ロシアのプーチン大統領は27日、講演会で3時間半余りにわたって西側批判を展開し、世界情勢における欧米の支配は終わりを迎えつつあるとした。また、ウクライナ戦争に後悔はないとし、「特別軍事作戦」は依然として目的を達成しつつあると述べた。

    欧米は「他国の主権を否定」、プーチン氏が西側批判3時間半

     

    ■国際的な調査から得られたまったく新しい調査結果は、世界がこれらの脅威、およびその広範な世界的な影響を真剣に受け止めていることを示唆しています。

    世界中の 17,000 人以上を対象とした調査では、回答者の 4 分の 3 が、「第三次世界大戦が近づいているのではないかと心配している」という声明に同意しました。調査結果は、今年 4 月 30 日から 7 月 13 日まで実施された US News & World Report Best Countrys調査から抜粋されたもので、認識に基づく年次ランキングに使用されます。地球規模の戦争に向かっていることに同意する回答者の割合は、インドネシア、韓国、スペイン、タイ、米国の 5 か国で 80% を超えました。調査対象となった 25 歳から 35 歳の年齢層が最も恐怖を感じており、76% が別の世界的紛争が近づいている国を心配していました。

    ロシアとウクライナの戦争の中で第三次世界大戦についての恐怖が高まっている、と調査結果

     

    第二次冷戦が第三次世界大戦に発展する可能性

    歴史が示すように、複数の大規模で長期にわたる紛争ほど、財政および金融の不安定性を引き起こすものはありません。

    第一に、戦争はインフレ期待の歴史において非常に顕著な役割を果たしてきました。イングランド銀行の優れた歴史的研究のおかげで、英国のインフレ期待の歴史を 17 世紀後半までさかのぼることができます。短期的な期待値のピークは、ほぼすべてが戦争と一致しています (一般に、戦争がうまくいっていなかった年): 1709 年 (スペイン継承戦争)。1757年(七年戦争)。1800年(ナポレオン戦争); 1917年(第一次世界大戦); 1940年(第二次世界大戦)。1975 年の上昇は例外です。

    第二に、戦争はしばしば金利の歴史における不連続性の原因となってきました。シュメルツィングが主張したように、名目金利と実質金利の長期的な「超長期的」低下は、14 世紀の黒死病 (おそらく史上最大のパンデミック) の後の時期にさかのぼります。下降傾向の主要な中断は、ほぼすべてが戦争に関連しており、特に資本ストックを破壊し、債務の金銭的資金調達を生み出した戦争に関連していました。

    残念なことに、2021 年の第 2 の疫病の年に、主要な政策上の誤りが犯されました。新たに選出されたジョー・バイデン政権は、野心的でおそらく「変革的」な財政刺激策に着手しましたが、連邦準備制度理事会は、ワクチンの迅速な展開が許可されたにもかかわらず、緩和的なスタンスを維持しました。通常の社会的および経済的行動への段階的な復帰。パンデミックが永遠に続くと考えていた人々と同様に、インフレは第二次世界大戦後のように「一時的」であると主張していた人々は、間違っていることが判明しました。1960 年代後半の Fed の「大きな過ち」とのより良い類似性を見た人々は、持続するインフレによって立証されました。

    アメリカ人は「この国の民主主義は崩壊の危機に瀕していると思いますか、それともそうは思いませんか?」— 共和党員の 69% と民主党員の 69% が肯定的に答えました。1940 年代に近づき、地域紛争が第 3 次世界大戦のようなものに発展するという、はるかに悪いシナリオがあります。(※第三次世界大戦は、すでにスタートしている可能性あり)

    おそらく国家安全保障顧問のジェイク・サリバンが率いています。その後、彼らは紛れもない冷戦戦略の輪郭を描き始めます。彼らが言うように、「冷戦後の時代は決定的に終わり、次に来るものを形作るために大国間で競争が進行中です。」言い換えれば、第二次冷戦が始まったということです。

    第二次冷戦が第三次世界大戦に発展する可能性

     

    ■中国が太平洋の水域をテストし、ロシアがウクライナに侵攻したことで、米国が主要な世界大国間の新たな第三次世界大戦を示す何らかの紛争に巻き込まれるのにそれほど時間はかからないと言っても過言ではありません. 勝つ側になるためのアメリカの計画は何ですか? 今日の壮大な新しいビデオをチェックして見つけてください。(※このユーチューブは日本語翻訳設定できます)

    米国の第三次世界大戦のための準備

     

    ■私たちはジョコウィ大統領に対し、平和を取り戻し、この世界を第三次世界大戦から救うという地球規模の使命に参加するよう呼びかけます。ジョコ・“ジョコウィ”・ウィドド大統領は、ウクライナでの戦争からの優雅な出口を見つけるために、G20首脳の議長としての彼の能力を倍加する必要があります。ジョコウィ首相は、来月開催される G20 サミットの経済議題を、8 か月前の紛争を緩和するために何もせずに追求することはできません。 ジョコウィ大統領は、対立がヨーロッパと世界にもたらしている本当の危険を考えると、ウクライナ戦争がバリ・サミットの議題全体を混乱させる可能性を受け入れるべきです. ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が指摘したように、核兵器の配備の可能性はもはや排除できない。

    第三次世界大戦が勃発か?

     

    ■2022年10月25日 ロシアが、ウクライナが「汚い爆弾」(放射性物質をまき散らすことができる従来の爆発物)を自国の領土で使用すると主張した後、西側諸国は懐疑的な反応を示し、ロシアは、ロシアが自国で行うことを検討していることを、他の国が行っていると非難することが多いと指摘した。ロシアは、その主張を裏付ける証拠を提供しませんでした。

    しかし、右翼メディアやオンラインの多くの右翼コミュニティでは、ロシアの主張は信憑性があり、ウクライナの利益のためにウクライナに対するロシアの戦争をエスカレートさせ、さらには新たな世界大戦を引き起こす可能性のある悲惨な警告として描かれました.

    アメリカの陰謀論者であり、彼の Infowars プラットフォームでしばしば嘘を広めるアレックス・ジョーンズは、月曜のオンライン番組で、ウクライナは国境内で汚い爆弾を爆発させ、ロシアを「NATO を完全に紛争に巻き込む口実」として非難すると示唆した。第三次世界大戦を開始します。 「私の分析では、この時点で約90%が、ロシアとの本格的な公開戦争、そして少なくともヨーロッパでの戦術的核戦争が起こるだろう」と彼は付け加えた.

    ロシアの支持されていない主張は、アメリカの右翼メディアで信じられ、ウクライナの利益のために紛争をエスカレートさせたり、第三次世界大戦を引き起こしたりする可能性のある警告として描かれました.(※インターネットやSNSは内乱や戦争を加速させていることは明らか)

    多くの米国右翼コミュニティでは、ロシアの主張は信憑性があり、さらには新たな世界大戦を引き起こす可能性のある悲惨な警告として描かれました

     

    ■世界各地の内戦を分析して、米国で内戦が起きる可能性に警鐘を鳴らした、カリフォルニア大学サンディエゴ校の政治学者バーバラ・ウォルター氏の著書『How Civil Wars Start(内戦はどう始まるか)』が大きな反響を呼ぶなど、米国社会では「第2次内戦」の恐れが、荒唐無稽な話ではなく語られるようになっている。

    米国民4割「10年以内に内戦あり得る」 中間選挙を前に分断が深まるアメリカ社会

     

    ■世界では専制主義国家と民主主義国家という異なる国家モデルの対立が始まっており、歴史が一巡したようだ。今見られるのは、「大陸国家同盟(ロシア、中国、イラン、トルコ)」と「海洋国家同盟(アメリカ、イギリス、日本、台湾)」の対立という、20世紀初頭のような動きだ。2022年2月、習近平とプーチンは、共同声明で中ロ間の「限界のない友情」を表明しました。まるで世界が第一次世界大戦の「中央同盟国」の時代に戻ったように感じます。

    専制主義国家の時代が戻ってきたのです。これは単なる印象論ではなく、その傾向は数字でも示されています。この10年近く、専制主義国家で暮らす人口が、絶対数でも、相対的な割合でも年々増えています。民主主義はまだ失われていないものの、撤退戦を強いられている状況です。高所得国の状況も、まるで中世のようです。一握りの財界の有力者やエリートに巨額の富と政治権力が集まり、そういう一個人が宇宙開発事業まで進めています。デジタル技術を使った国民の監視というのも、かつての封建君主による支配とそっくりです。

    歴史学者ピーター・フランコパン「専制主義の時代が戻り、今の民主主義勢力は撤退戦のさなかにある」

     

    ■2008 年の危機を予言したアメリカの経済学者ヌリエル・ルビーニは、第三次世界大戦はすでに始まっていると宣言しました。ドイツの新聞シュピーゲルとのインタビューで、彼は次のように述べた。政権は、中国がすぐに台湾を攻撃すると予想している.率直に言って、第三次世界大戦はすでに始まっており、その活動はサイバー分野とウクライナに広がっている.

    アメリカの専門家:第三次世界大戦が始まった(イラン労働新聞社)

     

    ■ベネズエラやペルーのような急進派は経済や議会などの運営に行き詰まっており、急進主義が広がる余地は少ない。南米経済の最大のパートナーは既に米国から中国に移っており、米国の存在感は薄れる。(※米国は2020年代に積極的に中国に直接介入する。米国覇権維持の最期のチャンスである)

    左派政権、南米10カ国中7カ国に 「ピンク・タイド」最高潮―ブラジル大統領選

     

    ■サウジアラビアがイランによる自国への攻撃が迫っているとの機密情報を米国と共有していたことが分かった。サウジの情報提供を受けて、中東に展開する米兵や周辺数カ国の軍が警戒態勢を引き上げたという。米国とサウジの当局者が明らかにした。サウジ当局者によると、イランはサウジとイラク北部の都市エルビルへの攻撃を計画している。9月以降、イラン全土を揺らしている反政府デモから注意をそらすことが狙いだとう(※国内混乱と戦争は直接リンクする傾向がある)

    イランがサウジへの攻撃画策か、米軍は厳戒態勢

     

    ■衝突するのは文明ではなく、帝国です。(『文明の衝突』サミュエル・ハンティントンを批判)実際、その範囲を定義するのはしばしば国境の衝突です。小学生の頃、私は世界大戦をまるでヨーロッパの国民国家間の争いであるかのように教えられました。後になってようやく、それらが帝国間の闘争であることがわかりました。だからこそ、それらはヨーロッパの紛争だけではなく、グローバルなものでした(※米国、中国、ロシアという現在の帝国が、ヨーロッパ、中東、インド、アセアン、南米、アフリカなどを巻きこみ戦線が拡大。最期の戦場は核兵器を保有していない経済大国、日本や韓国が最終決戦地域となっても不思議ではない)

     

    ■ワシントン — 複数のアメリカ高官によると、ロシア軍の上級指導者は最近、モスクワがウクライナで戦術核兵器をいつ、どのように使用する可能性があるかについて話し合うために会話を交わし、ワシントンと同盟国の首都での懸念を高めた.

    ロシアの軍事上層,部は、ウクライナでの戦術核の使用方法について検討

     

    ■当時、米国の政治学者フランシス・フクヤマが、イデオロギーの対立は自由・民主主義の勝利に終わったという仮説を示して注目を集めた。根本的な革命はもう起こらないとも言われた。しかし、柄谷さんは、〈歴史の終焉〉が意味するのは、本当の終焉ではなく、国家と資本、ネーション(民族)が互いに結びついた強固な体制が出来上がることだと考えた。それは歴史の前進ではなく、必然的に戦争や恐慌をもたらす、と。そして、その体制をどうやって超えるか、ということを問い続けてきた。

     近年のインタビューでは、「戦争の時代が来る」と指摘してきたが、現にロシアがウクライナに侵攻する事態になっている。「私は別に驚かなかった。資本、ネーション、国家が残っている以上、歴史の〈終焉〉はなく、〈反復〉があるだけです。たとえば、90年ごろにアメリカで言われた〈新自由主義〉は、その後、事実上、〈新帝国主義〉に転じた。つまり、90年以後の世界史は、別に新しいものではない。実際、ロシアとウクライナの戦争は、第1次世界大戦や第2次世界大戦の反復でしかない」柄谷行人氏のインタビューより

     

    ■プーチンの戦争は典型的な超限戦です。目的のためには手段を選ばす、あらゆる決まり(国際法、生命の保護などの基本的な価値観など)を無視した戦争です。市民を拷問・虐殺し、ウクライナの子供達を大量に拉致し、学校・病院・民家・電力等のインフラを破壊するのがプーチンの戦争です。プーチンの超限戦は近い将来、習近平の超限戦になる可能性があります。今日のウクライナは明日の日本や台湾になる可能性があるのです。渡部悦和氏の書籍紹介より

     

    ■米国公式地域別・地政学的見解のプレスブリーフィング(急拡大する紛争地域諸国をチェック)

    Department Press Briefing – November 1 NED PRICE, DEPARTMENT SPOKESPERSON WASHINGTON, DC

     

    ■アメリカの東海岸を含めた全土が射程に含まれる可能性があるミサイルを発射することで、アメリカに圧力をかけていると専門家は分析しています。「火星17型」は専門家から「世界最大級の移動式ICBM」と言われています。これまで北朝鮮の最大のミサイルは2017年11月29日に日本海に向けて発射したICBM級の「火星15型」でした。韓国国防省は、射程が最大で1万3000キロを超え、アメリカの首都ワシントンまで到達可能だと分析していました。

    北朝鮮 なぜこんなにミサイル撃つ? 思惑は(NHK)

     

    ■※次の世界大戦の事実上のルールが形成されていく、戦争の戦地は核武装していない国家に限定して行われる暗黙ルールが設定される可能性がでてきた。ヨーロッパの非NATO諸国で、非核武装地域、中東、アセアン、南米、アフリカ、最終的に日本韓国が戦場候補となり得る。米中露などの核武装国は自国を攻められない安心感から、代理戦争を過激化させる恐れがある。

    当面、米中露NATOと日本韓国以外の非核武装地域や国家が代理戦争の舞台となる。ウクライナから代理戦争の戦線拡大にフォーカスすべき。大規模戦争に突入すればNATO内の非核武装地域や米国同盟の日本韓国も非核武装であり、戦地戦場となる可能性が高まる。

    核保有5大国間の衝突回避が「最優先課題」 ロシア

     

    ■日本海が仮想戦争海域になっている。北朝鮮の度重なるミサイル発射は、挑発を越えている。韓国の事故、政治的な混乱は、北朝鮮が動きだすトリガーとなる。また、ロシアの北朝鮮への支援からも目が離せない。北朝鮮と韓国の関係のみならず、ロシアと米国も巻き込み一触即発の状態だ。地理的にも日本と無関係はあり得ない。日本の自衛体制、特に、迎撃ミサイル、電磁波を用いた防衛を前倒しで整備しなければ、手遅れになりかねない。山田吉彦教授

     

    ■これは主流の西洋の専門家のますます一般的なジャンルの最新のものです.「懐疑論者は間違っている: 米国は中国とロシアの両方に立ち向かうことができる」の中で、ワシントン・ポストのジョシュ・ロギンは、ロシアに対する侵略を優先すべきだと考える民主党員と、軍事的および財政的な注意を中国に向けるべきだと考える共和党員に指を振っている.ロス・ドスのことを主張していませんか?なぜ両方ではない?

    「米軍は同時にロシアと中国と戦うことができますか?」の中で、ロバート・ファーリーは肯定的に答え、「米軍の計り知れない戦闘力は、両方の戦域で戦争を行う必要性によって過度に緊張することはないだろう」と書いています。 「米国はロシアと中国の両方と一度に戦うことができる…しばらくの間、そして何人かの友人の助けを借りて」と結論付けた.

    「米国は中国、イラン、ロシアと一度に戦うことができますか?」ブルームバーグのハル・ブランズは、それは非常に難しいだろうと答え、ウクライナと台湾でエスカレートし、イスラエルにより高度な兵器を販売して、ロシア、中国、イランのそれぞれに一歩先んじることを勧めている。

    アトランティック・カウンシルのマシュー・クローニグは、「国際関係理論は大国間の戦争が来ることを示唆している」と題してフォーリン・ポリシー誌に書いている。グローバルな民主主義対独裁主義の対決は、「米国と、NATO における現状維持志向の民主主義同盟国との間で起きている。一方では日本、韓国、オーストラリア、他方では中国、ロシア、イランの修正主義的独裁政権」であり、意欲的な外交政策の専門家はそれに応じて彼らの期待を調整する必要がある.

    著名評論家が一斉に第三次世界大戦を推進(米国半戦時生産の準備推奨)

     

    ■アメリカの最大のライバルは、従来の意味での同盟国ではありませんが、団結して行動することで、軍事力をはるかに超えて超大国を拡大することができます。1年か2年か3年後に、世界がヨーロッパから太平洋に至るまでの戦争によって大混乱に陥るシナリオを想像してみてください。その考えはあなたが思っているほどばかげているわけではありません。米国が、いくつかの別々の戦域で近い将来の軍事的対立の見通しに直面したのは、ここ数十年ではない。

    ロシアのウラジーミル・プーチン大統領のウクライナ侵攻は、ヨーロッパで過去最大の紛争に火をつけ、大国の代理戦争を引き起こした. 東アジアでは、ナンシー・ペロシ下院議長が 8 月に台湾を訪問したことで生じた緊張が示すように、戦争の可能性が高まっています。中東では、米国はイランと戦うか、イランを核保有国として受け入れるかの選択を迫られるかもしれない。(※、現在は、中国、ロシア、イラン、北朝鮮、と戦うことができるか?これ以上、同時並行の戦争は無理であることは予測可能)

    米国は中国、イラン、ロシアと一度に戦うことができますか?

     

    ■米国と韓国は今週、朝鮮半島周辺で大規模な空軍演習を行っている。月曜日から金曜日まで開催される予定のこれらの戦争ゲームは、ワシントンとその地域の同盟国によって行われた最新の挑発行為です。想定される北朝鮮の脅威に対する防御的対応として描かれている一方で、ワシントンは、何よりも中国に対する軍事力増強を緩和しないという合図を送っている。

    ワシントンは現在、状況を緩和しようとするのではなく、意図的に韓国との大規模な軍事演習を再開することで、この地域の緊張を故意に煽っています。ワシントンは、これらの反応を利用して、この地域の軍事化と中国の玄関口での軍事演習の開催をさらに正当化するつもりです。

     核兵器の使用を含む、いわゆる拡大抑止に関する問題。ワシントンの戦争計画のもう一つの重要な要求である日本とのより緊密な関係を追求している。平壌を挑発しながら、米国の軍事的エスカレーションを覆い隠すように設計された米国の戦争プロパガンダの一部です。

    これは、米国が過去 30 年間にわたって中東および中央アジアでの犯罪戦争で使用してきたのと同じ手口です: 意図した標的を中傷し、あらゆる割合でもたらされる脅威を拡大し、圧力を高め、経済封鎖と脅威に対する脅威です。犠牲者、その後、戦争の衝動をさらにエスカレートさせるための反応をつかみます。重要なことに、バイデン政権は、北朝鮮との交渉を模索するための措置を講じるふりをやめました。

    最終的には朝鮮半島の状況を利用して北京との戦争を煽っています。ワシントンは、それを世界の覇権に対する最大の潜在的な挑戦と見なしています。(この社会主義ネットワークの姿勢のすべては受け入れられないが、真実を含んだ発言も多く含まれている。米国を帝国として観る視点が、現代に適切な批判として成立している側面があるからだ)

    米韓空軍の大規模演習が北朝鮮のミサイル発射を誘発

     

     

    「日本は中立じゃなくアメリカの同盟国。米中対立の場合、(太平洋の)西側の最前線に立つことになる」「中国の最終目標はアメリカの影響をアジアから撤退させること」自衛隊・前統合幕僚長 河野克俊(前統合幕僚長が、日本が最前線や戦場になる初警告、日本にも地政学的危機の深刻性が浸透する時は近い)

    「日本は米中対立の最前線」河野克俊前統合幕僚長が講演 

     

     

    ■※米国はロシアが戦争継続の長期化を確信しているにもかかわらず、台湾から中国を激しく挑発し、北朝鮮は、米韓両軍が先月31日から実施中の史上最大の合同空軍訓練に猛反発の激しい挑発を(サウジアラビア、イランを含む)で同時に行っている。また、最も注意すべきは米国の産業界が、すでに半戦時体制に入る方向が濃厚となり、ウクライナ以外で戦争準備をスタートし、本格的な戦時経済を意識しはじめている可能性がある。2023年の米国の大不景気はインフレから恐慌基調に転じ、失業率が高まる恐れが出ている。国内経済の不満をそらす意図と、大不景気の長期化と戦時経済導入は親和性もあり、米国の世界的な戦争挑発行為と国内戦時経済への方向転換は、第三次世界大戦へ過程的な中心現象としてフォーカスしていくタイミングではなかろうか。

     

     

    ■プーチン大統領に思想的影響力をもつと言われている、ネオユーラシア思想を提唱しているアレクサンドル・ドゥーギン。9月からのプーチンの戦争への移行は、 ネオユーラシア主義の戦争に移行する可能性がある。20世紀に衰退してしまった共産主義とファシズム、21世紀に標準化した自由主義に代わる第四の政治的理論としてネオ・ユーラシア主義を主張する。

    ロシアは地政学的な戦略に基づいてユーラシア大陸に多極体制を築く外交戦略を取るべきだという。ユーラシア帝国をつくるためにもロシアは領土問題を避けるべきとし、まずNATO陣営のドイツにカリーニングラードを返還して中央ヨーロッパや東ヨーロッパに目を向けさせて欧州全体をフィンランド化させ、中東ではイランと同盟を組んでクルド人などイラン系民族を使って反露的でNATO陣営のトルコを揺さぶることで脅威度を減らし、アジアでは日本にクリル列島を譲渡して反米を煽動して日米同盟を解体させ、ロシア極東への脅威度を減らすためにベトナムを除くインドシナ半島に中国を南下南進するよう支援してフィリピンやオーストラリアなど米国の同盟国と対峙させるべきと主張している。

    中国についてはチベット・新疆・内モンゴル・満洲をロシアの勢力圏内に置き、中国分割論の主張をする一方、日本をロシアの極東におけるパートナーにすべきだと提唱している。また、上海協力機構(SCO)をNATOと対決できる多極的なブロックとして重視している。wikipediaより

    (※Alexander DuginとMichael Millermanはハイデガー研究者である。ホストの Paul Williamsは、ウイリアム・オッカムやイスラム神秘主義などの宗教学者)

    Fourth Political Theory by Alexander Dugin  (with Dr Michael Millerman) 日本語翻訳可



    ■ハーバード大学の心理学教授であるピンカーは、自らを啓蒙主義の価値の擁護者であると考えている。ビル・ゲイツなど多くの人に支持されているが、彼らにとっては、ピンカーは楽観主義の預言者だ。彼は著書『暴力の人類史』や『21世紀の啓蒙』において、たとえニュースの見出しがその反対を示唆していても、人間の寿命はより長く、暮らしは良くなっているというデータを示している。

    「ジャーナリズムは、その都度地球上で起こっている最悪の事態を選択的に抽出したものです。何が起きているかではなく、データというレンズを通して世界を見れば、もっとポジティブに見えます」(※これもまた真実)

    ピンカーは、歴史は依然として理性に向かって曲がっていると主張します。プーチンは本当に時代錯誤です。それは巨大な流れに逆らって押します。. . プーチン大統領を抑止するほど強力ではなかったが、戦争を縮小させた軍隊は今も活動している。国際的な反応は、他の暴君を思いとどまらせるかもしれません。「私は、侵略が戦争文明の時代への回帰にはつながらないと考えています。」

    ピンカーの研究は、言語学者のノーム・チョムスキーの研究と接触するようになりました。チョムスキーの政治に対する極左の見解は、時に不可解に見えます。”気にしないで。彼のすべての才能にもかかわらず、彼は人生の早い段階で悪魔の歴史の理論に陥りました」とピンカーは笑います.

    ピンカーはかつて、民主主義の回復力の証拠として民主主義の種類の指標を引用しました。しかし、最新版は、「2021 年に平均的な地球市民が享受している民主主義のレベルは、1989 年のレベルまで低下しました。過去 30 年間の民主主義の進歩は、今や一掃されました」という暗い結論に達しています。世界人口の約 70% が独裁政権下で生活しています。民主主義国家が 32 しかなかった 1970 年代のような世界に戻らないという保証はありません。

    大国間の紛争は、ピンカーの「進歩」に対する考えを吹き飛ばすだろう。第三次世界大戦は「ありえない」が、「天文学的にありえない」わけではない。 「その可能性には備えなくてはいけないかもしれません」と彼は言う。

    スティーブン・ピンカー「我々は明らかに間違った方向に進んでいる」パンデミック、ウクライナ侵攻、気候変動によって変容した世界に、楽観主義者のピンカーの変容もはじまった。

     

    ■米CNNテレビは6日までに、米当局者の話として、核活動を制限されてきたイランが核開発の拡大に向け、ロシアに支援を要請しているとの情報があると報じた。イラン核合意の修復を目指す交渉が失敗した場合に備える目的があるとの分析を伝えた。ロシアが要請に応じるかどうかは不明としている。

    イランがロシアに核支援要請か、合意失敗に備え 米報道

     

    ■ジェイク・サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)がここ数カ月、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の最側近らと秘密裏に協議していたことが分かった。米国や関係国の政府当局者らが明らかにした。目的は、ウクライナを巡る紛争が拡大するリスクを軽減することに加え、核兵器などの大量破壊兵器の使用について警告することだったという。(※これが本当なら大国間の制限された世界大戦への道程につながりかねない。核兵器未使用の暗黙・秘密合意による世界大戦)

    サリバン米大統領補佐官、プーチン氏側近と極秘協議していた

     

    ■CDC の調査: 労働年齢のアメリカ人の 8 人に 1 人が過度のアルコール摂取で死亡 過度のアルコール使用による死亡に関するこの最新の研究の驚くべき発見は、フェンタニルの急増に加えて、COVID-19 パンデミックによって悪化した「絶望による死亡」による犠牲者の増加を示す他の数字と一致しています。非常に強力で致命的な合成オピオイド。COVID-19 のパンデミックにより、米国の出生時平均余命は 76.1 歳に短縮されました。これは、1996 年以来の最低水準であり、第一次世界大戦と 1918 年のインフルエンザのパンデミックの後、1923 年以来最大の 2 年間の短縮です(※ソビエト連邦崩壊前後のアノミー社会を連想させる。米国の凋落は加速継続中)

     

    ■中国とロシアはそれぞれに、2030年代から2040年代に、時代的タイミングから、日米同盟を解体させ、日本をパートナーと構想している。米国が東アジアから撤退するタイミングで、中国とロシアの両国のパートナーとして、または、中国は中国、ロシアはロシアのそれぞれのパートナーとして構想している。日本が独立国家を目指すなら、中国周辺のロシア、インド、イランやアセアン諸国と対中外交と対中地政学グループを形成すべきであろう。しかし現実は、中国の属国になる可能性が高まっているのかもしれない。

     

    ■世界の本当の姿を知るために、教育、貧困、環境、エネルギー、人口など幅広い分野を取り上げている。いずれも最新の統計データを紹介しながら、世界の正しい見方を紹介している。様々なデータを見る限り、現実を客観的に見る限り人類は確実に進歩しており、社会問題は減り続けている、いたずらに暗い未来への不安をあおるのは止めよう、というメッセージが繰り返し出てくる。

    ハンス・ロスリング(Hans Rosling,ファクトフルネスの著者。

     

    ■セルビアのアレクサンダー・ブチッチ大統領は、ヘルソンをめぐるロシア軍とウクライナ軍の間で予想される戦闘を、第二次世界大戦中のスターリングラードの戦いと比較し、戦闘の余震は紛争地域のはるか外側で感じられるだろうと警告した。「困難な時代が私たちの前にあります。来年の冬は、ウクライナ紛争の決定的な戦いであるスターリングラードの戦い、ヘルソンの戦いに直面しているため、今年よりもさらに厳しいものになるだろう.両陣営は、重要な都市をめぐる闘いに何千もの戦車、航空機、大砲を配備する可能性が高いと彼は予測した.ヘルソンでの大規模な戦闘は、「あらゆる場所で新たな問題を引き起こすだろう」とVucic は警告した。

    スターリングラードは、第二次世界大戦で最大かつ最も血なまぐさい戦いであったと考えられており、紛争の転換点であることが証明されました。史上最大の市街戦に発展、やがては日露戦争の奉天会戦や第一次世界大戦のヴェルダンの戦いを上回る動員兵力、犠牲者、ならびに経済損失をもたらす野戦に拡大した。死傷者数はソンムの戦いなどの第一次世界大戦の激戦を遥かに超える規模で、枢軸側が約85万人、ソビエト側が約120万人、計200万人前後と見積もられた。街は瓦礫の山と化し、開戦前に60万を数えた住民が終結時点でおよそ9800名にまで激減。第二次世界大戦最大の激戦、人類全史上でも屈指の凄惨な軍事戦であったと目されている。

    ドイツ軍は、ソ連軍予備兵力の量を甘く見ていたうえ、第二次ルジェフ会戦を予知し、9月以来中央軍集団に威力偵察を加えてきた予備兵力も、モスクワに近いルジェフに充てられると判断していた。ドイツ軍内の混乱が続く中、ソ連赤軍はスターリングラード防衛に集中し、ドイツ軍を釘付けにし、予備兵力の訓練と展開の時間を稼いだ。ソ連の内務人民委員部 (NKVD) は厭戦的な将兵の摘発や逃亡阻止に努めた。ソ連当局にスターリングラードで処刑された将兵は、1個師団を上回る1万3千人に達している。(※プーチン大統領はスターリングラードの戦いを意識しはじめている可能性がある)

    ウクライナ紛争が「スターリングラード」に近づいている – セルビア大統領

     

     

    ■17世紀のヴェストファーレン体制(ウェストファリア体制)や19世紀のウィーン体制のように、勢力均衡を目指す古典的な外交思想の復活を唱えている。エドマンド・バーク、アレクシ・ド・トクヴィル、T・S・エリオット、ジョージ・ケナン、シャルル・ド・ゴールなどを支持する古典的自由主義者で、保守派の言論人である。しかし日本の親米保守(拝米保守)と国粋保守に対しては批判的である。戦前の日本の中国侵攻と戦後の日本の対米従属政策の双方を、バランス・オブ・パワー戦略の視点から批判してきた。冷戦終了後のアメリカ政府の世界一極化戦略、攻撃的な対露政策・中東政策等を、厳しく批判してきた。その一方で、日本の安全保障を維持するために、日本政府が必要最低限の自主的な核抑止力を構築する必要性を指摘している。核戦略理論においては防御的なミニマム・ディテランス理論を支持しており、アメリカ政府が提唱してきた攻撃的なカウンターフォース理論を批判している。(Wikipediaより)

    米ワシントンに30年以上在住で、外交・国際関係・金融問題の国際政治アナリストの伊藤貫氏

     

    ■世界的な不拡散ガバナンスの崩壊。規範的な意味では、核兵器の不拡散に関する国連条約(NPT) の枠組みの外にとどまっていますが、インドはこれらの長年の原則を遵守し、それらが存続することを望んでいます。核保有国として認められている5カ国のうちの1カ国が核兵器を一方的かつ攻撃的に使用した場合、191カ国のNPT自体が危険にさらされることになります。これは、すべてのインドの核兵器戦略とドクトリンを深く再評価することを強いるでしょう。インドは、自国の核兵器ポートフォリオを改良し、多様化するために、費用のかかる投資を検討する必要があります。これは、隣国のいずれよりも小さいものです。世界的な不拡散ガバナンスが打ち砕かれる

    パキスタンには、先制不使用の原則はありません。インドの計画立案者は、本格的な戦争の場合、パキスタンが前方展開されたインド軍に対して戦術核兵器を使用する可能性をすでに説明しています。インドの指導者たちは、プーチンの核兵器の使用がパキスタンの核使用の可能性を高めることを期待するでしょう。特に彼らは、インド軍の前進を攻撃または阻止するために、おそらくパキスタン自身の領土で、パキスタンが戦術核兵器を使用することに反対し、阻止しようとするだろう.

    米国、ヨーロッパ、イスラエルを含むようにソースが多様化しているにもかかわらず、ニューデリーは依然としてロシアの軍事装備に深く依存しており、それらから完全に移行するには数年または数十年かかる. そして西側諸国にとって、インドが新しい戦車からミサイル、潜水艦まであらゆるものを迅速に配備するのを支援するのは難しいだろう. インドの指導者にとって、西側の制裁を回避しながらロシアの物資の維持をナビゲートすることは不可能であることが判明する可能性があります. 特に米国は、

    ロシアの核エスカレーションはインドにとって何を意味するのか




    ■「 COVID-19とその時代の地政学的危機は、人々が経済と経済について新しい考え方を必要としていることを示唆していますか?」を調査するのは素晴らしい質問でしょう? この問題は、「雇用、利子、貨幣の一般理論」からの 1936 年のケインズの理論に間違いなく当てはまります。この理論は発展し、人々の経済学に対する考え方を変えました。古典派経済学理論と現実との不適応な関係が指摘されており、本書でケインズは「需要によって生産水準が決定され、それが失業を発生させる」ことを明らかにして、経済状況を改善し、失業を解消するために、政府による財政政策及び金融政策などさまざまな面からの政策の必要性を説くだけではなく、その理論的根拠を与えた。

    ※民間需要は低下しかのぞめないなら、政府が財政出動で政府が需要を形成するしかない。この財政出動は歴史的に中央議会で理解されにくい、よって戦争の危機による財政出動が1番理解されやすい、わかりやすい政府の需要形成である。もっとも典型的な事例である、ニューディール政策も、後半、理解が及ばず、インフレがはじまって、結局、日本との戦争需要で、財政出動となり、景気回復ができた。人類は結局のところ、戦争以外の決定的な財政出動はできていない。戦争のみが、政府による需要形成の方法となっている。財政出動は議会も政府にも理解が継続されず、結局、わかりやすい戦争に突入する。



    ■景気後退がヨーロッパに忍び寄る。イングランド銀行は先週、英国経済が 1940 年代以来最長の景気後退に陥る可能性があると警告しました。また、第 3 四半期の縮小は、フランスとドイツでの 0.2% の拡大、およびイタリアでの 0.5% の成長とは対照的です。しかし、ヨーロッパの状況も変化しています。欧州委員会は金曜日、高インフレと金利の上昇により、ユーロ圏が第 4 四半期に景気後退に陥る可能性が高いと警告しました。現在、インフレ率は年末に 8.5% でピークに達すると予想しています。

    委員会は声明で、「インフレが家計の可処分所得を減らし続けているため、経済活動の縮小は2023年の第1四半期も続くだろう」と述べた。それでも欧州委員会は、ユーロ圏のGDP成長率が来年も2024年もプラスを維持すると予想している。対照的に、イングランド銀行は先週、第3四半期が英国で2年間続く景気後退の始まりになると予測した。

    2022 年 11 月 3 日木曜日、イングランド銀行 (BOE) の総裁であるアンドリュー・ベイリーは、英国ロンドン市の銀行本部で開催された金融政策報告記者会見で. 33 年間で最大となったが、将来の増加規模に対する市場の期待に強く反発し、その道をたどると 2 年間の景気後退を引き起こすだろうと警告した。イングランド銀行は33年間で最大の利上げを設定し、長い不況を警告していますこれは 第二次世界大戦以来最長であり、2008 年の世界的な金融危機に続く景気後退を凌駕するだろうが、中央銀行は 2024 年に向かう GDP の減少は比較的小さい可能性が高いと述べた。

    英国経済は景気後退に陥り、ヨーロッパもそれに続く




    ■「お金はもう価値がない」国の通貨であるナイラの崩壊によって特徴付けられる困難な経済情勢

    ナイジェリアでは、経済危機により若者が亡命を余儀なくされています




    ■ヨーロッパの製造大国は、エネルギーの停電を回避し、過去8か月にわたって蓄積されたガス埋蔵量のおかげで、この冬までに削り取られるように設定されています。しかし、エネルギー価格の高騰とガス埋蔵量の減少が共謀して、より潤沢な資金を持つ大企業が他国でより安全な経済的基盤を求めているため、嵐を乗り切ることができない中規模企業の間で一連の閉鎖の波が引き起こされる可能性があるためです。

    安価な電力という形での救済がなければ、2023 年以降の悪夢は、ドイツの重工業の空洞化になる可能性があります。これは、輸出主導の経済を支えるだけでなく、チェコのような近隣の EU 諸国の何千ものサプライヤーと密接に関連しています。共和国とスロバキア。彼らにとって、そして EU の残りの経済にとって、ヨーロッパ最大の経済における脱工業化の結果は壊滅的なものになる可能性があります。

    ドイツ銀行のエコノミスト、シュテファン・シュナイダー氏は「現在のエネルギー危機を10年ほど後に振り返ると、今回がドイツの脱工業化の加速の出発点であると考えるかもしれない」と述べた。長引くエネルギー危機に直面している多くのドイツ企業は、閉鎖するか、他の場所に移転するという不愉快な選択肢に直面しています。

    フランクフルト — これはドイツ産業の終わりの始まりですか?

     

    ■※ザックリ、覇権国家スペインからの没落から400年、覇権国家オランダの没落から300年、覇権国家イギリスの没落から100年が経過している、2022年現在。経済大国日本の没落から30年。国民国家は覇権や経済的ピークから、30年どころか、100年、300年、400年後も国民国家を維持することは可能である。しかし、スペイン、オランダ、イギリスは覇権や経済的ピークから、縮小や没落が長期化しても、軍事力や外交力は、それなりに維持したので、国家が維持できたと言える。日本が経済的ピークからたった30年であっても、没落から滅亡の可能性を感じてしまうのは、国家存続のために必要な軍事や外交に半国家主権状態であるからである。スペインやオランダやイギリスであっても覇権や経済的ピークから、軍事や外交に国家主権が薄れた歴史があったなら、没落ではなく滅亡していたに違いない。覇権国であっても、没落がはじまっても、軍人は撤退戦の意識で軍事力を維持した。国は国家主権が薄れた場合、没落から滅亡に至る。米国も日本も数十年前にピークを迎え、没落がはじまっている。米国の東アジアからの撤退の可能性は高まっている。このタイミングで日本は国家主権を回復して行き、軍事や外交を国益に戻す必要がある。できない場合、スペインやオランダ、イギリスのようにピークアウトから、100年、300年、400年と没落から滅亡を回避して国家維持することは難しいのではないか。

     

    ■※タレントのタモリさんが12月28日放送の『徹子の部屋』に出演「新しい戦前になるのでは」と答える一幕があった。黒柳徹子さんから「来年はどんな年になりますかね?」と尋ねられると「誰も予測できないですよね。これはね。でもなんて言うかな。新しい戦前になるんじゃないですかね」と答えた。日本は1931年満州事変から太平洋戦争などの戦争に突入した。1920年代の日本は未曾有の経済危機が連続し「戦前」であった。世界は1940年代に入り第二次世界大戦が認知される。世界恐慌以降1930年代は世界的に「戦前」であった。

    2023年も含む2020年代が「新しい戦前」になっても驚きはしない。日本でも世界でも多くの割合で人々はすでに感じているに違いない。海外メディアの複数の調査結果においても「大きな戦争が近い」と感じている半数以上の国民の国が多数派を占めていた。2022年は人類の半数以上が同時広域に「大きな戦争が近い」と感じた歴史上はじめての年であったと言える。この共通危機と不安を同時に人類規模で共有している意識自体がすでに「極めて不気味な時代」と感じざる得ない。日本は地政学的危機のリアリズムから好むと好まざるとに関わらず「日本を再び戦場とさせない」準備を始める必要がある。

    「柔らかいナショナリズムの誕生」日本を再び戦場とさせないために

     

    ■※日本の敵は、中国でも、米国でもない、陰謀論の中にもいない、「日本自身の責任で、没落の連続から属国や亡国に進んでいる」という真実を覆い隠そうとする、すべての日本の意識こそが最大の敵である。日本国民は戦争回避や戦争被害の最小化のために、戦闘を開始すべきときである。戦闘をはじめなければ、今後、日本の戦争被害が極大化してしまう蓋然性が高まる。

    写真集「BALINESE」※PCでの色彩閲覧をお勧め

    疫病・恐慌・戦争・革命・飢餓・未知なる世界に突入

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    「柔らかいナショナリズムの誕生」日本を再び戦場とさせないために https://bali-chili.com/20220824/ https://bali-chili.com/20220824/#respond Wed, 24 Aug 2022 05:43:25 +0000 https://bali-chili.com/?p=15646 ■現在2022年の8月であるが、すでに2022年は世界中の多くの人々が、世界は大きな混乱の最中にあり、より大きな混乱に向かっていることを決定的に確信してしまった年といえるかもしれない。

    2021年7月、新型コロナウイルスのデルタ株によって、インドネシアの被害を目の当たりにし、世界情勢や各国政府や国民の在り方は、20世紀前半のパンデミックや世界恐慌、2つの世界大戦の再来を連想させるのに十分であると感じた。2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻や核恫喝によって、21世紀の人類の危機が顕在化したといえるかもしれない。

    21世紀の人類の危機がスタートした可能性が高い。2022年8月、日本は過去最大の新型コロナウイルス被害が進行中である。7月には大物政治家が暗殺された。戦後最大の閉塞感が社会全体に漂っていることは、多くの国民が感じているはずである。

    日本を含む多くの先進国社会に余裕がなくなっている。新興国や途上国ではさらに深刻な社会不安が予測されている。欧米のように日本には「分断」や政治混乱はない、と言及されることが多い。しかし、行き過ぎた個人主義による「分裂」は、欧米より深刻な側面もあるのではないか。

    日本の政治経済や社会は深刻な問題が山積している。また政治によって問題解決ができる可能性は低いと国民は数十年感じている。日本社会の閉塞感は、すでに没落段階に入っており、あと2段階の没落によってパニックや全体主義、あるいは圧倒的な機能不全に至る可能性が高いと考える。

    日本は没落から滅亡(亡国)の危機に向かっているとも思えるが、個人的に最大の問題と感じるのは共同体の崩壊であり、「個人、家族、中間共同体、国家」とすべてを希薄な存在にしている。家族や仕事場は共同体の基盤であったが、それらさえ崩壊しはじめており、「脆弱な個人と脆弱な国家」のみが政治経済を、その場その場で、くるくると変容させ、脆弱な国家であるので、選挙や政治での問題解決は不可能であると多くが感じている。

    また脆弱な個人がバラバラなので「分断」という政治運動には発展しない。しかしながら分裂は欧米並みであり、共同体が崩壊し国家が脆弱な中「脆弱で不安定な個人」が、社会にバラバラに浮遊している深刻な状態である。

    共同体の再構築は必要であり国家政府の重要政策であるが、長期の時間が必要であり、短期の共同体再構築は不可能である。よって脆弱な国家をはじめ共同体崩壊の中、当面、個人は厳しい社会を生きるしかない。また、地政学危機が東アジアに波及する際など、国家存亡に関わる安全保障上の問題に、共同体再構築のみでは間に合わない。

    よって最期の共同体である「国家」が、個人の生き残りにとっても最重要となる。当面、ほとんどの国民にとって「国」は最期の死守すべき共同体である。よって国民の各層に「柔らかいナショナリズムの浸透」が急務であると感じる。ここでのナショナリズム説明に参照に都合のよいものがある。

    「日本はナショナリズムから卒業した」渡辺京二が語る明治150年

    渡辺氏の言及するナショナリズムは、戦前の「国民国家創世期の帝国ナショナリズム」と考えられる。国民国家の存在は、よくも悪くも必要悪と語られている。しかしながら国民国家にとって一定のナショナリズムは必要であり、ないなら国家は存続できない。戦後から継続している問題であり、平成に加速した現象に「ナショナリズムほぼゼロ」がある。ナショナリズムがゼロでは国家の存続はできない。時間の問題で機能不全に至る。ちなみにこの渡辺氏のインタビューはパンデミックの2年前である。

    今の日本には「柔らかいナショナリズムの浸透」が命題と言える。一定のナショナリズムがなければ国家は存続できない。かつ、このままナショナリズムほぼゼロであては、あと2段階の没落で、脆弱な不安定な個人から急進的ナショナリズムに陥る可能性が高まる。共同体再構築が間に合わなければ、最期のとりでは「国」である。よって一定のナショナリズムは不可欠である。

    ■2022年(令和4年)令和初期は、1920年代の昭和初期に似ているのかもしれません。1920年に大不況に突入、1923年の関東大震災、1927年(昭和2年)昭和金融恐慌、1929年世界恐慌から昭和恐慌、日本に経済危機が停滞。1930年代には五・一五事件、二・二六事件など軍事クーデター未遂から、日中戦争や太平洋戦争に突入することになります。

    1927年の昭和金融恐慌が始まる前である1920年代前半には、日本は経済危機がスタートしており、日本社会はすでに深刻な閉塞感に陥っていたことが当時の新聞などから推測できます。明治には維新や日清戦争、日露戦争の戦争成果や、第一次世界大戦による好景気が継続していましたが、1920年代前半には大不景気がはじまり、所得格差の拡大や深刻な社会問題の停滞によって、1930年代の国内政治危機とクーデターや戦争に繋がります。

    1922年芥川龍之介の「トロッコ」が発表されます。すでに日本の輝かしい変革期と好景気は終了し、大不景気に突入していました。主人公は子供の頃に体験した「不安や焦燥感や絶望感、恐怖感」を、大人になり、妻子と東京に出てからも、そのときの感情を繰り返しフラッシュバックして感じていた。明治の村落共同体や家族とはなれ、1人で家族の責任を負っている。共同体からの離脱と大不景気の停滞が背景にある。

    時代と環境の大きな変化から、安心する気持ちになれる場所も経済も将来も見えない。芥川龍之介は象徴的に1927年に昭和金融恐慌が発生した直後に自殺しています。時代や共同体の変化を鋭敏に感じた作家ばかりでなく、1920年代、多くの日本人が時代と社会の大きな変化から「閉塞感」を深刻に感じ始めていたに違いありません。昭和初期から100年後である、令和初期の2020年代に、経済危機と閉塞感が再来しているようにも観えます。

     100年前のパンデミックであるスペイン風邪は1918年から1920年に発生しています。その後、1920年代に関東大震災、昭和金融恐慌、世界恐慌、昭和恐慌と一連の経済危機が長期化し、日本社会には深刻な閉塞感が停滞します。新型コロナウイルスのパンデミックは100年前より、はるかに大きな社会的影響が発生しています。100年前のパンデミックと世界恐慌との因果関係はまだ完全なものではありませんが、第一次世界大戦の終結の要因になったほど、人流と物流に影響をもたらしたことは明らかです。

    2020年代は世界にとっても日本にとても経済危機の停滞がすでに世界銀行によって予測されています。日本もすでに「トロッコ」の時代背景のような「閉塞感」に突入していると思われます。新型コロナのパンデミックは収束もしていませんが、1920年代に関東大震災、昭和金融恐慌、世界恐慌、昭和恐慌と一連の経済危機突入の気配は十分にあります。経済危機が停滞すれば国内政治混乱や戦争に突入する可能性が高まります。

    100年前には、維新や戦勝などの華々しい成果や好景気は終了し、1920年代(昭和初期)からは大不景気と経済危機が停滞する時代でした。前時代の成功体験が、さらに「閉塞感」を煽っていました。現在の日本も、戦後の華々しい経済成長からは遠ざかり、成功体験が20年以上の経済停滞に「閉塞感」を深刻なものにしています。

    100年前の深刻な「経済危機と閉塞感」から、1930年代の国内政治混乱と戦争に発展したことは明らかです。結果「敗戦」に繋がったと考えられます。1930年代には軍部ばかりでなくメディアや国民自身に、急進的ナショナリズムが発生していました。1920年代の日本社会の深刻な閉塞感の裏返しと言えます。令和に置いても、社会の閉塞感は緩和され、急進的ナショナリズムは回避されるべきです。

    現在の「ナショナリズムがほとんどゼロ」であっては、今後の没落の過程でパニックから、急進的ナショナリズムの発生を警戒する必要があります。しかし国民国家は一定のナショナリズムなしでは維持存続できません。1920年代の深刻な閉塞感や、1930年代の急進的ナショナリズムを繰り返してはいけません。令和には深刻な閉塞感を回避し、急進的ナショナリズムを回避しなければなりません。よって、令和には「柔らかいナショナリズム」が国民の各層に浸透する必要があります。

     

    ■近代日本において、社会や制度が根底から大きく変化した事が、過去2度あったといえるかもしれません。明治維新前後と太平洋戦争前後です。2度とも日本が外国勢力との地政学的危機に突入し、国家の体制は根本から変化しました。前者は植民地になる前に準備が間に合い、独立が維持できました。後者は敗戦によって一時連合国軍によって占領され、その後、サンフランシスコ平和条約によって日本が主権を回復し、再び独立を認められました。しかし、その主権回復が独立国家としては制限された内容であったため、現在でも「主権回復されていない部分」や「完全に独立国といえない部分」が残されています。国家の根幹に関わる安全保障領域においては半独立国の側面は残されています。

    前者の明治維新でさえ、諸外国によって外発的に近代化された側面が大きいと考えられます。夏目漱石は講演で以下のように発言しています。<西洋の開化は行雲流水のごとく自然に働いているが、御維新後、外国と交渉を付けた以後の日本の開化は大分勝手が違います。(中略)つまりは何でもない、ただ西洋人が我々より強いからである。(中略)しかも自然天然に発展して来た風俗を急に変える訳にいかぬから、ただ器械的に西洋の礼式などを覚えるより外に仕方がない。(中略)我々のやっている事は内発的でない、外発的である。これを一言にして云えば現代日本の開化は皮相上滑りの開化であると云う事に帰着するのである>漱石

    要するに、暴力の嵐が来たので国がなくなる前に、欧米の軍事力と経済力を取り入れるために、かなり急いで欧米のような国をまねて造った、これを外発的近代化と批判しているようです。植民地になることは、回避できましたが、江戸文明に生きた日本人は、明治維新によって全く違う日本人に変容してしまった。と渡辺氏は感じたようです。

    太平洋戦争の敗戦後はどうだったでしょうか?明治維新を外発的と批判するなら、敗戦後の日本は、米国の意志のもとで、限定的な主権でありながら、なんとか国の生き残りを掛けた、といったことかもしれません。外発的な変化どころか、無条件降伏後に米国に主権を制限されながらも、将来に希望をつなぎ、とりあえずの限定的独立を達成できたのかもしれません。サンフランシスコ平和条約から高度成長期には、まつりごとに目隠しをし、経済のみに専科したことは、1つの生き残りに成功した国の形だったのかもしれません。

    しかし、現在まで戦後77年間、主にソビエト連邦が崩壊時から、現在まで制限された国家主権がそのまま残っていることは、戦後、まつりごとに、一時的に目隠ししていた日本が、現在でも目隠ししている状態です。60年代、70年代の安保闘争は左翼的な流れと「独立」への意志が混じっていました。よって左翼政権にはなりませんでしたが、「主権回復や独立」も一緒に蒸発してしまったのかもしれません。学生運動の終焉以降、日本は2度目となる「まつりごとに目隠し」をスタートさせた。

    戦後、2度に渡る「まつりごとへの目隠し」が、現在まで継続されている。制限されている国家主権の大きな流れかもしれません。恐らく「国民的議論のまつりごと」が成立していたのは1970年頃までであり、それ以降、現在まで国民は、まつりごとや政治を根本的に変えようというシリアスな議論は40年以上から50年は起こっていない状態です。逆に言うなら、80年代以降、まつりごとやシリアスな政治がなくても、経済だけで生きられた幸運な時代だったのかもしれません。

    平成に経済成長の鈍化や没落が顕在化しはじめ、令和には経済危機の停滞と地政学的危機が、コロナ禍とウクライナ侵攻で顕在化しはじめたといってよいと思われます。40年以上も、シリアスな政治や、まつりごとの本質的議論を回避してきた国民習慣が、現在も継続されています。平成期に新自由主義やグローバリズムによって、日本の共同体は欧米なみに崩壊し、行き過ぎた個人主義もさらに加速されています。家族や仕事場さえ安定を意味する場所でなくなり、ほとんどの共同体が崩壊に向かっており、最期の共同体である「国」も小さな力しかない状態であり、脆弱でバラバラな個人が脆弱な国を形成している。

    渡辺京二氏へのインタビューで1つ違和感がある。西郷隆盛「道義国家」の現代的評価・・・「道義」は没落から崩壊に向かっている。ゆえに西郷が生きて、現代日本を観れば「日本は滅びるであろう」と感じたのではないか?共同体の崩壊から国民に「道義」が失われているからである。明治維新以降の近代日本を、西郷が観れば昭和初期と、令和初期には国民に「道義」が薄れ「日本は滅んでも仕方ない」と感じたのではないだろうか?西郷は国民が天下国家に全員が参加する必要はないが、「道義」をもって生活をすればよい、と考えていた。国にとって最も重要である「道義」がないなら、天下国家(国の政策)以前の問題である。

    昭和初期にも経済危機の停滞や共同体の崩壊が起こり「道義」が薄れ、滅びても仕方ない国であったが、なんとか敗戦後には「半独立」は達成できたのかもしれない。現代の令和初期にも、甚だしい「道義」喪失が発生し加速しているのではないか?であるなら、現在の日本は没落の連続から、本当に滅びに向かっているのではないだろうか。「道義」が薄れれば、社会は滅びへ向かうか、パニックにむかうのではないだろうか。

    渡辺氏によれば、西郷隆盛が道義国家を現代版で、ひとことで表現するなら「生きがいがある国をつくろう」ではないかと・・・当初、あたりさわりない表現だと感じましたが、そうではないと改めて感じました。ひとことで表せば、国民1人1人が「生きがいがある国をつくろう」と、より意識し、より想えるようになることが、柔らかいナショナリズムの誕生といえるかもしれません。現在の日本人の多くが国はどうでもいい、国の存在が間違い、などナショナリズムがほとんどゼロ状態です。ここから「生きがいがある国をつくろう」と国民の多くが思うことが本当にできれば、それはやはり柔らかいナショナリズムの誕生といえます。その前提には、共同体の崩壊によって、国民である、ほとんどの「個人」の生き残りの砦として「国」という最期の共同体を認識することです。

    現代の道義国家とは「生きがいがある国をつくろう」という国民1人1人の気持ちかもしれません。共同体の再構築が可能であれば「道義」は回復していくと思われますが(恐らく可能性が小さく、長期間の時間が必要で、間に合わない)柔らかいナショナリズムの浸透によっても、急ごしらえの「道義」が国民に形成されることは決して不可能事ではありません。

    「道義」が再構築されていけば、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)、信頼関係、道徳などの修正によって、家族や仕事場や中間共同体が再構築される可能性がある(共同体の復活には時間が掛かるので、これだけでは間に合わない)よって柔らかいナショナリズムの浸透という概念が必要。日本に新型コロナによる緊急事態宣言の際「自殺率」が低下した。戦時体制の自殺率低下同様に、国の緊急事態によって急ごしらえのソーシャルキャピタル(社会関係資本)が発生していた可能性がある。道義やソーシャルキャピタルなどが急ごしらえで共同体意識を強化した現象である可能性がある。急ごしらえの共同体再構築よって「日本国」の崩壊や滅亡を避け、領土が戦場となることを回避して「日本の生き残り」を可能にできるかもしれない。漱石がこれを観れば「日本という国は、外発的近代化を何度も繰り返す」と皮相上滑りの政治・社会であると評するかもしれません。しかし、このまま滅亡するより妥当な選択であると思われます。

    最初の明治維新は独立が維持され、2回目の太平洋戦争には半独立国家となった。近代日本3回目の地政学危機によって「独立国の維持」が達成できる保証はありません。令和初期が最も「道義」が薄くなった社会に陥っているとすれば「どのような政府や政策であっても滅びても仕方がない」と西郷は評するかもしれません。令和に柔らかいナショナリズムの誕生がなければ「道義」は消滅し、滅亡してもしかたのない国や社会に陥ってしまうかもしれません。

     

    ■【共同体や社会関係資本の崩壊から個人思想としての他者から柔らかいナショナリズムへ】

    柔らかいナショナリズム浸透には、社会思想(社会からの動機)ではなく、個人思想(個人の動機)から、ソーシャルキャピタルや共同体は、自分の豊かさのために、今、有力有効な考え方であり、共同体再構築には時間もかかり、以前同様の共同体復活は不可能なので、現在の個人化を全面否定せず、個人化をベースにケアやソーシャルキャピタルを通じて、共同体再構築を試みる。現実的な共同体再構築の参考資料がある。

    個人化のもとで共同体はいかにして可能か 今田高俊

    「近代化により計算可能性としての形式合理性が支配的になるとした。近代社会は個人化進め共同性を抑制する力学を持つ」ウェーバー

    「こうした他者(事物をも含む)への関心-関与-応答の連鎖をケア(Sorge=care)概念よって定式化し、人間存在の原点、すなわち「現存在」を位置づけた。われわれは他者をケアすることで、自己の存在確認を得る。自分自身であるためには、ケアする他者が必要である他者が私を必要とする 他者性の再定位だけでなく、私も自分自身であるために、ケアの対象を必要とする」ハイデガー

    「ケアの本質は「生きることの意味」を確認することにある。他人をケアすることで、本人は自分の生の意味を、生きている実感を獲得する。」ミルトン・メイヤロフ

    「成人期に獲得すべき人生の活力ないし徳力(virtueとしてケアをあげている。これは倫理的な資質を備えた力であり、成人期にこれを獲得しないと、人生の停滞感と無力感に陥る)という」エリク・エリクソン

    「社会関係資本は、信頼、互酬性の規範、ネットワークによって、人びとが共同性を構築する機能を担う。共同現存在が社会的に実現するためには、関心-関与-応答によるつながりが平和裏に作動することが不可欠である。それには信頼と互酬性にもとづくネットワーク形成が求められる。これらにより個人レベルでのケアによる相互応答的な支え合いが、「つながり共同体」へと止揚される。社会関係資本を基礎とした市民共同体(civic community)という概念を提出している」ロバート・パットナム

    「近代にとっては、理論的には、単体(アトム)としての個人がもっとも適合的である。社会の機能合理化が貫徹していったとき、極論すれば、家族は必要でなくなる。核家族の機能である性愛、出産、社会化、親密性などすべてが外部化されるだろう。これでは国家解体の危機を迎えることになる。そうならないためには、手当てが必要である。」カール・マンハイム

    「現代社会の位相を「リキッド・モダニティ(液状化した近代)」と捉える。近代が持つ個人化の力学を以下のように述べる。いまも昔も、流動的で軽量な段階の近代においても、堅固で重厚な段階の近代においても、個人化は宿命であって、選択ではなかった。個人に選択の自由は許されても、個人化を逃れ、個人化ゲームに参加しない自由は許されない。近代の個人化は、個人を共同体の拘束から解放し、自由と自律性を約束する意義を担ったが、その反面で自己決定・自己責任という論理を個人に強いてきた。そして「つながり」や「絆」が希薄化し、他者と共に生きるという社会的なもの(共同性)の本質が失われつつある。」ジークムント・バウマン

    「物質的な豊かさの下支えがなされ、人びとの関心が所有ではなく、いかに生きるか、自己実現をはかるかといった存在関心に重心を移行した時代においては、自己の存在確認を求める私的動機が高まる。他者をケアすることで最終的に自己実現をすること、自身の喜びと生きる力を獲得することの重要性が高まる。それは私的ではあるが利己的ではなく、しかも利他的にも見える行為である。と同時に、個人主義ではあるが他者性の指向を前提としたものであり、他者とともに生きることをめざした共同体への道を拓く。」「つまり、ケアとは単なる他人への気配りではなく、自己の心の葛藤を克服する力でもある。ケアは人生の停滞感に陥らないために獲得すべき人間力なのだ。ケアに含まれる他者との関連にもとづいて、自身の存在の意味を問い、人間関係を組み立てることが、他者とともに生きるための基礎条件であり、個人化のもとでの共同性構築の基礎である」「論点は、個人化を前提とした共同性はいかにして可能かという問いにある。もはやかつてのように共同体の眠りについた個人ではなく、自由で自律した個人を前提にした共同性の構築を考えるほかない。」今田高俊氏 ※以上、「個人化のもとで共同体はいかにして可能か」のコンテンツより抜粋

    矛盾するようだが「個人化を前提とした共同体再構築の可能性」の難易度として、人間は生産(仕事場)で、ケアや共同体構築が可能であり、消費行動だけでは、ケアや共同体が形成されない可能性を考慮する必要がある「人間は生産を通じてでなければ付合えない。消費は人を孤独に陥れる」福田恆存

    個人化の中で、エゴの自我だけでは、死の前に停滞や絶望は回避できない。よって他者に自身と同じ、もしくはそれ以上の意味や価値を感じること、、、自身の死の前にあっても、自身同様もしくはそれ以上重要と感じる他者の存在があれば、死への絶望の意味は薄らぎ、残りの生も、意味が薄れることは少なくなる。すなわち人生の午後には、他者やケアがあった方が幸せを感じる。できれば他者の対象を人間にできれば、自身にとっても社会にとってもよりよいと思われる。つまりケアや社会関係資本や共同体再構築は、個人(自身)にとって重要で有効な思想であると感じる。共同体再構築は時間が掛かる。社会側からの動機のみではなく、個人側(自身)からの動機として、ケアや共同体再構築を求める動き(意識)こそ、柔らかいナショナリズムの浸透の本流かもしれない。

     

     

    ■【マルクス『資本論』は古典として21世紀に再定義される重要テキストのひとつである】

    「いわゆるマルクス主義では、国家やネーション(民族)といった上部構造は、経済的下部構造(生産力と生産関係)によって規定されている、という考えが支配的ですが、それだけでは説明できないことが多い」「そのため、マックス・ウェーバーは、近代の産業資本主義を生んだのはプロテスタンティズムであるとし、宗教的な上部構造の自立的な力を強調した。また、フロイトは、経済的下部構造ではなく、心理的な上部構造に、人間を動かす無意識の働きを見ようとした。それ以来、観念的、イデオロギー的な上部構造を重視する考えが強くなったといえます」「同様にマルクスは、貨幣の力が、商品の交換に根ざすことを見た。『資本論』で交換様式という観点を取ったとき、すでにマルクスは、ウェーバーやフロイトが気づいていたにもかかわらず、それを宗教や無意識に求めた問題を、交換、すなわち、広い意味で〈経済的〉な観点から説明できると思っていたわけです」(※その後マルクスとカントの相互間関係から研究

    「交換が〈霊的・観念的な力〉をもたらすということは、もともとマルクスが『資本論』で考えたことです。そこでは、貨幣・資本の力が、交換から生じる〈物神的な力〉だということを示していました」(国家・リヴァイアサン)商品は、交換されることで初めて商品としての価値を持つ。マルクスはそれを「命がけの飛躍」と呼んだ。(※マルクスとホッブス)

    『力と交換様式』柄谷行人 ※『資本論』D社会到来の可能性について

    「その意味で、貨幣も国家も、異なる交換様式から生じた観念的な力としてとらえることができます。さらにネーション(民族)についても同様のことがいえます。「重要なのは、これらの〈霊〉たちを一掃する力をもたらすものがある、ということなのです。それが交換様式Dです。そこに資本・ネーション・国家を揚棄する力が生じる。そうでないと、資本=ネーション=国家、すなわちA・B・Cの連合体が永続するでしょう」(※ヘーゲル史観)(※Aをモースとレヴィ=ストロースが探求)

    Dによる社会がいつ到来するともしれないまま、世界は危機の中にある。柄谷さんは、Dの一つの表現として、マルクス主義思想家エルンスト・ブロッホの〈希望〉という概念を挙げている。それは、資本と国家を揚棄する可能性を指すもので、「中断され、おしとどめられている未来の道」の回帰だという。「未来の道」はブロッホのいう「未だ-意識されないもの」がもたらすものだ。こうしたDの可能性は、原始キリスト教や初期の仏教、あるいは共産主義の構想などとして、抑圧されても繰り返し歴史のなかでよみがえってきた。今後において、国家(B)と資本(C)が必然的にもたらす危機は繰り返しやってくる。しかし、それゆえにAの回帰としてのDは必ず到来する、というのが柄谷さんの認識だ。「〈希望〉がまだあります。絶望的な未来においてこそ」(※恩寵として到来する世界・・・今は待つしかないというヘーゲル史観)

    資本、ネーション、国家が残っている以上、歴史の〈終焉〉はなく、〈反復〉があるだけです。たとえば、90年ごろにアメリカで言われた〈新自由主義〉は、その後、事実上、〈新帝国主義〉に転じた。つまり、90年以後の世界史は、別に新しいものではない。実際、ロシアとウクライナの戦争は、第1次世界大戦や第2次世界大戦の反復でしかない。

    ※20世紀の深刻で大規模な「経済危機」や「2つの世界大戦」、そして「米ソ冷戦」や「キューバ危機」などの人類の危機が、21世紀に繰り返される。ただの繰り返しに思えない。21世紀には想像を超え、さらに「国家」や「資本」が、拡大された側面が多くみられ、さらにダイナミックに「国家」や「資本」が、世界や社会に強靭化されて、加速して増幅されている可能性が高い。よって21世紀は「20世紀の人類の危機」増幅版である。

    ※D交換社会が世界に発生・浸透するか否かはわからないが、地域的に点在して行く可能性はあるかもしれない。現在はそれらの点さえも不確かで、発生の根拠があいまいである。イザ本当にD交換地域社会が形成された場合、点から線、線から面へと世界に浸透する可能性もある。しかし、それは強靭化した、さらなるダイナミックな「国家」や「資本」が、21世紀に、深刻で大規模な経済危機や、さらなに大きな人為災害としての世界大戦の繰り返しなどから、大崩壊が繰り返されたあと、それらの危機の反省から、一部の社会や国家が、D交換社会に変容していく可能性はある。キューバ危機の再来によって、全面核戦争が勃発した場合、最期の世界大戦の早期終結と近代の早期終焉に至ってしまうだけであり、タイムマシンのようにA交換社会が大復活してしまう。しかし、キューバ危機再来が全面核戦争前で寸止めされ(たとえば、複数の大都市に10発程度の核攻撃によって、数百万程度の直接の被害者と、その後の大都市や国の機能不全から、数千万単位の被害者が、短期間に発生しながら、幸運にも全面核戦争が避けられた場合など)その後、人類や国家は恐怖の総和から、一時的には国家的反省が発生し「国家」や「資本」の見直しが再考され、D交換地域社会の基盤となる国家意志が発生するかもしれない(AからDではなく、BからDへ変容がはじまる、その後CからDへの変容がはじまる)

    ※しかし、実際の歴史は、イスラムの影響を受けた、新オリエント時代の到来と同時に、近代の終焉(人類単位の人口減少)もはじまる。21世紀の終盤には、BとCは縮小するが維持され、Aが拡大し、B・C世界の一部にD地域が点在発生するかもしれない。よってヘーゲル史観ではなく、近代の終焉から、一部は帝国主義の復活や中世封建社会へ回帰する。一部はB・Cの縮小維持、B・Cの一部地域にDが発生する。近代の終焉のため、D交換社会は世界に浸透せず、広く観るとABC併存の繰り返しともみえるが、限りなくA交換社会が拡大し、もちろん歴史の終焉ではないが、①反復から②BとC揚棄からDではなく③反復と回帰の歴史となり、帝国主義や封建社会への回帰と、近代B・Cの縮小残存が同時に進行してしまう。D交換社会は到来しないかもしれない。もしくは、21世紀中盤までに、欧米や日本(成熟し絶望した資本主義国から)において恩寵が起こらない場合、21世紀終盤のイスラム諸国の中から、D交換社会が突然発生し世界に浸透していくのかもしれない。

    ●柄谷氏はブログでD交換社会を以下のように想定する・・・・近代国家と資本主義を超える鍵も、それらが確立される直前、つまり、十八世紀半ばの思想や社会システムに見出せるのではないか、と私は考える。それは、経済史的な観点からいえば、資本によって組織された機械的工場生産に先行する状態、つまり、多様な職人的手仕事の結合からなるマニュファクチャーの形態である。政治的な観点からいえば、絶対主義王権に対抗して、中間集団の多元的な分散と連合からなる市民社会である。これらは前近代ではない。にもかかわらず、中央集権性と目的合理性に特徴づけられる近代システムとは異質なのである。資本・ネーション・国家という近代システムの閉域を出ようとするならば、それらが確立される直前に戻って考える必要がある。

    ●「世界史の構造」とは詰まるところ、カール・ポランニーが述べた3つの交換様式(互酬・再分配・商品交換)に、柄谷が近代社会の根本要素群と見なす資本=ネーション=国家を組み合わせ、その通時的変遷を追ったときに見えてくるものです。近代を駆動させる資本制経済(C)は経済格差と対立とを必然的に生むことになります。共同性・平等性を志向するネーション(A)はその是正を求め、国家(B)が課税と再分配によってその解決を図るのです。これら3つの要素は歴史的にまったく異なる背景を持ちながらも、ボロメオの環のごとく一体のものとして近代を構成してきました。諫早氏より (資本主義市場経済も国家の下支えがあって初めて十全に機能しうるのであって、交換様式Bと交換様式Cは互いに互いを支えあうかたちで存立している)(※マルクスとカール・ポランニー)

    ●エミール・デュルケームは、経済的下部構造に還元されないような上部構造がもつ力を「社会」に見いだしたといえます。彼はそれを「社会的事実」あるいは「集合表象」と呼びました。それは、個人の意識・心理を越えたものであり、また、それらの総和以上のものです。たとえば、デュルケームは、神と呼ばれているものは、実は社会であるという。つまり、彼は神のように働く「力」を、ウェーバーのように宗教を持ち出すことなく、説明しようとした(※マルクスとエミール・デュルケーム)

    ●吉本は幻想領域を概念化することで、マルクス主義が扱ってきた経済領域と観念領域の結びつきを、相互に切り離した状態で考察できるようになると考えた。すなわちマルクス主義における観念領域を表す上部構造を「手垢がついている概念」であるとして、それを「全幻想領域」といいかえる。その構造の解明はどのように可能になるのかという問題意識から、三つの幻想領域が概念化された。また「共同幻想は個体の幻想とは逆立する」といった表現に、マルクスのフェティシズム論(人間が作り出した商品世界に人間自身が従属させられる状況)の影響をみることもできよう。あるいはフランスの社会学者エミール・デュルケームによる集合表象(個人表象と区別され、それ独自のまとまりをもつと考えられる集団の観念)との類似性も指摘できる以上ニッポニカより(※マルクスと吉本隆明とデュルケーム)

    ●マルクスから発展させバタイユは資本主義的蕩尽を観る。個人のレベルでの蕩尽も暗示している(神秘主義)・・・・もし、「供犠」ということが、意味の系列を解きひらかれ、再探求されてゆけば、人間はじぶんが何ものであるかを、いわば自己意識の明澄で至高の状態として知ることができるようになるにちがいない。そして本来は供犠の内奥性の世界として解きひらかれるべきものを、外在的に暴力的に転化した軍事秩序や、殺戮の狂宴である戦争は、根絶されてしまうはずだ。(バタイユと吉本隆明)

    【カール・マルクス】柔らかいナショナリズムの誕生「危機の時代に蘇る思想」

     

    ■※2200年から2800年前には、イスラエルの預言者、ギリシャの哲学者、中国の諸子百家、インドの仏陀など世界各地で人類が個人としての自覚、精神の目覚めを経験した時代であるとヤスパースは言及する。哲学や思想が急速に発展した時代背景には人類の都市化や国家の形成期であり、同時に混乱や戦争の危機の時代であり、人類がはじめて多数の国や都市から、同時多発的に地政学的危機と国家危機から都市生活の個人的苦悩から、大きな危機の時代に突入していたと考えられる。大きな危機の時代に普遍的な思想哲学が発達したと考えられる。近代に突入すると欧米において近代思想が急速に発展した。現代に入り世界恐慌や2つの世界大戦を経験し「危機の経済学」が発達していた。マルクス経済、ケインズ経済、バタイユ経済。21世紀のパンデミック以降、世界経済危機において「危機の経済学」が蘇るタイミングが来たのかもしれません。

    ■※ケインズは資本主義の延命を提案した。マルクスはポスト資本主義を提案した。バタイユはポスト資本主義を暗示したが、同時に地獄が繰り返され、近代の終焉に至ると暗示した。資本主義の蓄積は避けられず、世界大戦が繰り返され、キューバ危機の再来など人為災害で近代が終焉へ向かうか、奇跡的恩寵によってユートピアに向かうか、明示していない。

     

    ■【ケインズとバタイユ】1930年、バタイユもケインズと同様、そして、ほぼ同時に、当時の過剰生産的不況を背景にして、新たな経済学を模索し始めているのである。理論の構築はケインズら「経済学者たちの仕事」に任せたバタイユの著作は、ケインズが深く共鳴したマルサスの仕事へと急接近していくことになったのは必然であった。何より、バタイユの思想はマルサスとともに、マルサスによって提起された不生産的消費概念をその焦点として展開されていくことになったのである。

    バタイユは、フランス革命の歴史やロシア革命の現実を念頭に階級社会が革命を必然化することを述べている。しかし、革命自体が政治的な祝祭であって、巨大な不生産的消費でもあるのである。ところで、バタイユには独自の革命観がある。それは、『呪われた部分』第 3 巻『至高性』のための草稿のなかに現れる。バタイユはブルジョア革命と社会主義革命の違いを認めない。フランス革命がそうであるように、ロシア革命もまた封建社会に対する革命であるとするのである。

    トマス・マルサスは『経済学原理』のなかで、経済発展には「不生産的消費」の存在が不可欠であることを主張した。直後にジャン・バティスト・セイはフランス語の手紙を送り、マルサスを批判した。この批判を通じて、「不生産的消費」概念は翻訳されてフランスへと導入された。オスカー・ランゲは「不生産的消費」概念を元にしてマルサス理論を最適消費性向の理論と解釈した。ジョルジュ・バタイユはジャン・フランソワ・ムロン以来の奢侈肯定論の伝統のなかで「不生産的消費」を強調し、全般経済学の構想を示した。バタイユの試みは 1930 年代の世界不況を背景にしたものであり、ケインズ経済学と共通の起源を持っている。

    不生産的消費概念の展開:マルサスからバタイユへ 山崎好裕氏

     

    ■【ポスト新古典派経済学】ケインズ復活が有効と思われるが、資本主義の危機が顕在化して行く場合、ヘーゲルからマルクス経済・バタイユ経済の再定義へ。マルクス「地獄の反復かユートピアか」バタイユ「地獄の反復か近代の終焉か」

    ポストヒストリカルな状態が、2020年に始まったグローバル資本主義の革命を通じて今日実現されつつあることを説明している。コジェーヴは結局ヘーゲルがイエナの戦いについて正しかったという結論に達していた。コジェーヴは、1806 年以降に世界に何が起こったのか、そして現在の彼の周りの世界を見て、2 つの世界大戦を含むその後のすべての戦争と、それに伴う革命は、ヨーロッパの時代錯誤(封建社会)を一掃するのに役立っただけであると結論付けました。その政治的過去と他の州を政治的前衛と一致させます。ソビエト ロシアと共産主義中国をもたらした革命が、ファシズムの台頭と敗北を通じて、ドイツ帝国とイタリアの民主化にもつながったとすれば、それは、ロベスピエールとナポレオンによって実現されたことが、ナポレオン後のヨーロッパに浸透したためです。革命前の過去の置き換えを加速する(封建社会から近代化へ)実際、この歴史的運動は、北アメリカにおけるヨーロッパ文明の拡張においてさらに進んだ.。コジェーブは、それが「階級のない社会」である限り、米国は共産主義の最終段階に到達したとさえ主張している。人間の動物性回復。

    1930 年代に彼が予測した共産主義への移行ではなく、1962 年に執筆中のコジェーヴは、アーネスト マンデルによって特定された 3 つの段階の最後の段階である戦後の資本主義の拡大で歴史が終わるのを見た。産業革命は、最初に帝国主義の独占資本主義に取って代わられ、最後に消費主義の多国籍資本主義に取って代わられました。それぞれが、今日の世界のグローバル経済に向かう歴史の動きの瞬間であり、その共通の運命の中で、普遍的な歴史は終わります。この観点からすると、歴史が終焉を迎える普遍的な状態は、資本主義の抱擁に閉じ込められた世界であり、資本主義以前の社会的および経済的形態の最後の飛び地を植民地化することに成功しただけでなく、その人口はグローバルな分業における新しい労働階級であるが、人間の主観性のあらゆる側面に浸透し、その普遍的なモデルは今や消費者である。

    「バタイユは人間社会の過剰性はどうなるのかと問いかける」

    バタイユは、戦後の資本主義がグローバル経済へと質的に拡大した文脈の中で、この過剰によってもたらされる問題を位置付け、生物学的成長の限界が地球圏にあるように、産業の成長にも飽和点があり、それを超えると主張する.リソースの個々のシェアが減少します。しかし、これこそが、生産のエスカレーションにコミットしている資本主義が容認できないものです。資本主義は、余剰の生産的消費と無駄な支出との質的差異を認識していないため、量的差異の認識に限定された卑屈な世界をもたらしました。その結果、生産が飽和点に達しない場合、その余剰のかなりの部分が浪費されなければなりません。富の平等な分配ではなく、しかし、その膨大な蓄積と浪費の中で。この支出の定期的かつ壊滅的な形態は戦争であり、そこでは生物学的および産業的成長の両方の過剰が政治的解決策を見つけます。この証拠として、バタイユは、ナポレオン戦争の終結から第一次世界大戦の開始ま​​での間にヨーロッパが経験した相対的な平和と繁栄の 100 年と、近代産業が発展した時期との対比を挙げている。 2 つの世界大戦とそれに続く冷戦の紛争と武器経済 – その開発が飽和点に達したとき。その後の現在進行中の経済的解決策は、歴史が終わった州の労働者階級の生活水準を不平等に引き上げることであり、それに伴いサービスが出現しました。

    ますます均質化する社会への移行(最近にはさらに加速)に伴い、消費のさまざまなモダリティは、資本が行為、それが生産する物、および時間自体の間に確立する定量的尺度の全体の中でサブレートされてきました。その内容ではなく、その形に — お金が灰色の上に灰色を描くその上に。共産主義によって約束された社会的および経済的平等のために、資本主義は歴史的内容を空にした社会的慣行の間の同等性を生み出しました。これは商品の時間であり、精神が資本となり、時間はお金で測定され、価値はコストで測定され、市場だけが決定します。マルクスが言ったように、歴史は茶番劇として繰り返され、人間はヘーゲルが「人生の日曜日」と呼んだものに入る。バタイユは、社会的実践の純粋に形式的な側面における恒久的な革命として生きている人間の未来のこの永遠の現在において、「ぜいたく」は「抑圧され、商品の形で昇華される」と書いている。ブレイクのトラは、ナイキ マックス、ビッグマック、メルセデス ベンツ、ワールド カップの決勝戦など、ギイ ドゥボールがスペクタクルを「イメージになるところまで」定義するように、「蓄積された資本」になりました。

    マルクスが「必要の領域」と呼んだものから「自由の領域」への人間の歴史的通過の最終状態を記述しようとしました。彼を彼の主権から切り離すものを取り除き、余剰労働は余剰時間になり、人間の活動は「それ自体が目的である」とマルクスは書いている。 これが共産主義の理想。

    ポストヒストリカルな状態が、2020年に始まったグローバル資本主義の革命を通じて今日実現されつつあることを説明している。

     

    ■【ポスト新自由主義経済(グローバル市場経済)へ修正か、資本主義的蕩尽の限界ならポスト資本主義へ移行か】バタイユはポスト資本主義を暗示する。以下『ジョルジュ・バタイユの思想』からの抜粋

    バタイユは共同体が抱え込んでしまう過剰な富、エネルギー、あるいは暴力を、ソフトランディングさせていく仕組み、消尽(蕩尽=消尽)を見出します。バタイユは『呪われた部分』の中で、現在進行している「東西冷戦」が、アメリカにせよソ連にせよ、同様にして、産業主義的な「資本主義的消尽」へ向かっていることを鋭く洞察しています。バタイユは、使用(消費)が禁止された富を、未来へ投げ込み(投資し)、結果、それがさらなる富の増殖をもたらすにしても、それをさらに未来へ投げ込む、そのような、延々と辿り着くことのない終着駅へむかっての富の(使用の)事実上の破棄、そこに、いわば「資本主義的消尽」のカタチを見たのでした。

    バタイユが提起しているとおり、人類史は、基本的に、3パターンしか保持していないとする。

    (1)宗教的消尽
    (2)軍事的消尽
    (3)資本主義的消尽

    「消費資本主義的消尽」は、つねに需要(欲望)のフロンティアを開拓していないと動的安定性を維持できないシステムです。結局のところ、その終末にあるのは「軍事的消尽」=世界最終戦争なのではないか、と、バタイユは怖れます。

    現在、なぜ‘資本主義が危機!’とか言われたりするのかというと、順番にいきますと、まずは、①財市場における「欲望のフロンティア」がすでに飽和しています。財=モノは行き渡り、モノへの欲望は飽和しています。財には土地も含まれます。が、土地=フロンティアへの投資=収奪の運動は、植民地主義(帝国主義)の終焉と共に終わっています。海底の開拓は進まず、宇宙開発という名の軍事開発が一定度進んだにすぎません。 次に、②労働市場におけるフロンティアの開拓(収奪・搾取:安い賃金労働者を求める運動)は、これもご存じのとおり、爆発的な非正規雇用の増加と格差・貧困、社会的分断を生むに至り、座礁します。もっとも、最近の日本は実質的移民解禁にフロンティア幻想を抱いていたりしますが・・・・・・最後に、③金融市場のフロンティアですが、ここに目をつけたのが、いわゆる新自由主義、徹底した金融規制緩和によるフロンティアの開発でしたが、これもご存じのとおり、リーマンショックに至ります。金融危機を招きました。つまり現代資本主義には、‘もはやフロンティアがない!’かもしれないという危機感があるのです。

    資本主義システムは、①財市場、②労働市場、③金融市場の3点セットにより編成されています。資本主義のエンジンは「欲望」であり、常に「欲望のフロンティア」へ「投資」し、「利潤」を回収することによってドライブしていく、ということについては繰り返し説明しました。海底でもなく、宇宙でもなく、いわば電子の世界が新しいフロンティアになる、というか、すでになってきていますね。これをぼくは、電子的消尽、と名付けておきます。あるいは、「電子資本主義的消尽」とでも呼びましょうか。「消費資本主義的消尽」から「電子資本主義的消尽」へ、というのが、資本主義的消尽の延命策、なのでしょう。

    資本主義における「資本」を、無限増殖の運動として把握したのはカール・マルクス(1818-1883)です。富を「消尽」することなく蓄積し、投資し、さらに富を増やす運動です。「消尽」が見ている世界は、資本主義の外、あるいは、アフター資本主義と言ってもいいでしょう。資本主義の破綻は、戦争につながる怖れがあるとバタイユは見ています。富をいわば投資することによって先送りに「消尽」(資本主義的消尽)していたのが資本主義システムです。投資先を見失えば、すなわち資本主義的成長が止まれば、「消尽」を戦争によって行うかもしれない、と考えたわけです。

    ジョルジュ・バタイユの思想 奇多郎

     

    ■※バタイユの資本主義的蕩尽から少しずれてしまうが、国や社会には景気循環的な流れが大なり小なり観察できる。水の熱量によるザックリ4形態に分けてみる。

    ・沸騰社会(革命・戦争・内戦などの暴力と破壊)

    ・熱い社会(適度なインフレ、成長、好景気)

    ・冷たい社会(低成長、マイナス成長、高失業率)

    ・冷凍社会(恐慌、疫病、飢饉、国家崩壊)

    2023年はコロナパンデミックから世界的な経済危機が予測されている。世界的に冷たい社会(リーマンショック、石油危機、通貨危機、低成長停滞、マイナス成長停滞、高失業率停滞) に突入することが想定できる。各国は冷たい社会からの脱出を試みる。資本主義の危機である世界恐慌や複雑な世界経済危機により、一部の国が冷凍社会に至ることが想定される。冷凍社会や冷たい社会による停滞や閉塞感から脱出するために国家は熱い社会を目指すことになる。それでも脱出できない場合、沸騰社会(戦争・革命・内戦)に向かってしまうのかもしれない。

    20世紀前半の教訓(世界恐慌や革命や2つの世界大戦)から、以下の形態は回避すべきと考える。バタイユの蕩尽イメージは「世界的な沸騰」であるが、経済やエネルギー的に反対の「世界的な冷凍」がパッケージとして同時にまたは時間差で現れる。「世界的な冷凍」がより深ければ、「世界的な沸騰」がより高くなる相関関係やパッケージが予測できそうだ。【2020年からのコロナパンデミックは想像以上に深い谷であったことの指摘が少ない。深刻な「世界的な冷凍」が始まっていたのではないか?】

    ・世界的な冷凍(世界恐慌、国家崩壊、パンデミック、世界的飢饉 )

    ・世界的な沸騰(革命多発、内乱、世界大戦)

    冷凍や冷たい社会から脱出するために国家は熱い社会を目指す。それでも脱出できない場合、沸騰社会(戦争・革命・内乱)に向かう。鬱病の低迷期は冷凍社会であり何もできないが、鬱の波のボトムからの回復期に自殺が多発する傾向に似ている。冷凍から冷たい社会による長期の経済危機が回避できない場合【経済指数そのものより、それに伴う共同体崩壊によって各個人の精神不安や焦燥意識が増進する影響の方により注目すべき】、国民が集団自殺も恐れず、革命や戦争を肯定する心理へ向かうのではないか(沸騰社会へ突入)よって、冷凍や冷たい社会が世界同時に発生したコロナパンデミックは、2023年以降、経済危機が長期に停滞し回避できない場合、国家や国民は革命や戦争を肯定する方向にむかう可能性がある。経済危機や世界大戦を回避する根本的な発想がバタイユの『呪われた部分』に含まれている。

    サッカーのワールドカップも国民意識の統合効果がみられるが戦争は大きな国民統合や共同体意識の高揚効果がある。 よって各個人に停滞し蓄積した精神不安や焦燥意識を安定させる効果も観られる。 政府ではなく国民自体が戦争を引き寄せている可能性がある。 実際の経済危機から飢饉もなく危機が回避されている過程でも全体主義は勃興する。(政府も冷凍社会から国家崩壊するより国家存続を掛けて国民統合を試みる。自ら国家崩壊するよりは戦争を選択するのだ)

    ※マルクスは宗教はアヘンであるとしたが、【国民や国家にとって革命や戦争こそアヘンである】とシモーヌ・ヴェイユは考えたのではないか。無名にも関わらずヴェイユはトロツキーと直接論争をし、同じ研究グループでジョルジュ・バタイユとも語った。恐らくバタイユは革命をケプラーやコペルニクスのようにエネルギー現象としてとらえ、ヴェイユは間違った革命方向の大惨事をいかに修正できるかなどの具体的政治政策意識から違和感を感じ本人にも手紙で指摘していた。

    コロナパンデミックから世界的な経済危機=冷たい社会に向かっている。次に冷凍社会や冷たい社会からの脱出するための経済となる。熱い経済を目指しはじめたら、おおよそ手遅れである。(ミネルバのふくろうは迫り来る黄昏に飛び立つ)第三次世界大戦後や第四次世界大戦やキューバ危機再来によって、その後人類単位の危機による反省から、マルクスやバタイユが蘇り新しい社会や国家が形成されるかもしれない。もしくは近代の残存社会と帝国主義と封建社会の混合となり、一貫した人類の人口減少によって近代は終焉に向かうかもしれない。

    また、近代資本主義が多彩な新蕩尽によって維持される場合、近代は終焉せず過剰/蕩尽の繰り返しによって、AIや宇宙開発や科学技術の加速(シンギュラリティに接近)などにより「永続の近代」に至るかもしれない。すでにある近代そのものに積極的な文明価値を感じることができれば、永続の近代でもよいのかもしれない。しかしながら、近代そのものをネガティブに感じてしまうなら永続は避けたいと感じるだろう。永続の近代より有限のイメージである生命種としての根絶や「近代の終焉」のほうがリアルに感じてしまう。「21世紀の人類の危機」は沸騰社会(革命・戦争・内戦などの暴力と破壊)と冷凍社会(恐慌、疫病、飢饉、国家崩壊)の混在が世界中に進行拡大。人為災害のスパイラルによって短期間に近代が終焉してしまうかもしれない。もちろん実際の歴史は予測不可能である。

    【ジョルジュ・バタイユ】柔らかいナショナリズムの誕生「危機の時代に蘇る思想」

     

    ■※コロナパンデミックから2023年以降の「経済危機」は金融危機や景気後退を引き起こした場合、①ITバブル崩壊や世界金融危機のように10年に一度のリセッションとして現れる程度の現象か②1970年代の石油ショックからの世界不況に近いのか③1929年からの世界恐慌のような現象かは判断はできない。この中で資本主義の危機と言えるのは③であり、1930年代の第2次世界大戦に繋がった。戦後、世界はケインズ経済やマルクス経済が主流となったが1980年代には両経済は米国の新自由主義経済(新古典派経済)が主流となった。古典派経済学では、最終的あるいは長期的には失業は存在しないとされていた。だが現実には、1929年の世界恐慌では、未曽有の大量失業が発生し、さらに長期間続いた。また新古典派経済学も、失業に関して基本的に同じ立場であり、世界恐慌のような現象は起こらず、また抑制可能であるという立場であった。しかし2008年世界金融危機においては、失業者を3000万-4000万人も長期に発生させ柔らかい世界恐慌が発生していた。よって2010年以降においては、新自由主義経済(新古典派経学)は懐疑論が頻発し、マルクス経済やケインズ経済が経済学者に再評価されはじめていた。問題は2023年以降の世界がどの程度の経済危機であるか?である。①②の想定であれば何とか新古典派経済学からのアプローチ修正で対応できるかもしれないが、③やそれ以上の「資本主義の危機」に向かっているかもしれない。であると想定するなら、ケインズ経済、マルクス経済、バタイユ経済の再構築のタイミングであると思われる。21世紀にも世界大戦が繰り返され、長期に革命や混乱や戦争が継続される時代に突入するなら「危機の経済学」再構築のタイミングと思われる。

     

    ■※近代思潮はルネサンスのヒューマニズムから、封建主義批判の「理性・進歩・科学・合理・民主・個人の啓蒙思想」へ。近代主義的な理性主義である啓蒙思想の共同体説明はホッブズ、ルソー、ロックの社会契約説へ。社会契約説批判としてエドマンド・バークの保守共同体、または社会契約説批判としてマルクスの共同体そして社会学の共同体へ。日本では福澤諭吉が啓蒙思想(保守主義も含む)を本格導入した。とくに保守主義においては、革命などの急進的な改革に反対し、その社会で伝統的に累積された社会的・政治的・宗教的な秩序などを重視する立場である。その理念的背景には、近代主義的な理性主義(啓蒙主義・理想主義・合理主義など)に対する懐疑があり、人間は不完全な存在であると考え、そのために歴史的な伝統の尊重が必要と考える。

     

    近代主義的な理性主義・啓蒙主義を批判した保守思想のエドマンド・バーク

    バーク保守主義はフランス革命により提示された〈社会契約〉ではなく、〈本源的契約〉を重視する。多年にわたり根本的に保持してきたものの中に本源的契約の存在を見、その表れである祖先から相続した古来からの制度を擁護し、それを子孫に相続していくとする政治哲学である。この故に、自然的に発展し成長してきた目に見えぬ〈法〉(コモン・ロー)や道徳、あるいは階級や国家はもちろんの事、可視的な君主制度や貴族制度あるいは教会制度においても、ある世代が自分たちの知力において改変することが容易には許されない時効の憲法 があると看做す。

    このようなバーク哲学において、人間の知力などというものは、祖先の叡智が巨大な山のように堆積している古来からの〈制度〉には及ばない、矮小で欠陥だらけのものとの考えがある。それゆえ「理性主義」、すなわちデカルト的な人間の理性への過信を根源的に危険視し、慎慮を提起する。言い換えれば、個々の人間を多くの間違いを冒す不完全な存在とみなす、謙抑な人間観に基づいている。文明社会が人間の知力で設計されたものでない以上、仮に、文明の政治経済社会に人間の知力や理性に基づく「設計」や「計画」が参入すれば、その破壊は不可避となり、個人の自由は圧搾され剥奪されるとする。

    バークにとって自由は英国の長きにわたる歴史の中で醸成されたものであり、国王大権と議会特権とのあらゆる嵐と抗争に耐えて維持されてきたのであった。自由は祖先から相続した財産であるがゆえに国家に対して不可侵権をもつのであり、けっして人権や自然権であるからではなく、自由を世襲の権利として正しく永続させ、聖なるものとして保持すべき筋道・方法として歴史上の経験から、世襲王制以外はないと考えた。

    バークによれば、偏見は諸国民や諸時代の共同体の銀行・資本であり、そこには潜在的な智恵がみなぎっている。その偏見はより永く続いたものであり、広く普及したものであるほど好ましい。各人が私的に蓄えた僅少な理性よりは、共通の偏見に従ったほうがよい。言い換えれば、偏見の衣を投げ捨てて「裸の理性」の他は何も残らなくするよりは、理性が折り込んである偏見を継続させる方が遥かに賢明であるという。偏見は火急に際しても即座に適用できる。あらかじめ精神を確固たる智恵と美徳の道筋に従わせ、決定の瞬間に人を懐疑や謎で不決断にしたり躊躇(ちゅうちょ)させない。偏見とは人の美徳をしてその習慣たらしめるもの、脈絡のない行為の連続には終わらせないものである。このように、バークの考える偏見は、迷信とは異なり、智恵と美徳をもたらし社会の熱狂を防ぐものである。

    バークは、人間の文明社会は、〈幾世代にわたる無意識の人間の行為〉で形成されたものであっても、人間の知力で〈設計〉されてはいないと考え、その人間の行為と〈神の摂理〉との共同体の作業において開花し発展・成長した偉大なものが文明の社会だと把握していた。(Wikipediaより)

     

    ■※【柳田国男とドストエフスキー】日本での保守源泉となりうるのは、夏目漱石、徳富蘇峰、柳田国男、小林秀雄などであると思われる。戦後において保守は片隅においやられた。 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の大審問官問題は、柳田国男の『山の人生』最初の2つの話である「炭焼きの子殺し」「一家心中に失敗した女」の実話に問題が重なる部分がある。3つのストーリーは理性によって完結に説明できる内容でも理解できるものではない。理性と信仰を同時に抱えることによって生きることは矛盾ではないことが暗示されている(ただし深刻な苦しみを受けながら)イエスは大審問官に沈黙したままキスをした。大審問官も仕事を継続しイエスも釈放された。理性と信仰が同時存立する世界が可能となった瞬間である。山の人生2話の2人はそれぞれ、この世で最も深刻な取り返しつかない衝動的殺人によって、自ら愛する家族を殺めた。2人とも恩赦で中高年に釈放されるが、どちらも大切に愛した家族を自らの衝動で殺したことは自分自身の後悔と大きな苦痛を死ぬまで伴い感じなければならない。その上に日常生活の困難も重なる。生きて行くなら残りの人生を自らを攻め困難や苦しみを受けれて「信仰や無常」によって生きるしかないことを想像させる。大審問官も理性による困難や苦しみを受け生きるしかないことを受けれたのだ。この3話の3者はそれでも生きてゆかねばならず近代や前近代に一貫して「なければ生きて行けない信仰」をもって苦しみを受けれながら生きるしかない。小林秀雄も『遠野物語』の説明で理性と信仰は全く矛盾することなく並立可能である趣旨の発言をしている。山の神との深刻で厳しい普段からの信仰が炭焼きの子供達の姿勢に現れている。古代からの日本の信仰がそこに暗示されている。古代からの共同体の当たり前の在り方が暗示されている。これらの言説が日本とロシアなど近代保守の源泉であろう。

     

    ■【夏目漱石とドストエフスキー】日本とロシアの初期近代からすでに「近代そのものへの批判」がはじまっていた。漱石やドストエフスキーは個人主義など西欧近代そのものに、グロテスクなネガティブ性が含まれていることを確信していた。近代は個人も社会も「過度な自己増殖から突然の自己破壊」に至る癌細胞の無限増殖の特徴を共有している。

    『こころ』『白痴』などの作品に色濃く表現されている。(以下チャラコヴァ・マリア 氏を参照)『こころ』Kの自殺の原因は先生のいうように、失恋や現実と理想との衝突ではなく、耐えきれない孤独であった。先生も明治の終焉を迎え、「自由と独立と己れとに充ち」たその精神に殉死するが、やはりすべての引き金となったのは先生の学生時代に表面化した欲望と利己心である。「自分で自分を破滅しつつ進み」、それぞれ悲劇的な最後を迎えることになったのである。『白痴』この時代を「奇態な、落ち着きのない時代」とし、その社会は「なんらの精神的根拠も持たないで、ただ個人の利己心と物質的必要ばかり満足させようとする」、「自己保存の原則と自己破滅の原則は、人類に在って同じように強い力を持っております!」と主張した。

    『断片』においても漱石の英国文明への批判が長々と書かれているのである。明治三十八・九年Self-conscious の age は individualism を生ず。社会主義を生ず、levelling tendency を生ず。Selfconsciousness の結果は神経衰弱を生ず。神経衰弱は二十世紀の共有病なり。人智、学問、百般の物事の進歩すると同時にこの進歩を来したる人間は一歩一歩と頽廃し、衰弱す。[中略] 父子の関係を疎にし、師弟の情誼を薄くし、夫婦の間を割き、朋友の好みを減する傾向なり。昔人の如き関係にては到底今日の程度の神経にて堪へ得べからざるが故なり。[中略] 他日もし神経衰弱のために滅亡する国あらば英国は正に第一にをるべし。[中略] 愚なる日本人はこの病的なる英人を学んで自ら病的なるを知らず。好んで自殺を遂ぐるにひとし。

    ドストエフスキーがロンドンで見出したのは、西欧文明の最先端を象徴する広大な景色ではなく、「半裸の、飢えた、無気味な住民の擁している、たとえばホワイトチャペルのような、都会の恐ろしい片隅」や「麻痺状態におちい」っている労働者の姿であり、「陰気くさい傲慢な精神」、「大衆の貧困、困苦、不平、衆愚化に決して心をわずらわされるようなことは」ない、バアルの神の支配である。彼はロンドンの「無言のままひしめき合っている」人々の姿に、「目の前で成就されつつある黙示録」的な、「バビロンを思わせる」ようなものさえ感じ取っており、「友情の世界を創り出すことはできない」、「己れ自身の自我による自己決定の精神」である西欧の個人主義を鋭く批判している。

    漱石の西欧文明観について、高橋誠一郎は、「ロンドンに西欧文明の繁栄を見た福沢諭吉よりも、むしろ西欧文明の影の悲惨さを見て、貧民窮での買春婦や「事実に圧しひしがれ」「麻痺状態」におちいっている労働者たちの姿を描き出したロシア人作家ドストエフスキーの観察に近いのである」と述べている。ドストエフスキーと漱石はともに、自らが身をもって体験した近代西欧文明に対する批判意識を持っていたが、それは近代西欧文明の影響をやむを得ず受けながら近代化を進めているそれぞれの自国を考えてのことでもあった。

     

    ■【ドストエフスキーは保守思想の源泉として再定義される重要古典のひとつとなる】

    ロシア帝国の没落から滅亡や亡国危機からドストエフスキーは近代主義批判、西欧近代批判、理想主義批判、ユートピア批判をおこなった。亡国危機を肌で感じロシアスラブのナショナリズムの源泉として、作品を通じて抵抗運動を展開した。21世紀に保守思想家ドストエフスキーが蘇る。ドストエフスキーは芸術作品として読まれるのではなく、『資本論』のように政治経済テキストとして読まれるよう希望したと思われます。シェイクスピアのように読まれるのではなく、マルクスのように政治経済に影響を与える作品を目指して書きました。啓蒙主義思想や合理主義思想ではなく、理性主義の急進的革命や個人主義を否定し、人生の過酷さを受入れ伝統的な共同体や信仰から現実的に可能な社会を暗示しました。

    ドストエフスキーにとって、理性だけでは人間の存在を完全に説明することはできませんでした。ドストエフスキーは懐疑的な西洋人としてキャリアをスタートさせました。しかし、彼は最終的に献身的なスラブ愛好家になりました。善と悪の間の人類の進行中の闘争である『罪と罰』では、理性だけを信じることが人間同士の感情的なつながりをすべて破壊する世界を目の当たりにしています。『悪魔』で、シャトフは率直に「理性は決して善悪を定義する力を持っていない」と宣言し、『カラマーゾフの兄弟』では、信仰は簡易な言葉で提示されています。「大審問官」問題は理性主義の限界と信仰であると思われる。

    ドストエフスキーの作品の中心部分、つまり「現実そのものが疑わしい概念」である。これは、ドストエフスキーの登場人物が常に終末論的枠組みの中で活動する理由を説明しているように思われます。彼は、意志の力があれば、誰でもそれを達成できると感じました。エゴ停滞が解除されると、自己陶酔的な虚栄心の鎖から解放されます。そして最終的には、個人は利己的な衝動や欲求を超えて行動できるようになります。そうして初めて、ドストエフスキーは、本当の自由が可能になると信じていました。ここで重要な 2 つのキーワードは、受容と信頼です。私たちが導く個人的および集団的生活を完全にコントロールすることは決してできないことを受け入れる。 そして、私たちは人間の理解の領域を超えて常に存在する世界に住んでいるという考えを信じています。

    ドストエフスキーにおける信仰と理性

    『地下室の手記』において、ドストエフスキーは人間の非合理性をありのまま直視し、それを受容する必要性を打ち出した。ドストエフスキーの人間観によると、自己利益を合理的に追求することは、人間が行動すべき究極の手段ではない。幸福と合理的自己利益の間の、目的と手段の問題は、もはや道徳の究極の指針とは言えない人間の全歴史とは、非合理性の記録である。人間は、アリ塚のアリのように、建設することを好むかもしれないが、しかし、そのまた他方で、破壊を愛するものである。人間は、理性の専横、つまり、「二の二倍は四である」という型から自己を開放するためにのみ、気まぐれにふけり、自らの利益に反して、故意に罪を犯すことを愛する。

    『地下室の手記』は、『何をなすべきか』に対して、反ユートピアでもなく、チェルヌイシェフスキーの論理を批判することでもなく、合理主義的な概念とは根本的に異なる人間の本質を提示することによって、応答している。『地下室の手記』の分析を通じて得た、「人間の非合理性に対して虚飾を取り払い、あるがままに受容すること」の重要性であると考えられる。(以上、河村しのぶ氏参照

    ドストエフスキーは、革命闘争の暴力的な方法に反対し、キリスト教を説き、無神論に反対したため、ソビエト連邦公式のマルクス主義文学批評の枠組みには適合しませんでした。F. M. ドストエフスキーの名前は、1938 年から 1940 年に作成された 2 番目の学校の教科書の研究対象著者のリストから削除された。作家の作品は長い間学校から除外され、大学の文学プログラムからも除外されていた、ソビエト連邦崩壊後にドストエフスキーの再評価がはじまります。

    徳富蘇峰も再評価されるべき時代に突入していますが、削除されたままである理由は日本が戦後から一貫して敗戦国意識が維持されてることからである。ソビエト連邦崩壊後シェイクスピアと同様の価値があると思われ、ドストエフスキー復活は自然な流れと思われるが、徳富蘇峰は「歴史」だけでも明らかな価値があるにも関わらず、削除されたままであるのは日本の言論空間はソビエト連邦のイデオロギー的に制限された言論空間と共通している部分があるからかもしれません。国家主権が未回復であり敗戦国の言論空間としてイデオロギー的に制限されている側面が残っているからです。敗戦直後の占領下では米国によって制限されていましたが、サンフランシスコ平和条件の主権回復後は、政府と国民自ら日本の言論空間に制限をかけはじめました。

    敗戦直後のブラインドではなく主権回復後にも戦争回避戦略から、故意に一時的にブラインドする。その後、現在まで国家主権の永続的ブラインドに繋がります。一時的な国家戦略は永続的国家戦略となり、政府も国民も日本は誰も責任をとることなく、国家主権の回避を継続しています。(未来の復活を忘れ去られた国家主権)世界的な地政学危機がスタートしたにも関わらず国民は依然として本質的議論を回避しています。吉田内閣からの国家主権の回避は一時的な臨時の戦争回避戦略だったにも関わらず、国家主権回避の永続は国として時限爆弾のような完全な失策であるが、誰も責任をとることなく忘れ去られ、現在、戦争回避の国益が追求できず議論さえできず、戦争回避が国益として戦略的にできない立場に追い込まれている原因となっている。2022年時限爆弾のタイマーが回り始めた感がある。

    The Underground Man – Fyodor Dostoevsky’s Warning to The World(日本語閲覧可)

    【フョードル・ドストエフスキー】柔らかいナショナリズムの誕生「危機の時代に蘇る思想」

     

    ■※【戦後メディアに徳富蘇峰が削除されていることは「敗戦国の知識と教養」が戦後としてバイアス維持されたままの証拠である

    近世日本思潮において、良くも悪くも二度の大きな断絶があったと思われる。明治維新前後と太平洋戦争の敗戦前後である。二度とも地政学的国家危機であった。前者は日本自身によって成され、後者は外国勢力の占領によって敗戦国として断絶であった。最大の問題は現在も敗戦国の姿勢が継続されていることである。国家は敗戦国として一定期間の主権剝奪を受けるが植民地になったわけではない。サンフランシスコ条約から国家主権が認められたにも関わらず、多くの側面で国家主権を自ら回避する政治を維持している。

    明治・大正において福澤諭吉や夏目漱石は、日本人に大きな影響を与えたことは間違いない。徳富蘇峰は明治・大正において諭吉や漱石、鴎外以上に大きな影響を与えていた。本や新聞の発行部数だけをみても圧倒的に著名であった。福澤諭吉も徳富蘇峰も国家をテーマに多くを語ったが、戦後、福澤諭吉の思想は継承され徳富蘇峰の思想は断絶させられた。米国だけでなく日本人自身によって排除され現在に至る。2020年代にあって不自然なバイアスが、すべての分野に掛かっている象徴と思える。

    明治・大正期ほとんどの知識人が徳富蘇峰の思想や文章に影響を受けていた、といっても過言ではない。福澤諭吉や夏目漱石、高杉晋作、伊藤博文らが戦後も歴史評価されているにも関わらず、戦後メディアに徳富蘇峰が削除されていることは、日本の知識・教養にバイアスがある証拠であり、戦前の優秀な政治家、官僚、学者の多くが削除されている。明らかに戦後は終わっていない「敗戦国の知識と教養」が維持されたままである。

    戦後の批評家として著名な小林秀雄や吉本隆明をはじめ、戦中戦前世代であれば、すべての知識人が徳富蘇峰の影響を受けていると言ってよい。小林秀雄は「徳富蘇峰なんか皆悪口を言うが、僕はあの人の歴史を認めている。悪口を言うが、実際に読んでやしないのだよ。あれを読むのだってずい分骨は折れるからね。史観が出鱈目というけれども、あの人の歴史は観方が一番借りもののところがない。」と言及している。戦前戦中と天皇制を迷わず肯定していた吉本隆明への影響も当然であって、知らないうちにすでに影響を受けている時代の空気や常識のような思潮でもあった。明治・大正・昭和において『近世日本国民史』には直接的・間接的に日本のすべての歴史家が影響を受けている。近世日本の江戸・明治の学術研究に徳富蘇峰のテキストは客観的に必要である。地政学的危機以前に、日本史研究において『近世日本国民史』は重要である。

    古典でさえ両刃の剣の思想側面がある。蘇峰の戦犯としての位置は変わらず本人も認めている。しかしながら戦争責任者の立場のみから、徳富蘇峰を削除できるほど一側面的な思想ではない。明治から大正には諭吉や漱石以上に本質的にも量的にも日本思潮の重要な源泉のひとつである。令和の日本に地政学的危機が迫るなか、ナショナリズム研究に徳富蘇峰が蘇るタイミングである。蘇峰は当時の理想主義思想からナショナリズム思想へと突然変容した。列強の軍事力によって亡国に至ってしまう地政学的危機を肌で感じたからである。この「変節」から10年間、蘇峰は日露戦争の準備を進める。

    以下徳富蘇峰記念館より、思想的には起伏が激しく、維新前には尊王攘夷、1876年(明治9年)に洗礼を受け、ついで自由民権を主張。日清戦争後、遼東半島を清国へ返還するように求める三国干渉を日本が受けると、独自のナショナリズム意識を強く持ちました。しかし、世界の中での日本のあるべき姿を追求する思いは一貫しており、その生涯は、矛盾に満ちた歴史の実相を全身で生き抜いた証に他なりません。

    徳富蘇峰のウィキペディアページ

     

    ■※亡国や植民地化を回避(戦争自体の回避にも有効)するための戦争準備には柔らかいナショナリズムが有効であり、戦争勃発後や特に国内レジスタンスにはハードなナショナリズムによって対応せざるえないこともある。避けるべきは追い詰められた急進的なナショナリズムや帝国主義的なナショナリズ厶による領土拡張政策である。独裁者は回避すべきだが、亡国危機には強いリーダーシップは必要である。よって国家の地政学的危機には柔らかいナショナリズムからハードなナショナリズムまで必要なタイミングが発生する。国家維持には一定のナショナリズムが明らかに必要である。

    ■※国家にとって一定のナショナリズムがなぜ必要なのか?一定のナショナリズムがない状態で地政学的危機に陥った場合、国が植民地化し滅亡する可能性が高まってしまうからです(戦争に巻き込まれる可能性も高まる)よって大きな地政学的危機直前から戦争中には、戦争回避や戦争被害の最小化のために「戦争の準備」が必要となります。適切な戦争準備のためには一定のナショナリズムが必要です。現在からの戦争準備は正しいか?民主主義では議論しかない(議論できるうちは)突然の議論できない状況も十分に起こり得ると歴史は証明している。

    また、どうしても戦争回避ができず戦争に巻き込まれた場合、海外勢力の傀儡政権が誕生した場合、もしくは国内に外国軍が侵攻してきた場合、議論はできない状態となります。議論以前に侵攻軍を追い出すしかありません。自国の軍隊が敗北しても、国内レジスタで戦い侵攻軍を撤退させるしかありません。非暴力運動によって国家が維持できる可能性は奇跡的な幸運であり戦略にはなりません。リアリズムでは非現実的です。奇跡的にカリスマが出現し有効戦略がはじまる、、、そんなことに期待するのは戦略や政策ではない。また、平和主義が世界に浸透しはじめ、戦争準備をしない政策が国家戦略として有効になるような時代が突然到来すれば戦争準備をしない政策もある。しかし時代はその反対方向に確実にかつ急速に動いている。

    よって、好むと好まざるに関わらず、南海トラフ地震や大津波以上に大規模な災害として「戦争の準備」が必要と思われる。戦争が起こるか起こらないかは予測不可能。しかし少なくとも地政学危機が増大する傾向が長期にあれば、国や政府はどちらにしても「戦争の準備」を効果的にはじめるしかない。国は戦争回避を試み、それでも巻き込まれた場合には被害を最小に留める政策と準備が必要です。

    共同体の再構築が可能であれば「一定のナショナリズム」は回復していくと思われますが(恐らく可能性が小さく、長期間の時間が必要で、間に合わない)日本の亡国危機共有から柔らかいナショナリズムの浸透によって、急ごしらえの「一定のナショナリズム」が国民に形成されることは決して不可能事ではありません。

     

    ■※【「戦争や革命や国家崩壊」などの人為災害は共同体崩壊による相対主義(信仰・信念の喪失)に陥った個人意識が大きな要因である】戦争は個人の集合体である大衆から発動する。

    現代において多数者が「意味のある死がもはや失われている、死の意味が感じられない」とすれば、共同体崩壊のプロセスから信仰や信念が薄れ、意味のある死がもはや失われている可能性がある。平時にあって死を感じることができるのは祭りや葬儀であり、これができるのは共同体が健全である必要があるだけである。平時に平和が継続し同時に共同体崩壊がはじまると信仰や信念は薄れ、相対主義が蔓延し「死の意味が感じられない=生の意味も感じられない」よって個人不安が増大し、社会は閉塞感が蔓延していく、これらによって社会制度が崩壊に向かうメカニズムの一旦をアノミーと想定したのかもしれない。したがって不安や焦燥に襲われた個人意識は「死の意味=生の意味」を感じ直すために、潜在的に自らリアルな死を望み「戦争や革命や国家崩壊」に向かうのではないか?すなわち国家や社会にとって平時の長期化において共同体崩壊がはじまると、個人の多数が心理的要因から社会閉塞感や社会不安増大によって、個人心理そのものが戦時を引き寄せているメカニズムがあるのではないか。短期であれ長期間であれ、共同体崩壊によって信仰や信念も崩壊し、個人心理や意識の不安定化が戦時「戦争や革命や国家崩壊」への要因要素ではないか。すなわち戦争は国家や軍部やメディアのみの責任ではなく、国民1人1人である個人意識から発生している可能性がある。まさに「戦争や革命や国家崩壊」への稚拙な論理こそアヘンである可能性が高い。(日本のポップシンガーも「甘い理想に落ちる」うまく表現している……..「膨らんだ 妄想 幻想 真相を いやあれを探してる。あれ なに わからないよ。それ なに 甘い理想に落ちる。みんな心の中までイカレちまっている。そんな世界にみんなで寄り添いあっている。みんな心の中から弱って朽ちていく。そんな世界だから皆慰めあっている。あれ なに わからないよ、それ なに、 辛い日々に沈む」Vaundyより)世界で相対主義(信仰や信念の崩壊)は加速増進中である。

    近代に必要な信念とは納得でき受入れられる共通の死の意味である。納得できる共有可能な死の意味は信仰以外では想像しにくい。信仰に準ずることが可能な信念とはいかなるものであろうか?平時であっても戦時であっても信仰や共同体ぬきでは不可能と思える。共同体なら葬儀や祭りなどの儀式や体験が必要となる。そのような体験は切実でときに深刻な重要と感じる他者を含む共同体である必要がある。自身と同様に大切と思われる他者の多くの死の体験や喪失から生の意味と重要性を直感し残された共同体を自分と同様に、またはそれ以上に重要と感じ行動できるような共同体が必要。信仰の共同体か前近代的運命共同体をイメージしてしまうが、現在の先進国において、信仰もそれら信念の基盤となる共同体もより困難に思われる。よって個人単位での方向と社会が目指す共同体再構築を想定する。しかし、先進国は個人も社会も問題の増進が継続され、個人不安の増大から社会や国家が内戦や革命や戦争によって蕩尽されることによって、戦争や革命を通して(死の実体験=生の回復)信仰や信念意識を取り戻し、死の共通意識が浸透されるのかもしれない。共同体や個人の不安意識が戦争や革命を引き起こす源泉なのかもしれない。皮肉で残酷であるが、戦争や革命による蕩尽を通して、はじめて共同体に死の意味を共有させ、その蕩尽自体が信仰や信念の臨時形成に繋がっている可能性がある(相対主義は縮小)(戦時には自殺率が低下する。共同体意識の強化も要因か)私達1人1人の個人意識に戦争や革命などの人為災害の要素が形成されるのではないか?であるなら、個人の妄想を軽くすることも戦争や革命などの回避方法かもしれない。戦争や革命など大きな理想がアヘンの役割となって人間を稚拙で甘い理想に誘惑しているのかもしれない。であるなら「戦争や革命や国家崩壊」は政治や経済からのみではなく個人意識を大きな源泉としている可能性がある。個人的には資本主義への過剰適応から米国と日本が最も共同体崩壊が進んでおり「戦争や革命や国家崩壊」の舞台の主役になる蓋然性が高いと感じる。※『桜島』『俘虜記』『死霊』などの敗戦直後の戦後文学によって戦時意識の文学体験も有効と思われる。

     

    ■※【ウクライナのナショナリズム浸透と戦争準備期間について】

    古代から近代まで歴史的には、ナショナリズムがそもそも旺盛な国もありますが、戦争直前もしくは戦争中にナショナリズムが浸透する国もあります。近年のウクライナ侵攻においても、ウクライナにナショナリズムが発生したのは2014年ロシアのクリミア侵攻によって、突然ウクライナに外国軍が侵攻し領土も国民も併合されてからかもしれません。つまり2014年に軍事侵攻がはじまるまでウクライナは政権を巡って国内混乱のイメージがあり、国内全土に強いナショナリズムは見られませんでした。

    2014年クリミア併合後にはナショナリズムと防衛議論が沸騰し事実上の戦争準備に入ります。最初の軍事侵略から8年後に本格的なロシア・ウクライナ戦争が起こりました。2014年の大きな地政学的危機からナショナリズムが国民に浸透し、民間防衛を含む戦争準備期間に8年掛け、2022年2月に本格的な戦争がはじまって10カ月。軍事大国(核所有国)のロシアとの戦争に現在でも持ちこたえています。敵国ロシアや米国など他国の軍事専門家も、ここまで対等に戦えたのはウクライナのナショナリズム勃興と8年間の戦争準備内容にあることは認めています。

    今後の戦争の展開は予測できませんが、2014年のロシアのクリミア侵攻にウクライナ国民が「理不尽で一方的な侵略」と民意を固めてからは、ウクライナ国家の生き残りのためにはナショナリズム浸透と戦争準備が政府や議会の方針となり、またウクライナ国民が同意し準備を進めてきました。しかし米国とロシアの代理戦争の構図が浮かび上がり、核恫喝からロシア国土へ攻撃が制限され、米国やNATO参戦しないなど「制約のある戦争」であることも鮮明になっています。現在のこの状況から考えれば、ウクライナが自主防衛や核武装で負けない戦争を準備することも可能であったと思われます。戦争の準備期間は終了したので後悔先に立たずとなります。

    国家と国民の生き残りを掛けた主体(立場)であるなら「どうして自主防衛と核武装ができなかったのか?」と深刻なテーマ(政策準備不足)をウクライナで数百年と議論されるはずです。「制約のある戦争」ではなく、ウクライナがウクライナの国益のための戦争にもできたはずです。自主防衛の準備不足のために、米国とロシア、NATO加盟国などの大国が「制約のある戦争」舞台を整えていることは明白です。自主防衛が十分準備できない場合、大国の論理で戦争に巻き込まれてしまう可能性が高まる実証戦争とも観ることができます。

    ウクライナにおける2014年クリミア侵攻のように、外国軍が沖縄に侵攻し一方的に併合した場合、その後日本にナショナリズムが浸透し戦争の準備はできるのか?の問いに日本国民と政府はどう判断するでしょうか?台湾ではなく沖縄がハイブリッド攻撃の突然の侵攻併合された場合の議論が成立していません。取り返すための戦争準備をするためには一定のナショナリズムが前提となります。現在の日本は沖縄が理不尽に軍事侵攻されても、ナショナリズムが浸透せず、ナショナリズムが小さいまま戦争準備ができない蓋然性が高いと思われます。第二次世界大戦前のフランスは平和主義でありナショナリズムが浸透する前にナチスドイツに占領されました。

     

    ■※【ナチスドイツ占領下のフランスにおけるナショナリズム浸透と抵抗運動について】

    結論から第二次世界大戦前のフランスの戦争準備は政治判断ミスの大失策でした。第一次世界大戦の戦勝国であったにも関わらずフランスは、戦争被害の甚大さから「戦争だけはもうごめん」経済的にも心理的にも国民も疲弊していました。フランスの戦争終結であるベルサイユ条約からナチスドイツが軍備拡張政策に乗り出すまで、わずか14年間。フランス国民は「戦争だけはもうごめん」の空気であり適正な自主防衛政策を怠り、国民には「平和主義」や理想主義が浸透しフランス政府もナチスドイツに宥和政策を取っていた。

    自主防衛政策より外交政策でソビエト連邦とドイツが戦争をはじめるよう都合よく想定し宥和政策でドイツを放置していました。国民は平和主義の空気で政府は宥和政策で一致した非戦の意識でした。これがその後フランスを地獄へと導くことになります。「前回の戦争からたった14年でまた大きな戦争になるはずがない」との楽観的な空気から、戦争に巻き込まれるどころかフランス領土を軍事占領されてしまう結果を招きます。

    戦後、戦間期のフランス平和主義と宥和政策は間違った政策であったことを政府も国民も認め歴史認識となりました。一歩間違えば、ナチスドイツ占領からフランスは植民地となり滅亡していたかもしれません。すなわち戦争前にフランスはナショナリズムの浸透が不十分であり、平和主義(楽観論)から戦争準備ができませんでした。しかしフランス領土をナチスドイツに占領されフランスにヴィシー政権が誕生すると、フランスの一部において反ナチスドイツのナショナリズムが発生し始めます。

    (以下ウキペディア・フランス語版抜粋含む)
    ナチスドイツの傀儡政権(衛星国)であったヴィシー政権はフランス共和国を廃止、フランス国とします。その後ドイツは自由地区の占領を開始し、政府は完全にドイツの支配下に置かれた。動員されていたフランス兵は武装解除され武器はドイツに引き渡された。ドイツの要求はますます苛烈になり、1943年1月にはさらに25万人の労働者が要求された。しかしこれはフランス国民に強い不満を与え、徴用忌避者によるマキが組織される元となった。傀儡政権誕生から3年目にして理不尽な外国勢力に対し、ナショナリズムが勃興しはじめ反ナチスドイツ・反傀儡政権の組織化がはじまった。フランスは戦間期に戦争準備ができなかったばかりか、ドイツ傀儡政権に陥って3年以上もの間、一般国民に亡国危機のナショナリズムが発生することはなかった。支配下に置かれた状況すら国民はみとめようとせず、奴隷労働が大規模に募集されはじめた段階で、国民は国が支配を受けていることを実感し、反ナチスドイツや外国勢力支配に対する抵抗運動がはじまります。平和主義(楽観主義)によってフランスは植民地や亡国の寸前まで追い詰められました。国民が亡国危機を実感しナショナリズムが発生した瞬間でした。

    抵抗運動や独立運動をドゴールの自由フランスと国内レジスタンスに分けることができます。マキはレジスタンス活動をおこなっており、次第に全国的に組織されるようになった。ただし、アルジェ臨時政府に近いForces françaises de l’intérieur(FFI)系列や、共産主義を奉じるFrancs-Tireurs et Partisans Français(FTPF)系列など、いくつかの系列があった。森や山など人里離れた場所に潜伏して活動した。マキの規模は10人程度から数千人におよぶものまで様々だった。マキザールの政治的傾向は様々であり、右派的なナショナリストから左派的な共産主義者までを含んでいたフランス南東部のベルコールの山岳地帯でドイツ軍の包囲を受けて戦い全滅したベルコールのマキなどの名がよく知られている。強制労働サービス (STO )の公布により、何十万人ものフランス人がマキに参加するようになりました。

    占領軍 (主にドイツ人) とヴィシー政権の軍隊に対する諜報活動と妨害工作、および地下報道、ビラの配布、虚偽の書類の作成、組織化などの市民活動。ストライキとデモ(活動的で組織化されたレジスタンスがフランスの人口の 2 ~ 3% 以上)歴史家は、厳密に軍事的にレジスタンスのさまざまな徴候を推定したいと思うかもしれません。連合軍に対する占領国のレジスタンスの貢献度を15 個師団に相当するとアイゼンハワーは評価しました。

    最初のレジスタンス宣言は1940 年6 月18日 BBCの放送波で、ドゴール将軍はラジオで軍事技術を持っているすべてのフランス人にロンドンに来て彼に加わるよう呼びかけました。彼の呼びかけに応えた人々は、自由フランスはすぐにフランス本土に諜報網を作った。外国の占領に対する反動と国家独立のための軍事闘争。これは、大多数のレジスタンス戦士の主な動機の 1 つです。代表的なレジスタンス団体「マキ」では、構成員は若い男性です。たとえば、ブルゴーニュのマキでは、マキザールの 90% が若い独身男性で、通常は 22 ~ 25 歳のグループでした。レジスタンス運動の人口は主に都市部です。抵抗者の社会的起源は、各運動に固有のものです。したがって、OCMは基本的に中年男性、多くの場合、民間および公共部門の上級管理職を集めます。Défense de la Franceは、より具体的には学生と公務員を募集しています。独ソ協定の崩壊後に共産主義者によって創設された国民抵抗戦線は、誕生時には労働者階級の特色が濃かった。

    諜報ネットワークは、ネットワーク活動に関連する特定の職業をより具体的に募集します。陸軍将校、鉄道労働者、出張の多い販売員、メールボックスとして機能する店主などです。たとえば、Manipuleネットワークの 600 人のエージェントのうち、20% が女性で、50% が 30 歳未満です。公務員の大半は都市居住者です。25% が熟練労働者または技術管理者で、25% が従業員または下級公務員です。残りは学生、リベラルな職業、または兵士で構成されています。共産主義者はその後、その組織能力を通じて、ナチの占領者に対する抵抗において重要な役割を果たしました。彼らは孤立から抜け出し、自由フランスなどのフランス国内のレジスタンスの他のグループにも協力しました。マヌーシアン グループ( FTP-MOIのパリ セクション) は、1942 年から 1943 年にかけて、フランスで最も活発な武装レジスタンス運動であり、2 日ごとに武装作戦を実行していました。その参加者は、ヴィシー政権の直接の標的となった共産主義の外国人であり、その大部分は無国籍のユダヤ人であったため、非常に強い決意を持っていました。共産主義者のジョルジュ・ギャングワンは、1940 年からいくつかの小グループを結成し、1942 年から 1943 年にかけてリムーザン マキの形成に重要な役割を果たしましたが、その後のこのマキの運営はさまざまな管理下にありました。その後、党の規律よりも地下組織に内在する区画化のルールを優先し、ギンギンは党の構造に対して大きな独立性を維持した。学生はグループに横断的であり、共産主義者は、非共産主義者の抵抗運動にも参加しています。フェリックス・グアンは社会主義者を代表するため にロンドンのシャルル・ド・ゴールに加わった。レジスタンスグループがすでに形成されています。彼らは社会主義の過激派だけでなく、極左の過激派でも構成されています。彼らは仲間になります。労働組合員は多くの場合、ドイツの軍需工場で諜報活動や破壊活動のネットワークを構築するのに適していました。元労働組合員で構成された関係ネットワークは、一定数の過激派をレジスタンス運動に参加させることができました。政治的スペクトルの極右に反対して、学者の間で多数の反ファシストが解放運動 の創設に重要な役割を果たしました。

    『共産党や労働組合などはもちろん、保守的な教会、軍隊、貴族などの多くの伝統組織も、レジスタンス闘争に大きな敬意を表しています。例外を除いて、経営者や経済団体はレジスタンスに非協力でした。』米国の民主主義や共同体研究において、トクヴィルは中間団体を重視しました。中間団体とは、政党や組合、教会、業界団体などのことです。中間団体が機能していれば、人々は専制的な中央権力に従属するだけではなく、自分たちの意見や利益を政治に反映しようとすることができます。民主主義において、平時においても中間共同体は重要な機能を有していますが、戦時においてフランスのレジスタンスにおいて、共産党、保守的な教会、軍隊、貴族などの多くの伝統組織や中間共同体からレジスタンスの意志が形成されており、地域ごとのレジスタンス・マキ参加動機に関しても、これら中間共同体(保守・革新も含む)が大きな役割を果たしています。

    合計で、撃たれ、戦闘で死亡し、国外追放で死亡したすべてのレジスタンス戦闘員を合計すると (組織化されたレジスタンス)、内部レジスタンスの下でフランスのために死亡した約 37,500 人のレジスタンス戦闘員の数に到達します。約 3,900 人の民間人のレジスタンスによる死亡者を加えると、約 41,500 人の死亡者数になります。積極的にレジスタンスに80万から100万人が参加したと考えられえる。

    フランス自体では、初期レジスタンス戦士はほとんどいません。彼らは最初にドイツの占領者に対して行動します。協力が始まるとすぐに、彼らはヴィシー政権にも立ち向かいます。これらの抵抗運動家は全員が同じ政治思想を持っているわけではありませんが、何よりもまず国家存続(独立)のために、ファシズムと戦っています。第二次世界大戦中ナチス占領下のフランスにおいて、徐々にナショナリズムが浸透していった。多くの国民が思想党派をのりこえ、フランス独立のために団結した時代があった。保守層から革新層まで(一般人も含む)、フランス独立ためのナショナリズムで一致した。各組織やグループのルールより、ナショナリズムからレジスタンス行動を優先させ力を合わせた。国内抵抗運動はハードなナショナリズムでありパトリオティズム(愛国主義)も発生していた。

    日本にも労組や農協、業界団体、村落共同体など、多くの中間団体がありますが、平成期において壊滅的に脆弱化し崩壊に向かっています。トクヴィルの民主主義国における重要組織は日本では危機的状況にあり、平時の国家没落から戦時にはレジスタンスの源泉となる中間共同体が崩壊中であり、日本は平時であれ戦時であれナショナリズムがほとんどゼロとなり、一定のナショナリズムが形成されず、健全な戦争準備もできず、領土が侵攻された場合でも抵抗運動(レジスタンス)もできず、海外勢力の傀儡政権が継続し事実上の植民地となり、滅亡・亡国へ向かう蓋然性が高まっている。ナチスドイツ占領下のフランスに共産党、保守的な教会、軍隊、貴族などの多くの伝統組織から新しい組織まで中間共同体が崩壊していた場合、フランスは反ナチスや抵抗運動もできず、ナショナリズムが発生せず、自由フランスもレジスタンスも浸透しなかったかもしれません。国際法違反で理不尽に日本領土が侵攻され外国勢力の支配下に置かれた場合、亡国危機のナショナリズムが発生し、日本は抵抗運動や独立運動ができるのでしょうか?また、軍事占領後に抵抗運動や独立運動ができない場合、どのような国となるのでしょうか? 抵抗運動自体ができない国はもちろんですが、歴史はナショナリズムが発生し抵抗運動をしたとしても植民地(亡国や滅亡)となってしまう国が多いことを証明しています。かつて繁栄した清国はナショナリズム(愛国主義)が発生し抵抗運動や独立運動にも関らず滅亡しました。

    ※「マルクス主義の革命」も「全体主義の戦争」も虚偽である。マルクスは宗教はアヘンであるとしたが、【国民や国家にとって革命や戦争こそアヘンである】とシモーヌ・ヴェイユは考えたのではないか。革命や戦争が稚拙理論の麻薬であると確信しても、自由フランスに参加しレジスタンスとして戦った。当時、無名のシモーヌ・ヴェイユの思想や行動もフランス・ナショナリズムの潮流として統合されたに違いない。

     

    ■※【豊な歴史文化を有する満州人の清国は亡国危機により、ナショナリズムが浸透し抵抗運動も起こるが手遅れとなり滅亡した。満州人は漢人国家の成立から排斥され支配され、少数民族として各地に散在している】

    女真族の金王朝を経て太祖ヌルハチから清国を繁栄させた満州人。国内混乱やイギリスとのアヘン戦争、日清戦争などによって半植民地化へと没落を繰り返す。滅亡や亡国危機から近代化と独立のために「洋務運動」や「戊戌の変法」など抵抗運動が発生した。清国政府の中から、従来の洋務運動(清朝体制をそのままにして西洋の技術だけを取り入れようという運動)の限界を克服し、隣国の日本の明治維新にならった政治体制の変革・近代化が必要であると認識されるようになった。ナショナリズム(愛国主義)も各層に浸透する。列強による侵略が進行する中、地政学的危機意識からナショナリズムが浸透し、腐敗した清朝を打倒すべしと説く革命派もいれば、立憲君主制を提起する漸進的改革派もいた。革命派や改革派の内部にも多様な派閥・主張があった。しかし彼等は政治路線が異なるにもかかわらず、愛国主義というナショナリズム的な意識が浸透した。

    変法自強運動の康有為や梁啓超らと光緒帝は改革のクーデター(戊戌の政変)を起こすが保守派に鎮圧される。ここに満州人と清国の近代化革命が失敗に終わる。満州人は独立国家を創れず、漢人が創った近代国家において、満州人は排斥され支配され、少数民族として各地に散在することになる。滅亡した国は主権を維持できず、外国勢力(革命勢力)である漢人に支配されることになります。満州人の国は滅亡した。満州人が再び独立国をもてるか否かはて歴史上の問題となってしまいました。日本人の日本国も亡国し、中国の一地域として特別自治区日本として(やがて少数民族として)一国二制度で統治されるかもしれませんが、やがて香港のように統治されるかのかもしれません。台湾や日本も亡国危機である大きな地政学的危機が到来する可能性が高まっています。

    もしくは台湾と日本は戦争に至らず、親中政権から傀儡政権となり、事実上の米国の東アジア撤退に伴い、武力衝突なしに中国に併合される可能性もある。そのときは台湾人もウイグル人も日本人も平等な民族として中国に併合されるのかもしれません。やがて満州人のように日本語教育をできない環境が整えられ、特別自治区から中国全土に日本人が散在していくかもしれません。少数民族として認知はされますが、漢化や中国化によって日本人が事実上の絶滅に至り、和食や和服などが文化として残存するのみとなってしまうかもしれません。国家を失うということは民族や独自言語が失われ、文化や歴史としてのみ残ることになります。台湾や日本の他にも、近隣の韓国やベトナムなども一国二制度で統治されるかもしれませんが、ベトナムは歴史的に何度も中華王朝やモンゴル、フランス、日本などの支配を受けました。外国勢力が拡大した際には支配下に入りますが、ベトナム人は完全に属国化せず民族消滅もせず、ベトナム人として一定の民族意識を維持しながら外国勢力が縮小しはじめると、再びベトナム人の国や王朝を再構築してきた。支配下となっても「いつか必ずベトナム国家を再構築する」という歴史的な民族的強靭性を有している。日本の生き残りにとって重用な歴史を有しているかもしれません。

    ※梁啓超は福澤諭吉や徳富蘇峰の影響を受けており、近代中国初期の保守思想家としての側面もある(孫文は革命思想)。以下、吉澤誠一郎氏より※米国留学において「トクヴィルが何より民主政の問題について関心を注いだのに対して、梁啓超は亡国の回避に関心を集中している点を指摘する。それはとりも直さず、梁啓超だけではなく当時の中国の知識人にとって「亡国」の回避が最大の関心事であったことを示している。梁啓超の実感した亡国の危機意識を乗り越える道として、中国ナショナリズムといわれる思潮が模索され、「民族主義」「国家主義」「国民主義」「愛国主義」などと表現される思潮が急速に形成されるという。

     

    ■※【歴史的に強靭な独立性をもつベトナムは中間共同体である『社』が強固な村落自治伝統を維持してきたことに基盤がある】

    清国のように抵抗運動もナショナリズムも浸透しはじめたにも関わらず、手遅れとなり滅亡する国や民族が無数にあり、さらに独立した民族や国家であったにも関わらず、ナショナリズムが発生せず、抵抗運動も起こせず、統治下で国や民族の独立性に制限をかけられ言語や文化も抑制されても独立運動に発展することができず、無数に滅亡した国や民族がさらに多いことを歴史は証明しています。日本は島国であり、外国勢力に統治された経験が極めて少なく(太平洋戦争の敗戦後)ヨーロッパ史や中国史のように、外部勢力からの侵略の繰り返しのような大陸の過酷な戦争史を経験しませんでした。抵抗運動や独立運動をしても、しなくても多くの国や民族が消えていきました。(文化としてのみ残存)しかし歴史的に大国や帝国でないにも関わらず、繰り返される支配を受けながら、完全には支配されず、チャンスの度に抵抗運動から独立をくりかえし、長い歴史を維持してきたベトナムは希少な民族(国)であり、貴重な歴史的な「生き残りの経験」を持つ国であると思われます。

    約千年間もの間中国王朝の支配下にありながら、完全には支配されず民族や共同体や文化を維持し、その後ベトナムの独立王朝が出現しますが、モンゴル、中華王朝、フランス、日本などの支配下となり、米国の侵略を受け同じ民族同士が殺し合うベトナム戦争(共産圏と米国の代理戦争)も経験します。ベトナムは歴史的に民族や共同体の独立意識が強く、広義のナショナリズムが内包された民族(国)である。亡国は一時的なものであり滅亡を回避し、完全には支配されずチャンス到来から再び独立する。大陸の過酷な地政学的危機から繰り返し復活し独立を再構築してきた。ベトナム強靭性の本質を観る。

    以下、岡江恭史氏 ベトナムの「自治村落」と農民組織より・・・ベトナムでは村落自治の伝統が存在すると前述したが、その具体的な機能を以下に紹介する。 『社』と呼ばれる行政村には、朝廷から官吏が直 派遣されることはなく、村民によって選出された 組織が自治の担い手となっていた。 村落有力者たち の会議が村の重要事項を決定し、 里長 (村長) ・ 副里・ 自警団長などの村役人たちがこの決定を遂行し国家 力(具体的には地方官) との折衝役を務めた。 中央政府は特定の村落でだれがどの土地を所有しているのか、または兵役や人頭税の対象となる人々が誰 と誰であるのか、その実態を正確に把握できなかったので、微税賦役機などは村落に請け負わせる以外なかった。 そして村落はその見返りに、政府 からの干渉の多くを免れることができた。ベトナム北部の諸王朝の君主は、対内的には皇帝を名乗る一方、中華の諸王朝に対しては皇帝より一段下の王を称して下手に出る、という二重制度(外王内帝)が一般的となった。

    侵略や戦争から民族や国の独立維持をするためには一定のナショナリズムの源泉となる『中間共同体』の存在と意識が鍵となる。抵抗運動やレジスタンスのモチベーションは各種の多様で豊かな共同体から発生する意識である。日露戦争の日本や、ナチス統治下のフランス、末期の清国、特に代理戦争に巻きまれ米国と戦ったベトナム、それぞれの国や時代で中間共同体が一定のナショナリズムの源泉であった。この文脈から日本は現在からでも、長期に渡る共同体の再構築をはじめる必要がある。しかし2020年代に日本が地政学的危機に巻き込まれた場合は間に合わない。よって急場の短期間に一定のナショナリズム浸透が必要となる。それら長期間に及ぶ共同体再構築と急場短期間であるが一定のナショナリズム構築を「柔らかいナショナリズムの誕生」のタイトルとした。

     

    ■※グローバリズムや新自由主義経済によって先進国の共同体没落や破壊は進んいる。米国と日本は20世紀後半に最も高度資本主義に適応し成功した国である。その資本主義への過剰適応から、米国は戦争拡大や新南北戦争に向うかもしれない。日本は戦後、特殊な敗戦事情から家族や地域共同体が崩壊し、仕事場へ共同体意識が一極集中した。バブル崩壊やデフレによって先進国で最も衰えた経済を平成に維持した結果、最も強固な日本の共同体意識である「仕事場」が没落した結果、日本は先進国でも最も共同体意識が破壊された国である可能性がある。よって分断さえできずバラバラで脆弱な個人と脆弱な国家だけとなり、運よく戦争に巻き込まれることがなくても、ソビエト連邦のように急性アノミーから自ら国家崩壊してしまうかもしれない。であるなら2020年代には著しい機能不全が表面化するはずである。

    先進国の共同体崩壊が最も酷いのは米国と日本であると考える。日本は地政学危機が発生しない場合、戦争ができないのでスペインや英国の没落からの撤退戦のように国家維持ができず、また革命どころか国家分断さえおこせない脆弱な個人集合体である。一定のナショナリズムが維持できればスペインやイギリスのに撤退戦を繰り返し長期の国家維持ができる。日本は政治体制循環論をとりいれ、当面は大きな政府へ向うべきタイミングであると思える。

    日本人の命をおとす可能性の縮小や戦争自体を国益のため回避すべく戦争の準備をせざる得ない。戦時に戦いに反対する者は現在から、戦いをさけるための具体的戦略を提示する責任がある。戦争の準備をしない立場なら、戦争に巻き込まれた際の具体的な戦略を示す責任がある。地政学的危機が近いとするなら「戦争準備反対の平和主義」には重大な戦略提示責任があると思われる。70年以上このような過酷な判断を国民から政治家まで回避してきた。もう回避するべきではない時代が到来している。

     

    【日本が生き残るための戦時ナショナリズム】Wartime Nationalism for Japan’s Survival

    日本が生き残るためのナショナリズムは保守やリベラルを含め多くの国民に必要な思想です。Nationalism for the survival of Japan is a thought necessary for many people, including conservatives and liberals.

    ①現在ほとんどの日本人の生き残りのために国家は必要である。A state is necessary for the survival of most Japanese people today.

    ② 国家の生き残りには一定のナショナリズムが必要である。A certain level of nationalism is necessary for the survival of a nation.

    ③よって現在、日本には一定のナショナリズムが必要である。Therefore, Japan now needs a certain level of nationalism.

     

    戦後77年の2度に渡る、マツリゴトの目隠し(敗戦と安保)から、日本人が目覚めざるえないときが迫っている。近代日本に3回目の地政学的危機が迫っているからだ。日本はあと2段階の没落と、外発的な地政学危機も加わり、米国が東アジアからの軍事的撤退局面(2030年代)には、内政の混乱に陥り、急進的な全体主義に至るか、滅亡直前の機能不全社会に至るか、または両方が混在する社会に陥る可能性が高い。近代日本3回目の亡国危機が迫っており、戦後2度のマツリゴトの目隠しから、目覚めなければならないときが迫っている。

    2020年代に、柔らかいナショナリズムが、誕生するか否かで、次の亡国危機への対応範囲と戦略範囲が決定されるだろう。共同体の再構築も同時並行すべきだが、それだけでは間に合わない。2020年代に日本人が「国」へフォーカスすることが、個人の生き残りの最期の砦であることを認識する必要がある。その認識こそ、柔らかいナショナリズムの浸透である。

    経済危機の長期化と食糧エネルギーの将来不安が、10年間の大不況の最期に1929年世界恐慌と1930年の昭和恐慌によって、日本は、1931年には、未曾有の経済危機と農業危機が発生した。1920年代より(追い詰められた)急進的ナショナリズムが、軍、メディア、国民に浸透していたため、同じ1931年満州事変勃発より、1939年の第二次世界大戦に巻き込まれて行った。1920年代の恐慌や大不景気の停滞から、1930年の昭和恐慌が経済的致命傷となったといえる。1930年より社会は大混乱となり、急進的・帝国主義的ナショナリズムが後押し海外侵略によって「10年以上停滞する経済危機と1930年からの未曾有の経済危機」を回避しようという意思が1931年満州事変勃発に顕在化してしまう。

    よって令和初期の2020年代には、①経済危機を停滞させてはならない②食糧・エネルギー不安を早急に解決する③国防安全保障の準備によって侵略を防ぐ。日本の海外侵略は経済危機の回避に有力ではない。令和の国防は「日本を再び戦場としない」ことに徹すべき。急進的ナショナリズムによって国家間競争のみを、経済危機回避の唯一の方向にしてはいけない。国際競争にこだわりすぎなくとも、国内中心で「生きがいがある国をつくろう」とすれば、少なくとも過剰な閉塞感は回避され、戦争に頼らず経済危機に対応できるはずです。大国間の戦争論理に巻き込まれてはいけない。他国の紛争に加わらないで、防衛に徹するべき。再びおいつめられないように、経済・食糧エネルギー・国防・安全保障を日本主権で進める。

    経済・食糧エネルギー、国防に追い詰められなければ(追い詰められても)急進的ナショナリズムではなく、柔らかいナショナリズムの浸透の準備ができれば、戦争を回避し【日本を再び戦場にさせない】可能性を高くできる。「ナショナリズムゼロ」でも「急進的ナショナリズム」が浸透しても【日本は再び戦場となる】可能性が高まると思われる。

    第三次世界大戦と全面核戦争の危機「ウクライナ侵攻から21世紀のキューバ危機へ」

     

    ■柔らかいナショナリズムによって「生きがいのある国をつくる」と同時に、以下3つの安全保障政策は重要と考える。「日本を再び戦場とさせない」とするなら、この3つは重要要因と思われる。

    ①深刻な経済危機停滞の回避
    ②食料エネルギーの安全保障
    ③自主防衛と核武装(自主防衛力強化と軍事技術の独自開発における段階的推進政策が必要)

    自主防衛と核武装によって、日本が戦場となる可能性を小さくできる。ウクライナは自主防衛できていなかったことも、戦場となってしまった一要因であり、ロシアは核武装要因から自国領土が戦場になっていません。【自主防衛は国益ではない戦争に巻き込まれにくいメリットがある。核武装は自国領土が戦場になる可能性を小さくさせるメリットがある】

     

    【日本の戦時ナショナリズム政策】

    政府や各政党は以下8点を政策や綱領に明示すべきである。また政治・経済などの社会科学の学者は以下8点の戦時ナショナリズム政策を研究発展させるべきである。

    ① 段階的な国家主権の回復(中・長期)

    ② 段階的な自主防衛政策(中期)

    ③ 段階的な食糧・エネルギー・資源の自給率目標(中期)

    ④ 核シェルター兼防空壕の国家事業(短・中期)(大規模な建設国債を数十年単位)

    ⑤ 核武装(中・長期)

    ⑥ 傀儡政権の定義と法整備と対応策(短・中期)

    ⑦ 一方的な日本領土の侵略侵攻に対する政府と民間(抵抗運動)の対応策(短・中期)

    ⑧ 国家主権回復と自主防衛回復と同時に日本独自の国益政策へ(大国の戦争に忖度しない外交政策など)

    核武装は国家として自律と自立すること。核を持たないことは、他国の思惑やその時々の状況という、偶然に身を任せ、日本が再び戦場になる蓋然性を高めている(核を持たないことは日本が再び核攻撃を受ける可能性も高めている)地政学的危機に日本は本質的論議がなく楽観論であり、戦時の死傷者や被害を拡大している。戦争に巻き込まれる準備が必要である。

    日本が生き残るためのナショナリズムは保守やリベラルを含め多くの国民に必要な思想です。【日本が生き残るための戦時ナショナリズム】

     

    ■※2020年代の日本は少年ジャンプの漫画が映画化したり実写版になったりでもなく、漫画のストーリーが現実になる時代となる可能性が高まっている。もちろん安易に、少年ジャンプの正義を肯定することはできません。戦闘と暴力が現実となります。少年ジャンプのストーリーと現実が一番違うのは、現実の世界では主人公が勝利するとは限りません。また暴力や戦闘には勇気も必要になりますが、現実は恐怖と絶望も伴い深刻な苦しみも伴います。

    誤解を招く恐れはありますが(漫画世代の直観的理解のため)ドラゴンボールに例えるなら、戦前・戦中の日本人はサイヤ人でした。しかし敗戦によって米国・フリーザ軍の支配下となり、戦後サイヤ人の主体は消え去り、ナメック星人に変容しました。性質は概して温厚で穏やか。親切で礼儀正しく、無駄な争いを好まず平和主義を願う者が多い頭脳明晰な知力が残る。しかしフリーザ軍の支配下に置かれている。ナメック星人は龍族と戦闘タイプの二つの種族に分けられている。ナメック星人の多くは龍族の賢者タイプで、戦闘タイプは稀で少数である。戦後の日本はナメック星人になってしまったのですから平和主義主義が多数派です。しかし地政学危機が近いのであれば戦闘タイプの少数のナメック星人が出現するはずです。

    日本の生き残りのためには「戦時ナショナリズム」を浸透させる、独立を守るための戦闘型ナメック星人・日本人が出現します。少数であれ賢者の戦闘型ナメック星人が出現しなければナメック星は滅亡するしかありません。フリーザ軍(米軍)の支配下にあることや、悟空に助けてもらう(戦前の帝国ナショナリズム=スーパーサイヤ人に変身)発想しかないままなら、ナメック星は近い将来滅亡するでしょう。日本は現在、滅亡の危機に再び突入しようとしています。少数ですが賢者の戦闘型ナメック星人が出現するタイミングと思われます。(少数の救国日本人=ピッコロ:このイメージは適当ではありませんが)

    「柔らかいナショナリズムの誕生」日本を再び戦場とさせないために【あとがき】

     

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    疫病・恐慌・戦争・革命・飢饉・21世紀の人類の危機

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    第三次世界大戦と全面核戦争の危機「ウクライナ侵攻から21世紀のキューバ危機へ」「世界は新冷戦もしくは第三次世界大戦の冷たい戦争か熱い戦争に突入」「G20がバリ島開催 【Nyepi day】を首脳会議で提案」「日本の自主防衛と核武装議論と安全保障政策」 https://bali-chili.com/20220302/ https://bali-chili.com/20220302/#respond Wed, 02 Mar 2022 13:33:59 +0000 https://bali-chili.com/?p=15393 ■明日3月3日は、バリ島のニュピ「静寂の日」です。新型コロナパンデミックによって、ニュピ前日のオゴオゴパレードが中止になって2年が経過し、3年連続でオゴオゴパレードが中止(村ごとの判断)であり、華やかなビーチでのムラスティも最低限のものと制限されました。「静寂の日」ニュピは予定通り。近所のバンジャールのオゴオゴを3年ぶりに見ることができて少しほっとしました。来年は4年ぶりのオゴオゴパレードと盛大なムラスティを見たいですね。

    ■ロシアのウクライナ侵攻によって「全面核戦争前夜」である「21世紀のキューバ危機」発生の可能性が高まっています。2020年6月29日のブログ【1962年10月27日は全面核戦争前夜であった。コロナショック後のエスカレーションにより、米中激突は「第二キューバ危機」に至る。ある日突然、日本は全面核戦争に巻き込まれる】とご紹介したような危機が、中国ではなくロシア版で2022年2月以降、顕在化の可能性が出てきました。限定的な戦術核兵器使用の想定ができます。もしくは戦術核兵器使用後、戦術核兵器を使用しなくとも、いずれの場合であっても、米国やNATOが制裁を緩和する可能性は低いと想定できます。よって戦略核兵器の大規模な準備に入る可能性が高まります。ロシアの戦略核兵器の運用がゆっくりか、突然大規模に展開されるかは不明ですが、米国やNATOも対応すべく戦略核兵器の展開をはじめるはずです。1962年10月に発生した、全面核戦争前夜の「キューバ危機」の再来が予測されます。

    米国は1962年10月26日午後10時にDEFCON2となり準戦時体制が敷かれた。ソ連との全面戦争に備えアメリカ国内のアトラスやタイタン、ソー、ジュピターといった核弾頭搭載の弾道ミサイルを発射準備態勢に置き、ソ連と隣接するアラスカ州などのアメリカ国内の基地のみならず、日本やトルコ、イギリスなどに駐留するアメリカ軍基地も臨戦態勢に置いた。  また、核爆弾を搭載したボーイングB-52戦略爆撃機やポラリス戦略ミサイル原子力潜水艦がソ連国境近くまで進出し、B-52はボーイングKC-135による空中給油を受けながら24時間体制でアラスカや北極近辺のソ連空域近辺を複数機で飛行し続け、戦争勃発と攻撃開始に備えた。ソビエト連邦も同様に、陸海空で全面核戦争の準戦時体制に入った。全面核戦争前夜が現実となった瞬間であった。

    キューバ危機は1962年10月16日から10月28日までを「米ソ全面核戦争前夜の13日」として、特に米軍が海上封鎖でキューバを封鎖した【24日から27日までの4日間は米国とソビエト連邦両国の政府首脳や関係官僚やスタッフのほとんどが、全面核戦争発生やその偶発的発生を覚悟し、恐怖していた本物の全面核戦争前夜であった】27日は暗黒の土曜日と言われ、偶発的要因で核戦争勃発のタイミングが3度あり奇跡的に回避することができたと言える。

    ■ウクライナ侵攻から欧米の銀行制裁によって、双方のエスカレーションがすでに短期間に発生している。米国バイデン大統領は「第三次世界大戦」や「核戦争」のキーワードを多用した演説を行った。ロシアのプーチン大統領は、すでに核恫喝ニュークリアブラックメールを繰り返している。核保有国の軍事大国が核恫喝ニュークリアブラックメールを出すことは史上はじめての事態である。イランや北朝鮮のケースど同様にイメージしてしまったり、第2次世界大戦で、世界中の大国に包囲された日本やドイツの状況に似ていると指摘するメディアもあるが、本質的な内容ではない。現在のロシアは、敗戦国の日本やドイツ、ましてやイランや北朝鮮とも全く異なるケースである。

    米国と並ぶ世界最大の核兵器保有国である。ドイツも日本も、ロシアのごとく核兵器を保有していたら敗戦していなかっただろう。米国は日本もドイツも占領できなかったのである。20年以上に渡り、百戦練磨の独裁者であるプーチン氏のパーフェクトとも言える国内外の戦略が、2022年に入り、ウクライナ侵攻判断とキエフまでの苦戦において、この20年間になかった「戦略合理性」ではない判断(もしくは偶発性による苦戦)が明らかにみられる。これは何か?キエフまでの電撃戦から、キエフ包囲戦に作戦変更すれば想定内であるが、プーチン氏の戦略的な合理性が感じられない。病気や老齢による健康問題から、今までとは違い合理的な判断ができなくなっているのか?

    今までの20年間の戦略とは違い、この戦争の落としどころが、より観えない方向に向かっている。戦略に合理性が欠けているように観える。軍事評論家や政治学者も、今までとはかなり違う戦略や行動に戸惑い、その根拠の論証に努めている。単なるミスや失敗であったとしても、今までに見られないミスの種類である。問題の拡大や長期化が起これば、ロシアにとって明かに不利である。よって学者やメディアは、病気や老齢による判断力の低下や精神問題を指摘することとなっているが、仮に進行性の難病などによって余命期間が確信されている場合、すべての戦略合理性の前に、ロシアとスラブの大義の判断が優先されるのではないか。よってロシアとスラブの本質的問題定義の明瞭化のために、軍事問題と国際政治問題の拡大方向は折り込み済みである可能性もある(本人のみ知る)長期化によって軍事問題の拡大と複雑化は必至であり、エスカレーションや偶発的危機発生も懸念される。

    ウクライナ侵攻から「21世紀のキューバ危機」へ展開している現在、今後の世界は2つの方向が想定できる。全面核戦争前夜に至った後、①全面核戦争の勃発 ②全面核戦争危機の回避、の2つである。現実はどちらかにしか至らない。60年前のキューバ危機において、米国のケネディ大統領とソビエト連邦のフルシチョフ書記長の決断によって、全面核戦争は幸運にも奇跡的展開によって回避された。21世紀のキューバ危機が発生した場合、米国のバイデン大統領とロシアのプーチン大統領が、全面核戦争を回避できるか、全面核戦争が発生するか、どちらかが現実となる。

    ■21世紀のキューバ危機は発生し、全面核戦争が発生した場合「何」が起こるか?悪い想定においては、米国、ロシア、中国、インド、イギリス、フランスなどの核兵器保有国の大陸間弾道弾ICBMをはじめ多種の核兵器が、短期間に相互に全面発射される。ウクライナやヨーロッパだけの問題ではなく、米国や中国そして日本も核攻撃の対象となってしまう可能性を否定できない。たとえ偶発的な事故やミスであっても核兵器使用後にエスカレーションが発生した場合、例えば米国本土がロシアの核攻撃を受けるエスカレーションに発展した場合、米国が大都市部が破局的に破壊された場合、米国はロシアのみならず中国に対して核攻撃をする可能性がある。

    大国が国家規模の破滅的な核攻撃を受けた場合、紛争関係でなくとも、その後の軍事侵攻を想定すると、関係国以外の大国にも核攻撃の必要が発生してしまう。よってエスカレーションによって全面核戦争においては、核攻撃を受けた中国は、米軍基地の本拠地である地域と大都市に核攻撃する可能性がある。事実現在でも、中国やロシアの核搭載弾道ミサイルは、日本の大都市や米軍基地に向けられていることが指摘させている。戦術核兵器使用ならウクライナやヨーロッパの問題であるが、全面核戦争前夜は日本は全く他人事ではない。

    早ければ3月にも想定される21世紀のキューバ危機は、日本を含む全世界が相互に核攻撃を受け、エスカレーションによって数週間で臆単位の死者が発生し、その後の多くの国でインターネットや電気の停止から、交通、食糧問題の発生によって、数ヶ月で10臆単位の死者が発生することも想定できる。悪い想定では、21世紀のキューバ危機から全面核戦争に至る場合、第三次世界大戦は数週間の短期で終結することとなる。

    すなわちウクライナ侵攻は3月以降「全面核戦争」と「突然の第三次世界大戦勃発と数週間の短期間での世界大戦終結」という、突然に勃発するリスクが含まれている「人類史最悪の戦争」が切迫している未曾有の人為災害である人類大虐殺のカウントダウンこそ「21世紀のキューバ危機」のリスクの本質である。よって、20年の合理性を備える独裁者が、人生最期の覚悟をしている気配もある、ウラジミール・プーチン大統領を決して楽観視してはいけない。今、世界中のメディアの多くが、プーチン氏を見誤っているのかもしれない。かつてない大規模な人類の命運が「ウラジミール・プーチン氏の明日の個人的な判断」によって決定されることは明白な事実である。たった1人の人間であるプーチンの考え次第であるが、現在すでに、手遅れである可能性も十分に想定されるべきタイミングに入ってしまっている。残念なことに、これは陰謀論でもフェイクニュースでもなく現実である。

    ■今回、21世紀の最初のキューバ危機が幸運にも収束したとしても、今後「全面核戦争前夜」であるキューバ危機は繰り返し発生するだろう。今後の大きな流れとして、冷たい戦争「新冷戦」か、熱い戦争「第三次世界大戦」熱いか冷たいかの違いだけで、世界は大規模な戦争準備の時代へ突入する。熱い戦争でも冷たい戦争でも、世界的な核兵器予算の増加や核技術向上や核拡散によって「全面核戦争前夜」の危機は繰り返し発生するだろう。また、新型コロナ収束後から世界的な経済危機(20世紀は世界恐慌)が顕在化して、各国は経済危機克服のため国家の拡大増進から戦争に突入すると思われる。

    今回のウクライナ侵攻は、コロナ禍が継続しているままで発生し、世界経済危機を加速させ深刻化させる要因となる。ロシア発のエネルギー危機や大胆な金融・銀行制裁は両刃の剣であり、世界経済の混乱を拡大させることは確実となった。ウクライナ危機の戦争が終結してもしなくても、世界的な経済危機を加速させる要因となることは間違いない。またウクライナ危機が長期化すれば、東アジアにおける中国や日本の地政学的危機が深刻化する要因ともなる。もはや時代の深刻化は、不可逆的な流れを形成してしているように観える。バリ島も日本も世界も、2019年のコロナ禍以前の世界にもどることはありえない。絶望することはないが、決して楽観できる時代ではなくなったのである。

    21世紀の2つの蕩尽現象では、20世紀前半のパンデミックや世界恐慌や2度の世界大戦のごとく大規模な人為災害の連鎖が、21世紀前半にも新型コロナパンデミックから、さらに増幅された大規模な為災害の連鎖を想定し、さらに21世紀後半には、世界全体で人口減少が人類史において一貫した現象として起こり、短期間に極端な人口減少から近代の終焉を想定した。しかし21世紀にキューバ危機が繰り返される場合、「全面核戦争前夜」の頻度や期間の増加によって、全面核戦争の可能性が高まり、顕在化してしまう場合は、第3次世界大戦が偶発的に瞬時に発生し終結してしまう。世界全体の深刻な被害と規模から、もとの世界への回復は難しく、そのまま加速して近代の終焉へ向かってしまう。よって21世紀前半と後半に想定した2つの蕩尽現象が統合してしまい、21世紀のキューバ危機から、22世紀を待つことなく、早ければ今世紀前半にも、1つの蕩尽現象がら、近代の終焉へのスピードが増してしまう可能性がある。

    ■今年2022年は、G20がバリ島で開催予定です。ロシアのウクライナ侵攻でどのような形になるか不明ですが、Meditation&Stillnessを首脳会議前に導入するといいですね。現在、世界が全面核戦争突入の危機であるとすれば、バリ島のみならず、日本もヨーロッパもウクライナもロシアも世界中で「静寂の日」ニュピに入り、人類全体で瞑想のタイミングが必要なのかもしれません。オゴオゴの悪霊(憎悪や煩悩)を焼き尽くし、瞑想と静寂の時間共有のタイミングかもしれません。世界同時にMeditation&Stillness「静寂の日」によって、エスカレーションが少しやわらぐかもしれません。次のキューバ危機が回避された場合にも、バリ島での緊急平和会議開催を提案します。バリ島のG20や国際会議においてMeditation&Stillnessの日が制定されるといいですね。日本語では【静寂の日】【世界ニュピデイ】であり 【Silence day 】【Stillness day】【Nyepi day】などが適当でしょうか。

    ■追伸3月4日  本来なら、ウクライナ侵攻を受け、北京オリンピック後の中国の動きや、日本の核武装や自主防衛議論に言及すべきだが、ウクライナ侵攻の事態の深刻化から後日とする。ロシアによるウクライナ侵攻の直前まで、欧米メディアの軍事学や地政学、政治学者は、専門誌や投稿論文においても「ロシアが侵攻するか否か見解が割れ、侵攻があってもごく一地域である」との推測が多勢であった。しかし2月24日には、ウクライナに侵攻がはじまり、しかも全土への大規模な侵攻であった。また、同様に核兵器の使用に関しては「最悪の最悪あるかもしれないが可能性は薄い」との見解であった。本日4日には、欧州最大規模のザポリージャ原発が攻撃された。これは明らかに核恫喝である。戦術核兵器の格納基地の所在も、米国は察知している可能性が高い。プーチンはウクライナ侵攻後も、戦略核兵器の使用についても、可能性を明確に肯定している。

    侵攻開始から米英のメディアの政治記事から軍事学者まで、率直に「驚愕」の認識でプーチン氏の侵攻の予測範囲を超え、「合理性を欠いている」「狂気」という声が多く、専門家や学者の認識を超えており、病や精神疾患や正常な判断ではないなど、なぜ戦略合理性がなく戦闘を拡大し、さらなる収拾不可能な領域にすすもうとしているのか理解が及んでいない状況となっている。

    次は戦術核兵器使用の恫喝だ。核恫喝を実行しても、現在の欧米の制裁は解除しないだろう。次にプーチンは米国やNATOに戦略核兵器の恫喝にむかうかもしれない。これで21世紀のキューバ危機がスタートする。全面核戦争前夜の状況によって、米国は交渉のテーブルにはじめてつくだろう。プーチンはキューバ危機をもって、最初で最期のおとしどころを探るしかないところまで追い詰められ、米国も同時に追い詰められる。米国の斬首作戦やロシアのクーデターが発生しない限り、全面核戦争前夜にもっていき、回避できれば、反ロシアで結束する欧米や世界も、不満が高まるロシア国民も、クーデター直前の側近も、すべての反プーチン勢力を一時的におさえこめる可能性がある。ロシアによる米英やNATOへの核恫喝ニュークリアブラックメールである。キューバ危機の再来である。

    中国やインドなどの突然の仲介によって、新キューバ危機の世界的な緊張緩和のタイミングにおいて、和平交渉のテーブルから、プーチン自身の最期の生き残りに、極限の合理的判断を決断しているのではないか。その可能性を示すのは、通常兵力の投資ではなく、ICBMなどの弾道ミサイルの高度化や高速化技術に集中投資し、この分野において米国の技術を上回る側面をもつ。米国はロシアの核搭載の極超音速巡航ミサイル(Hypersonic cruise missiles)防ぎにくい状況が発生している。米国への核恫喝を10年単位で用意周到に準備してきた。

    意識的にしろ無意識にしろプーチンは、全面核戦争前夜の状況をくりかえし想定してきたのである。欧米メディアは全面核戦争のリスクを想定していないので、プーチン戦略非合理性や健康不安や精神異常を指摘するが、当初よりウクライナ問題だけではなく、米国やNATOとの人生最期の決戦をプランニングしているのではないのか?プーチンにとって最期の決戦は、破滅に近いがギリギリの生き残りか、引き分け(全面核戦争勃発)であり、プーチン自身の敗北は想定していないかもしれない。さらに全面核戦争によって米国やアングロサクソンは消滅するかもしれないが、ロシアやスラブの方が、広大な領土と人口密度から再生の可能が高いと感じ、最期の決戦では、最期まで戦略合理的判断を継続しているのかもしれない。なぜならこの決戦に完全に敗北する可能性が低いとシュミレーションしているからだ。

    最期の戦いのために、1年以上まえから侵攻をほのめかし侵攻せず、状況が訪れるのをまっていた。。。病気にしろ老齢にしろ、残り時間は少ないと感じていた。自身が生きているうちに、ウクライナを制圧してもロシアスラブの欧米化は避けられない、よって最期の戦いで、スラブロシアの生き残りをかけた戦いに拡大しようと考え、おとしどころはキューバ危機であり、その後の和平会議である。これによってプーチン氏の考えるスラブロシアの「最期の延命手段」と考えているのかもしれない。プーチン氏にとって最期まで戦略合理的な判断には違いないのである。その過程おいて米国やNATOなどグローバリズム勢力がすべて破滅しても構わないと考えている。数年前から同様の発言内容が繰り返されている。

    プーチンが限定的核攻撃実行後に、何らかの形でウクライナ侵攻が収束しても、世界は核兵器使用はなしくずしとなる。限定的に核兵器使用があれば、核兵器使用の国家意識の低下は確実であり、21世紀のキューバ危機発生頻度は高まっていく。どちらにしても限定的な戦術核兵器の使用は地獄のはじまりそのものであり、ウクライナ侵攻やロシアではなく、世界的な核兵器使用危機の可能性は明らかに高まる。

    第一次世界大戦と第二次世界大戦同様に、3回目の世界大戦もヨーロッパから勃発するのかもしれない、ヨーロパ諸国がほとんど巻き込まれた、実質的な世界大戦である「三十年戦争」と「七年戦争」を含めると、ヨーロッパの世界大戦勃発は、今回で5回目となる可能性がある。ヨーロッパの世界大戦から国民国家の近代がはじまり、最期までヨーロッパ発の世界大戦で、近代が終焉していくのかもしれない。近代西欧文明の総決算であり、近代全体の終焉にもつながるのかもしれない。オリエントの東端には、中国やアセアンがあり、インド、中東、アフリカと新オリエント時代への流れがはじまるかもしれない。

    そんな歴史ロマンを語っているのは、現在のウクライナ危機が、ゆっくりとではなく、突然、西欧近代文明の終焉がスタートしてしまう未曾有のリスクを含んでいる緊張を緩めたい意識からである。何から書けばいいかわからいほど、大きな歴史展開がはじまっているが、混乱し整理できない。とりあえず、もし戦術核兵器の使用や、キューバ危機スタートの兆しがあれば、世界中どこであっても大都市部の居住者は疎開や避難の準備を考えはじめるタイミングであると感じる。

     

    【追伸3月5日:日本の自主防衛と核武装議論について】

    ■日本の自主防衛と緊急な核武装の必要性について。日本がこのまま核武装議論のタブーを維持するなら、国民こそ亡国と地獄への戦犯であり、責任をとることとなる。個人としての選択はあるが、国として選択肢はない。日本は核武装以外の選択肢は残されていない。

    平時において、民主主義は限定的に有効である場合もあるが、混乱時において、民主主義は亡国や地獄への制度となりえる。混乱の時代に、明らかに突入している。今や、日本では、国の議論ができない状態である。民主主義をこのまま放置すれば、日本は再び地獄となる。自主防衛や核武装は、日本の生き残りに必要である。できない場合、日本は時間の問題で滅亡に直面する。歴史的に論理に必然である。

    日本は今、穏やかに、むしろ爽やかに亡国に向かっている。穏やかに爽やかに国が滅んでいくことは、歴史資料においても多くみられる現象である。滅びる国は意外に直前まで、危機感がないことは、古典においても確認することができる。穏やかに滅びようとしている日本が今、現実に存在していることは明らかである。日本国民は、やわらかい集団自殺を無意識に、やがて意識的に、滅びを受け入れようとしている。

    ■日本国を人間の体と例えると、炎症や麻痺が進行拡大しており、全身麻痺か内蔵や脳の機能不全にむかっている。余命期間に突入している。しかし現実や余命に国民は目をそらし、政府は余命の検査も、治療もできない状態である。機能不全検査はタブーであり、薄々感じているが、余命宣告は国民もタブーとしている。どこまでタブーとできるか?現実を回避することはできない。よって日本はあと2段階没落すると、余命自覚が国民に認識されはじめる。

    2つの選択がある。一つ目、検査と治療をはじめる。二つ目、余命宣告をさけるため医療を回避する。個人なら選択肢があろう。しかし国家に選択肢はあるのか?国家にとって病気による死とは何か。日本の死とは、日本の国家主権が完全になくなること。もしくは日本が複数の国に分割統治された状態などである。日本は文化として存続するが、国家として崩壊・滅亡することが日本の死である。

    個人の余命には選択肢があろう。しかし国家の全身麻痺や機能不全による、余命対応には選択肢はない。国家なら検査と治療をスタートし、余命を自覚するしかない。できなければ、日本は国益どころか、国家主権を完全に失う。主権のない状態や、国家分断で日本人同士が憎しみ合い、殺し合うことは日本人にとって悲劇でしかない。

    日本国の余命を自覚するか、ごまかすか?あと2段階の没落によって、現実はつきつけられるのは時間の問題である。余命の現実が認識されるとき、日本の生き残りをどう考えるか?早い段階で、日本の全身麻痺と脳と内臓の機能不全に気づき、国民合意にいたるべき。手遅れの場合、日本の死とは国家主権の喪失や地政学危機によって、日本分断に至る。日本史で最大の悲劇であり日本史の終焉である。

    ■現在の日本は半主権国家であるが、国家主権喪失の危機である。個人の余命対応には選択肢がありえるが、国家の余命対応には選択肢はない。国家の生き残りをかけて余命を検査し治療するかない。日本人が地獄におちてしまうからでる。今、日本は余命認識を回避して、やすらかな滅びと死にむかっている。しかしどちらにしても、あと2段階没落によって、悲劇が決定的に国民に認知されると、余命宣告が結局のところ自覚されるしかないのである。

    現実からは逃げられない。しかし日本国民は余命宣告を先延ばしにしている。余命の自覚をタブーとし検査や医療をタブーとしている。しかし体の痛みによる自覚は時間の問題である。そのときまで、やすらかに死をむかえたい空気を共有してしまっている。日本は余命宣告を避け、生き残りができなくなる手遅れの全身麻痺にむかっている。やすらかに爽やかに国家の死にむかっている。

    ■「個人の死と国家の死」日本国民は個人と国家の死を同一視している。よって民主主義にもとずき、国家の死を、やもおえずのイメージで、やすらかな社会衰退と日本国の死を受け入れはじめている。日本国民は明らかな判断ミスに陥っている。個人の死と国家の死を同一視してしまっている。個人と国家の死は、まったく別物である。財政問題同様の認識と同様の基本的な判断ミスである。

    国家は個人の集合体にすぎないのであるが、個人と国家の思想を同一視することこそ、衆愚政治の発想であり判断ミスである。国民がこの認識ミスから脱却できない場合、民主主義は終焉する。個人の死に対する姿勢と選択肢は存在するが、国家の死の前に選択肢はありえない。現代日本では「個人と国家の死」が同じレベルで語られている。(国の財政問題を家計費や企業の経費と同レベルに扱う議論と似ている)これは国民の判断ミスである。ミスでないと仮定するなら衆愚政治と言える。

    古典においても、民主主義の可能性が認識されている。プラトンは民主主義をネガティブに捉え、アリストテレスは期間限定の政治体制として、限定的な可能性のみと表現している。近代においてフランス革命から、特に世界大戦後において、米国が民主主義をイデオロギーとして極端に理想化しており、日本は影響を受け、自ら民主主義をさらならる理想へと強化した。

    少なくとも限定的な可能性として、注意深く扱うべき民主主義を盲信し、個人と国家を同じレベルで捉えた議論に正統性を感じている。よって国家の死と個人の死を同レベルで発想している。日本国はやすらかで、爽やかですらある死にむかっている。また国民が潜在的に受け入れはじめている。

    驚くべき衆愚政治である。末人的な姿勢に国民が陥っている。日本国民がこの潜在的な死の容認を拒否しなければ、民主主義に可能性はない。日本の国民は、義憤をもって、日本の死を回避すべく、断固とした意思を表明すべきである。国家の死は安らかでも美しいものでもありえない。国家の死は多くの犠牲者を出すリアルな地獄である。民主主義において、衆愚政治は国民の責任である。政府やマスコミの責任ではない。国のオーナーである「国民」が自主防衛と核武装の議論をはじめることが「日本の生き残り」唯一の道である。議論のタブーを維持するなら、日本の長期的な経済回復や国家主権維持はできないと考える。

    戦後、吉田内閣当時において「富国弱兵」の道を選択した。本来は「富国強兵」に戻すことが正しかった。しかし悲惨な敗戦と米国との関係から「いつか自主防衛と国家主権を取り戻す」と多くの政治家は暗黙の了解で、一時的な「富国弱兵」であり、経済復興が成し遂げられた場合、未来の日本人は必ず「富国強兵」に戻す。一時的な決断であるとの共通認識であった。そのため自由民主党の党是にも「憲法改正」が当然のように盛り込まれている。

    また、少なくともソビエト連邦崩壊のタイミングで憲法改正、国家主権回復、自主防衛などが、政治家や官僚や学者から発せられ国民議論となり、少なくとも自主防衛議論によって米軍依存体制を見直すべきタイミングであった。平成からは現在まで、国家規模の経済没落が継続され「貧国弱兵」に向かっている。すでに手遅れである可能性も否めないが、今回のロシアのウクライナ侵攻を機に、日本国民が地政学危機に目覚める可能性が高まっている。

    国家主権回復や自主防衛の最期のチャンスが到来している。日本の国民や政治が、このタイミングで自主防衛と核武装の議論をスタートすることが、恐らく最期のタイミングであり、これを「平和主義」を根拠に黙殺し、議論のタブーを継続させた場合、日本の生き残りは長期的に不可能となる。日本の命運は外国勢力の国益総和の流れによって決まることとなる。

    長期の日本の生き残りは不可能である。「ロシアとウクライナ」や「中国とチベット」など数多くの歴史が、日本の自主防衛と核武装議論のテキストとなる。核武装をしていないウクライナは国を失う、武装さえせず平和主義であり、祈っていただけのチベットに、中国は容赦なく人民解放軍で制圧し、チベットは主権喪失し中国の一部となった。短期中期の運命はわからないが、長期間の国家の命運に「自主防衛」は必然である。

    平時において、民主主義は限定的に有効である場合もあるが、混乱時において、民主主義は亡国や地獄への制度となりえる。混乱の時代に明らかに突入している。今や日本では、まともな政策議論ができない状態である。民主主義をこのまま放置すれば、日本は再び地獄となる。自主防衛や核武装は「日本の生き残り」に必要なのである。できなければ、日本滅亡は時間の問題となる。歴史的に論理的に必然と思われる。

    日本は現在、穏やかに、むしろ爽やかに亡国へと確実に進んでいる。穏やかに爽やかに国が滅んでいくことは、歴史資料においても観られる現象である。滅びる国は意外に、直前まで危機感がないことは、古典や歴史資料においても確認することができる。穏やかに滅びようとしている日本が今、現実に存在していることは明らかである。日本国民はやわらかい集団自殺を無意識に、やがて意識的に受け入れようとしている。日本の自主防衛と緊急な核武装の必要性について、日本がこのまま核武装議論のタブーを維持するなら、国民こそ亡国と地獄への戦犯であり、自身で責任をとることとなる。

    日本が核兵器を保有していない場合でも、全面核戦争では日本は核攻撃される。核使用前や核戦争の初期段階においては、核兵器を保有しない場合、ニュークリアブラックメール(核恫喝)を受けやすく、通常兵器が無力化される可能性と、核保有国より核攻撃をされる可能性は高まる。全面核攻撃が発生した場合、保有未保有どちらにしても、敵国扱いであれば核攻撃を受ける可能性は残る。日本は米軍の重要拠点であるので、どちらにしても、全面核戦争の場合は攻撃を受ける。米中の全面核戦争の想定であっても、全面核攻撃の攻撃目標にインドや日本など、核戦争後の侵攻を恐れ、侵攻能力のある国は敵国と中立国も攻撃対象となる。

    そもそも核戦争を含め、戦争や侵攻を防ぐには、核武装をすることが有効であり平和維持の手段である。ウクライナが核武装していれば、ロシアは侵攻できなかったのである。また核戦争勃発後には、核武装国の方が核恫喝を受けにくい事実もある。全面核戦争であれば、日本はどちらにしても核恫喝と核攻撃の対象となる。

    よって、核武装しない国家は平和から遠いのである。核武装は戦争への道ではなく、核武装こそ戦争回避の効力をもつ平和維持手段である。全面核戦争の際、核攻撃を回避するために核武装しないなら、米軍基地を日本から撤去させ、通常兵力も経済力も減少させれば、核攻撃の対象としての可能性は下げることができる。しかし一般的な通常兵器での侵攻可能性を高めてしまう。よって日本の平和のためには核武装は有効と考える。

    自主防衛が有効に配備されたあかつきには、米軍基地を日本から撤退させることで他国の戦争に巻き込まれるリスクは低下する。核武装を完了させた後に、米国、中国、ロシア、インドなどの軍事大国と、できるかぎり新たな安全保障条約を締結していくことが有効である。経済力や基礎科学分野の向上は平和維持に有効であり、自主防衛と核武装は平和維持の最低条件である。

    日本の核武装、ウクライナ侵攻が後押しとなるのか BBC

     

    【追伸3月8日:ロシアのウクライナ侵攻に関する過去記事を参照】

    21世紀の人類の危機「2022年以降、世界恐慌と第二次世界大戦の蕩尽規模を凌駕する人為災害スパイラルが発生」

    昨年の8月からのブログ。2022年以降からは、第三次世界大戦をはじめとする人為災害の連鎖がはじまり、それは新型コロナパンデミックとコロナ禍によって、世界各国が深刻な社会問題やメンタル危機が顕在化して行く過程で、経済危機から内乱や戦争に発展する想定でした。各国は経済危機を克服すべくプロセスにおいて国家の増進現象に伴う、軍事費拡大などから戦争に繋がると想定していました。しかし現実は世界的なコロナ禍の停滞経済から、突然、ロシアのウクライナ侵攻が始まりました。

    各国の経済復興や回復プロセスの過程で、各国の対立がはじまるとの予想から、突然2022年の2月に第三次世界大戦と核戦争の危機がスタートしてしまいました。都合よく短期の地域戦で戦争が収束すると仮定しても、国家経済の復興プロセスを飛び越えて、各国に軍事費拡大がはじまっていく方向に進みはじめています。いずれにしても米中覇権や第三次世界大戦への陣営対立が、鮮明に顕在化していく歴史事象が2022年2月24日に発生しました。

    米中戦争『限定的な核戦争』米ソ間とは異なり、中国と、米国の同盟国との間の軍事バランスが均衡していないからです。ジョン・ミアシャイマー 2020年8月米中覇権競争の香港で、毎日のように香港市民の大規模なデモ行動から、警察や治安部隊と衝突している時期に、ジョン・ミアシャイマーの朝日新聞インタビューを参照、将来の軍事紛争から米中のような大国間であっても「限定的核攻撃」はありうるという記事を紹介しまいた。よって現在のウクライナ侵攻によって、軍事大国同士のNATOとロシアの紛争から「限定的核攻撃」は予測される内容であったことが分かります。

    ■追伸以下2月24日のウクライナ侵攻前に書いたブログ
    フィンランド、スウェーデンのスカンジナビア半島が、第2キューバ危機の舞台となる。第2キューバ危機は複雑化と長期化リスクの可能性。キューバ危機は数週に渡る全面核戦争前夜の期間であったが、ロシア、NATOの英国、フランス、米国など複数の核保有国が、スカンジナビア半島のロシア侵攻において、ニュークリアブラックメール(核恫喝)が複雑化のリスクが発生し、膠着状態によって、全面核戦争前夜危機の長期化が発生してしまうリスクを含んでいる。

    キューバ危機同様に偶発的核攻撃準備が繰り返される可能性がある。地域戦争がおこっても、エスカレーションしても、起こらなくても、核攻撃の恐慌が、国家間の緊張と対立のエスカレーションを起こし、偶発的核攻撃のリスクが高まってしまう危機が想定される。ゆっくり第三世界大戦が拡大する懸念より、現在より数ヶ月から数年という短期間において、スカンジナビア半島において、突然の全面核戦争危機を想定しなければならない。

    ロシアのスカンジナビア侵攻危機によって、複雑化や長期化する第2キューバ危機の発生によって、全面核戦争前夜から、全面核戦争か、地位的核戦争か、第三世界大戦の勃発か、危機回避によって一時的な停戦から、新冷戦へ至るか、もしくはそれらの混在と、さらに複雑化して第三世界大戦のプロセスに至るか、予測はできない。ざっくりと想定を3つに分けると①全面核戦争の勃発②第三世界大戦のプロセス③新冷戦のスタート、であろう。

    いずれにしても第二次世界大戦以来、もしくは米ソ冷戦以来の大国間の戦争準備と、先進各国においての戦争準備と軍備拡張がはじまる。ロシアのウクライナ侵攻はグローバリズム経済と「平和な時代」の完全な終焉といえる。第二次世界大戦以来の世界的な混乱と戦争がはじまったのである。新冷戦と第三世界大戦の想定は各国で進められるが、スカンジナビア半島での第2キューバ危機発生をはじめ、今後突然、キューバ危機再来が繰り返され、その度に偶発的な全面核戦争危機が繰り返される想定が必要である。

    すでにロシアのプーチン大統領は、繰り返しニュークリアブラックメール(核恫喝)を数年前より公式に頻繁に声明している。今後、世界中でニュークリアブラックメール(核恫喝)が発生することは間違えないであろう。ゆっくりとした第三次世界大戦の想定だけでなく、第2第3のキューバ危機が継続する想定が必要である。国家のみならず個人においても、最悪の想定が必要な時代に突入したのである。

     ■事実上、第2次世界大戦直前の日本並みに経済封鎖されてしまって、一歩間違えると、同じような行動を取るかも知れない。ドネツク・ルガンスク独立承認が満州事変段階だとすると、ウクライナ・キエフ侵攻が盧溝橋事件。ウクライナでは日中戦争のような泥沼化が起きえる。そして国際社会の経済制裁はかつてのABCD包囲網、対日原油禁輸措置並みのインパクトがある。その先は真珠湾攻撃への一本道だが、これは想像するだに恐ろしい。ロシアは核を持っているのだから。

    それで想定されるロシアの苦境を考えると、ウクライナ侵攻という脇道の選択は合理的に説明がつかない。そこには「何か」あったとしか考えられない。「何か」はまだわからないが。(この視点を、世界中の学者や各国のインテリジェンスは徹底的に継続分析する必要がある)

    もはやプーチンには追い詰められた上での「核恫喝」しか手は残っていない

     

    【追伸3月9日:全面核戦争が勃発する場合、第三次世界大戦と近代の終焉が統合する

    近代の終焉と新オリエント時代「21世紀の人類の危機は2つの蕩尽現象」第三次世界大戦や第二のキューバ危機によって、全面核戦争が勃発した場合、21世紀の2つの蕩尽現象は1つの流れに統合され、21世紀の人類の危機(人為災害のスパイラル)が、近代の終焉へ合流し、今世紀中にも、近代から中世への逆回転や、封建体制や18世紀19世紀の絶対王政や、帝国主義国家への並行した回帰と、ごく一部の近代国家が並立する時代や文明にむかうかもしれない。今世紀に近代の終焉と、中世以前の世界へ逆回転(世界人口の大減少)がはじまるかもしれない。

    第三次世界大戦や人為災害のスパイラルによって、世界的な飢饉の同時広域化が発生すると、近代の終焉が加速してしまい、世界人口がゆっくとではなく突然に大減少が発生し、人類滅亡は回避できても、急速な近代の終焉となり、アインシュタインの言う通り「その次の世界大戦は石と棍棒が武器となってしまうかもしれない」

    早い段階での、近代の終焉は中世を飛び越え、人類の生き残りが原始共同体に回帰してしまうかもしれない。第3次世界大戦や全面核戦争から、数十年で、先進国から途上国地域まで、おおよそ国家を維持できず、原始共同体と封建共同体地域の混在となり、世界人口80億から数億程度の封建社会と原始社会の世界となり、やがて大陸ごと、地域ごと、村ごとに分断された紀元前的世界に回帰してしまうかもしれない。

    22世紀には、すでに近代と近代文明(仮名称)は過去の世界であり、世界人口の極端な減少によって、現在からは想像できない世界や文明であろう。もしくは未文明の時代に至る。その後文明が勃興するか否かは不明だが、一部の都市が近代を伝承するきともできるかもしれない。

    文化や学術用語が一定時期継承されるかもしれないが、人口の極端な減少によって、文明の継承はできないと思われるが一部の科学技術が継承される可能性はある。都市の維持が可能な地域が存続できていればである。

     

    【追伸 3月10日 :第三次世界大戦や全面核戦争リスクの世界的認知について】

    ■米政府、露政府、著名なヘッジファンドマネージャーなど、世界的な各メディアにおいて「第三次世界大戦」が露出され、インターネット検索ワードで「第三次世界大戦」が世界中の各言語で最多検索ワードとなった。この現象こそ「第三次世界大戦」が歴史上はじめてリアルな世界認識となった。世界的な大ニュースとしては、キューバ危機以来の「核戦争危機」としても歴史的な瞬間として、教科書に掲載されることは間違いない。歴史的な戦争ニュースが2022年2月24日以降、次々とメディアとネット拡散されている。

    米国大統領「選択肢は制裁か第三次世界大戦だ」制裁の重要性訴え(毎日新聞)

    第三次世界大戦なら「核戦争以外ない」ロシア外相、欧米を威嚇(読売新聞)

    ■個人的にも、このニュースは晴天の霹靂である。コロナ禍から1年が経過し、デルタ株が世界中で猛威をふるったころ、コロナ禍は20世紀のスペイン風邪の規模をはるかに上回る被害が確実であり、質と規模から未曾有の世界経済危機が世界同時に発生する想定から、本格的な世界経済危機と国家の拡大行動によって、2025年頃には東アジアで紛争、2030年代以降には第三次世界大戦の危機があり、その過程において、米中がキューバ危機同様の、核戦争危機を発生させるという時系列をなんとなく想像していた。

    しかし昨今のニュースでは、コロナ禍でありパンデミックが収束していない状態の世界に、2022年2月にロシアのウクライナ侵攻から、第三次世界大戦のニュースと驚きべきことに、近未来の核戦争前夜のニュースまで、同時に飛び込んできたのである。晴天の霹靂であり「医師から母の余命宣告を聞いたときのネガティブで深刻なショック」体験を思い出させた。希望が薄く救いようがない絶望と恐怖感が、禍々しくも暗く輝きはじめたのである。

    2年前、武漢で最初にパンデミックが世界的なニュースとなった際も、短期的な東アジア地域限定の、疫病であると誰もが感じていた。ロシアのウクライナ侵攻のニュースも「短期間の地域限定な戦争」であればよいと思われるが、この戦争から第三次世界大戦を切り離すこと、核戦争危機を切り離すことは、不可能であり専門家も一般人も「まさか」と感じ、世界人類が「晴天の霹靂」を同時に感じた歴史的出来事である第2次世界大戦以来、キューバ危機以来の大ニュースが、パンデミックが収束していないコロナ禍に、世界同時に本物の戦争危機ニュースであった。すでに世界中のメディアやネットに置いて、報道が繰り返されている。

    ビル・アックマン発言:ウクライナに対するロシアの攻撃は、第三次世界大戦がすでに始まっている可能性が高いことを意味する

    21世紀の人類の危機が、想像より早期に突然はじまったのかもしれない。世界のメディアがこれほどネガティブな戦争危機のニュースを繰り返し、世界中の人々が深刻にネガティブに感じたのは、恐らくはじめての現象と思われる。新型コロナパンデミックの長期化と先が見えない不安が継続され、世界大戦や核戦争危機も同様に、長期化・深刻化する可能性が高いといえる。2022年2月24日より「21世紀の人類の危機」に突入したのかもしれない。

    ■ロシアには限定的な核攻撃であっても絶対に実行させてはいけない。たとえ戦術核兵器であっても、無人地域への威嚇核攻撃であっても、1回目の攻撃で、西側は往復攻撃として、同様の限定的な核攻撃を軍事オペレーションの対応として、実行する可能性が極めて高い。つまりロシアの限定核攻撃で2回のパッケージの核攻撃が発生する。その後はキューバ危機の危機領域を超えた全面核戦争前夜となる。仮にそこから和平交渉に至ったと想定しても、その後の世界は核戦争の大胆な準備としての、米中覇権とNATOとロシアなどの複雑化した新冷戦がスタートする。

    かつてない核兵器開発と配備競争のスタートである。核兵器同様の大量破壊兵器が複数開発され、非対称の複数の大量破壊兵器が複雑化した21世紀のキューバ危機発生の可能性が高まっていくだろう。つまりロシアに限定的核攻撃を許した後の世界は、人類のチキンレースである複雑化したキューバ危機が常態化、エスカレーションする地獄世界のはじまりである。一度、限定的であれ、威嚇であれ、ロシアの核攻撃が実行された場合、全面核戦争前夜の常態化と複雑化によって、人類規模で全面核戦争を含む、多種の大量死を繰り返す地獄世界となる。第三次世界大戦が全面核戦争の短期決戦で収束した場合、人類がはじめて体験する極北の地獄世界となる。第三次世界大戦と近代の終焉が統合してしまうだろう。

    ■米国は大きな判断ミスをした。第2次世界大戦直前のナチスドイツの軍事行動にイギリスとフランスと同様な宥和政策によって、ウクライナ侵攻をゆるしてしまったのである。ポーランド侵攻をゆるしたタイミングだ。その後のイギリスとフランスは宣戦布告をするが、「まやかし戦争」であり、実際はドイツを攻撃する振りだけであった。現在の米国やNATOも宥和政策から侵攻され、戦争の準備や制裁だけであり、米国もNATOも実際の戦争準備からは遠く覚悟もない。

    またロシアに限定的な核攻撃をゆるしてしまう姿勢である。「まやかし戦争」を繰り返している。今度のロシアは核武装した独裁者の国家である。もし第2次世界大戦において、ドイツが核武装していたら、どのような歴史になったか想像してみる。ナチスはヨーロッパを征服し、ソビエト連邦と不可侵条約を継続し、米国はナチス・ドイツに宣戦布告をすることができず、歴史は大きく変わっていただろう。2022年2月24日、核武装したロシアの独裁者が戦争を開始したのである。第2次世界大戦勃発とされる「1939年9月1日に始まったドイツ軍によるポーランド侵攻」の歴史的侵攻より、「2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻」の方が、より深刻な歴史的侵攻である可能性が高まっている。第三次世界大戦が勃発した可能性が指摘されている。

    よって、世界史が大きな変化をするタイミングは確実である。プーチンにクーデターや斬首作戦が実行されない場合、ロシアが勝利する可能性が高い。米国やNATOは核恫喝によって制裁を貫徹できないだろう。ロシアの最期の核恫喝やキューバ危機の再来で、米国は制裁を継続できるだろうか?恐らくはできない。米国やヨーロッパは宥和政策の代償を払うこととなる可能性が高い。【ウクライナ侵攻がどのような形で収束しても、収束しなくても、少なくとも「米中覇権戦争の準備や第三次世界大戦の準備が本格化することが確実となった」と判断できる。】第三次世界大戦と全面核戦争の危機がスタートしたと確信する。

     

     日本記者クラブ「ウクライナ」小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター専任講師

    コロナ禍の2年前より、プーチンはクレムリンで仕事をせず、森の邸宅にこもる。コロナ対策か。歴史書を多く読み、論文を作成。ロシア軍の圧倒的な「ザツな侵攻」の謎。何らかの大失敗が発生している。恐らくプーチン個人と周辺の問題。ロシア軍全体の作戦になっていない。素人的なザツな戦略と戦争。原因不明のなぞ。しかしながら独裁権力は維持継続。不気味としかいいようがない。(すべてにおいて合理性を欠き、かつ失敗をくりかえし、あきらめない)

    API地経学オンラインサロン「ロシア・ウクライナ問題を地経学で読み解く」

     

    【追伸 3月13日: ソビエト連邦国家崩壊の真実と米国覇権の縮小】  

    ■ロシアのウクライナ侵攻の背景には、米国の世界覇権縮小と撤退局面があります。米国は早い段階から、ウクライナはNATO加盟国ではないので、軍事介入をしないとの姿勢を世界にアピールしてきました。しかし、1998年のヨーロッパのコソボ紛争には、非NATO加盟国のユーゴスラビアに軍事介入し戦争をしています。もともとソビエト崩壊の影響下にあった社会主義国でもありました。NATO加盟国でない、ヨーロッパの国に軍事軍事介入しています。よって「ウクライナのNATO加盟国でないから介入しない」という姿勢は、今までの米国の姿勢や原則にはありません。

    そればかりか米国は第2次世界大戦後にも、NATO加盟国でない、かつヨーロッパでもない中東や中南米やアジアに、繰り返し積極的に軍事介入を繰り返してきました。

    アメリカ合衆国が関与した戦争一覧

    中東撤退や今回の東欧ウクライナにおいて、米国の世界覇権縮小と米軍撤退が、民主党政権の特色ではなく、一貫した米国の政策であることが分かります。今回、軍事同盟のヨーロッパ諸国のお隣にさえ、軍事力を投入できないほど、米国の軍事衰退は深刻であったことがわかります。東アジアにおいても、やがて一貫した撤退の影響が及び、米国は東アジアから撤退をはじめる可能性が高まっています。日本を見捨てるということではなく、中東からも、ヨーロッパからも東アジアからも、一貫した撤退が始まったと観るべきです。

    ■今回のウクライナ侵攻は防げたか?という視点も議論になりますが、今まで通りの米国の姿勢なら、ウクライナ侵攻は防げた可能性が高く、紛争になっても米国やNATOで、ウクライナに軍事介入すれば、ウクライナが泥沼になったかもしれないが、少なくともロシアやプーチンが核恫喝を継続することはでなかったかもしれず、昨年以前からのロシアの軍事介入の準備段階の、いずれかの時点で「米国とNATOは、次回ウクライナにロシアが侵攻した際は軍事介入する」との声明と準備をしていれば、プーチンが軍事介入ができなかった可能性と、介入しても浅い侵攻で終わった可能性があります。米国は中国との2正面作戦を警戒し、紛争介入による泥沼を警戒し、要するに、米国は軍事介入する体力も気力も失っていたのです。今後も、米国の世界覇権縮小が進むと考えられます。

    ■露大統領のプーチンは旧ソ連崩壊を「悲劇だった」との認識を繰り返し示してきたことに注目する必要があります。これはプーチンの国家観の根底にある認識です。ソビエト連邦の崩壊前後に何があったか?ソビエト連邦崩壊前後に、ロシア国民やプーチンはどのような体験をし、どのような感情が形成されていったのか?メディアをはじめ、政治・軍事や歴史専門家もあまりフォーカスしていません。米国側の論理はメディアやSNSに反映されていますが、プーチン支持者の多くの国民からも全くインタビューが掲載されることはありません。少なくとも英語や日本語メディアにおいては、欧米の思惑だけが多く伝えられています。ロシアが正義であるとは思えませんが、メディアにバイアスが掛かりすぎているのも事実です。

    プーチンばかりではなく、現政権を支持する多数のロシア国民の感情は、どのように形成されていったのでしょうか?全貌はとても解明できませんが、第2次世界大戦後に、米ソ冷戦終結とソビエト連邦崩壊によって、ソビエト連邦やロシアは事実上の「敗戦」を体験したが、西側の希望的で、明るい報道の印象ばかりが記憶に残っています。しかし、ソビエト連邦崩壊前と崩壊後に発生していた、旧ソビエト連邦地域や、ロシア人に起こっていた「大惨事の人為災害」を認識も報道もしていません。ソビエト連邦崩壊はロシア人にとっての敗戦であり、戦闘はなかったものの、崩壊前後の長期間にわたり「国家崩壊」という戦争でも飢饉でもない人為災害を見落としています。

    ソビエト連邦崩壊「国家崩壊」の歴史体験はロシア人にとって「恐慌」「戦争」「飢饉」や、大規模な自然災害同様の悲惨で苦しい体験だった可能性があります。事実、極端な平均寿命の低下(高死亡率)や、出生率の低下などによって、「戦争」「飢饉」以上の極端な人口減少が国家規模で発生しています。ここに極端な絶望死が起こっており、極端な生活苦が垣間見られていましたが、最近まで西側には認知されてきませんでした。

    ソビエト連邦崩壊期(末期)健康被害と平均寿命などの人口動態の劇的変化については、すでに多くの研究がなされている。社会にアノミーが発生し、没落から崩壊に至る際には、餓死者が急増するなどではなく、政治、経済面の社会が目に見えて崩壊していたわけではいが、著しい健康被害が発生したため、ドラステックに平均寿命の低下が発生した。ソビエト連邦崩壊直前、直後に置いて、国民レベルでの「超過死」による大量死が発生していた。絶望死や精神的な健康被害の著しい急増によって、ソビエト連邦は、他国による侵略ではなく、国家自ら、やわらかい絶望とやわらかい自殺によって、内部崩壊していった可能性がある。私たちは、ロシア国民の想像を絶する、もうひとつの「戦争」や「飢饉」の苦しみに匹敵する、もしくはそれ以上の悲惨な地獄体験である「国家崩壊」を、見逃しているのかもしれません。

    近代の終焉と新オリエント時代「21世紀の人類の危機は2つの蕩尽現象」「米国は崩壊か革命か戦争へ」ではブログ中段部において【ソビエト連邦崩壊と超過死とメンタルヘルス】を取り上げて紹介しました。

     

    ■今回の戦争について、これを単にウラジーミル・プーチンの妄想じみたビジョン、常軌を逸したビジョンから生まれたものだと考えてはなりません。この危機は、錯乱状態の指導者が打って出た狂気の一手の類ではないのです。ソ連の元報道官アンドレイ・グラチョフ「ロシアは第三次世界大戦に負けたかのような感覚だった」

    プーチン露大統領はかつてソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的大惨事」だと言いましたが、そのプーチン大統領本人が躊躇なく自国を新たな地政学的大惨事へと突き動かしました。ウクライナの現状や国際社会で孤立を深めるロシアを見れば、まさに「大惨事」というべきです。

     

    ■冷戦の終わり方を間違ったことが今に至る。第一次世界大戦後、過大な賠償金を課した敗戦国ドイツが経済破綻し、不安定化してナチスになった。大きくいうと通ずるところもかなりあるのが、冷戦終結のとき。徹底的にソ連を打ちのめしてペレストロイカは失敗、急激な資本主義化で大混乱。これを抑えるにはストロングマンが要るとなり、プーチン大統領に至る。

    力による現状変更をするための理屈として「ネオ・ユーラシア主義」なるものを持ってきた、ご都合主義のように見える。ご都合主義ならまだいい。だが、本気でロシア民族の三位一体を信じているとしたら、もう妥協の余地がない。

    ウクライナ侵攻の本質…プーチン氏の「ユーラシア主義」とは? 浅田彰氏・先﨑彰容氏と既存秩序が崩壊する時代を考える

     

     ■その手段がどのようなものであっても、領域を跨いだ「クロスドメイン・エスカレーション」のリスクは常に存在する。米・NATOがウクライナへの直接的な軍事介入を控えていたとしても、経済制裁によってロシア経済が深刻な打撃を受け、プーチンの権力基盤が危うくなったり、ウクライナ軍に対する軍事物資や情報面での支援によってロシア軍がより劣勢に立たされるようなことがあれば、プーチンは支援の拠点・経由地となっているポーランドへ戦線を拡大させたり、核攻撃をほのめかすことによって、国際社会から支援や制裁の停止といった譲歩を引き出そうとする可能性は十分考えられるだろう。

     つまり、国際社会が核武装した現状変更国を本気で抑止しようとする場合には、いずれにせよ、究極的には核エスカレーションのリスクに備えなければならないのである。

    ロシア「核恫喝からのエスカレーション」を止める唯一の方法――核をめぐる安全保障課題と日本の対応

     

    ■今後、ウクライナでの戦争が収束していく局面では、一定期間を経て、NATO加盟国でない、フィンランドとスウェーデンのあるスカンジナビア半島へ展開する可能性もあります。しかし、ウクライナから、このまま侵攻を継続する場合、最悪、ポーランドに注目が集まります。NATO加盟国なので、第三次世界大戦に突入する覚悟でプーチンは侵攻するか?プーチンが東欧から、米軍基地や核兵器の撤去を目的としている場合、一部ポーランドに侵攻し、第三次世界大戦の危機状況から、戦略核兵器の緊急運用や準備を行えば、キューバ危機再来となる。

    ポーランドを一部占領後に、キューバ危機再来事態において、世界的緊張がピークに達する際、最初で最期の米NATOとロシア交渉となり、プーチンは東欧の核兵器や軍事基地の撤去を条件に、ポーランドからの撤退を約束するかもしれない。中南米の反米国家にロシアの核兵器持ち込みなら、中南米からの核兵器撤去も交渉条件の強化となる。交渉が成立すれば、全面核戦争前夜の緊張が緩和されるが、交渉が失敗した場合、全面核戦争の勃発となる。ロシアや欧米だけでなく、全世界の都市部や軍事基地が対象となる可能性は否定できない。【ロシア国内反体制派の活動や、国民のプーチン批判が高まると仮定しても、全面核戦争のキューバ危機型核恫喝は、米国やNATOばかりでなく、ロシア国内に向けても有効な恫喝である。ロシアの反プーチン勢力や国民への恫喝効果を同時にもつのである】全面核戦争への核恫喝は、悪魔を神に変えてしまう戦略である。

     

    【追伸 3月14日:最悪のシナリオの1つ、21世紀のキューバ危機へ】

    「核戦争の可能性ある」国連事務総長が危機感 (朝日新聞)

    ネットばかりでなく、テレビや新聞などの大手メディアにおいても「核戦争の危機」が連日取り上げられ、専門家やコメンテーターから一般の意見まで、恐らくすでに「核戦争」が、世界中で話題となっている。メディアのグローバル化やインターネットの普及など時代の違いはあるが、すでに史上最大の核戦争前夜危機の前提が成立しはじめている。

    ■ロシアのウクライナ侵攻から、「最悪のシナリオの1つ」を想定する。今回のウクライナ侵攻以前から、「ウクライナの非武装中立化」は目的の一部である。プーチン自身の死後、いずれはウクライナもロシアも欧米化してしまうと考えている。かつてのロシアやスラブの国家主権は薄れていくだろう。であるならば、欧米型の民主主義も資本主義経済もいらない。

    プーチン自身が健康でありロシアの指導者でいられるのは、そう長くない。少なくとも発言内容から、2020年頃までには、そのように確信しており、最期の総決算の仕事(軍事行動)もリアルに想定しはじめていたのかもしれない。そのため通常戦力より、核兵器やミサイル開発に集中投資を行った。今回のウクライナ侵攻でも、ウクライナを恒常的に軍事支配する計画も意志もない。なんらかの形で「ウクライナの非武装中立化」を行おうと考えているが、本目的はその先であり、ソビエト連邦時代からの米国やNATOとの、人生決着を図ろうとしている。

    ロシア大統領のプーチンは、現在、核戦争に対応可能な地下シエルター要塞の一室で、1人で過ごしている可能性がある。面会や会議や命令はすべてモニター使用。ウクライナ侵攻前の側近大臣との会議でも、10Mも離れた場所に座っていた。すでに誰とも直接会うことはなく、シエルター要塞内のスタッフであっても、あらゆる裏切りや暗殺対策の警戒態勢を何年も前から、準備し完成させているはずである。よって戦略的に想定された地下シエルター要塞内においての側近による暗殺は極めて困難であろう。

    ロシアの敗戦シナリオは、プーチンの斬首作戦や暗殺やロシア軍内のクーデターや、反戦のうねりから国民行動で、群衆がクレムリン宮殿周辺を封鎖などが、全国に波及することで、プーチンが失脚する国内政権崩壊シナリオのみである。

    ウクライナの勝利や米国NATOの参戦の可能性が低いことから、「プーチン失脚」のみにロシア敗戦の期待を、世界中のメディアが言及している。しかし、地下シエルター要塞内での暗殺は想定外であり、プーチンの側近や政権幹部には、何重にも国家情報機関が警戒しており、家族なども事実上の人質であり、単独の軍部隊がクーデターに及ぶか可能性も指摘されるが、KGB出身の百戦錬磨の20年独裁者のプーチンが、軍のクーデターを厳重警戒するのは当然である。

    また、核ミサイル発射にも、通常、複数の人間とプーチンのボタン許可が必要とされるが、独裁者の権限で、臨時にプーチン1人の意志で、核ミサイル発射可能な仕組みを作っているに違いない(法治国家ではない)よって、裏切りで、現場において核ミサイル発射を阻止されたとしても、直接の修正命令系統を、何重にも用意して、現場での裏切りも想定した、プーチン個人の意思で、何重にも、アクシデントや裏切りを想定したシステムを構築しているだろう。

    ロシア国民の反戦運動拡大によるプーチン失脚。クレムリン宮殿近辺の政府が何百万の大衆に包囲される、などの期待が最も有効で大きいが、プーチンは容赦なく、戦術核の恫喝を国内地域にむけるだろう。それでもベルリンの壁崩壊の日のごとくの様相で、群衆が引かない場合は、国内に核攻撃も辞さない。よって、現在、プーチンが覚悟を決めている場合、ロシア国内の「プーチン失脚」は望めない状態にあるかもしれない。

    そもそも、ウクライナ支配が目的ではないので、いずれかの時点で、ウクライナ国内において、戦術核兵器を使用、その後、一定期間後に、スカンジナビア半島(NATO非加盟国)に侵攻、もしくはウクライナ侵攻の一定の目途のあと、ポーランド(NATO加盟国)に侵攻。ポーランドの一部に侵攻後、世界大戦の危機の舞台に、中南米の反米国家にロシアの核ミサイルを持ち込む。全面的な戦略核兵器の臨時運用によって、米国とNATO加盟国に、全面核恫喝を行う。米国もNATOもロシアも、全面核攻撃の準備に突入し、21世紀のキューバ危機となる。

    全面核戦争前夜から、双方の全面核攻撃によって、日本や中国やインドも含め、各国が各国に対し全面核攻撃が発生し、短期間で第三次世界大戦が終結してしまうかもしれない。もしくは幸運が重なり危機が回避され、和平が締結されれば、全面核攻撃は回避される。そのとき和平の条件として、プーチンは「ポーランドからのロシア軍全面撤退」、「中南米からの核ミサイル全面撤去」などを条件として、米国とNATOに、「東欧における恒久的な米軍NATOの軍事基地や核兵器もちこみ禁止」と、「東欧諸国のNATO加盟禁止」、「欧米の経済制裁などの段階的緩和」を条件として提示するかもしれない。全面核戦争の回避で、世界平和が訪れる。ウクライナ紛争から21世紀のキューバ危機において、プーチンの勝利に終わる。(その後、本格的なロシアと中国の経済圏構築がはじまる。米中覇権を軸とする、経済デカップリング化と、第三次世界大戦のグループ化が本格スタートする)

    米国は核戦争の準備を粛々と進めている。米空軍の核爆弾に強い「最悪の飛行機」が空を飛び、短い訓練任務を遂行した。

     

    ■今回の軍事侵攻について、海上自衛隊の元海将、伊藤俊幸・金沢工業大学虎ノ門大学院教授は「プーチンの“誤判断”というか、軍事合理性で見て、絶対にロシア軍が勝てない戦争だ。それをやっちゃったことに驚きしかない」と断言する。

    「ウクライナ東部にいるロシア人に”助けて”と言われたから、というのはクリミアを取った時と同じ理屈だし、そこまではみんなも分かっていた。しかし首都キーウ(キエフ)に攻め込むというのは、その瞬間、ロシアが侵略国家になって、プーチンはヒトラー以来のでたらめな人になってしまった。そして首都を攻略するためには20万人ごときの兵力では無理だし、ここが落ちたとしてもロシアからの距離を考えれば補給の問題が出てくる。後ろにバッファを作っておかなければならないし、そこを取られれば今度はロシア軍が孤立する。それこそアフガンのように長期化、泥沼化するということだ。

    そもそもロシアの軍事費は日本の防衛費よりも少ない3兆円しかない。加えて経済制裁を受けているわけで、この戦争が長期化すればするほどロシアは滅びていくことになる。だからこそロシア将校の会のOBたちも“絶対にダメだ”と言っていたし、軍の高官たちも分かっていると思う。

    「プーチン大統領が勝てない戦争を始めてしまったことに驚きしかない。仮に核を使えば第三次世界大戦だ」元海上自衛隊海将

     

     

    【追伸 3月15日:ウクライナ侵攻から突然の軍事費拡大へ、早期の第三次世界大戦勃発の可能性について】

    ■世界各国はコロナ禍からの経済復興を難題と捉えている。変異種によってコロナ禍が継続される世界リスクと、ロシアのウクライナ侵攻によって、「世界各国は経済復興から経済危機へ」とフェーズの変容が進行している。

    20世紀はスペイン風邪から世界恐慌へ。恐慌復興の過程で国家経済が拡大し、第2次世界大戦に突入した。21世紀は新型コロナパンデミックから、恐慌、インフレ、スタグフレーションなどが混在する複雑な世界経済危機に向かっている。世界恐慌当時は、10年を掛けて経済危機を収束させていったが、最期に戦争による景気回復によって決定的に経済危機を収束させた事実がある。

    新型コロナパンデミックは、恐慌と同様の側面をもつ。現在の世界がスタグフレーションを含む複雑な経済危機に突入することは確実で、そこにウクライナ侵攻によって、突然、第三次世界大戦危機の空気が急速に拡がっている。20世紀の世界恐慌より、新型コロナパンデミックのもたらした世界経済危機は深刻であり巨大である。

    よって各国は意識的に、無意識によって国家経済への移行を10年掛けて進める前に、突然、戦争準備と戦時経済への移行によって経済危機を収束させようと動きだしているのではないか?世界恐慌では各国の財政出動の規模が不十分であり、結局戦争と戦時準備によって、経済危機を収束させる財政出動を可能とした経過があった。世界各国は、新型コロナパンデミックのより深刻な経済危機を、戦争準備や戦争経済への移行によって、収束させようとする姿勢が突然発生した。

    よって、20世紀の世界恐慌から、10年後の世界大戦勃発までの期間は短縮され、急速な戦争準備によって、短期間で第三次世界大戦に突入する可能性もある。今後、世界各国の軍事費拡大や財政出動にフォーカスすべきだ。また、極めて困難な巨額財政出動を、積極的に戦争準備と戦争経済で、コロナ禍からの経済危機を収束させようとする国も現れるかもしれない。

    本来、国民合意によって、戦争準備以外の積極的財政出動が可能であれば理想であるが、歴史的に国民合意は困難であり理解は得られない可能性が高い。よって、地政学危機による戦争準備と戦時体制だけが、積極的財政出動と国民合意を可能とし、戦争準備と戦争継続と拡大が懸念される。

    事実、大規模な財政出動を実行し戦勝国となれば、経済危機は脱出可能である。また、勝ち負けに関わらず、国家による戦時体制の巨額財政出動は、経済危機に唯一有効と思える最期の手段と言える歴史事実がある。国民合意があれば大規模なインフラ建設でも、何であっても財政出動によって、理論的には経済危機を収束できるはずであるのだが。特に民主主義の議会では、戦争以外の政策において、大規模な財政出動は、極めて難しい歴史経過がある。

    戦間期の米国ルーズベルトであっても、巨額の財政出動は継続合意を得られず、十分な財政出動規模が可能となったのは、大規模な戦争継続による、国民合意によってだけであった(ニューディール政策は限定的効果であり、対日参戦によって景気は回復へ向かった。ニューディール政策を、さらに数十倍の規模で実行継続すれば効果があったかもしれない)よって21世紀であっても、唯一戦争だけが、経済危機収束のための政策のように観えてしまう。つまり世界的経済危機収束の必然として、戦争準備と戦争の多発が想定される。第三次世界大戦の準備が、突然、世界同時にスタートした。スタート日は2022年2月24日からであり、世界的規模で戦争準備の軍事費拡大や財政出動がスタートしたのである。第三次世界大戦まで、もはや10年も経過せず、短期間で突入してしまう可能性が高まったのではないだろうか。

     

    【追伸 3月18日:米露21世紀のキューバ危機と、中国の「エネルギー安全保障」と「ドル基軸崩し」】

    ■現在のロシアの置かれている立場は、日本の太平洋戦争に近い側面も多い。太平洋戦争中の敗戦が色濃くなる後半において、核兵器開発に成功していたら、大本営は迷うことなく、米国大都市部の核攻撃を繰り返し、有利な停戦から戦争終結のために活用していたことは想像できる。また核兵器使用後の核恫喝によって、歴史が変わっていた可能性がある。日本は敗戦していなかった。

    ナチス・ドイツが同様に核兵器開発に成功していたら、イギリスなどに核攻撃を繰り返し、ヨーロッパ覇権を手にしていたのではないか?さらに、ソビエト連邦が核開発に成功していた場合、スターリンはヨーロッパ覇権を手にしていた可能性がある。迷うことなくドイツに核攻撃していたのかもしれない。

    現在、プーチン・ロシアの敗戦色が濃くなっていく場合、ウクライナやポーランドに戦術核攻兵器使用から、核攻撃と核恫喝を試み有効使用することは必然に思える。プーチン・ロシアを、これ以上追い詰めて、米国は戦争終結の具体的シナリオを持っているのだろうか?(プーチン警護部隊の暗殺誘発作戦など)米国やヨーロッパは、ロシアの全面核攻撃の恫喝を受けた場合、どう対応するか?米国の選択肢は少ない。米国は全面核攻撃の恫喝をロシアに返すしかない。

    20世紀のキューバ危機の最期、木曜日から土曜日の「全面核戦争前夜」に向かっていないだろうか?現在より、スターリン風の大粛清から、国内外を対象とした核恫喝がはじまるのではないか?他力本願な暗殺が成功できなかった場合、米国は全面核恫喝に対しては、全面核恫喝のみが選択肢となる。米露両国は、すでに、21世紀のキューバ危機に向かっているのかもしれない。

    米国・NATOとロシアのキューバ危機再来を、中国は望んでいるわけでない。全面核戦争のエスカレーションは中国にとっても望ましくない。米中覇権において、中国は20年以上、粛々と用意周到に準備を重ね、今後、さらに政治力、経済力、軍事力の充実を図り、米覇権の没落も手伝い、2040年代ではなく、2030年代に、覇権戦争突入の軍事準備や、戦争をしない方法で米中覇権に勝利する準備、両方の準備を粛々と進めている。

     

    ■Global Research Institute on Chinese Issues 中国はアメリカから制裁を受けている国々を仲間に引き込み、人民元の強化とデジタル人民元の実体経済への移行の可能性を模索している。あのとき国営石油会社サウジアラムコのナセルCEOは「今後50年間以上にわたり、中国のエネルギー安全保障を確保することが最優先事項だ」とし、また2020年11月には「将来的に中国人民元建ての社債発行の可能性がある」とさえ表明している。今般、ロシアの経済制裁に関する国連安保理決議にUAE(アラブ首長国連邦)が棄権したのも、そういった流れからだ。

    2016年1月に、習近平はイランやサウジアラビアおよびエジプトなどを歴訪しているが、実は2015年にすでにSWIFTからの離脱を想定した決済システムのシミュレーションを試みている。「SWIFT、中国人民銀行清算センター、クロスボーダーインターバンク決済有限責任会社(CIPS)、中国決済協会、中国人民銀行デジタル通貨研究所」が共同で「金融ゲートウェイ情報サービス有限公司」を設立し、北京に本社を置いて、少しずつSWIFTシステムから逃れようと試みているのだ。もちろん二国間の通貨スワップ(交換)協定も強化しており、中国の中央銀行と税務署の統計によれば、人民元決済の中露貿易にける比率は17%と低いものの、今後は人民元と相手国通貨による取引の割合を増加させていくと新華網は報じている。

    習近平が描く対露【軍冷経熱】の恐るべきシナリオ

    ウクライナを巡る「中露米印パ」相関図――際立つ露印の軍事的緊密さ

    アメリカのバイデン大統領は、先ずロシアをやっつけてから中国包囲網を強化すると言っているが、したたかな習近平は、【軍冷経熱】によって、中国経済の一人勝ちを決めていくかもしれない。対露制裁にインドも棄権していることから、インド太平洋戦略による対中包囲網、特にクワッド(米日豪印)構想は崩れていく可能性を孕んでいる。

    国地図

    ※上記のように、米国グループと中国グループに分離していく予測と「今はロシア・中国対西側諸国という構図ではない。西側諸国の足並みに乱れはないが、それ以外の国は自らの国益に従って行動しているだけで、ばらばらだ」と、中国グループは現在、反米のなんとなくの集まりである、と考える学者も多い(よって、今後の変化に注視すべき)

     

    【追伸 3月27日:第三次世界大戦とキューバ危機再来への可能性とエスカレーション要因】

    ■キューバ危機再来へのエスカレーション要因は、偶発的に発生もするが、米政権の判断ミスによって核戦争のエスカレーション要因を追加してしまった。大統領の健康問題は想定されていながら、最も重大な局面であり、最も世界が緊張する場所とタイミングで「大統領が発言ミス」をした。米政権内では準備段階で「原稿をそのまま読む」ことが、繰り返し確認されていたことは明らかである。

    しかし、認知症を伴なう症状は、用意された原稿の内容をもちろん、今までの慎重に抑制された対ロシア政策をぶち壊しにしてしまう「発言ミス」であった。米政権はおろか、世界が、最も恐れていた大統領の発言ミスが発生してしまった。核兵器の誤作動にも匹敵するミスが発生した。慌てて軌道修正も手遅れである。

    米国や世界(ロシアやプーチンさえも)が望んでいない「第三次世界大戦と核戦争」へのエスカレーション要因を、偶発事故ではなく、「恐れられていた大統領の健康問題」によって、絶対ミスが許されない最重用場面において、米政府は致命的な判断ミスを起こしてしまった。大統領の健康問題によって、繰り返し「発言ミス」が起こっていたのにも関わらず。なぜ、米政府は、原稿通り読ませる安全保障対策と言える準備を、構築できなかったのか?歴史的ケアレスミスであり、歴史的失言になりかねない。

    演説草稿になかった「権力の座に」発言 直後に波紋、軌道修正の実情:朝日新聞

    ■核戦争への恐怖の総和がメディアに致命的なミスリードど拡散によって、今後繰り返し社会パニックを起こしかねない。しかしプーチン:ロシアは、戦闘激化と小出しの段階的な核攻撃恫喝へと進展させる可能性が高い。21世紀のキューバ危機は、SNSとフェイクニュースとミスリードで、実際は危機でないのに、核戦争前夜パニックが起こるかもしれない。また、本物の攻撃事故や偶発的危機が起こっても隠蔽されるかもしれない。前者はパニックによって、後者は事前情報なしに、核戦争前夜が発生する。

    すでにSNSフェイクニュースでなくとも、一般の大手メディアやネットにおいても、全世界中で間違った、事実ではない記事が多く出回り、かつ修正も訂正もされないまま報道されている。以下は日本のニュースである。ロシアの核兵器搭載可能な極超音速ミサイルを、はじめて実践で使用した。とあるが、認識ミスであり「ミサイルの種類を間違えて掲載」したものである。よってこのような大ニュースとして取り扱われるべき種のものではない。このソースをもとに、あらゆるコンテンツへ拡散されている。また、SNSではロシアによる迎撃でノルウェーの米軍機が撃墜されたという間違った憶測もあった。アカデミー賞においてもエスカレーションは起こりうる。

    ロシア軍、極超音速ミサイルを初使用 ウクライナ西部攻撃―武器貯蔵施設を破壊(日本中の新聞ソース)

    4人搭乗の米軍機がノルウェーで墜落か、NATOの訓練中 当局

    ウィル・スミスの暴力は内容判断は別として、アカデミー賞のタイミングから、ウクライナのエスカレーション要因となりうる。

     

    ■日本を含め欧米メディア(米国、ヨーロッパ、日本)主にG7諸国は、ロシアは悪であり、プーチンはヒトラーであり悪魔扱いである。しかし、インドネシアのニュースでは「ブラジル大統領はロシアのG20外しに反対表明」など、大手メディアでは、欧米のニュアンスとは全く違う。インドネシアはバリ島でのG20にロシア招待を正式に表明した。国連加盟国であっても、多くの国がロシア制裁に反対の立場か、中立で棄権するかであり、制裁を正式に表明している国は多数派といえない状況である。

    中国、インド、アセアン諸国、中東諸国(イランと対立するサウジアラビアさえ)南米諸国、アフリカ諸国など、多くの国はロシア制裁に賛成していない。少なくとも大多数の国は、ロシアへの制裁を好ましいと思っていない。ましてや「ウクライナの正義の闘い」とも思っていない。日本はロシア制裁を認めるどころか、日本独自のロシア制裁を発動した。日本は大本営発表と同様な戦争記事を、またもや鵜呑みにしていないだろうか?日本で主流のメディア論調は、世界のごく一部地域の姿勢や価値観でしかない。

    ■今回の内容はともかく、今後、日本は3ヵ国の独裁的指導者を有する反日国家と反日指向国家に囲まれる。中国、ロシア、北朝鮮という、隣接する権威主義的な3ヶ国に「核攻撃の対象」として、地理的に地政学的に、米中露NATOの新冷戦や米中覇権戦争において、核武装していない国家として、潜在的に世界で最もリスクの高い国は日本である。

    新冷戦から、中立地域への代理戦争がはじまり、世界大戦や覇権戦争が顕在化すると、キューバ危機の再来を恐れ、大国同士の直接対決を恐れ、核武装していない先進国が、最終的な戦場ともなり得る。中国に最も地理的に近い、米国グループとしての敵国日本。

    非核武装国家、中国との全面戦争開始と伴に、米国は突然(もしくはゆっくり)主力部隊を日本の各基地から、オーストラリアやハワイまで一時撤退させる。米軍が撤退すれば、日本は日本自身で守るしかない。ウクライナのように、中国に核恫喝された場合、米国は日本に介入するか?ウクライナを観れば少しは予測できる。今後、日本周辺の核武装国家の核恫喝は、時間の問題でエスカレートすることは想定範囲内と言える。

    キューバ危機”再来か 全米を射程に置く1万5000キロ 新型ICBMにバイデン大統領と国際社会は?【後藤部長のリアルポリティクス】(2022年3月25日)|TBS NEWS

    ■ 日本を含む世界は、新型コロナによる死亡者数と、コロナ禍による死亡者数を今だに理解していない。後者の死亡者数が「パンデミックによるコロナ禍死亡数」である。世界のパンデミックのコロナ禍の死亡者数は、第一次世界大戦の死亡者数を超え、第二次世界大戦の死亡者数に向かっている。たった2年間で。「新型コロナは風邪」であるなら、世界大戦も風邪程度の災害といえる。改めて、新型コロナは風邪とは全く違う現象と考えられる。以下は、2021年7月、インドネシアのコロナ禍中においての「超過死」記事が含まれている。

    21世紀の人類の危機「2022年以降、世界恐慌と第二次世界大戦の蕩尽規模を凌駕する人為災害スパイラルが発生」「日本は戦後最大の閉塞感へ」「バリ島の8月死者数は世界最悪水準」

    「新型コロナパンデミックは世界大戦以上のメンタルヘルス被害」を人類に与えている可能性がある。すでにこの2年間のコロナ禍において、世界各国の社会は、戦争以上に悲惨なメンタルヘルス被害が発生しているのかもしれない、という深刻な現象仮説がある。私たちは、すでに「21世紀の人類の危機」に突入しているといえる。疫病や経済危機から人為災害スパイラルは、さらなる人為災害である「大規模な戦争」に向かう可能性が高まっている。

    日本の「コロナ死者数は10万人超」 衝撃の推計

    COVID-19パンデミックによる過剰死亡率の推定:COVID-19関連の死亡率の体系的分析、2020–21

    ■2月24日にロシアによるウクライナ侵攻がはじまったが、世界的な経済危機や戦争ははじまったばかりであり、第三次世界大戦のプロセスと言える「陣営グループ分け」が本格的にスタートした地域戦と捉えられる。すでに核戦争危機が発生しているが、全面核戦争に発展しない限り、新冷戦や第三次世界大戦の陣営グループ分け本格化した年ではないだろうか。新冷戦から、本格的な第三次世界大戦への準備の過程で「キューバ危機の再来」は、繰り返し発生すると思われる。「非対称大量破壊兵器による、複雑化した複数国による、新たなキューバ危機」も予測される。新型コロナパンデミック環境によって、2月24日より21世紀の人類の危機がスタートしたのかもしれない。

    ウクライナの危機は歴史の危機です

    プーチンがそうであったように、ヨーロッパにとってさらに不安定になる可能性のあるロシアの専制政治が、将来にあるかもしれません。第一次世界大戦の恐怖がナチスドイツの悪夢を生み出した後の懲罰的な平和。ロシアは急激に衰退しています。私たちは事実上、ソビエト連邦の第二崩壊を見守っています。ロシアが崩壊するときの危険に注意してください。

    ウクライナ戦争は、より破滅的な紛争が来るための単なるリハーサルかもしれません。それは1904年から1905年の日露戦争の場合でした。世界はロシアがすぐに勝利を収めると想定していましたが、そのパフォーマンスの低さは、皇帝君主制の崩壊を予見し、多くの点で第一次世界大戦の前兆でした。1914年の最も恐ろしい特徴の多くは、1905年に試運転されました。

    ■ワシントンポスト紙コラムニストのイグネイシャスは、2月8日付け同紙掲載の論説‘The crisis in Ukraine is one for the history books’において、ウクライナ危機は、将来専門家達による事例研究のひとつになると言い、上記の中露共同声明はケナンのソ連封じ込め戦略の中露版と考えることもできる、ウクライナを巡る対立は「逆キューバ危機」である、などと指摘している。その通りであろうと思われる。目下のウクライナ危機は、それほど歴史的な意味合いを持っている。

    「逆キューバ危機」と言えるウクライナと中露共同声明

    絶望的なプーチンはこの危機を、世界大戦に向けてエスカレートさせる可能性が高くなる可能性があります。ウクライナ戦争の最も不気味な副産物は、核兵器の有用性の実証です。ロシアには4,000発の核兵器があるため、NATOは飛行禁止空域でこの戦争に直接介入していません。そして正直に言うと、もしウクライナが1994年に核兵器を保有していたら、米国が武装解除を迫ったとき、プーチンは侵略しただろうか?疑わしい。教訓はイラン、サウジアラビア、北朝鮮で失われることはありません。この戦争は、歴史上最大の核拡散を世界に実現してしまう可能性をもつ。

     

    ■一部の専門家は彼の演説を身も凍るような兆候と見なした。モスクワを拠点とする政治アナリストのアンドレイ・コレスニコフ氏はツイッターで、「プーチンはオーウェル的なやり方で、ロシア市民をきれいなものと汚れたものに分けた」と述べた。ワシントンのブルッキングス研究所のシニアフェローであるコンスタンツェシュテルツェンミュラーは、プーチンの演説を、2004年の映画「ダウンフォール」のバンカーからのアドルフヒトラーの架空のティレードと比較しました。

    プーチンはロシアのオリガルヒのために、特殊な怒りを表現しました。その多くはクレムリンの億万長者であり、旧ソビエト連邦の彫刻で財産を築き、現在はその多くを西側のヨットやその他の贅沢品に費やしています。それらのいくつかは最近、プーチンの戦争から距離を置いた。プーチンは、具体的に誰かを指名することなく「マイアミまたはフレンチリビエラに別荘を持っている、フォアグラ、カキ、またはジェンダーの自由なしでは成し遂げられない」「国民の裏切り者」に言及しました。

    彼らの「卑劣な精神」が「彼らの心の中で、ここでは私たちの人々やロシアとではなく」西洋的すぎると批判した。プーチンの脅威は、彼が追い詰められるにつれて、国内外で増大します。水曜日に彼に反対するロシアの「スカムと裏切り者」に対する彼の暴言を見るのはぞっとしました。地球上のすべての合理的な国の諜報機関は、プーチンが厄介ないじめっ子から大量殺戮者に移る前に、プーチンの最期の影響力を、減少させる方法を検討する必要があります。

    「裏切り者」ウクライナへの圧力の下で、プーチンはロシア人に怒りを向ける

     

    ■プーチンがヒトラー最期の心理・精神状態に近いのではないかとの指摘。追い詰められたヒトラーが核兵器開発に成功していたら、積極的に使用したであろう。1945年4月22日の精神状態ならヒトラーでもプーチンでも核兵器を積極的に使用したかもしれない。しかしプーチンが勝利への合理性を有している場合は核兵器使用はないと思われる。よって、米国はプーチンを1945年4月22日まで追い詰めてはいけない。ヒトラーと違い、プーチンには「核兵器」が残されているからだ。

    (独裁者が軍の指導者に叫び、ドイツ全土を臆病者の集団として非難し、ベルリンから逃げるのではなく自殺すると発表したシーン)ヒトラーの自殺の8日前の4月22日の午後にバンカーの地図室で行われた3時間のブリーフィングでした。赤軍はベルリンの郊外に到着し、ヒトラーは、SS将軍フェリックスシュタイナーの指揮下にあるほとんど架空の戦闘グループがロシア人を押し戻すことができるという考えに固執していました。ヒトラーが反撃が行われなかったと言われたとき、彼は明らかに怒りに爆発し、あらゆる方向に命令を発し、戦争が失われたことを発表した。

    バンカーでのヒトラーの最後の日々を再考する

     

    ■新冷戦時代は中立国地域の熱い戦争の頻発が予測される。ロシアのウクライナ制圧後に想定される悪夢のシナリオ「岡崎研究所」 ロバート・ケーガンによって描かれた悪夢のシナリオは、衝撃的である。

    ロシアのウクライナ制圧後に想定される悪夢のシナリオ

    彼が論説の末尾で述べた戦略的・地政学的な変動とは、ロシアの軍事的復活と米国の影響力の衰退を反映した欧州地域と、東アジアと西太平洋における中国の勢力拡大が相俟って、現在の国際秩序が破壊され、世界的な無秩序と紛争の時代が始まる、というものである。

     

    ■ロシアが核を使用する可能性はあるのか、原子力発電所を占拠したのはなぜか、ウクライナへの軍事侵攻が今後の核軍縮にもたらす影響などについて話した。

    日本記者クラブ「ウクライナ」秋山信将・一橋大学大学院教授

     

    【追伸4月9日: 「日本の生き残り」①国防安全保障(自主防衛=早期核武装)②食糧エネルギー安全保障③経済安全保障】

     

    ■2022年以降、日本の自主防衛=核武装 2022年、日本の言論人、知識人の発言をレコードする。参院選前に自主防衛と核武装のアンケートを。現在の政党と国会議員、地方議員の国防安全保障の立場をアンケートからレコードすべし。2022年の日本人の自主防衛と核武装の判断で、日本の長期国家主権の維持が決定。日本の短期、中期、長期の政治経済の予測。短期は困難と苦しみ。中期は経済復活の可能性があるが、「自主防衛=核武装」なしで長期の国家存続は不可能である。

     

    よって、2022年の自主防衛=核武装議論は、日本の最優先重要政策テーマである。現在から参院選選前まで国民議論になるか?少なくとも2025年までに核武装を実行できない場合、日本は自主防衛=核武装は永久にできなくなる可能性が高まる。近代国家成立や太平洋戦争敗戦のタイミングと同様であり、日本の戦後は永久に維持され、近代化に失敗した、19世紀清朝末期のようになってしまう。

    没落の継続から植民地、国内混乱や内戦を経て、孫文、蒋介石、毛沢東などによって国家が形成されはじめ、経済の近代化は、1980年代になり鄧小平よって、近代国家の経済がスタートした。清朝末期に国家主権が没落しはじめ、崩壊し、植民地から国家主権の回復、から近代国家の経済回復まで、180年以上、国家混乱から崩壊、主権回復から国家経済回復まで、日本の明治維新の成功を横目に、中国は近代化に失敗し、130年も国家主権回復の遠回りをし、180年間、近代国家の経済に到達できず、近代化の失敗によって180年の国家崩壊と混乱の地獄の時代に突入したのである。

    歴史的には国家主権回復もできなかったかもしれない可能性もあった。中国のように180年、いや、何百年に及ぶ、国家没落、崩壊、植民地、混乱、という国家主権の脆弱化や喪失の危機である。「自主防衛=核武装」この決断ができない場合、日本国民は何百年もの、地獄に突入する国家危機が目前に迫っている。

    清朝末期から鄧小平があらわれるまでの200年の国家主権状態から、地獄の時代を歴史考察すべきタイミングである。日本の国家主権が脆弱化から喪失への可能性が高まっている。2025年までに、日本の国会や閣議において、自主防衛=核武装が決定実行されない場合、日本は国家維持ができず、地獄の時代に突入し、何百年収束できるか、できないか不明であり、主権の復活ができない国家も、歴史的には想定内の現象である。(ザックリな流れ)

     

    ■「日本の国家主権やナショナリズム」概念再構築の必要性について(今後、多くの有効概念が、新ナショナリズムとして発掘されていくに違いない)ナショナリズムの概念は、より広義で有益である認識が必要。近代国家の存続にとって「一定のナショナリズム」は必要不可欠なものである。戦後のネガティブなナショナリズム概念のままでは、日本の生き残りは不可能である。以下の「清朝と近代世界」からは、明治維新と同様のナショナリズムと国家主権が読み取れる。

    アヘン戦争敗戦後の清朝に関しては、近代化を志向しつつも挫折し衰退していった、時代遅れの腐敗堕落した王朝、という印象が強いと思う。本書はそのような通俗的イメージの打破を図ったもので、アヘン戦争後の清朝の勢力回復を説く。1860年代以降、清朝はイギリスとの関係を安定させて、諸反乱も次々に鎮圧、1870年代から80年代にかけては周辺地域への影響力を強め、列強諸国とも激しく渡り合った。清朝は列強から一方的に侵略される存在ではなく、欧化政策と老練な外交交渉によって体制の立て直しに成功していた、というのだ。要するに、清朝は西洋中心の国際秩序を受け容れ、また彼等の科学技術を採り入れるという自己変革を遂げることで近代世界に参入したのである。したがって筆者によれば、清朝末期はもはや「前近代」ではなく、「中国近現代史」の一部ということになる。(レビューより)

    清朝と近代世界――19世紀〈シリーズ 中国近現代史 1〉 (岩波新書)

     

    【明治以来の外発的近代化による素朴な近代国家から、内発的近代化への道程は、知識人の内的近代化によって始まる。地政学的危機に巻き込まれる前に、国民国家の本質的な再近代化によってのみ、立法や政策議論が有効となり、日本の生き残りが可能となり得る。内発的近代化による一定のナショナリズム再構築によってのみ、没落から滅亡が回避できる】

     

    ロシア・ウクライナ戦争からの世界的食糧危機と日本の食糧安全保障

     

    過去30年間、米農務省の農業環境国立研究所の所長として、こうした事象を研究してきたジェリー・ハットフィールド氏は、世界のいくつかの地域で危険な兆候が見られると述べている。「今年、世界の穀倉地帯のどこかで気候変動が起これば、壊滅的な打撃となるでしょう。2008年や2012年とは比べものにならない規模となります。われわれはおそらく、世界的な規模の食料生産ショックを経験することになるでしょう」と氏は警告する。「食料システムが直面している最大の脅威は、肥料取引の崩壊です。小麦の影響が及ぶのは数カ国ですが、肥料問題は世界中のあらゆる農業従事者に及び、小麦だけでなく、すべての食料生産を減らす恐れがあります」

     

    2022年、ウクライナ危機が勃発し、小麦をはじめとする穀物価格や原油価格、化学肥料の原料価格などの高騰が増幅され、最近、顕著になってきた食料やその生産資材の調達への不安に拍車をかけている。

     

    ロシアとウクライナで世界の小麦輸出の3割を占める。日本は米国、カナダ、オーストラリアから買っているが、代替国に需要が集中して争奪戦は激化している。

     

    「食料を自給できない人たちは奴隷である」とホセ・マルティ(キューバの著作家・革命家)は述べ、詩人・彫刻家の高村光太郎は「食うものだけは自給したい。個人でも、国家でも、これなくして真の独立はない」と言った。

     

    はたして、2020年度の食料自給率が37.17%(カロリーベース)と、1965年の統計開始以降の最低を更新した日本は独立国と言えるのかが今こそ問われている。不測の事態に国民を守れるかどうかが独立国の最低条件である。

     

    食料自給率が過去最低となった日本の今そこにある危機

     

     

    以下の記事は、ウクライナ侵攻前の、2021年11月のものである。

    国連WFP、深刻な飢餓が急増し大惨事が迫っていると警告

     

    ロシアによるウクライナ侵攻によって、世界の食糧危機の深刻化が深まった。国連世界食糧計画(WFP)のトップは3月29日、ウクライナでの戦争が「第2次世界大戦以来、目にしたことのない」大惨事を地域の農業と世界の食糧・穀物供給にもたらしていると警告した。

     

    「大惨事に大惨事が重なっている」。WFPのデイビッド・ビーズリー事務局長は国連安全保障理事会の会合でこう述べ、ウクライナは世界の穀倉地帯からブレッドライン(パンの配給を受ける人々の列)に変わったと付け加えた。「このようなことが起こりうるとは、私たちは夢にも思わなかった」

     

    都市部のロックダウンで多くの出稼ぎ労働者が行動を制限され、農村部の作付けに戻れなくなっている。仮に戻れたとしても、14日間の隔離期間を経なければ作業に取りかかれないのである。

     

    このようにして、コメやトウモロコシなど春に作付けする穀物の生産量が減少すれば、中国は穀物調達のため海外からの輸入拡大を強いられる。それは、新型コロナウイルス問題や、ウクライナ問題によって既に高められている食料インフレの傾向を、さらに加速させてしまうだろう。

     

    それは多くの国で一段の物価高を生じさせ、家計への打撃となる。さらに低所得国では深刻な食料不足問題を生じさせる可能性もあるだろう。中国の「ゼロコロナ政策」は、このような経路でウクライナ問題と結びつき、世界経済の問題をより複雑にしているのである。

    中国ゼロコロナ政策が世界経済のリスクに。ウクライナ問題と結びつき世界の食料問題にも

     

    インド・インドネシア、東南アジア、アフリカなど、世界人口の80%以上の国々。ここでの途上国、新興国の範囲は、世界人口80億人の83%(66憶人)が住む低所得国および中所得国(LMIC)とする。飢饉のプロセス理論:脆弱性の観点から【飢饉は人為災害である】

    社会保障制度基盤のない途上国(新興国)で失業と貧困拡大。「飢饉に対する脆弱性」とはインド、東南アジアから世界中の途上国(新興国)地域に拡大する経済危機と貧困拡大である。コロナ禍前であっても、世界の飢餓の50%はアジアに集中していた。

    21世紀の人類の危機「2022年以降、世界恐慌と第二次世界大戦の蕩尽規模を凌駕する人為災害スパイラルが発生」「日本は戦後最大の閉塞感へ」

     

    経済安全保障だけでなく、すべての安全保障の基盤である「財政論」について

    日本はコストプッシュ型インフレーションへ、恐慌より複雑な経済危機であるスタグフレーションへ突入。「経済安全保障としての財政論」「最も重要な安全保障政策としての財政論」積極的財政は恐慌から、スタグフレーションにも有効である。財政論こそ、日本経済と、すべての安全保障議論の基盤であろう。

    激突!「矢野論文」バラマキか否か 小林慶一郎vs.中野剛志

    最も重要な安全保障政策として、財政論のパラダイム変容が必要。現在、財政天動説から財政地動説への変容期である。国防安全保障や食糧エネルギー安全保障の基盤となる積極財政論こそ、現代日本の経済地動説である。

    「高橋是清の経済政策と現代への教示」責任ある積極財政を推進する議員連盟 第1回勉強会 令和4年2月24日

    ■日本は、デフレの回避という、マクロ経済運営の基本中の基本にすら失敗してきた国である。そのような国は、戦後、どこにもない。日本の経済学者や経済政策担当者の水準は、先進国中、最低と言ってよい。そんな日本が、デフレの脱却すらできないままに、スタグフレーションという複雑な困難に巻き込まれて、果たして耐えられるのか。耐えられなければ、このスタグフレーションは、日本経済にとどめを刺した現象として、歴史に記録されるであろう。(日本経済を壊滅させる「スタグフレーション」に警戒せよ)

    ■カントの「純粋理性批判」から、自身の哲学がものごとのとらえ方を逆転させた「コペルニクス的転回」と呼ばれる。日本の財政論に「コペルニクス的転回」が起こらない場合、日本は天動説と伴に、経済復興や回復が不可能となり、経済没落は永続するしかない。経済没落が止められない場合、日本のすべての安全保障がおろそかとなる。(予算が足りない)財政論の「コペルニクス的転回」は、日本のすべての安全保障の基盤である。

    日本のコペルニクス、ケプラー、ガリレイは一貫して劣勢であり、クラウディオス・プトレマイオスの地球中心説(天動説)が、圧倒的優位にある。プトレマイオス天動説の支配から、財政論に「コペルニクス的転回」が起こるか、起こらないか?である。日本の天動説が維持される場合、日本は、人為災害や自然災害にも対応できず、没落から滅亡(崩壊)にむかう可能性が高まる。「日本の生き残り」は財政論の「コペルニクス的転回」によってのみ可能であるとも言える。

     

    日本の国防安全保障【自主防衛=核武装】について

    「当面、日本の安全保障に日米同盟は不可欠だとしても、米国に頼りきってよいのか。米国の行動はどこまで信頼できるのか。こうした疑いを拭えない以上、日本は核を持つべきだと私は考えます」

    ミアシャイマーの指摘でもう一つ重要なのは、ウクライナの加盟でNATOが国境にまで迫ること自体が、ロシアにとって存亡に関わる「死活問題」だ、ということです。ここから彼は、ロシアは米国やNATOよりも決然たる態度でこの戦争に臨み、いかなる犠牲を払ってでも勝つだろう、と結論するのですが、この点は間違っていると思います。というのも、このウクライナ問題は、米国にとっても「死活問題」になりつつあるからです。

     

    ロシアの侵攻は、米国主導の国際秩序を揺るがしつつあります。これに衝撃を受けた米国は、直接的な軍事介入以外のあらゆる手段を用いて、ロシアの侵攻を止めようとしています。もしこれで米国がロシアの勝利を阻止できなかったら、米国の威信が傷つくでしょう。

    米国は、軍事と金融の覇権を握るなかで、実物経済の面では、世界各地からの供給に全面的に依存する国ですが、このシステム全体が崩壊する恐れが出てきます。ウクライナ問題は、米国にとっても、それほどの「死活問題」なのです。ここが、ミアシャイマーの見誤った点です。

    エマニュエル・トッド 日本核武装のすすめ 米国の「核の傘」は幻想だ

    『核共有』という概念は完全にナンセンスです。『核の傘』も幻想です。使用すれば自国も核攻撃を受けるリスクのある核兵器は、原理的に他国のためには使えないからです。中国や北朝鮮に米国本土を核攻撃できる能力があれば、米国が自国の核を使って日本を守ることは絶対にあり得ません。自国で核を保有するのか、しないのか。それ以外に選択肢はないのです。

    春名幹男×宮台真司×神保哲生:核戦争と第三次世界大戦の可能性が高まっていると考えられるこれだけの理由

    ■2022年、人為災害スパイラルが、エスカレーションへ、途上国の経済危機、先進国でもエネルギーと食料問題とインフレ拡大、中国でも、コロナ禍パニック。世界的な経済危機の地域拡大、食糧とエネルギー危機の拡大によって、人為災害スパイラルが急加速する可能性が高まっている。

     

    国内混乱から、戦争への経路が複数発生し、エスカレーションと複数化によって、大量死が繰り返される可能性が高まっている。中国や米国やヨーロッパ内の混乱拡大は、直接の第三次世界大戦の危機となってしまう。

     

    米国の復権・復活のため、新冷戦と第三次世界大戦の準備。核保有国以外の地域が戦場に。最初の危機は、世界人口80%を占める途上国・新興国に置いて、米中露NATOの代理戦争へ。

     

    米国は、自身の崩壊を回避させるために、世界を不安定化させ、戦場とする政策を推し進める可能性がある。米国の所得格差をはじめとする国内問題が、世界を混乱や戦場へと導いている。

     

    各種の陰謀論の根拠も若干は存在するかもしれない。しかし、現在の世界的な危機状況は、米国も中国もロシアも、金融資本家も、ネオコンであれ、誰であれ、正確に予測した者は皆無であり、むしろ「想定外の急激な危機拡大」との認識が多いと思われれる。歴史危機は、いつでも想定外であり「まさか」の繰り返しである。第一次世界大戦も第二次世界大戦も同様であった。

     

    ■ブレマーは、いまの事態を〝キューバ危機2.0〟と呼んで、核戦争の可能性に言及した。「キューバ危機」とは、旧ソ連が1962年、米国の鼻先であるキューバに攻撃用ミサイルを持ち込んだ事件だ。核戦争の瀬戸際だったとされる。米国のケネディー大統領と旧ソ連のフルシチョフ首相の秘密裏の交渉によって、旧ソ連はミサイルを撤去した。

    「どんな政治的決断においても、今後は核の対立の可能性を考慮しなければなりません。世界大戦の可能性はある。本当に弱ってしまう。ポストモダンとかグローバリゼーションでもない。80億人の人間の命がかかっている」

     

    ■1995年の小川和久氏の記事である。米国にトランプ政権が、誕生する前であり、ウクライナ侵攻も想定されていない時代。7年前であれば、正論と思える。また、米国の東アジア覇権が、長期間にわたり維持される場合、現在でも、有効な議論であると思える。

    米国覇権の維持が前提となっている。米国の崩壊や、東アジアにおける、米国撤退は想定されていない。日本の自主防衛が「国の経費」としてのみ分析できた豊かなグローバリズム時代であった。

    「日本核武装論」は机上の空論である。

    【しかしながら、いわゆる「日本核武装論」をリアリズムの観点からながめると、「ナンセンス」としか言いようがない。設問自体が根拠のない一般論でしかなく、成り立たないからである。】

     

    【臨時追伸 4月14日 バルト海に、21世紀最初のキューバ危機の可能性高まる】

    ■2022年2月初旬、スカンジナビア半島にて、キューバ危機再来のブログを書きましたが、偶然の一致であり、以前から、核攻撃軍事演習のニュースが多い地域でした。早ければ、この2週間でキューバ危機の再来に至る可能性が高まっています。スウェーデンやフィンランドが北大西洋条約機構(NATO)に加盟した場合、ロシアは核兵器や対空システム、軍艦、歩兵部隊をバルト海地域に展開する可能性がある。メドベージェフ安全保障会議副議長が14日ソーシャルメディアのテレグラムに投稿した。フィンランドは2週間後にNATO加盟の決断をする。

    ロシア、バルト地域に核配備も-スウェーデンなどNATO加盟なら

     

    21世紀の最初のキューバ危機の名称は【バルト危機】か【カリーニングラード危機】か【フィンランド危機】

    ■フィンランドとスウェーデンがNATO加盟意志を公表した。ロシアはバルト海に核の持ち込みに言及した。バルト海には、ロシアの飛地【カリーニングラード】がある。6年前の2016年からはカリーニングラードに近代的な核兵器準備を進めてきた可能性がある。ヨーロッパでキューバ危機再来なら、最有力と思われる。フィンランド、スウェーデン、ポーランド、ドイツなどの都市に、極超音速ミサイル使用なら5分で到達と言われ、バルチック艦隊の母港でもある。2016年からキューバ危機再来の用意周到な準備をしていた可能性がある。欧米メディアは、4月15日現在、以下ニューズウィーク誌のように、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟に、キューバ危機の文字はまだ記されていない。

    フィンランドのNATO加盟はプーチンに大打撃──ウクライナ侵略も無駄骨に

    ■現在のロシア・ウクライナ戦争の本質は、「米露戦争」であり、「米中覇権戦争」に発展する可能性がある(第三次世界大戦)フィンランドとスウェーデンのNATO正式加盟に、数ヶ月から1年間と、どの程度の時間で正式承認されるか不明である。バルト海のカリーニングラードからキューバ危機再来なら、スウェーデン、ポーランド、ドイツなどの都市のみならず、核恫喝の攻撃目標を、日本、フランス、英国、米国。最終的には、米国の大都市の名称が加わり、キューバ危機1962年10月27日の【暗黒の土曜日】にまで、核恫喝が相互にエスカレーションへ向かってしまう危機道程の入口とも思える。ウラジミール・プーチン大統領は、ミサイル開発分野では、少なくとも10年以上前から、キューバ危機再来を着々と準備してきたようにも観える。4月のフィンランドとスウェーデンNATO公式加盟検討の発表とロシアの反応から、米国もキューバ危機再来の危機レベルを、本格的に、「1962年10月26日午後10時にDEFCON2」への方向に、危機管理体制を水面下で、より高いレベルの全面核戦争準備を指示した可能性が高いと考える。

    ■米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は14日、ロシアが核兵器を使う可能性を「軽視できない」と述べた。ウクライナ侵攻が計画通りに進んでいないロシア軍が戦局打開を狙うおそれがあるとの認識がある。一方、実際に核兵器を配備している証拠は「あまり見られない」とも語った。ロイター通信が報じた。

    米CIA長官、ロシア核使用の可能性「軽視できず」日本経済新聞

     

    ■ウクライナ露戦争で、私達は、好むとこのまざるとに関わらず、どちらにしても不愉快な選択をしなければならない(チョムスキー)

    チョムスキー「プーチンに“逃げ道”を用意しなければ、世界は想像を絶する悲劇を迎える」

    米国の中でも、ユダヤ人の中も、決して一枚岩ではなく多様な議論が存在する。ネオコンを支援する勢力、批判する勢力、Qアノンのような勢力から、急進派反米リベラル勢力まで多様である。よって米国も各勢力もゆれており、立場の変容も多い。その意味でリアルポリティクスでは単純な陰謀論は成り立たない。以下はリベラルで反ネオコンと言われているチョムスキーへのインタビュー。彼の立ち位置をそのまま肯定はできないが、有用な世界認識も含まれている。

    Noam Chomsky and Jeremy Scahill on the Russia-Ukraine War, the Media, Propaganda, and Accountability(YouTubeなので日本語設定可)

     

    ■モスクワ国立大学国際機関・世界政治過程学部長のアンドレイ・シドロフは次のように答えた。「攻撃するなら、イギリスよりもアメリカを標的にすべきだろう。最終的な決断を下しているのは、ロンドンではなくワシントンだ。本当の意味での欧米の中心を攻撃したいなら、ワシントンを狙うべきだ」

    「どうせいずれは皆死ぬ」「それでも我々は天国に行ける」ロシアTV、核攻撃前提のプロパガンダ?

    『日本がウクライナになる日』の刊行にあたり、 同書の著者・河東哲夫氏と小泉悠氏が緊急対談

     

    ■ロシアのプーチン大統領は27日、ウクライナでの軍事作戦に関し、第三国が脅威を与えようとした場合は「電撃的な対抗措置を取る」と警告した。「ロシアは他国にない兵器を保有している。必要なら使う」として、核兵器使用も辞さない構えでウクライナへの軍事支援を強める欧米を強くけん制。カービー米国防総省報道官は27日の記者会見でロシア側の姿勢を「無責任だ」と批判した。

    プーチン大統領、核使用を警告(共同通信)

     

    ■ふってわいたようなプーチンのがん手術とその延期。①本当に癌手術の場合の危機②手術がフェイクの場合の危機。どちらにしても、キューバ危機再来の危機に至る可能性がある。通常戦においてロシアの敗北は確定に向かっている。米国をはじめ世界のインテリジェンスは楽観主義におちいっていないだろうか?①②どちらであっても、ロシア戦勝記念日5`9後日に行われる予定の手術日程に、特にフォーカスする必要がある。どちらであってもキューバ危機再来や米国など先進国への核恫喝と核攻撃を意識すべき。米国のインテリジェンスはどこまで把握し想定しているか不明。現在、リークは限定的と思われる。ロシアの核攻撃準備体制の微変化を慎重に扱っているはずであり、ロシアにたいして、その兆候をもって、常に逆核恫喝を継続しているはずである。

    プーチン大統領ガン手術で指揮権を一時手放す?後任に元連邦保安局長官…政権内に権力の空白が生じて大丈夫なのか

    ロシアは限定的な戦術核兵器ではなく、米国やNATO大都市にむけて、戦略核兵器使用の全面核恫喝を行う可能性もある。米国政権中枢に、世界の命運がかけられている。手術日にプーチン大統領は地下要塞に籠るか、全面核戦争体制のIl-80(イリューシン80)ロシアの空中指揮機に搭乗するか、それとも本当にオペルームに入るか、プーチン大統領が一定期間消息不明となり、【1962年10月26日午後10時にDEFCON2】米国の全面核戦争準備体制に移行する兆候に注目する必要がある。癌手術が成功し戦争の長期継続なども想定できるが、偶発的な核戦争や事故発生が高まる可能性もある。また、ウラジーミル・プーチンの最期の闘いに巻き込まれる可能性もある。

     

    ■ヘーゲルは言った「経験と歴史が教えてくれるのは、民衆や政府が歴史から何かを学ぶといったことは一度たりともなく、また歴史からひきだされた教訓にしたがって行動したことなどまったくない」

    無血でソ連を崩壊させたレーガンと他国の流血によりロシアを潰したいバイデン そのとき中国は?

     

    ■「米国は崩壊か革命か戦争か」の問題提起を以前のブログでしていました。ウクライナロシア戦争によって、どの勢力がどの程度関与したかは将来の歴史学者にまかせるとして、米国は崩壊ではなく、革命でもなく、戦争を選択しました。よって第三次世界大戦に発展するか、よくて新冷戦に至る。米国はグローバリズムや世界平和より、国益としての戦争の連続と新冷戦を選択した。国益として崩壊や革命を避け、戦争と新冷戦の世界をスタートさせた。ロシアとのキューバ危機再来を、やり過ごすことができれば、米国覇権縮小の回避や一時的に覇権復活も目指す。

    近代の終焉と新オリエント時代「21世紀の人類の危機は2つの蕩尽現象」「米国は崩壊か革命か戦争へ」

     

    ■ロシアがウクライナで戦術核兵器を使用しても米国は核兵器で対応しない可能性がある。またウクライナ側が通常戦をあきらめず、ロシア政権存続の危機に陥る可能性がある。その場合ロシアは2回目3回目の戦術核兵器の恫喝だけではウクライナ側をおさえられないと判断した場合、核恫喝を米国に変更し、戦略核兵器による核恫喝、キューバ危機の再来にエスカレーションする可能性がある。全面核戦争前夜によって、米露の交渉によってのみウクライナの攻勢を止められる可能性があるからだ。ロシアが唯一有利に終戦停戦交渉に至る方法である。

     

    ■「この戦争の最大の勝者は中国だ」ウクライナ危機で東アジアに異変…世界屈指の政治学者が指摘する“米国のミス”

    J・ミアシャイマー「この戦争の最大の勝者は中国だ」プーチンが核ボタンを押すまで終わらない

     

     

    「21世紀の人類の危機」全面核戦争を回避する米中露NATOによって、途上国・新興国地域で米中覇権の代理戦争が拡大。世界的経済危機から新冷戦と第三次世界大戦など、世界大戦規模の戦争や大飢饉などの人為災害が繰り返される。

     

    ■ミュンヘン会談よりキューバ危機

    「プーチンは、かつてのソ連やロシア帝国の復活を目論んでいて、東欧全体を支配しようとしている。ウクライナで終わりではない。その後は、ポーランドやバルト三国に侵攻する。ゆえにウクライナ問題でプーチンと交渉し、妥協することは、融和的態度で結局ヒトラーの暴走を許した1938年のミュンヘン会談の二の舞になる」──西側メディアでは、日々こう語られています。 これに対してミアシャイマーは、この見方は間違っていると言っています。歴史のアナロジーで言えば、「ミュンヘン会談」よりも、ソ連がキューバという“アメリカの裏庭”に核ミサイルを設置しようとして、アメリカがこれを許さなかった1962年の「キューバ危機」になぞらえるべきだ、と。

     

    ■今、人々は「第三次世界大戦に向かっている」と話していますが、「我々はすでに第三次世界大戦に突入した」と私は見ています。「我々はすでに第三次世界大戦に突入した」エマニュエル・トッドが指摘した世界戦争を激化させる“アメリカの無責任”

     

    ■パンデミック、ウクライナでの戦争、食料安全保障への脅威、そして世界的な貧困の復活。熱波、干ばつ、およびその他の異常気象。これらはランダムなショックではありません。また、従来の意味での完全な嵐、悪い出来事の1回限りの組み合わせでもありません。代わりに、地政学的、経済的、実存的という永続的な構造的不安の合流点に直面し、それぞれがお互いを強化しています。私たちは完全に長い嵐に突入しました。Confronting a perfect long storm IMF

     

    ■「世界経済見通し」は、インフレ率が高止まりすれば、前回のスタグフレーションの解消の過程が繰り返されて、一部の新興・発展途上国での金融危機の発生を伴った世界経済の急激な下降局面が生じる可能性を指摘している。新興・発展途上国では、成長率は2021年の6.6%から2022年は3.4%に低下する。2011‐2019年の平均である4.8%を大きく下回る。経済成長急減速、新興国・途上国スタグフレーションリスク

     

     世界経済は脱グローバル化の進行は止まらない「バフェット指数」や、ロバート・シラー教授の「CAPE」他、株高が過剰である指標がすでに多く顕在化している。株価高騰を支えた超低金利と過剰流動性の解消が同時に進む。それはいまだかつて世界中の投資家が未経験の経済現象。米JPモルガンのジェイミー・ダイモンばかりでなく、7月には世界中の投資家が金融経済のハリケーンに備えることになる。その後も金融経済と実体経済の混乱が継続され、数年後には世界恐慌以来の大不景気(世界的経済危機)に陥っていることが認識されるかもしれない(1929世界恐慌の暗黒の木曜日から、未曾有の経済危機と認識されるまで3-4年の時間が必要であった)各国は、今後予測される失業率急増に対して、実質的な政策準備が必要である。

     

    ■経済危機が回避できない大きな要因。新しい時代の産業変化によって、産業革命からの資本主義において、あたらしい産業によって構造的に、新産業の雇用全般が拡大しない特徴をもっている。歴史的には新しい産業によって古い産業は衰退し雇用は縮小するが、新しい産業によって、より大きい雇用が同時に創出されてきた。すでに20世紀前半以上の格差が発生しているが、21世紀の新しい産業は、古い産業の雇用は縮小させるが、新しい雇用が拡大しない産業構造をもっている。これが今後各国での失業率拡大を停滞させる要因であり、先進国における世界的経済危の深刻さの一因である。よって経済危機や大不況の停滞には全体主義や戦争経済による格差是正や雇用創出の方向が濃厚となる。また20世紀前半の経済危機は「恐慌」がメインであったが、21世紀は「スタグフレーションと恐慌とインフレ」という複雑な経済危機であり、1930年代の世界恐慌より、はるかに広い世界地域に複雑、広範囲、深刻な世界的経済危機である。また、かつてないほどの食糧危機とエネルギー危機が世界同時に発生する。21世紀の経済危機の深刻度は世界大恐慌を多くの意味で凌駕する。

     

    ■トマ・ピケティは現在の世界経済を、戦間期の世界恐慌直前の米国より、はるかに所得格差が拡大している経済である、と指摘しています。世界恐慌直前、ジョセフ・P・ケネディ氏は、靴磨きの少年が株式投資の話をしたことから、株式相場の異常を察知した。2022年現在は1929年当時以上の投資投機ムーブメントが再来している可能性がある。世界恐慌のような世界的経済危機がスケールアップしてはじまる可能性が高い。単なる米国リセッションやリーマンショックのような金融危機ではなく、1929年からの世界恐慌が大規模に、より深刻な世界的経済危機に突入する。

    多くの国で、かつてない金融危機から失業率の高止まりが、かつてない水準で停滞する。途上国ばかりでなく、先進国も時間差で、全体的主義や内戦や対外戦争に突入する。局地戦争の勃発と拡大から、第三次世界大戦、第四次世界大戦など、20世紀前半のように世界大戦が短期に繰り返される可能性がある。数十年以上に渡り、世界各国で戦争が継続・頻発する可能性がある。21世紀の人類の危機は、かつてないスケールの世界的経済危機から、局地戦争が頻発・拡大し、世界大戦が繰り返される可能性がある。世界大戦が繰り返される中、最大の大量死は大規模な飢饉の拡大である。疫病、世界的経済危機、戦争、飢饉が大復活し、「21世紀の人類の危機」はかつてない規模の大量死が繰り返される可能性がある。

     

    ■6月11日、ロシア下院のヴォロディン議長は、ロシアに対し友好的な国による「新G8」を提唱している。そのアイディアはUS policies led to ‘new G8’(アメリカの政策が新G8を導いた)に詳述されている。要するに「アメリカが対露制裁などによって新G8結成のための条件を自ら作り出した」というもの。その新G8として「中国、インド、ロシア、インドネシア、ブラジル、トルコ、メキシコ、イラン」ロシアと、対露制裁に参加していない8カ国の実質GDP(購買力平価PPPを加味した補正値)の合計は、G7のそれを24.4パーセント上回っていると例示し、アメリカは自らの経済力を背景に世界の緊張を高めていると批判した。ロシア「新世界G8」の提唱

     

    ■ロシアとウクライナ戦争は長期化の模様だが、中国が簡単に台湾に侵攻するとは思えない。人民解放軍が台湾に上陸するために十分な通常兵力が整うのに10年から15年以上の時間が必要である。日本に対しても同様に、全面的な侵攻にはまだ準備時間が必要である。

    今後の戦争拡大は①途上国・新興国地域(中東、中南米、アフリカ)であり、②核武装以外の国や地域であり、世界は親米、親中、中立と色分けがすすみ、ヨーロッパもアセアンも、いずれ分裂の危機が発生する可能性がある。核武装していない国で、かつ米中覇権で、代理戦争の最終決戦地の候補、最も重要な地域は日本と韓国ではないか。全面核戦争や米中の本土決戦を回避するなら、日本や朝鮮半島が最期の戦場となっても不思議ではない。また次回の世界大戦も、ヨーロッパで勃発する可能性が高い。

    東アジアの日本や朝鮮半島が戦場になるまえに、東南アジア地域が戦場になる可能性が高い。米国側として軍事的に鮮明な態度を取り始めたオーストラリアと新G8に指名されているインドネシア。昨年インドネシア軍が潜水艦事故を起こした際は、米国でもオーストラリアでもなく、結局実際に救助したのは中国軍の潜水艦であり、インドネシアはメディアにおいて中国を熱烈歓迎した。またバリ島においても中国軍関係者は優遇された。ロンボク海峡の海底調査を中国は救助を名目に、十二分に達成できたのである。インドシナ半島や南シナ海ばかりでなく、インドネシアとオーストラリアの間である、バリ島のロンボク海峡が軍事的にも商業船運航においても、チョークポイントであり、将来、米中覇権の代理戦争には、インドネシアとオーストラリアで、ロンボク海峡が最前線となる可能性もある。

     

    ■満州事変が勃発した際、小林秀雄は「黙って処した」と、日本人を表現した。平成の没落から令和には、またしても理不尽な戦争に巻き込まれようとしている。日本人はまたしても「黙って処している」現在の日本は交戦状態ではない。しかし戦争に巻き込まれる可能性が高まり、地政学的危機が明らかである時代に突入した。歴史的運命である戦争ではない時代である。現在から「黙って処している」日本のエリートは没落しており、現在の「黙って処している」態度は日本の古典にある「もののあわれ」ではない。そのように美的なものではなく、共同体が薄弱に陥った、生命力が縮小している滅亡前の国民である。老いも若きも「集団睡眠薬自殺」の意識に向かっているが、危機感が発生せず「黙って処している」。運命が定まる前に諦め、政治経済や国家安全保障の危機的問題を無意識に、やがて意識的に回避する。戦争に巻き込まれる前から、すでに「黙って処している」

    敗戦時、小学校低学年であった父と家族が貧困と食糧難に見舞われ、祖母が弱音か本気からか「家族で死んでしまおうか」と、すでに他界した父に言った、と親戚から聞きました。その時小さな子供であった父は怒ったように「死ぬのはヤダ!」と、即座に言い返したそうです。小学校低学年の子供に思想はないかもしれませんが、生命力が素朴に死を拒否したのかもしれません。現在の安全保障や地政学危機に危機感が発生しない問題を「戦後」としてあらゆる説明がされていますが、不明のままです。平和が危機感ばかりでなく「生命力」のような健全な動物性も薄弱化させてしまったのかもしれません。集団睡眠薬自殺にむかっている社会にあり、老若男女の日本人は、素朴に「死ぬのはヤダ!」といえないほど閉塞感に陥っており(没落が止められない無力感などから)、国難や戦争に巻き込まれるはるか前から、すでに「黙って処している」 日本の没落があと2段階進むとパニック意識から全体主義的な極端な政治経済に発展するのかもしれません。

    しかしあと2段階没落しても、「黙って処している」ままである可能性もあります。21世紀の人類の危機に、日本も時間の問題で巻き込まれます。戦争のような破局的な人為災害に巻き込まれる前に「黙って処している」から「日本の生き残り」「滅亡や植民地はヤダ!」と危機意識が国民に共有されることでしか、国家存続は継続できません。なぜなら、本当に「黙って処した」しかない歴史的な残酷な運命にも至ってしまう時代(日本の地政学的危機)が近いと思われるからです。現在はまだ、幸運にも運命を変えられる時代であると思われます。

     

     

    ■9月21日 プーチン大統領は「欧米側の反ロシア政策は、一線を越えた」と述べ「欧米側は、核兵器でわれわれを脅迫している。ロシアの領土保全に対する脅威が生じた場合、国家と国民を守るために、あらゆる手段を行使する。これはブラフではない。核兵器でわれわれを脅迫するものは、風向きが逆になる可能性があることを知るべきだ」と述べ、核戦力の使用も辞さない構えを示し、欧米側を威嚇しました。①キューバ危機の再来か②第三次世界大戦の道程か③プーチン政権崩壊か、いずれにしても重要な転換日

    プーチン大統領 “予備役”の部分的動員表明  ウクライナ侵攻での再び核恫喝へ

    Putin issues ominous nuclear threat after losses in Ukraine cnn

    もし、第二次世界大戦に核兵器が存在し、現代同様に国際社会で禁じ手であったたとしても、ナチスドイツが核兵器保有国であった場合、1943年には、国家の存続のため使用していたに違いない。ゲッペルズの総力戦演説前後には、使用に踏み切ったのではないか?今回のプーチンの本格戦争開始と核兵器使用への言及は、タイミング的に不気味である。軍事専門家は戦術核兵器との指摘が多いが、原子力発電所への攻撃からエスカレーションや「戦略核兵器使用準備」で、21世紀にキューバ危機の再来もあるのではないか?プーチンに残された戦略は、戦略核兵器のキューバ危機再来によって、欧米への戦略核兵器での核恫喝へのエスカレーションではないか?キューバ危機再来なら、全面核戦争への緊張が溶けたタイミングでの米国、中国などの大国仲介による平和会議となり、ロシアは唯一有利に戦争終結ができる可能性があるシナリオ。もちろん全面核戦争勃発リスクと引き換えになる。このブログでも3月から指摘しているが、繰り返してはいけないリスクである。

    以下ミアシャイマーの発言・・・・専門家の多くは、交渉によるウクライナ戦争の解決は当面実現しないと考え、血塗られた膠着状態が続くと予測している。この認識は正しいが、すでに長期化している戦争に破滅的なエスカレーションメカニズムが埋め込まれていることが過小評価されている。米軍が介入した場合、プーチンを核使用に走らせることなく、ウクライナを救えるのか。ロシアがウクライナ軍にひどく追い込まれた場合には、モスクワが核を使用する恐れはないだろうか。エスカレーションの先にあるものは、第二次世界大戦を超える犠牲と破壊という、まさに壊滅的な事態かもしれない。

    以下はインドネシアの記事(日本はロシア敗戦シナリオ記事が多く、米国はメディアにより多様か?インドネシアは最近、親露・親中記事が多い気がする)

    第二次世界大戦以来初めて:プーチン大統領、動員を命じ、全軍で欧米と対峙する準備が整う

    ケネディがキューバのミサイル危機に成功した理由は 2 つあります。第一に、彼はロシアの無謀な動きを止めるために核戦争の危険を冒す用意があることを示した。第二に、秘密の裏ルートを通じて、彼は究極の大惨事を回避するための安全な方法を見つけました。バイデンは両方の教訓を学ぶべきです。

    To confront Putin, Biden should study the Cuban missile crisis

    ウクライナでのこの戦争がどのように終結するかについて、より可能性の高いシナリオについて考え始めることが重要です。先日、ニューヨークタイムズのコラムニストであるトーマス・フリードマンは、3 つの潜在的なシナリオを設定しました。フリードマンは次のように書いています。「私たちにはまだわかりません。会話の中でその質問を精査したところ、3 つの可能性のある結果を識別しました。まったく新しいものもあれば、おなじみのものもありましたが、すべてが複雑で予測不可能な副作用を伴います。「結果1はウクライナの完全な勝利であり、敗北と屈辱が彼の顔を見つめる中、プーチンが狂ったことをするリスクを冒す.「結果2は、停戦を確保し、破壊を止めるプーチンとの汚い取引ですが、西側の同盟国を分裂させ、多くのウクライナ人を激怒させるリスクがあります.「結果 3 は、それほど汚い取引ではありません。2 月にプーチン大統領が侵攻する前の状態に戻ります。ウクライナはそれと一緒に暮らす準備ができているかもしれませんし、おそらくロシア人もそうするでしょうが、プーチンは最初に追放されなければなりません。(結果1はキューバ危機の再来、結果2はヨーロッパから第三次世界大戦への道程、結果3プーチン失脚のみがウクライナ戦争は一時的終結へ)

    Three Potential Scenarios for Russian Putin

    戦争の行方はさらに不確実になっているが、西側諸国がウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領にロシアの要求に屈し、核の脅威に照らして戦闘を停止するよう強制しようとする場合、比較的近い将来に決定される可能性もある. 紛争が持続し、核戦争が回避されると仮定すると、約 100,000 人の新しい軍隊を戦場に配備するのに約 3 か月かかり、残りが到着するため、短期的には動員によって戦争の戦略的バランスを変えることはできません。次の月。動員の有効性をめぐる主要な問題は今後も続くだろう。最も批判的なのは、男性が戦争に参加することを要求することの政治的リスクであり、世論調査では男性が戦いたくないことを示唆している。

    【数ヵ月前より、キューバ危機再来が、ゆっくりはじまっていた。相互の核恫喝】

    US has privately warned Russia against using nuclear weapons in Ukraine for several months
    米当局者によると、米国は過去数カ月間、ウクライナ戦争でロシアが核兵器の使用を選択した場合、相当の結果が生じるとロシアに非公式に伝えてきた。警告がいつ、どのように送信されたかは、すぐには明らかになりませんでした。ある当局者によると、国務省が関与していた。バイデン政権はまた、ウクライナでのロシアの戦争の準備と訴追を通じて、機密メッセージをモスクワに伝達するために諜報機関に大きく依存してきた.

     

    「米中冷戦と第三次世界大戦」2022年9月21日、ゆっくりと長期に及ぶ【キューバ危機】の再来がスタートした可能性が高い。核兵器未使用であっても、ヨーロッパや中東から【第三次世界大戦】など大規模戦争に発展する可能性について

     

     

    【明治以来の外発的近代化による素朴な近代国家から、内発的近代化への道程は、知識人の内的近代化によって始まる。地政学的危機に巻き込まれる前に、国民国家の本質的な再近代化によってのみ、立法や政策議論が有効となり、日本の生き残りが可能となり得る。内発的近代化による一定のナショナリズム再構築によってのみ、没落から滅亡が回避できる】

     

    「これが最悪だ」などと言えるうちは、まだ最悪ではない。 The worst is not, So long as we can say, ‘This is the worst.’

    Willia m Shakespeare

     

    ■人生は本来、コストのみではなく、自己と他者の命がけの連続である。親や友や異性などのケアの対象に、命がけの戦いの連続である、そこに疫病、戦争、飢饉など自然・人為災害などがあり、自己と他者の「生き残りをかけた命がけの連続」である。負ければ死やそれに準ずる体験、平時の社会において、必死に命がけであり、生き残りのための姿勢がないと、自己のみのエゴの論理でコスト基準のみの、生き残りや命と無関係の意識や生活となる。残念ながら「平和」は人や社会を「意味や元気や社会関係資本」を崩壊させる源泉である側面を含む。

    「平和」は理想と思われるが、持続可能な真理ではない。平和は社会を持続させることもあるが、自然・人為災害によって循環がおこり、社会混乱から崩壊へむかう。崩壊から滅亡に向う過程によって、命がけの社会と生活から、「人々の生き残るための意識」が、社会の崩壊や破壊によって回復される。共同体の再構築もここからであり、出生率が増加に転じ、家族・親族など共同体なしでは、生きられない時代が到来する。(平和な社会も含むとハイデガーは他者〈人間以外も含む〉とするが、戦争などの大規模災害後の社会では人間こそが他者として復活する)

    疫病、戦争、飢饉などの大規模な自然・人為災害のあと、多くの人々が切実に社会参加し、行き過ぎた個人主義は調整され、共同体や制度(社会関係資本)の再構築がはじまる。人々が多く集まれば、都市や国となる。そして平和が理想とされる。都市や長期の平和は共同体を変容させ、崩壊させ滅亡させる。崩壊から滅亡の過程に「生き残りが」再び人々の生活テーマの主題となり、命がけの意識が発生する。共同体の再構築もはじまる。いつの時代にも希望がある。平時にも乱世にも「生き生きと生きるべきである」個人にとっても共同体にとっても有効な意識である。

    写真集「BALINESE※PCでの色彩閲覧をお勧め

    疫病・恐慌・戦争・革命・飢饉・21世紀の人類の危機

     

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    https://bali-chili.com/20220302/feed/ 0
    近代の終焉と新オリエント時代「21世紀の人類の危機は2つの蕩尽現象」「米国は崩壊か革命か戦争へ」「日本の生き残りについて」「世界的なオミクロン楽観論について」 https://bali-chili.com/20211227/ https://bali-chili.com/20211227/#respond Mon, 27 Dec 2021 08:17:54 +0000 https://bali-chili.com/?p=15313 ■2022年1月10日 臨時投稿

    mRNAワクチン接種が低レベルな地域であり、社会規制や生活予防が難しいインドやインドネシアは要注意である。インドやインドネシアなどの途上国・新興国地域(低所得国・中所得国)においては、またしても医療崩壊、死亡者数増加、ロックダウンも想定すべきタイミングと思える。

    特にインドやインドネシアなど、過去に大きな被害を出した国や地域はmRNAワクチンを接種するタイミングと考える。非mRNAワクチンを接種している場合、ブースター以降の接種はmRNAワクチンを接種に切り替えていくこと。オミクロン株以降も途上国や新興国の重要コロナ対策と考える。

    12月からの世界的なオミクロン楽観論について 2022年1月10日

     

    ■【2021年から2022年へ】来年にはパンデミックが収束するとのニュースも流れ始めている。早くも、太平洋戦争の終戦日である8月15日もイメージしてしまいそうだが、疫病が収束しても、コロナ禍の収束ではない。2022年は「終戦」ではなく、むしろ「開戦」の可能性が高いと感じる。日本も世界も、時代の深刻化を回避できないことは明らかである。世界有数の国際リゾート「バリ島」が2019年の状態に戻ることは難しく、幸運が重なった場合5-10年単位で回復の可能性もあるが、自身が生きている間に「2019年のバリ島」に戻ることは、残念ながら難しいと考える。

    バリ島ブログなどのコンテンツ制作を18年間してきましたが、2020年2月パンデミックのニュースが世界中を駆け巡り、バリ島観光は閉鎖、現在に至り、旅行会社もドキュメントとオフィスだけの形だけとなりました。2020年3月からはバリ島ブログはパンデミックブログとなり、現在では疫病、経済危機、戦争、革命、飢饉などの社会混乱をテーマにしたノンフィクション小説系のブログに変容してしまいました。2020年、武漢からニューヨークまでロックダウンしたタイミングでは、SARS程度の疫病認識でした。3月、米国メディアにおいて世界恐慌再来の懸念が記事となっており、同3月に米国は間髪入れず、前例のない大規模な財政出動計画を実行準備していました。前例のない疫病パンデミックと世界経済危機を2020年3月に確信し、疫病と人為災害ブログがスタートしました。コロナ禍の社会危機の拡大は、他の人為災害を引き寄せ、規模の大きさから災害連鎖が発生する可能性が高まっていると思われます。20世紀前半のスペイン風邪と世界恐慌や2つの世界大戦を連想するのに、十分な規模のパンデミックが2020年に発生しました。

    今年2021年の6月から8月にかけて、デルタ変異株がインドネシアで大きな被害を出しました。しかしインドネシアやバリ島でのデルタ変異株の被害は、インドネシア国内でも全く把握されていません。ジャカルタやデンパサールなどの都市周辺において、世界最悪レベルのコロナ禍による死亡者数の被害が出たと考えます。インドネシアの直接の疫病コロナの統計死亡者数は、7月8月のピークには1日1000人-2000人の死者が40日以上にも渡り出ましたが、実際のコロナ禍による死亡者数は少なくとも数倍以上の死亡者が発生している可能性が高いと思われます。デンパサール周辺の8月ピーク時の死亡者数も全く少ない統計値と思われます。バリ島では8月の3週間以上に渡り1日60-80人の死亡者数統計でしたが、実際には少なくとも1日数百人単位の死亡者数が3週間以上維持されていた可能性が高いと思われます。今年8月、デンパサールの自宅前道路には1日30回から40回程度ひっきりなしに早朝から夜まで救急車が通りました(12月現在は1日0回程度)4-5週間程度

    9月にバリ島の病院、焼き場、バンジャール、村などに、電話連絡や直接のお話、バンジャールのKK代表などにも、繰り返し聞き込みもしたが、焼き場は長期間の混乱状態、病院はコロナ患者を収容できない状態、バンジャールや村の多くが「このバンジャールではコロナ死亡者はない」との答えが多い。最大の問題は診断や検査を避け、家族も本人も感染や感染死を恐れ故意に回避していたことである。統計の死亡者数はかなり小さい。7月のジャカルタ、8月のバリ島は文字通り地獄であった可能性が高い。ジャカルタの医師やデンパサールの医師にも意見を聞く機会があったが、医師会や各医療団体での医師の死者数は6月から8月にかけて、例年にはない過剰な死者数が発生しており、過剰死の急増は歯科医師にも及んでおり、医師死亡者数だけでも6月から8月にかけてインドネシアでは、直接の疫病による死と医療崩壊などによる間接死で甚大な死亡者数が発生したことが類推できる。2022年以降、インドネシアの人口動態統計によって、デルタ変異株被害が明らかとなる可能性もある。インドネシアを含め途上国や新興国ではパンデミックの死亡者数をはじめ被害数字が極めて少ない傾向にある。

    突如、インドネシアは世界最悪の感染国家に、長期化の懸念、アジア変異種同時急拡大から世界的深刻化へ

     

    ■【コロナ禍死亡者数把握の意味と世界的メンタル危機】「新型コロナウイルス感染による死亡者数」と「コロナ禍による超過死亡者数」の踏査と研究が先進国であっても致命的に認知されていない。新型コロナのパンデミックによる各国に発生した影響は、まず2020年からのパンデミックによる超過死亡者数を重要な統計値として認識さいなければばらない。2022年中盤以降、各国の人口動態の集計結果と研究によって各国の「コロナ禍における死亡者数」が、研究機関からメディアに露出し、本格的なコロナ禍の災害規模が再定義されはじめる。途上国・新興国では、公式統計に表れていない甚だしい大量死が発覚すると思われる。

    ドイツにおけるユダヤ人虐殺の被害は解明されはじめていると考えられるが、1965年のインドネシア大虐殺(産経新聞は推定、数年で50万-200万人と報道)はメディア露出が少ないので、公式調査がなく闇に葬られたままである。

    途上国・新興国(インド、インドネシアなどの東南アジア、ロシア、南米、中東、アフリカ他、広域)の超過死者数は、すでに甚大な規模に発展しているが、全く不釣り合いに小さく、感染による死亡者のみ報道されている。2022年の後半を待つことなく、重要な人為災害規模の認知のため「コロナ禍における超過死亡者数」を各国は経過暫定数値であっても研究・公表するべきである。


    2020年のcovid-19パンデミックに関連する過剰死亡:29の高所得国における年齢と性別の時系列分析

     

    日本における新型コロナウイルス感染症流行期における超過死亡数および過少死亡数

    ワシントン大学医学部保健指標評価研究所IHME  COVID-19超過死予測

     

    新型コロナパンデミックにおける災害の規模把握をもとに、コロナ禍と戦争の比較によって、すでに現在、各国社会は戦時体制時以上のメンタルヘルス被害を出しており、すでに「悲劇と地獄」が顕在化して進行中であると認識する必要がある。戦時には危機把握により共同体の強化が意識されるが、コロナパンデミックにおいては、危機が誤認され共同体は分断し矮小化し、さらなる個人の孤立が進行している。適正な危機感が認識されていない。戦時体制では自殺者数の減少が起こるが、コロナ禍においては、ほんの初期以外、すでに自殺者数が増加に転じて久しい。戦争体制以上のメンタル崩壊が発生しているのにも関わらず、社会に適正な危機感が認知・共有されていない。国民のメンタル危機が経済や安全保障分野に顕在化することが予測される。

    COVID-19と大規模空襲の比較:英国におけるメンタルヘルスの調査



    ■【近代の終焉と新オリエント時代①】現代の私たちは、歴史的な大きな流れの中にあるのか?ローマ帝国に関する研究や論文は数多く、芸術の域に達するほどであるが、歴史家は「近代」を好んでいるとは思えず、極めて重要な概念であると思われる「近代」は漠然した対象である。「近代」とは何か?私たちは大きな流れの中にあるのか?あるとすればどのような流れか?

    「近代」とは、ウエストファリア条約の主権国家からはじまる国民国家の成立によって、史上類例のない強靭な共同体「近代国家」の誕生に象徴される。近代国家がヨーロッパから全世界に拡散発展していった時代が「近代」といえる。革命によって「市民社会」の成立と高度化。産業革命によって「資本主義」の成立と高度化。思想的には個人主義、合理主義、世俗化、自由主義が発展し、科学技術が急速に発展した。古代ギリシャ・ローマを思想的源流とした近代西欧文明が全世界に広がった現象が「近代」や「近代化」である。よって近代は単に時代区分の意味合いだけでなく「近代文明」のように歴史的な大きな流れである「文明」や「特別な時代」としての意味が含まれる。

    「近代文明」の表記が科学的な用語に落ちついておらず、とりあえずの「大きな流れ」程度の表現に留まっている。よって仮設として「近代文明」を想定した場合、特質に関して確信に至るのは容易ではない。しかし、すぐに、他の文明と言われるものとの比較において【最も特質的であると思われる要素は「人口」や「規模」や「ダイナミズム」であり、文明の比類のないスケールや増進速度であろう】と、実は、誰でもすぐに想像ができてしまう特質を持つ。

    世界人口の指数関数的増加。人口推移グラフは「産業革命」と「第二次世界大戦」を機に指数関数的増加(爆発的増加)が起こっている。これこそ、近代(近代文明)の最も特徴的でシンプルな根拠として捉えるべきである。名称として「近代文明」とするなら、他の文明とスケールを異にする未曾有の巨大文明といえる。後世「文明」という呼応でなく、もっと大きな流れをさす歴史的な呼応表現を必要とすることは容易に想像できる。近代や近代文明は、現在進行形でもあり、歴史的な説明は当然難しい。しかしながら、人類の歴史や社会において「最も大きな出来事」であり「極端にダイナミックな時代」であることは明瞭である。私たちは近代や近代文明という名称を頻繁に使用するが、まったくの「謎」であり、謎に「近代文明」というレッテルを貼っただけである。

    近代や近代文明とは、宇宙物理学の「ビックバン」仮説、以上に「なぞ」であり、極めて大きな現象であるがゆえに、根源的な原因や意味付ができない対象である。なぜ、ビックバンが起こったか?なぜ近代がはじまったか?なんとなしのエネルギー現象としてのイメージしかできず、両者とも突然、爆発的な空間拡大や人口増加がはじまった、程度の認識しかできない。両者とも、根源的原因はまったくの謎であるが、発生直後から現在までの過程は重要であり、わたしたちの「共同体の定義」や「個人の生き方」のパラダイム形成に関わる重要な現象と思える。現在の政治や経済や社会の根底にある世界観のドラステックな変容が起こってしまうほどの重要なテーマに思える。近代や近代文明(仮名称)が研究対象として盛んに研究される時代が近い。21世紀に人類人口の不可逆的な減少が、歴史上はじめて発生する「ビックバン」仮説に例えるなら、宇宙がビックバンからの拡大から縮小に転じる瞬間が近くおこる可能性を示唆する論文が現れはじめたのだ。世界の人口推移に関する論文である。

    近代を文明と仮定するなら、はじまりは恐らく、世界人口の指数関数的増進の最初のポイントに観える「産業革命」が適当と思われる。よって2021年の現在まで、ざっくり300年前後の現在進行形の文明とも考えられる。他、文明の名称をもつものと比較すると、文明とするには頼りないほど、時間が短いイメージである。そもそも「近代文明」の呼応自体が、まったく意味不明な漠然としたものであり「これ文明かよ?」と科学研究の対象ではない空気感漫才な用語である。しかしながら、私たちは近代という、あらゆる意味で、極めて例外的な世界(文明)に生きていることは直観的に理解はできる。

    「近代文明」は主に、SFや宗教他、科学の領域外で多様される用語であり、文明と言っているが、実際は「文明っぽい」程度で、謎の大きな近代の流れになんとなく「文明」をつけている程度であった。ところが、近年、人口動態に関する論文に置いて「21世紀の後半にも、世界人口は減少を始める」という趣旨の学説が出現しはじめており、WHOの「2100年に世界人口100億予測」に対して米国の大学や研究機関をはじめ、22世紀を待たず複数の論文(早いものは2060年でピーク)が、人類の人口増加のストップが示唆されはじめた。この仮説が正しいとすれば「政治」「経済」「歴史」など、主な社会科学はもちろん、大きな発見であり、近い将来極めて大きいインパクトを国家や社会に与えることは間違いない。

    https://www.yomiuri.co.jp/world/20201117-OYT1T50173/

    https://wired.jp/2020/04/05/empty-planet-preface/

    論文の一例では、ワシントン大学は「世界人口は2062年に97億でピーク」と予測し、その後世界人口は指数関数的減少に向かうとしている。これらの論文が増進していくだけで「自然災害」や「人為災害」によって、世界規模の大量死が発生しなくとも、人類始まって以来の「人類人口減少」が発生する。人類史や世界史に置いて、人類は人口を数千年という単位や数十万年という単位で、現在まで、波はあったが確実に人口増加させてきた。世界人口のピークとその後の指数関数的な減少予測は、大きな2つの意味を持つ。1つは「人類がはじめて世界人口を不可逆的に激減させる時代が訪れる」この仮説が現実に近くなるほど、各国の社会や人類全体におおきなインパクトを与えることは間違いない。人類全体が、長期間一貫して、人口減少をおこすのは歴史的に初めての現象である。ましてや指数関数的な世界人口減少など、歴史的(人類史・世界史)で起こったことはない。またそれが仮説として予測されたことが、今後さらに大きな影響を与える可能性が高いと感じる。

    この仮説がもたらす、もう一つの大きな意味は「近代の終焉」「近代文明の終焉」であり、近代文明の科学的な歴史対象としての研究がはじまることを予測させる。当然のことながら、西ローマ帝国が滅亡する前の時代において、古代ローマ帝国の歴史研究は難しく不可能であった。これらの世界人口減少の歴史的な事件(仮説)は「近代文明」をはじめて歴史として、科学的研究対象として、近代をはじめて文明として捉え直す可能性を示している。

    近代を近代文明(仮称)として過程するなら、産業革命あたりからの指数関数的人口増加をもって、文明のはじまりとするなら、2060年の世界人口のピークを文明の興隆期とすれば、近代文明(仮名称)は、おおよそ、はじまりから興隆期までを300年前後の期間の文明である可能性がある。第2次世界大戦後には欧米以外の地域の近代化がはじまり、指数関数的な人口増加が最も大きな関数(グラフの角度)をもって、急上昇をはじめた時期である。よって、興隆期のピーク(仮2060年)より指摘通り、指数関数的な人口減少が起こるとすれば(増加と同じスピードで減少と仮定)その後100年程度で、第2字世界大戦後の世界人口は95億程度から23億程度に激減、さらにその後200年かけて8億程度の人口減少と推定する。しかし文明や帝国は、はじまりから興隆期までの時間より、より短い時間で没落し、突然滅亡するイメージがある。よって、近代文明(仮名称)は、はじまりからピークまで300年前後と早めの没落を折り込むと、400年-500年程度の文明の期間であるともザックリ、イメージもできてしまう。

    1950年から2060年までの110年間で、23億から95億までの指数関数的な人口激増であった。よって同じスピードで激減すると、2170年までに世界人口は、95億から再び23億に戻ってしまう(没落は早めであるかもしれず、人為災害のスパイラルでさらに加速の可能性)2060年や2021年の現在の世界の人口や国や地域が、第2次世界大戦直後の世界人口と国や地域へ逆回転してしまうとすれば、21世紀後半のピークアウトから22世紀前半まで何が起こるか?

    20世紀前半には、疫病、世界恐慌、2つの世界大戦など歴史的に未曾有の「20世紀の人類の危機」、人為災害スパイラルが起っていた。21世紀も新型コロナパンデミックから、経済危機、第三次世界大戦など「21世紀の人類の危機」を意識するときがきた。近代に入り「自然災害」から「人為災害」の大量死が加速度的に増加しいる。「20世紀の人類の危機」と比較して、「21世紀の人類の危機」に発生しうる人為災害スパイラルは、より深刻化する可能性を予測せざるを得ない。世界人口がさらに激増し、戦争兵器の進化、20世紀にはなかった、経済力と軍事力の均衡する覇権戦争、スペイン風邪比較にならない新型コロナによる社会停滞、世界恐慌を上回る規模の世界経済危機、ヨーロッパを中心に、三十年戦争、七年戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と、実質的に最低4回の世界大戦が発生した。新型コロナパンデミックから21世紀の人為災害の大量死が繰り返され「20世紀の人類の危機を凌ぐ規模にはならない」と発想するのは楽観主義そのものである。

    「21世紀の人類の危機」は各国の安全保障分野で想定しなければいけない。しかしながら、上記、近代や近代文明(仮名称)の終焉が想定されはじめる中で、幸運にも、21世紀に大規模な人為災害スパイラルが発生しないと仮定しても、21世紀後半に世界人口の指数関数的減少が起こった場合、人口のピークアウトから100年程度の期間に、95億から23億の大激減が起こった場合、それはいかなる現象なのか?参考までに第2次世界大戦前後の戦争・内乱災害の死者は、サックリ一億人前後である。

    2060年から1世紀(100年)程度の期間に世界人口が76%(72億人)の激減とは、いったい何がおこるのだろうか?21世紀に全面核戦争が発生しても、これだ大規模な人口減少が発生するだろうか?(個人的に核戦争や第三次世界大戦は10億人程度の大量死のイメージであった)大規模な戦争も飢饉もなく、世界人口が76%(72億人)減少するとは何が起こるのか?疑問を解く鍵は近くにあった。すでに世界各国で人口減少は深刻な問題となっている。世界が注目する人口減少社会のトップランナーは日本である。この意味で多くの分野で社会科学者が、日本の人口減少に注目するのは、日本が先頭であるが、先進国はもとより世界中が人口減少を追加体験する可能性が高いからである。

    日本の人口は、2060年には8,674万人になると推計されている。 内閣府の予測では、人為災害が連鎖さいなくとも、40年後日本の人口は30%ほど、ナチュラルに激減する。世界人口が100年後に76%激減に繋がるデータである。もちろん日本ばかりでなく、すでに現在(2021年)25カ国で人口減少が進んでいる。人口減少が起こる国は、2050年で35カ国と予測させる。先進国で豊かな国である、日本、韓国、スペイン、イタリア、東欧の国々の多く、今後もさらに増大すると予測。

    中国は早くも、向こう数年で、人口減少がはじまってしまい、国によって時間差はあるが、インドもアセアンも、中東もアフリカ地域も、意外に早い段階で人口減少に至ってしまう。ブラジルやインドネシアさえも、21世紀中ごろには人口減少がはじまる。アフリカでは人口爆発が起こっているが、国家の近代化によって多産傾向が、意外に早い段階で終了してしまう。

    現在から、先進国においては人口減少する国や地域は増加の一途であり、さらに中国、アセアン、インド、イラン(中東地域)やアフリカと、近代化が世界地域を一周してしまう。近代化できない地域であっても、人口増加にストップが掛かり始める。21世紀後半のある時期(世界人口90-100億程度)をピークとして、人類は史上はじめの人口減少起こり、それは指数関数的な減少(激減)である。永久に人口増加がないわけではないが、少なくとも近代文明(仮名)の終焉時期まで、地球人口が不可逆的に減少する可能性がある。

    世界人口が100年後に76%激減して行ってしまう。100億人程度が、100年ほどで25億程度に向かい激減がはじまる。ここには戦争など、人類規模の破局的大量死が発生しなくとも、ナチュラルな自然減(主に少子化や多産の終焉)が原因で人口が激減していく。

    近代化が地球を一周してしまい、やがて、ほとんどすべての地域で人口が減少しはじめる。近代文明は意外に早期に没落期を迎える。20年後の2040年頃には、世界人口の指数関数的減少が、より確実化し、世界中のメデイアで取り上げられるようになると「近代の終焉」や「近代文明の没落」が大きなテーマとしてフォーカスされるはずだ。地球温暖化問題も解決してしまうかもしれない。西欧の没落や、米国や日本の没落ばかりでなく、現在よりわずか、20年から30年後の21世紀の中盤には「近代文明の没落」が露呈してしまう可能性がある。

    さらに現在より50年後の21世紀後半には「近代文明の滅亡」が想定され、世界中の大きなテーマとなっているかもしれず「近代終焉後には中世に逆戻り」という世界観が共有されるかもしれない。近代の次に来る新しい時代をポストモダンとするなら「ポストモダン=プレモダン」「近代の次の時代=中世」という、時代の逆回転がはじまるかもしれない。

    1970年代から80年代にかけて、欧米で「ポストモダン」ブームなる現象が起こった。建築や芸術や哲学などの領域に留まり、ポスト構造主義やポストマルクス主義などの思想が、脱近代や超近代への流れにあると、ヨーロッパで起こったムーブメント。近代が根本的な変容を遂げるのではないか?と思われたが、一過性の流行であった。よって政治や経済などへの思潮までは至らなかったと言える。近代の近代主義の主流は変容しなかったのである。社会思想ではなく、個人思想への影響範囲に留まったと言える。

    歴史的に前例がない現象である「世界の人口減少」これにより、近代が終焉に向かうとすれば、近代システムが崩れ、封建社会への大きな流れ、がはじまるかもしれない。近代が逆回転するとはいかなることか?近代の「近代主義」や「近代国家」「資本主義」「民主主義」「自由主義」「社会主義」「法治」「平等」「人権」「労働」「個人主義」「合理主義」「 科学や技術の進歩」など、300年程前から進歩、成長してきた近代の制度や思想が、没落・崩壊していく可能性である。

    「ポストモダン=プレモダン」という、単なる近代の没落や崩壊。単に、つまらない未来とも感じるが、とても恐ろしい現象とも思える。身近な共同体である、家族や会社は、①スタートからピークまでの成長期、もしくは②縮小期である没落から破綻(崩壊)まで、社会や人々は、はたしてどちらが、どれだけ混乱し苦しむのか?どちらも、よいところ、わるところ、とも言えるが、国家などの大きな共同体や時代においては、おおよそ、没落から崩壊まで大混乱から地獄が発生することが多い。

    国家より、さらに大きな単位である「近代」や近代文明(仮名)の没落・崩壊がはじまるとすれば、どれほどの混乱やどれほどの大量死が繰り返されるか?身構えて当然と思われる。大きな共同体の没落や崩壊において「個人」「芸術」などの「文化」は素晴らしいものが発展していく可能性は認めるが、ドラステックで集団的な地獄や大量死が身近で繰り返されるので、「科学や技術や新しい世界の可能性」など、楽観主義に陥っている場合ではなく、大きな流れでは21世紀の前半には「20世紀の人類の危機」の増幅現象、21世紀後半には近代文明(仮名)の没落と崩壊が顕在化しはじめ、2つの大きな流れが、人為災害スパイラルによる大量死を増幅させる。

     

    ■【21世紀の人類の危機は2つの大きな蕩尽現象】
    ①20世紀前半の増幅現象が21世紀前半に発生(爆発的な蕩尽現象)②21世紀後半に近代の没落と崩壊(ゆっくりすすむ蕩尽現象)①は人為災害の大量死が繰り返され発生②は世界人口の不可逆的な自然減によって発生。前半・後半としたが、現実は複雑に顕在化し、より多くの人為災害の犠牲者と、より早いスピードで世界人口が減少していく可能性もある。21世紀は2つの人類の危機(2つの蕩尽潮流)が顕在化する。20世紀の人為災害の大量死を超え、人類史上(世界史で)最も大規模な人為災害の大量死が繰り返され、人類史上はじめて経験する一貫した世界人口減少も発生する。

    事実上の初期の世界大戦と言える「三十年戦争」「七年戦争」は、20世紀の2つの世界大戦のスケール規模からは小さな局地戦と感じられる歴史存在に成り下がってしまう。また、2つの蕩尽現象が現れる「21世紀の人類の危機」のスケール規模からは、20世紀の2つの世界大戦は小さな局地戦のごとく歴史存在に成り下がってしまうだろう。

    人類はじまって以来、2種の「蕩尽現象」が発生する。前者は爆発的な蕩尽であり、後者はゆっくりとした静かな蕩尽である。人類はじまって以来の破壊と崩壊の時代を想定する。ビッグバン宇宙の縮小がはじまるのである。「人類の縮小」と言える。近代は縮小から終焉に至ると思われるが、人類の終焉とは限らない。ただし、後世、世界史において、21世紀は近代の終焉期として、最悪の人為災害のスパイラルと大量死の頻発・文明の大規模崩壊期・人類の暗黒時代などと表記されるのかもしれない。(歴史や教科書が存続していれば)
                                   

    “The crisis of humankind in the 21st century” shows a major flow of two exhaustion phenomena. (1) Amplification phenomenon in the first half of the 20th century occurs in the first half of the 21st century (explosive exhaustion phenomenon) (2) Modern downfall and collapse (slowly progressing exhaustion phenomenon) in the latter half of the 21st century (1) Repeated mass death of man-made disasters (2) is the world population Caused by irreversible natural reduction. Although it was the first half and the second half, the reality is complicated, and there is a possibility that more man-made disaster victims and the world population will decrease at a faster speed. In the 21st century, two human crises (two exhaustion currents) will become apparent. Beyond the mass mortality of man-made disasters in the 20th century, the largest mass mortality of man-made disasters in human history (in world history) will be repeated, and the consistent world population decline experienced for the first time in human history will also occur.

    The “Thirty Years’War” and “Seven Years’ War”, which can be said to be the de facto early World Wars, have become a historical existence that seems to be a small local war from the scale of the two World Wars in the 20th century. Also, from the scale of the “crisis of humankind in the 21st century” where two exhaustion phenomena appear, the two world wars of the 20th century will become historical existence like a small local war. Twice

    Since the beginning of humankind, two kinds of “exhaustion phenomena” have occurred. The former is an explosive exhaustion and the latter is a slow and quiet exhaustion. We envision an era of destruction and collapse since the beginning of humankind. The shrinking of the Big Bang universe begins. It can be said to be “reduction of humankind”. The modern era seems to go from shrinkage to the end, but it is not necessarily the end of humankind. However, in posterity and world history, the 21st century may be described as the end of modern times, such as the spiral of the worst man-made disasters, the frequent occurrence of mass deaths, the large-scale collapse of civilization, and the dark ages of humankind. (If history and textbooks survive)

    人類史や世界史において、パンデミック、世界恐慌、革命、2つの世界大戦など最悪の人為災害を繰り返した20世紀前半。21世紀後半の世界人口は、20世紀前半の4-5倍の100億近くに膨れ上がる。第2次世界大戦後には主権国家の絶対数も急増した。リーマンショックにより人類社会が恐慌などの経済危機を再び繰り返すことが判明した。米中覇権という政治力、経済力、軍事力の本格的拮抗(ソビエト連邦経済は拮抗していない)また500年程度に及んだ欧米内部間での世界覇権移行は終焉し、欧米が500年程度期間の世界覇権や経済繁栄時を終焉させ、中国、アセアン、インド、中東などのオリエントに経済繁栄地域が移行している。その代表格の中国は、最期の欧米覇権国家である米国と経済力と軍事力が21世紀前半にも拮抗してしまう。

    西欧文明や西欧にとって、500年程度以前のイスラム帝国に屈していた時代以来である。欧米地域からオリエント地域へ、経済繁栄のシフトである大きな流れが始まっている。米中の政治対立が先鋭化する中、新型コロナパンデミックが発生した。疫病そのものの被害も甚だ大きいが、新型コロナパンデミックが世界経済に与えたインパクトは歴史的に圧倒的規模と内容であった。ここまでの流れで、「20世紀前半の人類の危機」を現代に観ようとしない姿勢は楽観主義でしかない。個人の楽観主義と、共同体に責任のある者の楽観主義は異なる。後者においての楽観主義は共同体を崩壊させる姿勢である。大きな共同体の責任者として「地獄」の認識と回避を準備をするべきである。

    現代社会では、世界恐慌期を上回る格差社会(貧富の差)が発生していると指摘はできる。しかし、前近代社会と現代社会を比較したなら、封建社会の前近代社会では、現代からでは比較できなほど、甚だ大きい不平等や貧富の差が存在していた。前近代社会に「平等」「人権」「民主主義」の理念そのものがなかった。封建社会は長期に存在した。しかし、おおよそ、一世代から二世代とう短い期間に、世界各国の社会において近代が没落し崩壊していったらどうだろうか?近代社会が当たり前の「近代人」である私たちは、世界恐慌時より、はるかに悲惨な、不況や所得低下、不平等(貧富の差の拡大)、社会保障の崩壊、人権制度の破綻、1%や0.1%さらに少数の富裕層が巨大な権力をもって社会を変え法律え(富裕層による実質的な寡頭制)民主主義は崩壊する。もやは近代人が存在でない環境を経験することになる。しかし私たちは近代人の主体を捨てきれず、さらにダイナミックに、大衆の不満は繰り返し爆発を繰り返す。

    封建社会にもどる、はるか手前の段階において、民衆や市民や国民は、あらゆる意味で爆発し政治を動かす。しかし、それは近代国家が存在するまでの間であり、近代国家が崩壊していく過程では、民衆や大衆は不満さえも表明できない社会において、無力化され絶望する。長い時間を掛けて、近代社会が崩壊するならいいが、100億近い人口が100年程度で75%減少する近代や国家では、2050年を生きる、先進国地域では一世代だけの期間で、ドラステックな人口激減にさらされ、近代国家の制度や理念が次々に崩壊していくだろう。

    2021年現在は、グローバリズムや新自由主義の理念が維持されているが、2050年の世界人口の大激減が確信できる時代においては「社会・共産主義」や、そもそもの「国民国家」などの思潮的な、制度的な、復活現象も観られるだろう。「強権国家」や「軍事国家」が復活し、さらには「自由」「平等」「人権」「民主主義」「市民」が崩壊し「近代国家」が崩壊に向かう。近代崩壊のあとに理想的なポストモダン社会や国家が成立する可能性もあるが、恐らくごく一部か、楽観主義者の希望にすぎず、大きな流れは近代国家や近代主義の崩壊に向かい、それは「地獄」であることを正面から認識する必要がある。「21世紀の人類の危機」がスタートしたのである。

    世界人口が100億から、75億さらに、10億、5億と激減していくと、都市の人口も中世当時へとむかう。科学や技術が維持できているか?恐らくできない、科学や技術は予算や人々もモチベーション(論文数)や、なにより社会の成長の前提で発展するので、各分野の科学や技術は恐らく維持できない(ほんの一部は維持進歩か)

    英国、米国、ソビエト連邦、日本の4ヵ国を比較すると、世界覇権国家の繁栄を経験した2国と覇権に挑戦し敗れた2国である。日本は敗北後、米国と伴に80年年代、90年代に世界トップの経済繁栄を経験した。英国は大英帝国の長い世界覇権時代を終えた後、100年経っても大国を維持している。ソビエト連邦は覇権競争に敗北し崩壊した。米国は第二次大戦後、世界のGDPの50%以上の経済を有する超大国として、ヨーロッパ、中東、東アジア(日本)に軍事力を維持し、地政学的にローマ帝国以上の広域世界覇権確立したと言える。

    このうちフォーカスすべきは日米の没落である。まず、英国と日本の没落において、英国は世界覇権を終焉させた。しかし、戦後英国のGDPは増進し、80年代には長期経済停滞を金融力によって回避し、GDPは現在まで拡大している。日本の80年代は経済大繁栄期を迎えたが、現在まで30年に渡る長期停滞を経験し、人口減少がはじまり、かつGDPが一貫して減少すの危機を迎えている。19世紀後半から20世紀初頭にかけ、英国は覇権国家からは転落したが、成長し大国は維持され、ソフトランディングに成功した。一方日本は空前の繁栄後、没落が継続し縮小し、経済大国から転落し、先進国から転落しソフトランディングできずハードランディング(崩壊)の可能性も指摘され始めた。プラザ合意とバブル崩壊によって、米国と日本の調整から、日本の没落がスタートし現在進行中である。

    米国はどうであろう?英国から覇権移行後、2極化の冷戦に勝利し、パックスアメリカーナの世界覇権と空前の繁栄を経験した。米国は戦後GDPは世界の50%以上の圧倒的規模の超経済大国であった。2019年にはGDPにおける米国の割合は、世界の24%程度であり、さらに低下していく。地政学的な中東から軍事力を撤退する計画がスターし、米中覇権においては、経済力も軍事力も中国との拮抗は、時間の問題であり、東アジアからの米軍の撤退開始において、世界覇権が終了するタイミングと観てよい。米国は相対的経済力を低下させ、今後、ユーラシア大陸の軍事維持は縮小し、中国が軍事的拮抗をする前に、ソビエト連邦のごとく、自ら崩壊してしまうリスクもある。日本では中国の崩壊はメディアでの露出は多いが、米国の崩壊は影響が大きすぎて、破滅的であり、日本の保守も革新も語ろうとしない。ソビエト連邦の崩壊は、寸前にも誰も予測できなかったと言える、ソビエト連邦内や欧米メディアにおいても、なんの前触れもなく、全く予測できず、突然崩壊した。覇権を争った世界最大の軍事国家が突然、内部から消滅してしまった。

     

    ■【ソビエト連邦崩壊と超過死とメンタルヘルス】小室直樹氏やエマニエル・ドット氏が事前に予測したとされているが、日本や欧米のメディアが崩壊を扱ったのは、連邦崩壊のタイミングと同時であった。政治、経済や歴史的なアプローチから国家の崩壊を予測するのは困難である。エマニエル・ドット氏の人口動態や医療情報、家族構成や識字率などから、近代化を数量化し、社会の発展や衰退を定義しようという試みは、ソビエト崩壊、崩壊後、ロシアの経済復興期などの、継続された研究からも、おおよその予測が可能なのではないか?と、一定の可能性を感じさせる。

    以下、ソビエト連邦崩壊期(末期)健康被害と平均寿命などの人口動態の劇的変化については、すでに多くの研究がなされている。社会にアノミーが発生し、没落から崩壊に至る際には、餓死者が急増するなどではなく、政治、経済面の社会が目に見えて崩壊していたわけではいが、著しい健康被害が発生したため、ドラステックに平均寿命の低下が発生した。ソビエト連邦崩壊直前、直後に置いて、国民レベルでの「超過死」による大量死が発生していた。絶望死や精神的な健康被害の著しい急増によって、ソビエト連邦は、他国による侵略ではなく、国家自ら、やわらかい絶望とやわらかい自殺によって、内部崩壊していった可能性がある。

    ソビエト連邦共産党、最後の書記長であるミハイル・ゴルバチョフの言葉を借りると、人々に物質的なニーズを満たしていました。乳児死亡率はかなり低く、人々は十分に食べることができましたが、精神的なニーズはありませんでした。心臓病による死亡は、暴力的およびその他のアルコール関連の死亡と同様に多かった。不健康なソ連の社会的および政治的原因も、共産主義支配の70年後に崩壊につながった可能性があります。その後、1990年以降、健康状態が悪化しました。社会が崩壊するにつれて、平均余命も極端に低下した。

    ソビエト連邦崩壊直前直後の、1987年から1994年の間に、ロシアの平均余命は大幅に低下しました。1994年から1998年の間に、この傾向は逆転し、死亡率は1980年代初頭の死亡率に戻りました。平均余命の低下は以前に調査されましたが、その後の死亡率の改善についてはほとんど知られていません。これらによってソビエト連邦崩壊直前には著しい健康被害と超過死によって、平均寿命の大幅低下につながった。

    公表されたデータによると、1984年から1994年の間に、ロシアの死亡率は最初は急速に低下し、その後さらに急激に上昇しました。1994年の男性の平均余命は57・6年で、1990年から6・2年減少しました。このような死亡率の急激な変動は、他の要因の中でも特にアルコール消費が関係している。ソビエト連邦の末期には、中高年男性を中心にメンタル危機が発生し、国民的な精神被害から健康被害から絶望死が、大量死を発生させていた。崩壊後、ロシアの所得向上によって、平均寿命は改善する。あたらしい国家の出現によって絶望死や健康被害からの大量死は減少していった。経済困窮だけではなく、社会秩序の回復こそが、絶望死や大量死を軽減させたと考える。

    ロシアの人口動態が注目を集めるようになって久しい。体制転換が始まった1992年より、死亡率が急激に上昇するとともに出生率の劇的な低下が見られ、20年以上にわたり、ロシアでは死亡数が出生数を上回る人口の自然減が続いた(図1)。1992年〜2017年の26年間で自然減少(死亡数から出生数を差し引いた数字)は1,330万人に達した。ソ連解体後のロシアは旧ソ連構成諸国からの移民受入先となっていたため、総人口の減少は1992年初の1億4,870万人から2017年初の1億4,450万人へと400万人強に抑えられているが、1992年初総人口の10%弱に該当する自然減が20年余りで生じたという事実に変わりは無い。

    人為災害の1つとして国家などの大きな共同体の崩壊が考えられる。戦争や革命などの人為災害との違いは、ゆっくり進行しており、国内問題程度の認識で「災害」の認識が薄いことである。ソビエト連邦のような覇権を争う国家でさえ崩壊期の認識はなく突然消滅してしまい、歴史的人為災害としての認識はないに等しい(パンデミックのコロナ禍において、戦時体制が十分でなく、戦争以上の人為災害との認識がない側面は、ソビエト連邦崩壊前後の災害意識の低さなどの認識と共通している現象といえる)

    当時のニュースを思い出し振り返っても戦争や革命や内戦程度の深刻さもなかったように思える。ゴルバチョフ書記長の登場は米ソ冷戦を終結を連想させ、西側では好意的でむしろ希望さえ含まれていたよに思える。しかし、崩壊前後のソビエト連邦には、静かで深刻な大災害が発生していた。アルコールに代表される絶望の病と絶望死は、国民のゆるやな自殺であり、社会の崩壊は隠された大規模な人災を発生させていた。

    大規模な超過死も確認されており、平均寿命が極端に低下している。大規模な戦争に巻き込まれた敗戦国のようであった。通常、戦争が終われば出生率の向上が観られるが、出生率も同時に大幅に低下していった。早期の死亡と出生率の低下が同時に起こり、ソビエト連邦崩壊前後のロシアでは、極端な国家規模の人口減少も発生していた。(戦争や革命、飢饉もない平時に)

    戦争、飢饉、疫病の人為災害の大量死と同様に、国家や社会の崩壊は、絶望の病によって、ゆるやかな自殺者が激増し、出生率さえも低下させてしまう大量死を起きおこす隠れた人為災害といえる。今、ソ連崩壊前後の10年間で、国家や社会崩壊の人為災害(超過死、大量死)を認識し、社会崩壊が戦争同様の深刻な人為災害であることを再定義する必要がある。

    この20年間、日本では、中国崩壊の危機がメディアに露出した。その割に米国崩壊の記事は極めてすくない。ソビエト崩壊前に、米ソ全面戦争の危機は繰り返し報道されていたが、ソビエト連邦崩壊などの記事はないに等しかった。誰も予測できず、突然崩壊した印象が強い。栄光のローマ帝国さえ数百年かけて没落から崩壊に至ったが、やはり戦争や侵略ではなく内部から崩れていった。歴史的に大国が外部要因(戦争や侵略)でなく、内部から崩壊した帝国・大国は歴史に無数に存在する。ソビエト連邦はロシア革命から70年も維持できず消滅した。一般的に近代国家は古代から中世の大国や帝国と比べ短命と考えられる。

    ソビエト崩壊前後に起こったアノミーの連鎖は、自殺をはじめ絶望死を増加させた静かなる人為災害である。ソビエト崩壊期同様に、パンデミックのコロナ禍において、アノミー的自殺や絶望死が各国に増加している可能性の検証は歴史に任せるべきではない。

    デュルケームのアノミー的自殺の現代的意義  

     

    ■【米国は崩壊か革命か戦争へ】歴史的な大国や帝国が、多く内部から崩壊した。現代ではソビエト連邦崩壊が起こった。パンデミックのコロナ禍においてアノミーや絶望死は早急に世界規模で検証していかなければならない取り組みであるが、新型コロナのパンデミック発生前において、アノミーや絶望死がすでに発生し社会崩壊の兆しがみられる国家がある。2010年代には、すでに米国には崩壊の兆しが発生していた。

    「絶望死」が増加する米国社会の暗い闇

    米国の「絶望死」 10年で急増 依存症や自殺など

    ソビエト連邦崩壊期におきていた人為災害を研究したプリンストン大学のアン・ケース教授とアンガス・ディートン教授は、これら「絶望による死」の背景にある統計を紹介している。ブルッキングス研究所のためにまとめられた両教授による最新の研究からは、25─29歳の白人米国民の死亡率は、2000年以降、年間約2%のペースで上昇していることが分かる。他の先進国では、この年代の死亡率は、ほぼ同じペースで、逆に低下している。50─54歳のグループではこの傾向がさらに顕著で、米国における「絶望による死」が年間5%のペースで増加しているのに対して、ドイツとフランスではいずれも減少している。米国のみにおいて、ソビエト連邦崩壊期の絶望死が緩やかに発生しはじめ、コロナ禍に置いて、さらに絶望死は加速している。

    米国が他の先進国と異なり、特別に崩壊の危機が近いことを類推させる。最もシンプルな証拠は、コロナ禍において先進国とは思えない(途上国のような数字)重症者数と死亡者数を出していることだ。米国は表面のみ先進国だが、すでに途上国同然の社会に没落している。

    米国では、2018年から2020年の間に他の高所得国よりも平均余命が大幅に減少し、ヒスパニック系および非ヒスパニック系の黒人人口の間で顕著な損失が見られました。長期にわたる拡大する米国の健康上の不利益、2020年の高い死亡率、および人種的および少数民族グループへの継続的な不公平な影響は、長年の政策選択と体系的な人種差別の産物である可能性があります。米国はパンデミック発生以前から、特定層で平均余命が減少していたが、新型コロナパンデミック発生後、平均余命が大幅に減少している現象が進行拡大中である。

    第二次世界大戦後に、米国は世界のGDPの50%以上の経済規模を誇っていた。2019年の名目GDPの米国は世界の24.4%までに低下し、2030年代には10%台にまで低下し、圧倒的な経済力の維持はもはや不可能であり、軍事費も2030年代には拮抗してしまう。米国の没落データを上げたら、きりがないほど多くの資料が集まる。米国内メディアでは議論されないが、独立戦争当時から指摘するまでもなく「白人」が人口のほとんどを占めていたが、白人の人口減少をはじめ、白人以外の移民の増加で、本当に近い将来、「白人」がマイノリテイーとしての人種に陥ってしまうことは確実である。日本の個人所得はここ数十年、世界最低の数字であり、数十年において物価も給与もほとんど同じ水準に留まることは何度も指摘しているが、米国も白人の一般労働者においては、35年前から7%程度しか所得の向上がみられず、富裕層の所得が激増している中では絶望的な経済所得低迷が30年以上も停滞している。

    また0.1%や0.01%のごく一部の富裕層が大統領選において、民主・共和両党の半分以上の選挙資金をカバーしている。アリストテレスの指摘を待つまでもなく、米国の民主主義は「寡頭制」が発生している。米国の盛んな陰謀論拡散の背景には、陰謀論以上の「現実」も存在するが、米国大手メディアでは強く指摘されることはない。日本の議論されない米国への忖度や軍事力などと同様に、タブーは米国にも存在する。寡頭制や人種問題は議論されないタブーでありながら、分断の源泉はそこにあるので解決は不可能とも思える。

    米国は新型コロナパンデミック以前から人口増加率の著しい低下と死亡率の上昇が現れていた。アメリカの近年(コロナ禍以前)の人口増加率の低下の背景には、①合計特殊出生率が2を下回る水準にまで低下をしていること、②死亡率が上昇していること、③移民純流入数も減少してきていること、などがあります。もしこれが続けば、いずれアメリカの人口は減少に転じることが考えられます。

    米国にトランプのような「嵐」のごとく過激な大統領が誕生した背景には、一般の白人労働者の危機意識が繁栄されている。コロナ禍においても人種別の医療データがはっきり出でしまうほど有色人種は分断され、またマジョリティとして米国を牽引してきた「一般白人労働者」が没落して久しいのである。所得の格差や、国民分断は激しさを増し、前回の大統領選挙においては、崩壊する国家の姿が選挙ですでに現れている。アメリカ合衆国議会議事堂には一般人が乱入し、あわや革命や軍事クーデターが発生する寸前であった。この光景を観た世界中の人々や、誰より米国国民はすでに取り返しがつかないところまで、米国が追い詰められていることを確信し絶望を深めた。

    『帝国以後』 (Après l’empire – Essai sur la décomposition du système américain) は、フランスの人口学・歴史学・家族人類学者であるエマニュエル・トッドが 2002年に著した本である。2050 年までにアメリカの覇権が崩壊すると予測し、その後のフランス、ドイツの外交の理論的な支えとなった。

    新型コロナのパンデミックにおいても、世界最高水準の科学力と技術力をもち、軍事力においても、民主主義においても、世界最高峰の米国が、世界最悪の新型コロナによる圧倒的な死亡者数と超過死亡者数(双方とも覇権国家どころか先進国とは思えない数字)を記録更新中である。米国国内にはすでに、途上国層が形成されている証拠である。コロナ禍の国家状況だけでも、米国が疲労困憊しており、すでに十分、社会が崩壊していること確信させる。中国崩壊ばかりが、躍り出る日本メディアは米国の崩壊を指摘しない。米国は崩壊寸前の国家である。

    米国の平均寿命低下と絶望死急増の背景として象徴的に「オピオイド」問題がある。もちろん絶望死は遥かに裾野が広い問題である(ソビエト連邦崩壊期のアルコール問題と比較)CDCが7月14日に発表した薬物中毒死亡者数暫定版によると、米国の2020年の薬物中毒による推定死者数は前年比29.4%増の9万3,331人だった。州別にみると、最も上昇率の高かったのはバーモント州(57.6%増)だった。死因となった薬物については、鎮痛剤として処方される医療用麻薬「オピオイド」が最多だった。薬物中毒として、コロナ禍において激増している。(コロナ禍以前より拡大)

    米国は国民国家が維持できない寸前まで、追い詰められ、分断されている。運よく崩壊はまぬがれても、世界覇権は継続できない。ヨーロッパ、中東、東アジアに駐屯し、ソビエト連邦崩壊後に、ローマ帝国を凌ぐアメリカ大帝国(パックスアメリカーナ)が誕生した。しかし現在、中東から撤退をはじめ、今後、東アジアからも撤退するだろう。中国が東アジアの地域覇権国家となるまで、長い時間は掛からない。

    1980年代、米国のニューヨークなどの都市部において、深夜の銃声とギャングによるドラック売買などが、凶悪都市のイメージをほしいままにしていた。現在の米国から観ると、まだ素朴な問題であった。清朝の崩壊期には「アヘン窟」が現れた。2021年、コロナ禍の米国ペンシルベニア州フィラデルフィアでは、高価な麻薬であるヘロインの数十倍の効力をもつ「鎮静剤オピオイド」が、安価に、昼間から、マフィアもなしに、堂々と、道端で注射されている。もはや警察も地方政府も政府も、どうすることもできない。長期間にわたり放置されている。清朝末期にはロンドンにも米国にも「アヘン窟」が存在したが、主に富裕層の風俗であった。本土でも社会崩壊期にアヘン窟は流行した。このときも貧困層から格安のアヘンが拡大したことに注目する。社会崩壊から脆弱な国家主権状態(国益回避が継続)に至り、清は滅亡した。ペンシルベニア州フィラデルフィアの「オピオイド」は、米国の貧困と格差などの社会崩壊が背景にあり、米国のメンタル危機の象徴そのものである。米国の多くの失業者が自宅自室でネット闇通販で簡単に入手可能である。またオピオイドなどの麻薬中毒以上に、はるかに裾野が広いアルコール問題などが存在し、ケンジントンは象徴的な場所でしかなく、オピオイド問題は米国「絶望の病とメンタル危機」における氷山の一角に過ぎない。

    https://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/fuji-kazuhiko/288.html

    米麻薬取締局によれば、中国の業者がフェンタニルなどを大量生産し、メキシコやカナダなどを経由して米国に大量に送り込んでいるという。これが超限戦的発想による「中国政府が黒幕である」とする米政府や議会の指摘が繰り返されている。真相は不明だが、いずれにしても清朝末期のアヘン流行と、現代の米国オピオイド問題は共通点が多い。清朝が健全であり社会崩壊していなければ、イギリスもアヘン戦争を起こせなかったことは容易に想像できる。米国も自ら社会崩壊を引き起こし、そこにつけいるように、戦争の形をとらない中国の侵略意図がある可能性は高い。

    ペンシルベニア州フィラデルフィアのケンジントン地区の「現実」だけで、米国がすでに没落から崩壊に向かっている現象を観ることができる。ケンジントン地区は米国の住宅地全域の問題である。ユーチューブに毎日、本日のケンジントン地区が更新されている(残酷な閲覧で注意が必要)ここは国家か米国か?歴史的にも国民国家が、これほどのアノミーと社会崩壊が存在するのは危機から崩壊に向かっている状況と考えられる。すでに米国の一部は地獄が顕在化しはじめている。ソビエト連邦崩壊期と同様に国家崩壊の問題である視点は少なく一地域の社会問題程度の扱いが多い。

    米国はソビエト連邦のように崩壊する可能性が高まっている。崩壊を回避するためには、国内にて革命や大粛清、もしくは戦争から戦時体制によって国家維持を有効にするだろう。米国は近い将来①崩壊②革命③戦争維持、に突入するだろう。大英帝国から英国へのようにソフトランディングは想像できない。戦争に勝利する以外は米国に勝利はない。他の選択では米国は崩壊か分裂、よくて小さな国家にむかうが、戦争になっても有利に展開することは難しくおもわれる戦争を選択するなら2020年代にも、準備し開戦しなければ2030年代には米国が積極的な戦争はより不可能となる。よって、米国はすでに没落が進行しており、①から③までのドラステックに覇権かから遠くはなれる方向に展開している。恐らく分断から戦争のまえに、革命闘争が発生してもおかしくない。いずれにしても世界覇権を手放すのは時間の問題である。奇跡的なソフトランディングこそ、米国の国益と政策とおもえる。しかし破滅的な展開の可能性が高いとおもえる。米国は崩壊するか、分断から革命に至っても覇権は維持できない。米国はどちらにしてもドラステックな歴史展開に至る可能性が高い。

    米国ペンシルベニア州フィラデルフィアのケンジントン地区のユーチューブ動画

    米国ロスアンゼルス、フェニックス、地区などのストリートのユーチューブ動画

     

     

    ■【近代の終焉と新オリエント時代②】西欧文明から、中華世界とイスラム世界が、オリエンタル文明を形成していく。ポストモダンは近代の終焉と西欧の没落から、同時進行する新オリエンタル文明である。中華世界とイスラム世界がグローバル化する。一時代対立するが、イスラム世界の時代となる。その大きな流れが新オリエント文明であろう。キリスト教とイスラム教の人口動態が拮抗し、21世紀末にはイスラム教の優位が確定しイスラム世界が出現する。近代文明(仮名称)の没落と、同時並行して、イスラムが世界を席巻しはじめ新オリエンタル文明がはじまるだろう。同時に世界は人口減少をはじめ近代化の逆回転がはじまる。前近代への世界的潮流は、イスラム世界をより優位に導く。そもそも近代化とイスラム世界は相性が悪く、前近代化の時代の流れは、イスラム化の流れを加速させる。

    急増するイスラム教徒、40年後にキリスト教に並ぶ 米調査機

    イスラム教徒、2100年には最大勢力、世界の宗教人口予測(日本経済新聞)

    欧米の繁栄は米国の没落によって、中国やアセアンをはじめとしたオリエント地域へ繁栄がシフトするが、中国やインドの繁栄で近代文明を伝承するが、21世紀中盤で繁栄は終焉し、世界全体の近代化も終焉する。中国の一時的な世界覇権からはじまるオリエント地域への繁栄移行は、アセアン、インド、中東、アフリカの近代化と、オリエント地域の大国も連続して出現するが、21世紀終盤には世界中の近代化が、全地域の人口減少によって、近代は終焉にむかう。新オリエント文明は、中国、アセアン、インドなどの大繁栄と同時に、世界的なイスラム化もはじまる。新オリエント文明は、イスラム世界の拡大と伴に、近代の終焉と伴に、その本質を現してくるだろう。

    21世紀後半から、近代の没落と終焉から、中華からイスラム世界の復活と、新オリエント文明へ、文明移行や繁栄地域移行の大移行時代がはじまる。人類が世界人口減少をはじめて経験する時代に大移行時代が重なる。中世へ逆行する文明。21世紀に人類の危機が繰り返されるのちに、世界人口の急激な減少の時代。イスラム世界の優位性もより高まる。

    イスラム国家が近代化が難しいのは、イスラムの作りだす共同体が前近代的だからである。近代文明の次に新オリエント文明とするなら、イスラム世界の復活こそ、新文明の本格的な潮流と言える。

    人口減少がすでに数年後2023年にも起こる中国は、意外に早期に繁栄が終わり、アセアン、インド、中東へと繁栄地域がシフトしていく、米中の中国への覇権移行から、新オリエント文明がはじまる。古代ギリシャ、ローマから、最も遠い東の果て、中国からオリエント世界の再生がはじまる。

    覇権が中国へ移行されるが、世界は多極化した国家がせめぎ合う体制が復活する。これら、多極体制から、イスラム教人口が歴史的にはじめてキリスト教人口を21世紀半ばに均衡し、今世紀後半にはイスラム教人口が世界を多くを占める。経済繁栄は中国からインド、中東へ移行。さらにアフリカへ、ギリシャ、ローマのヨーロッパを取り囲む。500年間の欧米地域の繁栄から、オリエント世界への移行がはじまる。500年間以前はイスラム帝国やペルシャ帝国が君臨していた。よって再びイスラム世界が復活する。

    アレキサンドロス大王やナポレオン、英国、米国もオリエントに大帝国を形成し、ソビエト連邦も中国もオリエント全土の広大な帝国をめざすが、大帝国は短期間の現象といえる。よって国家の多極体制へむかう。大国は入れ替わるが、イスラム教の人口優位は進む。オリエント地域が繁栄地域として、覇権国家や大国が勃興衰退するかもしれない。しかし、世界人口の減少のため、繁栄と覇権の形は近代とは違う特色をもつだろう。

    新オリエント文明は近代文明(仮名称)より、さらに短い時代なのかもしれない。急激な人口減少が継続するため、22世紀において、10億や5億の単位まで減少すると、新オリエント文明を最期として、人口増加に転ずるまで何百年、何千年も、非文明時代として、もしくは文明の後退期として、かぎりなく近代の逆行が継続され、中世から古代世界に移行してしまうかもしれない。再び世界人口が増加に転ずる現象は予測も想像もできていないからだ。そのように長期間停滞低迷してしまうと、近代や新オリエント文明以降は、次の時代や文明に、科学も技術も引き継がれることが不可能になるかもしれない。有史以前に引き継がれられなかった、文明の存在も、このような文明の長期間低迷期があったなら、記録に残らない文明になってしまう。この問題は壮大すぎて資料も少なく想定想像できない。

    人口が減少し、近代は中世に回帰していくかもしれないが、イスラム世界の学者がラテン語やアラビア語でギリシャ・ローマの科学や学問を維持していたように、新オリエント時代もイスラム世界の学者が、英語と地域の言語で維持継承して行くかもしれない。

    ポストモダンにおいて、新オリエント文明ではヨーロッパや米国は過去の地域となるが、栄光の西欧文明や近代文明の遺産を受け継ぐのは、またしてもイスラム世界なのかもしれない。

    西欧文明を中国やアセアン、インドなどが引き続き、やがて、欧米の終焉とイスラム世界の拡大で、イランなどの中東、アフリカ、ヨーロッパや米国でもイスラムが拡大し、イスラム世界がリードし、新オリエント文明が形成されて行く。ポストモダン世界であり、近代文明の没落から、新オリエンタル文明へ、中世化と中東化(アフリカ化)が進むのかもしれない。世界人口の減少が継続される時代であり、暗黒の中世のイメージが優先するが、近代化とは反対の、もしくは全く別の流れがはじまるのが、新オリエント文明であろう。パラダイ厶シフトも起こるので世界観の想像はできない。

    イスラム世界の復活、イスラム帝国が世界覇権に登場し、イスラム世界内で覇権移行が起こる時代が、本格的な新オリエント文明であろう。ペルシャ帝国の没落期に、イスラム帝国はペルシャをそのまま吸収していったように、近代文明を吸収しイスラム世界が拡大する。最初のイスラム帝国候補はイランであろう。中東やアフリカのみならず、アジアやヨーロッパにもイスラム世界や帝国が形成されるかもしれない。近代や国民国家が没落する中、帝国や絶対王政が復活するかもしれない。さらに人口減少が進めば、世界は封建社会以前へと逆行して行くのかもしれない。22世紀以降は、イスラム帝国の興亡が、世界中で起こる可能性がある。西欧文明はイスラム世界において(滅亡したペルシャ帝国のごとく)神秘主義や文学としては維持されるのかもしれない。ロシア(スラブ)は、21世紀後半には新オリエント文明の一角としロシア(ロシア帝国)の復活もあるかもしれない。

    中国の長期的な人口動態には要注意である。 近代の終焉から欧米や日本、アセアンやインドまで、世界で人口減少が進む、今世紀中盤において、中国だけが人口減少を抑えられる可能性もある。習近平からスムーズに次世代に権力移行が行われ、長期に中露関係が維持されるなどドラスティックな変化が起こらい限りにおいて、特に大国間において、中国のみが人口維持が優越する局面も想定させる。都市と地方、教育と識字率などの調整や、わらかい文化大革命などによって、(短期の人口減少には突入するが)21世紀中盤には、人口減少を優位に抑制できる可能性を秘めている。これは国勢の大きな流れにおいて要注意視点である。近代の終焉によって、各国同様に人口減少が進む場合、中国の世界覇権は短期に限定され、その後インドや中東へ繁栄がシフトし、新オリエント時代の本流に移行していく流れであるが、中国が覇権的な繁栄に突入した際、イスラム世界の拡大期において、効果的にイスラム世界のパワーを取り組むことも想定できる。かつてのモンゴル帝国である元は、イスラム世界の人材を巧みに官僚など国家機構に登用し世界帝国を形成した。今世紀中盤以降、イスラム世界に囲まれはじめても、イスラム世界との関係次第では、中国の覇権が長期に渡り維持されてしまい、新オリエント時代の前半に中華帝国の覇権が出現するかもしれない。22世紀は新オリエント時代に、イスラム世界内でイスラム帝国間での覇権移行が連続するかもすれない。西欧近代文明に匹敵する新イスラム文明が花開くのかもしれない。

     

    第三次世界大戦と全面核戦争の危機「ウクライナ侵攻から21世紀のキューバ危機へ」

     

    ■【日本の生き残りについて】日本のグランドデザインは「豊かな社会」や「コロナ前の元の世界へ」ではなく、世界と日本の危機を総括し【日本の生き残り】を国民合意をすることからはじめるべき。世界と日本の危機は自然災害か人為的災害か?21世紀は人為的災害にフォーカスすべき時代である。南海トラフ地震などの自然災害は準備が必要である。しかし隕石衝突やカルデラ噴火などがない限り直近の自然災害で日本が滅亡(消滅)することはない。人口減少は世界的現象であり対応は必要であるが滅亡するわけではない。また国民国家としての日本の分断は欧米ほど深刻とは言えない(行き過ぎた個人主義によって分裂は深刻)絶望死や不気味な超過死によって平均寿命が低下しているわけでもない。内からの社会崩壊によって滅亡する危機は欧米ほどに深刻とはいえない。しかし平成の30年間に起こった経済没落は深刻であり、76年前の敗戦による国家主権喪失(半主権状態)が、健全な国益追及を阻害し経済自殺が継続されている。この半主権状態は国民国家としては致命的である。今後の日本の危機は自然災害より、他の人為災害より、地政学的危機にフォーカスすべきである。なぜなら今、日本の滅亡(消滅)は、地政学的危機によって発生する可能性が最も高いと考えられるからである。日本社会の主権喪失による機能不全と地政学的危機から、やわらかい親米保守から、日本の半主権状態からの脱却を理解する【独立保守】が有効に結集し議論できる場が急務に必要である。職業、業界を問わず、日本の独立保守論客が結集し議論可能な基盤を複数確立すべき。親米保守や親中保守だけではなく、護憲左翼からリベラルまで、日本の主権(独立)なしに、日本の危機回避は不可能であることを合意する。特に日本が滅亡する可能性として最大の危機である「地政学的危機と国家主権の完全消失」を想定し準備するタイミングである。76年間発生しなかった熱量が政治に求められる。20年以上に渡り、国民に深刻な危機感は発生しなかった。このまま没落から崩壊寸前になっても危機感が発生しない可能性が高まっている。

    家族など身近な最も小さい共同体の見直し、身近な人間を大切に助け合い。中間共同体の再構築が望ましい。しかしながら崩壊がとまらない状況であるので、最期のとりでの共同体である「国」は死守するしかない。現在の国民国家の維持が肝要であるが、近代の終焉など時代の流れで、絶対王政であり独裁であり、社会主義であれ、帝国であれ、「国」が最期の砦である。国が維持されない場合、すべての共同体は地獄となる。この地獄は回避すべき。よって保守思想が望ましい。現状の体制から政策や法律の変更の積み重ねで新しい国に移行しくのが望ましい。一度崩壊した共同体がもとにもどるのは難しい。しかしながら、国家を死守できれば、何十年、何百年と時間をかけて共同体の復活や再構築が可能である。江戸時代にも共同体が存在したように。最期の共同体である「国」が崩壊してしまえば共同体の復活や再構築はできずに消滅へ向かう。もしくは他国の共同体として「日本文化」としてのみ伝承する。

    環境問題、温暖化問題は準備を進め、日本は各国に意思を広げるべき。しかし日本半国家主権状態であるため、他国や大国の意思に協調するしかない。温暖化によって地球規模の危機に日本が準備するめには日本の国家主権回復が前提となる。飛躍した議論ではなく事実である。また温暖化問題によってここ数十年間で日本が滅亡する可能性は低い。地政学的危機はすべての災害において日本の最優先分野である。

    環境問題の他、社会保障問題、安全保障問題、人権問題、年金、介護、福祉、高齢化、貧困、少子化、教育、子育て、財政、技術基礎研究、憲法、原発、男女共同参画、ジェンダー、拉致、移民、障害者 コロナ禍問題など多くの、社会問題、政治問題を解決する機関組織は、主に国の政府をはじめ行政機構である。内閣府、デジタル庁、復興庁、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省、防衛省、などの行政機関が、毎年の予算をもって、国の問題を解決すべく仕事をしている。半国家主権状態や国家主権の欠如は、行政機構が国益を追求する際に、多くの矛盾や障害を自ら設定し、混乱させ、本質的な国益追求を回避させる。「日本のことは日本が決める」という国民国家の背骨が抜け落ちている。独立国家の背骨が溶けている。

    昭和の終わり、日本はソビエト連邦の崩壊で「政治」「軍事」的な優位や安定性を喪失したのである。平成の経済没落で「経済」的な優位や安定性も喪失した。令和の日本国は、すでに裸の国民国家である。米国は近い将来、崩壊するか、革命か戦争に突入する。米国が幸運にもソフトランディングができると想定しても、2030年代には事実上、東アジアからの撤退を開始し、形骸化した米軍を残し、東アジアの地域覇権は米国から中国に移行する可能性が高い。独立国家の背骨が溶け、没落が加速している過程に、地政学的危機の拡大によって、戦争に巻き込まれる危機と再び戦場となる危機が迫っている。すでに国難に突入しているが、危機感が発生していない「裸の国民国家」である。昭和の終わりから平成にかけての退行現象によって「幼児国家」となってしまった。

    「富国強兵」は、古代中国から古代ギリシャ・ラテン世界から、数千年以上、古今東西において、「国」の普遍的な目標である。明治の「富国強兵」から、戦後「富国弱兵」に、現在「貧国弱兵」に向かっている。歴史的に、普通の発想のレベルおいて、没落から滅亡の危機が迫っていると考える。にもかかわらず、全くと言って良いほどの、この危機感の欠如状態こそ「幼児国家」の証である。日本は「裸の王様」であることに、まだ政府も国民も気づいていないのである(うっすら感じている程度)滅亡した国の多くは没落中にも関わらず国内に「危機感」が発生しない特徴をもつ。76年前の敗戦によって、普遍的な国の目標である「富国強兵」が、日本から削除されたのである。日本の生き残りのためには「富国強兵」に再び目覚めること。没落や滅亡を回避するためには、国の普遍的な目標を回復(再生)することが最重要である。このまま「富国強兵」国民議論がタブーのままであるなら、日本の没落を止めることは不可能である。幕末以来の「亡国危機」が、より顕在化していく可能性は高まっている。

    日本の危機を総括、人為災害の地政学的危機。日本は没落から崩壊へ、歴史的最大の国難の危機であり、崩壊や消滅か、属国から植民地、再び戦場となる危機、最悪なのは滅亡消滅ではなく、国家分断であり、領土が複数の国家に統治され、日本人同士憎しみあい、殺し合うこと、各属国として、分断日本が代理戦争の「戦場」に陥ること。日本は再び戦争に巻き込まれ戦場となる。歴史的な地政学的危機と国難が目前に迫っている。次回、占領や分断から独立国家として日本が復活できる保証はない。

    日本の危機に、政府やメディアを批判するのではなく、国民の責任として考えはじめるタイミングである。日本の没落が止まらない原因は日本国民の政治判断ミスの連続である。30年の没落を放置し、没落から滅亡に向かっているのは、全面的に国民の責任である。日本国民が政治経済の本質的認識ミスを認めない限り、没落は止まらない。日本国民は責任を取るべき。政策の転換で没落や滅亡は回避可能である。ただし、戦後政治経済の総括によって、日本の半主権状態を認めて、国家主権の回復を認識できなければ、民主主義は終焉する。また日本も没落から滅亡に向う。日本の再独立が意識できない国民は日本没落の責任を取るべきである。ここに日本国民の非を批判する。日本の没落は国民の判断ミスである。主権回復には国民の一定以上の熱量が必要である。今後、国民の気づきや目覚めのみが「日本の生き残り」に最も重要と思われる。国民に国家主権の致命的な欠如が意識されなければ、日本の没落は止まらず滅亡や亡国に至る。一定以上の熱量が政治にないのは国民の責任。国民が日本を没落させ滅亡させようとしている主犯である。政府やメディアや責任転嫁や陰謀論にも逃げることなく、国家の主権者である国民が責任を取るしかない。日本が没落から崩壊するのか、生き残るか、国民の責任である。大規模な機能不全の危機が発生する前に、一部の国民は「日本の生き残り」の準備を開始する必要がある。日本の生き残りとは「富国強兵」である。近い将来、日本国民が地政学的危機に目覚めることを信じて疑わない。

    「米中冷戦と第三次世界大戦」2022年9月21日、ゆっくりと長期に及ぶ【キューバ危機】の再来がスタートした可能性が高い。核兵器未使用であっても、ヨーロッパや中東から【第三次世界大戦】など大規模戦争に発展する可能性について

     

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    疫病・恐慌・戦争・革命・飢饉・21世紀の人類の危機

     

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    21世紀の人類の危機「2022年以降、世界恐慌と第二次世界大戦の蕩尽規模を凌駕する人為災害スパイラルが発生」「日本は戦後最大の閉塞感へ」「バリ島の8月死者数は世界最悪水準」 https://bali-chili.com/20210826/ https://bali-chili.com/20210826/#respond Thu, 26 Aug 2021 11:56:53 +0000 https://bali-chili.com/?p=15261 ■2021年7月に変異種デルタ株拡大に伴い、新型コロナの疫病戦局が悪化する悲観予測が世界中に広がっている。この疫病災害だけでも、第一次世界大戦の死者数を超え、第二次世界大戦の死者数に向かう兆候が出ている。20世紀の教訓から21世紀は「自然災害」の被害を大きく上回る、疫病、経済危機、内乱、戦争、飢饉など、多種の「人為災害」が、複合化、拡大化、深刻化、長期化などで、比較的短期間に指数関数的な死者数増加が繰り返され、または同時多種の人為災害が負のスパイラルを拡大し、史上最悪であった20世紀でさえも経験していない、人類史において最大級の大量死が発生する想定をするべきタイミングである。端的に「①80億の人口、②現代のグローバリズム、そして③変異種デルタ株拡大」によって、多種、複雑化・深刻化する「人為災害」スパイラルが始まる可能性が高まったと想定した。21世紀の人類の危機である。

     

    上記想定は「この世の終わり」や「人類滅亡」など、終末論や神話的指摘ではなく、生命史において、億年単位で繰り返される絶滅期(70-95%の種が大量絶滅する時期)のように、また人類史や歴史において、「自然災害や人為災害」の一旦として考えている。注目すべきは、20世紀前半の類例のない人為災害である。疫病、経済危機、内乱、戦争、飢饉などで繰り返し発生してきた大惨事のように、繰り返し起こる大量死である「蕩尽現象」として捉え想定すべきと考える。20世紀の2つの世界大戦の延長上としての混乱(米中覇権や第三次世界大戦)、それに伴う多くの国家機能不全や世界的飢饉は、フォーカスすべき多種の人為災害スパイラルの一帰結として追っていく必要がある。21世紀の人類の危機を想定する。

     

    ■参照データ

     

    COVID-19 世界地図

    by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University

    https://coronavirus.jhu.edu/map.html

     

    新型コロナ感染国別リスク CDC

    https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/travelers/map-and-travel-notices.html

     

    COVID-19感染予測 Institute for Health Metrics and Evaluation (IHME)

    https://covid19.healthdata.org/global?view=cumulative-deaths&tab=trend

     

    COVID-19感染予測 (Google日本版)

    https://datastudio.google.com/reporting/8224d512-a76e-4d38-91c1-935ba119eb8f/page/ncZpB?s=nXbF2P6La2M

     

     

    【※以下記事は主に個人的見解である】

     

    ■超過死について

     

    2020年より、世界のコロナ禍で、統計上の新型コロナ検査済みの死者数ではなく、平年より明かに多い死者、コロナか禍の影響を受けた「超過死」を、いくつかの研究機関が予測している。特に途上国・新興国においては、統計上の死者数より、はるかに多い新型コロナ災害死者が発生していることが推測できる。前者を①検査済み統計の死者、後者を②超過死をコロナ禍災害の死者、として分けて考えることで、パンデミック災害の本質に迫ることができる。

     

    世界コロナ死者、公式発表の2倍超か

    https://www.asahi.com/international/reuters/CRWKBN2CN294.html

     

    インドの「超過死亡」、コロナ公式死者数の10倍に上る可能性

    https://www.cnn.co.jp/world/35174205.html

     

    ワシントン大学医学部保健指標評価研究所IHME  COVID-19超過死予測

    https://covid19.healthdata.org/global?view=cumulative-deaths&tab=trend

     

    新型コロナのパンデミックによる、全世界統計は、8月23日時点でWHOは累積死亡者数を443万人としている。これに対し、ワシントン大学医学部保健指標評価研究所では、新型コロナ災害による死者数を978万人としている。検査済みの死者統計と同時に、各国の超過死から、コロナ禍災害の死者数を推測している。全世界で統計死者数の2.2倍以上のパンデミックによる死者が発生していることになる。

     

    インド・インドネシア、東南アジア、アフリカなど、世界人口の80%以上の国々、ここでの途上国、新興国の範囲は、世界人口80億人の83%(66憶人)が住む低所得国および中所得国(LMIC)とする。

     

    ■インド・インドネシアの超過死

    米国に拠点を置く世界開発センターが発表した暫定的な論文で明らかになった。インドでは2020年1月から21年6月にかけて、推計340万~490万人の超過死亡が報告された。一方、インド保健省に報告された死者数は約40万人となっている。すなわちインドのコロナ禍死者は、統計の10倍に至る可能性が出ている。

     

    途上国ほど、統計死者とコロナ禍死者(超過死)のギャップが開く傾向にある。インドネシアは8月23日時点で、累積死者統計が12.6万人であるが、ワシントン大学医学部保健指標評価研究所IHMEは、34.3万人の超過死(コロナ禍死者)を推測している。統計死者数の2.7倍のコロナ災害死者が発生していることになる。

     

    インドネシアのコロナ禍の死者数7月7日個人予測

    https://bali-chili.com/20210707/

     

    準備するための参考想定数値(個人見解)【7月15日から8月末までの新規の死者・重症者数】45日間予測

     

    インドネシア全体 死者数5万人(ピーク1日2千-3千人)重症者40万人(医療崩壊)

     

    ジャカルタ邦人 死者数40人            重症者300人

     

    バリ島全体   死者数2500人(ピーク1日150人) 重症者16000人(医療崩壊)

     

    バリ島邦人   死者数 数名/一桁台             重症者10単位/数十人

     

    上記は7月7日に個人予測した数字であり、悪い傾向を強く意識した、煽りになってしまうと感じた数字であったが、8月末を待たずに、全体の数字は甘い予測であったことが理解できる(来年以降さらに正確な数字が)同上の超過死予測によって、7月中旬より現在まで、恐らく8月末まで、インドネシアでは、1日あたり3,000-4,500人の死者を出していたことになる(統計死者数は1日1,000-1,800)1日1,500人と4,000人の死者数では災害規模も、国民の危機感も全く違うレベルになってしまう。

     

    想像して頂きたい、1カ月半以上に渡り、自然災害や人為災害で、1日3,000-4,500人、毎日継続して死者が出ている国家の現象とな何か?何と比較できるか? すでにインドネシアは、「歴史的な戦争、飢饉、疫病」のごとく大惨事の渦中にあると考えられる(現在、周知把握されていない事実、来年には各国メディアで整理公表されると考える、災害規模を来年把握するのは、安全保障上の手遅れであり、現在から把握する必要がある)

     

    ①「東京大空襲」1945年(昭和20年)3月10日の夜間空襲死者数が10万人以上、に近い死者数

     

    ②広島原子爆弾投下は、1945年(昭和20年)8月6日、14万の死者以上、に近い死者数

     

    ③阪神淡路大震災の死者6000人、毎日から2日1度、阪神淡路大震災が連日発生している状態。1カ月以上

     

     

    7月からのインドネシアのコロナ禍が、いかなる大惨事であるか?日本の災害に当てはめると、甚大な規模を実感する。「1日、3000-4500人の死者」が45日以上継続、第二次世界大戦終盤、ドイツや日本への本土空襲のごとき惨状である(戦争ではなく疫病で)インドネシアのコロナ禍は、ワクチンも社会制限も問題を抱え、再び感染急拡大の発生も想定され、2022年には死者100万人の可能性も見え始めた(2021年末予測、死者統計が30万人台)

     

    インドネシアは建国以来の大災害が発生しており、長期間、収束の見通しが立たない。インドネシアでは、コロナ禍の死者数と現実は、極めて過酷な悲劇を収束できない状態に陥っている。10年単位の将来において、インドネシアのコロナ禍が歴史として検証されていくと思われる。現在、デルタ株発生以降、世界に緊急事態の空気が広がり、日本を含む先進国の人間や、インドネシア人でさえも、第二次世界大戦以来の、現在進行中のインドネシア大災害を把握できていない。今後、多くの人為災害が連続発生する可能性が高まるタイミングにおいて、極めて危機的な社会状態といえる。

     

    ●バリ島超過死

     

    バリ島の8月死者数は世界最悪水準である。中旬以降1日40-70人の統計死亡が継続している。よってコロナ禍災害のバリ島死者数(超過死)は1日、135-190人と概算類推できる。バリ島は8月、1日あたり100―200人が連日、死亡していることになる。ごく短期間に、バリ島の死者数が急拡大した人為災害では、1965年のインドネシア内乱と虐殺、における大惨事以来と思われる。インドネシアやバリ島は、56年前には人為災害の大惨事が発生していた。「神々の島」は、いにしえからのものではなく、ごく最近のリゾートイメージであり、バリ島であっても、インドネシアであっても、経済危機や国民分断や内乱が起これば、突然、何十万、何百万人の人為災害が発生するかもしれない地域であることは忘れていけない。

     

    日本の研究者によって、バリ島で半年以内の、ごく短期間で、共産党関係者や華僑系住民が標的となり8万人が虐殺されたと指摘されている。現在、東南アジアやアフリカなど世界の途上国の新型コロナ危機は、経済危機や貧困層の拡大を招いており、パンデミックは世界の80%以上の途上国・新興国「世界人口80億人の83%(66憶人)が住む低所得国および中所得国(LMIC)」を急速に国政を不安定化させている。

     

    背景は経済危機や貧困拡大であり、国民分断からジェノサイドへ (1964東京オリンピック翌年に起きた人気リゾート8万人大虐殺) 現代の陰謀論やフェイクニュースと同様の事実ではに物語であっても、プロパガンダとして多数派を獲得し、国家を創ることにもなる。よって陰謀論やフェイクニュースによって、歴史が創られたことは数多い。負ければ陰謀論、勝てば真実として国の歴史となる。

    インドネシア大虐殺はなぜ起こったのか

     

    ●他国の超過死予測(8月23日現在)

    新型コロナのパンデミックによる、全世界統計は、8月23日時点でWHOは累積死亡者数を443万人としている。これに対し、ワシントン大学医学部保健指標評価研究所では、新型コロナ災害による死者数を978万人としている。先進国においては、新型コロナ死者統計とコロナ災害の死者(超過死)のギャップは小さいが、先進国として米国のギャップは極めて大きい。

     

    ①米国 統計死者数 63万 コロナ災害の死者(超過死)97万人 ※今年中に120万人の予測

     

    ②ロシア 統計死者数 17.5万人 コロナ災害の死者(超過死)114万人

     

    ③インド 統計死者数 43万人 コロナ災害の死者(超過死) 121万人

     

    ④インドネシア 統計死者 12.9万人 コロナ災害の死者(超過死)34.3万人 ※今年中に60万人に到達し、次の感染急拡大が発生すれば、最短記録で100万人の死者の可能性もある(ワクチンと社会制限に問題)現在より来年まで、しばらくは「世界最悪水準の新型コロナ災害のポテンシャル」を有している。

     

    ※東南アジアやアフリカなど、途上国・新興国(世界の80%以上の人口を占める)において、統計死者数とコロナ災害の死者(超過死)の差が激しく存在し、実際には数倍~10倍以上の全くかけ離れた大規模な大量死でることを注視しなければならない。各国は世界人口80%地域のコロナ災害規模を見誤っており、コロナ災害中から発生している経済危機や食糧危機を軽視してしまう傾向にある。そして内乱や暴動が急増する想定も見誤る。

     

    80%地域が同時多発的に経済危機や貧困拡大や食糧危機が発生し拡大していく。世界恐慌や第二次世界大戦が、局所的(部分的)な経済危機や戦争に感じられるほど、全世界規模の同時多発的な経済危機と内乱が拡大して行く場合、日本も含む先進国にも大津波が到達するのは時間の問題である。

     

    大津波が新興国・途上国より到達しなくても先進国自体、経済危機や貧困の拡大や分断によって政治は混乱の度を深めていくと思われる。特に軍事超大国の米国やロシアにて、死者が100万人を超え、コロナ災害死者が増加していることは、ロシアの独裁体制や米国の民主政治体制なども、分断と国内混乱によって一夜にして、政府も国家もひっくりかえる可能性もあり、全体主義や国家主義的な強権政治へ移行する可能性もある。

     

    国内の不安定化や混乱を収拾できなければ、政府や国家体制維持にとって、戦争や疫病や飢饉さえも好ましい場合もある。コロナ禍からコロナ収束後にかけて経済危機から国家の役割が飛躍的に大きくなり、いくつかの国々が極端に隣国を憎悪し、覇権を強調し、戦争に向かうことは時間の問題にも見える。米国はすでにコロナ禍によって、第三次世界大戦のごとく国民の死者数と、戦争前のごとく国民分断が始まっている。

     

    世界人口80%以上の途上国・新興国から発生する大津波が世界中を混乱に貶める中で、世界経済政治の中心である覇権国家米国も大規模な死者と分断と不安定化が進行している。現在のパンデミックは世界恐慌や第二次世界大戦のポテンシャルを凌駕する「蕩尽性」を抱えている兆候が出ている。

     

     

    ■コロナ禍における最悪の可能性の1つ(英米製ワクチンの重症化予防効果を破る新変異種発生などについて)

     

    変異株が大規模な市中大感染と大規模なワクチン接種のセットで発生した可能性があり、ファクターC(仮説:ワクチン大規模接種による新変異株発生のメカニズム)とする。このように仮説ファクターCの存在を予測することができる。証明はされていない。しかし、今後もデルタ株以上に感染や死者数を急増させる新変異株が発生し、それがワクチン大規模接種によって、起こっていれば大問題であり、ワクチン大規模接種をストップしない限り、新変異株発生が止まらず、感染急拡大や大量死が繰り返されてしまう。

     

    各国政府や国際機関はファクターC仮説を、よりフォーカスして、予算も増大させなければならない。ワクチン開発をした大手製薬会社は積極的に研究できないのは当然なので、各国の安全保障重要案件として、ファクターC仮説の研究にフォーカスしなければならない。もはや、世界は新型コロナの感染を止めることはできない。ワクチンによる集団免疫の希望は消えた。台湾やシンガポール、中国?などを除き、また、ブースターの3回目、4回目、5回目とコロナ収束まで、回数追加は先進国では実行される。また新開発ワクチンも接種される。先進国では大感染と大規模ワクチン接種が長期間継続される。

     

    より感染力と病原性の高い新変異株が、この2要因から発生していて、かつ次のデルタ株より死者数を増加させる新変異株が広域で急拡大しはじめた場合、ワクチンの大規模接種に赤信号がともる。疫病パンデミックは歴史的なデータと研究から、感染力が高まって変異が進むと、病原性はいつか低下(弱毒化)すると、楽観論の中心的根拠の学説となっている。はたしてそうだろうか?パンデミックがはじまり1年半になるが、8ヶ月前のワクチン大規模接種と実験エリアの南アフリカで、次々に感染力が高い変異株が発生しているが、病原性が落ちているように観えない。むしろ素人目には病原性も高まり、いわゆる弱毒化の反対の強毒化しているように感じる。厳密なエビデンスは後回しとしても、繰り返し、新変異株が感染急拡大をおこし、死者が急増しているのは事実である。

     

    アルファ株(英国)

    ベータ株(南アフリカ)※早い段階でアストラゼナカ社ワクチンの治験が最初に、かつ濃密に行われた国

    ガンマ株(ブラジル)

    デルタ株(インド)

    ラムダ株(ペルー)※2020年8月には確認されていますが、2021年2月3月4月の感染拡大はラムダ株が引き起こした可能性が予測され、ワクチン接種は2月3月からスタートしていました。

     

    次の死者を増大させる新変異種が拡大し、大規模接種や新ワクチンの接種や3回目以上の接種地域の大規模接種から発生していた場合、世界は立ち止まり、ワクチンそのものを根本から見直さなければいけないタイミングに至る。最悪の事態はエビデンスがないと、先進国や大手製薬会社が事実を認めず、世界人口10%の豊かな国々のみワクチンブースターの繰り返しで急場を凌ぎ、世界人口80%以上の途上国、新興国では、新変異種の感染急拡大と大量死が繰り返される。また先進国の感染拡大や社会制限も長期化するが、目の前の国民の命をまもるためにワクチン接種をストップできない。大量死の悪循環に至る。米国のCDCのみならず、各国は安全保障予算枠をもってファクターC仮説にフォーカスすべきだ。

     

     

    ■飢饉について

     

    インド・インドネシア、東南アジア、アフリカなど、世界人口の80%以上の国々。ここでの途上国、新興国の範囲は、世界人口80億人の83%(66憶人)が住む低所得国および中所得国(LMIC)とする。

     

    飢饉のプロセス理論:脆弱性の観点から(飢饉は人為災害である)

    https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/26803/files/ioc171009.pdf

     

    飢饉に関する世界の誤った考え「神話」を論破してゆく。結論として,ラッペとコリンズは「飢えを生み出している元凶は食糧や土地の不足ではなく,民主政治の不足なのである」と述べている。ラッペは,【飢饉とは社会的災害であり人災であるという】

     

    ミャンマーの食糧危機340万人、この記事の直後、新型コロナ感染急拡大で食糧危機が600万人と試算が膨らみ危機が深刻化している。

    https://jp.reuters.com/article/myanmar-politics-worldfoodprogramme-idJPKBN2C90D3

     

    社会保障制度基盤のない途上国(新興国)で失業と貧困拡大。「飢饉に対する脆弱性」とはインド、東南アジアから世界中の途上国(新興国)地域に拡大する経済危機と貧困拡大である。コロナ禍前であっても、世界の飢餓の50%はアジアに集中していた。インドから東南アジアへのデルタ株拡大は飢饉の危機の背景を拡大悪化させている。世界中の途上国で「ミャンマー化」が懸念される。

     

    パンデミックから飢饉へ : 食料安全保障報告書が国連WFPの最悪の懸念を裏付ける

    https://ja.wfp.org/stories/hankahantemitsuku-shiliaoanquanbaozhangbaogaoshukaguolianwfpnozuienoxuannianwolifukeru

     

     

    低所得国と中所得国におけるCOVID-19メンタルヘルスの影響と対応

    https://www.thelancet.com/journals/lanpsy/article/PIIS2215-0366(21)00025-0/fulltext

     

    近未来の大乱世は、2020年新型コロナを機に、複合要因によって、先進国・途上国など地球規模で、電気などの国家基盤インフラ停止から、多地域・同時多発の飢餓を想定すべし。個人の対策対応には限界があり、家族から国家まで、共同体のサバイバルのために。近未来、人類の最大・最期の危機である「広域同時多発的な大規模な飢餓」を想定すべし。巨大隕石でも落ちてこないかぎり、この人為災害「広域同時多発的な大規模な飢餓」が21世紀最大の災害危機と推測する。

    「日本映画サバイバルファミリー」

    日本の突然の社会崩壊をイメージできる。危機発生から全体像を把握できないうちに、食糧危機により、徒歩で地方に向かう流民(難民)が、東京から大発生し道路を埋め尽くす。映画なので、もとの世界を夢見てハッピーエンドで終わる。現実には飢饉の大量死が発生する。現実は映画よりはるかに深刻な世界となることは間違いない。数年に渡り電気や電気機器が使用できなければ、現実には、もとの世界にもどることはありえない。

     

    ●飢餓・飢饉は人類史最大の危機(大量死)である。

     

    ●自然災害の他にも、疫病、恐慌、戦争、革命、飢餓など「人為災害こそ、21世紀の人類の危機である」

    「20世紀の人類の危機」

    https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020109773SA000/?spg=P201400121100000

    ●歴史的に、疫病、戦争、食料危機、など混乱拡大や社会・国家崩壊から、飢饉が最大・最期の大量死を発生させてきた。

     

    中世ヨーロッパ、ペスト

    平安日本、方丈記

    中国は飢餓の歴史

    第2次世界大戦は戦闘より餓死

     

    飢饉の世界史

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%A2%E9%A5%89%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

     

     

    ■日本のコロナ禍

     

    日本は秋冬に大津波が襲来。医療崩壊、重症者、死者、過去最大値の流れに向かっている。それでも、昨年の欧米より、現在のデルタ株が拡大している東南アジア、欧米より死者が少ないのはやはりファクターXは存在している証拠と思われる。高齢者に英米製ワクチン接種をし、そこにデルタ株到来。東南アジアもファクターXが存在していながら、ワクチンの質と量に問題があり、生活習慣の違い、脆弱な医療などの社会の途上国性が影響し、昨年の欧米以上のコロナ災害が発生している。アジアで英米製ワクチンが国民確保できた国は日本だけである(今、接種遅れ問題)

     

    インドから東南アジア各国のコロナ政策の失敗は甚だしい、1日何百人から何千人とデルタ株感染急拡大で死者が現在も発生中である。日本も医療崩壊し9月以降、1日数百人の死者(ピーク250-450人程度?)が、数ヶ月継続する可能性がある。

     

    IHMEは秋冬で累積死者数が5万人程度(現在累積死者1.5万人)と予測する。グーグルやIHMEなどの予測では、日本の死者数ピークは1日250―450人に向かっているように見える(要素が加わると変化)その間に収まるとするなら、秋冬に、毎日数ヵ月に渡り、1日数百人の死者が継続する事態は、日本人にとって太平洋戦争以来の災害(現在1年半の期間)であり、また春になってもコロナ収束の見通しが立たず、国民の閉塞感が、さらに長期化、深刻化していくことは想像できる。

     

    昨年の欧米や、現在の東南アジアに比べれば、デルタ株急拡大であっても、日本のコロナ災害は比較的小さな死者数である。しかし、台湾やシンガポールやニュージーランドや中国?などは、検査と追跡によって「ゼロコロナ」を実行中である(現在までは)近い将来新型コロナが弱毒化し、インフルエンザのようになり、収束すれば、ゼロコロナ政策の成功となる。(まだわからないが)

     

    日本も検査と追跡を実行できれば、2020年も2021年以降も年間累積死者数を1万人以下に抑えることはできた。欧米同様、民主主義と人権によってゼロコロナ政策はできなかった(検査と追跡を唱える識者も多い)よって2020年のコロナ災害規模ならよかったが、変異種デルタ株の感染急拡大によって、日本はコロナ政策に失敗し、秋冬に、日本人にとっては最大の危機を迎えている。

     

    インドやインドネシアの災害規模からすると重症者も死者数も少ないと感じるが、この1年半の日本人の意識の高さと努力の大きさや、国民性からすると、決して小さい数字ではなく、何十万人が入院待ちで、1日何百人の死者が何カ月も継続し、短期間に何万人もの死者が発生することは、日本人にとっては戦後最大の災害危機が迫っていると言える。(もちろん、悪い予測や想定は実現しない方がよい。しかし危機対応のため想定すべき内容である)

     

    東南アジアのように食糧危機までは、まだ予測されないが、秋冬のコロナ禍は過去最悪となり、さらに収束もみえない。インドやインドネシアは数百万人の死者が発生しても国家崩壊はないと考えるが、日本は半年継続して、10万人の死者と、多くの重症者を出すと国家崩壊がはじまるイメージをもつ。政府の信用というレベルではなく「法」「治安」「道徳」など国民のメンタルも崩れ、社会崩壊の可能性がある。それでも政府はもとより「政治」に可能性を感じられない国民は、失望を繰り返し、さらに国民のメンタルは歪み沈んでいくことは容易に想像できる。

     

    よって秋冬にコロナ災害は過去最悪の影響をもたらすことは避けられない。秋冬のデルタ株の感染急拡大が収束に向かうころ、日本人のメンタルは戦後最悪の喪失感と、さらなるコロナ災害の継続(第6波、第7波・・・)によって無力感と不安感も継続する。経済や景気回復も遠く危機感や没落感からくる社会不安は増大するしかない。さらに混乱は拡大するが、政府や政治が問題を解決することはできない構造と流れに陥っている。(ワクチン免疫を回避する新変異株発生を予測すれば、最悪の状況をもって想定する必要がある)

     

    さらに蓄積していく国民の閉塞感は、さらに深刻化し停滞は5年、10年と長期化していくしかない。さらに次の経済危機や大規模な人為災害が発生しても、根本的な政治判断は保留され、判断ミスや大きな被害を繰り返し、回避することはできない。日本は政治問題を解決できない機能不全国家になりかけているからだ。閉塞感は大崩壊や戦争などの蕩尽現象が発生するまで、より深刻化し暗い世相となる。蕩尽後には成長や発展が再開し、閉塞感は収束する(国家が存続していれば)

     

    日本没落の原因は30年前と76年前に発生しているが、その原因を政治問題として議論されていない状態で放置(見て見ぬふり)されてきた。しかし、新型コロナのパンデミックから、はじまる人為災害スパイラルの深刻化と、被害拡大の繰り返しによって、見て見ぬふりや無視ができないところまで、閉塞感が拡大し没落が加速する。

     

    ●日本、秋の選挙で政権交代してもしなくても、効果はあまり期待できない。もはや「政治」が国家を動かせない構造にある。政党や首相が交代しても、大きな問題は解決できないと考える。

     

    ●76年前の敗戦より源泉がつらなり、この30年、経済力や国力の没落と、同様の【原因】によって、コロナ敗戦に向かっている。(よって政権政党交代では何も変わらない可能性が高い)

     

    ●日本国民は衆愚に陥り、分断と破綻が進んでいる、よって政府も国家も長期低迷から没落が進行中、国家危機の発生によって、脆弱な国民の国家は崩壊(滅亡)しやすい。

     

    ●現在の没落は、すべて日本国民の責任である。政府やメディアなどを繰り返し批判し、政党や政権を繰り返し交換するが、本質的な解決に至らず没落が継続されている。

     

    ●多くの国民が間違った国家観をもち、間違った政策を支持してきた。よって、30年前からの没落は日本国民の判断ミスである。日本国民は謙虚に、平成以降の判断ミス(没落)を認める必要がある(政府やメディアなどに責任転換している時間はない)現在の没落は、すべて日本国民の責任であり、私達こそが没落させた主犯である。憲法でも国民主権と民主主義が保証され、実際、すべての政策や法律は、国民の意志で創り・変更ができるからである。言い訳できないほどに、国民が権利・権力を有している。よって今、国民にのみ責任が発生している。

     

    ●太平洋戦争の敗戦から、平成の経済敗戦、今回の疫病敗戦と、同根である。少なくとも20年以上、連戦連敗の没落に陥ったのである。(日本は没落から崩壊へ)コロナ敗戦後の更なる、大規模な自然災害や「疫病・経済危機、国内混乱、戦争、飢饉」などの人為災害の世界的負のスパイラル化によって、世界危機が拡大していくなか、このままでは確実に、日本は「敗戦」を繰り返す国難に陥っている。亡国や滅亡(植民地化・日本分断)も想定できる歴史的国難状態である。

     

    第三次世界大戦と全面核戦争の危機「ウクライナ侵攻から21世紀のキューバ危機へ」

     

    ■日本の生き残りのため

     

    新型コロナのパンデミック発生から1年半。2021年8月、私達の希望は「もとの世界にもどる」ではなく、楽観主義に陥らず「共同体や個人の生き残り」こそ、ビジョンであり希望である。残念なことだが、現実に意識のチャンネルを合わせていく必要がある。日本国の8月15日の敗戦・終戦に向かっているのではなく、もしろ、新たな世界大戦の勃発であり、長い大混乱と闘いのはじまりと考える。新型コロナパンデミックを機に、疫病、経済危機、戦争、革命、飢饉など混乱が地域拡大・長期化し、時間差、もしくは同時期に、広域多地域の大規模飢餓の想定をするべきである。国家から家族までの共同体に責任がある者は早急に想定するべきである。歴史的に大規模な自然災害も人為災害も、大規模な飢餓の発生が最期の危機であるパターンが多い。大規模な人口減少をもって、災害や混乱が収束に向かい(正確には混乱ができなくなり、災害対象の人間が激減するので収束するしかない)また、新しい時代が到来する。

     

    ●日本の生き残り【国家の回復】

    すぐにグローバリズムや新自由主義経済が復活して行けばよいが、実際はさらに崩壊し、「もとの世界」にもどるとしても数十年先などの十年単位で先の話である。よってコロナ禍からスタートした世界的大混乱(崩壊)によって、大乱世の時代が終わるまでは「国家」にフォーカスする必要がる。国民の生き残りのために。【国民の意志で、政治力そのもの「国家を回復」させる必要がる】全体主義のイメージの懸念も出てしまうが、「日本の生き残りと国家の回復」は、今、セットで切り離すことはできない今、【国家の回復】なしでは、政党や首相がいくら交代しても、どんな政策も、日本の没落を止めることはできない。【国家の回復】とは経済と主権の回復である。経済は30年前から没落、国家主権は76年前(半国家主権状態)に失ったままである。【国家の回復】によってのみ、多くの国民と日本の生き残りが可能となる。

     

    ●「経済の回復」のためには、将来、資本主義か社会主義のどちらを目指すことになっても、現在からすぐに、①社会主義的政策を導入して行く②財政出動拡大③政府と行政機構の強靭化④民間の護送船団方式復活など、国家予算のすべての分野を計画的増額、戦後の福祉国家を目指す。最新技術や科学研究も復活。経済が復活し安定成長し、かつ世界的に新自由主義やグローバリズムの復活が起こってくる時代には、改めて小さな政府、大きな政府の判断や、資本主義に留まるか、社会主義に移行するかは、未来の日本人の選択である。「経済の回復」と「国家主権の回復」は同時並行。

     

    ■21世紀の「人類の危機」

    大国間の戦争がない「比較的平和な世界」が76年継続した。新型コロナのパンデミックから「大きな混乱の世界」がはじまった。人為災害のスパイラルによって大量死が繰り返される可能性が高まっている。世界は世界恐慌と第2次世界大戦以来の混乱の時代に突入した。もとの世界にもどるこはなく、さらなる混乱と大量死の時代に備えるときである。国家などの共同体から個人まで、生き残りを掛けた姿勢が重要である。人為災害スパイラルでは、大きな戦争と大規模な飢饉によって、最期の大量死を想定する必要がある。自然災害の他に、疫病、経済危機、国内混乱、戦争、飢饉、などの「人為災害」が指数関数的な大量死を、繰り返し引き起こす。21世紀の人類の危機がスタートしたのである。

     

    「米中冷戦と第三次世界大戦」2022年9月21日、ゆっくりと長期に及ぶ【キューバ危機】の再来がスタートした可能性が高い。核兵器未使用であっても、ヨーロッパや中東から【第三次世界大戦】など大規模戦争に発展する可能性について

     

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    写真集「BALINESE※PCでの色彩閲覧をお勧め

    疫病・恐慌・戦争・革命・飢饉・21世紀の人類の危機

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    https://bali-chili.com/20210826/feed/ 0
    【新型コロナウイルス問題】第二次世界大戦を上回る規模の戦局拡大について、7月以降深刻化したcov-19悲観論 と8月6日「広島原爆の日」 https://bali-chili.com/20210806/ https://bali-chili.com/20210806/#respond Fri, 06 Aug 2021 13:55:54 +0000 https://bali-chili.com/?p=15224 CNN CDC戦局変化ニュース記事

    https://www.washingtonpost.com/health/2021/07/29/cdc-mask-guidance/

     

    CDC記事を個人的に観ると、デルタ株発生に伴い、専門家は色濃い悲観論へ傾きはじめた、ように感じる。

     

    1,感染による集団免疫の希望はない

    2,ワクチンによる感染収束(ワクチンによる感染阻止)の希望もなくなった

    3、ワクチンは重症化を防ぐための部分的解決策になりさがった。

    4、ワクチンが感染を防げないのであれば、ワクチン接種を完全に完了しても、変異種発生の可能性が残る、

    5、ワクチンの抗体量低下によって、半年ごとに再接種する、また新変異種のブレイクスルーによって、新ワクチンの早期開発早期接種のイタチごっこがはじまる。

    6、イタチごっこに途上国は参加できず、新変異種拡大の度に、医療崩壊と大量死の惨事が繰り返される。

    7、先進国でさえイタチごっこに惨敗し医療崩壊と大量死の惨事が繰り返される可能性がある。

     

    山中教授の驚きのつぶやき

    https://www.covid19-yamanaka.com/cont1/43.html

    「私が知る限り、人類が経験した呼吸器疾患のウイルスで、最大の感染力です」と、デルタ変異株の感染力と病原性の高さに驚きを隠していない。

     

    日本の学者による最新コロナウイルス研究

    https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_sse_210731.pd.pdf

     

    CNN ワクチン効かない変異株の出現は「ほぼ確実」、英科学者が予測

    https://www.cnn.co.jp/world/35174670.html

     

    英学会の研究論文が、英政府の緊急時科学助言グループ(SAGE)の公式サイトに掲載・・・このまま感染急拡大が繰り返され収束しない方向・・・これだけでも最悪、新変異株の出現が繰り返され、ブレイクスルーへ、途上国では長期に渡り、感染急拡大と大惨事が繰り返される局面に(集団免疫もワクチンにも希望が持てず、社会制限しか方法がなく、それは、さらなる生活困窮化の方向であり、途上国に地獄の赤信号が点滅(希望は自然・偶発的収束のみ、ウイルスまかせ)【先進国もファイザーやモデルナなどをブレイクスルー(重症化予防効果減少・喪失)する新変異種が発生すれば、さらに戦局が変わり、先進国も本土戦に突入】新型コロナ対策で2つの希望「感染による自然集団免疫」「ワクチンによる集団免疫」これらの大きな希望が、デルタ株出現によって7月に、消えかけているのである。今後、デルタ株のインドからアジアへの拡大で、新型コロナウイルスとコロナ禍は悲観論が急速に拡大する可能性が高いと感じる。

     

    WHOの国別cov-19のグラフから6月7月に気ずき、ブラジル、インドなどの指数関数的感染拡大のグラフを見ると、国家の集団接種時期と他の時期には全くないほどの急傾斜の感染急拡大の時期に相関関係がみられます。また、それらはアストラゼネカ社やファイザー社のワクチンによって、有力な変異株が発生しているようにも観える。

     

    「感染が濃厚に発生している」か、あるいは「ワクチン接種が大集団で密に行われている」こと、どちらか、または両方の要因で、変異種が発生している可能性が高いと考える。「ワクチン接種が大集団で密に行われている」ことによって、以下データ

     

    12月末に大規模ワクチン接種と感染急拡大が同時であり、同12月に英国変異株検出。以下、大規模ワクチン接種時期、感染急拡大、新変異種発生時期の3点のタイミングが近い、また2点の時期が近いものがある、偶然か?

     

    • アルファ株(英国)
    • ベータ株(南アフリカ)※早い段階でアストラゼナカ社ワクチンの治験が最初に、かつ濃密に行われた国
    • ガンマ株(ブラジル)
    • デルタ株(インド)
    • ラムダ株(ペルー)※2020年8月には確認されていますが、2021年2月3月4月の感染拡大はラムダ株が引き起こした可能性が予測され、ワクチン接種は2月3月からスタートしていました。

     

    国の集団接種スタート時期と、突然の感染急拡大時期に相関性が観られるか?また、変異種出現時期、もしくは拡大時期も因果関係が観られるかもしれません。「ワクチン接種が大集団で密に行われている」「感染が濃厚に発生している」重要なのはどちらが原因だったとしても両方が原因だったとしても、現在のデルタ株が世界的に引き起こしている感染急拡大と途上国での惨事は収束の見通しが立たず、CDCの文章は欧米ワクチンが国内60-70%を完了しても、「感染」を止められない内容であり、途上国の濃密感染などから新変異種は発生し、さらに先進国内でも新変異種が発生してしまうのではないか?という想定であり、これこそが新型コロナの新な戦局であり、最後の収束できる可能性が「個人と社会の制限」のみとなってしまうのではないか?という、恐るべき悲観想定が始まったのである。また、今後のマレーシアやタイなどに置ける、大規模でスピードワクチン接種と感染拡大や新変異種の発生研究によって「人口密集地などで感染が濃厚に発生している」か、あるいは「ワクチン接種が大集団で密に行われている」か、どちらの原因で主に新変異種が発生しやすいのか?わかってくるかもしれない。後者ならワクチン接種が国家を乗り越え危険視される瞬間が訪れるのであって、前者が原因の場合、途上国、先進国ともに世界的に収束可能な根拠が薄れ、人類が追い詰められている。最悪なのは近く、先進国のワクチンによる重症化予防としてのワクチン効果がブレイクスルーされてしまう新変異種の登場であろう。このとき先進国から、突如、人類規模の危機が発生する。英国の学者が先んじて、これらの可能性が高まっていると記事にしたことが、CNNの記事に掲載され、現在学者の多くが悲観要因を感じはじめているのが7月のデルタ株現象である。陰謀論やフェイクニュースでなくとも、これだけ、現実から大きな危機感が発生している、新型コロナウイルが全く別の段階に入ったと言える。端的に、デルタ株の感染拡大によって、新型コロナ収束の希望が、かなり薄くなった、という個人見解。すなわち新型コロナが収束できず、5-10年収束しない可能性も出てきたという個人見解。また、長期化によっては犠牲者は第二世界大戦の規模を上回る大惨事の可能性もあるという個人見解。

     

    植民地と帝国主義以上の対立構図が、、、、途上国と先進国間で差別として再定義される、もしくは究極の南北問題。

    途上国は国家`社会崩壊と貧困急拡大と飢餓の大規模な世界同時発生へ、先進国は自国の生き残りと国益のみで精一杯。絶望した途上国と国民が内乱と、隣国と先進国批判へ、中国、ロシアは途上国の利害を代弁。

     

    今後4つのシナリオ

     

    1、新ワクチンの連続によって、先進国が圧倒的優位に収束させる。

    2、ADEなどの問題が発生し、欧米ワクチンや新欧米ワクチンによって先進国の被害がより拡大し、中国製ワクチン接種地域がが優位に収束する

    3,先進国、途上国、どちらもかつてのパンデミック同様に、比較的短期に自然収束する。

    4、先進国、途上国、どちらも収束せずどろぬまの長期化で、パンデミックが長期化・深刻化し、さらに収束の目途がたたず、犠牲者も拡大が止められない。

     

    現在まで、ADEはまだ仮説であり、デルタ株以後は、①の新ワクチンによって先進国のみが優位に立ち、終息には至らないが、新ワクチンの連続開発と接種ができる先進国の一部のみがサバイバルする。これは帝国ヨーロッパ列強と植民地と同様の構図である。現在、デルタ株発生以来、①のシナリオの可能性が現実化しつつある。いずれにしても上記③以外は世界的に大惨事の地獄と化す可能性がある。③を祈るしかない。しかし、③のみの想定では危機の渦中の楽観論者である。①から②④までの想定をするべき。(少なくとも国家や共同体に責任があるものは)

     

    ※別件 米国と先進国は中国の武漢研究所の責任を追求へ、8月後半最終報告(米中覇権の深刻なcov-19対立構図へ)

    https://gop-foreignaffairs.house.gov/wp-content/uploads/2021/08/ORIGINS-OF-COVID-19-REPORT.pdf

     

    推論として歴史的な疫病パンデミックが数年単位で収束することが多いが、現在世界で長期間収束しない理由は見当たるか?①歴史的に初めての絶対人口と多くの巨大都市と人口密度。交通など近代的生活空間によって、変異株が繰り返し出現してしまい人口密度や社会形態の変化が起こるまで人口淘汰がおこる。②パンデミックに人類初のワクチン大規模接種によって変異種が繰り返し出現し、イタチごっこで収束しない環境にある。恐らく①②のどちらか、または両方によって、長期に渡り収束しない可能性。

     

    現段階では、まだ先進国のワクチン接種による重症化予防はデルタ株でも有効と思われるので、最初に想定が必要なのは世界人口の大部分を占める途上国で発生する、電力やネットなどのインフラ停止と社会崩壊と内乱などで発生する食糧危機や飢餓である。これらは大規模戦争以上の犠牲者を出す可能性があるからである。インドや東南アジアやアフリカ、南アメリカ、中東、ロシアなど他広域に、同時多発的に途上国危機(国家崩壊や食糧危機など)が発生すれば、当然先進国にも、危機の津波が押し寄せるのは時間の問題である。

     

    https://www.imf.org/ja/News/Articles/2021/07/27/blogs-drawing-further-apart-widening-gaps-in-the-global-recovery

     

    回復は、世界全体でパンデミックが克服されるまでは確実なものとはならない。多国間レベルと各国レベルで協調的かつ正しく方向づけられた政策対応が行われるかによって、すべての国が持続的な回復を享受する未来になるか、格差が拡大し、貧困層がより貧しくなり、社会不安と地政学的緊張が高まる未来になるか、明暗が分かれることになる・・・・・

     

    デルタ株の出現から2021年7月以降、世界的に新興国・途上国の格差や貧困層が拡大し、生活苦や国内食糧エネルギーの供給不足が国民不安となり、世界的な社会・政治不安の急拡大から、多くの国々で、国内混乱や紛争と国外への地政学的緊張が高まる未来が、確実視される想定をはじめるべき

     

    「抗議行動を爆発させた『火花』は、ことわざに言う『ラクダの背骨を折るのは最後に乗せた麦わら』であることが多く、予測することは不可能だ」混乱のキッカケは何でもよい。そして歴史的に予測は不可能だが、危機の時代に楽観主義に陥らず、国家から個人まで、警戒が必要な時代が到来したのが7月だ。

     

    7月デルタ株は、インドから東南アジア、そして全世界の新興国・途上国に拡大中である。参考となる国としてミャンマーを観る。多くの国は新型コロナデルタ株から、国内の不安定化が顕在化すると思われるが、ミャンマーは逆であり、先に軍事クーデターと国民の政治不安定化と混乱からスタートし、現在、デルタ株の感染急拡大によって惨事が上塗りされている。https://www.nna.jp/news/show/2180519 国連世界食糧計画(WFP)は、4月から半年で、340万人に「飢餓」が迫っていると発表した。ヤンゴンなどの大都市部などで、20%-30%の市民に飢餓が迫っていると。7月以降は新型コロナのデルタ株の急拡大で、医療崩壊に拍車が掛かっており、大惨事に輪が掛かっている状態に陥っている。

     

    今後、インド、アジア、南米、中東、アフリカなどの人類の多くの人口を占める途上国・新興国地域は、新型コロナの深刻化と収束不可能化によって、疫病犠牲者の大惨事のあと、多くの国々が政治混乱し不安定化が想定できる。地球上に「ミャンマー化する国家」が溢れ、広範囲に何百という都市に、深刻な飢餓が発生する想定が必要であり、飢餓が深刻に発生するような都市では電気や水道やインターネットや病院などの国家インフラの機能停止も考えられ、飢餓のさらなる拡大が懸念される。想定されるこれらの新興国・途上国の問題は、先進国の戦争以上の安全保障問題となる。また、今後の変異種などで、先進国や中国などで、ワクチンの重症化予防効果までもブレイクスルーされる局面では、日本も含む先進国までが、新型コロナ問題だけで、途上国同様の政治混乱や食糧危機まで想定される。しかし、まだその段階ではないので、現在は全世界の途上国・新興国のミャンマー化(都市部のインフラ崩壊と飢餓によって国家機能不全リスク)を想定する必要がある。米国や英国ばかりでなく、各国政府は、安全保障の世界的大津波を想定すべき段階に入った、それが7月のデルタ現象の本質と考える。第三次世界大戦勃発同様の危機感をもって国家や共同体は想定を進めるべきである。

     

    本日は8月6日原爆の日、広島では14万人の核兵器による犠牲者が出ました。ご冥福をお祈り申し上げます。誤解を覚悟で個人的な判断の表現ですが、インドでは新型コロナ禍に置いて、この1年で20発以上の広島型核爆弾の投下同様の死者を出したと考えられ、インドネシアでは、7月の1カ月間だけで、広島型原爆数発分の犠牲者が出ていると類推され、今後、東南アジアや世界中の途上国に、ICBM核弾頭が数十発から数百発単位で、すでに発射され着弾する可能性が高まっている状態に陥っています。新型コロナは自然災害ではなく、戦争同様の人為災害の側面が濃いと思われ、デルタ株のコロナ禍が、いかに深刻な事態と被害者を出すものか、核兵器被害に例え、今後の危機感共有のため無理目な比較としても表現しました。https://bali-chili.com/20210728/ (※インド・インドネシアの死者数について)

     

    インドネシアでも東南アジアでも今後、一旦デルタ感染急拡大は収束されると考えらますが、本質的な解決どころか、収束への希望が次々と薄くなっており、ウイルスの力で自然収束があれば最高ですが、楽観論にすぎません。人間の力では社会制限やソーシャルデイスタンスのみが感染防止の確実な方法となってしまいました。1年半前から「もとの世界にもどる」ことが人々の希望となっていますが、見通しは7月のデルタ株により、世界は悲観的なシナリオに傾きました。もとの世界に戻ることはできず、不可逆性が満ち溢れ、状況はさらに悪く深刻に推移していく未来も想定すべき段階と考えます。ジャカルタの感染者が減少したこともあり、バリ島は緩和ムードが出始めていますが、本日の死者数も最高記録となっています。バリ島がもとの世界にもどるには、10年単位の時間が必要なのかもしれません。それどころか、疫病災害だけで、第二世界大戦期の混乱を簡単に超えてしまいそうなポテンシャルをもち、コロナ禍から、人類が未だ経験がない未知なる悲観的な世界が、ぽっかり口を開けていることは、すでに多くの人々が感じているはずです。こうして危機感を煽ってみても、日本では、原爆の日や、東南アジアの大惨事など感じらないほどに、東京での医療崩壊をはじめ自国の危機で精一杯の状況と思われます。もはや、インドからインドネシア他、世界中の途上国が自国のコロナ対策と自国の国内情勢だけで、精一杯で全く余裕がなくなっている感があります。

     

    最後に、世界的な混乱や大惨事がいくら増進しても、絶望する必要はないと考えます。生命種は億単位の一定期間に75-90%という高確率で絶滅を繰り返している「絶滅期」を何度となく過ごし、ほとんどの種が絶滅してきました。また、類人猿や兄弟人類の多くが絶滅しています(クロマニオン、ネアンデル・・・・)人類は80億を超え絶対数が過剰適応とも思われ、自然科学系の学者の多くが長期間繁栄できる種としてはイメージしていないようです。生き物としても、人類はかなり不安定なイメージがあるようです。しかしながら私達人類が疫病や戦争で絶滅したことは1度もありません。また、私達人類の祖先の生き物も、40億年以上、直接、種が絶滅したことはありません。極めて強く、奇跡的な幸運も持ち合わせてもいるようです。よって、どちらとも言えないとも思われます。ウイルスは私達の生命種の先輩であり、何十億年も感染を繰り返し共存してきました。よっていずれ新型コロナも共存する可能性が高いと考えられます。

     

    長い時間に置いては、人類は絶命する可能性が高いのかもしれません。恐らく自己免疫障害のごとく、自分達が自分達を攻撃しはじめるのかもしれません。よって長い時間の流れでは深刻に絶望する必要がないとも思えます。しかし、身近な社会問題であり、家族や自身の命の問題にも発展するので、悟ってばかりもいられません。自身と家族の健康と、充実した生活をもとめて、生き残り(サバイバル)を目指すことは理に適っています。7月からは、コロナ禍だけでも、日常性バイアスや、楽観バイアスを警戒し、危機をごまかすことなく、正面から危機感をもって想定するべきときが始まったと考えます。また国家や人類は同じ過ちを、何度も繰り返す習性があることを、忘れてはいけません。よって、難しいかもしれませんが、個人的に生き生きとサバイバルする生活を目指すことにしています。

     

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    新型コロナウイルスによる本当の死者数は?インド・インドネシアから東南アジアは、太平洋戦争以来の戦時体制へ https://bali-chili.com/20210728/ https://bali-chili.com/20210728/#respond Wed, 28 Jul 2021 05:47:08 +0000 https://bali-chili.com/?p=15210 ■本日、7月28日もデンパサールは朝から、昼まで15回くらいの救急車が繰り返し通り過ぎました。(ここ2週間連日)天国と地獄の分断、東京オリパラの華やかな光と、東南アジアに広がる地獄の影、この一方的な輝きと分断のコントラストは、1936年ベルリンオリンピックが一方的なプロパガンダで輝きを放ち、分断の憎悪を増進してしまったオリンピックを連想させる。こころから感動できない奇妙で非現実的な、分断の空気が憎悪と不信を増殖させている歴史的祭典。

     

    ■梨田和也駐タイ大使は27日、タイに住む日本人に向けた説明会で近日中に現地に住む日本人専用のワクチン接種の受け付けを始め、首都バンコクの複数の病院で接種できるようにすると明らかにしました。被害が少ないタイで、大使館主導のワクチン受付開始です。被害も大きく、先に危機に陥った「インドネシア」大使館は、すぐ今後の邦人ワクチン計画を表明してくだい。全国ニュースなったので、本日、メールでインドネシア邦人に方向性の周知だけでもお願いします。ジャカルタやバリ島でも大使館領事館主導でワクチン邦人接種ができるようお願いします。

     

    ■最近、インドネシアで感染ピークが過ぎ規制緩和がはじまりました。しかし、本日の死者数は2026人でジャンプアップです。インドネシアの統計をどのように観るか?ですが、統計はもとより、危機管理として別の統計も想定しなけばいけません。

     

    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB20DWC0Q1A720C2000000/

    米国調査会社によると、インドでは、政府統計の「新型コロナ検査をした死者数」と「新型コロナ感染の死者と医療崩壊の影響による死者」で、昨年から、政府統計の10倍以上の死者数があったことが調査された(平年の死者数より、多くの死亡が確認され、その10分の1以下が新型コロナ死者数としての統計)よって、現在、インドの新型コロナ死者は40万程度ですが、実際は、新型コロナ問題の影響で400万人が死亡している想定が発表された。

     

    https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-53087991

    インドの次はインドネシア、イギリスBBCリサーチによる記事です。2020年3月4月5月に埋葬されたジャカルタでの死者は、平年に比べ55% 高く、平年より 4700 人が多く死亡した。他の病気流行にしても激増しすぎであり、この不自然に多い死者の9分の1だけがコロナ感染死者(PCR検査済み)として記録されている。昨年、3月-5月の医療崩壊をしていない未混乱の段階で、すでに新型コロナの死者は統計の5-10倍などの、実際との甚だしい誤差があったと想定される、2021年の6月以降、医療崩壊がはじまったあとは、ほとんどの市民が病院でなく自宅で亡くなり、検査もされぬまま、「なぞの死が増加」している。都市医療が進み、役所の機能もインドより劣るインドネシアがインドの死者10倍を笑えるはずもはい。昨日のインドネシアの1日の死者数2026人であったが、新型コロナ問題の影響で(医療崩壊もなどで)、実際は、1日1万人以上の死者数であっても驚かない。来年には欧米により調査データがまとめられ、そのときインドネシア国民にとって驚愕すべき数字であることは予測される。東南アジア各国であっても医療崩壊をおこせば、政府統計をはるかに上回る甚大な数値を想定すべき。

     

    ■インドネシアの在留邦人の退避帰国は、約2万人中、27日時点で2969人、今後も出国は増加。インドネシアが欧米ワクチンにより収束できるまで、何度も感染急拡大の大惨事が繰り返され、医療崩壊も繰り返される可能性がある限り、インドネシアの外国人数が激減し、収束まで長期間もとにもどらない可能性が高いと考える。旅行者はなおさらであり、ワクチンパスポートや感染対策リゾートを歌っても、そもそもインドネシアに欧米製ワクチンによる収束ができなければ、それまで海外旅行者も、今度は国内旅行者も限定されていくと思われる。インドネシア居住の外国人は、今までにない、出国・帰国を選択しなければならない流れは、はじまったばかりかもしれない。(インドネシアの社会崩壊や治安も懸念)今後、東南アジアから世界中の欧米ワクチンで収束見通しのない、かつ医療崩壊を起こす地域では、帰国退避の外国人が大移動をはじめるとおもわれます。邦人もオリンピック前後で、東南アジアからだけで何万人帰国するのでしょうか?インドネシアもバリ島も欧米製ワクチンによる収束データが得られるまで、何度も急感染拡大の惨事をくりかえす可能性があるので、8月に一旦感染急拡大の落ちつきや、規制緩和がはじまっても、欧米とは一線を画する危険地域となり根本的解決は年単位の時間も予想さます。よって、今後の規制緩和は途上国では解決といえず、リスクが残ってしまいます。よってさらに新興国からの外国人退避は継続されると思われます。インドネシアもバリ島も、規制緩和後、もとにもどる、というよりは、リスクが高まり、社会情勢も悪い方向と覚悟するしかありません。東南アジア全体が、戦時体制にむかい、年単位の長期化で、さらに帰国が難しい事態が予測されます(もとの世界や航空機運航は長期間もどらない)海外をビジネスなど一時的な場所と考える場合、「帰国」の選択肢を真剣に検討するタイミングと考えます(規制緩和後も悲観要素が増える)現在の危機がすぎても新興国のリスクは継続し、悪化する可能性を想定すべきと考えます。楽観的に考えることは平時には重要ですが、災害時には平常バイアスと呼ばれ、危機的状況に対応できない危険な心理状態といえます。不吉な例えになってしまいますが、太平洋戦争終盤に、東南アジアや南の島々で、帰国のタイミングをつかめず、戦争ではなく多くが餓死によって帰国できなくなりました。現在、東南アジア広域に拡大している疫病は、太平洋戦争以上の大惨事を、途上国に引き起こす可能性があるからです。インドネシアだけではなく東南アジア諸国の在留邦人は、帰国や退避をもう一度考えるタイミングと思われます。健康であれば、5年後10年後、再び海外に挑戦することもできます。また、東南アジアに残る邦人は、今後のリスク増大要因と闘いながら生きる覚悟が必要と思われます。

    ※追伸 7月28日、バリ島でも死者が44名とジャンプアップの統計。医療崩壊や自宅での死者を含めた新型コロナ問題による死者は、はるかに多い死者数が想定できます(5-10倍でも驚きません)デンパサール居住者の何人かに、いくつかのバンジャールで、全くコロナ死者はいない、もしくは知らないと言っていました。現在、重症者や感染者は極めて多いはずですが、ローカルは情報が全くはいらないか、感染家族が公表していない可能性(偏見を恐れていますし、感染後の莫大な費用もあり、容態が悪くなっても自宅でPCRを受けていないことが考えられ、陽性発覚を恐れています。)近所では感染者がいない、とか死亡者がいない、という情報はあてにならないと考えます。もしろ、病院やスーパーなどでは多くがエピセンター化しており、感染者は甚だ多いと考えられます。バリ島でも規制一部緩和がおこなわれましたが、死者数はおろか、感染者数のピークもまだ先であると思われます(個人の感想)バリ島もとうとう最悪の感染地域になってしまいました。夢のようですが現実です。これから本番の覚悟をもつしかありません。感染急拡大のピークアウトまでは社会も個人もロックダウンすべきと思われます。ピークアウト後には楽観ムードが漂いますが、むしろ疫病の問題解決の行動をスタートと思われます(次の感染急拡大の前に段取るべき)次はさらなる大惨事になる可能性も想定すべき。

     

     

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    疫病・恐慌・戦争・革命・飢饉・未知なる世界に突入

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    https://bali-chili.com/20210728/feed/ 0
    突如、インドネシアは世界最悪の感染国家に、長期化の懸念、アジア変異種同時急拡大から世界的深刻化へ https://bali-chili.com/20210707/ https://bali-chili.com/20210707/#respond Wed, 07 Jul 2021 13:42:45 +0000 https://bali-chili.com/?p=15158 インドネシアで今、何が起きているのか?結論から、恐らく4月のインドのように政府も国際機関も国民も誰も、感染増大の数字を把握できていない状態に陥っている。6月になってインドの死者数が政府数字より遥かに大きい可能性があることが示唆されはじめ、正確な死者数把握はさらに時間が掛かりそうだ。

     

    7月6日のNHK記事

    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210706/k10013121881000.html

     

    7月7日ロイター記事

    https://jp.reuters.com/article/indonesia-covid-india-idJPKCN2EB0BH

     

    昨年からの新型コロナウイルスによるパンデミックで、米国、ブラジル、インドなどは大きな犠牲者を出した国・地域だ。①それぞれの1000万人規模の大都市、米国・ニューヨーク、ブラジル・サンパウロ、インド・ムンバイは感染急拡大によって、②指数関数的増加のグラフになっており、ピーク時には1日(ザックリ)1000人規模の死者数を出した。

     

    インドネシアは6月後半、①ジャカルタ1056万において、②感染者数と死者数が指数関数的増加をはじめていた。③感染急拡大当時のニューヨーク、サンパウロ、ムンバイ同様にジャカルタもワクチ接種が5%以下でワクチン接種率が低い。かつ、④変異種「デルタ型」が拡大し➄変異型に効果が薄いシノバックワクチンが主流である。また⑥インドネシアの病床比率はインドの半分以下と脆弱で、⑦インドは強いロックダウンを全国規模で行ったが、インドネシアはやわらかいロックダウンをジャワ島とバリ島のみに限定している。また、やわらかいロックダウンのタイミングが半月以上遅い判断であと言わざるを得ない。

     

    以上、大きな流れを踏まえただけで、今、インドネシアは米国、ブラジル、インドの規模や想定をする必要がある。ジャカルタ首都特別州のみで「10日間で5人の日本人が死亡」とあり、5日前、ジャカルタ首都特別州の全体の死亡者は80人以下であった。ジャカルタには11,000人程度の邦人であるが、ジャカルタ1056万程度の1000分の一程度である。不自然に日本人の死が大きく唐突に感じる。また、7月最初の一週間で医師46人が死亡との記事(米国は1年以上で医師200人程度)本当であればインドネシア医師の死者数も甚だ大きすぎる。①これはインド同様に一般人の死者数をカウントできていない可能性も感じさせる。正確な数字はかなりの時間が必要になるが、現在のジャカルタでの感染者数や死者数は、日々の統計より、かなり大きい可能性がある。すでに6月初旬の1カ月前より、ジャカルタでは入院が難しくなっていることが、統計以上の大きな死者数がカウントされていない可能性(ロシアやインドは正確なカウントをしていなかった時期がある)をも考慮しながら「想定」する必要がある。②また、デルタ(インド型)変異種がアジアで猛威を振るい始めているが、ジャカルタはデルタ型に移行中とあるが、カルフォルニア型のイプシロン株のごとく、ジャカルタに突如、ジャカルタ型ゼータ株?のごとく、新種の自然免疫をより突破可能な変異種が出現したのではないか?という疑念もある。ワクチン免疫や自然免疫をより回避可能なジャカルタ型新株は、世界中が注目しているに違いない。

    【変異種の急拡大がアジア(ファクターX地域)ではじめて、ジャカルタで猛威を振るっている。1年以上継続したアジア系のファクターX神話(アジア地域は重症化しない)は終了した。アセアン諸国や中国、日本も最大の危機感をもってジャカルタの変異株を分析しているに違いない。特にワクチン接種が遅れている東南アジア各国や日本は、大津波直前の大地震ごとく、ジャカルタを注視しなければならない。「東南アジア各国、日本」は、1年半前の新型コロナウイルス発生後、はじめて、リアルに大惨事を想定するタイミングがきた。欧米の楽観ムードとは一線を画し、警戒すべき。】(東京オリパラは開催中であっても、変異株急拡大によって運営見直しも必要)

    ジャカルタもバリ島も「全滅するわけではないが、世界最悪の数字が近い」との想定がすぐにできるが、どの程度、適格に恐れてよいかわからない。よって、個人的見解であっても最悪に近い数字を想定し、警戒や警戒の準備をイメージしていくことが有効と思える。これは自身や家族の安全のための指標であり「想定」であり、個人的暫定予測であり、参考としてに一緒に考えられたらと思っています。(この予測数字に社会的な責任は取れません、あくまで個人思案)

    ※インドネシアの都市人口

    ジャカルタ1056万程度

    ジョグジャカルタ368万程度

    スラバヤ288万程度

    デンパサール96万程度

     

    インドネシアは世界最悪の感染急拡大の真っ最中である。ジャカルタは7月中旬―下旬にピークを迎え、1日の死者数は1,000人単位(数千人以上でも不思議はない)と考える。ニューヨーク、サンパウロ、ムンバイの数字に向かう、またそれ以上の未曾有の拡大シナリオも準備しておく。

     

    現在、セミロックダウンの対象となっている、バリ島のデンパサールは100万人程度の地方都市です。ジャカルタやジョグジャカルタはすでに医療崩壊が始まり進んでいると思われます。バリ島のローカルや外国人は現在、かなり楽観ムードであると思われます。ジャカルタの緊張感が外国の出来事のように感じている人も多いのですが、米国、ブラジル、インドで、大都市で感染が急拡大しはじめた際、周辺の百万単位の都市では、やはり楽観ムードでしたが、大都市部で医療崩壊がはじまり、1日1000人単位で死者数が発生するピーク前には、やがて地方都市でも深刻さを共有し始めます。

     

    バリ島のデンパサールは周辺のバドゥンも含めると、簡単に100万を大きく超える地域です。よって、ジャカルタのピークと時期がずれるかもしれませんが、ニューヨーク、サンパウロ、ムンバイの同人口程度の周辺地方都市を観ると、ピークには1日100人単位の死者数を覚悟し想定してもよいと思われます。デンパサール周辺地域でこの死者数は、陽性者数や重症者数を考えると、やはり医療崩壊を想定し、新型コロナ感染者も他病気の重症者であっても医療が十分にできなかったり、入院できないことも予測されます。

     

    現在、邦人に関して、緊急問題は、ジャカルタでPCR検査陽性でありながら、医療を受けられない(先日の記事ではジャカルタに50人程)人達の対応です。ジャカルタやスラバヤの領事館においても、新型コロナ感染者が出ており、本日、ジャカルタ大使館に確認したところ、電話対応は可能でしたが、実際、感染急拡大は進行中であり、6月より、さらに7月の方が医療や検査、入院も困難さが増しており進行中、ということでしたが、一般的に「PCR検査陽性後」に無症状や軽症では入院や検査も非常に難し状態で、重症化を心配する邦人には、PCR陽性でも帰国できる航空機手配を手配をお手伝いしているそうです。また、感染する前であれば、普通便の帰国を選択する邦人は6月から増加しているそうです。(現在、日本で10日間強制)最も懸念されるのは、入院も検査もできなく自宅待機している邦人であり、今後、自宅待機者の絶対数が増加すれば、死者数も増加してしまいます。

     

    PCR陰性者のよりスムーズな帰国を進めると伴に、PCR陽性者邦人の把握とリスト化によって、医療を受けられない自宅待機者がさらに急増した場合、中型ホテルを臨時確保し、少人数に現地医師により、重症化に備える臨時医療施設も構想し、一定のインドネシア人の陽性者も受け入れ、日本から数名の臨時テクニカルアドバイザーとしての医師派遣で、邦人とインドネシア人の医療崩壊に協力することができます。人質救出に民間の軍隊や自衛隊を出動させるわけではないので、大規模災害において、人命救助の医療行為に、2国間の協力で法的問題もクリアできそうです。

     

    大規模に、医療サービスを受けられない自宅待機者が増えない場合は、自宅にて医療テレサポートが可能なサービスを臨時に構築し、インドネシア医師や日本医師少人数で100人程度のテレ問診など実現できるかもしれません。問題は重症化するタイミングの対応です。現段階では自身で病院入院できない場合は、なんとかインドネシア大使館に緊急相談してもらうなど重症化には、大きなリスクがあります(入院は難しくなっている)また、やはり、重要なのは自宅待機に置いて重症化させない方法です。

     

    インドネシアに居住する19,000人の邦人はジャカルタを中心にこれ以上の大規模感染で死者が増大した場合、「陽性であっても、重症化しても、入院でずに死亡する不安や恐怖」に直面しています。インドネシアに残る、または残らざる得ない邦人に対し、陽性の自宅待機者を重症化させにくい対策と試み、重症化した場合の緊急対応、さらに大規模感染と医療崩壊が進んだ場合の邦人が医療サービスを受けられる臨時施設の構想と準備をしておくべきと考え、それは陽性者ばかりでなく、邦人全体にリスクと不安を除き、とりあえずの生命保証の象徴的な場となりはずです。(新型コロナ以外の他病気での重病者もリスクと不安が拡がっている)

     

    ジャカルタ周辺地域の邦人は陰性であれば通常の航空機で帰国可能ですが、バリ島など他地域であれば、現在、ワクチン証明がなければ国内移動ができません。日本国は中国製ワクチンを認めておらず、日本でワクチン接種を希望する邦人も多く、またワクチン接種は自由意志に元ずくという日本の人権問題からも受け入れられない邦人もおり、それらの邦人は、現在地方で「陸の孤島」状態に置かれ、帰国どころか、国内移動もできない。現在日本政府はこの問題の交渉に当たっています。

     

    インドネシア、特にジャカルタの医療崩壊と、新型コロナ陽性で、検査も入院もできずに、自宅待機する邦人が今後、50人以上から、今後さらに激増して行った場合、ジャカルタ在留邦人から多数の死者がでることが想定できる。幸い本日の段階ではその事態には至っていないように思えるが、明日以降、いつ、邦人保護が全くできない大惨事が発生するか予測できない状況に陥っている。ジャカルタで毎日あたりまえのように邦人が死亡する場合は、要注意、そのような事態は前例がない。ジャカルタは、ニューヨーク、サンパウロ、ムンバイ以上の未知の領域に向かう可能性もある。インドネシア政府は全国的な厳格なロックダウンしか対策はなくなる。バリ島も含む地方都市も、厳格なロックダウンの準備だけはした方がよいと思われます。厳格なロックダウンを実行できればいいのですが、実行できない場合、事態を恐れ、追い詰められたインドネシア政府は先進国ではできない、暴力的な方法と実際の暴力を持って、ロックダウンを強行する危険性も考えられます。大都市部ではそのような社会崩壊も想定して帰国を考えるタイミングも出でくるかもしれません。疫病対策だけではなく、インドネシア社会の急速な社会崩壊や混乱など別のリスクも発生して行くかもしれません。特に大都市部で食糧問題が発生し、市場が襲撃されるような事態になると、インドネシア国民も邦人も更に、ハイリスクな問題に直面する可能性もあります。別レベルでの邦人保護も必要となります。

     

    基本的には新型コロナ感染と自宅待機は、ジャカルタのインドネシア大使館を中心に把握すべきだが、今後の事態急変とジャカルタ邦人が大惨事の兆候が出た場合、日本大使館からだけでなく、ジャカルタ邦人の意思も重要と考える。ジャカルタで現在、医療サービスを受けられず、周囲への相談が有効と感じられなくなった場合、緊急事態の把握のためにもSOSを出すことも有効となる場合がある。前例がない規模の在留邦人の危機が迫っている、と捉え前例のない大胆で有効な方法も発想すべきだ。

     

    在インドネシア日本国大使館は在留邦人の新型コロナ対策情報のベースと考える。しかし、今後、邦人がコントロール不能の大惨事(在留邦人が機能不全)に直面しはじめたと感じた場合、緊急事態として、その本人、その家族、友人、仕事仲間など身近な邦人が親身に感じ、日本政府に声が届くようSOSを出すことは有効と考える。今後、ジャカルタの在留邦人や企業に直接、日本のメディアから取材の申し込みが増えることか予測されるので、そのタイミングもSOS利用できると思われる。

     

    ■外務省 領事局 海外邦人安全課(電話連絡)

    代表電話番号:03-3580-3311 内線2851

     

    ■参議院議院 青山繁晴 ユーチューブに書き込み。

    https://www.youtube.com/channel/UCueFlCvu9XJI3EbK5s5ocWA

     

    ■参議院議員 佐藤正久(電話連絡)

    東京都千代田区永田町2-1-1

    参議院議員会館705号室

    TEL.03-3581-3111(代表) 内線70705

    FAX.03-6551-0705

     

    上記の連絡先がベストであるということではなく、ジャカルタのコミニティー内で、より適当で集中できる連絡先があれば、政府が動くキッカケが早期に確立させる意図である(上記、政治家の主張詳細は把握していないが、危機管理や安全保障、海外在留邦人保護などの発言が多かったので、参考に紹介しました。ジャカルタ在留邦人が本物の機能不全で命の危機にさらされていると、感じた本人と周囲は、適当なSOSルートのアイディアがない場合、上記に連絡してみてはいかがでしょうか。東京オリンピック・パラリンピックで政府は大胆な対策を打ち出しにくい状況にあるが、海外同地域の同胞の命の問題なので、緊急に真剣な連絡が一定数入れば、政治家が緊急対策を政府やメディアに働きかけるキッカケになる可能性があります。(政治家本人は電話に出ることは、あまりありませんが、伝言でよいと思われます。)

     

    上記の政治家などの緊急SOS連絡案が、後年、笑い話になることを願います。これ以上のジャカルタ市民や邦人の被害拡大が起こらないことを願います。また、ジャカルタ以外のデンパサール周辺地域を含む地方都市であっても、感染急拡大や医療崩壊から来る死者数急増の準備は必要と思われます(準備が実行されなければ幸いと考える)本日、インドネシア政府から、ジャワ島やバリ島以外の地域も制限開始の方針が出されました。本日7日7日、先ほど、インドネシアの死者数が1日1000人を超えました。7月5日前まで1日500人台の死者が、たった2日間で2倍の1日1000人を超えました。やはり、インドネシアの感染拡大に伴う統計は混乱しており、インド同様に感染者も死者数もかなり少ないことを織り込んで考えるしかありません。ジャカルタ市民や邦人は、すでに大惨事が進行中であることを早急に共有する必要があると思われます。絶望する必要はないと思われますが、インドネシアに関係する日本人や、日本国民は、今、ジャカルタに注意を傾ける必要があると思います。また日本政府は前例のない邦人危機対策を試みてよいタイミングと思われます。

     

    最期に、別件ですが、福島第一原子力発電所事故は人為災害であった。【明治以降、東日本大震災の津波まで三陸沿岸だけで4度の大津波が頻繁にあった】、それぞれ30m以上、20m以上、6m以上、15mの大津波が襲来した。あと一歩で東京に居住できなくなる「日本の破滅」寸前までに至った巨大国家リスクが、結果的に、15m程度の津波で事故が発生した。人為災害は、明らかに「想定」できるものであっても、やはり実際の実行はできず、繰り返され歴史的被害となっています。

    ※追伸 個人的な見解ですが「帰国せず、インドネシアに留まる邦人」は、ワクチン接種で迷われている方も多いと思われます。これらの記事でシノバックワクチンへの限定的な効力を記しました。しかし、南米や中東においても全く効力がないのではなく(一定の効果はあったが相対的に効果は小さい)、相対的に効力が小さく変異種に弱い可能性を提示しました。よって「インドネシア医療環境やワクチン自体を拒否」されていない場合、「シノバックワクチンも一定の重症化を防ぐ効果はある」と考えます。よって米英製ワクチン接種はもとより、シノバックワクチンも接種の意味はあると考えます。ただし、シノバックワクチン接種をした場合(現在選択の余地がない場合)今後、3回目以降のブースターは米英製のワクチン接種が効果があがる可能性があると思われます(whoは3回目のブースター接種もワクチン混合接種も両方認めていないが、欧米各国やインドネシアなどすでに3回目接種ブースターも混合接種もはじめている、インドネシアは両方やるしかない方向と考えられる、この2つの試みも慎重に考えればもう少しデータがほしいが、途上国はそんな余裕がない)ただし、インドネシアでも居住地域(人口と人口密度)、年齢や持病によっても検討され、接種を希望する場合でもタイミングやどこで接種するかなどは自身で判断するしかないと思われます。ワクチン自体や中国製ワクチンやmRNAワクチンなど新型コロナワクチンに関する懐疑記事もありますが、ご心配な方はインドネシア人医師や日本人医師(や公的機関)に相談するとよいと思われます(医師は、ワクチン接種推進派が各国で多数派というメディア記事は多い)万が一陽性結果が出てしまった場合、かつ入院できない場合でも、できれば検査、検査ができない場合でも医師に診てもらい、重症化にそなえた病院外待機がよいと思われます。ワクチンだけでなく軽度でも重度でも効果的な薬の種類が増えています。

    ※追伸 ジャカルタは歴史的な在留邦人の危機、邦人死者数を抑制するための緊急措置として、在インドネシア日本大使館内で日本経由の米製ワクチン接種を開始すべくインドネシアと交渉し(前例に関係なく)早期実現を。また実質的な邦人向け医療施設を臨時設営。ジャカルタ以外の都市部に医療崩壊が進めば近隣の領事館も同様な緊急措置を。日本政府にこの援助がほしいと考える在留邦人は各個人が「その意志」を表明すべきときと考えます。インドネシア在留邦人は前例のない危機に直面し、死者が増加中であり、把握できない邦人死者も多いと想定でき、なにより収束の見通しがない状態です。今、SOSは本人が出すしかありません。(もはやこの現状、チャーター機のみでは片手落ちは明らか)日本国民の多くは余裕もあるはずもなく、インドネシア邦人に冷たい世論も噴出しているのも事実。日本政府も東京オリパラ直前で、インドネシアで大胆な前例のない救済活動は控え、目立ちたくないのは当然の流れ。よって、インドネシア在留邦人は危機を感じるならSOSを各個人で出すしあかりません。また日本国および政府は国民の人命尊重以上に優先させる政策はないはずです。よって国内の自然災害同様に可能な限り人命保護に乗り出すしかありません。同じ国民に生命尊重の区別を設けるなら、オリンピック・パラリンピック開催国家として「分断」を象徴的に提示してしまい、国家や国民の分断が加速してしまう危険性があります。(東京オリンピック・パラリンピック開催自体により発生する分断は別論議)

    ※7/13追伸 この記事を書く最初の動機となったのは、弊社で長年、仕事を共にした元スタッフの父親が2月cov-19によって死亡したことである。バリヒンドゥー教の葬儀は、彼らにとって特に重要なものであるが、遺体を見ることも、触れることもできず、未だに葬儀すらできていない。2月の病院などの話ではデンパサールでもすでにcov-19の死者は出ていた。また、6月下旬にジャカルタに異常を感じた際、ジャカルタに家族や友達がいる人間に直接聞いた、バリ島の開業医師は直接の友人がジャカルタで2名死亡。私の取引先のジャカルタの不動産関係者は母親を失い。娘の友達がジャカルタに引っ越して早々母親を亡くした。のこりの1人は直接の家族や友人ではいが知り合いが死亡した。ジャカルタに知り合いが多くはないので少ない線を追ったら、数日で4名中、家族や直接の友人の死亡が3名であった。死亡した人間をターゲットにしたのではなく、たまたまジャカルタの知り合いが居そうな人間に話を聞いた(住所もバラバラ)全くの偶然かもしれないし、数量的根拠もあるわけではないが、中世ヨーロッパの「黒死病か」と、つぶやき、自身にユーモアを投入し、不気味すぎる結果の意味と現実性を検討しはじめました(これは具体的な数量的根拠には繋がっていません)偶然にしてもジャカルタでは統計より大規模な感染が起きている可能性を直観しました(結論や確信に至るには年単位の時間が掛かりそう)現在もジャカルタでの死者数は全く把握できない状況と言えます。インドやロシアでの全く信用できない数値と、昨年のニューヨークでの大惨事に、今年のはじめにニューヨーク市長が大規模な死者数改ざんを指示したと、訴えられました。米国の政治家でさえ、ましてや新興国の為政者は、自国の死者数を少なくしたい動機は十分理解できます。

     

    ※7/14追伸 インドネシアの統計に疑念。cov-19の1日間の死者数が7月7日より7月13日まで、この7日間1000人を前に足踏み状態である。感染者数と死者数が指数関数的な増加グラフであったが、感染者数は指数関数的な増加のまま、死者数のみ7日間も横ばいを維持している。①死者数のみピークに近いのか?②病院外での死者追加などなんらかの臨時追加の調整などがあった?③「インドネシアでは、しばらく、1日1000人以上の死亡者は発生しない」など故意の調整か?感染者数が5日間で3万人から5万人に超急拡中に①はありえない(先に感染者がピークを迎えることはある)②であるといいが③の疑惑が事実なら大罪である。7月初旬の短期間、cov-19邦人死亡者数と医師の死亡者数は驚くべき数値であり、世界的にも前例がない数値だ。インド同様に死者数を把握できない状況や故意なる調整は想定に十分織り込むべきであり、統計のまるのみはリスクでしかない。エビデンスはありませんが、7月初旬、ジャカルタのみで1日1000-2000人単位の死者が出ている可能性はないのでしょうか? 誤解を招くことを承知で、恐怖を煽る目的ではなく、個人的に最悪に近い具体的数値を想定する必要があると思われます。全く信用できない統計と全く具体的数字なしの想定では対策をイメージできないからです。以下、個人的に強引に今後を、私的見解で想定数値を出しました。(これはエビデンスも整合性もない数値)今後インドネシアでの感染拡大に準備・対応するための私的想定です。

     

    ■準備するための参考想定数値(個人見解)【7月15日から8月末までの新規の死者・重症者数】

    インドネシア全体 死者数5万人(ピーク1日2千-3千人)重症者40万人(医療崩壊)

    ジャカルタ邦人 死者数40人            重症者300人

    バリ島全体   死者数2500人(ピーク1日150人) 重症者16000人(医療崩壊)

    バリ島邦人   死者数 数名/一桁台             重症者10単位/数十人

     

    最悪に近いと思われる数値を私案すると、この数値は、ジャカルタでは死者を抑制するため早期に、ジャカルタ邦人向けに英米製ワクチン接種をしなければならない大惨事であり、ジャカルタに「臨時の邦人施設」を実行しても十分よい数値であり、バリ島は医療崩壊が発生した場合に備え、十人分単位のベット確保のアイディア(満室になれば無理)や確保が不可能になった場合、酸素や有効と思われる薬品などのストックの確保(すでにバリ島でも酸素や有力と思われる多くの薬は手にはいらない、医療崩壊で病院でも使用できなくなる)を最低しなければならないことがわかってくる。想定し準備し、結果的に準備が必要でなくなれば幸いであり、さらに被害が拡大すれば想定の準備も拡大すればよい。よってザックリしたエビデンスがない数値でも算出すべき。最悪なのはエビデンスがないから虚偽の想定はしない方がよいとして、具体数値を概算でも算出せず、重症者や死者数が急増しても何も具体的な準備ができず、場当たり的な対応を繰り返すだけの対応になってしまうことである。

    ※7/14 追伸 7月8月、インドネシアは「戦争」と「恐慌」が同時に起こるような現象となり「戦時体制」の社会に近くなると思われる。インドネシアにとっても、建国以来、最大の国家危機だが、変異種が東南アジアの各大都市で感染拡大の危機も同時発生している。新型コロナウイルスは、欧米の戦線から、太平洋と東南アジア戦線へ完全移行し、その後、日本に侵攻するように見える。日本人の一部は太平洋戦争(大東亜戦争終盤)や敗戦を連想してしまうだろう。8月にも、日本が2度目の敗戦を迎えないように願う。

    ※7/15 バリ島の在留邦人で出国希望者は、本日より受け付け相談がはじまったようです。以下デンパサール領事館より【在インドネシア日本国大使館より以下のお知らせが発出されております。特別便の日程は決まっておりませんが、搭乗をご希望の方は、明日7月16日正午(ジャカルタ時間)までに下記の大使館連絡先(oshirase@dj.mofa.go.jpにご連絡下さい。また、本件についての各種問い合わせは、在インドネシア日本国大使館(oshirase@dj.mofa.go.jp)又は(021-3192-4308)までおねがいします】

    ※7/15  7月3日時点で、デンパサールで酸素やcov-19に有効とされている薬(複数種)探しましたが、全種品切れで入荷の目途が立たない状態でした。(現在はわかりません)また、情報に早い企業や個人は、早期に会社や自宅に、酸素や有効とされる薬をストックしています。豊かでない人々は全く準備できていません。ジャカルタでもバリ島でも、大金を出せば、入院しやすく、酸素も有効といわれる薬も購入できる可能性が高いのです。その辺の交渉は、お金があっても「日本人」は苦手であり「お金で、外国人が、インドネシア人に優先する」ことは非常時に道徳的にも行動しがたく消極的になりがちです。しかし、家族が重症に陥ったとき、そんな余裕はなくなります。よって、ジャカルタをはじめ各地域(都市部)の領事館や地域単位で、公表するしないは別として、酸素や医療品の準備(共同購入)を進めた方がよいと思われます。邦人の米国製ワクチン接種も同様ですが、これは国同士の話し合いです。ワクチン以外でも、各地域、各企業、各家庭・個人において、早期に準備はした方がよいと思われます。準備だけしておいて使わないのが理想です(より大きい単位の共同購入がコストパフォーマンスがよい)戦争や恐慌、おおきな自然災害の回避を通じて、共同体の復活がはじまるのかもしれません。

    ※追伸7/15  7月初旬、インドネシアの急速な感染拡大や東京オリパラの催行問題ばかりでなく、アジアや中東、南米、ロシア、インドなど、欧米以外の広い地域で変異株による、多地域同時急拡大が突然発生していた。今おこりつつある現象はインドネシアや日本だけではなく、突然新型コロナウイルスの問題が、昨年の3月の欧米における、「未知のウイルス」が再浮上し、世界人口の三分の二以上を占める途上国を恐怖で脅かしはじめ大惨事が進行中である。変異株が突然、7月初旬、世界中同時多発的に、猛威をふるいはじめた。【新型コロナの大転換期が突然現れた】【もはや東京オリパラ開催問題より、遥かに巨大な煙が世界中から上がっている】もはや、コロナの立ち位置が観えなくなっている。新型コロナはウイルスは、どこから来てどこにいくのか?今後はおおよそ以下3つに単純化される。

    ①パンデミックは2年程度で収束するパターンが多いので2022年前半には世界中収束へ向かう(世界中収束)(楽観論)

    ②欧米のワクチン政策が成功し、日米欧や先進国は2021年中に収束するが、他多くの途上国がワクチンの遅れによって2022年2023年以降の収束となる(先進国のみ収束)

    ③2021年秋までに欧米に急拡大感染が再び発生し、新米製ワクチンも開発・生産・流通・接種に間に合わず、再び欧米に重症者や死者数の増大が繰り返され、先進国も途上国も世界中が収束見通しできなくなる。2022年2023年以降も・・・(世界中収束しない地獄へ)(悲観論)

    7月中旬において、先進国の多くは②を想定している。①なら素晴らしいことである。②なら2022年日本は日常生活に戻って行くが、インドネシアは長期間苦しみ困難を抱えるだろう。③に至ってしまう場合は世界中パンデミックが最悪の方向に向かい、疫病以外の経済問題や社会崩壊、戦争・紛争が増進してしまう方向でもある。これは考えたくないが、国家は想定をはじめるタイミングである。6月中旬まで東京オリパラの空中分解が大きな悪夢であり、小松左京の小説「日本沈没」と重なり連想された。7月中旬、インドネシアや日本などの地域問題ではなく、同作家の小説「復活の日」を思い起こしてしまうほど、世界に暗雲が漂いはじめたのではないか?と感じはじめている。新型コロナの大転換(変異株拡大)は極めて不気味な現象であり、突然、世界同時多発に進行している。

    ※追伸7/16  インドネシアの新型コロナの「1日あたりの新たな感染者数」と「1日あたりの死亡者数」から、異常事態がおきている可能性は高いようです。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/0c17cce798c914bbd081906b22f9f40a3d09b156

    前から「1日あたりの死亡者数」の増加が10日間ぴったり止まっています。10日前のグラフを微分し傾斜を予測すると、本日までに死者1,500人程度となってもよい指数関数的増加でした。【楽観論】としては、感染者数は一見、本日までナチュラルな指数関数的傾斜に見えるが、政府が突然検査数を増やしたため、指数関数的増加が収まっていないように見えているだけで、実際は同じ検査法なら10日前以上に傾斜はなだらかになっていた。(感染急拡大のピークはすぎていた)よって、現在までの10日間の「1日あたりの死亡者数」が横ばいで増加しないのは、死亡者増加のピークを迎えたためである。事実なら嬉しいニュースとなります。【悲観論】ここ10日の情報やインドネシアに急速に拡大し、国内の制限地域も拡大し、医療崩壊も広がっているので、10日前に死亡者数のピークに至りはじめたのは考えにくい。よって、「1日あたりの新たな感染者数」指数関数的増加は受け入れられるが、「1日あたりの死亡者数」の増加が10日間増加なしで横ばいなのは、納得できない。①上記の記事にあるように病院以外の死者が増大し把握できなくなった。よって一部の死者しか集計できない状況になっている。②「インドネシア人は、しばらく1日1000人以上死亡しない」など、為政者の忖度を現場が受けている。①②など、なんらかの理由で、現在も指数関数的増加グラフであるはずが、死者数を極めて小さく、日々、統計数字を公表している。現実が楽観論であることを願いたい。もし現実が悲観論に当てはまっていたらの推論ですが、悲観論は、ジャカルタ市民やインドネシア国民に、一時の安心感を与え、後日、惨事を広げてしまう「アヘン統計」である。平常心を保つのは大切ですが、現在、ジャカルタは大津波を直撃している地域であり、戦時中に都市に無差別空爆を受けているのと、同様の重症者と死者を、毎日出しています。現実をどうみるか?だけですが、少なくとも「戦時体制」が継続する程度の認識は必要かもしれません。「アヘン統計」は、ジャカルタの大災害時に、正常性バイアスを形成する心理的根拠となってしまう。

     

    ※7/16 追伸 東南アジアの各都市の日本人扱い、現地で多くが保険加入もなく、高額な医療で入院もできない、通常の病院も入院できない、邦人感染者や何万人入院待ちするでしょうか?現在から想定できます。帰国をせず、できない、邦人が感染後、入院できず検査できず、重症化しても入院できない邦人が何万人も出現し、何百人も死亡し、何千人も重症化してしまう大惨事が近くにあります。広範囲の東南アジアで、政府チャーター機に乗らなければ「あとは自己責任で」。これだけなら、現在から、アジア広域に邦人の大惨事が拡がってしまうことが想定できる。インドネシア、マレーシア、ベトナム、フィリピン、タイ、ミヤンマー、カンボジアなどほぼ全地域に兆候が見えています。また、インド、南米、中東、ロシアなど途上国は感染収束の見通しが立ちません。日本は海外在留邦人の保護はすでに難しい状態で、東南アジアでは多くの邦人犠牲者が想定されます。世界的な感染拡大と複雑化の中で、インドネシアの7月8月危機があります。感染拡大の広域化と長期化を想定して、インドネシア出国を検討した方がよいかもしれません。南アフリカの暴動が途上国各地域に広がるか否か、も注意が必要です。社会崩壊や治安、食糧問題が発生し暴動や不安定な社会が長期化するような地域になれば、特に外国人は出国が大きな選択肢になりそうです。もとの国や地域の姿に戻ればよいのですが、長期間、戻らない想定も必要な事態がはじまったと思われます。

     

    ※7/16 追伸 インドネシア政府などに対する不満もありますが、インドネシアの医療従事者をはじめ、感染リスクを引き受けて仕事をされている従事者のみなさん、在インドネシア日本大使館・領事館のスタッフなど、新型コロナ対応で激務に追われている方々に対し、日々感謝をしております。自身の仕事のためではありますが、それだけではない信念をもって従事されている方も多いと思われます。体に気をつけてがんばってください。

     

    ※7/19追伸 以下、在デンパサール領事館より連絡がありました。

    ●17日、バリ州政府は集団隔離施設設立に関する措置を発表しました。
    ●陽性者は、自宅での自主隔離が原則禁止され、ibis Hotel Kuta等の集団隔離施設にて収容されるとしています。なお、バリ州各市・県のKTPを有しない陽性者は自己負担とされています
    ●バリ州政府タスクフォースは、本件集団隔離措置を外国人に対しても有効であるとしています。

    当該措置の概要は以下のとおりです。

    1.自宅での自主隔離を原則禁止する。

    2.各県又は市のタスクフォースは集団隔離施設を設けること。
    ア 習慣村や行政村などにおいての集団隔離施設はゴトンロヨンタスクフォース及び各村のタスクフォースと共同で運営される。
    イ 郡においての集団隔離施設は、郡のタスクフォースによって運営される。
    ウ 県又は市においての集団隔離施設は、県又は市のタスクフォースによって運営される。

    3.バリ州においての集団隔離施設はibis Hotel Kutaが指定されており、国家公務員、軍や警察関係者の集団隔離施設はLembaga Penjaminan Mutu Pendidikan Baliに指定されている。

    4.インドネシア新型コロナウイルス対策タスクフォースからの薬を無症状患者及び軽症患者の手に行き渡らせ、早期回復を促す。

    5.上記2の集団隔離施設の設立及び状況報告はバリ全域の県及び市の災害対策本部により行われる。

    6.やむを得ない事情で自宅での自主隔離を行っている家には、タスクフォースが自主隔離実施中を周知する旨のステッカーを貼り付ける。

    以上、

     

    ※7/21追伸 恐れていた人災が、すでに大規模に顕在化していた。

    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB20DWC0Q1A720C2000000/

    5月に大惨事が発生していたインドのコロナ死者数が、実際は10倍程度の規模であったと米国の世界開発センターがが発表した。事実であればインドは大罪を犯してしまった。いつの時点から、どの程度の誤差がではじめたのか詳細をみるべきだ(インド・ビハール州だけでも、1日5000人以上の死亡者数を統計追加)つい2カ月前のデルタ株による被害も10倍の誤差があった場合、東南アジアも日本も世界も「デルタ株」の脅威を過小評価している。途上国は病院外で死亡した人間にPCR検査ができずカウントしていない可能性があり、インドもインドネシアも入院できない患者の方が圧倒に多いことが予想できる。東南アジアすべての国々がそうであるか否かはわからないが、インドネシアが全く死亡者をカウントできていない可能性は高まっている。この発表だけ新型コロナのデルタ株への警戒が世界的に高まる。インドは先月の報道で実際の死者数の2-3倍であっても驚かないという学者の記事があったが、桁違いに統計に誤差があり、極めて危険な「アヘン統計」である。40万の死者と400万(ワクチンが間に合わないので、さらに大規模な数字も想定)の死者ではインド国民の危機感も予防意識も全く違う。国民の不満をそらし、アヘンのごとく一時のみの楽観を広げ、それがさらに大きく死者数を増加させている要因となる。インドは世界大戦規模の戦闘がはじまってしまった。周囲の東南アジアは完全な不意打ちであり、現在インド同様にずさんな統計が予測できるインドネシアで何がおこっているのか?先週、ジャカルタではすでに6月下旬より1日1000人規模の死者があったのでは?と書いた。危機管理的に今、とりあえず必要があるのは、7月20日本日、インドネシアで1日5,000-10,000人の死者数ではないか?という想定である。1人当たりの病院ベット数がインドの半分以下という、インド以上に病院に期待できない社会だからだ。また、インドもインドネシアも2021年中に英米製ワクチン接種は不可能であろう。であるなら、インドやインドネシアの死者は、さらなる波や新変異株によって、どれほどの被害が予測されるか?インドは数千万人の想定も必要とおもわれ、インドネシアも「アヘン統計」次第では、数百万単位の世界大戦に突入のような死者数も想定してしまう。英米製ワクチン接種が追いつかない場合、アジア、南米、中東、インド、ロシア、アフリカなど変異株によって、被害が拡大していけば、億単位の被害者に至り、スペイン風邪を上回る、かつて経験のない未知のパンデミックに向かう想定もできる。第三次世界大戦勃発前に、疫病パンデミックによって、世界大戦のごとく多くの国が戦時体制に移行する想定もはじまる。インドの死者数が、米国の世界開発センターのミス報道であることを祈り、インドネシアの統計がある程度の誠意をもっていることを祈る、インドとインドネシアの「アヘン統計」によって、新型コロナウイルスが、全く新しいステージに立ったことを、東南アジアも日本も世界も確信がもてず、変異株の世界的拡大を加速させてしまった可能性がある。

    https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00733/

    大阪大学の宮坂名誉教授は、昨日、世界がワクチンの追いかけっこで、抑え込めるまで2-3年と当たりまえのように語っている。新開発の有効なワクチンを繰り返し接種可能な先進国は早い段階で、重症者と死者数を収束させる見通しもある。しかし、インドやインドネシアをはじめ、アジア、南米、中東、インド、ロシア、アフリカなど、世界人口のほとんどを抱える地域は、現在、絶望的なシナリオを突き付けられ、解決策もない。ここは先進国がリードし新型ワクチンの早期の世界的接種を実現していかなければならない。新興国のみ悲惨な世界となり、先進国のみ助かる構図は、一時的なものであり、時間の問題で、さらなる新変異株が新興国から流入が継続し、全世界の新興国が疫病の大惨事を回避できない場合、先進国も、疫学的、政治的、軍事的、食糧・エネルギー安全保障、などの大惨事が発生する可能性が高まる。欧米先進国も実質収束の自国のみのお祭り騒ぎはあと回しだ。また、インドの「アヘン統計」は、ほぼ事実と受け取り、ジャカルタやインドネシアの「アヘン統計」を早急にチェックする必要がある。「毎日、1日1000人(数千)単位の死亡者がでる都市とは何か?」第2次世界大戦でも被害の大きかった、敵国に制空権を奪われた大都市部に、毎日、無差別空襲爆撃を受けている状態である。インドやインドネシアの都市部は、完全な戦時体制に移行することのみが、市民の命を守る段階である(発生している危機の度合いを理解できず民主主義や人権意識、商業主義などの楽観因子が戦時体制移行を疎外している)インドやインドネシアも、ゆるいロックダウン程度しかできない、やはりそのそも統計に大きな誤差は命取りである、「アヘン統計」が、未だに、現実を理解させていない。インドの都市部や、ジャカルタでも家族が被害に巻き込まれないものは比較的、楽観主義的傾向が多い。この現象を日常性バイアスと呼ぶ。デルタ株からはじまる新変異種によって、7月以降、インドから東南アジアは太平洋戦争突入のごとく危機感が発生してもよい。都市部はいつ空襲がはじまるかもしれず、防空壕などの準備をすべきタイミングである。現在は1000万単位の都市から、100万単位の都市へと危機感が拡大されて当然のタイミングだ。現在の新型コロナのパンデミックはもはや風邪やインフルエンザとは全く異質なウイルスと捉え、危機の度合いによっては戦時体制のみが命を守り、歴史的、政治的、経済的認識が薄い場合、現在の段階であっても、民主主義や人権や商売を声高に優先しようとする。いかに崇高な理念があろうと、空襲で逃げまどっている最中の、民主主義や人権や平和運動とは何か?危機的状況にあって陰謀論はもとより、自己の理念や思想の再チェックが急がれる。【楽観論としては祈るがことく、米国の世界開発センターの報告こそ間違いであってほしい。インドネシアの統計に一編の誠意が宿っていてほしい】今後、この楽観論が成立しない場合、新型コロナウイルスとパンデミックは、「世界大戦が東南アジアから勃発」のごとく、大きな危機と暗雲が世界中に広がっていくのかもしれない。インドやインドネシアでの正確な情報把握が優先である。(無理なら、比較的悲観的な想定で判断していくしかない)太平洋戦争終盤、東京空襲の合間にも、一時、青い空を感じられたのは事実であり、現在、ムンバイやジャカルタで青い空を感じるこもできる。しかし、平常性バイアスによって現実逃避に向かってはならない。現在、東南アジアで、空襲警報サイレンが聞こえている人間は、幻聴か?実際のサイレンなのか?どの程度の危機なのか?、など家族や自身で想定して行くしかない。(日本政府は東南アジア邦人用の米国製ワクチン接種にも消極的、オリンピックで海外在留邦人まで手が回っていないのが現状)

     

    ※7/23追伸 2021年7月23日は後世、日本史に刻まれる日となるだろう。東京オリンピック・パラリンピック開会式。インドネシアをはじめ東南アジアの各都市では安全保障上の緊急事態が拡大している。インドネシア当局の統計は、cov-19本日23日、1日の死者1566人、バリ島の本日、1日の死者32人とある。個人的見解では、本日のインドネシアの1日の死者10,000人、バリ島の本日、1日の死者150人と想定している。いずれも統計的エビデンスはないが、それくらいに想定すべき、という個人的想定数値。インドネシアの新聞では各都市で、火葬場や墓場の問題の時事が毎日、医療崩壊や病院外での死者の問題が毎日記事になっています。他の重病や交通事故でも治療できないなど・・・バリ島では2週間前に大病院で酸素が尽き、緊急医療ベットは満床、通常のベットの満床を予測し病院以外の大規模な施設を確保がはじまっている。そもそも病気でもさまざまな理由で病院にいかない、いけない人間の方が多く、入院の習慣があるとはいえない庶民にあって、病院以前の問題が大きい(cov-19での富裕層や外国人向け入院は短期でも100JRP-200JRP、中には400JRP請求されたと聞く、こんな病院やベットにほとんどの庶民は重症でも無縁だ、国民皆保険などの保険加入率も低い、庶民のベットはほとんど満室に近い)(庶民にとって入院は親戚に借金してする大事業)デンパサールでは連日、バイクや車は非常に少なく制限されているが、救急車や警察のサイレンが朝から晩まであり、そもそもcov-19で亡くなったか、他病でなくなったか判断できない病院外の死亡が多い。(都市部ではインドネシアはインドの医療や行政と比べ、脆弱であり近代化していない側面が多い)ジャカルタでは1日何千人死亡しているかもしれないが、昨日の学生デモではセミロックダウンの解除をさけんでいる。感染も死者もピークアウトする前のデモだ。これらは先進国のロックダウン中には見られない新興国特有の現象で大変危険な社会に。弊社スタッフの親もcov-19で亡くなり、今週はご近所の親が原因不明で亡くなっているがcov-19か否か検査できていない(これが多い)これは疑心暗鬼を生むばかりでなく、犠牲者の数を確実に押し下げている。今、また救急車が走り去った。そんな戦時体制の空気のなか、東京オリンピック・パラリンピックの開会式が行われている。インドネシアや東南アジアの在留邦人には「帰国できない邦人は、あとは自己責任」望みは一旦の感染急拡大の収束のみ。10年以上前から日本の没落を感じていたが、これほどの分断、これほど日本を遠くに感じたことはない。文学的な悲しみや郷愁であればよいが、恐らくそのような奇麗なものではなく、明らかなグロテスクな安全保障上の機能不全が発生しており、いくらあがいても、抜け出すことができなかった歴史を繰り返そうとしている。大きな判断ミスを繰り返し、日米開戦となる太平洋戦争と重なってみえる。長い没落の道程から、安全保障上の臨界点を迎えた感がある。後世の日本史は、本日の東京オリパラを、没落をいくら抜け出そうとしても、とめられなかった大きな流れの象徴として、捉えるかもしれない。大きな流れや歴史はさておき、オリンピック・パラリンピックの代表選手は人生を掛けた、たたかい、東南アジアの戦時体制下では、自身や家族の命のためにたたかい、その医療関係者や感染にさらされ仕事をする人は、他人の命のためにもたたかう、それぞれのたたかい。感染の危険にありながら、社会のために仕事をする人々には感謝と応援をしたい。

     

    7月7日 担当村山

    写真集「BALINESE」※PCでの色彩閲覧をお勧め

    疫病・恐慌・戦争・革命・飢餓・未知なる世界に突入

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    インドネシアは7月、cov-19の死者数が急増、世界最悪の感染国家に陥る可能性が高まっている。 https://bali-chili.com/20210701/ https://bali-chili.com/20210701/#respond Wed, 30 Jun 2021 06:19:49 +0000 https://bali-chili.com/?p=15138 近日、突然、インドネシアの緊迫するコロナニュースが増えている。専門家であれば6月中旬には7月にもジャカルタなどの都市部で、過去最大の感染拡大が起こることは予測できていた。個人的にも6月20日を過ぎた時点で、インドネシア政府が経済再開と感染対策の板挟みに合い、身動きが取れないのを感じていた。

    日本もオリンピック・パラリンピック開催の問題が山積しており、インドネシアどころではないと思っていたが、6月後半、数字はそれ以上に緊急性の高いものを示していた。

    欧米であれば6月中旬にもロックダウンの急拡大数字であり、6月後半の数字は、日本であってもオリンピック・パラリンピックを中止宣言ができてしまうほどの感染と死者数の急拡大が進行中である。

    このままだと7月中に、1日1000人以上の死者の予測ができてしまう。近日、突然の新型コロナニュースは主に、ジャカルタの医療崩壊が切迫し、隠しきれない状況がはじまったからと考えられる。

    アジアでインドの次に、インドネシアでも大惨事が起きてしまう。この数字のままだと、7月には医療崩壊の大惨事が発生し、インドネシアは世界最悪の感染大国になってしまうリスクがある。

    6月には、ジャカルタなど都市部からバリ島に国内観光客が押し寄せている。バリ州も受け入れてしまった以上、バリ島で徹底的な対策が打てない状況である。7月にジャカルタで死者の急拡大が起これば、以降、バリ島内の感染急拡大にも注意が必要である。

    バリ州では7月末には70%以上に2回の接種を完了する目標があるので、他国で不安が上がっている中国製ワクチン、7月8月にバリ島での感染状況が貴重な効能データとなる(恐らく効果は限定的)インドネシアのジャカルタやデンパサールなど、都市部に住んでいる場合、医療崩壊や国内外の移動制限、7月危機にさらなる強い規制などによる不測の事態に備えるしかない。また7月末から8月以降、バリ島で死者数の増加が観られた場合、国難としてさらに急務な「新ワクチン計画」を即座に立てる必要がある。

    8月中旬に米国ファイザー製5000万回分が到着するが、7月危機には手遅れ、7月の惨事により、8月には各国の協力を得て2億回以上の米英製ワクチンを都市部から急ピッチで、接種していけば、7月危機の「次の感染急拡大危機」に間に合うかもしれない。インドネシアでは医師の判断で「イベルメクチン」も使用でき(各国各地域やメディアで人気が出ているが、先進国の主な研究機関で有効性データは認められていない、よって効いても限定的範囲の可能性)あらゆる方法で、7月危機を乗り越える協力と情報共も必要かもしれない。医療崩壊地域でのロックダウン同様の措置は重要で、7月危機をなんとか乗り越えたい。早期にワクチンで収束させられないと、変異種により、インドネシアは欧米並み、またはそれ以上の被害も想定できてしまうからだ。

    ※5月のインド危機の死者数は、最近になり政府公表の数倍の死者数であったというメディア記事も多数あり、インドネシア7月危機も、病院に入れず自宅や野外でなくなり、政府が隠蔽しなくとも、実際の数字がかなり大きくなる可能性も織り込んで考えるしかありません。

    ※「7月1日、インドネシア政府法務人権省デンパサール支局は、緊急活動制限期間内は、外国人の活動制限違反や保健プロトコール違反に対して、取締りを更に厳格化し、事前警告なしで国外退去処分を行う等の発表をしています。」領事館経由で、バリ州における緊急活動制限の実施(州知事通達第9号)の連絡がありました。これは一部の外国人コロナ制限違反が、問題視されていた経過から、今回はより厳しく対処する宣言となっているようです。

    ※インドネシアやバリ島で主に使用している、中国製シノバックワクチンはデルタ・インド変異種拡大後、各国から感染阻止の有効性に疑問が出ているばかりでなく、先行する中東や南米の当事国では、シノバックワクチンの3回目接種より、追加接種ブースターをファイザーなどの英米製ワクチンに切り替えていく動きがではじめており、支援などにより確保が可能な国から、この流れが拡大する可能性がある。よってインドネシアもバリ島も、3回目接種のブースターはファイザー製などに切り替えることや、諸外国の追加支援が得られれば、初回接種から大規模にファイザー製などの効果が高いワクチンに切り替えていくこと(シノバックの接種も並行し)が、インドネシア・バリ島の命を守ることであり、重症者を減らし医療崩壊を回避し、早期に収束させる方法であると考えます。繰り返し急感染拡大が起こる状況や医療崩壊が起こる可能性があれば「収束」できず、犠牲者が拡大し、経済再開もできません。特にバリ島は7月に2回目70%のワクチン接種に楽観することなく(シノバックはもはや収束エビデンスデータが見当たらない)3回目のブースターは8月に到着するファイザー製(前倒し要求も)を積極的に導入していく(ジャカルタなどの都市部でも)ことが、早期収束の重要政策と考えます。インドネシアはロックダウンなどが有効にできない社会なら、新ワクチン計画が唯一の論理的な収束への道となっています。また、バリ島はファイザー製で収束させれば、中国製ワクチンと英米製ワクチンの両方のツーリストに対して有効で適切なワクチンパスポート制度作成を積極的に進めることが可能となります。中国やアセアン、欧米や日本の多種のワクチンに適応した多地域のお客様に、新型コロナ収束後の「安全リゾート」をアピールできる基盤が可能となります。現在はツーリズムは後回しで、インドネシア政府や当局が「収束」への大胆で適切なワクチン接種修正計画を実行することを願っています。(また、イギリスやイスラエルで今後、重症者・死者数の拡大が起こった場合、英米製ワクチンでも収束の見通しが立たなくなる)

     

    インドネシア7月危機に関しての詳細ブログ

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    「新型コロナ」ワクチン接種をするべきか?に関して個人的見解、のブログ抜粋記事 https://bali-chili.com/20210511/ https://bali-chili.com/20210511/#respond Tue, 11 May 2021 07:11:44 +0000 https://bali-chili.com/?p=15125 ブルームバーグが報じたもので、新型コロナウイルスのワクチン接種率が世界で最も高いセーシェルで、感染者数が7日までの1週間で2倍以上に増加した。これによりセーシェルは再び、昨年12月以来の厳しい制限措置を導入した。これにより、今後セーシェルはワクチンの効果や集団免疫に関して、注目すべき国となりました。

    https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-05-10/QSWCFGDWRGG101

    ワクチン接種率の高い国(収束している可能性もある)

    • イスラエル(ファイザー製)必要回数56.1%
    • イギリス(ファイザー製とアストラゼネカ)1回目を53%
    • セーシェル(中国製とアストラゼネカ)必要回数61.1%

    コロナウイルスに現在感染中の人数が2486人に達し、そのうち37%は2回のワクチン種を済ませていたと発表した。ワクチンは中国製とアストラゼネカで、全体でもも57%が中国製である。これはまず、接種していない人間がより多く感染しているということ、また、中国製やアストラゼネカの2回接種後であっても、数ヶ月後に一定数は再感染が起こってしまった、可能性が高い残念なニューズです。今回のブログでも中国製ワクチンの有効性は50%程度である可能性を言及しましたが、今後、セーシェルからのデータから、中国製とアストラゼネカのワクチンの有効性と有効期間などが予測できるかもしれません。

    このニューズで危機を感じるのは、ワクチン接種60%を超える国であっても、何らかの原因によって、再び感染拡大してしまう可能性が出てきたことです。①接種率がもっと高ければ収束できるか?②ワクチンの種類によって有効性が低いか?③ワクチンの有効期間はどれくらいか?思ったより短いのでは?など、今後貴重なデータが出る可能性があります、、、、

    「新型コロナ」ワクチン接種をするべきか?に関して、現段階での個人的見解

     

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    https://bali-chili.com/20210511/feed/ 0
    6月7月より、環境が整えば、クタ、サヌール、ウブド、ヌサドゥアなど一部地域に観光再開 https://bali-chili.com/20210426/ https://bali-chili.com/20210426/#respond Mon, 26 Apr 2021 09:33:40 +0000 https://bali-chili.com/?p=15116 インドネシア政府は、6月7月より、環境が整えば、クタ、サヌール、ウブド、ヌサドゥアなど一部地域に観光再開する方針であることを、観光大臣が発表しました。狙いとしては、国内ツーリストを条件付きで、来島してもらい、疲弊したバリ島観光を、少しでも救済する意図があるようです。もちろん賛否もあるようです。また、本格的な海外からのツーリスト受け入れは、まだ先のようです。

    学者は根拠がないので言いませんが、あえて楽観論として、新型コロナウイルスは2021年中に収束する可能性はあると思われます。昨年8月の時点で、WHOの代表も「新型コロナは、2年以内で収束する可能性がある」と発言しています。根拠は歴史的な統計だけですが、疫病の繰り返されるパンデミックのうち、コレラは比較的長い流行期間が明らかですが、インフルエンザやコロナ、そしてウイルスではなく、菌であるペストは、感染の仕方も全く違いますが、パンデミック期間は2年程度(1-3年)がとても多いと思われます。(調べてみてください)

    違うウイルス、ウイルスでもない菌によるパンデミックがどうして、収束までの時間が似てくるのでしょうか?もちろん説明できませんが、謎の鍵は攻撃側でななく、受けて側の人間の体にあるようで、集団免疫など人間の体が、感染しにくく変化していると思われます。もちろん攻撃側もウイルスや細菌も、人間や動物に出たり入ったりしている間に、無害なウイルスに変化している可能性も否定できません。

    2020年初頭にパンデミックが始まったとすれば、確かに、2022年初頭前後に収束するか可能性も全く根拠がないわけではありません。また、歴史的なパンデミック統計と今回の新型コロナで最も違うのは、明らかにワクチンの世界的供給であり、イスラエルやイギリスは集団免疫が期待できるほど、ワクチン接種が行きわたっており、感染者、死亡者ともに、収束のイメージに近い状態と言えます。

    今後、イスラエルとイギリスを、モニタリング継続し、今年の10月になっても、このまま感染増加(第〇波)が起こらなければ、新型コロナのパンデミックが収束した可能性が高くなります。油断してはいけませんが、これは楽観的な嬉しニューズとなり、地域によっては2021年の3月には収束させた。つまり1年と少しで収束させたことになります。

    反対に、今後、イスラエルやイギリスで、第〇波、の明かな再感染増加がはじまってしまうと、人類にとっては非常に暗いデータであり、ワクチンだけでは、パンデミックを収束させられない事実が明らかとなります。よって2年以上の長期化になる可能性も出てきます。また、歴史的に、これらの疫病はワクチンがなくても1-3年程で収束してきたにも関わらず、4-5年も収束しない場合は、後年、ワクチンが収束を遅らせた、とする推論も現れるかもしれませんが、現時点では、各国政府は、ワクチンをもって制するのが正論と考えています。

    バイデン大統領が、今年2月「来年の今頃にはマスクなしで行動できるようになる」と目標を掲げたのは、米国内のワクチン供給量と接種が、今年中に十分行きわたる、見通しが付いたことが大きいと思われます。願わくば、イスラエル、イギリスがこのまま収束して、終息してしまうことが、新型コロナの明るいニュースであり、そうであれば、多くの国が、2021年中にも、収束する可能性が高まるからです。収束しないパンデミックはないはずです。外出の際に、マスクがいらない生活は久しぶり、と感じるに違いありません。

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    入国規制から一年が経過したバリ島から https://bali-chili.com/20210405/ https://bali-chili.com/20210405/#respond Mon, 05 Apr 2021 10:03:20 +0000 https://bali-chili.com/?p=14913 新型コロナウイルスのパンデミックは、歴史的な大災害ですが、バリ島リゾートにとっても、最も大きい災害となっています。バリ島やインドネシアで入国制限が開始されて、すでに1年が経過しました。過去にもSARSや、2回に渡る爆弾テロ事件、地震、アグン山噴火によってツーリストが激減した時期がありました。

    バリ島は過去に大変苦しい想いをした経験をもっています。しかし今回の疫病災害は、全く次元の違う規模と長期化で、1年停滞した現在、まだ収束するか、否かもわからず、バリ島を苦しめています(世界中で)

    リゾートエリアや、州都デンパサールのアパートの空室が甚だ多く、田舎に事実上の疎開が進んでおり、交通量は激減し、以前、長時間並んだ銀行は、本店でもガラガラ状態。クタ、サヌール、ヌサドゥア、ウブドなどホテルが密集するリゾートエリアは「廃墟」のイメージが出てしまうほど寂れ、本質的な失業率や倒産は甚だ大きいと思われます。

    弊社、サヌール・ダンブリンガンのオフィスは、週1日のみ出勤していますが、周囲のレストランやカフェなどのお店は、多くがクローズしており、弊社の周辺も雑草が多く、蚊が発生し、ついには蛇も出るようになっています。このままさらに1年、新型コロナが長期化すれば、弊社も含むタンブリンガン通りは、本当にゴーストタウンになってしまいそうです。

    2019年のように、ツーリストで賑わうバリ島、までに回復するには、早くて5年、さらに10年単位の時間が必要かもしれません。観光回復には気が遠くなる、時間が掛かりそうですが、それならそれで、対応するしかありません。とりあえず生活できるようになることと、少し静かになったバリ島から、新しい生活を探して行こうと思っています。世界同時に疫病災害に襲われ、収束できず苦しんでいるときに、バリ島には、何らかの役目があるのかもしれません。

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    【バビグリン・バンジャール・グレンチェン】デンパサールのバリ家系濃厚ガツン本格豚味バビグリン! https://bali-chili.com/blog-balichili-20200111/ https://bali-chili.com/blog-balichili-20200111/#respond Sat, 11 Jan 2020 05:14:19 +0000 https://bali-chili.com/?p=10673 バリ島の名物料理のひとつ「バビグリン」豚の丸焼き料理です。ツーリストにはウブドのイブオカが圧倒的に有名ですが、7-8年間前より、バビグリンがツーリスト向けの味に成り下がってしまった、と批判してきました。外国人観光客の割合が高く、スパイシーで脂分や焦げ目の多い本来のバビグリンを残すお客さんが現れると、ツーリストに迎合した味になってしまい、海外からのお客様が「これがバビグリンというものか」と見分を広めてしまうのが非常に残念でした。個人的にはあまりおいしいとは思いません。4-5年前のブログでもイブオカのバビグリンメニューを2つに分け、1つはツーリスト用、1つはローカルもおいしいと思う本来の伝統的な味にしたらどうかと、

    ※上写真 デンパサールのバンジャールグレンチェン

    ネーミングを①現在のスペシャル辛くない塩分控えめの脂肪分すくなめのもの「イブオカ・インターナショナル」②新メニューとして「イブオカ・トラディショナル」もっとショッパイ、辛い、脂肪分も多いガッツリ系、インドネシア人のツーリストも②が単純においしいと感じると思います(私も)ただし創業者のイブオカさんはそれをわかって外国人ツーリストが全部食べれるように、健康に気をつかって現在のスペシャルにしてあるので強くはいえませんが、せめて新メニュー「イブオカローカル」で対応して頂きたいと思います。お願いします!・・・・・と余計なお世話にもブログに書きました。

    ※バビグリン・バンジャールグレンチェンの店構え

    と、いっても「伝統」とは次々に消え去るもの、食べやすいツーリスト用のバビグリンはも広がっており、最近はインドネシアでも健康ブームがはじまりかけ、塩分や油分やスパイシーに関して注意を払う人も増えてきています。本来の「バリ家系濃厚ガツン本格豚味のバビグリン」は南部エリアでは減っています。

    ツーリストローカルも、おいしいバビグリンを食べる機会が減っているとは・・・・トラディショナルなバビグリンで、バリ島の人気店は各地域にあります。できるだけ、ツーリストが来ない場所で、かつローカルに絶対的に支持されているお店。ただの田舎にある、お祭りのお手伝いのついでにお店をひらいているのではなく、バビグリン専門でプロフェッショナルなお店、かつ、できるだけ昔からあるお店・・・いつくか思い浮かびますが、観光とは関係なしで最も大きい街・・・・デンパサールですね。

    上写真のデンパサール・バンジャールグレンチェンはデンパサールでも悲観光系のトラディショナル・バビグリンの最右翼。写真をみてください。昔のバビグリン屋さんは、こんな感じで家間隔で座って食べましたね。バンジャールグレンチェンは主な駐車場もなく、ほとんどローカルのお客様。かつ朝から晩までお客様が多い。

    見た目もツーリストに恰好つけるような店構えではない。

    味もまた、ツーリストに媚びるようなものでもなく、長年真剣勝負で地元客を引き付けてる。デンパサールの「バリ家系濃厚ガツン本格豚味のバビグリン」である。

    個人的に上部位がバビグリンのメイン部位だと思っています。単に好きなので、

    いらっしゃいませ!デンパサールの中心の中心なので、クラトンっぽい家があったり、少し歩くと昔からの建物でシンガポールっぽい建物通りもあります。

    お店の中はこんな感じで、「むかしのバリ」という雰囲気で、また通りの車やバイクがバンバンとうっています。そんなデンパサールの街の喧騒を感じつつ、バビグリンを頂きます。

    ジャジャーン!メニューはなく盛り方や量は注文できます。ミニマム25,000ルピア位が多いでしょうか。「塩気」「脂身」「油」「旨味」の濃度などが「ガツン」の招待でしょうか?ラーメンと同じですね、ダイナミックにしたければ、ごはん増しや、メイン肉増し、ソース増しなどにしたらいかもしれません。若い方は、すべて増し増しの「ブサール」大盛、を注文すべし!バビグリン・バンジャールグレンチェンは、本来のバビグリンの味を継承していると思われます!

     

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